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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
8/132

初めてのお買いもの

「あの、本当にいいのでしょうか?」

「いいんだって。いつまでも俺の服を着てる訳にはいかないだろ? 女の子なんだからもう少し可愛い服を着た方がいいと思うし」

 ゼリアリスの街中を二人の男女が歩いていた。魔法使いの格好をした少年と、男物の服を着た黒髪の少女だ。彼らは人込みをかき分け、一軒の店の前に来ていた。

「で、でも私、こんなお店来るの初めてで……」

 ここはゼリアリスでも人気の洋服店らしく、可愛らしい服が所狭しと並んでいる。

「大丈夫だって。たまには甲斐性あるところを見せないとマリンになんて言われるか……」

『そそ、こういう時は素直に買ってもらえばいいんだよ。今は懐も温かいし、ちょっと無理な買い物だって大丈夫なんだから』

 ミュウの首から下げた宝石から声が聞こえる。現在マリンはミュウのお目付け役となっているため、常に彼女がアクアマリンの宝石を身に着けていた。

 そんなこんなでお店の扉を開き、三人は洋服店へと入店するのだった。


 ユクレステたちは以前から予定していた買い物へと来ていた。ミュウの服を買うと言ってかれこれ三日も後回しにしてしまったこともあり、気合をいれての出発だ。宿の主人から手頃な店を紹介してもらい、女物の服のことなんて何一つ分からないユクレステの補佐役にマリンを引き連れている。現在彼は壁に寄りかかり、本を読みながらミュウが試着するのを待っていた。

「ん?」

 窓の外を数人の兵士が通り過ぎて行く。魔法使いらしき人物もおり、恐らくこれから迷いの森にでも出張るのだろう。あの盗賊たちがいた、あの森へと。


 ユクレステが盗賊と出会って、既に三日が経っている。その間に既に遠くへと逃げているであろう四人の顔を思い浮かべ、静かにため息を吐いた。

 結局、あの後盗賊の四人には見事に逃げられてしまった。気絶した二人の盗賊を担ぎ、巨体の男と、魔物の少女は去っていった。アジトに残った物品は回収できたが、それを行った人物たちにはまんまと逃げられてしまったのだ。

 冒険者ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは迷いの森で盗賊と遭遇、戦闘に入り、なんとか撃退するも盗賊たちには逃げられる。慌ててゼリアリスへと戻ったユクレステは兵士長アストンにこのことを報告。すぐに迷いの森のアジトを調べ、盗賊たちを指名手配して方々の街へと通達した。これでこの辺りでの盗賊被害は抑えられるだろう。

 ……と、まあ。これが表立った筋書きだ。本来は、少し違っていた。



「悪いけど、僕はまだキミの仲間にはなれない」

 ディーラとの戦闘が終わり、湖に沈んだ盗賊のリーダー、ロイン・カタルを救出した後、彼女は申し訳なさそうにそう言った。

「あん? なに、せっかくマスターが勝ったのにまだなにか言い訳でもしたいの? 今のは20%の力しか出してないからノーカンだとでも言いたいの? そんなのがまかり通ると思ってんの? なんだったら今度は私が相手するけど?」

「マリン、そう怖い顔しない。落ち着けって」

 喧嘩腰の人魚を宥めつつ、ユクレステはディーラを見た。あまり変化のない表情の中で、瞳だけがすまなそうに揺れている。

「なにか事情でもあるのか?」

「事情って言うほど深いのはないんだけど……」

 チラ、とロインを見る。なにか関係があるのかと巨体の男へと視線を移した。

「あー、別にいいんだすよ、おら達は。ディーの好きなようにすればいいと思うだすー」

 大男、ドビン・ハーグは困ったように視線を泳がせた。

「まあ、なんというか。僕、彼らには借りがあるんだ。少なくとも、それを返すまではキミの仲間にはなれない」

 借りというのがなんなのかは分からないが、恐らくそれが彼らとディーラが共に行動している理由なのだろ。そうでなくば、彼女ほどの力を持った悪魔が一緒にいるとは考えられない。

