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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
7/132

同列魔法

 魔界と呼ばれる場所に住む魔物は総称して悪魔族と呼ばれている。その中でも、ロード種と呼ばれる悪魔族は特に力を持った種族であった。彼らは常に闘争を続け、自らを高めていく。その中でも魔界を出て行く者も少なくはなかった。その理由は様々あるかもしれないが、究極的には、オラもっと強ぇ奴に会いにいくぞ、と言った理由からだった。

 こうした悪魔族は一般的に人間と比べて魔力が高く属性魔法にも特化しているため、得意な属性ならば杖を使わずに魔法を行使できるのが特徴だ。一説には、悪魔族の爪や牙がそもそも魔力媒体と同じ力を秘めているからだと言われている。

 まあ、なにが言いたいのかと言うと……

「燃えちゃえ」

「あちゃちゃー!」

 杖なしで魔法が使えるなんてズルイ、人間の魔法使いはそう言いたい訳である。



「聖霊、使い?」

 ユクレステの言葉にディーラは疑問する。聖霊使いのことは魔界にも広く知れ渡っており、名前くらいならば彼女でも聞いたことはあった。しかし、聞く話の大半は眉唾ものな話ばかりだ。精々が、おとぎ話のような存在。それがディーラの知る聖霊使いである。

「そうとも! 魔物を仲間に、いつかは精霊を仲間に、やがては神を仲間にして俺は聖霊使いになってみせる。そのために、俺の仲間になってくれないか?」

「仲間……」

 色々と言いたいことはある。けれど、一つ聞いておきたいことがあった。

「キミは」

「ん?」

「キミは、聖霊使いになってどうしたいの? なにをしたいの?」

 おとぎ話では聖霊使いとは神と同等の力を持っていると描かれている。そんな存在になって、一体なにをしたいのか。強くなることを至上の喜びとする悪魔族は、それほど強力な力を欲する少年が気になっていた。

 それに対するユクレステの答えは、簡単なものだった。

「秘匿大陸に渡りたい。今はそれだけを望んでる」

 笑みを潜めた真剣な表情で、ディーラの瞳を射抜いた。

「秘匿大陸。それって聖霊使いが創ったっていう……」

 セントルイナ大陸の北西に位置する海域。その奥に一つの大陸が存在していた。数百年前、聖霊使いが創り上げたと言われる幻の大陸。だがそこに上陸したものは未だいないという。

 大陸全体を囲うようにして展開される謎の障壁、星のカーテン。海底から空の雲を突き抜けるほどにそびえる高き壁。その存在のせいで今も大陸を調査するどころか、上陸することすら不可能な場所。全てが謎に包まれ、内部を知るのは件の聖霊使いだけなのだろう。

 それ故にセントルイナでは、秘匿された大地、『秘匿大陸』と呼ばれている。

「俺はそこに行ってみたい。そのために、俺は聖霊使いになるんだ!」

 後にも先にも、秘匿大陸に上陸できたのは聖霊使いだけ。ならば、聖霊使いとなれば秘匿大陸への一歩を得られるのではないか。ユクレステはそう考えているのである。

「……よく分からない。でも、ようは旅をしたいってこと?」

「まあ、そうかもしれないな」

 ざっくんばらんな言い方に、今まで熱く話していたことが若干恥ずかしくなる。苦笑気味に頷き、頬を掻いた。

「なら、分かるよ。僕も旅がしたくてここにいるんだから」

 悪魔族、ロード種のディーラ・ノヴァ・アポカリプスは言う。強くなりたいから、旅をしているのだと。

 確かに彼の仲間になれば、新しい大地を旅することが出来るだろう。その過程でもっともっと強い相手と戦えるかもしれない。

 だが、本当にそうだろうか。

「僕は強い相手を望む。たくさんの戦いを望む。キミは、違うんだろう?」

 目の前の少年は確かに強いかもしれない。それでも、ディーラのように好んで戦いを望みはしないだろう。戦闘狂とすら称される彼女と共にいて、果たして道を見失わずにいられるのだろうか。

 それがディーラの言う拒絶の言葉。見ている世界が違うのだと、突き放す。

「そうかもしれない」

 真剣に考えた上で、ユクレステは頷いた。聖霊使いを目指す上で、戦いになることはあるかもしれない。それでも彼は決して好戦的ではなく、むしろ厄介事は出来るだけ避けたいと思うような人間だ。確かに、共生は難しいのかもしれない。

