復讐
ウォルフはつい十年前まで見慣れた廊下を歩いていた。ヴァセリアに良く喧嘩を売られた庭が見え、ヴェリーシェに掴まって連れて来られた彼女の部屋を通過する。フィルマと遊んだブランコが窓の先に見え、ソフィアと食事をした食堂を横目に入れた。実母にいらないと宣言された居間を超えて、ついに一つの部屋の前へと辿り着いた。
「ここ、か」
父の書斎。ウォルフは父、ヴァイオル・フォア・ジルオーズがこの部屋から出た所を見たことがなかった。食事でさえ書斎で済ませ、日がな一日本の虫になっていた記憶しかない。唯一、天上の草原に行く時だけは別だったが、ウォルフは連れて行って貰えなかったので彼が戦う姿を見た事がなかった。
「……」
緊張しているのが分かる。まさかここまで父の影に怯えるとは思わなかった。しかしそれも、今日で終わりにする。そのために、嫌がる心を沈ませてここに来たのだから。
若干、あの性悪魔法使いに唆された感は否めないが、決着をつけたいと思ったのもまた事実なのだ。ウォルフは深く息を吐き出すと、ドアノブに触れる手に力を入れた。
「来たか」
「────っ!?」
扉を開いた瞬間、冷たい声が聞こえてきた。かつて何度も耳にした、忘れようとも忘れられない父の声。ウォルフにとって越えるべき相手の声。
扉に背を向けるようにして立っていた壮年の男性はゆっくりと振り返り、かつてと同じように冷たい瞳を向けていた。
「久しいな、ヴィルフォルマ。まさか生きているとは、思わなかったぞ」
「……そうか」
言葉少なに、抜刀した。
ドン、と眼前の地面が吹き飛ぶのを視界に収め、杖を振って呪文を唱える。
「えーっと、突貫せよ逞しき……炎? その熱き切っ先にて敵を燃やせ――ブレイズ・ランス!」
若干最初の詠唱が怪しかったように思えるが、幸いに魔法を発動する事には成功したようだ。
アミルの持つ杖の先に炎の槍が生み出され、腕を振って発射する。向かう先、ヴェリーシェはその様子を眺めながらため息交じりに足を踏み鳴らした。すると瞬時に風が生まれ、杖を操って壁とする。
「ストーム・ウォール」
あっさりと炎の槍を打ち消され、げっ、と呻くアミル。そんな彼女にジト目でヴェリーシェが問いかけた。
「貴女……なんですの今の魔法は? まるで魔力が込められていませんでしたわよ?」
「う、うっさいわね、仕方ないでしょ、あんな魔法初めて使ったんだから……」
「初めて? 魔術学園にいればだれでも使う様な呪文のはずですけれど? 失礼ですけど、貴女どちらの魔術学園にいらっしゃったのですか?」
「な、なによ! エンテリスタ魔術学園だけど、文句あるの!?」
「はぁ? ……ええ、ありますわ。貴女みたいな未熟者が私と同じ場所で学んでいたなんて、知人には絶対に知られたくないですもの。基礎から覚えなおしなさいな」
ヴェリーシェの棘のある言葉にグゥの音も出ない。事実未熟者だし、基礎すらまともに覚えていなかったのだ。責められるのは当然だろう。ここ数日、ユクレステに多少は習ったが、それでも基礎中の基礎だけだ。彼女の求めるレベルには遠く及ばない。
だが、アミルにはヴェリーシェにはない強みを持っている。
「いつまでもそんな上から目線で居られるろ思わないことね、お義姉様!」
「だからお義姉様と言うのを止めなさい!」
バッとローブを開き、裏地に取り付けられた小ビンを指の間に挟む。それらを地面に叩きつけ、なぞるように杖で触れた。
その行動を訝しむヴェリーシェにニヤリと笑みを向け、アミルは新しくなった杖を得意気に向ける。
「さぁて、見せてやるわよ……あたしの血と汗と涙、その他諸々……一言で言ってお金の力を!」
身も蓋もない言い方である。
