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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
60/132

氷精霊──アリスティア

「ただいまー」

「お帰りー」

 宿の扉を開けて入ってきたのはユリトエスだった。それに返事をしたユクレステは、ベッドに寝転がりながら本のページを捲る。四角いチョコレートを口に放りこみ、アメの様に舐めながら食べて行く。

 ユリトエスは丸テーブルに荷物を置き、チラリとこちらを見て言った。

「あれ? その本って『涙郷のロード』? 買ったの?」

「ああ、ルイーナではあんまり出回ってなかったから中々読む機会がなくてさ。何年か前に某王子様達と劇の方は見に行ったんだけどこっちは見た事無かったんだ。さっき散歩に行ったら売ってたからつい衝動買いしちゃった」

 全五冊の分厚い本を指差しながらも文字を眺めるのを止めない。

 涙郷のロードとはリーンセラ帝国で流行している小説で、貴族の男と平民の女との、まあ良くある恋愛小説だ。数年前に発表され、瞬く間に大ヒット。舞台劇として全国に広がった作品である。

 販売されてもすぐに完売してしまい、今の今まで読んだことのなかったユクレステだが、暇潰しがてらの散歩で見つけてきたようだ。

「へー、後で読ませてよ」

「一巻はもう読み終わったからどーぞ。ユリトはどこ行ってたんだ?」

「ふふん、僕はこれさ!」

 デン、と掲げたのはスリーブに納められたカードの束。表にはカードモンスターオルタナティブ、リーンセラ限定パックと書かれている。

「このシリーズ、結構限定色が強いんだよね。せっかくリーンセラに来た記念に買ってみました。ちなみに三つ買って二つは地元で売るつもり。良い小遣い稼ぎになるんだよね、これが」

「へー。そう言えば皆は?」

「ミュウちゃんとシャシャちゃんは外で遊んでくるって言ってたかな? マリンちゃんと一緒に。ユゥミィちゃんはマイアさんとこ行ってるよ。なんか、えらく気を落としていたから」

 氷の主精霊に直接罵倒されたからか、あの日から元気のないマイアを思い浮かべて苦笑する。これでもう少し目に優しい物を作ってくれると嬉しいのだが。

 思い出す様に人差し指をクルクルと回していたユリトエスは、そう言えばと尋ねて来た。

「ディーラちゃんは……大丈夫?」

「ご覧の通りです」

 チラリと視線を横にやり、吐息する。同じベッドに横たわるディーラは、青白い顔をして眠っている。余程苦しいのか始終うーんうーんと唸っている所から分かる通り、調子は悪そうである。手だけはユクレステの服の裾を握り締め、放そうとしない。

「ま、仕方ないよね、こればかりは」

「二日酔い……いや、そろそろ三日酔いか? トランス状態になるくらい飲めばそうなるよなぁ」

 パタリと本を閉じ、彼女の額に乗せてあったタオルを冷水に浸す。それを良く絞って顔を拭ってやった。

 お酒に呑まれて三日。それはあの祭りの日から既に三日が過ぎているということでもある。だから、

「おいおまえ達、いつまで私を待たせる気です?」

 既に怒りマークを顔に張り付けた氷の主精霊(アリスティア)が現れても良い時期に入っていたのである。

「あっ、アリスティア様。こんにちは、どうかしました?」

 ペコリと小さく会釈してユリトエスがへらへらと笑う。

「お茶でもいれますね。お茶請けはチョコと……ああ、クッキーがあったっけな」

「……いい加減に、しやがれです!」

 いそいそとお茶の準備を始めるユクレステ。その姿を見て、ついに短気が癇癪を起こした。



 カチャリとカップをソーサーに置く音が響き、室内の空気を震わせる。アリスティアの怒りによって急激に下げられた室温に身を縮ませながら、ユクレステが声を上げた。

「えーっと、それで今日はどのような御用件でしょうか……」

 ギロリと鋭い視線が突き刺さる。大層お怒りなようだ。もちろん、彼女がなにを怒っているのかは分かっている。それはそうだろう。待っている、と言って三日も待ちぼうけを喰らったのだ。これが自分だったらきっと怒る。

「で、でもほら、よーく思い出して欲しい! 確かに試練を受けるとは言ったが時間の指定はなかったので――」

「――で?」

「……申し訳ありませんでした」

 すぐさま平伏。視線だけでユクレステの髪の先が凍り、咄嗟に土下座を披露する。リューナを怒らせてしまった時に何度も繰り返し行った動作のため、流れるような無駄の無い土下座だった。

