名乗り合い
ジストの街から少し離れた道を駆け足で進む一団があった。すれ違う人々に不審の表情を取らせるそのうちの一人、ユクレステは走りながらため息を吐くと言う芸当を披露した後、前を走る者達に声を掛けた。
「おーい、ユゥミィ! その先を右に曲がって真っ直ぐな。ディーラがおまえの鎧持ってるから。ウォルフ、街を突っ切るより回り込んだ方が安全だ、入ったら一旦別れよう! ってかおまえら速ぇよ! 足並み揃えてくれよ!?」
「なにっ!? 良し、分かった! あっちだな! 待ってろよぅ、ディーラァ!」
「分かった」
「あんたホントに分かってんでしょうね? 今考えた時間ゼロだったじゃない!?」
ユクレステの指示を受けて即座に道を分かれるユゥミィ達。ウォルフも彼女と同様、直情型なため特に深く考えずに別の道を走って行った。それについて行くアミルとフウは常から苦労しているのだろう。
彼らから少し遅れて走るユクレステの隣にはミュウとシャシャ、シャロンが併走していた。ミュウはそこまで足が速い訳ではないようだが、シャシャとシャロンはこちらに合わせて走っているのだろう。まだまだ余裕がありそうだ。
どうやら、この中でユクレステは足が遅い部類に入るらしい。
「……いや、別に悔しくはないけどな。俺魔法使いだし」
言い訳するようにボソリと呟き、街の方を見る。遠くでは煙をだして崩れる建物が見え、あそこがジルオーズの屋敷なのだろう。
走りながらミュウが尋ねて来る。
「ご主人さま、私たちは、どうしますか?」
ウォルフは屋敷に向かい、ユゥミィはディーラの援護に行った。残るはユクレステ、ミュウ、シャシャにシャロン。主精霊組は元から力を貸す気はないようで、アリスティアは神殿に戻りシルフィードはどこかでこの様子を眺めていることだろう。
「ま、ジルオーズの方はウォルフ達に任せて、俺たちは俺たちで試練を終わらせれば良いだけだよ」
「試練……シルフィード様のですね? 確か、あの賊めらをこの国から叩き出すという」
シャロンの言葉にコクリと頷き、走る速度を緩めた。
「その通り。見た感じ嫌な風ってのはあいつらだろうから、とにかくボコって縛って国外追放。簡単だろ?」
「言葉にすればその通りッスけど、でもどこにいるかも分からないじゃないッスか。街をしらみ潰しに探すのは正直メンドイッス」
「大丈夫、そこは心配ないさ」
シャシャの疑問を一蹴し、ついに立ち止まって息を整える。三人の少女が足を止めるのを確認し、言葉を続けた。
「今あいつらは俺が渡した鍵が偽物だって知ってる。だから、あいつらはジルオーズの鍵をどうこうする前に自分たちのものを取り戻しにくるはずだ。つまり……」
「ここに突っ立っているだけで敵はやって来る、と言う訳ですわね?」
「そゆこと」
頷き、おっ、と声をあげて近くの飲食店に侵入する。店の人間は既に逃げた後なのか、品物だけが散乱していた。ユクレステはその中からビンに入ったジュースを四つ持ち出し、ミュウ達に手渡した。
「あー、喉乾いた。こう言う時はやっぱオレンジジュースが一番だな」
「私はグレープが好きですわね」
「いやいやいや、なに普通に盗んでるんスか! ダメッスよ、ちゃんとお金払わないと!」
シレっとビンを傾ける二人にツッコミを入れながら、シャシャは律儀にカウンターに銅貨を数枚置く。オロオロとしていたミュウも申し訳なさそうに一口飲んだ。
「真面目だねぇ」
「うふふふ、シャシャはお利口さんですから」
「その割には出会い頭に斬られかけたけどな」
「そこがまた可愛いじゃないですか」
「おまえらの言う可愛いって次元とか超えた所にあるんだな、きっと」
「和まないで欲しいんスけど!?」
ハッハッハ、と笑うユクレステ。シャシャは諦めたようにジュースを飲み、気になっていた事を尋ねた。
「そう言えばユー兄さん。ちょっと聞きたいんスけど……ユー兄さんは以前この街に来た事あるんスか?」