「あと出来れば、この場は見逃して欲しい」

 もう一つの言葉にユクレステは思わず眉をひそめた。彼らが悪事を行ったということは勿論、彼らを詰め所にでも突き出せば相応の小金が舞いこんで来るのだ。そういう意味でも出来れば豚箱に放りこんでおきたい。

 若干私怨も含まれるが。

「でも彼らが盗みをやったことは事実だろう? 生憎、それを見逃せるほど俺も優しくないんだよな」

「それは分かってる」

 もしかしたら再度戦闘になるかも、と身構えるユクレステだが、どうやらこの状況でそれはないらしい。それもそうだろう。今この場には自分と、湖に身体を横たえているマリンがいるのだ。流石の彼女も、無理やり突破できるとは考えないだろう。

 そのため、ディーラは別の方法でこの場を乗り切ることを提案した。

「代わりと言ってはなんだけど、僕がキミと契約する。今すぐに、とはいかないけど絶対にキミの元へ戻ることを誓う」

「それだけか?」

 それでは弱い。なにせこちらは既に力を見せ、負けを認めさせたのだ。強いものに従う魔物の習性から、それだけで対等であるとは言えない。もちろんそれを理解しているディーラは、首を横に振ってもう一つの提案を述べた。

「今までに私たちが集めたもの、好きなだけキミにあげる」

「乗った!!」

「乗ったよ!」

 間髪いれずに二つの大きな声が木霊した。あまりの大きさに、木に寄りかかってうとうとしていたミュウが驚いて周りを見渡している。

 あげるとは言っても、元々ディーラたちのものではなく盗品であるのだが、ユクレステはそんなことを気にするような人間ではなかった。盗まれた人たちがかわいそうだから全部返してあげましょう、などと言えるほど、正義感が強い訳ではないのだ。なにせ今の彼は超金欠、旅をするにも先立つものは金。こんなチャンスを逃して堪るかとズイと身を乗り出した。

「でもそうだよな、俺も盗まれた魔法薬とか魔力媒体とかある訳だし、貰ったって罰は当たらないよな?」

「あったり前でしょマスター。私たちの物は私たちの物、盗まれた物は取り返した人の物ってよく言うしー」

 そんな言葉、聞いたことがない。だがそれで見逃してもらえるなら安いものだと納得する。

「あ、あともう一つ。街に戻ったらここの事と、おまえ達のことはギルドに伝えるから。多分森を捜索する人たちも多く来ると思うから、早めに逃げた方がいいぞ」

「……報告するの?」

「こういうのは報告すると報奨金がもらえたりするからな」

「まあいいよ。僕らもすぐ逃げるから。いい?」

「へっ? あ、ああうん。いいと思うだすよー」

 ニッと悪い顔で笑うユクレステにドビンは冷たい汗を流した。後で起きたリーダーがなんと言うか、想像に難くない。

「じゃあそういう取り決めで決定だな。マリン、なんかある?」

「んー、別にいいと思うよ。素直に捕まえるよりこっちのが割がいいからね。ま、強いて言うなら悪魔っ娘がすぐ仲間になってくれないのが不満っちゃー不満かな」

「まあ、それは仕方ないだろ。無理を言ったのはこっちで、あっちはなんか事情があるみたいだし」

 ユクレステとて欲を言えばすぐにでも合流して欲しいとは思う。だが、彼女がそれを望んでいないのなら、それは後に回すべきだろう。別に急がなければならない旅ではないのだし。少し前ならばこんな風に考えられなかったかもしれない。懐が温かくなったおかげか、心も広くなったような感じだ。

