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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
61/132

アリスティアの試練

「ぅ、あぁああ――!」

『ミュウちゃん!? ちょっと待って!』

 アリスティアの冷たい視線が降る中、突然ミュウが駆け出した。マリンの制止を振り切り、瞳に宿る光は怒りで溢れ、頭が働くより先に行動していた。

「よくもっ、よくもご主人さまを!!」

「ふん」

 剣を力任せに地面を叩きつけ、舞い上がる氷片が目くらましになる。その隙をつき、必死にユクレステへと駆け寄ろうとした。しかし、

「一番の物理攻撃力を持つおまえが一人突出すればどうなるか、考えなくても分かるでしょう?」

 行く先に立ち塞がっていたアリスティアがパン、と手の甲でミュウを打つ。そのまま長剣を振り上げ、氷塊を生み出して叩きつけた。

「あぅ――!」

「このっ!」

 倒れたミュウを援護するために前に出たシャシャが、彼女を狙う幾つもの氷塊を刀で弾いていく。二十ほど叩き落としたところで腕が痺れてきた。

「ユゥミィ! ミュウちゃんを引かせて欲しいッス!」

「え、で、でも主が……」

「っ! 剣気一刀――」

 声を張り上げ、ユゥミィに言うがオロオロと迷うばかりで動けずにいる。そうこうしている内にじれったくなったのか、刀を腰溜めに構えて振り抜いた。

「列空!」

 振り上げるようにして放たれた斬激は衝撃波となって目の間に合った氷塊を破壊する。その隙を狙い、シャシャはミュウの首根っこを掴んで引き戻した。

「は、放して下さい! ご主人さまをお助けしないと!」

「落ち着いてミュウちゃん! そんな突っ走るだけじゃあ助ける事なんて出来ないッスよ!」

「し、しかしこのままでは主が!」

「ユゥミィも落ち着くッス! だからと言って精霊様相手に背を見せるなんてのは……」

 言葉を遮るように空中で炎が猛っている。ディーラが充血したような赤い瞳でアリスティアを睨みつけ、その手に纏った焔を解き放った。

「ガトリング・ザラマンダー」

「反響氷」

 無限に吐き出される焔の弾丸は、アリスティアの展開した薄い氷のカーテンに遮られる。

「こ、のっ! 砕けるまで撃つ!」

 さらに魔力をつぎ込み弾丸が大きな音を上げて炸裂する。だが、アリスティアは薄く笑い視線を別方向に向けた。

「どうぞご自由に。では、これで良いのですね?」

「なに?」

「ちょちょっ! ディーラそれ止めるッスよー!」

 その先には氷のカーテンから弾き返された炎の弾丸がシャシャ達を襲っている場面が見えた。必死に刀

で防いでいるが、数が多過ぎるため幾つか喰らってしまい、髪が若干焦げている。

 その様を見ながらんー、と少し考え……構わずごり押しすることにした。

「ぴぎゃー!?」

 なにか叫んでいるが気にしない。

「随分ひどいことをするのですね」

「もうちょっとで破れそうな感じはするから、そっちが優先」

「……」

 無言で長剣を取り出し、軽く横に振るう。どれだけ長かろうと、しょせんは剣。十メートル以上離れているディーラに届くことはない。……普通ならば。

「――っ!」

 だが届いた。剣がディーラに襲い掛かり、それを避けるために呪文を止めたのである。刀身が幾つものパーツに分かれ、ワイヤーのようなもので繋がった鞭のような剣。ディーラの知識にはなかったようだが、蛇腹剣と呼ばれるものだ。

「このっ!」

 翼を羽ばたかせ滑るように逃げるが、アリスティアの持つ剣はまるで生きているかのように彼女を追ってくる。刀身を繋いでいるのはただのワイヤーなどではなく、精霊としての魔力なためどれだけ伸ばすかは彼女次第。この限られた空間の中では逃げ切ることなど不可能だ。

「ブレイズ・エッジ!」

 だからこそ迎え撃った。それは決して間違った判断ではなかったはずだ。ぶつかり合った衝撃でワイヤー部は消滅し、バラバラと分かれた刀身が宙に舞う。その瞬間、銀色に光る刀身全てに魔法陣が浮かんだ。

