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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
93/132

いざ、秘匿大陸へ!

 その日、ユクレステ達はゼリアリス城を尋ねていた。あれだけ破壊されていた城壁は既に元通りになっており、以前よりも綺麗に見える。その姿を眺めながら城の中へと案内され、彼に付き従うように黒髪のミーナ族、ダークエルフ、ロード種の悪魔が続いた。

 応接室へと案内され、しばらく待つと扉が開き美しい少女が現れる。

「皆さま、お久し振りですね。遠い所わざわざご足労頂き、感謝致します」

「いえ、こちらこそお忙しい所をお邪魔しちゃって……今って大丈夫でしたか?」

「構いませんよ。私一人で行っている訳ではありませんし、梃子摺るものは専門の者に任せていますから。私の仕事は全ての責任を負うだけです」

 それが一番大変なのだろうに、目の前の少女は少しも気負った様子はなく言ってのける。相変わらずの彼女の姿に、ユクレステは苦笑する。

「まあ、あまり無茶をし過ぎないようにして下さい。マイリエル様」

 金糸のようなサラサラと流れる自身の髪に触れながら、太陽のような笑みを見せるマイリエル。鎧姿ではない彼女の姿を見るのは初めてなため、少しドキドキしたのは内緒だ。

「そうだぞ、マイリ。あまり根を詰め過ぎると倒れてしまうみたいだからな。なにごとも程々が一番だ」

「などと根を詰めた事のないダークエルフが申しています、と」

 茶化すようなディーラに鋭い視線を突き付ける。残念ながら全くと言って良い程堪えていないようだが。

「ふふ、ありがとうございます、ユゥミィ。でも、あれだけの事をした私たちを許して下さったアランヤード様達に報いるためにも、もう少し頑張らないと」

 戦争を仕掛けたゼリアリス国。もちろん、いくらかの制裁は与えられたが、それも一般的に見てずっと軽い処罰で済んだのだ。

 マイリエルへの処罰は、原則なし。そして驚く事に、ベリゼルスに関しては城での謹慎で済んでしまった。処刑も止む無しと見ていたマイリエルには、信じられない程の温情だ。良くても島流しが妥当と思っていたのだが、それなのに城で謹慎で済んだのは、彼の落ちぶれた姿のおかげだったのかもしれない。

 散々ユリトエスに出し抜かれ、しかも秘匿大陸へと向かうチャンスをふいにしてしまった。その事がよっぽど堪えたのか、今では一日中ボーっと花を眺めて過ごしている。そんな彼に代わって国を運営しているのがマイリエルであり、エイゼンなど信の置けるものの助言を得てどうにか回っているらしい。

 アーリッシュにはルイーナ国指導の下で、復興を行っている。その最前線に立つのが、ライゼス以下十名の英雄達。彼らならばアーリッシュの国民も文句は言わないだろう。

 順調過ぎる程に順調。そう言わざるを得ない状況だと言うのに、ユクレステの表情は不機嫌なものだった。

「それもこれも、あいつの手の平の上ってのが気に食わないけどな」

 ベリゼルス王の背後で彼を操り、全ての条件を整えた人物。あまつさえ人の心までも弄び、太陽姫を駒のように操った。そう噂される人物が、ユリトエス・ルナ・ゼリアリスである。

 戦場に大きく映った彼の姿、彼の言葉は、その場にいた兵士たちにとって凄まじい衝撃だったのだろう。さらに印象づけるようにアーリッシュの英雄や、太陽姫の異常を間近で見ていた者たちがいた。噂は噂を呼び、何時の頃からかユリトエス王子が全ての諸悪の根源である、と言う噂が立てられたのである。

