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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
71/132

奔放な主精霊

 夜明け前、ディーラは首からアクアマリンの宝石をぶら下げてシンイストの街の入り口へと来ていた。ふぁ、と欠伸をしながら草原へと視線を向け、退屈そうにマリンへと声をかける。

「それで、なんだっけ? わんこがもふもふでだっこしたい、だっけ?」

『あー、それはマスターの戯れ言だから無視して良いよ。ディーラちゃんに合流して欲しいのは三匹の風狼さん。ヒュウちゃん、フウちゃん、ロウちゃんだよ』

「ふぅん……。それで、僕らはなにをすれば良いんだっけ? その賊とやらを倒せばいい?」

『違う違う。まあ、あの子達が来たら教えてあげるよん。あ、来た』

 チラリと草原を見渡せば、三つの気配がディーラ達へと近付いて来ていた。動きは俊敏で、力強い光を瞳に宿している。中々に強そうだ、と口元がつり上がる。

「――ッ、グルルル!」

『はーいはい、ディーラちゃん、そーゆーのはまた後で。今はマスターのお願い事が先だよー』

「……ん、そうだった。了解了解」

 戦闘に意識が向いていた所をマリンにたしなめられ、慌てて殺気を引っ込める。その様子を警戒しながら眺めつつ、風狼の一匹が声をあげた。

(それで? 貴様らは一体何者で、私たちになにをさせるつもりだ?)

 三匹のうち、リーダーであるヒュウが警戒しながらそう問うた。魔物同士であるため、ディーラとマリンの耳にはその堅物の話声が聞こえている。

 欠伸を噛み殺す事に労力を割いているディーラに説明役は無理だと判断し、マリンが宝石から抜け出して草原に立った。

「久し振りだね、君たちも。覚えてるかな? ユクレステの仲間のマリンだよ。種族は人魚、一応、この前の大会でミュウちゃんとの対戦は見てたんだけど」

(……ああ、覚えている。我らと同じ異常種イレギュラーの娘の仲間だな? そっちは?)

「ディーラ。マリンと同じ、ご主人の仲間だよ」

 素っ気ない言葉に少々ムッとするヒュウ。彼女に代わり、フウが前に出る。

(よろしくお願いします、マリン様、ディーラ様。それで一体、何用なのですか? 我らが主から緊急の用事だと伝えられたのですが……)

「ま、それは追々ね。これからここに居る皆でジストの街に行くんだけど、君たちって確か飛べたよね? 急ぎだから飛んで行きたいんだけど?」

(可能だ。元の姿に戻る必要はあるがな。それよりも、答えになっていないぞ? 珍しくウォルフがジストに行こうとしているのだ。理由の一つも聞かなければ従う気はない。もしウォルフに敵対するようならば、容赦はしない)

 殺気を込めた風がマリンの頬を撫でる。だが気にした様子もなく微笑すると、人差し指を口元に当て、イタズラっぽく言葉を放つ。

「悪い話じゃないよ。私たちのマスターの夢のため、そして君たちのご主人さまの家族と誇りを守るために、ちょっと苦労しようじゃないかって話だから」

 含むようなその物言いに、風狼達はおろかディーラでさえ首を傾げるのだった。


 それから時間が勿体ないと急かされ、三匹の風狼は巨大な三つ首の狼の姿に戻ると空を駆け出した。背にはディーラが腰を下ろし、彼女の首元からはアクアマリンの宝石が光っている。

『それじゃあ説明行くよー。まずなによりも、私たちがやるべき事。第一に、ウォルフ君の家族の護衛。これは彼の父親とかは二の次で良いんだけど、とにかく守らなきゃいけない人達がいるの』

(それがウォルフの家族ですか? ですが、彼は家族に捨てられたのでは……)

『まあ、本当に守るのは二人だけだよ。子供のころに仲の良かったっていう腹違いの妹さん、フィルマちゃんと、そのお母さんのソフィアさん。他の人はどうでも良いからその二人だけは傷つけるなって言ってたよ?』

(……分かりました。きっとそのお二人がウォルフにとって大切な方なのですね)

(ま、待て待て! 私だってウォルフは大切にしているぞ!)

