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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
67/132

魔晶石

 シンイストの街を歩きながら周囲の景色を眺める。広い敷地に木造の平屋が幾つも並び、民族衣装を着た店の人間が客引きをしていた。そのうちの一人から魔法店の場所を聞き、揚げパンを二つ買ってディーラに手渡した。

「街の奥の方にあるんだってさ。結構入り組んでるから、迷わないようにって」

「そだね。まあ、迷ったら飛べば良いし」

 チラリと自分の背中を眺め見ながら、冗談めかして微笑する。ユクレステ的にはあまり目立つ真似をして欲しくはないのだが、それが最後の手段であるのも確かだ。苦笑で返しながら、そう言えばと口にした。

「寒いのは大丈夫か? リーンセラほどじゃないとは言え、ここも結構寒いからな」

「ん、平気。こっちの空気はカラッとしててそこまで寒く感じないから。雪も降ってないし。あ、あそこ?」

「そうみたいだな」

 リーンセラとアークスを分断する山脈のおかげか、アークス国はあまり大雪には見舞われない地形にある。そのためかは分からないが、氷精霊が極端に少ないのだそうだ。あるいは、風精霊の領域テリトリーだからか。

 のんびりとした風を受けながら、二人は魔法具店へと入って行った。


 薬品の独特の匂いが鼻腔を刺激する。壁際にはいくつもの魔法具アーティクションが並び、カウンターの向こうには杖が飾られていた。

「すみません、魔法術式が付与されたローブってありますか?」

「はいはい、いらっしゃいませー。ローブですね、少々お待ちを」

 優男風の店員がニコニコと営業スマイルを浮かべながら立ち上がる。手に数枚のローブを持ってユクレステに対応した。

「こちら今話題のゴールドローブです。お客様に良くお似合いかと」

「い、いえ。もう少し落ち着いた色の物が良いんですけど……」

 通常、魔法使いのローブと言えば白だ。もしくは、白を基調として薄い紅や藍色の刺繍が縫われたものが多い。たまに使用する属性が一目で分かるような真っ赤な物や真っ青のローブを着る人物もいるが、ユクレステが愛用するのは至って普通の品である。そんな彼に、目に痛いほどの光を放つ金色のローブを着用する勇気はない。

 初めから冗談だったのか笑いながら金色のローブを仕舞い、三着のローブを取り出した。真っ白なローブが二着と、薄い桜色の者が一着だ。最後の一つはミュウが使用している物に似ている。

「こちら、一般的な耐寒、耐衝撃の魔法印が縫い込められた物となっております。また、こちらの品はルイーナ国で人気をはくしていて、女性の方に大変人気となっております」

「ははは、俺は男ですから最後のはいりませんよ?」

「なんと」

「なにがなんとだこの野郎」

 ニコニコと吐き捨て、ジッと二着のローブを見る。二つに大した違いはないようなので、僅かばかり大き目のサイズを購入する。これからの成長に期待する学生のような気持ちでそれを受け取った。


「さて、こっちはこれで良し。ディーラはなにか欲しい物とかあるか? 多少なら無茶しても大丈夫だぞ?」

「ん、そうだね……」

 振り向いて見れば、ディーラは店の一カ所をジーッと見つめていた。なにがあるのかと背中越しに品物が置かれた棚を覗き込む。

 ナイフの柄に赤い石が取り付けられており、少し離れて見れば赤い刀身のナイフのようにも見える。しかし実際はそんな加工はされておらず、落ちていた石をつけ合わせてみただけの外見だ。

 目を逸らさずそれを見つめるディーラの姿に、ユクレステは首を傾げながら尋ねた。

「これ、なんなんだ? 魔石っぽくはあるけど……なんか違うような……」

 魔石とは読んで字の如く、魔力の込められた石である。自身の魔力を一時的に増幅ブーストしたり、足りない魔力を補ったりと様々な用途のある万能石だ。惜しむらくは、セントルイナ大陸において産出量が極端に少ないため、かなり高価な品であると言う事と、一度使えば壊れてしまう消耗品であると言う事だろうか。