「ん? ないよ。アークス国自体来たのは始めてだし」
「その割には、ユクレステ様はこの街の構造を良くご存じのようでしたけれど?」
シャロンも加わり、似た顔が同じような仕草を行う。その様子に少し笑みが浮かび、誤魔化す様に視線を泳がせた。
「それに鍵の事がバレていることもいつ知ったのですか? 私たちは全て初耳だったのですが」
さらなる追撃に、あー、と呻きながら頭を掻く。どう説明しようか悩んでいるようだ。
「そう、だなー……。んー、これはちょっと秘密なんだよな。詳しい事は話せないんだ、ごめん」
「むぅ、そうッスか。それは、ちょっと残念ッス」
仲間としての距離は縮んでいると思っていたのだが、こうまで頑なに拒否されると少し傷つくシャシャである。だがいつまでも落ち込んでいないのが彼女の良い所であり、すぐに復活してユクレステに言った。
「じゃあ今は良いッス」
ダメならばそれはそれで、良しと言われるまで待てば良いだけの話だ。切り替えの早いシャシャに苦笑し、それならば一言だけ、とユクレステは人差し指を唇の前に持っていき、囁いた。
「実は俺、マリンと一心同体なんだよ」
それがどういう事なのかは聞けなかった。問うよりも早く、ユクレステが杖を取り出して構えていたからだ。視界の端には隠れるようにしてこちらの様子を伺う二人の人物がいる。
シャシャは今までの思考を全て放棄し、目の前の戦いに意識を向けた。
「一心同体ぃ? なに言ってるのマリン。熱でも出た?」
『あっはっは、最近ディーラちゃん私に対してキツ過ぎない? えっ? 私そんなに嫌われるような事したっけ?』
「百個以上の穴掘りをさせたのはどこのだれだったか。まあいいや」
そこで話はお終いとばかりに口を噤んだ。元々なんの話だったっけ、と思い返す。確か、なんでご主人がすぐ近くまで来ているって分かったの、だったはずだ。
その答えが先ほどの一心同体発言。ディーラにはさっぱり分からなかった。
『つまりー。私が見たもの、感じたもの、考えたものをマスターも同様に見て、感じて、考えられるんだよ。もちろんある程度の条件はあるけどね。でも大体私が渡したいと思ったものはマスターに送れる感じかなー』
「……そんなこと出来るの?」
『そう頻繁にはやらないけどね。やっぱり普通にお喋りした方が楽しいじゃん?』
彼女の疑問はもっともだろう。そんな手紙いらずの魔法なんて聞いた事がない。しかし現実に、ディーラはその恩恵を受けた事があった。
「もしかして……アリスティアの時?」
『おっ、正解。あれもマスターと私が考えて皆に指示してたんだよ。あの時マスターカッチンコッチンだったから』
クスクスと思い出し笑いをしながら言うマリンに、ディーラはなるほどと頷いた。
「だから今回、マリンは僕と一緒にいたんだ」
『まーね。状況を把握するにはこれが一番確実かつ楽だから。人間楽をするためには労力を惜しまないもんだよ?』
「僕ら魔物だけどね」
『あはは、そりゃそーだ』
疑問としては、まだ幾つか残っている。一体なぜそんなことをしているのか、マリンはどこでそのような方法を知ったのか。気にはなるが……。
「ふーん。まあ、面倒臭いから良いや」
聞くのも知るのも今は関係ないからいいか、と結論付ける。今重要なのは、断続的に響く轟音が目的の場所から吐き出されていると言うことだけ。フィルマの護衛にはロウが付いているはずだが、この音は戦闘音なのだろうか。それにしては一方的な気がするが。
「どう思う?」
『正直やな予感しかしません。ロウちゃん大丈夫かなー』
「平気じゃない? あれで風狼だし」
風狼は戦闘力で言えば上位に入る程の実力を持っている。そんな彼女がそう簡単にやられる姿は想像出来ない。それでも嫌な予感は胸の内に燻っていった。
「しょうがない。フィルマが傷ついたらマスターに怒られちゃうし、ちょっと急ぐ」
『うん了解ぃいいい――!?
