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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
75/132

混濁

「敵は二人……ッスかね?」

「いえ、三人いますね。ユクレステ様、あれが?」

 シャシャとシャロンが相手を見据える。二振りの剣を腰に差した二人の人物。そして彼らの後ろに立った鎧姿の男。相対しているだけで刺し殺すような殺気が感じられる。それとは別に、彼らの瞳に映る虚ろな光が異様な雰囲気を醸し出していた。

「多分な。シルフィードの言う嫌な風ってのがなんなのかは良く分からないが、見てて気分の良い魔力じゃない」

 例えるならば泥水。濁っていて底を見ることも叶わず、彼らの意識はそこにどっぷりと浸かってしまっている。

「……うぅ」

「ミュウちゃん? 大丈夫ッスか?」

「は、はい……なんだか、気持ち悪くて……」

 感受性の強いミュウにはあのおどろおどろしい魔力は見るのも辛いのだろう。ユクレステは守るように前へと出ると、簡潔に問うた。

「一応聞くが、目的は?」

「……鍵を寄越せ」

「思っていた以上に予想通り、ですわね」

「ホント、なんの面白みもない程にな」

 男の言葉は一言で、とても分かり易いものだった。無理に言葉を足すならば、テメェが騙して奪ったもん返せよオラァ! とかだろうか。なんにせよ、自己紹介もないようだ。

「鍵を、寄越せ」

「って、うわぁ!? いきなり斬りかかって来るなんてなに考えてるんスか! のっ──!」

「ハッハッハ、それは是非とも聞いておきたいなコノヤロウ」

 言外におまえが言うな、と。初遭遇で斬りかかられたことは今でも忘れていないユクレステである。

 シャシャは二本の剣を一本の刀で捌きながら隙を見つけて攻撃するが、巧みな動きで防がれる。

 もう一人もシャロンと打ち合っており、四本の剣が縦横無尽に振るわれた。

「で、おまえは俺かよ! ミュウ、ヘルプ!」

「はい!」

 槍を持った男がユクレステに攻撃する。全身を鎧で覆った相手ならばミュウの怪力が有効だと考え、即座に助けを求めた。ユゥミィの鎧のように規格外ならばその限りではないが、目の前の鎧は上等ではあるが極一般的なものだ。彼女の力ならば押し切れるだろう。


「ムゥウウウン──!!」

「っ!?」

 だがそこへ民家を破壊しながら巨大な戦斧がミュウへと叩きつけられた。

「四人目!? ミュウ!」

「ミュウちゃん! クッ!?」

 間一髪で大剣を盾に直撃は避けるが、勢いは殺し切る事が出来ずに勢い良く弾き飛ばされる。壁に激突してもまだ勢いは衰えず、壁を破壊しながらユクレステ達から離された。

 なんとか助けに行こうと動くユクレステだが、その動きも槍を持った男が邪魔をする。見るとシャシャ達も同様に動きを阻まれていた。

 ミュウを吹き飛ばした大柄な男はこちらを一瞥し、獲物を追うかのような動きで駆けて行く。恐らくミュウを追ったのだろう。

「チィ! そこを退けよ、鎧野郎! ストーム・ランス!」

 風の槍が鎧に衝突する。それを確認するよりも先に駆け出していたユクレステは――即座に回避行動を取った。

 咄嗟に横に転がるようにしての回避は、結果的に成功した。すぐ隣には銀色の槍が突き立っており、ユクレステは急ぎ先ほどの行動を脳内にて再現する。

「この……!」

 風の槍が男に放たれた瞬間、相手は自身の槍を投擲した。詠唱破棄で威力が低かったのはあるが、それでも意図も容易く己の魔法を打ち払った敵の姿を前に急激に頭が冷めて行く。このまま無駄な特攻で勝てる程、弱い相手ではないのだと。