 流石にそんなものを購入する事が出来ないユクレステは、冷や汗交じりにそれを見つめた。

「ああ、それは魔晶石ですね」

「魔晶石?」

「ええ。魔石程汎用性はないのだけど、特定の属性に対して増幅ブースト効果のある石です。使えばすぐに消えてしまう魔石と違って半永久的に使えるのも強みですね。まあ、数時間~数日のチャージ期間が必要ではあるんですが。ちなみにそれは火属性に効果を発揮する晶火石ですよ」

 店主の説明に段々とディーラの目が輝いていくのが分かる。半分閉じたような目をしているくせに、器用にも瞳に星を出現させていた。

 ユクレステはもう一度晶火石を眺め、店主に問いかけた。

「あのー。これって幾らくらいするんですかね?」

 魔石に似た特性なのだからさぞかし高いのだろう。そう思っての質問だったが、店主は首を横に振った。

「実はそうでもないんですよ。まあ何と言いますか、普通の魔法使いなら買わないようなものなので……」

「買ったー!」

 店主の言葉の途中でドタン、と扉が開き、バタバタと入って来た女性がディーラの見ていた晶火石を奪い取る。あ、と声を上げたディーラを無視するようにして、カウンターに叩きつけるようにして置いた。

「これあたしが買ったからね! あんた達はまだ買うって言ってなかったんだからあたしのよ? 文句ある!?」

「えっと、あの……」

 捲し立てるように早口でそう言うと、威嚇するように二人を睨みつけた。まるで猫が威嚇するような所作に、呆気に取られるユクレステ。ディーラは少々不満そうな顔をして彼女を睨んでいる。

「って言うかお願い、譲って! これ以上いらない子扱いは嫌なのよぅ!」

 と思ったら今度は突然泣き出した。これには流石のディーラも目をパチクリと瞬かせる。情緒不安定な茶髪の女性は、ロングワンドを持っているところを見ると魔法使いなのだろう。だがどこか軽い身のこなしをしており、腰に下げたナイフからもシーフとか短剣使いとかそこらの職も兼用しているのかもしれない。

 思い切り頭を下げる女性が哀れに見え、譲ってあげても良いかなと思い始める。しかし、それを言うより早く店主が話を切り出した。

「申し訳ありませんが、そちらの品は普通の魔法使いの方は使用できないと思いますよ?」

「……へっ?」


「つまり、この魔晶石って言うのは魔力媒介を経由した魔法だと発動しないってことですか」

「はい。その通りです」

 店主の言葉を簡単に意訳したユクレステは、確かにこれは普通、使わないだろうなと思考する。正確には、杖や魔力媒介を持った魔法使いはだが。

 一般的に人間の魔法使いは魔力媒介を使用して魔法を発動させる。なぜならば、ただの人間に魔力を効率よく伝導させることなど、土台無理な話だからだ。百の魔力を使っても、魔法が発動する時には二十や三十にまで目減りする。それを防ぐのが、杖やそれに準じた魔力媒体だ。魔力媒体を経由させれば、魔力は目減りすることはなく、むしろ魔力媒体によっては二百にも三百にも増加する。

 あの魔晶石がどれだけの威力増強するのかは分からないが、それでも魔力媒体無しでの魔法行使よりも威力が上がるような事はないだろう。

「そ、そうだったのね……」

 ガクー、と項垂れる女性の姿に若干の哀愁が漂っている。カウンターに置かれた晶火石を手に取り、ジッと見つめた。

「ディーラ、どうだ?」

「……ん、調子良さそうだね。杖を使うよりもこっちの方が僕には合ってる、かな?」

 しかし例外として、魔法使いでなければ魔晶石も役に立つ事がある。魔力媒体を必要とせず、己の身一つで魔法を行使することの出来る存在。すなわち、ディーラ達魔物の事だ。

 そもそもなぜ魔力媒体を経由した魔法使いでは使用できないのかと言えば、それは自身の魔力を一度別の存在に経由させているからだ。そうしてしまうと魔力は二つの魔力に晒され、結果、魔晶石が発動しなくなるのだ。しかし自身だけで強力な魔法を発動させてしまえる魔物ならば、不純物の一切ない魔力だから増幅ブーストさせることが出来るのである。