実際にはアークス国でも有力貴族であるジルオーズの方が金持ちではあるが、ここでの金の力とは、以前ゼリアリスの何でも屋で大枚を叩いて購入した魔法薬のことだ。
ユリトエスが良く利用していたノリエの店で買った魔法薬は、割高ではあるが品質は確かなものだった。中々使いどころがなかったために今まで温存していたのだが、ここが使いどころだと大盤振る舞いで開けて行く。
「まーずはー、魔の力宿し水よ、彼の力を示せ! ブレイズ・バレット、フリーズ・バレット、ヴォルテ・バレット、リバーズ・バレットォ!!」
「なっ!?」
杖を操り、小器用に魔力を四つの魔法薬に浸透させ、火、氷、雷、水。四つの魔法弾を放った。慌てて風を起こし、後退する。
「まだまだ行くわよー! ストーム・ランス、ヴォルテ・ランス、フォレスト・ランス! 総額1万9800エルアタック!」
「このっ、ザド・ストーム・ランス!」
あらゆる魔法を操るアミルの戦闘方法に驚愕する。このような戦い方そしてくる相手など見た事もなかったため、ヴェリーシェは困惑のせいで魔法の制御が甘くなってしまった。三つの風の槍は同じ風の槍を相殺させたが、雷と樹の槍は変わらずヴェリーシェに迫る。
「――ッ、ああもう! ストーム・カノン!」
「んならこっちも同じくぅ、ストーム、ブレイズ、フリーズカノン! こっちは9万9999エルよこんちくしょう!」
血の涙を流しながら畳みかけるように魔法を放って行くアミルの姿は、どうしてか涙を誘う。しかし戦闘中にハンカチを取り出す訳にもいかず、靴を強く踏み足元から風を生み出した。ロングスカートが風で捲り上がるが、この場にいるのは少女(+メス)なため、気にした様子はない。
「風の城壁よ――シルフィード・ルーク!」
詠唱を短めに、風の障壁を作り上げる。風、炎、氷が障壁によって霧散し、ふぅ、と息を吐いてアミルを睨みつける。
「やるじゃありませんか、未熟者」
「ふふん、これが私の……お金の力よ!」
自身満々なアミルである。けれど半分くらいは彼女の力であることには間違いないので、そこのところは理解して上げて欲しい。
魔法薬を使用しての魔法ではあるが、それらを一つ一つ連続に、そして確実に発動させることが出来る魔法使いは、実はあまり多くはないのだ。
魔法使いには個人個人に得意な属性と言うものが存在する。目の前のヴェリーシェならば風だし、アミルならば一応火属性だ。魔法薬を使おうとしても、得意属性を優先しようとする働きによってほんの僅かなラグが生まれてしまう。それを急ぎ矯正しても、放つ頃には既に一度の攻防は終えてしまうだろう。彼女のように、バンバン魔法薬を使用するにはコツが必要なのである。
一つは、分割した思考内でラグを矯正する方法。これはユクレステが得意とするもので、彼はいつもこの方法で魔法を使い分けている。
もう一つは、方法とも言えないかもしれないのだが……魔法、というモノをあまり深く考えずに行使することだ。先入観がないからこそ、連続で使用できると自分に思い込ませる事によって、数種類の魔法を使用しているのだろう。
無知故の強さが、アミルにはあった。
「……なんだか納得できませんわ……」
「あん? なによ、まだやる気? これ以上やるんなら容赦しないわよ? でも出来れば魔法薬使いたくないんでこれで終わりにして下さい、マジで」
これ以上の魔法薬の使用は心臓に悪い。この数分の攻防で十数万エル相当の代物が消え去ったのだ。後あるのは、これまた高い買い物をして購入した物が数点と、ユクレステから無料でもらった魔法薬が一つ。
そう、無料で。
ロハ、良い言葉である。
(とは言っても、あっちは止めてくれる気なさそうなのよねぇ……どーしよ?)
