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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編――閑話
94/132

セイレーシアン、来る 前編

『なるほどねぇ。そっちはそんな事があったんだ……」

「まあ、そう言う事。マリンの方は、随分とハッスルしてたみたいだね」

『あ、分かる? いやー、久し振りに気合いれて歌っちゃって気分爽快! ……だったんだけどね、その話聞くまで』

 ダーゲシュテン領、領主の屋敷の屋根の上で、月明かりの下コウモリの羽を持った少女が青い宝石へと声をかけている。常ならば鬱陶しい程に明るいマリンですら、ユリトエスの話になると影がかかった。ディーラの予想だが、恐らくこの少女もなにか、近しい人が死ぬような経験をしたのかもしれない。百年も生きていれば、それも当然なのかもしれないが。

 ミュウもユゥミィも、幼いが故に沈みこんでいる。ディーラは悪魔族であるために他人の死には比較的触れているため、彼女達ほど沈むようなことはない。それでも、やはり知り合いがいなくなるというのは少々気が滅入った。

『で、マスターはどうしてるの?』

 一番気になるところはやはりそこなのだろう。マリンが心配そうに尋ねて来る。んー、と答え、主の事を思い出す。今の彼の事を一言で表すのならば――。

「……重症、かな?」

 思っていた以上に、ユクレステの心の傷は深刻だった。



 五日が経ち、その日も朝が来た。ミュウは与えられた布団からもぞもぞと這い出し、重たい目蓋を開く。薄暗い部屋に僅かな光が差し込む。どうやら、今日の天気は曇りのようだ。

 同室であるミラヤのベッドは既に空で、もう起きているのだろう。欠伸をかみ殺しながら起き出し、普段旅の合間に着ているものとは別の、ロングスカートのメイド服に袖を通した。ミラヤのお下がりではあるが、ミュウにはちょうど良く、鏡には可愛らしい彼女の姿があった。

 部屋を出て洗面所で顔を洗い、歯を磨く。ようやく頭が冴えてきたところで裏口から屋敷を出た。

「おはようございます、ミラヤさん」

 外に出るとミュウと同じメイド服を着た少女が一人、菜園で野菜を摘み取っていた。ミュウが現れたことに気付き、ミラヤは小さく笑むと野菜の入った籠を持って近づく。

「おはようございます、ミュウちゃん。もう少し寝ていても良かったんですよ?」

「いえ、目が覚めちゃったので……なにかお手伝い出来る事はありますか」

「そうですね、ではお買い物をお願いします。いつもの市場で、この紙を見せれば大丈夫ですからね?」

「はい、分かりました」

 軍手を外し、エプロンドレスのポケットから一枚の紙を取り出すとミュウに手渡した。

 行って来ます、と身を翻す彼女の姿を眺めながら、ミラヤは物憂げな表情で屋敷の一角を眺めていた。



 十二才の少女には少し大きい袋を手に提げて、ミュウは活気のある漁港を歩いていた。こう見れば、彼女も家の妖精と呼ばれる一端のミーナ族だ。

 そんな彼女の頭には、つい先日の事が思い出されていた。

「…………」

 共に旅した仲間、ユリトエス。それほど深くを知っている訳ではないが、彼の笑った顔はすぐに思い出せる。それがもう見れないのだと思うと、自然と顔が暗くなる。

 それでも、立ち直った方だ。ミュウもユゥミィも。ディーラは割と普段通りだったため分からないが、ミュウ達はこの数日である程度、元気を取り戻していた。

 しかし未だに重症な者もいる。それがミュウのご主人様、ユクレステと彼の妹弟子にあたるマツノだ。

 ユクレステはダーゲシュテンに帰って来てから今日まで、ずっと引きこもっている。それだけ仲のよい友人の最後にショックだったのだろう。

 そしてマツノもまた、死んだような顔で呆然としていた。仄かに恋心を寄せていたのだ。それも当然だろう。

「……はあ」

 なんとか元気付けたいとは思うのだが、如何せんミュウには経験が無さ過ぎる。こんな時、どう対応したら良いのか分からない。リューナに尋ねても、人の心に関してはどうにも分からない、と珍しく疲れた表情で言っていた。