 その噂を流している一人の少年商人の姿を何人かの人物が確認したらしいのだが、マイリエルは実際に会う事はなかった。

「……結局、ユリトは自分がいなくなった後もあなたを気にしていたんですかね?」

「どうでしょう? ただの気紛れ、と言う可能性もありますよ。あれはなにを考えているのか分からないですから」

「ええ、まったく。でも、良かったですよ。マイリエル様も、随分と元気になられたようで」

 苦笑する二人の表情に暗い色はない。

「……一月、ですからね。そろそろ立ち直りもします」

 ユリトエスが扉を開き、既に一カ月の月日が経っていた。それまでに色々な事があったユクレステは、思い返しながら頬を掻いた。

「まあ、いつまでも泣いて喚いて恨みごと吐き続けるには少々長過ぎる時間ですよね」

「ええ、本当に……」 

 はあ、とため息を吐き出し、窓の外を見る。流れるを目で追って、一月前の事を思い出した。




 マイリエルの慟哭が響き渡り、オロオロと彼女に声をかけるエイゼン。ユクレステの周りには仲間が集まり、心配そうな視線を向けている。

「主、一体なにがあったのだ……? 突然現れたが……」

 ユゥミィが聞いて来るが、彼の耳には届いていない。ただ、行き場の無い心を押さえつけ、杖に向かって叫んだ。

「アリス! シルフィード!」

 ユクレステの声に反応してか、二体の主精霊が姿を現した。ニコニコとした笑顔のシルフィードに、どこか哀れみを向けるアリスティア。怒りをそのままに、彼は二人に食ってかかった。

「おまえ達、分かってたんだな!?」

「あらぁ? なんの事かしらぁ?」

「ふざけるな! ユリトの事に決まってんだろ!?」

 シルフィードの言った忠告。戦争に関わる友人、始めそれはセイレーシアンとアランヤードの事だと思っていたのだ。だがここまでくれば嫌でも分かる。

 戦争に関わってしまった、扉を開いてしまった、その結果、ユリトエスはこの場にいない。

「くふふ~、でも私はちゃあんとヒントはあげた。それを無為にしたのは、貴方でしょう?」

「っ、この!」

 苛立ちが押さえられず、ニヤニヤとしたシルフィードに向かって拳を振るう。それを止めたのはアリスティアだった。冷たい手に拳を止められ、真正面から見つめられる。

「いい加減にしろですよ。これはおまえが選択したこと。それに関して他人に当たるのはお門違いと言うものです」

「なにを――」

「では聞きますが、なぜおまえはシルフィードの助言を聞いてあの男を思い浮かべなかったのですか? ゼリアリスが関わっている時点で、あの男も同じだと、なぜ思わなかったのです?」

「そ、れは……」

 掴んだ手を放し、アリスティアは崩れ去ったアーリッシュ城を見る。

「そして、扉を開く事を真っ先に望んでいたおまえに、だれかを責める資格があると思うな。言ったはずです、結局は人の意志が選択を定めると。おまえの意志がもっと強ければ……あの男よりも強ければ失わずに済んだのかもしれません。……今さら言っても詮なき事ですが」

「……けど、こんなのあんまりだろ……」

 うな垂れ、顔を伏せるユクレステ。その姿にアリスティアはチッと舌打ちをして、小さな拳を握りしめた。

「――ぐ!」

「いい加減にしろですよ、このボンクラ魔法使い」

 次の瞬間、彼女の小さな拳がユクレステを殴り飛ばしていた。

「おまえは、自分をなんでも出来るヒーローだとでも思ってるのですか? ヒーローなめるな、クソ野郎。おまえ程度が調子に乗るからこの始末です。戦争は止めます、扉は開きます、秘匿大陸にだって行きます。その選択を選んで、さらに友人まで、ですか? そんな物乞いみたいな態度で、私たちの主を名乗るな!」

「っ、でも――!」

「黙れ! おまえ、勘違いしていますよ? たかだか人間一人が流れを変えられると思っているのですか? そんな傲慢を持っているから、この始末。それを理解しなければ、ゼリアリスの王と同じ、おまえの存在は罪でしかないですよ?」