「展開、陣形成。氷晶柱」

「っの!」

 ディーラを囲むようにバラ撒かれた刀身から鋭い氷柱が現れる。

『ディーラちゃん! 下に逃げて!』

「必要、ないよ! ザラマンダー!」

 マリンの言葉を無視して自分の足元に円を描き、そこから火柱が立ち昇る。そこへ向かっていた氷の柱は炎に衝突して蒸発する。それでも幾つかは届いていたようで、ディーラの頬や体には赤い線が走っていた。さらにあれほどの炎の中にいては、完全に無効化することも出来なかったようだ。ボロボロになった体で地面に降り立つ。

「やれやれ……。まさか指揮する人間がいないだけで途端にこんな弱くなるとは、あまりにも興醒めです」

 はぁ、とつまらなそうにため息を吐く。

「感情に支配されて突撃して、どうするのかも分からず右往左往。果ては自分の力だけでゴリ押そうとする。なんて、醜い戦い」

 吐き捨てるように言い切られ、ミュウ達はグ、と言葉を呑み込みながら睨みつけた。そんなもの意にも返さず、アリスティアは無造作に片手を突き出す。

「ブレイズ・ランス!」

 ディーラの放った炎の槍をその手で掴み、瞬時に凍てつかせる。ポイと投げ捨て、なにかを思いついたのかくすりと笑った。

「ああそうです。こういうのはどうですか?」

 ユクレステの側に近寄ったアリスティアは、愛おしそうに彼の頬を撫でながら言う。

「このままおまえ達が試練を超えられなかったのであれば、こいつは私のものにするというのは」

『はぁ!?』

「私は美しいものが好きです。この少年は……まあ、顔立ちはそこそこですが、その生き様や真っ直ぐな心根は私好みの美しさを持っていますからね。特別に、私のものにしてあげましょう」

 凍った頬に口づけをして妖艶な笑みを見せるアリスティア。若干、氷の中に納められたユクレステの表情が変わったような気がしたが……まあ、気のせいと言う事で。

「ふ、ふざけないで下さい! ご主人さまはあなたのものじゃありません!!」

「そ、そうだそうだ! そういうのはお互いの気持ちが大事だと爺さまが言っていたぞ!」

「……燃やし尽くす」

「ダメッス! ユー兄さんの妾であるシャシャが認めないッスよ!?」

 もちろんそんな事を許せるはずがないユクレステパーティーの面々は、非難の声を上げている。気にも留めずにいる精霊様はふふん、と勝ち誇ったような顔で見下す。

「なら試練を超えてみろです。もっとも、今のおまえ達じゃあ私を本気にすることも出来ないと思いますけどね」

『なにをー!!』

 長髪の言葉でさらにミュウ達の怒りの声が発せられる。

『ねえ』

 しかし、その非難の声をすり抜けるようにして一人の少女の声がアリスティアまで届いた。

『アリスティア様は、そんなにマスターの事が好きなの?』

 それは今の今まで黙りこんでいた人魚姫の声。静かで、それ故に凄みのある声に周りの子達が口を噤む。へえ、とその様を見てニコリと微笑み、答えた。

「ええ」

 僅かの一言にミュウ達は凍りつく。別に魔法を喰らった訳ではないのだが、ある種彼女の衝撃的な言葉は魔法にも等しい言葉だったのかもしれない。マリンはその続きを促す様に、一人黙っていた。

「おまえ達の言う好きがどういう意味でかは分からないですが、こいつを私のものにしたいとは思いますね。凍らせて、永遠に私の側で変わらない美として残す……願いも夢も、果ては命と言う時間すらも永遠に残してだれにも邪魔されず永久とわに氷雪に埋もれる……あぁ、なんて素敵……」

 初めて見せる彼女の本当の素顔。恍惚とした笑みでユクレステを撫でながら、本気で懸想けそうしたように熱い吐息を漏らしている。

「う、わ……」

「や、やっぱり精霊って……」

 比較的常識的な感性を持つディーラとシャシャはぞわりと全身が粟立ち一歩引いた。逆に、そう言う事に対して疎いミュウとユゥミィは食ってかかる。

「そんなことさせません! ご主人さまはだれのものでもないんです!」

「そうだ! それに主が氷漬けだったら撫でても貰えないしひざ枕だってしてもらえないんだぞ! 私はそんなのヤダ!」

 彼女達の反論を聞きながら、宝石の中でマリンが頷いた。

『確かにあなたの言う事も分かるし、私もそんな風に……具体的にはマスターを身動きの取れない水中で滅茶苦茶にしたいと思ったことはあるけど。息が出来なくて必死に懇願する様を考えるだけで胸の高まりが抑えられなくなるけど――そうじゃなくて!』