 クッキーを噛み砕きながらジト目でユクレステを眺め、ふう、と一息いれる。

「それで、本当のところはどうなのです?」

「ディーラの三日酔いが治るのを待っているんです。あの子、うちの大事なアタッカーなので」

 気温の下がった部屋にいつまでも置いておく訳にもいかないので、現在ディーラは隣の部屋でお休み中だ。アリスティアも彼女のことは知っているため、頷いて見せた。

 ちなみにこの時、ユリトエスは早々に彼女を担ぎこの部屋から逃げ去って行った。後で愚痴の一つでも言ってやろう。

「なるほど、あの悪魔をですか。ですが……使えるのですか?」

 脳裏に浮かぶのは怪しい目をして炎を撒き散らす悪魔の姿。確かに、あれだけの力を使えるのならばかなりの戦力になるのは間違いないだろう。ただし、使えればの話だ。

 先日の襲撃の際、ディーラは前半あまり役にたっていなかった。羽が凍り付き身動きも取れず、力も半減以下になり下がる。また酔わせれば多少の戦闘は出来るかもしれないが、連携と言う点では使えない。そんな彼女を待つ意味があるのか、アリスティアには疑問だった。

 だがユクレステ強い意思をもって頷く。

「もちろんです。今はまだ言えませんが、こっちにも秘策はありますからね。この前とは違う、あいつの全力をお見せ出来ると思いますよ?」

 不敵に笑うユクレステにふぅんと相槌を打ち、頬杖をついた。

「なら待っていてやります。おまえ達の全力を見るのが主精霊である私の仕事。それが整うまでは待っていてやるのです」

 そう言って、ポイ、とチョコを口に放った。


「そう言えばアリスティア様、今日のその格好……」

 チラリと彼女の姿を盗み見て首を傾げる。以前見た時と同じ服装で、今回の変更点はその上から着ているローブだけが違った。

「……別に。ただの気まぐれですよ」

 フイ、と視線をずらして呟くアリスティア。だがそのローブはユクレステにとって見慣れたものだった。自分の一張羅としてこの二年、雨の日も風の日も共に居た、いわば相方。炎を操る悪魔や、雷の主精霊との戦いでも常に側にいてくれた。親友のような存在……とまではいかないが、それなりに愛着のある一品であるのは確かだ。

 先日彼女に奉納した品なので、彼女がそれをどう扱おうとユクレステにはなにも言えないのだが、お世辞にも綺麗とは言えないものを、美を謳う精霊が身に着けているのには違和感を感じてしまう。

「……まあ、大事にしてくれているのなら嬉しいです」

「はっ? なにを勘違いしてるのです? ただ単純に今日はローブを着たい日だっただけでおまえの感情なんか知った事ではないのですよ? 大体こんなボロいローブを私に捧げるその神経がわかりません。調子に乗るな、カス魔法使い」

「…………あ、はい。ごめんなさい」

 ひどい言われようである。だがまあ、彼女の毒舌ももう慣れたもの。ユクレステはとても沈んだ表情で謝った。

 ……うん、多分これは慣れていない。

「……帰ります」

 そう言って宙に腰掛け、チラリと一睨みして窓を開く。冷たい風が部屋の中に入って来るが、元々室温は低下していたためあまり寒いとは感じなかった。

「え、もうですか? せっかくなんだから夕食でも食べていけばいいのに。ちゃんとかき氷も出ますよ?」

「いりません。……普通精霊を食事に招待するですかね?」

 かき氷に関しては若干心が揺れるが、主精霊としての威厳を保つためきっぱりと断る。彼女はどこぞの主精霊とは違うのだ。

「そうですか。それなら、次に会う時はお手柔らかにお願いします」

「なにを言っているのですか。次はこの前の悪魔の時とは違い、本当の私で相手をしてやります。精々覚悟をするのですね」

「へっ? 本当の?」

 彼女の言葉に呆けるユクレステ。その表情を楽しげに眺め、雪風が室内を舞った。アリスティアはニコリと笑みを浮かべて首を傾げ、消え行きながら声だけを残す。

『生意気なおまえ達がどれだけやれるのか、楽しみにしてやりますよ』

 いなくなったのを確認し、窓を閉めてから雪の積もったベッドに腰掛ける。肺に堪った緊張した空気を抜きながら、額に拳を当てて笑う。

「もちろん、見せてやりますよ。俺たちの力をな」

 その凶暴な笑みはだれに向けられていたのか。それはユクレステにしか分からない。



「さ、て。ようやくだな」

 アリスティアとのお茶会から二日後。結局四日酔いとなっていたディーラもなんとか回復し、ユクレステ一行はアリティア洞窟の前に立っていた。

 リーダーとなるユクレステ、以下にミュウ、ユゥミィ、ディーラ、シャシャ。マリンの首飾りはミュウが身に着けており、これで全員である。一人ユリトエスがいないが、それは彼自身がこの戦いに参加するのを辞退したためだ。それもそうだろう。ユリトエス自体に戦闘力はほとんどない。今から剣を持たせたとしても、精霊との戦いについて来られるはずがないのだ。それを理解し、彼はだれよりも先にそう宣言した。