「ん、ありがと。じゃあ手、出して」

「こう?」

「そう。……ん」

「うひゃう!?」

 ディーラに言われるままに手を伸ばし、彼女はそれを自身の手で優しく包んだ。そして、ユクレステの手の甲に、軽くキスをした。

魔法点マーカーを点けておいた。これでキミがどこにいても分かるよ。借りを返し終えたら、すぐに駆け付けてあげる」

「分かった。ならそれまで契約はお預けだな」

「ん、ちょっと残念。でも、すぐ会えるから大丈夫。そうでしょ? 僕のご主人?」

 そう言った彼女の表情は僅かに笑みの形を作っていた。



 その後、宣言通り彼女たちのアジトで目ぼしいものをしこたま懐に入れ、今まさにユクレステは小金持ちと化していた。

 そんな訳で、本日はショッピングと洒落込んでいるのである。

 本から目を落とし、この後どうするかなーと思考する。ゼリアリスに来た最大の目標の冒険者登録は済ませた今となっては、この街に留まる理由は特にない。当初はお金を稼いでから次の街へ行こうかと思っていたが、こうして纏まったお金が舞い込んだためそれもしなくて済む。となると、早々に次の街へ旅立った方がいいだろう。そんなに急ぐ旅ではないが、行ってみたい場所はまだまだ沢山あるのだ。

「あ、あの、ご主人さま……」

「ん、ミュウか?」

 考え事をしていると声が掛けられた。か細く、控えめな声が空気を震わせ、ユクレステまで届く。

「どう、でしょうか?」

 声のした方向を向き、ミュウを視認して思わず声をあげてしまった。

 ふわふわの黒髪の少女が、全体的に質素でくるぶしまである紺色の服を身に纏い、その上にエプロンドレスを着け、頭にはフリルのついたカチューシャが装着されている。

 上流階級な人々をよく目にしていたユクレステは、それがなんなのかを知っていた。

「め、メイド服?」

 貴族の屋敷に必ず数人はいる、家事手伝い。もしくは、主の世話をこなす従者たち。いわゆる、メイドさんが着用している服だ。

『ほらほら、マスター。どう? カワイイでしょ?』

「え、可愛いかって聞かれればそりゃあ……」

 もちろん可愛いです。オドオドしながら、服の端を持って見せてくれる少女の姿はとても可愛らしかった。ふわふわのロングヘアーと尖った耳もこうして見るといい具合にマッチしている。だが待って欲しい。俺達は旅のための服を探している訳で、そんな格好では流石に旅には向かないのではないか。

「…………」

 ジーっとユクレステを見つめ、なにかを待っているような視線。それが分かっているだけに、心の声をそっとしまう。

「か、可愛いよ、うん。まるで妖精さんみたいだな」

 事実家の妖精である。

「あ、ありがとうございます……! その、このお洋服、憧れていて、着てみたかったんです」

 ミュウの以前の職場でもメイド服を着用している人たちはいたようだが、彼女は役立たずだからとまともな服を着せて貰えなかったのだ。家の妖精、ミーナ族からすれば、メイド服とは憧れの象徴でもあるのだ。そんな洋服を着られてご満悦のミュウは花が咲いたような笑みを見せてくれた。

「でも流石にそれだと旅には向かないだろうし、もう少し別の……」

「あらお客様~? と~ってもお似合いですよ~? どうかしましたか~?」

「あ、店員さん。えーっと、旅に向いた服ってありますかね?」

「あらあらお客様は旅人様でしたか~? そうですね~、メイド服がお好みでしたらこのようなものもありますよ~?」

 やたら声の高い女性店員が甘い声を響かせてやってきた。ユクレステの要望を聞き、ミュウの姿を視界に収めると素早い動作で服を持ってきた。

「さあさあ、こちらで是非ご試着して下さいませ~」

「え、あの……」

「さあさあさあ~」

 ミュウを小脇に抱え、試着室へと連れて行く店員。とても楽しそうで、止める間もなかった。


「さあどうでしょうか~? お客様~?」

 しばらくして試着室から出てきたミュウと店員。先ほどのヴィクトリアメイドのメイド服は着替え、少し違った意匠の服を着ている。

「へぇ、それも可愛いな。なんか、メイド服っぽいし」

「あ、ありがとうございます……」

 先ほどまでの丈の長い服とは違い、膝までのスカートにエプロンドレス。メイド服のようなデザインだが、その布地はしっかりとした作りで旅をするのにも問題はないだろう。頭のヘッドドレスも先ほどのよりもフリルは抑え目になっている。足元のロングブーツは革製の丈夫なもので、黒のハイソックスを着用している。