「はぁ……」

 二度目のため息。視線を落とし、足を動かす。と、そこへ声がかけられた。

「そんなにため息吐きながら歩いてると、ぶつかるわよ?」

「えっ? きゃ──!」

 慌てて顔を上げようとして、ドン、とだれかにぶつかった。バランスを崩し、ミュウは倒れそうになる。

「ほら、言わんこっちゃない。大丈夫?」

「は、はい! すみませ……セレシアさん?」

 そこにいたのは、赤い瞳で覗き込んでくるセイレーシアンだった。倒れるミュウを抱き止め、ポーンと飛んだ袋もすくい上げる。

 名を呼ばれたセイレーシアンは、ニコリと微笑みながら荷物を手渡した。

「久し振りね、ミュウ。と言っても一週間くらいだけど」

「えっ? な、なんでセレシアさんがこちらに?」

「あら、いつかは嫁入りする場所なんだし、可笑しな事ではないでしょう?」

 臆面もなく言ってのけるセイレーシアンに、ミュウはキラキラと尊敬の眼差しを向ける。王都ではそんな彼女の男らしさにファンクラブが結成されているとか。ちなみに、構成員の半数以上が女性である。

「セレシアさん、いきなりいなくならないで下さい。追いつくのが大変なんだから」

「あ、ごめんなさい。ちょっと知った顔がいたから」

 そんなセイレーシアンを追って桃色の髪の人物が現れた。右目を眼帯で隠し、着ているのはいやにフリルが沢山あしらわれたメイド服のような衣服だ。セイレーシアンがドレスのような服装のため、お嬢様とそれに付き従う女中のようである。