「でも、俺はおまえを仲間にしたいな」

 けれど、それだけで放されているようではそもそも夢など追わない。夢を叶えようとする人間がその程度の厄介事で根を上げることなど有り得ない。

「おまえが戦いを望むんならそれで構わない。俺もとことんまで付き合ってやる。その代わり、おまえには俺の夢に付き合ってもらう!」

 言葉は終わりとばかりに杖を突き出す。これ以上の問答は無用。彼女がなにを望んでいるのか、それを理解しているが故に、ユクレステは挑む。

「戦いを楽しみたいなら付き合ってやるさ、そもそも、力を見せなきゃ仲間になんてなってくれないんだろ?」

 ニヤリと笑い、しっかりと彼女を見据える。相手の表情はよく見えない。だが、それでも雰囲気で伝わってくる。

 とても楽しそうな感情が。

「ハハ、いいよそれ。そんなのでよければ、いくらでも付き合ってあげる。僕は強くなる、そのためにキミを利用しよう。でもその代わり――」

 ふわりと体が浮かぶ。つま先が地面から離れ、空中で静止すると同時に雄々しく翼が開かれた。

「僕に勝てないようじゃあ聖霊使いなんて夢のまた夢だ。夢を叶えたいならば、僕を仲間にしたいならば――僕を超えるくらいはしてもらおうか!」

 悪魔の雄叫びと共に魔力が溢れ出す。純粋なエネルギーとしての力が圧力プレッシャーとなって降りかかる。

「上等!」

 それでもユクレステは引くことはしない。真っ向からそれを受け止め、凶暴な笑みで迎え撃った。


「『ファイア・スピア』、『ファイア・ショット』」

 放たれた炎は先ほどと比べてしまうとどちらも頼りなく、威力も低いだろう。それでも無詠唱で撃てるということを考えれば安定した武器となる。

「突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て『ストーム・ランス』」

 炎の弾丸一つならば普段から展開している防御障壁で事足りる。残る小さな槍を屠るため、風吹く槍を発動させた。

「そっちは止めといた方がいいよ」

 風の槍が炎を消し去り、ホッとする暇もなく、ディーラが素早く突撃した。音もなくユクレステの背後に着地し、ポン、と彼の背中に小さな手が触れる。

「くっ!」

 振り向き様に杖を振るうが、当たる直前に退避する。

「さあ、避けて……ごらん!」

 パッと大きく腕を広げ、そこから溢れる炎の光。腕に描かれた刺青が煌々と輝き、瞬時に陣となって炎を吐き出した。

「『破砕ブラスト』!」

 思考を十六に分割し、その一つ一つに簡易な魔法を唱えさせる。威力は低くなるが、それでもこちらに向かう魔法の向きを変えることくらいは出来る。事実、放たれた炎はあらぬ方向を向く。ほんの一瞬だけ。

「なにっ!?」

 変更された魔法はすぐに向きを戻してユクレステを狙う。それほどスピードのない攻撃とは言え、六つの炎の塊を避けることは困難だ。故に、吹き飛ばす選択を取る。

「刀身鋭き風の刃、嵐の如く斬り潰せ『ストーム・エッジ』!」

 圧縮された風の刃が完成するより早く展開し、振り抜くと同時に暴発させる。溢れた風は炎を吹き飛ばす。

 ユクレステがそれを行っている間に、ディーラは既に詠唱を終え、準備を整えていた。

「『フィブ・エクスプ・ザラマンダー』!」

 彼女の周囲に現れた赤い光を放つ玉。ビー玉程度の大きさしかないくせに、そこに込められた魔力は濃密なものだ。瞬間的にマズイと判断したユクレステは、急ぎ杖に魔力を通した。

「い、け!」

「守り手は暴風、緩やかにあれ『ストーム・ウォール』!」

 出来得る限りの最速で風の障壁を前方に展開。同時に光の玉が一つ、障壁に触れた。

「――っ!?」」

 瞬間、爆発。

 轟音と共に、凄まじい熱量が一斉に飛び出した。爆発による炎が障壁を貫通しユクレステに降り注ぎ、着ている服に焦げ跡を残す。だがそれを気にしている暇はない。次に来る衝撃に備え、さらに障壁を強固にしようと前方に風を密集させる。そして思考を分割、新たに上級の防御障壁の詠唱を始める。

「守護なる巨城」

「それは悪手」

「悠久を――え?」

 眼前を飛んでいた光の玉が突然軌道を変え、障壁が貼られていない背後へと回った。思わず声が漏れるが、轟音によって呑み込まれる。

 炎の爆炎がユクレステの体を吹き飛ばした。最低限の魔力で守られた肉体はボールのように宙を舞い、一瞬の後地面に叩き付けられる。しかし攻撃はそれだけでは終わらない。

「ガ、ッ――!」

 三度目、四度目の破壊の音。そこでようやくなにが起きたのかを理解した。

(あの時俺に触れたのはこのためか!)