 まあ、極稀に人間であっても魔力媒体を使用する必要が無いような人物がいるのも事実ではあるのだが……そんな者がそこら中にいるわけでもなし。具体的には、太陽姫など。

「そっか。じゃあこれも下さい」

「はい、毎度あり」

 清算を頼んだユクレステ。そんな彼の耳に、これ見よがしに泣き声が聞こえてくる。

「うぅ、せっかくこれでもう少し役に立てると思ったのに……魔法使いなのに大した魔法も使えないってバカにされて、やらされるのは大抵食材探し。あたしだって、あたしだってもうちょっと使える所を見せたいんだからね」

 正直知ったこっちゃねーんですが、あまりにもうるさいのでチラリと彼女を見る。ふと、その手に持つ杖を視界に入れた。

「ん……?」

 はて、と首を傾げる。先ほどこの女性は火属性を増幅ブーストさせる魔晶石を買おうとしていたはずだ。可笑しいな、と首を傾げながら声をかけた。

「えっと、ちょっと良いですか?」

「あによ」

 ジロリと睨まれ、一瞬やっぱり放っておこうかと逡巡する。結局好奇心に負け、言葉を続けるのだが。

「あなたの得意属性って火なんですよね?」

「そうだけど、それがなに?」

「いや、なんでそんな杖を持ってるのかなーって」

 チラリと杖に視線を向け、尋ねる。なんの事だか分からず、女性はムッと不機嫌そうな顔をした。

「なによ、あたしじゃあこの杖は役不足だっての? 良いでしょ別に、これはあたしの先輩冒険者がくれた良い杖なんだから」

 女性の話によれば、以前組んでいたパーティーの魔法使いが引退する時に譲ってくれたものなのだとか。それだからか、と一人納得するユクレステはジトっとした視線に促されるままに言葉を紡いだ。

「えっとですね、人には向き不向きの杖があるのはご存じですよね?」

「……そうなの?」

「……そ、そうなんです」

 一応魔術学園最初の方で習うんだけどなぁ、と思うが、一先ず置いておくとして。

「あなたは火属性が得意なんですよね? そうなると、杖として魔力媒体が火属性の物が推奨されるんです。一般的に」

「へー。で?」

 その平坦の声の調子に、本当に分かってるのか不安になるが、つまりである。

「いや、なんで水属性の魔力媒体使ってんですか? そんなの使ってれば火属性の魔法の威力、軒並み半減しますよ?」

「…………え?」

 呆然とする女性の手からヒョイと杖を抜き取り、マジマジと見つめる。外観はヒエデの樹、中心となっている魔力媒体は海竜シードラゴンの角と髭。杖としてみれば一級品も一級品。これを売りに出せば小さな家が一軒建つ程のものだ。どうやら、これを使っていた人物は余程腕の良い魔法使いだったのだろう。

 だがユクレステは知らない。その魔法使い、今は頭を丸めて尼寺で健やかに暮らしていると言う事を。

「え、つまりそれは……私の腕があれなのは杖が悪い、と?」

「まあ、一概にそれだけが原因かは分かりかねますが、一つの要因にはなってるでしょうね」

 ぽけーっとした顔で話を聞いていた女性は、必死に頭の中で整理しながらそう口にした。ユクレステとしても頷くことしか出来ない問いに、素直に首を縦に振る。

「な、な、なによそれー!」

 女性の悲痛な叫びがシンイストの街に木霊した。


 女性はアミル・カートリッジと名乗った。今は冒険者仲間と一緒にこのシンイストの街に訪れており、自由時間を与えられて自分の力をなんとかするために魔法店に寄ったのだそうだ。

