征戦車
風狼のロウが意識を戻した時、目の前が歪んで見えた。ユラユラと揺れる炎に、くぐもった爆音。目の前には、涙目の少女がいる。主であるウォルフの大切な家族の一人、フィルマ。その彼女が必死の形相でこちらに呼び掛けていた。
「マリンさん! これ本当に大丈夫なんですか!? 溺れてるようにしか見えないんですけど!?」
「へーきへーき。ロウちゃんも風狼なんだし五分や十分くらい息止めるくらいできるっしょ?」
溺れる、と彼女は言っていた。どう言う事なのか、体を捻って状況を確認する。とりあえず、呼吸をしよう。
ゴポリ。
「……? ――――!?」
口の中に空気ではなく水が侵入してきた。
「だってこんな……水の中にオオカミさん沈めたら死んじゃいますよ!?」
フィルマの焦りの声が聞こえ、ようやく現状を把握する。どうやら自分は、池に沈されているらしい。
理解と同時に、必死に水面を目指して手足を動かした。
「あ、ほら。ちゃんと起きたよ。良かった良かった」
「グルルル――!?」
「凄く怒ってますよ! そりゃそうですよ!?」
幸いそこまで深い池ではなかったためすぐに水面へと浮上することが出来たが、溺れかけたのは事実だ。マリンへ抗議の唸りをあげた。
「いやー、でもほら。治ったでしょ? 傷」
岩に腰掛けた人魚が悪びれもなくロウの体を指差す。ハッと自分の体を見回して見れば、そこにはこびり付いた血はあれど、深い傷は既に消えていた。
この少女が治したのだろうか。
「んふふー、まあこれでも人魚ですからね。ちょっとした怪我くらいなら治癒魔法使えるし。痛いとこはもうなーい?」
「ぐるぅ……」
水を大量に飲んで胃が重い。
「うん、大丈夫そうだね。良かった良かった!」
あははー、と誤魔化す様に言うマリンに若干の殺意が芽生える。しかし傷を治してもらったのは事実なので、そっと胸の内に仕舞い込むことにした。
傷も治り、落ち着きを取り戻したロウは、未だに爆音のする方へと視線を向ける。遠く離れた場所で、見た事もないような物体が今も破壊の炎を撒き散らしていた。
助けに行った方が良いのだろうかと思案していると、マリンがそれを遮った。
「大丈夫だよ、あの子なら」
彼女の視線の先には、空を自由に駆る悪魔族の少女がいる。ニコリと微笑み、力強く言い切った。
「ディーラちゃんは私たちの中で一番強いし、それにユゥミィちゃんだってこっちに向かってるからね。負けるなんて事はあり得ない。なによりも、マスターがきっとそう信じてる」
だから負けないと、強く言う。ロウはその力強い瞳に頷き返し、体の水を払ってからその場に寝転んだ。
「ファイア・スピア」
眼前のモノから視線を外さず、ディーラは魔晶石を振るいながら様子見とばかりに下級魔法を見舞った。火の槍を巨体に向けて撃ち、即座にその場から離脱する。一瞬後、征戦車と呼ばれた聖具から砲撃が放たれる。それも、一度に十もの数を。
「のっ――」
四角い形をしており、その四方の面全てに十以上の小さな砲門が設置されている。前面にはそれとは別の、巨大な三つの砲塔が存在していた。キリキリと音を上げて砲門がディーラを向き、三度の砲撃音が響いた。
高速で飛来する砲弾を避け、遠くで炸裂する炎を聞きながら魔力を収束する。
「ブレイズ・カノン」
お返しとばかりに砲撃魔法を放った。巨体故に避けることもままならず、戦車の側面に衝突した。
「うわ、堅っ」
炎が晴れるとそこには戦車が傷一つ付かずに巨体を称えている。思わず呻くディーラに、得意気な男の声が聞こえて来た。
『ククク、その程度の魔法でこのギーゴイルに傷一つ付けられるものか!』
「……程度、ね。どうも、バカにされたものだ」
勝ち誇るようなヴァセリアの言葉に若干イラッとするが、あの戦車の力は確かだ。攻撃力もさることながら、防御面でも一線を画している。ただの鋼鉄の塊という訳ではなさそうだ。
「クハハハ! 素晴らしいぞ! 悪魔族がこんな所にいるとは驚いたが、それでもこの力はどうだ! 悪魔族などギーゴイルに比べれば羽虫も同然じゃないか!?」