 己の背中に感じるディーラの魔力に気付き、舌打ちする。

 魔法点マーカー魔法印サインと似た魔法で、対象に印を残し、観測するための魔法のことだ。ディーラはそれを応用し、ユクレステを魔法の的にでもしたのだろう。これによって彼女の使用する魔法は全てその魔法点マーカー、今回で言えば、()()()()()()()()を目指して放たれるのだ。

「ゲホ、『ウインド・シールド』」

 木に寄りかかって背中を隠し、眼前に小さな風の障壁を展開する。欲を言えば、最低でも中級レベルの障壁を張りたかったのだが、そんな時間がないことは分かっていた。故に低レベルとは言え、即座に展開出来るものを選択する。

「ラスト一個。い、け」

(来る!)

 視界の端に光点が移る。そこに意識を集中させ、衝撃に備えた。

 その直前、なにかがユクレステのすぐ側に突き立った。

 刹那、

「海の牢影」

 透き通るような声が耳を震わせた。

 爆炎を呑み込むように巨大な水球が現れ、魔法が炸裂するより先に萎んでいく。ディーラは驚きに目を丸くし、ユクレステはその魔法に安堵する。

 そして、痛む身体を押さえながら立ち上がった。

「サンキュー、マリン」

「ホントだよ、まったく」

 ただの一言を互いに交わし、己の仲間である人魚姫と視線を交差させる。大木に刺さったロングソードが目につき、それに巻かれたアクアマリンのネックレス。どうやら、だれかがあれを投げてマリンをここまで送り届けたのだろう。そしてそれを成した人物は、既に次の行動に移っていた。

「その子は――って、わっ」

「やぁあああ!」

 頭上から降ってくるように重たい剣がディーラを襲う。それを寸での所で回避し、そちらへ顔を向ける。

「キミは知ってる。あの子の仲間」

 ドスンと倒木をへし折った少女、ミュウが悔しそうに上空を睨みつけ、地面に深々と埋まった大剣を引き抜いた。

「ご主人さまをイジメル人は、許さないです……!」

「いや、別に俺いじめられてる訳じゃないんだけど……まあいいか」

 ハァ、とため息を吐くように吐息し、笑みを浮かべた。

「でもよかった。二人共、無事みたいだし」

 怪我らしい怪我は見当たらない。マリンはずっと宝石の中にいたのだろうから当然として、ミュウも大きな怪我はなさそうだ。パッと見で、頬に少しの切り傷があるくらいか。

「その二人がキミの仲間?」

「まあね」

「あの三人、もう負けたんだ。死んだ?」

「えっ、殺したの?」

 思わず見やる。

「い、いえ、その……」

「あー、多分死んでないと思うよ。すっごい吹っ飛んで行ったけど、湖に落ちたっぽいし。って言うかミュウちゃん苛めないでよね」

 慌てるミュウをフォローするようにマリンが口を開き、非難するようにジト見する。

「う……ご、ごめん」

「あ、いえ……」

 すまなそうに顔を伏せるミュウに、ユクレステは決まり悪く謝罪した。

「そっか、生きてるならいいよ」

 割とドライな性格っぽいディーラは特に慌てたようなことはなく、二人の乱入者を観察する。

 一人は、今自分へと斬りかかってきた黒髪の少女。確か名前は、ミュウと呼ばれていたか。匂いから人間ではなく、自分たち悪魔よりであると判断できる。若干耳が長いので、エルフなのかもしれない。そんなことよりも驚くべきは、ディーラの仲間であった大男が持っていた大剣を、小柄な彼女が易々と振り回していることだ。見た目通りの力ではないのだろう。若干動きに違和感があったところを見ると、足を怪我しているのかもしれない。