(はーいはい、ヒュウはちょっと黙ってよーね。っていうか前見てなよ。鳥にぶつかるよ)

 器用に自分の頭で二つ隣の頭を殴る。気だるげな言葉遣いのロウは、すぐに視線を前に向けた。

『あはは、なんか君たちも面白いね!』

(すみません……ヒュウはウォルフを我が子の様に可愛がっておりまして……)

 その気持ちは分かるなー、とマリンはニコニコとした笑みで思考する。最も、彼女の場合親ではなくもっと別の形での保護欲なのだが。

 ともかく、話を続けよう。

『んで、次にやる事は鍵を奪いに来る何者かが行動を起こさないように邪魔をする。この時に間違えてやっつけちゃわないようにってさ』

「ん? なんで? さっさとやっちゃえば速いのに」

『んふふ~、まあそれもウォルフ君のためだって思ってよ。ついでにこっちとしても色々貰えるものもあるかもしれないしね~』

 襲撃者に全部の責任押し付けちゃおう、と良い笑顔で言った主の姿を思い浮かべ、マリンも同様の笑みを見せた。黒い物が見えたような気がしたヒュウが若干引いたようだが、気にはしない。一応、ウォルフのためと言われては無視も出来ない。

「あー、要はご主人の悪だくみ、と。ごしゅーしょーさま」

 姿の見えない相手に対して憐れみの言葉を呟いた。


 結局、ディーラ達のやる事は二つだ。

 一つは、ウォルフの家族であるフィルマとソフィアの警護。そしてもう一つは、襲撃を遅らせると言う事。たったのそれだけをユクレステ達がジストに来るまで守っていれば良いのだ。自分から打って出られないため少し歯痒い感じはするが、それでも主からの頼まれごとだ。無碍には出来ない。

 腰に差した赤い魔晶石に手を触れ、クスリと微笑んだ。

 ちょっとした試し撃ちくらいならいいかな、と思いながら。




 ディーラ達から遅れる事五時間。ユクレステ一行はウォルフとアミル、それからシャロンを仲間に加え、シンイストの街を出立していた。ここからジルオーズの本家があるジストの街までおおよそ三日。そこまで長い道のりではないが、先に向かったであろう襲撃者を思うと気持ち急いでの行進となっている。とは言え、先に出発したであろうディーラ立ちならばもっと早く辿り着くだろうし、問題はないだろう。


 陽も傾いて来た所を見て、今日はもう休むことにした。

「んじゃあちょっと小便行って来る。あ、覗くなよー」

「だれが覗くか阿呆が」

 吐き捨てるようにして言った言葉にひらひらと手を振って返し、ユクレステは少し外れた道に入って行った。

 残されたウォルフはため息を一つ吐き出し、チラリと周囲を見渡す。いそいそと夕食の準備に取り掛かったアミルは普段の姿として、気になるのはユクレステの仲間達についてだ。

 確かに人型の魔物は少なくはない数がこのセントルイナ大陸にはいる。だが、仲間にすべて人型の仲間で揃えている魔物使いはそう多くはないだろう。意思の疎通が出来易いと言う利点はあれど、それは同時に不和を起し易いということでもある。大体はお互いの主義主張が合わずに分かれる事となるのだ。

 それでもこうして繋がり合っていると言う事は、どこかしら他の人間とは違った感性を持っていると言う事だろうか。諸々含めて、一言で事足りた。

(つまるところ、変態なのか?)

 変態である。

「あ、あの……ウォルフさま。お水を、どうぞ」

「ん……ああ」

 水の入った水筒を渡し、ペコリと頭を下げたミュウが小走りでアミルの方へと向かっていく。どうやら、ああして皆に水を渡しているのだろう。その可愛らしい姿にバッとアミルが抱きついていた。

(しかしまあ……)

 変わる者だ、とミュウを眺めながら思う。初めて会った時の死んだような瞳はもう影も形もない。今では光り輝き、生きていることを心から楽しんでいることだろう。

 変な奴だとは思っていて、きっとこれからも変わる事はない評価にプラスして思う。ユクレステと言う魔物使いは自分とはまったくの別の場所にいるのだな、と。

 少し悔しいとは、心の底に沈めておいた。


「くふふ~、でもそんな君にも良い所はあるんじゃないかしら? だって貴方もまた、風に愛されているんだもの」

「ッ、誰だ――!?」

 突如響いた怪しげな女の声に、ウォルフは反射的に鯉口を切った。



 ガサガサと草をかき分け、ユクレステが顔を覗かせる。周りにだれもいない事を確認し、決壊しかかったダムの扉を開いた。水滴と、水が草に当たる音が風に乗って流れて行く。その心地よさに、はー、と息を吐いた。