 ユクレステはそれで良いと思っていた。自分の出来る事、出来ない事を理解し、笑顔で送り出す。それも仲間の戦い方だ。宿の前で、皆が帰って来るのをここで待ってると見送ってくれた彼のためにも早く終わらせなければならない。でなければ、いくらバカ王子と定評のある彼でも風邪をひいてしまいそうだ。

「ミュウ、シャシャ。二人とも前衛アタッカーなんだ、一気に終わらせような?」

「はい……!」

「りょーかいッス! くぅ~! 主精霊との戦い、腕が鳴るッスよー!」

 やる気十分な二人の少女に頷き、ユゥミィを見る。

「頼むぜ騎士様。ユゥミィは精霊戦における秘密兵器だからな」

「秘密兵器! なんてそそられる響き! 任せろ主、私が皆を守ってみせるぞ!」

 主精霊が相手ならばガス欠にはならず、さらに魔力におけるダメージを軒並み軽減するユゥミィは正しく盾と呼べる。……囮とも言うが。

「ディーラ……は、大丈夫か?」

「もも、も、問題ないよ」

「いや、そんなに震えながら言われても……」

 余程寒いのか、ディーラはカチカチと歯を鳴らしている。大丈夫なのか不安になる姿だが、一応秘策はあるようでユクレステの表情に影は無い。

「マリンも頼りにしてるからな」

『ふふん、任せといてよ。ま、陸地じゃあ私って役に立たないんだけどね! えーん!』

 アクアマリンから聞こえるマリンの泣き真似に苦笑しつつ、視線を洞窟内へと向ける。冷たい風が流れ込み、内部からは溢れんばかりの魔力が感じられる。

 精霊アリスティアの住居。それはつまり、彼女が座するに相応しい神殿である。ミュウの時のことを思い出しながら、気合を入れて踏み出した。



 洞窟の内部はなんの変哲もない一本道だった。壁や地面から生えた氷が水晶のように輝きを放ち、暗い洞窟内を照らす灯りの役割を担っていた。彼らの周りを青い蛍のような光が漂い、楽しそうにくるくると回って消えていく。

「これも精霊さんなんスよね? なんて言ってるんスか?」

「ふむ、『へへ、姐御に勝負を挑むなんてなんて命知らずだyо! 俺のハートに火がついちまうze!』だそうだ」

「なんか、精霊さんって変なのが多いんスかねぇ?」

 それはどうなのかは知らないが。少なくとも、人間には分からない感性をしているのは確かだろう。


 しばらく歩くと、道の先に光が満ちていた。光を抜けたその先に踏み入れたユクレステ達は、その光景を見ると同時に、ほう、とため息を吐いた。

「これは……」

「すごい、です……」

 あんぐりと口を開けたまま、ユクレステはその光景に圧倒される。すぐ後ろに控えていたミュウも同様に息を吐き、辺りを見渡した。

 半円にくり抜かれたような巨大な広場。それが、その場所を見て感じた印象だった。街の広場よりも広く、天上までの高さは優に五十メートルを超えていた。山の中心を円形にくり抜いたような場所だ。地面や天上からは鋭く尖った氷が突き出ており、その一つ一つが鏡のように輝いていた。

 その最奥で、精霊は眠っていた。

「ようやく来ましたか」

 氷で出来た、お世辞にも座り心地が良さそうには見えない玉座で目蓋を閉じているアリスティア。浅く腰かけ、気だるげな雰囲気を醸し出しながらもその美しさは損なってはいない。片目を開け、ユクレステ達を一瞥すると低く息を吐いた。