随分とハッスルしているようだが、反対にディーラは冷めた視線で眺めていた。別にそれがヴァセリア自身の力ではないじゃないか、と。
だが実際問題、自信満々に言ってのける程には強力な代物であるには確かだ。
全面を覆う対魔術装甲と鋼鉄の装甲は防御面に関しては優秀で、生半可な攻撃ではビクともせず、攻撃面では雨霰と降り注ぐ炸裂弾と、高威力の三連主砲は驚異だ。一度車体に取り付こうとしたのだが、近づくことすら出来なかった。
巨鉄の悪魔と言う名は伊達ではないという事か。
とは言え、ディーラとて悪魔族の一端。紛い物になど負ける気はさらさらない。
「炸裂せし焔の意思――」
『詠唱などさせるものか! 撃てぇ!!』
『了解。全砲門解放、撃ちます』
砲手の声と共に、詠唱を口ずさむディーラへと向けて無数とも呼べる炸裂弾が飛来する。チッ、と舌打ちをして詠唱を中断。晶火石に魔力を流し、炎の剣を生み出した。
「ブレイズ・エッジ」
剣を振り回し爆発を打ち落としながら、ディーラは片手に魔力を通す。
「こ、の――」
ただ漫然と練り上げられた薄い魔力を展開し、炎を立ち昇らせる。それにより一瞬視界を失い、ヴァセリアは焦ったように声を上げた。
『ちぃ! とにかく撃て! 羽虫程度消し炭にしてやれ!』
『これは――! 班長、後方です!』
『なに!?』
炎が消えるとそこにディーラの姿はなかった。その代わり、ギーゴイルに搭載されたレーダーに悪魔の反応が映る。
「撃滅の大いなる焔、その灼熱の切っ先を構え、向かう全てを焼き潰せ――ザラマンダー・ファランクス」
その時には既に詠唱は完了していた。ディーラに頭上に現れる焔の巨槍。それを引っ掴み、力の限り投げ放つ。
魔晶石を使用しての強力な一撃。これならばいかに対魔術装甲だろうといくらかのダメージは入るはずだ。そう確信した刹那、ヴァセリアの笑いを押し殺した声が聞こえた。
『ククク、防護障壁を展開しろ!』
『はっ!』
同時に発動する結界がギーゴイルを覆っていく。六角形の障壁に守られた征戦車にディーラの渾身の魔法は届かず、周囲の空気を炎上させるだけに終わった。
「防護……障壁?」
見た事もない魔法に首を傾げる。魔法障壁とは違い、なんの属性の力も感じられず、ただの魔力の塊のようにしか見えない。それなのに魔法としては体系化され、結界として機能しているのは不思議でならない。まるで、まったく知らない魔法体系を見せられているようだ。
『クハハハ! どうだ、このゼリアリスの技術を用いて作られた防護障壁は! 凡百な魔法障壁などとは比べ物にならない力強さ、まさに最強ではないか! ハーッハッハッハ!!』
『あ、あの班長? 狭いのでそんなに暴れないでくれませんか? むぎゅう』
「仲良さそうだなー。にしても、狭いんだ、あれ。結構広そうに見えるんだけど」
実際は装甲や冷却装置の関係で二メートルも広さはないのだとか。そこに三人が詰め込まれている訳で、決して広いとは言えないそうだ。
内部の事情はさておいて。
結界が消え、主砲の奥に火が点り、ディーラを向いた。
魔晶石を眼前に構える。そこへ、元気な声が届いた。
「ディーラー! 私の鎧返せー!」
「げっ、あのバカ……」
息を切らして現れたのは、ユクレステ達と一緒に一足遅れて街にやって来たユゥミィだった。目の前の征戦車の姿が見えていないのか、手を差し出して早く返せと催促している。
『うん? なんだあいつは? まあ良いか。取りあえず撃て』
『了解です』
突然現れたユゥミィに驚きを見せるヴァセリア達だが、既に主砲の準備は終わっている。構わず発射準備を済ませ、砲塔に火を焼べた。
「ちょ、ああもう……!」
「へっ?」
ちょうどディーラの背後にいるユゥミィ。このまま躱したら見事にあのダークエルフに着弾するだろう。鎧を着た状態ならば放っておくどころか壁にするのだが、流石に生身であの砲撃は受けられない。
後で一発ぶん殴ると心に決め、腕を交差させて防御態勢を取った。
『これでフィナーレだ! 撃てぇええ!!』
――――ッ!!