 強欲であったベリゼルスも、傲慢が過ぎるユクレステも、同じだとアリスティアは断じる。呆然としたユクレステをよそに、アリスティアは興味を失ったように顔を背けた。

「おまえがいつまでもそんなつまらない心でいるなら、契約を切らざるをえませんね。道が揺らいだ、醜い人間を守護するほど、私は優しくはありませんから」

 旋風が巻き起こり、アリスティアの姿が薄くなる。思わず手を伸ばすユクレステ。だが、それは彼女の方から払われた。

「アリス!?」

「気安く呼ぶな、人間」

 そう言ってアリスティアは完全にいなくなった。残されたユクレステは、呆然とするしかない。

「ありゃー、アリスちゃん随分怒ってるわねぇ。まあ、自分が買っていた人間がこうも情けないとそうもなるわねぇ。あ、私は気にしないでねぇ。元から貴方が弱く汚い人間だって言うのは分かっていた事だしぃ。まあ、今はなにを言っても無駄かしらねぇ」

「……っ!?」

「あら、怖いこわぁい」

 クスクス笑うシルフィードを睨みつける。大袈裟に肩を竦め、笑いながらその場から溶けるように消えて行く。後に残されたユクレステは、力無く座りこんだ。

「……くそっ、くそっ!」

 ガン、と地面を叩く。何度も何度も。仲間たちが側にいることも忘れ、ただひたすらに己の中の苛立ちを紛らわすために。

「クソッたれ――!!」




 あれから一月だ。流石に心の整理は出来ている。とは言え、それもきっと一人では無理だっただろうと思う。

「皆には心配かけちゃったからな。いつまでもあんな姿は見せられないよ」

「あぅ……」

 隣に座っていたミュウの頭をなでながら、一月前の醜態を思い出す。アリスティア達に当たって、ミュウ達に心配をかけて、引き篭もっていた。そんなユクレステを支えてくれたのが、仲間たちだった。

 マリンも、ミュウも、ユゥミィも、ディーラも。自分たちだって辛くないはずがないのに、ひたすらに心配かけさせて。さらにはセイレーシアンにまで迷惑をかけた。なによりも、アリスティアには頭が上がらない。

 一度折れかけた夢を再度繋ぎ合わせて、またここまで来れた。だから今日は、再出発の日だ。

「……本日は、マイリエル様にお願いがあって来ました」

「聞きましょう。頭を上げて下さい」

 頭を下げ、放った言葉に、マイリエルは神妙な面持ちで応えた。

 彼女の瞳を覗きこみながら、ユクレステは言う。

「私はこれより、秘匿大陸へと赴くつもりです。そのために、許可を願います。――迷いの森の奥にあると言われている、遺跡への立ち入り許可を」

 ウォルフから聞いた、迷いの森の最奥に位置する遺跡の話。どうやら以前、ユリトエスがウォルフと共に出向いた場所らしく、そこになんらかのヒントが隠されているのだと確信している。

 ユクレステの言葉にやはりと頷き、マイリエルは一冊の手帳を取り出した。

「それは……?」

「聖霊使いの手記……いえ、違いますね。これはユリトのお父上、エーリック様が書かれた、秘匿大陸への行き方だそうです。……最後のページを見て頂けますか?」

 手渡された手帳をめくり、最後のページを見る。そこには、つい最近書かれたと思しき精霊言語と、この大陸の字が書かれていた。

 内容は、簡潔だ。

『ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン様へ。

 君がまだ秘匿大陸を目指すのならば、活用して欲しい。一足先に待っている。

 ユリトエス・ルナ・ゼリアリス』

「はぁ、用意周到な事で……」

 またも見抜かれていたのかと呆れてしまった。どうにも頭でユリトエスに敵う気がしない。それでも別に構わないと思ってしまうのがまたなんとも……。

「いつかは一本取ってみたかったんだけどなぁ」

「ふふ、ユリトから一本取るには大変だと思いますよ?」

 自慢するようなマイリエルに、ユクレステは同意する。

 適当にページをめくり、ふとある一点が視界に入った。それは恐らく、彼の父親がユリトへ向けた言葉なのだろう。その名前に目が行った。

「優理人……ユリト、か? なるほど、優しく聡い子、ね……」

 彼の名にかけられた思いに触れ、ユクレステは小さく微笑んだ。




 その後、マイリエルが食事を共に取ろうと言ってくれて、ユゥミィの強い推薦もあってその日一日は色々な話題で盛り上がった。友人の少ないマイリエルのために家臣の皆さんが凄まじい豪勢な宴を開いてくれて、正直ちょっと引いた。……いや、それだけ好かれているのだ。羨ましいと思っておこう。