グン、と速度を増して飛翔するディーラ。胸の宝石が大きく跳ね、マリンがなにやら喚いているが、喧しいので無視することにした。
「おっと、なにやら楽しそうな予感」
そう言って目を輝かせてるディーラの視界に飛び込んで来たのは、ボロボロに破壊された二階建ての校舎だった。土壁は崩れ、木造の屋根はパチパチと火の粉をあげて燃えている。もちろんそれを行ったのは一匹の風狼……ではない。
「オオカミさん! もう逃げて下さい! 私は大丈夫ですから」
「グルルル――!」
学園の校庭から狼の唸り声と少女の悲痛な叫びが聞こえて来る。そちらに目を向ければ、白く美しい毛並みにベットリと赤い血液が塗りたくられている。
ディーラは驚きの表情を浮かべ、すぐに彼女達の側へと降り立った。
「ロウ」
『大丈夫!? うわ、ひどい怪我……一体どうしたの?』
「ディーラ様、マリン様!? ああ、良かった……オオカミさんを助けて下さい!」
ジワリと溢れる涙を拭くこともせず、フィルマは血だらけのロウを必死に抱きしめている。
『ロウちゃん、平気? 一体なにがあったの?』
「そ、それが……」
「くぅん……」
「オオカミさん!?」
ディーラ達が現れた事によって安心したのか、ロウは力無くその場に倒れてしまった。慌ててロウを胸に抱こうとするが、それより早くディーラが抱き上げる。
「フィルマ、この子の手当てをお願い。マリン、手伝ってあげて」
「は、はい!」
『ん、りょーかい。ディーラちゃんは?』
「僕? 僕は……」
校庭の隅にある池の前にロウを寝かせ、アクアマリンを首から外しフィルマへと渡す。そして羽を広げ、ある一方向に視線を向けた。崩れた壁と落ちて来た屋根が山となった場所。その奥から聞こえる、ネジが噛み合うような音。
「ちょっと、暴れようかなと」
――――刹那、瓦礫の山が爆ぜる。
一度聞こえた大きな轟音と、無数に聞こえる連続した炸裂音。
燃えた屋根を跳ね退け、土壁をバキバキと踏み砕きながら現れた一つのモノ。
一つの民家程もある巨体が目の前に現れ、思わずディーラは笑ってしまった。
「はは、はははは。なんだろうね、これ。すっごく……面白い」
威圧感は素晴らしい。存在感は途方もない。
凶悪な外観の、小さな山。
それが、聖具の兵器。戦いを征する車両。――征戦車。
ガチガチと機械同士が重なり合う重厚な音が聞こえ、前面には三つの巨大な砲身が備え付けられている。側面や背面にも小さな砲身が付けられ、気味の悪い穴がこちらを覗いでいる。今まさに瓦礫を踏み砕くキャタピラからは魔力の動きが見え、単純な聖具とは違った様相を示していた。
なによりも問題なのはその大きさだ。今ディーラは地上から五メートルは離れた位置で止まっているのだが、三つの砲身はちょうど彼女の視線の先にあった。横幅ともなると十メートルを超えているのではないだろうか。
山と称したのは間違いではないのだ。
そんな見る者に恐怖を覚えさせる車体から男の声が聞こえて来た。
『ふん、犬っころの分際でこいつに傷を負わせるとはな。だがここまで……ん? 何者だ、貴様は』
「…………」
声の主は、ヴァセリア・フォア・ジルオーズ。フィルマの兄にして、アーリッシュ国聖具研究所の若き天才。そしてこの車両は、アーリッシュの遺跡から発掘され他の発掘品や魔道具で増築、強化された兵器。
『まあ、だれでも良い。喜べ、貴様はこいつの――殲滅戦闘車両、ギーゴイルの実験台になれるのだからな!!』
マイク越しの自身に満ちた声が聞こえる。だがディーラは半ば聞いていなかった。今彼女の興味は目の前の鉄の塊に集中している。例えそれが物言わぬ兵器であろうとも、彼女は気にせず名を告げた。
「……ディーラ・ノヴァ・アポカリプス。さあ、始めようか――」
――暴力溢れる壊し合いを。
地響きや遠くから聞こえる爆音など気にする事なく、ソフィアは自室でベッドに腰掛け窓の外を眺めていた。ちょうどそんな時、慌ただしく扉が開き白髪の美女が現れた。
「ソフィア母様! 無事ですか!?」
「あら、ヴェリちゃん? どうしたの、そんなに息せき切って」
非常時だと言うのに普段と変わらずのほほんとしている女性の姿に、ヴェリーシェは一気に脱力してしまう。
「ええと……とにかくソフィア母様、今外では少々立て込んでいますので、しばらく慌ただしくなるかと思いますがご安心を。すぐに鎮圧致しますわ」
「うん? 良く分からないけど……ガンバってね?」
「ええっ、お任せ下さい!」
ソフィアの言葉にやる気を滾らせるヴェリーシェ。すぐさま去って行った彼女に、苦笑しながら外へと声をかけた。
「もう言っちゃったわよ? さ、お話を続けましょう?」
しばらく窓の外を眺めていると、ひょっこりと白い毛並みの風狼が顔を覗かせる。ウォルフの仲間の一匹、ヒュウだ。