 おまえもそっち側か、とディーラとシャシャの視線が飛ぶ。彼女達のマリンに対する認識が変わった瞬間だった。

 もちろんそんな視線は無視である。

『でもね、マスターはだれか一人が独占出来るような人じゃないんだよ。鳥のように自由で、イノシシみたいに猪突猛進。でも心はどんな海よりも広い……私たちが惹かれるマスターは、そういう人。間違っても、こんな山奥で氷の像になって永遠を過ごすような人じゃないんだ』

「……そうですか。では、どうすると?」

『簡単な事だよ。あなたを倒せばいい』

 きっと今マリンは笑っている。ユクレステのような、凶暴な笑みでアリスティアを睨みつけている。なんてことのない言葉の一つに主を見つけ、ミュウはゾクリと背を震わせた。

「今のおまえ達でどうやって?」

『それはね――ねえ、みんな』

 声の向きが一人の相手からこの場にいる全員へと置き換わった。マリンの言葉にピクリと反応し、彼女の言葉を待つ。

『みんなはさ――なにやってんの?』

『っ!?』

 普段の飄々とした雰囲気の彼女からは考えられないほどに冷たい声が吐き出された。

『ミュウちゃん。さっきはマスターを助けようとしてたけど……今のミュウちゃんじゃ足手まといにしかならないよ? 私がマスターだったらなんやかんやで後方に置くだろうね、邪魔だから』

「あ、うぅ……」

『ユゥミィちゃん。ユゥミィちゃんはさ、自分じゃあなにも出来ないの? 考えないの? それともそんなことまでマスターに任せてるの? 甘ったれないで欲しいんですけど』

「う……」

『ディーラちゃん。ねえ、なんでバカみたいに無茶するの? やらなくていいことやって、勝手に怪我して、仲間を怪我させて……戦況が見えないからマスターにも負けるんだよ? その力はなに? 飾り?』

「……」

『シャシャちゃんは……良く分かってるね。自分のするべき事と、出来る事。とっさのフォローも出来てて文句はないよ』

「ど、どうもッス……」

 一応褒めるところは褒めておくようだ。とにかく、と言葉を区切って全員に言葉を向けた。

『私が言いたいのはさ、みんな今までなにを見て来たのかってこと。マスターと一緒に旅してきて、一緒に戦って、マスターがどういう戦いをするのか、どういう指示を出すのか。これまで何度もその身で体験してきたはずでしょ? なんで忘れちゃったように自分勝手に動いて、自爆して、危ない目にあってるのかなぁ……? もう一回言っていい? みんな、なにやってんのさ?』

 今度は呆れたような物言いで吐き出す。

『私たちの願いはなに? マスターの願いはなに? 今目の前に、それを邪魔する敵がいるんだよ? だったらみんな、どうするべきなの?』

「それ、は……」

『私たちがマスターの仲間になったのはどうして? 私たちを受け入れてくれたのはなんで? なにもかも、マスターの願いを叶えるためでしょ? なら、どうするの?』

「む、ぅぅ……」

『相手は格上? そんなこと初めから分かっていたことだよね? そのために私たちは、マスターの仲間になって一緒に戦ってるんだから。マスター一人に押しつけちゃダメでしょ?』

「…………」

 シャシャは黙り込む三人の魔物達をおろおろとした面持ちで見守っている。そんな彼女の耳に、次なる言葉が届いた。

『――だから、私が代わりになるよ』

 瞬時に今までの厳しさが引っ込んだ。責めるような口調は柔らかみを帯びた温かな言葉に変わり、身を任せたくなるような頼もしさが現れる。その変わりようにミュウ達は顔を上げ、疑問の顔で互いを見つめた。