 どうにも魔法の基礎について曖昧な記憶しかなかったアミルに簡単な、それこそ、魔術学園でも一年生が習うような事を懇切丁寧に教えていく。その間にディーラは晶火石の具合を確かめるように柄を握って瞳を閉じている。

「はー、なるほどねー。それじゃあ属性に向き不向きがあるように杖の魔力媒体にもそういうのがあるのね?」

「そう言う事です。見た感じ、ドラゴン系の魔力媒体はあんまり相性良く無さそうですし、取りあえずこれを試してみたらどうでしょう?」

 そう言ってロングワンドの一つを手に取り、彼女に渡す。外観は以前使っていた物と似たものだが、杖の先には赤い宝石がはめ込まれている。使用されている魔力媒体はフレアスピリットと呼ばれる、火の精霊の核だ。とても珍しく貴重な物で、中々手が出ない値段ではあるが、これまで使っていた海竜シードラゴンの杖を下取りにすれば僅かな金額で事足りる。どうやら手に馴染んだようで、喜色を見せて杖を抱いた。

「ありがとー! なんかスッと魔力が入る感じがするわ!」

「今までが今まででしたからね」

 話によると、彼女は確かに腕の良い魔法使いではないようだ。下級魔法も火属性だけならばある程度使用できるが、中級魔法になると一つの呪文しか唱えられないらしい。しかし、それでも魔法薬マジック・ポーションがあれば大抵の魔法を使えるという事から才能が無い訳ではないのだろう。事実、相性の悪い杖でそれだけ出来れば大したものだ。

 そう考えると、こちらもあれば便利かもしれない。ヒョイと拾い上げた物を、アミルへと渡す。

「んー、だったらこれも買っといた方が良いかな?」

「それ? え、でも杖ならもう買ったじゃない。高いやつ」

「高いから使える、って訳じゃないですし、これは別に戦闘に使うようなやつじゃないですよ。練習用にってことです」

 手渡した小さな杖は作りは荒く、魔力媒体も弱いものだ。けれど、その杖を使って魔力の流れをコントロールする術を学べばより効率的に魔法を運用することが出来るだろう。そう言えば昔アランヤードに同じような事を教えたなぁと思い返してみる。

「ふーん。まあそれでもうちょっとでもあのすかした顔を見返せれば安い買い物よね。うん、それやってみるわ」

 そのすかした人物が彼女の旅の仲間なのだろうと予想し、好奇心交じりに聞いてみた。

「え? そりゃーもう終始ムッツリした顔して毒ばっか吐いてあたしの事を使えないだの料理番だの悪口しか言えなくて、おまけに計算も大して出来ないくせに冒険者やってるからあたしがわざわざ教える羽目になってね、常識も足りないし……それでもちょっとした感情の変化が可愛い所があるしなんだかんだで気に掛けてくれる、優しくて鈍くてムカつく奴よ」

