太陽姫
ユクレステ達がクリストの街を出発してから三日が過ぎた。変わらぬ山道を超え、リーンセラ東の国境へと向かっている。目指す場所アークス国へは後二日程度だろう。そこから乗り合いの馬車でシンイスト領のシンイストの街まで四日。さらにそこから徒歩で四日の距離に天上への草原がある。まずは天上への草原に一番近い街、ジストに向かう事にした。
「あー、そッスかー。ジストッスかー」
「嫌そうだな、シャシャ」
「いやぁ、嫌っていうか……もう帰るつもりなかったからちょっとブルーと言うか……本家の連中は苦手なんスよねー」
嫌そうな顔をしているシャシャによれば、ジストはジルオーズの本家がある街らしく、これまでにも年に数度は通っていたのだとか。行きたくないとは思うけれど、ユクレステ達が目的としているのであれば我慢しなければならない。不承不承ながらも、なんとか納得するシャシャであった。
山道を超え、ここからは草原地帯が続く。アークス国は全体的に草原地帯が多く、天上の草原のあるシンイスト領の多くは広大な草原地帯となっている。そして東側のある一帯に特殊な風と切立った崖に囲まれる天然のダンジョン、天上の草原がある。
そこに風の主精霊、シルフィードが住んでいるのだ。
「そろそろ休憩しようか。お腹も空いたし」
「賛成!」
陽が頭上に移動しているのを見て、昼休憩を提案する。ぐー、と腹を鳴らしたユゥミィがイの一番に同意してディーラ達が草原に腰を下ろし、思い思いに寛ぎ始めた。
本日の昼食は今朝すれ違った行商人から購入したパン。大量の砂糖をまぶし、口に運んだ。特に喜んだのは甘党のユリトエス。どちらかと言えば辛党のユクレステは、微妙な表情を浮かべていた。
「ふぁ……」
空腹も満たされ、トロンと目蓋が緩んできた。岩に寄り掛かりながら昼寝でもしようかと目を閉じる。
さわさわと風が流れ、気持ちが良い。アークス国から吹くこの風は、シルフィードが作っているのだろうか。そんな益体もないことをボーっとした頭で考えている。すると、
「――っ!?」
「ディーラ?」
バッ、とディーラが跳ね起きた。ユクレステ同様、今にも寝てしまいそうだった表情が一転して凶暴な笑みが浮かんでいる。どうしたのかと問えば。
「ご主人、なにかが近付いてる。多分、かなり強い」
「なにかってなんスか? シャシャは別になにも感じないッスけど……」
「……マリン?」
『どうだろう。なんか、凄い威圧感みたいのは感じるかもしれないけど……強いかまではちょっと」
「……?」
ディーラ以外の三人は疑問の表情を浮かべている。ユクレステも、彼女の視線を追って西の方角へと顔を向けた。
今まで歩いて来た道、その先から風が流れて来る。先ほどとは正反対からの風。正確には、それは風ではなかった。
「……タイムオーバー、かな」
ハァ、とため息を吐いてユリトエスが発する。その意図を聞き出すより先に、異変は近付いていた。
「鳥、でしょうか?」
「いや、それにしては大きいだろう。鳥人ではないか?」
「んー、それにしては人型じゃない気がするッス」
遠目に映る小さな影が段々と近付いて来る。初めは鳥かとも思ったが、ただの鳥にしては大き過ぎる。それに異様な威圧感はあの影が放っているという訳ではなさそうだ。
力強く、温かく、そして高潔。感じる力は、大よそ、そのような力だった。
「……飛竜、それも翼竜? だれかが乗ってる」
「翼竜? それにしてはでかくないか?」
確かにシルエットは飛竜種のそれだ。腕が翼となっており、背に乗るための鞍も着用されている。しかし、その翼竜の大きさは他の個体と比べて倍近くあった。以前ルイーナの飛竜を見た事があったユクレステは、ディーラの呟きに疑問の声を上げた。
「ううん、合ってるよ。あれは確かに翼竜だ。ただし、翼竜の異常種なんだよ」
「えっ?」
一番に反応したのは、異常種のミュウ。彼女の驚きの表情を見ながら、ユリトエスは次の言葉を口にした。