 その姿を見て素直に褒めるのと同時に、僅かな驚きも声に漏れていた。

「あのエプロンドレス……それにカチューシャもか。結構な代物なんじゃないですか?」

「あら~、お客様分かるんですのね~? その通りです~、この服を作ったのは彼の有名な服飾職人、ラハエル・ミッドクリフ様の作品ですよ~。エプロンドレスは付与された魔法によって鎧と同じ効果を得ています。同じように、ヘッドドレスにも防御魔法が織り込まれており、可愛らしさと実用性を重視したものとなっております~」

「なるほど」

 後で鎧でも買おうかと思っていただけに、これは正直ありがたいかもしれない。かかっている魔法から並の鎧よりも信用性は高いだろう。

 旅をしていれば厄介ごとが舞い込んでくるかもしれない。そういう時防御効果のある服はあると便利だろう。ユクレステとの二、三の会話でこうまで良い選択をしてくれるとは、この店員はかなり出来る人なのだろう。

「ミュウはこれでいいか?」

「あ、はい……! わたし、これがいいです……!」

 パッと表情が明るくなるミュウ。普段あまり自分の意見を言わない彼女がここまで気に入っているのだから決まりでいいだろう。

 ユクレステは店員へと声をかけた。

「これにします」

「はい! ありがとうございました~! お包みしましょうか~?」

「ああいえ、このまま着ていくので構いません」

「はい、でしたらこちらへどうぞ~!」

 元気な店員である。カウンターで向い合せになり、二人は購入した品の確認に入った。

「お洋服が一セット、それと……アンダーウェアを二、三点ですかね~?」

「ぶっ!?」

 後半の言葉は耳元で囁かれた。そう言えば服を買いにきたはいいが下着までは頭が回っていなかったはずだ。目の前の女性店員が生暖かい笑みでニコニコとしているが、それになぜだか居心地の悪さを感じてしまう。

「あ、いや、違うんですよ? 彼女、まだちょっとそういうことに疎いと言うかなんと言うか……決して! 決して男物な服の下に穿かせて興奮するような変態ではなくですね……」

「はい、大丈夫ですよ~。先ほどご確認させて頂きましたから~」

 それはあれですか? 変態だということを確認したんですか?

「なんでもあちらのお客様、今まで下着を穿いたことが一度もなかったとか。いや~、若いですね~」

「誤解なんです!」

 必死に誤解を解こうとするユクレステだが、その実別のことが脳裏に過ぎった。果たしてミーナ族とは穿かない種族なのだろうか。

「だから本当に――!」

「は~い、お値段は三十万エルとなりま~す」

「聞けよ頼むから!」

 とりあえず、本日の買い物。一つ終了である。



 この世界の通貨はエルが基本である。百エルあればパンが買え、千エルあれば外食でそこそこいいものが食べられるだろう。それを言えば、今回ミュウが購入した服は中々の値段設定だ。しかし高かったとは思わず、むしろ魔法を織り込んだ服があの程度の値段で逆に驚いたほどだ。

「はい、お腹空いただろ?」

「あ、ありがとうございます……」

 そんな彼らは現在出店で肉串を頬張っていた。ナンデーという草食動物の肉を濃い味付けのタレに漬けこみ、客の目の前で焼いた肉はゼリアリスでも人気の商品だ。美味そうにかぶり付くユクレステと、恐縮そうに身を縮こまらせてかじっているミュウ。お値段は百三十エル。たったこれだけの値段を恐縮して受け取ってしまう彼女に、服の値段を聞かせたらどうなるのか。気にはなるが、試してみようとは思わなかった。

『そりゃー私は食べないけどさー。なんかさっきから一人だけハブられてるみたいでなんか複雑ー』

 人魚姫の文句がぶつくさと聞こえる。


 さて、簡単な昼食を終えたユクレステは、今度は路地の裏手にある店に来ていた。

「こんにちはー、頼んでいたものは出来ましたかー?」

「おお、坊やじゃないか。出来とるよ」

 ミュウをマリンに任し、ユクレステは店主である老人へと声をかけた。

 ここは魔法使い御用達の店、いわゆる魔法店マジックショップだ。国からも認可された歴とした商売なのだが、なぜか裏路地や薄暗い場所に建っていることが多い。なぜかと問えば、