轟音と共に目の前が爆発する。それを間近で見ていたユゥミィは、おや、と首を傾げて炎の向こうの戦車を認識する。
「お、おお? なんだあれは!?」
「いや遅いよこのバカ」
「あいたぁ!?」
爆発の中から現れたディーラが無表情に魔晶石でユゥミィの頭を殴りつけた。
「なにをする! って、血まみれ? ……ディーラ」
いかに頑丈な悪魔族の肉体であろうと砲撃を直撃しては無傷ではいかなかったようだ。熱量に関しては炎に耐性のある体のため威力を軽減できたのだが、爆発の衝撃によって着ている服はボロボロになり、頭から血がドクドクと流れている。
その姿を視界に収め、ユゥミィは沈痛な面持ちで彼女の肩に手を置いた。
「自首しよう……」
「別にこれ返り血じゃないから。ってか、おまえのせいだって理解してる? その軽い頭はやっぱり飾り?」
「じょ、冗談です、ごめんなさい……」
胸倉を掴まれ、ディーラの虚ろな目に気圧される。正真正銘悪魔の瞳に、流石のユゥミィでも恐怖を感じたらしい。
パッとユゥミィから手を放し、灰色の石を放り投げた。
「ああ、面倒。ユゥミィ、壁よろしく。次で終わらせるから」
「りょ、了解だ! 解錠」
急いで彼女よりも前に出て、鎧を展開する。数日振りに戻ってきた家宝に触れ、ニヤニヤと笑みを見せた。
『ハハハ! どうだ! 吹き飛んだだろう――なっ!? 生きている、だと?』
「うん? ……ふははははー! その程度の火力で私の防御を抜けるものか! 変身!」
鎧を装着したユゥミィは、ディーラを守るようにその両手を広げて挑発をする。いや、本人にはそのつもりはないのだろうが、一々彼女の動作はイラッとする。沸点の低いヴァセリアには効果的だ。
『た、高々羽虫一匹が粋がるな! 圧倒的な力の前にはそんな鎧一つ、意味など為さない! もう一度だ! 今度は全ての火力を前方に集中しろ!』
吠えるヴァセリア。けれど、彼の言う事も最もだとユゥミィは思考する。
圧倒的な力の前には無力、そうだ、確かにそのとおりだった。太陽姫の圧倒的なまでの力を前に、ユゥミィの防御など一撃で無意味なものとされてしまった。そのせいで、主を守れず、一人で戦わせてしまい、大怪我さえしたと聞く。これでは自分のいる意味などないではないかと、ユゥミィは心の中でずっと思っていた。
魔物にとって、必要とされなければ捨てられるのは当然のことだ。だからそれを恐れるし、必要とされるように力をつける。事実、ミュウがそうだった。主に必要とされるために必死になって強くあろうとする彼女の姿は、同性であるユゥミィから見てもとても美しいものに見えた。
対して、自分はどうなのかと。騎士を目指し、半端な剣で半端に戦い、結局は役に立てずに終わる。これでは、役立たずと言われても仕方ないではないか。
「――そうだ、私は騎士になるんだ。例えどれだけ無理だと言われても、それだけは譲れない」
騎士よりも戦士になれ。両親にも祖父母にも友人にも。里のだれもに言われた言葉だ。ダークエルフの戦士としての才能を無駄にするのか、と。
それでも、良いじゃないか。私の夢を、目的を私が決めても。
「私の夢のため、そしてなによりも、そのバカな夢を受け入れてくれた主のためにも――」
ユゥミィ・マクワイアはバカなのだ。頭が悪いし、要領も。けれど、その分真っ直ぐである。それだけは、騎士としての心だけは常にその胸にある。
それを主が、誇ってくれた。
「――私は皆の鎧となり、盾を取る!」
両腕を広げると同時にユゥミィの魔力が鎧の形を崩す。
非晶流体金属はある程度の形を持ち、それに沿えばかなりの融通が効く。そう気付いたのは、つい最近の事だった。なんの気なしに鎧に触れていた時、主が話していた本の内容を思い出した。ストーリーなどは覚えていないが、騎士の話が出たので自然と覚えていたのだろう。その騎士は、弱虫で、だけど仲間を守るために大きな盾を携えた少年騎士。