 空けて翌日、ユクレステ一行は迷いの森の奥にある湖の前へと来ていた。

『懐かしいねー、ここでミュウちゃんと会ったんだっけ? あの時はミュウちゃん反抗期で大変だったよねー』

「あ、あの……その節は、申し訳ありませんでした……」

 大変だったのは主にあなたに投げられて迷子になったユクレステが、だと思うのだが。

 ミュウが恥ずかしそうに顔を赤らめ、頭を下げている。

「そーいえば僕もこの森でご主人と会ったんだっけ?」

 ボーっとした表情で首を傾げるディーラ。確かに彼女と出会ったのも迷いの森だったはずだ。

「……あの時は本気で殺されるかと思った……」

「大袈裟。あんなの悪魔流の挨拶だし」

「悪魔族恐ろし過ぎるわ!!」

 ユクレステの涙目のツッコミもさらりと受け流す。ふともう一人を見ると、なぜか膨れっ面をしている。

「むぅ、私だけ仲間はずれみたいでなんかやだー!」

『しょうがないよねー、ユゥミィちゃんその時いなかったんだもん』

「それは分かってるけど……むー!」

 頬を膨らませるユゥミィに皆で苦笑しながら、先を進む。湖の反対側から奥へと向かう道が開いており、初めて来た時には見なかった光景だ。

「……これがユリトの言ってた、扉が開かれるって事なのか?」

「すごいです……」

 木々が腕を広げるようにアーチを作り、遺跡への入り口が顔を覗かせる。ミュウやユゥミィなどは遺跡に入るのが初めてなため、瞳をキラキラと輝かせて待ちきれないといった表情だ。

「主! 主! 早く入ろう!」

「お、落ち着けって! ってか引っ張るな!」

「はぁ、遺跡程度でそんなにはしゃがなくても……」

 グイグイと引っ張られ、ユクレステ達は遺跡に一歩を踏み入れる。


 奥までなにも変化はなかったが。

 当然だろう。既にこの場は調べ尽くされており、道に落ちている鉄の塊くらいしかない。罠もないし、ユゥミィの思っていた遺跡とは違ったのだろう。

「ちなみにユゥミィの考える遺跡って?」

「罠とか敵がわんさかいて秘宝を手にするとボスが出て来るとか?」

 そう言った遺跡もあるにはあるのだが、残念ながらこの遺跡はそう言った毛色のものとはまた違う。遺跡の入り口が開かれたので、もうニ、三百年もすればモンスターに溢れそうではあるが。