「……ふぅ~」

 立ち上がり、低く深く息を吐く。無理やり頭を落ち着かせ、現状を正しく把握する。まず考えるべきは、敵の正体だ。

 チラリと見えた大男の顔。ユクレステは、彼の事を知っていた。直接の面識などあるはずもない。ただ教科書に載っていたのをセイレーシアン達と学んだ程度だ。

「銀騎士、アレンシー・ノージェル」

 ポツリと囁かれた言葉に目の前の男が反応する。

「双双剣、オイル・ベッシとデイル・ベッシ」

 シャシャ達が相対している男達がこちらを向く。

 そして、最後にミュウを追っていった男を思い出し、吐息と共に彼の名を告げた。

「……アーリッシュの勇将。戦斧迅、ライゼス・ドルク」

 近年において強者と言えば太陽姫を指すだろう。しかし二十年前ならば、それも変わってくる。特にこのセントルイナで限って言えば、五本の指の内に彼の名が載るだろう。それほどの人物だ。

「ライゼス・ドルク……ほ、本物なのですか?」

「多分な。大分様変わりしてるけど、共通点はたくさんある。目の前のこいつらとかな」

 ユクレステの知っている情報では十年ほど前に軍を抜けたはずだ。今はなにをやっているのかは知らないが、あの濁った眼を見れば碌な事になっていないであろうことは容易に想像出来る。

 そしてその推察が当たっていれば、目の前の彼らとて片手間にどうにか出来る相手ではない。時代を超えてなお、彼らは英雄と呼ばれる程の存在なのだから。

「ああクソ、心配だ……さっさと助けに行ってあげたいんだけどな……。けど――」

 一人離された少女はユクレステ達の中で一番に未熟なのだ。そこを突かれたのかもしれない。色々と考える事はあるが、今は無理やりにでもそれらを捨て去る。

「俺はミュウを守る、ミュウは俺を守る。あいつだって強くなったんだ、いつまでも過保護にしてはいられないよな……」

 苛立ちを全て杖を握る手に込め、力強く地面に突き刺す。

「シャシャ、シャロンはそっちの相手を頼む! 俺は銀騎士をやる! さっさと倒してミュウを迎えに行くぞ!」

「りょーかいッス!」

「承知致しましたわ!」

 苛立ちを無理やりリセットし、杖を握り直す。全てのリミッターを解除した杖はカタカタと揺れ、力ずくで押し止めた。

「退けねぇって言うんなら無理やりにでも押し通る! 邪魔するつもりなら、その死んだ目に生気を戻して出直して来な!」

 ぶわりとローブがはためき、ユクレステは詠唱を開始した。



「痛っ――」

 ライゼスに吹き飛ばされたミュウは民家を二軒ほど貫通してようやく止まる事が出来た。ゴロゴロと地面を転がりながら、必死に意識を保つ。

 先ほど受けた攻撃は、気を抜けば即座に意識が飛んでしまいそうな一撃だった。

「早く、ご主人さまを……」

 立ち上がり、視線をあげる。瞬間、ミュウは大剣を眼前に構えた。

「あ、あなたは……」

 視線の先には大柄な男が一人。肩に巨大な戦斧を担いで立っていた。目は虚ろで、気持ちの悪い魔力が彼を覆っている。

「あなたも、敵、なんですか……?」

「…………」

 応える必要などないとばかりに、ライゼスは戦斧を地面に叩きつけた。地面がひび割れ、その音にビクリと肩を震わせるミュウ。だが、すぐに視線を向ける。

 戦いの基本はメンチの切り合いだと、悪魔の少女から教えて貰った。気合で負ければその時点で動きは制限され、本来の力が出せなくなる。虚勢でもなんでも良いからとにかく強気で行け。教える事が楽しいのか、ディーラはニヤリとした顔でそう言っていた。

 ミュウは姉気分である彼女の教えを守り、とにかく相手を睨みつけた。ミュウより一回りは大きな巨体に、それよりもさらに大きな戦斧。威圧感たっぷりのその様相に、若干心が折れかけた。