「あ、そっすか。お幸せに爆発しろ」

 なんか惚気が返って来た。さらに聞いて聞いてと擦り寄って来るので、正直ウザいなと思ったり。

 まあ、幸せそうな顔をしていたのでなにも言わなかったが。



 魔法店を出たユクレステは、ディーラと共に宿へと戻ろうとしていた。同じく、アミルもユクレステ達と同じ宿を取っているようなので同じ道を歩いている。

「せっかくだし晩御飯奢るわよ? あんたのおかげで長年の悩みが消えた訳だし、それくらいはね?」

「まあ、奢ってもらえるんなら遠慮なくそうしますけど……なんで今まで分からなかったんですか? 学園に通ってたらだれでも教えてくれるでしょう?」

「いや、その……あたし魔術学園中退で……授業とかもあんまり出てなかったし……」

 しどろもどろに言い訳をするアミルに、ユクレステの冷めた視線が突き刺さる。クッ、なんて言いながら顔を背け、話題を逸らす様に一つの店を指差した。

「あ、あそこに美味しそうなお菓子が売ってるわよ? 買ってあげるわよ?」

「いえ、夕食奢ってもらう訳ですからそっちは良いです。……あ、でもマリンにお土産買わないといけないんだっけか。すみません、ちょっと待ってて下さい」

「ご主人、僕も一つ」

「はいよー」

 せっかくなのでユゥミィ達の分も購入する。以前リューナが取りよせたこともある豆大福を買い、宿へと戻った。


 宿の扉を開け、視線を周囲に向ける。どうやらまだミュウ達はまだ返って来ていないようで、一度アミルと分かれて部屋へと戻った。

「んじゃ、今日はその人の奢りなの!?」

「流石に全部奢ってもらうつもりはないよ。こっちは人数多いし、良く食べる奴もいるしな。ってことで、ユゥミィはもう大丈夫か?」

「ん、大分楽になったぞ。ここは風が気持ち良いからかな? 結構すぐに治った」

 豆大福を頬張りながら二人の言葉を耳に入れる。パッと見でも平気そうだと判断し、ユクレステは皆を連れて一階へと降りて行った。

「あ、こっちよ、ユクレステ」

 既に準備を終えて待機していたアミルが大きな声で呼ぶ。苦笑を一つ、ユクレステ達は彼女に近づいた。

「すみません、まだこっちは全員そろってなくて。もう少し待って貰っていいですか?」

「いいわよ。あたしん所もまだ帰ってなかったから。まったく、いつまでぶらついてんのかしら」

 頬を膨らませ連れに文句の言葉を言うアミル。文句の割に表情はウキウキと帰りを待ち望んでいるようだが。

 それを言えばミュウ達も少し遅い。あまり問題を起こすような子達ではないので心配はしていないが。

 あるとすればシャシャ絡みで問題がやって来るような事だが、そちらはなんとも言えない。例えば、ジルオーズ家がシャシャを連れ戻しに来たり、戻ると言い出したりとかだが……。

(シャシャ本人がジルオーズ家の繋がりを拒絶しているみたいだし、それはないか)

 本気で嫌そうにしていた彼女の表情を思い浮かべて首を振る。最悪、風の主精霊についてジルオーズ家に尋ねてみることになるかもしれないが、その時シャシャは付いて来ないだろう。

「あ、帰って来た!」

 嬉しそうなアミルの声に意識を戻す。彼女の視線を追うように、ユクレステもそちらへ顔を向けた。

「遅いわよ! こっちはお腹空いてるんだから早く来なさいよね!」

「無茶を言うな……これでも急いだ方だぞ?」

「そうなの? へぇ、急いだんだ……ま、まあ当然ね! このあたしが待って上げてたんだから! 感謝しなさい!」

「なんだこの理不尽……」

 攻勢なのはアミルの方だった。もう一人の男はげんなりとした表情で彼女の声を受け流しながら明後日の方向を向いている。

 視線が合った。

「ん? あ、そうだ。今日はこの子達とご飯を食べに行くつもりなんだけど、別に良いでしょ?」

 ニパッ、と笑みを見せる彼女の表情は、連れの男の視界には入っていなかった。ただ驚いたようにユクレステを向き、同様の表情でユクレステも彼を見る。そして、コホンと咳払いをして、