 とにかくなんの障害もなく最奥に到達したユクレステ達を待っていたのは、石造りの舞台だった。

「わぁ……」

 目を見開いて驚きを表現するミュウ。彼女に続く様に、ユクレステが言った。

「これは、凄いな……」

 白い石で出来た舞台。そこには石で出来たアーチが存在し、聖霊言語でなにかが書かれている。文字を目で追いながら、口にする。

「私は行く。聖なる地、我らが夢見る楽園へ。共に行こう、この世と異なりし、秘匿されし大地へ……」

 心臓が高鳴る。すぐそこに、目指したものがある。それを感じるだけで、ユクレステの心は喜びにはち切れんばかりだ。

「……うしっ、やるぞ。シルフィード、オーム、アリスティア!」

 杖を持ち直し、ユクレステは精霊の名を告げる。それに反応するように、三つの宝石から同色の色が溢れだす。

「了解。マスター、精霊力、充填シマス」

「はぁい、ここまで来たら力を貸すのが精霊のお仕事だものねぇ」

 オームとシルフィードが現れ、二体の精霊の力をステージに注ぎ込む。それだけで白い舞台はさらに美しく光を放ち、アーチの部分が薄く揺らめいた。

「…………」

「あらぁ? どうしたのかしら、アリスちゃん? もしかしてぇ……照れてるとかぁ?」

「っ、う、うるさいですよ! ふ、ふん!」

 最後にアリスティアが力を注ぎ、扉が完成する。揺らいだ光の先はなにも見えず、どこに通じているのかも分からない。それでも、ユクレステに躊躇する心はなかった。

『……ようやく、だね? マスター?』

「ああ、本当に長かった。皆も、ありがとな? こんな俺に付いて来てくれて」

「わたしは、ご主人さまと一緒にいたいだけ、ですから……」

「ふふん、これで私は秘匿大陸へ行った騎士になるわけだな? これなら聖霊使いの騎士になるのも案外簡単だな!」

「またそういうフラグを……それよりも秘匿大陸には強い相手っているのかな? 楽しみ」

 クスリと笑い、振り返る。ミュウを見て、ユゥミィを見て、ディーラを見る。皆、不安に感じた表情はない、大きく頷き、精霊達を見た。

「皆もありがとう。これで俺は、秘匿大陸へ行けるよ」

「ええ、行ってらっしゃい、ゆっちゃん。出来れば心が砕けるくらい残念な目にあってね? そっちの方が私的には美味しいから」

「はは、こいつマジ最悪」

 シルフィードを本気で睨みつけ、ムダだろうなと視線を外す。他人の不幸大好きな精霊と言うのも珍しい。

 そしてアリスティアと目があった。

「――っ!?」

 なぜかもの凄い速度で逸らされたが。

 必死に深呼吸を繰り返し心を落ち着かせている。顔を横にしているため彼女の耳が髪の間から覗き、そこに着けられた雪花の形をしたイヤリングが見えた。

「ユ、ユクレステ!」

「お、おう?」

 突然グリンとこちらを向き、仄かに赤い顔で詰め寄った。

「それとその仲間たち! 忠告しておきますが、この先秘匿大陸では精霊の力は当てには出来ません。その事を努々(ゆめゆめ)忘れぬようにしておきなさい! 以上です! さあどこへなりとも行きなさい!」

「あらぁ? それだけで良いのぉ? もっとなにか言う事とかあるんじゃなぁい。忠告、なんかよりもちゅーとかした方が面白いわよぉ。私が」

「っ、この――!」

 突発的に吹雪と暴風がステージ上で荒ぶっている。無表情ながらもやれやれといった表情のオームは、二人の先輩精霊を放って扉を指し示した。

「行クノナラバ早々ニ行動ヲ。何時マデモ扉ハ開ケマセン」

「そ、そうだよな。うん、分かった。アリス、シルフィード! 行って来る!」

 結局掴まって首から下を凍らされた風の主精霊を置いて、息を荒くしたアリスティアがこちらを振り向いた。

「……さっさと行きなさい。……それと、オーム。おまえは、分かっているですね?」

「了解」

 二人がなにか言葉を交わす。ユクレステ達は扉の前に集まり、揺れる光の扉を覗きこんだ。

「なんにも見えないな……」

『まっ、その方が楽しみが増すから良いんじゃない?』

 恐々としたユゥミィに、マリンが軽い調子で応える。もう一度精霊達へと視線を戻し、笑みを見せて言った。

「行ってきます! ――よし、一番乗り!!」

「あっ、主ズルイ! こうなったら私が二番手――」

「二番手もらい」

「なっ、ディーラおまえ!?」

「え、えと……三番です」

『私はミュウちゃんと一緒だから同時に三位ー」

「ああっ! ミュウとマリンまで!? これじゃあ私が最後になっちゃうじゃないかー! 待てー!」

 次々に光の中へと消えていくユクレステ一行。最後にオームが扉の前に立った。

「ソレデハ、行キマス」

 その言葉と同時に彼女も扉へと吸い込まれて行く。その様子を見送ったアリスティアが、ため息交じりに言った。

「元々あちらで作られたオームならば、とは言いましたが、本当に一緒になって行くとは……。あちらに行けば精霊としての力は行使出来ないと言うのに……」

「まあ良いんじゃないかしら? あの子もそれだけ、心を手に入れたのだから。興味深くはあるのでしょう?」

「……多少は」

 アリスティア達とは違い、オームは精霊ではあるが素の肉体が元々違っているため秘匿大陸でも活動は可能なのだ。それを告げた時、彼女は一番に彼に付いて行くと発した。だれが命じたのではない。自分で考え、自分の心に従った。