「……アミルさん、でしたわね?」
「……? そーよ、なにかようかしら? お義姉様?」
ビシリ、とヴェリーシェの表情が固まった気がしたが、アミルは素知らぬ顔で顔を逸らした。
必死に深呼吸をしている姿は優雅な貴族、と言うイメージからはかけ離れている。
「……貴女は、なぜそこまでヴィルのために戦うのですの? ジルオーズの遺産でも狙っているのかしら?」
「はあ? なによそれ。まるであたしが金の亡者だとでも言いたいの?」
「……違うんですの?」
「ち、違うわよ! ……多分」
いや、お金は好きなのだが、今はそうではなく。
なぜ、と問われれば、アミルはこう返すより他ないだろう。
「惚れた男が必死になって立ち上がろうとしてんのよ、力にならなきゃ女が廃るってもんでしょ?」
ニッ、と笑みを見せるアミルに、ヴェリーシェの視線は鋭さを増した。それほどまでにウォルフを思う彼女の姿に、嫉妬のような感情を燃え上がらせる。
「ああ、そうですか。分かりましたわ、貴女が私の敵だと言うことが!」
「上等よお義姉様! ちょっと早い嫁姑戦争、おっ始めようじゃないの!」
「だれが姑ですか!?」
そうしてぶつかり合う二人の乙女。そんな彼女たちを眺めながら、一匹寝そべる風狼のフウは思う。
人間の恋愛ってめんどくさいですね、と。
ジルオーズの屋敷は外敵からの攻撃に備え、頑丈な壁が全面に使われている。鉄と同程度の硬度のそれは、破壊するのも困難だ。
「──ふん!」
それをウォルフは一刀の下切り捨てる。白刃の煌めきと同時に書庫の壁は崩れ落ち、そこから飛び出たヴァイオルを追って庭の草を踏んだ。
「良い太刀筋だ。我流で鉄を斬るか、やはり力はあるようだ」
「そうか。残念だったな、貴様の好きな力とやらを正しく見抜けなくて」
「そうだな。確かに、私の目は曇っていたようだ」
純粋な賛辞を送り、ヴァイオルはやれやれと肩を竦める。
「お前のことはミルティに任せていたからな、気づかなかったよ」
「母に、だと?」
生みの親であるミルティ・フォア・ジルオーズの名前が出たことによりウォルフは眉をひそめた。
「ああ。思い返せばあれはお前を嫌っていたな。お前を必要ないと断じたのもミルティだったか」
「なに? なんのことだ?」
「大した事ではない。お前を捨てると言い出したのはあいつだったというだけの話だよ。余程お前を視界に入れていたくなかったらしい」
「な、に……? では、オレがジルオーズから捨てられた原因は、あの女のせいだと言うのか!?」
聞き捨てのならない話に、ウォルフは驚愕の表情でヴァイオルに噛みつく。その様子を不思議そうな表情で眺めながら、父は泰然と頷いた。
「その通りだか?」
それがどうかしたか、と逆に問う。ウォルフは、チッ、と舌打ちをしてヴァイオルを睨みつける。
「ふん、言い逃れのためのウソ、と言う訳ではなさそうだな。とすると、母も斬っておくべきか?」
「別に言い逃れる必要などない。お前を捨てることを了承したのは事実だからな。……ああ、それと」
今思い出したようにヴァイオルは口を開き、ウォルフに対して言葉を一つ、投げかけた。
「ミルティは既に死んでいるぞ。残念だが、斬る事は叶わないだろうな」
「……は?」
受け取った言葉に思わず呆然としてしまう。構えた刀の剣先が下がり、口を開けたままの表情でヴァイオルを睨む。なんとか考えを纏め、必死になって口にする。思いの外、実母が死んだという言葉は衝撃的だったようだ。
「……どういう、事だ?」
「言葉通りの意味だ。五年ほど前に、天上への草原に行った時にな。運の悪い奴だよ」
ふう、と肩を竦めて吐息する。
淡々とした物言いに冗談の類かと考えるが、父の口からそう言った言葉が出る事がないのを知っていたウォルフは即座にその考えを捨て、言葉を受け入れた。
長い間シンイストには帰っていなかったため、母の死と言う情報を見逃していたらしい。仲が良かったとはお世辞にも言えず、母自身がウォルフを捨てたことに一枚噛んでいると言うのならば同情など出来るはずもない。ただ一点、この手で復讐を行えなかったことだけが悔まれる。それだけだ。なぜなら今も昔も、ウォルフにとっての母とはソフィアの事を指すのだから。