 ふと、自分のいる場所に影が出来ているのに気付き、視線を上にズらす。

「…………ほう」

「…………」

 視界に入った青白い肌、スラリと伸びた脚は組まれ、生憎とその奥を覗くことは出来なかったが、ユクレステの視線はそこに釘付けになっていた。なぜか空中に座り、露出の激しい服の上に魔法使い用のローブを着た、パッと見十代前の少女。そんな存在が、食い入るように自分の下半身を凝視している。しかも露出中である。衛兵にでも見つかれば速攻で牢屋送りにされそうだ。

 そんな状態であるにも関わらず、ユクレステの心中は穏やかだった。

 慌てたりせずに放流中だった液体を全て吐き出し、そっとしまい込む。慌ててチャックを挟むような無様な姿を晒すことはせず、あくまで優雅かつ素早く。それから姿勢を正し、背を向けた。

「なんでおまえがそこにいるんだよチクショウ! しかも計ったようにトイレ中に!?」

「とんだ風評被害ですね。まるで私がおまえのあられもない姿を見たいがためにタイミングを計って現れたかのような言い方。とても不愉快です。今度はもっとアレな時にでも出てきましょうか?」

「ごめんなさい! でも実際狙ってただろ!?」

「当然でしょう? それがなにか?」

性質たち悪ぃぞこの精霊!?」

 ふよふよと空中を移動して目の前に現れた少女。氷の主精霊でもあるアリスティアに対してユクレステは涙目で抗議する。

「まあそんな事はどうでも良いのです。そんな粗末なモノ、見ようと思えばいつでも見れますし。忘れていないですよね? おまえの杖と私の神殿は繋がっているようなものだと言う事を」

「そ、それはもちろん。でもほら、俺にだってプライベートが……」

「んなもんないのです。精霊使役するつもりならそんなものゴミ箱に捨てやがれですよ」

「……精霊使いって理不尽」

 それも簡単に一蹴され、もはやため息しか残らない。

 まあいいや、と諦め、少女に視線を向けた。

「はぁ……まあちょうど色々相談したかったから良いんだけどさぁ……」

「相談、ですか。卑しい人間の分際で主精霊であるこの私に、どんな相談があるのですか? 身の程を知らないと言うのは呆れを通り越して怖いものですね」

 口調とは裏腹に、アリスティアはどこか楽しそうな表情を作っている。人と話をすること自体多い経験ではないため、少しばかり気分が乗っているのだろう。それならばちょうど良いとユクレステは気になっていたことを尋ねてみる。

「アリスは鍵って知ってるか? こういうのなんだけど……」

 胸元から取り出した灰色の結晶を取り出し、彼女の前にかざす。アリスティアはそれをジッと見つめ、つまらなそうに吐き捨てた。

「ハッ、なにかと思えば……と言うか、こんなものまだ持っている奴がいたのですね。そっちに驚きです」

「え、っと……」

「知っています。とあるタイプの遺跡を開くのに必要なものであり、奥の手。全部あっちに持っていかれたとばかり思っていましたが……」

 ぶつぶつと言葉を重ねるアリスティアの言葉は、全ては分からないが最初の言葉だけは拾えていた。

「遺跡を開くってことは……天上への草原に行くためにはこれと同じ奴が必要なのか!?」

「ん……まあ、そうですね。これは……アーリッシュの遺跡の鍵ですね。……本来の用途に使われた形跡はなさそうですが」

 ジッと危険な物を見るような目つきで鍵を睨むアリスティア。思考を邪魔するようで心苦しいが、もう一つユクレステは質問した。

「じゃあ、この鍵って別の鍵を見つけるために使われたりするのか? 目印になったり、共鳴したり」

「共鳴……とは中々面白い例えですね。ええ、しますよ。鍵がお互いに近くにあれば淡く輝き魔力が漏れ出します」

 なるほど、と頷いた。だから連中は鍵を持ったシャロンを執拗に追いかけていたのだ。そしてこれが今自分の手元にあると言う事は、彼らに先んじて天上への草原へ入るための鍵を手にすることが出来る。