そのことを考えていた、だからだろうか。
「リンクタワー!」
気付けば彼女の両腕に、二つの盾が現れていた。
ユゥミィをスッポリ隠せる程に巨大な盾をズシン、と自身の前に押し出し、魔力を通す。それだけで、二つの盾はさらなる強度を得た。その代わりにフルフェイスの兜は消え、素顔を現したユゥミィの頭にはサークレットが身につけられている。
強度を盾に集中させた結果、他の部分が薄くなったのだろう。驚く暇もなく、既に征戦車の砲門は開いている。
『撃てぇ!!』
吐き出された火力を前に、視界が広い戦場を見渡した。視界が広がった事によって眼前に見える爆炎が余計に恐怖心を抱かせる。それでも、ユゥミィは必死に敵の攻撃を見据えた。これから受け、防ぎ、後ろにいる仲間を守るために。
『な、なにぃ!?』
三連主砲がユゥミィに直撃する。真っ向からの爆撃が見事に受け止められる。次いで降ってくる炸裂弾も盾に受け止められ、爆風の一つも流れて来ない。
「私は皆を……主を、守るんだ!」
戦場の空気すら、彼女の後ろには通さない。
爆炎が広がるのを眺めながら、ディーラは必死に己の鼓動を宥めていた。気を抜けばすぐにでも吐き出してしまいそうになる魔力を沈め、頭から流れる血を腕で拭く。ベッタリと赤い液体が付着し、その臭いにさらに鼓動が速くなる。
「は、は……なんか、こういうのも、懐かしいかな」
久し振りなのだ。ここまで血を流し、戦場にいることが。
魔界に居た時はそれこそ四六時中血を流し爪を振るっていた。それなのにこちらの世界に来て今日まで、大きな傷もなく過ごして来た。ディーラにとってそれは、なんとも不思議な生活だった。
それもこれも、あのご主人のせいかな、と思うとなぜだか鼓動が余計に早くなった。あの少年は、そこまで戦いには執着していない。目的のためならば戦闘も躊躇わず行うが、それでも被害を最小限に抑えようとしている。そんな戦いを繰り返していたからか、かつての感覚を忘れていた。
「灰は灰に、塵は塵に……存在する全てのモノを、土塊に」
昂る心をそのままに、ディーラは自身の血で眼前に魔法陣を描いた。流れる血が意思を持つように蠢き、頬を伝って赤い文字を描く。
悪魔の血とは秘薬にも使われる程に強力な魔力媒体だ。それをふんだんに使い、魔法を完成させていく。
その工程を眺めながら、懐かしいと笑む。魔界に居た頃はこうして良く使っていたものだ、と。
「陣解放――紅蓮腕」
出来上がったのはアリスティアの魔法をも押し止める魔法陣。そこへ腕を差し入れ、焔の剛腕に変容させる。だが、昂りに昂った彼女は、それだけでは終わらせない。
差し入れるのは右腕。魔晶石を持った、その細い腕。
「ハッ、ハハハ。熱く、熱く。天を焦がす程に、熱く焼けろ」
魔法陣に入る瞬間にディーラの腕は魔晶石もろとも形を崩し、赤い焔に変化する。普段ならば腕の形を残すそれが、
「――焦炎の天上剣」
天を突き刺す程に巨大な剣となった。
「ユゥミィ、ご苦労さま」
「むっ? もう良いのか?」
「うん、十分。これで終わるから。って言うか、盾なんて出るんだ、それ」
全ての攻撃を受け切っていたユゥミィがなんの気疲れなしに顔をこちらに向けた。盾の向こうでは今も砲撃音が鳴り響いているが、彼女の防御の前には無意味なものだった。
いつもと違う彼女の様子に、ん、と首を傾げるディーラ。その答えが、顔が見えているからだと納得してすぐに意識を戦いへと向けた。
「……あと、さっきはごめん。ちょっとテンション上がってた」
「さっき? なんのことだ? 私がポカしてディーラに怒られた事はあったけど、なにかやったか?」
「……そうだね、なんにもなかったよ」