『陸での戦いは役に立たない私だけど、それでも出来る事はあるよ? マスターの戦いを見て来た私だから、役に立てる。いい? これは提案じゃない、マスターの言うところの、お願い。結局は命令。今この時だけ、私がマスターになって指揮を執る』

 その強い意思が込められた言葉に全員が息を呑んだ。

「けど、マリンに出来るの?」

『当たり前。だからディーラちゃん、私を信じて。ミュウちゃんだって、まだまだマスターと一緒に旅をしたいでしょ?』

「は、はい……!」

『ユゥミィちゃんもシャシャちゃんも、まだ聖霊使いの騎士にもなってないしお嫁さんにもなってない。ないない尽くしの今で終わる訳にはいかないんだよ。それは私だって、マスターだって同じ事。だから、なにはともかく――勝つんだよ!』

 マリンの宣言に、ようやく心が一つになった。



 宝石を囲むようにして四人が円陣を組み、なにかを話し合っている。恐らくこれからの作戦だろうか。今までバラバラだった彼女たちが、ここに来てようやく纏まり始めている。その中心にいるのは、間違いなく人魚の少女。アリスティアはチラリとユクレステの氷像を見て、感心したように頷いた。

「なるほど、ちゃんといたのですね。おまえが居ない時、未熟な娘達を引っ張る事の出来る人材が。こういうのは、秘密兵器、とでも言えば良いのですか? ……と、言っても聞こえてはいませんか」

 表情を見れば勇ましく真っ直ぐな瞳が見える。彼女好みの表情に口元が僅かに緩んだ。

「聖霊使い。まともな人間ならば、止めるべきなのでしょうが……おまえはそれでもなりたいのでしょう? ならば止めません。おまえの光は、失うにはあまりに惜しい」

 まあ、おまえもまともには見えないですし、と口の中で消える言葉を呑みこみ、ため息。

「……正直、秘匿大陸については分からないのです。あれは私たちですら拒絶する。あの方の意志か、それとも……。どの道、向かうのならば私を降さねばならないのですけど。それが、おまえの仲間に出来ますか?」

 問うて答えるはずもなし。結局は独り言のようなものなのだ。アリスティアが視線を外し、今は敵である四人と姿の見えない一人に向ける。

「準備は終わったのですか?」

『うん、バッチリ。ここからはユクレステパーティーの全力でお相手するから、覚悟しておいてね?』

「生意気な。……良いです。それならば――――掛かって来い」

 剣を振り、周囲を凍結させ、戦闘が始まった。



 まず先に動いた二つの影は左右に分かれ、同時に突撃を仕掛けて来る。アリスティアから見て右の剣士は左に比べてやや遅いが、その巨大な剣は脅威だろう。自分の持つ剣に力を込め、鞭を振るうように大きく振るった。

「よっと、ッス!」

「きゃうっ……!」

 向かってくる剣先を難なくかわすシャシャと、その剣を大剣を使って受け止めるミュウ。とっさに後ろに下がるミュウを援護するように、シャシャは前に出た。

「剣気一刀――二刃!」

 二連激を長剣の状態に戻した蛇腹剣で受け止め、開いている左手を横に振る。すると空中に魔法陣が描かれ、吹雪がシャシャを吹き飛ばした。髪が凍りつきながらも体勢を立て直す。それを視界に入れながら、次なる攻撃に備える。

 今までの流れから、彼女達の攻撃方法はある程度絞れてくる。物理最高の攻撃力のミュウを前衛に、彼女の援護としてシャシャをつける。そこで相手を足止め、隙を見せれば後方で魔法を完成させたディーラが叩く。なにかあればユゥミィが防御に駆け付け、持ち直す。セオリー通りで、有効な戦法だ。だが、本来ならばそこにはもう一つの要素を入れなければならない。

 ユクレステ。風属性を得意とし、器用に魔法を扱う少年。普段ならば彼が攻めと守りで状況事に使い分け、高い戦術が取れる。けれど今はいない。その抜けた穴は一人でもあるに関わらず、実質二人分の損害に近かった。それを理解出来なければ、このアリスティアには勝てはしない。

「――いくよ」

(やはり想定通り……これならば――なっ!?)