「名前はデュマルアムって言ったかな? 先代のアーリッシュ国の王様が乗っていた飛竜だよ」
「アーリッシュのって……それがなんでここにいるんだ? ここからアーリッシュは大分離れてるだろ? 逃げて来たのか?」
「まあ、確かに先代国王が亡くなってからあの飛竜を使役出来る人がいなかったから、逃げて来たって可能性はあるかもしれないけど、今回は恐らく違うね」
苦笑し、遠くを見るような瞳で飛竜を眺め、口元を歪める。
「まったく……相変わらず信じられないことするよね、あの子は」
そうして呟かれた言葉は、飛竜が巻き起こす風の音によって掻き消された。次に聞こえて来たのは、凛とした声。
「ようやく見つけました。さあ、疾く帰ってもらいますよ、ユリトエス・ルナ・ゼリアリス」
翼竜の異常種から見下ろす様にユリトエスを見つめ、ゼリアリスの至宝、マイリエル・サン・ゼリアリスがそう告げた。
飛竜が地を踏み、舞うように背から降りた少女は、睨むようにユリトエスを見つめた。その仕草にとても怒っていることを感じ取ったユリトエスは、苦笑しながら軽い調子で話しかける。
「やっほー、久し振りだね、マイリ。ちょっと見ない間に痩せた? アーリッシュの食事は口に合わなかったのかな? ダメだよ、ちゃんと食事は取らないと。あ、僕のパンでも食べる。チョコ味なら残ってる……」
「ユリト」
「はい、ごめんなさい」
ピシャリと冷たい一言がユリトエスの言葉を遮り、反射的に謝った。彼が言葉をかけたのと同時に威圧感が増したのは気のせいではないのだろう。
目で殺すという言葉があるように、今マイリエルは凄い殺気の籠もった視線でユリトエスを睨んでいる。息が詰まりそうになる空気を打開すべく、恐る恐るユクレステが声を上げた。
「あ、あのー。もしかしなくても、ですが……太陽姫、マイリエル・サン・ゼリアリス王女であらせられるのでしょうか……」
尻すぼみになっていく言葉。だが勘弁して欲しい。セイレーシアンが本気で怒った時と勝るとも劣らない殺気の中動いているのだ。言葉を出せるだけ良くやった方だろう。
ユリトエスにだけ向いていたマイリエルの視線がようやくユクレステへと向けられた。
「ええ、その通りです。貴方が、ダーゲシュテン様のご子息、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン様ですね? エイゼンからお話は聞いております。ユリトを……ユリトエスをお救い下さったようで。ありがとうございます」
「い、いえいえ! こちらこそ!」
『マスター、鼻の下伸ばしてない?』
途端に今までの殺気が霧散し、マイリエルはユクレステに向き直る。流れる金色の髪と整った顔立ちにドギマギと返答した。
「……ご主人、この人は?」
「ん? あ、ああ。ゼリアリスの王女様で、そこにいるユリトとは親戚の間柄なんだ」
そう言うとディーラ達が二人を交互に見る。ちょうど良いとばかりに、マイリエルがユリトエスを引っ張って彼女達の前に立った。
「マイリエル・サン・ゼリアリスと申します。この度は皆様にも多大なるご迷惑をおかけしてしまい、謝罪の言葉しかありません。ユリト! 貴方も頭を下げなさい!」
「え、ちょっ、痛い痛い! 無理やり頭下げさせないで!?」
頭を下げ、隣のユリトエスの頭を押さえつける。必死に抵抗するが、非力な彼ではどうすることも出来ずにされるがままだ。
その光景を見ながら、へぇ、と皆が頷きながら言った。
「随分としっかりした方なのだな。なんというか、こう……」
「ユリトさんとは正反対ッスね」
「……それだ」
「あ、あはは……」
納得顔の三人と、苦笑しているミュウ。だが特に否定しないところを見ると彼女も同じような感想を抱いているのだろう。
「えっと、それでマイリエル様は……」
「それでマイリは一体なにしに来たのさ。せっかくの旅なのに保護者同伴なんてヤダよ?」