『だってそっちの方が雰囲気でるじゃん?』

 と言うことらしい。

 そんな例にも漏れず、形から入ったような格好の老人が店のカウンターに一本の杖を置いた。

「流石にあれを修繕するのは不可能だったから新しい外装で作り直しといたよ。材質はコクダン木にして魔力伝導率を重視した造りになっておる。魔力媒体は変えておらんが、どうやらブラックドラゴンの心臓が素材として使われておるようじゃな」

「やっぱりドラゴンだったか……でも心臓とはまた高価なもんが入ってたんですね」

「なんじゃ知らんかったのか。どうじゃ? 百万エルで売らんか?」

「あっはっはっ、最低その十倍は持って来いです。あ、あと初心者用の魔力発動体って売ってますか?」

「ちっ! ちょっとそこで待っておれ」

 割と本気の舌打ちをして店主が奥へと引っ込んでいった。いくら貰いものだからと言って、ドラゴンの心臓が入った杖をそんな安価で売れる訳がない。そもそもドラゴン素材とは高価であり、爪一欠けらでもグラム数万エルは下らない。心臓ともなれば、しかもそれが中位竜種であれば一体どれだけするものか。今更ながら、いい貰い物だった。

「ほれ坊や、こいつでどうだいね?」

 店の奥から店主が戻ってきた。手には腕輪のようなものが握られている。

「魔法の練習や属性魔法を撃つだけなら杖ではなくこういった物の方が使い勝手は良いじゃろう。あっちの嬢ちゃんが使うんじゃろう?」

 老人の指の先ではもの珍しそうに魔法薬マジックポーション魔法道具アーティクションを見て回っている。しきりに頷いているのは、マリンが教えているのだろう。

「まあ、そんな所です。才能はありますから、きっと上手くなりますよ」

「ほほう、()()()、か。それは楽しみじゃな」

 強く、ではなく、上手く、と言ったのは魔法使いなりの常套句だ。ただ実力のある魔法使いではなく、魔法の奥底を極めるような魔法の使い方。それが、上手い魔法使いと呼ばれるものだった。

「ふむ、ならばこいつもサービスしようかの」

 そう言って取り出したのはローブだった。通常の無地のローブではなく、花びらが舞うように刺繍されている。色は白が基調だが、僅かに桜色にも見える。

「随分女性趣味なローブですね。確か王都にこんなのあったっけかな」

 セントルイナ大陸の中心に位置する魔術王国、ルイーナでこんなローブが目に付いていたな、と記憶の底を引っ張り出す。あれは確か、まだ学園に通っていた頃、クラスの女子生徒たちがキャーキャー言っていたのを覚えている。

「そうじゃ、今王国で密かな流行になっておるようじゃぞ? なんでも、女の子魔法使いだってお洒落がしたいもん、だそうじゃ」

 ああ言ってた言ってた。そしてそれに突っ込んだ男子数名がひどい私刑リンチを受けていたのをユクレステは忘れてはいなかった。友人が言った失言に、なぜか巻き込まれた自分。

「…………」

 当時を思い出しひどくイラッとした。

 ともかく、マント代わりにもなるし丁度いいかと購入を決定。その代金は、

「お主の持ってるその杖で構わんぞ。ってかマジそれ凄いのぅ! 是非うちの店の目玉商品に!」

「あっはっはっ、この店と向こう五百年先の爺さんの年金なら考えてやってもいいぞ?」

 冷たい視線が老人にムチ打った。


 さてさて、次に来たのは武器屋だ。本当は防具屋にも寄るつもりだったが、その必要がなくなったためこちらを先に見ることにした。

「こんにちはー。先日お願いした品を受け取りに来ましたー」

 ミュウを連れだって素っ気ない看板を潜り、ユクレステは武器屋へと入る。今度はミュウの使うものなので、彼女も側で控えさせていた。

「いらっしゃいませー。ええと、お名前をお願いします」

「ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンです。三日ほど前に来たんですけど」

「はいはい、ダーゲシュテン様ですね。お品物はきちんと届いておりますよー。おーい、イワちゃん三番さん持ってきてー」

 店員が奥の工房へと声をかけ、重たい足音がこちらへと近づいて来る。ヌッと顔を出したのは石で出来た二メートル程のゴーレムで、その姿を見て慌ててミュウがユクレステの後ろへと隠れた。