 そしてもう一人は、下半身が魚の少女。恐らくは人魚族。それがどうやってここまで来れたのか気になるところだ。実力で言えば彼女が一番高いだろう。自分の魔法を、一つとは言え消し去った手腕は見事なものだった。それも、十全の実力を発揮できない陸地で、だ。

 なるほど、中々に強そうだ。けれど、ディーラは彼女たちをさほど危険視していなかった。

「……あ、もうダメ、マスター」

「ってマリンさん!? ちょっと早すぎやしませんか!? もうちょっとがんばろうよ!」

 睨み合いの中、人魚が早々にダウンした。慌てて抱きとめるユクレステ。

「いや無理だって……人魚は陸上での行動を想定してないもん。肺呼吸は出来るけどこんな蒸し暑いとこにいたらすぐに蒸し焼きになっちゃう……リアル人魚蒸し焼き料理になっちゃうから……」

 このように、人魚がまともに行動できない場所であるのに加え、この辺りはディーラの猛攻により水蒸気すら焼き尽くされた状態にあるのだ。既にマリンは戦闘不能と考えていいだろう。

 そして残るは大剣を担いだ少女。中々に実力がありそうだが、まだまだ粗が目立っている。ディーラに取ってはそう難しくない相手だ。だが、

「ねえ、その子も加えてもっかいやる?」

 それはそれで、面白そうだ。

「魔物使いなら魔物と一緒じゃないと本気出せないよね? だから、キミも僕と楽しもう?」

「ひぅ……!」

 ニィ、と口の端がつり上がる。それに恐怖したのか、ミュウが一歩後ずさった。一度の戦闘を経験したと言っても、ディーラの気迫を前にしてはそれもないのと同じだ。怯える彼女を前に、逆にユクレステは一歩前へと踏み出した。

「そうしてもらいたいのは山々だけど、生憎とこの子はまだまだ修行中でね、おまえの相手はまだ務まらない。だから今回は遠慮させてもらうよ」

 ポン、とミュウの頭に手を乗せ、笑い返す。

「ご主人さま……!」

「いいんだよ。おまえはこれからもっと強くなればいいんだから」

 なにかを言いたそうにしているが、ユクレステはそれを遮った。まだ覚悟の整っていない者が相対するには、少々厳しい相手なのだ。ミュウが戦闘に参加したとして、今の彼女では余計な怪我を増やすだけ、もっと悪ければ、戦いに対して大きな傷を残す結果になるかもしれない。

 それに、

「これは俺とあいつの勝負だからな。まあ待ってろよ、勝ってあいつを仲間にしてみせるから」

 半ば、魔法使いの意地もあった。

 確かに自分は魔法使いとしては大した実力ではないのかもしれない。それでも、同じ魔法使いとして、キッチリと勝敗をつけてみたいと、そう思ってしまったのだ。

「そういう訳だから、マリンを頼む。危ないから一応離れててくれな?」

「ってかマスター、また勧誘活動? お願いだからちゃんと手綱を握れる相手を選んでよね……」

 抱きとめていたマリンをミュウへと預け、背を向けながら笑って言う。なにも言うことができず、黙っているミュウと、やれやれといった感じで嘆息するマリン。

「……しょーがない。マスター、行っといで」

 なにを言っても無駄だと悟ったのか、マリンはユクレステの背中を軽く叩く。同時に、パリンと術式にヒビが入る音がした。

「ご主人さま……ガンバって、下さい!」

「ん、サンキュー、二人とも」

 魔法点マーカーが破壊され、軽くなった背中に二人分の視線を浴び、二つの杖を持ってユクレステは戦場に舞い戻った。



「よかったの?」

 上空からふわりと降りてきたディーラが眠たそうな目でこちらを見つめている。

「なにが?」

「あの子たちの力を借りなくて」

「まあ、ね。マリンはご察しだし、ミュウじゃあまだ戦えない。だから、これが最善だ」

 片方の手に長い杖を持ち右手には先ほど投げられたロングソードが握られている。おかしな二刀流だが、ユクレステは至って真剣だ。

 一瞬の沈黙。そして、

「『ストーム・カノン』!」

 全てを押し潰す暴風が吹き荒れた。

 詠唱を破棄しているため威力は低めだが、それでもなお強烈な風の砲撃が一直線にディーラに向かう。それに慌てず、空中へと飛び上がった。荒れる暴風によって吹き飛ばされるが、それでも構わず羽ばたいた。