ユクレステを遮るようにユリトエスの声が伝えられる。これは別に嫌がらせとかではなく、彼を庇ったのだ。従妹の性格を良く知っているユリトエスからすれば、この言葉を出せばどう返すか想像するのは容易だ。案の定、彼女は顔を怒りに染めてユリトエスに詰め寄った。
「そんなもの……貴方を連れ戻しに来たに決まっているでしょう!」
怒気と共に発せられた魔力が渦となって彼女を中心に吹き荒れる。とっさの事にふらつくミュウを抱き止め、冷や汗を流した。ただの感情の発露だけで、どれだけの魔力を放出しているのか。ディーラでさえここまでではない。
チラリと隣で立つ悪魔の少女を見れば、キラキラと輝く目を向けていた。とても面白いおもちゃを見つけたような表情だ。
「貴方の無茶を通らせた挙句、騎士団に黙ってあちこちを遊びまわり、挙句の果てに勝手に旅立つなどと……貴方には王族としての自覚がないのですか!?」
「ぶっちゃけカード売って小銭を稼いでいる時点でそんなのねぇ……いえ、自覚あります。超あります!」
妖しく光る彼女の瞳に思わず背筋が伸びた。相も変わらず生真面目な従妹に対し思うところは多々あるが、とりあえず。
「えーっと、僕別に帰りたくないんだけど……」
「……それです」
「えっ? どれ?」
「その、僕、というのはなんですか? 確か以前もそのような言葉遣いをしていましたよね? もしやその時もなにかやらかしていたのではないでしょうね?」
「ソンナコトナイヨー」
「うっわ、すげぇ棒読み」
なにをやったのかは知らないが、ユリトエスの棒読み具合からなにかをしでかしたのは確かだろう。こいつウソ吐くと憶えかけの人語を話すドラゴンみたいだ、と思わず噴き出すユクレステ。幸い、マイリエルには聞こえていなかったようで睨まれるようなことはなかった。
「とにかく、ユリトエス。帰りますよ」
「…………」
有無を言わさぬその物言いに、観念したようにため息を吐いた。
(ま、これが限界か。それでも十分な成果は得た。そろそろ、余は戻る時間だね)
一歩。彼女の下へと踏み出そうとして、
「ちょっと待って下さい」
「へっ?」
一瞬速く、ユクレステが出ていた。
「なんでしょうか? ユクレステ様」
「どったの? ユッキー?」
金と黒の瞳がこちらを向き、若干一名のそれに気圧される。それでもなんとか踏み止まり、腹に力を入れて答えた。
「いえ、これでもユリトは……ユリトエス殿下は俺の旅の仲間です。俺たちの意思を無視して勝手に連れて行かれても困るのですが」
内心ドッキドキ。それでも表には出さず、必死に虚勢を張って言い放つ。これでも王族の人間とは関わりもあるので多少は耐性が出来ている……と良いなぁ。
ピンと空気が張り詰めるのを肌で感じながら、彼女の答えを待った。
「……では貴方は、どう思ってらっしゃるのですか?」
先ほどとは打って変わって怜悧な視線が突き刺さる。
「俺は……いえ、俺たちはまだユリトと旅を続けたいと思っています。まだ俺の目的も中途半端で、ここで抜けられると困るので」
「しかしユリトに旅の助けなど期待できないと思いますが? 力など欠片も持っていないですし」
「うん、事実だけどグサって来るよね」
「それは分かっています。そもそもユリトに戦いに関しは期待してませんし」
「おおぅ、こっちからもか。へーん、どうせ余は貧弱ボーイだよー、だ」
本人がなにかを言っているようだが、とりあえず無視するとして。
「でも、仲間です。まだ一月足らずしか一緒にいませんが、苦楽を共にした仲間をはいそうですかと渡せません。ユリトにはまだしてもらいたいことも残ってますから」
「ユッキー……って感動してみるけど、どうせあれでしょ? ごはん作れる人がいなくなるから困るとか、どうせそんなところでしょ?」
「……ソンナワケナイジャン」
「なにその棒読み!? ユッキーウソ吐くと人語を覚えたばかりのワーウルフみたいになるよね!」