「氷の精霊使いになるための……私を従えるための試練。三百年振りくらいですね。そんなことをしようとする、愚か者は」

「愚か者なのは重々承知しています。それでも絶対に諦められないものがあるんです。自分でも、バカだとは思いますけどね」

 ニッと笑みを深めて言うユクレステに、アリスティアはニコリとした笑みを見せて言う。

「なら喜ぶと良いですよ。私たち精霊は、そんなバカは嫌いではないです。まあ、総じて愚かなのは否定しませんが」

 笑みを引っ込め、空気を吸うように己の力を集めていく。このアリティア洞窟の――アリスティアの神殿の全ての力を吸い込むように、低く、深く。

「や、やば寒い……ご主人、あれ早く……」

 パキパキと壁が、床が、天井が凍り付いていく程に急激な温度の低下。その時点で一番ダメージを受けているディーラは催促するようにユクレステにひっついた。

「……それでは、始めましょうか」

 たん、と軽やかにその場に立つ。今の今まで来ていたボロボロのローブを脱ぎ捨て、玉座から漏れ出た氷を背に乗せながら。

 一歩脚を踏み出すと同時にパキパキと体が凍り付いていき、もう一歩踏み込むと軽い音を立てて砕け散る。そうして現れたのは、正しく美を司る精霊だった。

「まずは軽く力を見ましょう。魔法使いにして雷の精霊使い、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン。おまえが私を従えるに相応しいのか」

 少女の姿だったアリスティアの肉体が成長し、美女と呼ぶに相応しい姿となって視界に映る。少女の時は背伸びしたようにも見えた服装は、今では見違えるほど彼女の姿に合っていた。

 妖艶にして清純。

 美麗にして可憐。

 美の集大成とも言える存在を前に、ユクレステは目に力を込める。同時に、杖を持つ手を広げた。

「オームの時とは違う……本当の試練。はは、乗り越えてやろうじゃんか!」

 あの時はただ我武者羅がむしゃらに、暴れる彼女を大人しくさせたに過ぎない。そもそも精霊としてはアリスティアの方が何百倍もキャリアは上だ。それだけでもオーム以上の相手だと予測できる。

 ならばどうするのか。そんなもの、初めから決まっている。

「全力で、全開で……俺たちの全てを見せつける! みんな、行くぞ!」

『おおっ!』

 試練だと言うならば、見せつけるまでだ。自分達の出来得る、最高の力を。

あいつ(ザラマンダー)ならこう言いそうですね。――その意気や良し」



 ユクレステの言葉に反応し、各々が自らの武器を構えて散開した。背中から巨大な剣を取り出すミュウと、腰の鞘から刀を引き抜くシャシャ。ユクレステの前方で変身チェンジと唱え鎧姿になるユゥミィ。そしてディーラは先ほど受け取っていた小ビンを取り出した。

「良いか、ディーラ。そいつは前に作った魔法薬マジック・ポーションの改良型だ。以前は水に薄めた物を羽に塗ることで精霊の冷気を防いでいたけど、今度のやつは体内に入れて発動させるタイプ……要するに飲み薬になった訳だ」

「うん、分かってる。味もかき氷のシロップで味付けしてたしね」

 ちなみにストロベリー味である。

「水で薄めることはしなかったから一口で効果が出る。用量用法を守って正しくお使い下さい」

 薬剤師のようなことを言うユクレステの言葉に頷き、ゴクリと一口。

「はっ――かっ――!」

 すると、胸の奥がジリジリと焼けるような感覚に襲われた。

「あ、つぃ……けど――」

 気分が良い。

 寒くて寒くて堪らなかったこの空間が、今では逆に暑いくらいだ。羽に纏わりついていた霜が湯気に変わり、バサッ、と大きく羽ばたいた。

「撃滅の大いなる焔、その灼熱の切っ先を構え、向かう全てを焼き潰せ――」

 まずは前回のお返しに、

「ザラマンダー・ファランクス。い、けっ――!」」

 焔の巨槍を放った。

 アリスティアは真正面から迫る炎に向かって片手を突き出し、凍結させる。彼女は氷の主精霊。生半可な火力では以前の二の舞にされてしまう。だが――

「チッ」

 パン、と払うように手をずらす。焔の巨槍を弾かれたように頭上に向かい、天井を明るく照らした。

「うん、良い調子」

 空中にとどまりながら魔法の威力に納得し、笑みを浮かべる。眠たげな瞳は鋭さを増し、口元には不敵な笑み。強い相手と戦えると言う興奮がその身を満たす。

「次は燃やす」

「……つくづく、生意気」

 湧き上がる力を隠そうともせずに、ディーラは次の一手を口ずさんだ。


 先制の一撃を防いだアリスティアは今度は近付く二つの影に視線を向けた。

「剣気一刀――刺撃!」

「剣気――地崩!」

 突き出された刀を容易く避け、次に飛んで来た大剣による一撃を氷の壁を出現させて防いだ。

「やはり、この攻撃力は脅威ですね」

 しかし完全には防げなかったようで、氷は砕け地面が割れる。一足で彼女達の攻撃範囲から逃れたアリスティアは片手間に魔法陣を描いた。

「凍れ」

「させん!」

 陣から放たれた青い光線がシャシャへと向かうが、彼女を押し退け鎧姿のユゥミィが盾となった。直撃したにも関わらず光は霧散し、彼女には怪我一つない。そこに放たれる突風。