「ハハハっ! 炎熱せし朱の弾丸『バレット・ブレイズ』」

 制止するようにではなく、風に逆らわず飛ぶ。彼女は既に頭上高くを旋回していた。

「『破砕ブラスト』!」

 魔法印(マーカー)はもうない、直線的な魔弾くらいならば破砕ブラストの魔法で弾き返せる。工程を終え、すぐさま迎撃に向かう。

「炸裂せし風雨の意思、侵攻多くを奏でよ精霊の華、新たなる風を刻み込め『エクスプ・シルフィード』」

 杖の先から翡翠色のビー玉大の大きさの光の玉が生み出される。ユクレステはそら高くにいるディーラに向けて、その光の玉を放った。

「『ファイア・スピア』」

 火の槍が玉を遮るように展開され、それに接触した光の玉が砕ける。同時に、凄まじい風の爆発が起こった。

「クソッ! 空から攻撃され続けたらジリ貧だ、それなら――」

 杖を掲げ、呪文の詠唱を開始する。幸いディーラは風の爆発の余波に吹き飛ばされ、上手くこちらに近寄れないでいる。

「守護なる巨城、悠久を流れる愛しき風よ、わが身わが心にあれ『シルフィード・ルーク』!」

 本来ならばシルフィード・ルークはストーム・ウォールと同様の障壁系の魔法でだが、ユクレステは今回、自身を中心として目いっぱいにその効果範囲を広げていた。その結果出来上がったのは、風のドーム。

「なるほどね、これなら無制限に空を飛びあがることは出来ない」

 風のドームに阻まれ高度を下げ、その隙を狙って風の弾丸が放たれた。

「でも、負けない。突貫せよ逞しき炎、その熱き切っ先にて敵を燃やせ『ブレイズ・ランス』」

 炎の槍が顕現し、周りの風を焼いていく。それほどの高温な槍を、ディーラはこともあろうに引っ掴んだ。

「セっ!」

 魔弾を焼き払い、羽を動かしユクレステへと突貫する。

「げっ!?」

 驚きつつも、寸でのところで炎の槍をロングソードで受け止めた。

「あ、熱い熱い! ディーラは熱くないのか!?」

「僕悪魔だし、これくらいは全然」

 ディーラの半目がユクレステの瞳とぶつかり合う。ロングソードが段々と赤熱し、柄の部分にまで熱が伝わってくる。

「あっちぃんだってば!」

 後方に退避しながら思わず手を離してしまう。赤々と色を変えた剣が地面に落ち、武器を失ったユクレステは慌てて杖を右手に持ち替え――――その前にディーラが深く笑った。

「もらった……!」

 凄絶な笑みが彼女の顔面に張り付き、小さな体は槍を引く。既に魔法の効力が薄らいできているためか、炎の槍の輪郭は崩れている。それでもディーラは無理やり魔力で穂先を固め、眼前の相手に向けて力の限り突き出した。