 呪文を唱え終え、今まさに解き放とうとした瞬間、ディーラはその羽を使って一気に前進したのだ。思わず面食らい、迎撃するために剣を分離させる。そこに割って入る一つの影。

「剣気一刀――飛薊(とびあざみ)!」

 空中に跳び上がり、グッと力を溜めて周囲いっぱいに連続で刺突を繰り出した。ディーラに殺到していた刃の破片はことごとく打ち落される。そのまま一気に近寄り、溜めに溜めた魔力を解き放つ。

「ザラマンダー・ブレード!」

「――っ!?」

 炎熱の剣が彼女の手に収まり、力強く振り切られる。魔法障壁で数瞬防ぐが、とっさの障壁では全てを防ぎ切る事は不可能だと判断。すぐさま自身の背後に氷柱を出現させる。吸い込まれるようにその中へと逃げ込み、今も焔を上げる場所から離れた位置に現れた。

「前衛と後衛を入れ替えたと言う訳ですか。……っ、しまった」

 自分で言った言葉になにか違和感を感じたのか、一瞬考え、そして思い至る。先ほど前衛として前に出ていた少女はどこに行ったのかと。

そびえ、そびえ、そびえ。払え、払え、払え。この誓いに殉じ、聖縄せいじょうを為せ」

 件の少女はすぐに見つかった。精神を集中させ、先ほどよりも大きく後ろに後退して呪文を唱えている。彼女の隣には全身鎧に身を包んだ少女が佇み、手を合わせて更なる詠唱を開始する。

そびえし大樹、聖地を脅かす害意を払え、悠久の誓いを――」

「あれは……連唱詠唱!? チッ、厄介な!」

 その呪文がなんなのかを判断するのと同時にアリスティアは剣を操作する。分かたれた六十四の刃の欠片が円陣を表し、そっと手を這わす。そうして表す、氷河の再来。

「精霊陣解放――氷河の崩落」

 先日ディーラに向けて放った、片手間なものとは違う。精霊としての力を込めた、正真正銘渾身の魔法。鋭く尖った巨大な氷塊と、押し潰さんばかりの雪崩なだれが前方全てを呑みこもうと牙を剥く。

 それでもなお、ユゥミィ達は動かない。

「聳え、聳え、聳え」

「払え、払え、払え」

 まるで見えていないかのように口を動かしていく。このままでは呑みこまれる。しかしそれをさせないために、彼女がいるのだ。

「だ、大丈夫なんスか? なんかヤバめなんスけど!?」

「大丈夫、にする。そのためにここにいるんだし」

 ユゥミィ達の前に降り立ったディーラはすぐさまポケットから一つの小ビンを取り出す。それはこの戦いの前に飲んだ、魔法薬マジック・ポーション。一口だけと厳命されていたそれを、残る半分一気に飲み干した。

「カッ――ハァ――!」

 喉が焼ける、胸が焼ける、体の全てが炎のように昂って収まらない。けれどそれでも、気分は最高だ。

「オ、ォアァアア!」

 自分の喉から出たとは思えない程の熱い唸り声を上げ、親指で自身の頬に走る赤を拭い取る。そのまま指を眼前に突き出し、大きく円を描いた。血は陣となり、精霊が使用する魔法陣の力を得る。ならば、後はその力を引き出すのみ。