ギャースカ騒ぐユリトを無視し、マイリエルは静かに息を吐く。その様は、どこか苛立っているようにも見えた。
「しかしユリトは曲がりなりにもゼリアリスの王族。城に戻ってもらわなければなりません」
「それは、あなたと一緒に、ですか?」
「……いえ。私はまだアーリッシュでやることがありますので。エイゼンと近衛騎士をつけます。要望があれば、神剣騎士団もつけますが?」
神剣騎士団とはマイリエル専属の近衛騎士だ。全員が女性で構成され、腕の方も確かな人材が席を置いている。それならば安全だろうと言うマイリエルを前に、ユクレステの頭が冷えていく。
以前、ユリトエスは言った。自分の周りに味方などだれ一人としておらず、騎士に至っては全員が命を狙っていると。恐らくそれは神剣騎士団も同様。それを付けるから安全だと、どうして言えるのか。
「すみませんが、信用できません」
「ならば、どうすると?」
苦笑しているユリトエスが視界に入る。諦めたような表情で事の成り行きを見守っており、彼ならばこの後どうやって身を守るのか、既に考え付いているであろう。だから、これは単なる自分勝手な自己満足。
「試合を。今ここで、俺たちユリトエスの仲間と試合をして下さい。そして俺たちが勝てば、ユリトを好きにさせてあげてほしい」
「ちょっ、ユッキー! 正気!?」
ユリトエスが狼狽したように声をあげる。それもそうだろう。目の前の相手は今まで戦ってきたどの相手よりも強い。最低でも主精霊と同等。最悪、リューナとも。
勝てる見込みはかなり少ない。それでも、
「ああ、本気だ。やってみなくちゃ分からない。だろ? みんな」
こうして出会った縁だ。どうにかしたいと思ってしまった。ならば、全力で抗おう。
「は、はい……! がんばり、ます!」
『せっかく仲良くなれたんだしね。まあ、私はいつも通りお休み。近くに川でもあれば別なんだけどねぇ』
「騎士として友を守るのも当然だからな! うん!」
「それになによりも――」
「――あんな強そうな人と戦えるなんて、かなり楽しみッス!」
控えめながらも意思を示すミュウも、宝石の中から軽い声を上げるマリンも、やたら張り切っているユゥミィも、強敵と対峙して口元をにやりと歪める二人の戦闘狂達も、ユクレステと同じ気持ちだった。短い時間ながらに共に旅した仲間。そんな彼と、もっと自由な旅をしたいのだ。だから、戦って勝ち取ろうと気合を入れる。
ユクレステ達を見渡し、おもむろにマイリエルが頷いた。
「分かりました。その方が、手っ取り早いですからね」
是非も無い。そちらがそれを望むのならば、最強と冠される彼女としては願ってもないことだ。腰に差した鞘から身の丈ほどもある長剣を引き抜く。
同時に、ユクレステ達も各々武器を握った。
「良いでしょう。ユリトが旅した仲間とやらの、力を見てあげましょう。ご安心を。手加減は、致しましょう」
ヒュン、と軽く剣を薙ぐ。瞬間、彼女の魔力に呼応して草原に力強い風が吹いた。
「いやいやいやー、無理だって。勝てるはずないじゃん。なんたって、相手はあの太陽姫だよ?」
呆れたように彼らを眺め、苦笑する。
先ほど、ユリトエスは正気か、と問うた。本気か、ではなく、正気か、と。他の国にはどう伝わっているのかは知らないが、ゼリアリスの人間にとって、マイリエル・サン・ゼリアリスと戦うと言う事は、本気でやってどうにか出来ると言うレベルではない。
正気。気は確かか、と言っているのだ。それほどまでに、強過ぎる。噂では上級以上の竜種ですら容易く屠れる力を持っていると聞く。それが噂で終わるほど、従妹の力は生易しくはない。ああも言ってくれたのは個人的に嬉しくもあったが、戦力差が絶望的な戦いに少しの希望も感じられない。
「物事には、出来る事と出来ない事ってあるんだよ?」
その一つが目の前にそびえている。マイリエルの後ろに見える大きな壁を見上げながら、ユリトエスは吐息した。