「…………」

「っ!?」

 なにも言わずにスッと斧を構える。弾かれたように一歩後ろに下がり、大剣を握る手に力を込めた。

 ピタリと構えられた斧を手に、突貫。

「ぅ!」

 まるでイノシシのように力強い突撃に、思わず身を固くする。

 速さはそれほどのものではない。しかし突進力とも言うべき勢いは今まで相対してきたどんな相手よりも恐ろしいものだった。下手をすれば、あの風狼達よりも。

「や、ぁあああ!」

 その突撃に対してミュウは正面から迎え撃った。振り切られた大剣が巨大な戦斧が衝突し、甲高い音をあげる。

 拮抗したのは一瞬。次の瞬間には二人の位置は離れていた。

「あぅ……!」

「…………」

 押し切られたのはミュウの方だった。腕力ならばパーティー随一を誇る怪力が、払うようにして簡単に弾かれる。

「っ、剣気――地崩!」

 ならばとその場から跳躍して渾身の一撃を振り下ろす。地を砕く程の剣戟が、ライゼスを強襲した。

「ヌゥウウウン!」

 だがそれも、斧で受け止められる。野太い腕が伸ばされた。

「ぐぅ!」

 太い指がミュウの細い首を締めあげる。同時に、気味の悪い魔力がミュウに触れた。ミシミシと力が込められ、段々と意識が遠くなる。

「こ、のぉ――!」

 大剣の柄に嵌められたリングを一回転させ、重量の増した横合いからの一撃を放った。側頭部に百キロ超の衝撃が与えられ、思わず手の力を緩めてしまう。

「せっ――!」

 その隙を見逃さず、ミュウは我武者羅に大剣を振るい、バックステップでその場から距離を取った。

 追って来ない事に安堵しながら、乱れた呼吸を整える。ヒューヒューと喉から異音が漏れ、涙目に力を込めて睨みつけた。


 目の前の男を相手にし、ミュウはこれまでにない程の敗北感を感じていた。

 相手と自分は戦闘スタイルが良く似ている。お互いにパワーファイターで、巨大かつ重量のある得物を得意とし、勢いのままに眼前のものを打ち砕く。それが彼女達の戦い方だ。だからこそ、ライゼスとの力の差が如実に表れている。どの一撃を見てもミュウには出せない程の力で軽々と戦斧を振るい、歯牙にもかけずに打ち倒す。

 一体彼となにが違うのか。腕力だけならばライゼスに劣っているとは思えない。以前太陽姫にも言われたように、腕力だけではダメなのか。

 震える思考でそう結論付けてしまい、ぶるりと体を震わせる。

「うっ……」

 目の前の男がまるで大きな山のように見え、自分はその足下にいる。絶対的に勝てないと思ってしまった相手と対峙するのはこれで二度目だ。

 ミュウは心の中で己を叱咤する。

 主を守ると言っておいて、今までに何度も守られて来た。それすら出来ず、地に伏せたのはつい先日の事だった。それと同じ事を、再び繰り返してしまうのか、と。

「あ、ぅ……」

 恐怖するのは、それを仕方がないと受け入れてしまう事。ただ守られるだけの存在になり下がること。

 もしそうなってしまえば、ミュウというユクレステの仲間は必要なくなってしまうのでは、と余計に恐怖する。

 負の思考が巡り巡って混沌としたものに落ちて行く。だれの側にも居られず、孤独の中に沈んでしまう。


 ――迷いの森の湖に居た時と同じように。


 徐々に浸透していく心の闇。開き直る弱い心に、挫ける脆い心がミュウを押し潰す。

 ざわりと、闇が広がった。

「……ムゥウウン!」

 ライゼスが仕掛けた。戦斧を振り上げ、剣気を纏わせての一撃が放たれる。

 呆然とそれを眺め、過去を思い出し、

「……うる……さい」

 孤独である事に強い恐怖を抱いて、ミュウの心はあの頃に舞い戻る。


「…………!?」

 ガン、と止められた戦斧を驚愕の濁った瞳で見つめるライゼス。視線は大剣の向こう側へと向けられていた。

「うるさい、です……!」

 孤独に対する恐怖と、自身への強い精神的なストレスにミュウの心は閉じられた。

 弱い自分が嫌いだ、主を守ると言ったのに、いつまでも守られてばかりの自分が嫌いだ。一緒に旅をする仲間の足手まといになる自分が嫌い、あっさりと負けて主を守ることすら出来なかった自分が嫌い、共に旅をした仲間が離れて行くのを見ている事しか出来なかった弱い自分が、大嫌い。