クスリと変わらぬ姿のユゥミィに微笑み、ディーラの体がふわりと飛ぶ。すれ違うようにダークエルフの騎士と視線を合わせ、彼女よりも前に出た瞬間右腕だった炎を軽く振り払う。
『ぜ、全弾消滅!』
『お、落ち着け! 防護障壁を展開しろ! あれがあれば攻撃など無意味だ!』
『了解!』
騒ぐ様子を聞きながら、ディーラは六角形の障壁が出現するのを待った。展開したのを確認し、一気に頭上へと高度を取る。
「さ、て。一体どれだけ堅いのか。今後のためにも、是非とも試させてもらうよ」
ググ、と力を溜めるように炎を振りかぶり、急降下と共に振り下ろす。戦場の空気が頬を撫で、ディーラはさらに笑みを深めた。
――そして、衝突。
『うわぁあああ!?』
『あ、慌てるな! 防護障壁はまだ展開している! 次の攻撃の準備をしろ!』
「残念だけど、次なんてないよ」
『っ!?』
ヴァセリアの声にもはや余裕などはなかった。防護障壁に傷一つ付けられてはいない。それでも、ジルオーズの勘とも呼べるものが必死に警報を鳴らしている。逃げろ、と。
「忠告してあげる。今すぐにそこから出てきて、逃げなよ。じゃないと、蒸発させちゃうよ?」
悪魔的な笑みを見せ、ディーラはさらに魔力を上げる。それと同時に、炎の剣は威力を上げた。
『ひぃ!? に、逃げ――』
『バ、バカが! 防護障壁ならば、防護障壁ならば――』
藁にも縋るように必死に障壁を見る。だがそれも、粉砕する。
「ああ、それがキミの拠り所? ならそれ、粉微塵に破壊してあげるよ」
増す出力に、剣に連なるように展開される魔法陣。その度に力は上がり、防護障壁は悲鳴をあげる。
そしてついに、
「消え、ろ――」
六角形の障壁は粉々に砕け散った。
『も、もうダメだぁああ!』
『に、逃げろー!』
『お、おい貴様ら! 勝手に逃げるな! まだ私は負けていない――』
そうは言っても防護障壁は消え去り、今はなんとか対魔導装甲のおかげで持ちこたえているようなものだ。それも、そう長くは持たないだろう。
なおも喚くヴァセリアに、部下の一人が無理やり手を取った。
『もはや逆転は不可能です! 今はとにかく生きる事を優先して下さい!』
『い、嫌だ……私は、私は無能ではないのだ! 父に、フィルマに証明しなければ!?』
『分かっています、あなたは間違いなく私たちの上司ですよ、班長』
引きずり出す様にしてヴァセリアを脱出させ、二人の男は彼を連れてその場を離れる。それを確認し、ふぅ、とディーラは息を吐いた。
「なんか、僕もご主人に毒されたかなぁ……。ま、いいか」
以前までのディーラならば、なんの躊躇いもなく征戦車ごと燃やし尽くしていた事だろう。それなのにこうして脱出するまで待ってしまったのは、一瞬彼の顔が浮かんだからに他ならない。
まあいいやと頭を振り、一旦離れてさらに魔力を練り上げる。赤い炎が天に向き、再度突撃と同時に振り切った。
「なにはともかく、これでお終い。ま、存外に楽しめたかな?」
巨体を真っ二つにして炎で呑み込み、ディーラは清々しい表情で腕を振る。炎は消え、細い腕と赤い魔晶石が元に戻り、僅かに熱を持った腕を優しく撫でるのだった。
「す、凄い……」
「やー、ディーラちゃんもなんかノリノリだったね」
「クゥン」
今までの戦闘を離れていた場所から見ていたフィルマは、驚きに口が空いたままだった。兄、ヴァセリアが持ち出した巨大な聖具にも驚いたが、それをああも簡単に破壊してしまったディーラの実力には目を奪われた。下手をすれば、父をも超えているかもしれない。
そこまで思考し、ふと屋敷へと視線を向けた。
(お兄さま……)
今、彼女の思う兄は復讐の相手と対峙しているのだろうか。
うーむ、機械ものとの戦闘は動きが難しい……。
次回はウォルフくん達です。