「……ああ、もしかして天上への草原に行くためにこれを探しているのですか?」

「うん、そうなんだよ。風の主精霊に会うためにはそれが一番確実だろ?」

「シルフィードは天上への草原を神殿にしていますから、確かに。ただまあ……」

「……アリス?」

「……いえ、なんでもありません」

 クルクルと髪を弄りながらなにかを考えるようにしていたアリスティアだが、結局首を横に振って表情を無表情にもどした。

「それより早く戻らないとクソをしていると間違われたりするんじゃないですか? 別に私は気にしませんが。ええ、例え私の主が下痢であろうと」

「女の子がクソとか言っちゃいけません! あと別に俺下痢じゃないからな!?」

「女の子って……まったく、野グソ男のくせに変な所で喜ばせてくれますね。良いから行きますよ、クソ野郎」

 小さな声で呟かれた言葉はユクレステには届かず、それよりもその後に聞こえた罵倒の言葉に若干沈んでしまった。



「え、なにこれ?」

「ユクレステか……? 頼む、助けろ……」

 アリスティアを連れて仲間達の下へと戻ってきたユクレステの前に、どう形容して良いのか分からない光景が広がっていた。

 ウォルフ以外の全員が彼から距離を取り、遠巻きに眺めている。そして彼に絡むようにして一人の女性がウォルフの首に手を回していた。

 エメラルドのような美しい髪に、神秘的な光の瞳が特徴的な人間離れした女性。そんな女性に抱きつかれているとは、羨ましい限りである。……彼女の正体を知らなければ。

「ちょうど良いですね。捕まえましょう」

「あ、アリスちょっと待っ──」

「凍れ」

 ユクレステの制止の声も聞かず発動した精霊の魔法は、ウォルフを巻き込んで辺りを凍らせていく。

「なっ――!?」

 突然の出来事に慌てふためくウォルフ。止めようとはしました。ただ止められなかったのです。ユクレステは憐れみの視線でその様を見届けた。それに――

「くふふ~、アリスちゃんってば相変わらず即断即決即凍結ねぇ。一応言っておくけど、普通の人間にこれやったら死ぬからね?」

 風が鳴るような笑みは余裕の表情であり、もう片方の真っ青になったウォルフとはまるで正反対だ。

「…………」

「わー! アリス氷解いて! ウォルフが氷像に……うぅ、氷漬けにされた思い出が……」

 必死に頼み込む事でようやく分かってくれたらしく、無言ながらも氷の檻を消し去った。

「アミルさんパス! 取りあえず温めてあげて!」

「わ、分かったわ! ……やっぱり温めるなら素肌で、よね? よし、ウォルフちょっとそこらの草むらに行くわよ!」

「止め……」

「あー、たき火なら出来てるんでそっちで温めれば良いと思うッスよ? 間違っても裸になる必要は欠片もないッス」

 常識人が居てくれてとても助かります。

 シャシャの指示の下、顔に赤みが戻ったウォルフはしばらく置いておくことにしたユクレステは、クスクス笑っている女性に声をかけた。

「で、あなたはなにやってんですか?」

「あら、つれない子ね。私に会いたかったんでしょう? わざわざ来てあげたのだから、感謝をして欲しいわぁ」

 小馬鹿にしたようなその物言いに、若干イラッと来た。心配そうにミュウが近付き、疑問を口にする。

「ご主人さま……この方は、一体……?」

「あ、あー……なんと言いますか……」

 なんと応えようかと思案する。その隙を突いて、アリスティアが目の前の美女に対して単刀直入に言い放った。

「くだらないお喋りは良いです。ちょうどおまえがここにいるのだから、さっさとユクレステに試練を受けさせやがれです。風の主精霊(シルフィード)

「えぇっ!?」

「なんだと……?」

「この方が、風の主精霊様?」

 その名前に、方々から驚きの声が上がった。特に反応が大きかったのはジルオーズの者達。クリストの街がアリスティアを信仰しているのと同じように、シンイストではシルフィードを信仰している者が多い。ジルオーズも例に漏れず、風の寵愛を受けた一族なのである。