 普段の、英雄とまで言われたライゼスならばミュウの変貌に気付いただろう。だが今の状態ではそれすら出来ず、ただ力の限りの一撃を繰り出すことしかできない。

 振るわれる戦斧。それに対し、ミュウは、

「うるさいって、言ってるじゃないですか……!」

 自身の腕に絡まった黒い魔力を気にせず、渾身の力で叩きつけた。

「……!?」

 今度こそ、打ち負けたのはライゼス。与えられた衝撃によって吹き飛び、露店の屋台を踏み砕いてようやく勢いを殺す。

「……混濁の、双脚ハオマ

 次に目に入ったのは、黒い魔力がミュウの両足に纏わりついている所だった。

「グッ……!」

 脚への強化だろうか。踏み込んだ一歩は、これまでよりもずっと強く、速いものだ。連続で蹴りあげ、ライゼスの体を使ってクルリと跳躍する。腕を頭上に伸ばし、呟いた。

「混濁の蜜雨アムリタ

 展開された魔法陣が扉を開き、そこから黒い雨が二人に降り注ぐ。

「グ、ウゥ……」

 雨に触れた瞬間ライゼスは苦しみ出した。身も心も蝕むような痛みが全身を襲う。だがそれを言えばミュウも同じ条件のはずだ。彼女もライゼス同様、黒い雨に打たれているのだから。

 しかし、

「あ、は……」

 ミュウは黒い雨に打たれながらも笑っていた。むしろ身体中に活力を漲らせている。

 使用者の能力を向上させる。それこそが蜜雨アムリタの力。だが混濁とつけば、雨を受けた者に心の痛みを与える魔性の雨と化す。

 それでもミュウはまだ止まらない。

「混濁の双腕ソーマ

 足の魔力が消え、それが移るように両腕に展開される。大剣を片手に持ち直し、ミュウはライゼスへと突貫した。

「ヌ、ゥウウウウン!」

 真正面から迎え撃つ。暴力的な風が吹くかのように剣戟が重ねられる。ミュウのこれまでとは比べものにならない一撃を、ライゼスは正確に打ち落としていく。

 大剣を大きく振り払い、距離を無理やりに取った。

「や、ぁああ──」

「オ、ォオオオ──」

 その判断も途中のまま、今度は二人同時に地を蹴った。




 風の槍を生み出しながらユクレステはもう片方の杖での詠唱を開始した。リューナの杖を操り、騎士に向ける。

「ストーム・ランス! ついでに!」

 風の槍が銀騎士、アレンシー・ノージェルに射出されるのと同時に、地を駆けた。

「…………」

 無言で風の槍を自身の持つ槍で打ち払い、その後ろから迫るユクレステに焦点を定める。

「ストーム・エッジ!」

 気付かれているのは百も承知だ。風の刃を受け止め、直後にクルリと弾きながら柄頭でユクレステの胸を打った。

「ッ──!」

 痛みに視線が外れ、戻した時には既に槍が一回転し終えて鋭い切っ先がこちらを向いていた。

「…………」

「せめてなにか言えよ!」

 突き出された槍を間一髪で避けながら、無反応なアレンシーに愚痴を零す。地面に手を着きなが後方に下がった。

「クッソ、ガードが固い! あの槍、ただの槍じゃないのか?」

 槍術もさることながら、厄介なのは先ほどからユクレステの攻撃のことごとくを跳ね退けている槍。なんらかの魔法が付与された魔術武器なのだろう。

「となると……」

 踏み込みながらの連続突きを、掠りながらもなんとか避けていく。

「ウインド・スピア!」

 リューナの杖から下級魔法放つ。アレンシーはまたもその槍で風の槍を弾いた。

 その瞬間、耳を澄ませていたユクレステの耳に、パン、と小さな音が聞こえた。

「……なるほど。衝撃インパクト、いや、破砕ブラストか」

 呟いた言葉は誰にも聞かれず霧散する。

 基礎的な魔法である破砕ブラスト。威力は低く、攻撃にはそれほど使えないこの呪文は、攻撃を逸らす事に限って言えばかなり有効な手段だ。詠唱も必要とせず、発動も素早い。アレンシーの戦闘スタイルは守りに重点を置いたものだ。それも、真っ向から受け止めるものとは違い、受け流し、隙を突く戦い方。

 なるほど、それならば破砕ブラストを刻んだ槍で十分に戦える。なによりも、一目見ただけではどんな方法で防いでいるのか分からないという強みもある。初見で見抜くにはよほど魔法に精通しているか、獣並の聴覚が必要となるのだ。