「……まあ、良い。オレの復讐はジルオーズだ。貴様を倒し、ジルオーズで一番の力を持っていると証明する、それが力に固執するジルオーズへの復讐だ! オレはそのために、今日まで力を求めてきたのだからな!」
狼のように吠えるウォルフに、ヴァイオルは初めて薄く笑みを見せた。底冷えのするような冷たい視線はどこか歓喜の表情が覗き、クツクツと笑む彼の姿は相対するウォルフに恐怖を覚えさせる。
「どうやら、私の子で一番にジルオーズの血を引いていたのはお前だったようだな、ヴィルフォルマ。例え魔力を継いでいなくとも、その力を渇望する姿勢は素晴らしい。間違いなく、お前は私の息子だよ」
「ああ、その通りだ。そしてだからこそ、貴様はオレに斬られて終わる。ジルオーズとして生きたからには、ジルオーズの力に埋もれて死ね」
「クク、久方ぶりだな、これだけ血が騒ぐのは。いつかは息子達と死合うことを夢見て来たが……その最初の相手が出来損ないと言われ続けたヴィルフォルマとはな。あの無能なヴァセリアに見習わせた程だ」
「……兄上に?」
一瞬疑問が頭に浮かぶ。兄、ヴァセリアは兄弟の中で一番の魔法の実力を有していたはずだ。それを無能と断じた己の父に、ウォルフは怪訝な表情を作った。しかしすぐにそれも引っ込め、思考を戦闘だけに集中させる。
これまでと同じように、目の前の敵を斬る。それだけを考えて、
「――行くぞ」
「来い、我が息子、ヴィルフォルマよ」
地を蹴った。
同時刻、街外れの学園はようやく火が消え、あちこちに破壊された瓦礫が散乱していた。その隅では白髪の青年、ヴァセリアと、彼の部下である二人の男性が縄で縛られ座っていた。
彼らの前には風狼のロウと、フィルマ、マリンにユゥミィが見下ろしている。ディーラは興味が無いのか、木の枝に寝転んですっかりお休みタイムだ。
「クッ、私がこんな……敗戦の将のような扱いを受けるなど……絶対に許さんぞ、悪魔め!」
「はいはい、確かに僕は悪魔だよ」
むにゃむにゃと眠たそうに言われ、顔を真っ赤にして視線を頭上に向ける。しかしその途中でフィルマと目が合い、消沈したように顔を伏せた。
「ヴァセリアお兄様……なぜ、このような事をなさったのですか? 賊を手引きして、ジルオーズを陥れようとなど……ヴァセリアお兄様は由緒あるジルオーズ家の後継者じゃないですか」
フィルマの問いかけは、しっかりとヴァセリアの耳に届いた。それ故に、彼は苦しそうに呻くのみだ。
「それに、なぜ私を……。それほどまでに、私がお嫌いなのですか? 私が、お母様の子だから……」
「そっ、そんな訳ないだろう!?」
ハッと顔を上げてフィルマの言葉を否定する。例えどんな理由があろうとも、ヴァセリアはフィルマを嫌うはずがない。むしろ彼は実の妹であるヴェリーシェよりもフィルマを可愛がっている節がある。
それをちょっと危ない関係と見たマリンは、珍しくヴァセリアの援護に回った。
「まーまー、取りあえず落ち着こう。フィルマちゃん、きっとヴァセリア様はフィルマちゃんを傷つけないようにしようとしたんだよ」
「私を……?」
首を傾げるフィルマ。マリンは優しく頷き、ヴァセリアの部下へと視線を送る。
「ほら、さっきも戦車の攻撃は絶対にフィルマちゃんの位置を狙わなかったし」
「そ、そうなんですよー! 班長からキツーく言われてましてねぇ。絶対に妹さんを傷つけるような真似はするなって。なー?」
「そうそう、凄い迫力で迫るんだもんなー」
意図を察してか、部下達は頷きながらそう応えた。隣でヴァセリアが凄い表情で睨んでいるが、二人は気付いていないようだ。
それではなぜ連れ出そうとしたのか、マリンはこう語る。
「多分、どこか安全な場所に連れて行こうとしたんじゃないかな? この街が襲われるのは事前に知っていたみたいだし。もしかしたらこの混乱に乗じてどこかに駆け落ちしようとしてたのかもねー」
冗談混じりの言葉にヴァセリアは顔を赤くして抗議の言葉を口にする。