「ストーム・カノン!」
始まりは一瞬。風が唸りを上げ、ユクレステの杖から放たれる。風の砲撃は地面を炸裂させ、土煙が立ち昇る。視界を遮られた所へなにかが突っ込んで来た。
「オォ――!」
姿勢を低くしマイリエルの視界の外から現れたシャシャが、刀を鞘から引き抜き一足で切りつける。長剣が刀を防ぎ、二度三度と交差する。反撃に転じようとした瞬間に後ろに下がり、新たな影が現れた。
「剣気――地崩!」
「ミーナ族の異常種ですか」
マイリエルはミュウの戦いを一度見ている。コルオネイラでの闘技大会。その決勝で風狼と刃を交わしていた。その時の戦い方は魔法と、その身からは想像できない腕力。
それを知ってなお、マイリエルはすぅ、と呼吸を正して正面から受け止めた。
「う、くっ……」
ビシビシと地面に亀裂が入るほどの衝撃が激突する。驚くことに、押し返されているのはミュウの方だった。
「腕力だけでは、この程度でしょう。ライゼス様の方が幾分マシでしたね。ルミナス・ランス」
キン、と振り払う動作でミュウを弾き飛ばし、倒れる彼女に光の槍で追撃を見舞おうとする。
「させんぞ!」
二人の間に入ったのはユゥミィだった。腕を交差し、光の槍を霧散させる。
「思ったよりも固いですね」
「剣気一刀――二刃!」
感心したようにユゥミィを見ていたマイリエルの背後から、シャシャが高速の二連撃を放つ。チラリとそちらに向き、
「えっ?」
視界から長剣がぶれた。己の刀から響く二度の金属音。そして、頬に走る二筋の切り傷。
シャシャが二度刀を振るのと同時に、マイリエルは長剣を四度振るっていた。シャシャには目もくれず、彼女の剣はユゥミィへと突き出される。
「――オーバーレイ・ディアシャーレス」
剣から放たれる巨大な光と共に。
「うわぁ!?」
吹き飛ばされ意識が飛んだ。
「マズイ! ディーラ!」
「オッケーだよ、ザラマンダー・ファランクス!」
「シルフィード・ファランクス!」
ユゥミィを援護するように詠唱を終えていたユクレステとディーラが、上級魔法を同時に放った。二つの巨槍はマイリエルへと疾駆する。
「ディアシャーレス・ファランクス」
「いぃ!?」
「ウソっ?」
だがそれは一つの巨槍によって消し飛ばされた。練りに練った魔力で放たれた二つの上級魔法が、詠唱破棄の上級魔法で相殺されてしまったのだ。そんなこと、あり得ない。
そもそも上級魔法を詠唱破棄で行使できるというだけでも規格外なのに、その魔法で二つの上級魔法を消し飛ばせるはずがないのだ。ディーラですら、詠唱破棄は出来ても威力はかなり落ちてしまう。だと言うのに、この人間の少女はロード種の力すら軽く超えている。
「剣気一刀――回刃!」
「剣気――空波!」
遠心力を利用した二つの斬撃が術後のマイリエルを襲う。二振りの得物を視界に入れ、即座に腕を交差させた。
「ふぇ!?」
「……!」
右手で持った長剣でシャシャの刀を止め、左手でミュウの大剣を受け止めた。そのまま動きが止まった二人を、回転の一撃にて吹き飛ばす。
「ミュウ! シャシャ!? クソ! 守護なる巨城、悠久を流れる愛しき風よ、わが身わが心にあれ――」
「こ、の……炸裂せし焔の意思、猛攻高らかに叫べ精霊の華、真なる炎を呑み込め――フィブ・エクスプ・ザラマンダー」
赤い五つの光球がマイリエルの周囲に殺到し、連続で爆炎を撒き散らした。その刹那――
「フィブツェレン・エクスプ・ディアシャーレス」
「っ!? シルフィード・ルーク!」
視界を覆う程の光がユクレステ達を取り囲んだ。光の爆発が巻き起こる寸前に風の魔法障壁が発動する。
「ダメかっ――!」
しかし太陽姫の魔法を受けるにはあまりにも足りない。さらに魔力を送り込むが、数瞬押さえる程度しか効果がなかった。
「チッ、ご主人――」
「ディーラ!?」
ついには爆発が風の障壁を突破した。
次回は今夜更新予定です。しばしお待ち下さい。