 だがそれもバレてしまえば対策はいくらでも考え付く。

 チラリと銀騎士から視線を外し、シャシャ達の方を盗み見る。


「剣気一刀――二刃!」

「剣気二刀――四刃!」

 刀を振るうシャシャと小太刀を振るうシャロン。どちらも素早い動きで双子の剣士、オイルとデッシに迫っている。そのどちらもが見事に対応し、剣戟の音を鳴らしていた。

 名将に対して良く追い縋っているが、やはり相手は百戦錬磨の強者。シャシャ達も攻めあぐねている様子だ。

 視線を戻し、右手に意識を集中させる。リューナの杖に魔力を注ぎこみ、同時に思考を分割してコクダンの杖を握り締めた。

「風の守り人よ、我が敵を捕らえよ――ストーム・バインド!」

 風の鎖がアレンシーを捉えようと現れる。しかし魔法が彼を捉えるより早く、槍を地面に突き立て跳躍。槍の柄を踏み台に、さらに空へと舞った。

 あの装備でよくも跳べるものだ。ユクレステは内心で舌打ちしながら、さらにコクダンの杖を頭上に向けた。

「空中なら避けられないよな? 突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て――ストーム・ランス!」

 風の槍がアレンシーへと射出される。後は落下するだけの彼に避ける術は無い。

「…………」

「もう一本!?」

 その考えはすぐに消し飛んだ。自分の鎧に手を入れ、アレンシーは中から二本の棒状のものを取り出した。空中にいながら棒を連結し、短い槍を作成する。それを風の槍に向かって振り下ろし、パン、と空気の弾ける音がした。

 脅威が去った事を確認し、アレンシーはズシャ、と着地する。そこへ飛来する、四つの弾丸。

「――バレット・フリーズ!」

 着地の隙を狙っての攻撃は、反射的に動いた銀騎士によって全ては当たらなかった。だが一つの弾丸が脚に当たる。それだけで、十分だ。

「……!?」

 ピシリ、と空気と共に鎧の一部が凍りつく。脚と地面が固定され、動きが止まった。

「もらった!」

 バチバチと電気が猛る音がした。ずっと分割した思考で陣を形成していた右手。リューナの杖からは青光りする雷が発生し、今か今かとその時を待っている。

 初めて焦りの色を見せたアレンシーは、槍を氷に叩きつけて脱出を図った。

 そこへユクレステの魔法が放たれる。

「――雷撃砲!」

 魔法陣は以前に比べて半分ほどの小ささになっていた。それでも人に放てばただでは済まない主精霊の技。生半可な威力では終わらない。

 雷で出来た球状の砲撃が、アレンシーに向かう。


「…………!」

 まさに間一髪だった。脚の氷を砕き、転がるようにその場を離脱する。みっともない体勢ではあるが、そのおかげで電撃の魔法を避ける事が出来たならば御の字だ。すぐさま反撃しようと槍を構え――――笑った顔が、見えた。

「へっ」

 ニィ、と凶暴な笑みを見せるユクレステ。魔法は外れた、それなのになぜ、笑っているのか。思考の大半を封じられた状態のアレンシーには、その意味を理解出来なかった。だが次の瞬間――

「グゥ!?」

「ガァ!」

 仲間である二人の双剣士の悲鳴によって無理やりに理解させられた。

「……!?」

 ブラフだったのだ。初めから、銀騎士を相手に一対一を申し出た、その時から。

 シャシャとシャロンが双剣士を相手取り、その様子を見ながらずっとチャンスを伺っていた。見れば、彼らの手足には氷の欠片がへばり付いている。動きが鈍ったその瞬間、ユクレステは溜めていた魔力を放ったのだ。

「それじゃあふん縛るッスよー!」

「シャシャ、私に任せなさい。縛るのは、ふふふ、得意なのよ」

 雷の魔法によって身動きが取れなくなったのを良い事に、シャシャとシャロンが嬉々として二人を縄でグルグル巻きにしていく。若干一名、亀の甲羅みたいな縛り方になっているが、ユクレステは見ない事にした。