「大丈夫だよ、ゴーレム族は優しい性格だから」

「ほほぅ、珍しいですな。大抵の人はイワちゃんを見ると警戒するか怖がるかするんですが……」

「いやいや、そんな失礼なことはしませんよ。イワさんですか? こんにちは」

 聖霊使い志望ですから、と内心で言い、柔らかに微笑んだ。

「…………」

 片手を上げ挨拶のポーズを取っている。どうやら本当に大人しい性格のようで、ミュウもオズオズと頭を下げた。

 ゴーレムは手に持った剣をカウンターにゴト、と置くと一礼してすぐに奥へと引っ込んだ。思ったよりもシャイな子のようだ。

 ちなみにイワちゃんはまだ十歳の女の子、夢は自分のお店を持つことである。

「えー、では商品の説明なんですが……あの、これは貴方がお使いになるのですか?」

 魔法使いの格好をしたユクレステが剣を使うのが不思議、と言っている訳ではないのだろう。本当にこの剣を使いこなせるのか、それを問うているのだ。なにせ、その剣と言うのが……。

「えー、出来るだけ頑丈で重く、切れ味は二の次と言うことでアダマン鉱石で出来た特別頑丈なものを選ばせて頂いたのですが、そのぅ……本当にご使用できますかね?」

 刃の長さは一メートル半はあろうかというほどで、片刃の形状をしており、幅も三十センチと広い。全長に至っては二メートル近く、かなり大ぶりな剣なのだ。ドビンが持っていた剣よりも大きく、さらに重い代物だ。斬る、と言う行為にはあまり向かないような武器だが、威力としても申し分なしだろう。

 チラチラとこちらを見る店員に、マリンは宝石の中でそれはそうだろうなと呟いた。なにせ、ユクレステはあまり筋肉質というような印象を与えず、ミュウに至っては可憐な外見をしている。間違ってもこんな剣を使って戦うようには思えないだろう。

「俺が使うんじゃないんで、大丈夫ですよ」

「あ、そうですよね。どこかにお連れ様が……」

「じゃあちょっと持ってみてくれる?」

「は、はい……。分かりました」

 ユクレステが横にズレ、小柄なミュウが前に出る。顔を赤くし、俯きながら現れた少女の姿に一瞬目を奪われた。

「ハッハッハッ、お客さん、冗談も程々にして頂かないと、ってえぇええええ!?」

 よいしょ、と小さな掛け声と共にミュウ目の前に置かれた無骨な大剣を持ち上げた。そこいらの木の棒を持ち上げたような軽い所作に、店員は開いた口が塞がらない。

「どんな感じ?」

「えっと……少し振ってみてもいいですか?」

 チラ、と店員へと視線を向け、あんぐりと口を開けたまま反射的に縦に振る。

「じゃ、じゃあちょっとだけ。えい」

 えい――轟。

 可愛い声と共に聞こえた風を切る重たい音。少女よりも巨大な剣はミュウの思うように動き、ピタリと止められた剣に少しの震えもない。

「あ、丁度いいです。重さも、軽過ぎなくて」

「そ、そう」

 マリンから聞いてはいたが、ドビンの剣が軽いと言ったのは本当だったのだろう。この大剣はアダマン鉱石と言う鉄よりも固く、そして重い素材から出来ている。四十~五十キロはあるだろう鉄の塊を振り回し、丁度いいと頷いている。

「それじゃあ店員さん、これを頂きますね? おいくらですか?」

「…………」

「あれ? 店員さん? どうしたんですかー?」

 驚きのあまり真っ白になった武器屋の店員。何度声をかけても返事が返って来ず、しばらくこの店で足止めを食らうこととなった。

『いやまあ、気持は分からないでもないけどねー』

 ミュウの首元から、やれやれと言った感じでため息するマリンの声が聞こえてくるのだった。


 本日のお買いもの、終了。

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