ソフィアの護衛を任されていたヒュウだが、着いて早々に彼女に見つかってしまったのだ。逃げようとしても一瞬の隙を着いて抱きつかれ、振り解こうにも相手は病人、さらにはウォルフの大切な家族だ。力づくで、と言う選択肢は元より存在しなかった。
「…………」
「ほらほら、クッキーあげるわよ?」
いるかそんなもん、と首を横に振る。ロウならば喜んで喰らいついただろうが、生憎とヒュウの好物は肉なのだ。
部屋の中に入り、ベッドの脇に座る。ソフィアは嬉しそうにその様子を眺めつつ、優しげな声音で呟いた。
「ふふ……そっか。ヴィルくん、元気なのね。良かった……」
紛れもない母の顔に、ヒュウは複雑な表情を浮かべていた。
ジルオーズ本家の長女、ヴェリーシェ・フォア・ジルオーズは愛用の杖を片手に門の前までやって来ていた。遠く学園の方角から爆発音が聞こえて来る。それを聞き、眉を顰めて今もあの場所にいるであろう妹に気を向けていた。
「フィルマ……待っていなさい。今助けに行きますからね。貴女になにかあれば、ヴィルに顔向けできないもの」
決意の表情を浮かべるヴェリーシェ。キッと前を見つめ、
「ちょっとあんた急ぎ過ぎ! そんなに急いだら……って、なにいきなり剣抜いてんのよ!?」
視線の先に、異様な三人組が現れた。正確には二人と一匹だが。
風狼と言うこの辺りでは神聖視されている魔物を連れ、魔法使いのような格好の少女と共にこちらを目指して走って来ている。特に目を引いたのは白髪で刀を携えた少年。どこかで見たような人物だった。
その少年は既に腰の刀を抜いており、剣先がヴェリーシェへと向けられている。
「なっ、あれが犯人ですわね!? 覚悟なさい!」
ショートワンドを優雅に構え、魔力を地面に叩きつける。吹き荒れる風を一つに纏め、無詠唱ながらも詠唱状態での魔法と遜色ない程の威力で魔法が発動した。
「フィブ・ストーム・ランス!」
「チッ」
展開された五つの風の槍がウォルフへと向かう。奇しくもそれはこの屋敷で自分に向けて放たれた魔法。しかし精度も威力も桁違いだ。
身を低くして駆け抜け、頭上に掠る槍を無視し、一気に距離を詰める。背後でアミルの悲鳴が聞こえてくるが、それも全て無視だ。キラリと光る刀身を構え、一気に刺突する。
「剣気一刀――刺撃!」
その構えを見てヴェリーシェはすぐに行動を起こした。ダン、と魔力を込めた右足で地面を踏み締め、すると足元から突風が巻き起こる。それを媒介に、再度魔法を展開する。
「風の城壁よ――シルフィード・ルーク!」
「クッ!」
風の魔法障壁。上級魔法のそれはユクレステのものと比べれば範囲と言う点だけなら劣っているかもしれないが、強度では圧倒的に彼女のものに軍配が上がる。容易く防がれ、なおかつ風によって押しもどされてしまった。
ジルオーズは風の精霊に愛された一族であり、その中でもヴェリーシェは特に風の魔法を得意としている。器用さはないが、基本に忠実であり、隙も少ない。そしてなによりも、彼女は魔力を風そのものへと変換することが出来るのだ。呪文を唱え、魔法を発動し、そこから風の流れを作り出すと言うのが通常の魔法使い。しかし彼女は、風を作り、その風で魔法を使用する。他者よりも工程が少ないのだ。だからこそ、無詠唱ながらも詠唱状態と変わらない威力で発動でき、上級魔法ですら簡略化することが出来る。
それがヴェリーシェ・フォア・ジルオーズ。ルイーナ国のエンテリスタ魔術学園において生徒会長兼風紀委員長を務め、風の舞姫とまで呼ばれた実力者だ。
某魔物使いからの情報では、力づくで生徒を弾圧しまくっていたため恐怖政治みたいになっていたらしい。
やはり一筋縄ではいかないようだ。ウォルフはチラリと着いて来たアミルとフウを見る。走り通しであったために多少疲労の色は見えるが、ここに置いていっても大丈夫だろうか。ウォルフの狙いは元よりジルオーズ家の当主、ヴァイオル・フォア・ジルオーズ。ここで時間を潰す気はない。
「……う、うそ……」
その場に呆然とした声が響き、ウォルフの視線がそちらを向いた。信じられないものを見るような目でヴェリーシェがウォルフを見ている。死んだと思っていた人間が生きて現れた事に驚いているのだろうか。
そう考えると言葉の一つでも交わすべきだろう。
「お久し振りですね、姉上。十年振りですか。相変わらずお綺麗ですね。泥に汚れたオレとは大違いだ」
「ほ、本当に? 本当に、ヴィルなんですの!? 生きて、生きていたんですのね……」
涙ぐむ彼女の姿に、おや、と首を傾げる。記憶の中のヴェリーシェとは似ても似つかない姿だ。
「……と、とにかくお帰りなさい! お腹は空いていませんの? ああ、そんな汚らしい格好をして……今すぐ仕立屋で一級物を作らせますわ!」
「あ、姉……上?」
「なんですの!?」
ツカツカと詰め寄って来たヴェリーシェはガッシリとウォルフの手を握りしめる。その様子に疑問を覚えたのはウォルフだけではなかった。
(ね、ねえちょっと……あんた、お姉さんにも嫌われてたんじゃなかったの?)