 だが、

「ッ、らぁああ!」

「――――!?」

 槍は拳によって霧散した。

 もとから陽炎のような姿だったのもあってか、ユクレステの拳で払われた槍は僅かな残滓と共に消え去った。

「なんで――っ!?」

 いかに消えかけの炎の槍とは言え、生身で触れて無傷であるはずがない。それなのにユクレステは変わらない腕で杖を持ち直していた。

 いや、変化はある。

「装甲魔法!?」

 彼の腕を覆う僅かな魔力。魔法使いが近接戦を行う際によく使われる、単純に腕を保護する魔法。それも、注視しなければ分からない程に薄い魔力で展開されていた。

 羽を使い、滑るように後方に退避する。しかしそれは、

「誘われた――」

 気付いた時にはもう遅い。ディーラが下がり、ユクレステも下がる。その距離は約二十メートル。

 ユクレステにとって魔法を撃ち合う、最適の距離。

「風光明媚にして威なる風の精霊」

 ユクレステが口にする声に対して、訳もなく震えが走った。

 瞬時にディーラが構える。

「気炎を吼えし屈強なる炎の精霊」

 両手を突き出し、魔力を溜める。紡がれる言の葉が森中に満ちて行く。

「気高き杯を満たす優しさの根源、全てを包み――」

「力強き杯を満たす力の根源、全てを壊し――」

 ディーラの眼前に凄まじい量の魔力が満ちて行く。出来得る限りの最速で収縮した魔力が、段々と熱を帯びて陣を描いた。そこから現れる、くれないの核。

「今解き放て――」

「今解き放て――」

 対してユクレステの前にはみどりの核。

 その二つが大きく脈動し、膨大な力の奔流が吹き荒れる。


「『シルフィード・バスター』!」

「『ザラマンダー・バスター』!」


 力ある言葉に従い、二つの力の根源からそれぞれの属性が吐き出される。みどりの核からは翡翠の風の砲撃が、くれないの核からは紅蓮の炎が砲撃として放たれた。

 両者の力は勢いよくぶつかり合い、その余波で木々が悲鳴を上げている。

「ぐ、ぐぅ――!」

「っ、――!」

 二つの魔法の砲撃戦において、杖と言う補助があってなおディーラの方に分があった。拮抗していた時間は僅か数秒、徐々に紅の力が翠の力を押し戻して行く。

「は、はは――」

 ディーラは勝ちを確信した。自分の力を誰よりも知っているからこそ、この撃ち合いでの敗北はないと疑わない。

 だからこそ喉の奥から笑いが零れ、だからこそ、思考から今までの戦いが抜け落ちてしまっていた。

「風光明媚にして威なる風の精霊、気高き杯を満たす優しさの根源、全てを包み、今解き放て――」

「えっ!?」

 ユクレステの得意とするのは思考の分割、呪文の並列使用。彼の口から、新たなる呪文が聞こえてくる。

「同属同種の魔法? そんなことをすれば――!」

 魔法における大前提の一つにこんなものがある。

 同じ魔力変数でまったく同一の呪文を唱えた場合、互いを打ち消し合ってその魔法が消滅する、と。つまり、一人の人間が並列に同じ魔法を唱えた場合、魔力同士の相反作用で呪文がキャンセルされるのだ。そんなことは魔法を使う者たちにとって常識であり、これだけの技量を持ったユクレステが知らないとは考えられない。

「『シルフィード・バスター』」

 ディーラの思考とは別に、左手に持った小さな杖から先ほどと同様の翡翠色の核が作り上げられる。だがそれは、もう片方の魔法と反発し合い、強大な風の力は唐突に消滅した。

「……えっ?」


 ――同時に、紅の炎までも。


 相手の風の魔法が消えたのは理解できる。全くの同呪文を並列に唱えたのだ、魔力の反発が起こり消え去ったのは分かった。では、なぜこちらの魔法も同様に掻き消えたのか、消えた魔力の欠片が煌めく中、ディーラは困惑した表情を作る。

「グッ!」

 呆然としていたディーラはグイと押し倒され、銀の切っ先が喉元に置かれた。その視線の先には、ロングソードを片手に見下ろしているユクレステの姿。どうやら、魔法が消えた瞬間、既に動いていたのだろう。落ちていた剣を拾い、魔力の残滓が漂う中彼女を倒すべく。

「なにを、したの?」

 勝敗のことなどもはや頭になかった。なにが起きたのか、それを知りたくて堪らない。喉元に剣を突き付けられていなければ詰め寄っていたかもしれない。

「別に特別なことはしてないよ。並列して同魔法を使用、そうすると、一定の範囲で一瞬だけ魔法が使えなくなるフィールドが発生する。それを利用しただけさ」

「そ、んなことが起きるの?」

「そうだ。と言っても、発見したのは本当偶然だったんだけどな。どうも並列した同魔法……同列(キャンセル)魔法を使用すると魔力に対してジャミング効果のある波動が拡散するみたいなんだよ。それも、小さな魔法じゃ大した大きさのフィールドは作れない。これは主観だけど、中級魔法だと二メートルくらい。精霊上級魔法で二十~二十五メートルくらいだと思う」

 ユクレステの説明に驚きの色を隠せない。ただの魔法の失敗と思っていたものにそれだけの効果があるとは思ってもみなかったのだ。

 もちろんこの同列魔法、だれにでも出来るようなものではなく、同じ魔法を同じ魔力、同じ力で発動させなければジャミング効果は得られないようである。ユクレステが並列魔法を得意としていたために行使出来ているのだ。

 それを聞き、ディーラは吐息する。力は勝っていた、場数もこちらの方が上である。それでも負けてしまうのが戦いの面白いところなのだろう。

「僕の負け、だね」

 一息いれ、彼女は敗者とは思えないほどに朗らかな笑みで負けを認めるのだった。

 難産でした……

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