「久し振り、元気してたか? ウォルフ?」

「お前、なぜこんな所にいる。ユクレステ」

 白髪の魔物使いに声をかけた。

「えっ? なに、知り合いなの?」

「……ご主人、だれ?」

「うぅん、どこかで見た事あるような……」

『うん、ユゥミィちゃんは合ってるっていうかバトったんだけど……まあ、ユゥミィちゃんだし忘れてるよねー』

 マリン以外は首を傾げているが、厳密には出会っていないのはディーラとアミルだけだ。

 ウォルフは三白眼をさらにキツく尖らせ、口を開く――


「ご主人さま!」

 ――よりも早く、扉を軋ませる勢いでミュウが入って来た。

「ミュウ? どうかしたの? って言うか……その子は一体どちら様? シャシャ、な訳はないよな?」

 それも、彼女が守るように一人の少女を抱えていた。ミュウの顔には汗りの表情が浮かび、今ここにシャシャが居ないことも理由の一つなのだろう。

 無意識の動作で杖を取り出し、ユクレステが扉の外を見る。刹那、メキメキと音が上がった。

「ッ! ユゥミィ、ミュウ達を守れ!」

「応! 解錠アンロック変身チェンジ!」

 扉の横の壁を破壊しなにかが現れた。ユクレステはその吹き飛ばされた影を抱き止める。

「い、たぁー! ……って、あれ? ユー兄さん?」

「シャシャ、これは一体何事?」

 腕の中のシャシャの顔には幾筋もの赤い線が走っていた。ハッとユゥミィの方へと振り返る。

「ぬ、くぅ! きかーん!!」

 そこには飛来したナイフをその身に受けながらも仁王立ちの全身鎧ユゥミィがいた。ユクレステの指示通りミュウ達の壁になっている。無駄だと判断したのかナイフの雨は止みユクレステは急ぎ外へと飛び出した。

「くそっ、逃げ足の速い!」

 しかしその時には既に襲撃者の姿は影も形もない。失敗したと判断し、身を隠したのだろう。

 一度呼吸をして高鳴った心臓を落ち着け周りを確認した後宿の中へと戻った。

「ディーラ」

「ん、了解」

 念のため、ディーラに外に出て貰い、見張りを頼む。ようやく静かになった宿の中に女将の悲鳴が聞こえているが、今は無視だ。ミュウの連れている人物を見定める。とは言っても、全身を汚れたマントで隠れているため詳しくは見えないのだが、それでも、華奢な体つきから女、もしくは子供だと言う事は分かる。

 ユクレステはそっと近づき、努めて優しげな口調で語りかける。

「大丈夫ですか? さっきの奴は引きました、もう安全ですよ?」

 ビクリと怯えたように方を震わせ、フードを脱いで素顔を晒す。

 さらりと流れた灰色の髪が初めに目に止まり、次いで灰色の瞳がジッとユクレステを見る。

 その人物の姿に、首を傾げた?

「えっと、シャシャ?」

 チラリとシャシャの方を向く。ミュウに消毒をされていたシャシャは、言い辛そうにしながら口を開いた。

「あー、多分、ユー兄さんの思ってる通りだと思うッス」

 シャシャは嫌そうな表情のままそう答え、そっぽを向く。それ以上この少女を見ていたくないとでも言うように。

 再度ユクレステはへたり込んでいる少女を視界に捉えた。シャシャと同じく灰色の髪、灰色の瞳。そして、同じ顔。

「悪いんだけど、君の名前を教えてもらっても良い?」

 戸惑うユクレステに、少女はハッと我に返って慌てて立ち上がる。そしてペコリとお辞儀をし、言葉を口にした。

「助けて下さり感謝いたします。わたくしはシャロン・フォア・ジルオーズ。そこにいる、シャシャの姉でございます」

 驚く彼らの目の前で、少女はニコリと花の咲くような笑みを浮かべた。


 そんな彼女を見て、驚愕に顔を歪める剣士が一人。

「ジルオーズ、だと……!?」

 彼の言葉は、誰にも触れずに消えていった。

ウォルフとの再会と、来る厄介事でした。そして新キャラ、シャシャのおねーちゃん。ちなみにシャシャには二人の兄と三人の姉がいます。

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