「ち、違う! 私はフィルマではなくソフィア母上をだな……」
「どっちにしろ、だよなぁ?」
「ああ、どっちにしろ、だな」
「貴様ら後で覚えていろよ! 始末書の十枚二十枚じゃ済まんぞ!?」
要は、フィルマの母であるソフィアをアーリッシュへと連れ出すために、まずは娘であるフィルマを迎えに来たのだ。それで思わぬ反撃に合い、こうして縛られている訳だが。
「……ソフィア母上が病に倒れている事は知っている。その治療法がない事もだ。しかし、アーリッシュでは治せるかもしれないと言われたのだ」
そのために、無理にでも連れて行こうとしたのだと言う。
「……それでも、お母様はそんな事でこの街に……ジルオーズに被害を出す事を望みません」
「分かっているさ! それでも、それでも私は私に出来る事がしたかったのだ! この手に力があると、父に、フィルマに見せて納得させたかった! 私ならば、ソフィア母上を救えるのだと! 私は、無能なんかじゃない!」
震える体で言うヴァセリアは、まるでなにかに怯えているようだった。
「そんなに怖い?」
「な、なに?」
どこか彼の様子がおかしいと感じたマリン達の頭上から、ディーラのやる気のない声が聞こえて来た。
突然割って入ったディーラの言葉に、狼狽して聞き返す。だから、と一言置いて、再度言った。
「自分に力がないって自覚するの、そんなに怖い?」
「――っ!?」
ビクリと肩が揺れ、次なる言葉に完全に沈黙する。
「ああ、違うか。魔力はあるんだろうね、でも、魔法を使えないんだ、キミ」
「えっ?」
ディーラの言葉は、ある意味ジルオーズにとって致命的なものだった。魔法が使えないと言う事は、排斥される立場にあると言う事。それは実際に弟、ヴィルフォルマに対してヴァセリアが行っていたから良く分かるのだ。ヴィルフォルマがいなくなり、今度は自分が魔法を使えなくなった。そうなれば、どのような事態になるのか、聡明な彼ならばすぐに理解出来た。
「そ、そんな事ありません! ヴァセリアお兄様は昔から魔法が得意な方でしたよ?」
「……マリン、どういう事だ? 元々使えていた魔法が使えなくなるなんて、あり得るのか?」
疑問に首を傾げるユゥミィに、マリンはうーん、と唸ってから主から聞いた事のある話をする。
「結構あるんだよ、魔法が使えなくなる事って。それは大抵、心理的なストレスによって引き起こされる事が多いんだって。要するにトラウマなんだけど、そのせいで魔力に乱れが生じて魔法を使う際の魔力伝達にうんたらかんたら」
どうやらマリンも良く分かっていないようだ。
とりあえずトラウマによって心が乱され、上手く魔法を発動させる事が出来なくなってしまう事があるということだ。ヴァセリアの場合、幼い頃に憧れていたソフィアを魔法で貫いてしまったことがトラウマとなってしまったと考えられる。
ちなみにユゥミィにこの事が理解できたかと言うと、
「……虎に、馬か。つまり新種の魔物と言う事だな!」
もちろん、分かっているはずがなかった。
ともかくである。魔法が使えなくなってしまったヴァセリアは、なんとか隠し通そうとするも父のヴァイオルにバレてしまい、その時点で無能と判断されてしまった。ヴィルフォルマのように刀を振るにも遅過ぎた。このままでは自分も捨てられてしまうかもしれない、そう感じていたヴァセリアは、運命の転機とも呼べる出会いをした。
「あの方は、私に可能性を見出して下さった。無能である私に、役割を見出して下さったのだ。だから、私はすぐにアーリッシュへと転校し、聖具の研究に力を注いだのだ」
聖具の素晴らしい所は、魔法を使えず、力のない者でも魔法と同等の、もしくはそれ以上の力を行使する事が出来るという点である。動かすのは一苦労だが、それでも魔法を使うよりも簡単なのだ。そうしてものを開発出来れば、それはヴァセリアの力であると誇れるのではないか。そう言われた。
「……それは、一体だれに?」
固い表情のマリンの問いに、ヴァセリアは尊敬の念を込めて彼の名を口にした。
レイサス・エア・アーリッシュ。
アーリッシュ国、現国王の名を。