 事実、彼女は本当に名家のお嬢様ではあるのだが。

「アリィ、さん? アリィさんも来られたんですか?」

「ええ、せっかくのユクレさんの家に忍び込むチャンス……いえ、招待されたのであれば行かない訳にはいかないもの」

「アリィ、もう少し本音を隠す努力をしなさい」

 一方でこちらの可愛らしい人物は男である。

 王都にいるであろう二人に驚きの眼差しを向け、慌てて頭を下げた。

「え、えと……ようこそいらっしゃいました、本日にゃ──あっ」

 見事に噛んでしまった。生温かい眼差しに顔が赤くなるのが分かる。

「そんなに畏まらないで良いわよ。知らない仲じゃないし」

「は、はいぃ……」

 気遣いが痛いです。顔を伏せるようにして身を縮こまらせる。

 セイレーシアンは気付かなかったフリをして、ミュウを優しく撫でた。

「……元気そうで良かったわ。アランから、色々聞いたわ」

「あ……はい、わたしはもう、大丈夫です。でも、ご主人さまが……」

 泣きそうに瞳を潤ませ、ミュウは屋敷の方を盗み見る。それも分かっていると言わんばかりに頷き、言った。

「まったく、こんな可愛い子に心配かけて……ちょっと気合いを入れ直してあげないとね?」

 冗談めかしてペロリと舌を見せる。彼女が一体なにをしようとしているのか分からず、ミュウはキョトンと首を傾げるのだった。




 後悔と微睡みの狭間で揺れている。そんなユクレステを無理やり覚醒させようと大きな声が聞こえてきた。

「ユクレ、ここを開けなさい!」

 知った声だ。学生時代、良くこうやって叩き起こされていたのを思い出す。けれど、彼女は王都にいるはずだ。ではこれは夢なのだと判断し、さらに深くへと潜っていく。

「……そう、あくまで開けない気ね? 良いわ、十秒だけ待ってあげる。十秒だけよ? それじゃあスタートするわよ?」

 しつこく念を押すように言う。いくら言っても、夢と断じているユクレステは目を開くこともしない。

 そうこうしている内にカウントダウンが始まった。

「いーち、にーい──もう面倒だから破砕ブラスト

『えぇえええ──!? 速い! あまりにも速いよセレシアちゃん! もうこれカウントダウンいらなかったじゃん!?』

 開始二秒でユクレステの部屋の扉が蝶番ちょうつがいごと吹き飛んだ。マリンのツッコミを煩そうに聞き流し、ツカツカとユクレステが眠るベッドに近寄る。

「ほら、いい加減起きなさい! もうとっくに陽は昇ってるわよ!? 見なさいあの明るい太陽を!」

 指差した窓の先にはどんよりと曇った空が広がっている。

「……今日は曇りなのだが……ひゃう!?」

 ボソリと呟いたユゥミィに羽ペンが跳んで来た。反射的に身を伏せたおかげで幸いにも無事である。

 とにかく、と気を取り直して布団に手をかけた。

「良いから起きな……」

 布団の中にいるユクレステの顔を見て、セイレーシアンはピタリと動きを止めた。ガリガリと頭を掻いて、あー、と唸ってから後ろに振り向いた。

「ちょっとこの子と話があるから、貴方達は下に言ってなさい」

 えっ、と疑問の表情を浮かべるユクレステパーティーに説明をする事もなく、吹き飛んで行ったドアを入り口に立て掛ける。

「……言っておくけど、覗いたらただじゃおかないから。そのつもりでね?」

『りょ、りょうかい……』

 迫力のある笑みにコクコクと頷いた。

 全員が下に行ったのを確認し、セイレーシアンはベッドに腰掛けた。

「……そんな情けない顔、皆には見せられないものね」

「……うん」

 セイレーシアンから背を向け、ユクレステはグシャグシャになった顔を布団に押し付けた。見られたくない、情けない顔。

 消え入るような声にため息を吐き、セイレーシアンがユクレステの髪に手を触れた。

「そんなに、自分が嫌いになっちゃった?」

「……うん」

 小さく頷き、ユクレステがようやく声を出し始めた。

「俺、ちゃんとユリトの友達……仲間だったのかな? 本当はあいつの事を利用してただけなんじゃないかって、そう思うんだ」

「どうして? ユクレはユリトエス王子のために頑張ったんでしょ?」

「……分からないんだ。そう思ってた、でも本当は違うんじゃないかって。俺は、ただ単に秘匿大陸への情報が欲しくてあいつと一緒に旅したんじゃないのかな? だって俺、シルフィードに友達が消えるって言われてユリトの事思い出せなかったんだ……そんな奴が、仲間だなんだって言う資格、ないじゃんか」

 自己嫌悪に苛まれ、今にも消えてしまいたい。

 悲痛なユクレステの心を読み取り、セイレーシアンは問うた。

「それで、諦めるつもり? 友人を見捨ててしまって、自分には行く資格が無いってこと? 本当に、それで諦められるの?」

 どこまでも優しげな彼女の表情に、グッと言葉を詰まらせる。


「……諦められる訳、ないだろ……」

 絞り出すような声がユクレステから発せられた。

「俺だって、ユリトと同じでずっとずっと夢見てた! 子供の頃から、そればかりを信じてずっと歩いて来た! 苦しくて、辛くて、自分に出来る事が少な過ぎて絶望だってした! それでもこうしてすぐ近くまで這いつくばって辿り着いたんだ! そんなに簡単にっ……諦め、切れないよっ……」

 体を起こし、涙を零しながら叫ぶユクレステをセイレーシアンは優しく抱きしめた。

「でもっ、でもっ――分からないんだ……こんな俺が夢を掴む資格があるのか……ユリトの願いを横から掻っ攫うみたいな真似して、ホントに良いのかって……なにも、分からないんだ……」

 嗚咽混じりの告白に、セイレーシアンは少しの間を置いて優しく応えた。

「ユリトエス王子は、貴方に託したんでしょう? それはきっと、ユクレなら出来るんだって信じてくれたからなんじゃないかしら? きっと、貴方もそう。ユリトエス王子ならなんとかしてくれる、そう信じていた。……違う?」

 ユリトエスならば、例え戦争に巻き込まれてもなんとかなるのだと、そう思ったのではないか。そう聞くセイレーシアンに、ユクレステは押し黙った。それが答えだと言うように、宥めるような声音を耳元で囁く。

「思ったのだけれど、ユクレとその王子様、なんだか似てると思わない?」

「俺が、ユリトと……?」

「そう。顔とか性格とか、そう言うのじゃなくて、心の内、夢に向けての想いとか、絶対に諦めない気持ちとか」

「そう、なのかな?」

 そうかもしれない。たった一つを願い続けるバカさ加減といい、命を賭けてまで向かう愚直さといい、似ている個所はあったのかもしれない。

 けれど、とセイレーシアン。

「絶対に、違うところもあるわよ」

「そ、れは……?」

 首を傾げるユクレステに、答えを言おうとして……止めた。こういうのは言葉で言っても中々伝わらないのだ。となると、目に見える形で見せてあげた方が良いだろう。

 妙案を思いついたと片目を瞑り、左手を扉へと向ける。親指と人差し指を合わせて力を溜め、ピンと弾いた。見た目デコピンにしか見えないそれは、魔力を簡易に放っただけのものだ。