 そんな、神格化された存在が目の前にいる。驚くのも無理はないだろう。


 シルフィードはアリスティアの言葉を聞き、クスクスと可笑しそうに笑った後に良い笑顔でこう答えた。

「や!」

「……おーらい、じゃあ氷の彫像に変えてやりますよ」

「くふふ、アリスちゃん怖~い」

 にべもなく飛んで来た否定の言葉に短気な精霊はすぐさま怒りの表情を浮かべる。氷の怒気を一身に受けながらも、シルフィードはへらへらとしている。


 一方そんな怒気は彼女たちの後ろにいるウォルフ達も感じていた。

「……おい、あのガキはなんなんだ? とてつもない力を感じるが……」

「あー、あの方は氷の主精霊であらせられるアリスティア様ッス。一応、ユー兄さんが契約した方ッスよ?」

「なっ!? 主精霊と契約したのか?」

「まあ……シャシャの旦那様は凄い方なのね。ただの変態ではないと言う事かしら」

 驚くのは構わないが、変態扱いは止めて頂きたい。ジト目でシャロンを睨みつけ、すぐに一触即発の空気へと視線を戻す。


「でもでも、アリスちゃんがここまでいれ込むなんてねぇ。そんなに気に入った? その子」

「……おまえには関係ないです。そんな事より、試練を受けさせないとはどういうつもりですか?」

 ふい、と顔を背けるアリスティア。そんな様子がまた面白いのか、シルフィードは笑いながら答えた。

「理由は二ぁつ。一つは、もう一回受けてるから。それなのにもう一回やるのなんて面倒くさいじゃない?」

 ねぇ、と瞳をユクレステに向けるシルフィード。

 彼女の言う通り、風の主精霊の試練とやらならば過去に一度、シルフィードが家の近くに来た時にノリで受けていた。その時はリューナも一緒にいた訳だが、別にガチンコ対決という試練ではなかった。行ったのは、ただの問答。シルフィードが問うてユクレステが答える。ただそれだけの試練だ。

「あの時は、可愛かったわよぉ。私の質問に答えられなくて泣いたりなんかしてぇ。ねぇ、ゆっちゃん?」

「子供相手に大人げないんですよ。子供の純粋な夢に理路整然とダメだしをした挙句、不可能だから諦めなさいと甘く囁く。正直、変なトラウマになってるんですけど」

「くふふ、そうよねぇ? でもそこが可愛かったから私的にはオールオッケーよぉ」

「なるほど。相も変わらず性格がひん曲がってますね」

 吐き捨てるようにアリスティアが言い、ようやく我に返ったシャロンが首を傾げながら声を発した。

「あの……シルフィード様と言えば天上への草原にいらっしゃるのではないのですか?」

 少なくとも、シンイストにはそう伝えられている。風の主精霊は風の起こる場所に居を構えていると。しかしながらシルフィードは首を横に振り、クスクスと笑いながら答えた。

「えー、ずっと同じ所になんていられないわよぉ」

 笑顔で言ってのけるシルフィードに、同じ精霊であるアリスティアがため息を吐いた。

「……精霊にも色々います。私のように一所に座する者、そいつ(シルフィード)のように自由気ままに世界中を渡り歩いている者。特にシルフィードの放浪癖は今に始まったことではないです」

「まあ、変わりの精霊は置いていってるから問題はないのだけどねぇ。これでも世界を回る風の源だもの。なにかあれば飛んで行けるわぁ」

 ユクレステはそこでようやく先ほどアリスティアが言い淀んだ事が理解出来た。天上への草原にはいないのかもしれないと、彼女はそう思ったのだろう。まさかこうして自分から会いに来るとは思わなかったが。


「それでもう一つの理由なんだけどねぇ?」

 話を戻す様にしてシルフィードが言葉を区切る。心なしか真面目な表情をしているように見えた。

 ゴクリと息を飲みながら次の言葉を待つ。

「なんか、私の膝下で鬱陶しい奴らがいるから気に食わないのよねぇ」

「鬱陶しい奴ら?」

「そっ。なぁんか、嫌な風を纏ったような奴らがここ数日、ここら辺をグルグルしてるみたいでねぇ。この辺りを管理する主精霊としてはちょっと、ねぇ?」

「それってもしかして……」

 ユクレステはチラリとシャロンの方を覗き見る。彼女が発見し、襲ってきた連中の事が思い浮かんだのだ。どこか普通ではない様子だったこともあり印象に残っていた。

「だからぁ」

 思考している途中にシルフィードが猫撫で声を披露する。しなを作ってユクレステに近づき、言った。


「私からの試練、そいつらをこの国から追い出したら正式に契約して、あ・げ・る」

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