 とにかく先の一撃で形成は一気に逆転した。ユクレステは表情を固くするアレンシーと睨み合い……。


「それじゃあ後任せたー!」

「任されたッスー!」

「え、えぇー!?」

 あっさりと身を翻したのだった。

 呆気に取られる銀騎士とシャロン。まさかああも躊躇い無く敵に背中を見せるとは思っていなかった。

 もちろん、シャシャはこうなるだろうと予想していたため動きに戸惑いはない。

「え、あの……なにがどうなって?」

「なにって、ユー兄さんはミュウちゃんを見に行ったに決まってるじゃないッスか」

「今まさに戦闘中なのに?」

「当然ッス! ユー兄さん、あれで結構過保護ッスからねぇ」

 仲間に対してとことん甘く、なによりも愛情を注ぐのが彼女達の主だ。その愛情とやらが少しばかりヤバ目な感じなのは否定しないが。そここそが彼の変態たる所以ゆえんなのだろうか。

 なんとなく苦笑が漏れるシャシャであった。

「さて、そんな訳でユー兄さんの邪魔をするつもりなら、容赦しないッスよ? 銀騎士さん。ユゥミィがここにいれば喜んだかも……あ、いやいない方が良かったッスね。夢の騎士様がこんな状態なのは見せない方がユゥミィのためッス」

 刀を構え直しながらニヤリと笑う。静かな殺気がアレンシーに牙を剥き、反射的に槍を手に取った――

いや、取れない。

「はぁ、なんとも評価に困る御仁のようですね、シャシャのお婿さんは。まあ、そういう人の方が色々と期待が持てますか」

「シャロ姉?」

「ああ、いえ。なんでもないですわ。別にシャシャが将来散々使い倒されて捨てられることを妄想してご飯が三杯……いえ、本当になんでもないですわ。本当に」

「なんか聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたんスけど……」

「気のせーいでーすわー。さ、それよりもこの方にもご退場願いましょうか」

「……」

 カラカラと笑うシャロンの長い袖からは、細い糸のようなものが飛び出てアレンシーに絡みついていた。なにかで濡らしたのかキラキラと光っている。

 糸の強度はそれなりに、しかし一番の売りは、

「とりあえず……えい」

 パチン、と袖の下で指を弾く音が聞こえた。瞬間、

「…………!?」

 糸は凄まじい勢いで炎を撒き散らした。

 火の属性を付与した糸に、油を垂らしてさらに可燃性を高めた代物。暗器とも呼ばれ、シャロンが事殺し合いならばシャシャにも負けないと言った理由はここにあった。

「相変わらず、エグイ物を持ってるッスねー」

「あら、これでも可愛い方だと思うけれど? 毒とか使ってないし」

 そういう事ではなく。

 とにかく、この糸は燃えると中々消えない。いくら鎧に守られていようとも、火の舌は鎧の隙間から肌を焼く。しばらくすればこの辺りに嫌な臭いが充満するだろう。流石にそれは寝覚めが悪い。

「しょーがないッスねー」

 はぁ、と吐息を一つ。シャシャは一歩前に踏み出し、刀を上段に構えた。

「ちょっと練習台になって貰うッスよ?」

 肉を斬ればようやく一歩、骨諸共斬れれば半人前、鉄を斬れば一人前。

「実態のない物を斬れば、人の一歩先を行く……剣気一刀――」

 呼吸を整え、体の力を抜き……振り下ろす。

「――みたま斬り」


 音はない。鎧を斬った感触も、肉を斬った感触もなかった。手に残るのは、炎を断ち斬り、心を裂いた感触だけ。

「……正直気持ち悪いッス」

 思ったよりも粘着質でしたと、嫌な顔を一つしてアレンシーを見る。鎧を包んでいた炎は消え、同時に彼を覆っていた嫌な魔力すらも消えていた。恐らく、魔力諸共斬り裂いたのだろう。

「流石に死んでるのでは? ……あ、生きてますね。残念」

 胸が上下に動いている所を見ると間違えて一刀両断していないようだ。少しホッとして、刀を収める。

 こちらは終わった。後は……。

(ミュウちゃん……)

 見上げた場所には、黒い雨が降り注いでいた。

スマホから操作していたんですが、操作をミスって同じ文章を何度もコピーして貼り付けてしまい、直すのに時間が掛かりました……。一体何回ミュウは吹っ飛べば良いんでしょう?


一応見直しましたが、可笑しな所があればご報告お願いします!

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