「……」

 グッ、と一歩を踏み出し、魔法陣に自身の右腕を差し入れていく。陣に入った瞬間、ディーラの手は形を失った。

「あぐっ……で、もぉ――!!」

 目の前には雪崩が迫っている。躊躇ためらっている暇はない。一気に腕を突き入れ、吐息する。

紅蓮ぐれん――(かいな)ァ!」

「あれは……ザラマンダーの!?」

 叫んだ次の瞬間、ディーラの腕は巨大な焔の剛腕と化していた。腕が炎となった反動なのか、途方もない熱が全身を駆け廻っている。しかし同時に、闘志も湧いて来るのだ。

「シャシャ、背中押さえててね。ほっとくと飛びそうだから」

「りょーかいッス! だからディーラ、やっちゃうッスよ!」

 ジリジリとして熱を浴び、シャシャの額からは汗が落ちる。拭う暇なくディーラの肩に手を置き、グッと腰を落とした。

 すぐそこには、氷河が迫っている。

「だっあぁあああー!!」

 雄叫びと共に腕を突き出した。雪崩と焔の腕が触れ合い、瞬間凄まじい衝撃がディーラの腕に響く。それに負けじと手を開き、氷雪を蒸気へと変えていった。

「くぅ、あぁああー!!」

「が、ガンバルッスよ!」

 押し潰されないようにシャシャも必死にディーラを押し止める。援護を受けながら、さらに焔の腕に力を込めた。

「あ、たり前ぇ……マリン! まだ!?」

 悲鳴のようなディーラの叫びに、ようやくマリンが声をあげた。

『ごめん、遅くなったね。ミュウちゃん、ユゥミィちゃん!』

 その声に応えるように、ミュウとユゥミィが魔力を解き放った。

「行きます、ユゥミィさん!」

「ああ、バッチリ来いだ! ミュウ!」

 二人の腕から伝わる魔法がユゥミィの胸に集まって行く。そうして放たれた連唱魔法は、

「聳え、払え、誓いし聖縄!」

「今ここに集え! ――ユグディア・オルレアン!」

 雪崩を突き抜けアリスティアを襲った。

「この――がっ――!?」

 細い糸のような魔力が雪崩を晴らし、勢い良くアリスティアに激突する。ぶつかった際の衝撃では止まるまでに至らず、さらに直進する。ようやく玉座の前で停止し、その瞬間糸は野太い縄に変わって彼女を締め上げる。

 如何に主精霊であろうと、聖樹で作られた縄ではそう簡単に抜け出すのも難しいようだ。それがさらに連唱魔法であれば尚更に。

 連唱魔法。二人以上の魔法使いが一つの魔法を高めるために行う技術のことだ。一人を主詠唱者とし、その人物の補助として追唱の詠唱――連唱詠唱――を行い、威力を高めて主詠唱者が発動する。その際、主詠唱者の許容量を超える魔力を付与すると危険なのだが、無駄に色々とスペックの高いユゥミィはミュウ一人分追加でも問題なく発動できた。

「や、やったか?」

「だからそれ言うな」

 ボカンと焔の腕でユゥミィを殴っておく。以前にもやったと言うのに、懲りないダークエルフである。しかしまあ、威力、強度はざっと見て二倍以上。これならば――

「……精霊を舐めない方が良いのですよ?」

 ピシリ、と音がした。なんの音か周囲を見渡し、その音の発信源はアリスティアを縛る縄。

「げっ、マジッスか?」

「これも全部ユゥミィのせい」

「私が悪いのか!? だ、だがきっと奴はもう疲労困憊のはずだ! あれを解くことなんて出来るはずがない!」

 順調に建つなにかを振り払うように首を横に振り、ディーラは一歩前に出た。

「確かにかなりやるようにはなったみたいですが、この程度では私には届きません。後一手、足りませんでしたね」

 パキパキと凍り付いていく縄に緊張感を見せながら、シャシャは腰を落とす。右手の刀はいつでも触れるようにしておく。

『まあ、そうだろうね。あと本の一手、だもんね?』

「……?」

 流れを切るようにマリンが口を開く。嬉しそうに、楽しそうに。だから、見逃してしまった。

「だ、そうだから。締めはよろしくね?」


 ――マスター?


「――っ!?」

 刹那、音が響いた。氷の砕ける、そんな音。次いで聞こえる、雷が唸る音。

「ああ、良くがんばったな、みんな。だからこれで、締めにするぞ」

 バチバチという音がすぐ側で聞こえ、振り向いたアリスティアの眼前には杖と魔法陣があった。その奥ではニッ、と凶暴な笑みを浮かべたユクレステが。

(なぜっ? あれはそう簡単には溶けないはず――っ!?)

 思考の途中、それを見た。ユクレステが左手のポケットから手を引き抜き、その際に落ちる小ビンの一つを。あれは確か、ディーラが使用していた耐寒の魔法薬マジック・ポーション。自身が凍りつく寸前に蓋を開けていたのだろう。

 そこに気付いたところでもう遅い。暴れる雷を杖に纏い、光る魔法陣からは電の砲弾が放たれる。

「――雷撃砲!」

 雷光に埋め尽くされる視界で、アリスティアは静かに目を閉じた。

 この試練に打ち勝った者達を祝福するかのように。


総合評価が300を超えました! 読者様には感謝です!

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