(わ、分からない。確かに子供の頃は何度も罵倒されてきたんだぞ?)
(なんてよ?)
(男の癖にとか、汚い服ばかり着てとか、魔法が使えないんならジルオーズを出た方が良いとか)
(ふんふん、他には?)
(他? 確か……やられたらやり返せとか、怪我をしたら高級な傷薬を塗ってやるから来なさい。貴方は貧相な物しか持っていないんだから、とか、貴方が他の子になればなんの気兼ねなくアタック出来るのにとか)
(あ、あんた最後のそれって……)
(ん? ああ、恐らく家を追い出した後執拗に攻撃するという事だろう。あの時は本当に命の危機を感じたな)
いや多分それ違う。結婚的なアタックなのでは?
アミルの言いたい事を察したのがオオカミだけと言うのも不憫なものだ。
(なんだ、ただのツンデレお譲か)
(くぅん)
おまえもなー、とはフウの心の声。
ともかく今もまだウォルフの手を握り、矢継ぎ早に心配の言葉を投げかけて来るヴェリーシェにいつまでも掴まっている訳にはいかない。ウォルフは手首を回し、掴まれていた腕を引き抜くと彼女の脇を抜けるように背後に回った。
「ヴィル? どうしたんですの?」
「黙れ、なにを考えているのか知らないが、貴様と話す事などなにもない。俺の敵は、ヴァイオルただ一人だ」
「な、なにを言っているのヴィル?」
「白々しい。オレはオレを捨てたジルオーズに復讐するために力を求めた。その全てを、今日で終わらせる」
「ヴィルを、捨てた? だ、だってヴィルは事故に巻き込まれたってヴァセリア兄様が……」
「もはや問答は必要ない。通らせてもらう。フウ、アミル」
「ま、待ちなさい!」
これ以上の問答は必要ないと判断し、ウォルフは踵を返すと屋敷への道を駆けて行った。追おうとするヴェリーシェだが、その前にアミルが立ちはだかった。
先ほどの会話を聞いていて、少々目の前の女性に同情する部分もあるのだが、今は後回しにしておこう。
「退きなさい。さもなくば実力行使をさせて頂きますわよ?」
「えー、ちょっと可哀そうに思えなくもないんですけど……頼まれたからにはキチンと仕事を全うするのが冒険者って奴なのよね? と言う訳で、足止めさせてもらうわよ、お義姉様?」
その言葉を告げた瞬間、ピシリと空間に亀裂が走った。感極まって涙目だったヴェリーシェの表情が能面のように無表情になり、アミルの言った言葉を確認するように口にする。
「おねえさま……お義姉様……。貴女、お名前は、なんですの?」
「あたし? アミル・カートリッジ。ウォルフと……彼と結婚を前提にお付き合いさせて頂いている者ですわ、お義姉様?」
「――――っ!?」
おいおい、とフウ。
一方的に慕っているだけでウォルフ本人はなんとも思っていない事を自身満々に告げ、ヴェリーシェは見事にそれを信じてしまっている。
これはもはや、足止めで終わろうはずがない。
「貴女に……貴女に私のヴィルをあげるつもりはありませんわよ!?」
「なら盗んで行くだけね! こちとらこれでも兼業でシーフやってんのよ!」
今ここに、一人の男をかけた女の戦いが始まろうとしていた。
「くぅ……」
もちろんそんな二人の間に割って入る気のないフウは、寝心地の良さそうな草原で寝っ転がっていた。
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