「ストーム・カノン!」

 ひらりと舞うようにして跳躍するアリスティア。視線を向ければユクレステが杖を突き出しており、表情までしっかりと読み取れる。

「ザラマンダー・ブレード」

「――っ!」

 熱気を感じ即座に頭上を見れば、そこには宙に立つアリスティアよりもさらに上空で待ち構えていたディーラが炎熱の長剣を振りかぶっているところだった。振り下ろされた長剣は精霊の防御を超え地面に叩き落とす。

 そこにユクレステの声が響いた。

「ミュウ!」

「やぁああ――! 剣気――空波!」

 横薙ぎに振るわれた重たい衝撃波がアリスティアを捉え、吹き飛ばした。


 だが、

「なるほど。――良く分かりました」

「っ!?」

 声は玉座から聞こえた。何時の間にそこにいたのか、アリスティアは変わらぬ様相で腰掛け、冷たい瞳を向けている。

「な、なんスか!? なんで無傷――!」

「……眷属か」

 シャシャの言葉を遮って呟くユクレステの声に、アリスティアは微笑んで答えた。

「その通りです。あれは私そっくりに作られた氷像。あの程度倒せなくては試練を受ける意味もないですからね。そして――」

「のわぁっ!?」

「あぅ……!」

 片手を軽く上げると地面から鋭い氷の塊が突き出て来た。ユゥミィとミュウが慌てて避け、生えた氷を見る。鏡のように自分達を移す氷。ユクレステの近くに生えた氷に映ったのは、玉座に座る主精霊。

「マズ――!?」

「良い反応です」

 なにかを感じ取ったのか氷から離れようとしたユクレステの腕に、細い指が絡みついた。すると玉座のアリスティアが消え、代わりに氷から抜け出す様にして現れる。逃げ出そうにも、視線は動かず、掴まれた右腕も動かない。

「主!」

「ユー兄さん!」

 ユゥミィ達が慌てて彼女に狙いを定めるが、突如として出現した氷の壁に阻まれる。

 そして、

「ん」

「むぅ……!?」

 全員の視線が集まる中で、氷の主精霊がユクレステに濃厚な口づけを行った。

「えっ?」

「えっ?」

『えぇえええー!? なにそれー!』

 一人特に大きな声を出すマリンだが、外に出れない状況でなにが出来る訳でも無し。

「……っ!? ぐぅ……な、なにを――」

「……クス」

 ハッと我に返ったユクレステが振り払うようにアリスティアを突き放すが、異常はすぐにやってきた。

「ハッ、あ、さ、寒い……」

 口から出る白い息。心臓が、肺が、血が、肉が。体の全てが冷え切っていく。指先は白くなり、徐々に凍結する。

「ご主人さま!?」

 脚が凍りつく、腕が凍りつく。その状態を自覚して、慌ててポケットに手を突っ込むが既に遅い。

「あ――」

 僅か数秒の時間で、ユクレステは完全な氷像になってしまった。

「なっ――!?」

「こ、凍っちゃったッスよ!?」

 ディーラとシャシャの叫びが洞窟内に木霊する。アリスティアは唇に指を当て、蠱惑的な笑みを浮かべた。

「今までのやり取りで分かりましたが、おまえ達は確かに厄介です。足りない力を補い、まるで狩りを行うかのように攻め立てる。けれど、それを指揮する者がいなくなった時、果たしておまえ達の実力はどの程度なのか……この試練で、見極めてやりましょう」

 広場を覆っていた氷が音を立てて砕け、視界は転換する。床も壁も、天井でさえも氷で満たされる。ガラスの上に立っているようで、その奥には降り積もる雪の道が見えた。

「この神殿の最奥で──」

 刹那、彼女の装いは変わっていた。動きやすいようにスリットの入ったバトルドレスに、豪奢な髪飾り。右手には身の丈ほどもある長剣が握られている。

 アリスティアの背後には玉座と、その横に置かれたユクレステの氷像が。

 彼女は笑みのままに言い放った。

「真なる試練を始めましょう」

記念すべき六十話目です! 

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