「みぎゃん!」

「あいたぁ――!?」

 ただし、セイレーシアンが使えば、ドアを吹き飛ばす事は容易である。

 二人の叫び声が廊下から聞こえてきた。一人はアリィ、一人はマリンだ。他にも逃げていく気配がするため、恐らく全員ドアの前で聞き耳を立てていたのだろう。

 油断も隙もあったものではない。

「ミュウ、ユゥミィ、ディーラ! 集合! あ、あとユクレ」

「えっ?」

「ちょっとごめんなさいね?」

「なに――ガハッ!?」

 バッと廊下に顔を出して三人娘の名前を呼ぶ。ついでとばかりにユクレステを殴って気絶させ、近くにあった縄でグルグル巻きにした。

「ひぃ!? セレシアが主を抹殺!?」

「殺してないわよ、失礼ね。私がユクレに乱暴な事をするはずないじゃない」

「あ、そう。この頭にデカイタンコブ作ってるのは乱暴のうちには入らない、と」

「細かい事は言いっこなしよ」

 ディーラの言っている事は果たして細かいのだろうか。首を傾げるミュウにユクレステをパスする。慌ててお姫様抱っこで持ち上げた。

「ユゥミィとディーラは馬車を用意して。それから……」

 矢継ぎ早に指示を飛ばすセイレーシアンに、ミュウが口を挟んだ。

「あ、あのっ! なにをするつもりなんですか?」

「えっ、ああ。そう言えば言ってなかったわね?」

 至極もっともな質問に、セイレーシアンはニヤリと笑って言った。

「ちょっと元気になって貰うための催し物を、ね?」

 笑顔の彼女には悪いが、ミュウにはさっぱり分からなかった。




 ユクレステが目を覚ますと、そこは湯けむりが立ち昇る絶景だった。

「……あれ? なにがどうなってこうなった?」

 目が充血したユクレステが、首を傾げながら自分の状態を確認する。水着を着てお湯に浸かっており、幸い真っ裸と言う自体は免れたようだ。そして隣には、リューナとマツノがいる。

「おお、起きたかや? おはよう、寝坊助さん。まあ、寝坊助は二人いるがな」

「…………」

 見れば、マツノもなにが起きたのか分かっていない様子。ただ目が充血しているのはユクレステと同じだった。

「マツノちゃん……」

「ユクレさん……」

 どちらも酷い顔をしている。ここ数日顔を合わせていなかったのだが、彼女も今までずっと泣き続けていたのだろう。

 そう思うと、途端に申し訳なくなってくる。

「……その、ごめん」

「どうして、ユクレさんが謝るんですか……?」

「それは……だって、俺がユリトを助けられなかったから……」

 屋敷に戻って来た時、ユクレステはマツノと顔を合わせられなかった。彼女がユリトエスにどういう感情を抱いているのかを知っていたから、怖かったのだ。おまえのせいで、と責められるのが。

「……違うんです、そんなの、違います……」

「えっ?」

 若干涙が滲んだ瞳でユクレステを見上げ、ふるふると首を横に振る。

「だってユクレさん、ずっと苦しんでくれました。ユリトさんのために、そんな顔になるまで……だから、許すも許さないも、ないじゃないですか。ユクレさんは精一杯悩んでくれたんですから、それを責めたらユリトさんに怒られちゃいます」

 ぎこちなく微笑んで見せるマツノは、無理をしているように見える。それでも、必死に立ち上がろうとはしているのだ。そんな彼女をユクレステは静かに見つめていた。

「まあ、なんじゃな。今日はお主らを元気づけるためにセレシア嬢が催し物を考えたらしい。疲れを癒す意味でゆっくりとすると良いじゃろう。それとも、ゆーは儂が直接元気にしてやらねばダメかや?」