 それが成長なのか、生誕なのかは分からないが、オームの心が育っているのは確かだ。ならば、姉として彼女を見送るのもまたアリスティア達の役割なのだろう。

「それにしても、これでしばらくは暇になるわねぇ。せっかく面白い子達を見つけたのに……まあ、私はジルオーズの子たちで遊ぶから良いんだけれどねぇ」

「あいつらも災難ですね……」

 色々と対峙した事のある刀使いの少女を思い浮かべ、ほんの僅かに同情する。この気紛れ精霊がすぐに飽きる事を願うばかりである。

「それじゃあ私はこの辺をちょっと探索してから帰りましょ。またね、アリスちゃん。今度は、彼が戻ってきたら会いましょう」

 言うが早いか暴風と共に消え去るシルフィード。パタパタとはためくローブを押さえつけ、イヤリングに触れて扉を見る。既に光は失われ、もはや追う事も叶わない。だから、せめて一言。旅する彼等に思いを込めて囁いた。

「異界の旅路に幸多からんことを。……行ってらっしゃい、ユクレ」

 精霊が消え、そこには静寂だけが取り残された。




 光が収まった。同時に、ユクレステの意識が浮上する。一瞬だけ気を失っていたような感覚に若干の気持ち悪さはするが、そんなことよりと急ぎ目を開く。予想通りならば、ここは既に秘匿大陸のはずなのだ。

「ここは……」

 草の絨毯が広がり、百メートル程先には木々が円状になって植えられている。それは、ちょうどこの場所を中心に丸く切り取られたようにも見える。

「ん、ご主人?」

 後ろを振り向くと、ディーラが首を傾げて立っている。その後ろには、石で出来た扉が一つ。形としてはアーリッシュ城地下で見たものと似ていた。装飾があまりないのと、骸骨ではなく天使の像なのが違う点だろうか。

「あ、ご主人さま」

『マスター、ここが秘匿大陸?』

「お、置いてくなよー!」

 ディーラに続く様にミュウとマリン、その後にユゥミィが現れ、各々が周りを見渡している。

 今のところ、どうということのない風景だ。だが、視線を遠くへと向けてみると、雰囲気は一気に豹変した。

「な、なんだあれは?」

 まず最初に気付いたのはユゥミィだった。目の良い彼女は、遠くにある建造物に驚愕している。一般的な視力しかないユクレステでも、それの異様はハッキリと視認出来た。

「あれ、お城か? いや、それにしては沢山あるような……」

 形は細長い四角で、かなり巨大な建物だ。ルイーナ城よりもゼリアリス城よりも高く、十階以上ありそうな建物があちらこちらにそびえ立っている。また、驚くのは夜だと言うのに建物のある方角は昼のように明るいのだ。王都ルイーナでも魔力による灯りによって多少は明るいが、ここまでの明るさはない。

 否が応でもここが異国の地だと思い知らされた。

「これが……ここが、秘匿大陸か!」

 不安よりも先に、興奮が押し寄せる。ただただ目標とした場所に、ようやく辿り着いたのだ。これが嬉しくないはずがない。

「あ、ははは! やった、やったぞ! 俺は、辿り着いたんだ! 母さん、見てるか? あなたが夢見た場所に辿り着いたぞ!」

 ニッ、と笑みを深め、手を広げて喜びの声を張り上げた。

「ついに来たぞ――秘匿大陸!」

 風の匂いも夜の音も全然違う。ユクレステの万感の思いを叫びにして、周りの木々はざわめいた。

 新たな旅路を祝福するかのように。


 ついに、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンが秘匿大陸の地に辿り着いた。

お、終わった……とりあえずこれにて第一部完、です。

次回から少し幕間を挟みますので、第ニ部開始はもう少し先になりそうです。

幕間からは更新速度も少し落ちるかもしれませんが、ご容赦下さい。

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