「リュ、リューナどこ触ってるんだよ」

「かかっ、照れるな照れるな。……少しはマシな顔になったようじゃしな。お主の嫁には感謝せねばならんの」

 チラリとユクレステを盗み見、変わらぬ様子で酒の入った杯を傾ける。ニヤリと笑ったリューナは、スス、と近寄って来てその豊満な胸を腕に押し付けて来た。

 それを見て顔を赤くするマツノが、リューナの発言に食い付いた。

「えっ、ユクレさんお嫁さんがいるんですか?」

「うぇ!? ま、まあそう言ったようなもの的な女性はいるようないないようななんと言って良い物やら……」

「なによ、その玉虫色の発言は」

「げっ、セレシア」

 しどろもどろに曖昧な言葉を繰り返すユクレステに、セイレーシアンは呆れたような表情を向けている。黒と赤のビキニ姿の彼女は、チラリとマツノへと視線を向けた。

「初めまして、マツノさん。セイレーシアン・オルバール、そこのユクレの妻よ」

「まだ後ろには予定、がつくがな」

 からかう様なリューナの言葉に、若干ムッとしている。そんな彼女をマツノは、はー、とため息を零しながら見上げていた。

「は、初めまして! マツノです! よろしくお願いします!」

「ええ、よろしくね」

 わざわざ立ち上がってペコリと頭を下げるマツノ。それからこっそりとユクレステに耳打ちをする。

「すっごくカッコいい人ですね、セイレーシアンさん!」

「そうなんだよなぁ……だから俺の平凡さが目立つと言うかなんというか……」

 ため息ついでに学生時代を思い出す。

 下級生から例外なくお姉さまと言われて慕われる彼女の姿。そして、そんなセイレーシアンの側にいたユクレステに向けられる、なんであんな普通な奴がいっつもお姉さまと一緒にいるの、と言う視線。事実なだけに、割と胸に突き刺さる言葉がいくつも向けられていた。

 若干の胸の痛みを必死に隠し、ユクレステは彼女を見る。

「それで、セレシア。なんで温泉なんかに連れて来られたんだ、俺たち」

 隣のマツノも見ながら、そう問うた。

「いつまでも部屋の中にいるよりもちょっとさっぱりした方が良いのよ。お風呂なら顔も洗えるでしょ?」

 その答えをあっさりと言ってのけ、指先を向こうへと向ける。見える景色は、いつだかユリトエス達と遊びに来た温泉だ。四方には火が焚かれ、イグニー・テントを使用しているためか十一月期に入っているにも関わらず温暖な気温である。そして、以前見たときよりも豪華なイスとテーブルが。

「さ、そろそろ出てちょうだい。マツノちゃんもこっちにどうぞ。お昼にするから」

「は、はい!」

「……昼?」

 頭上を見れば僅かに雲の切れ端から太陽の光が覗いている。どうやら、かなりの時間を気絶して過ごしていたらしい。どれだけ強く殴られたのかと不安になり、頭を擦った。

「ほらほら、ボーっとしない。動けないんなら、また抱っこしてあげましょうか? もちろん、お姫様だっこでね」

「わ、分かったよ……って言うか、お姫様抱っこって……またか? またなのか!?」

 ミュウにやられるよりはまだダメージは少ないが、それでも女性にそういった事をされるのは少々抵抗がある。実際には今まで何度もセイレーシアンにされてきたのだが、本人は知らない。そしてここまで運んだのがミュウであると言う事も、ユクレステには知る由もなかった。

「リューナさんはどうするの?」

「儂はもう少し見ている事にするよ。その方が面白そうじゃしな」

「そう、分かったわ。それじゃあユクレ、ちゃんと座っていてね?」

 立ち上がったユクレステを見て、うんと頷くと踵を返して小屋の中へと戻って行った。

「……なんなんだ、この状況?」

「なんとなく、元気づけようとしているんだなとは……でも、そんなに酷かったですか? 私たち」

「マツノちゃんは分からないけど、俺の方は酷かったんだと思うぞ。そう言えば最近ずっと部屋から出てなかったな」

「……私も、です」

 気まずそうに顔を伏せる二人の人物。ここは素直に彼女の言う通りにしよう、そう思い、湯船から立ちあがった。


後編は近日中に更新予定です。多分、早ければ明日には上げられるかな?

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