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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
6/132

炎の魔人

夏休みも終わり、ということでスピード投稿!

 轟音と共に木々がなぎ倒されていく。立派な環境破壊に心が痛むが、それでもあの木々のようにはなりたくないので必死に剣戟を躱していく。

「チィ、ちょこまかと!」

「当たらないだすなー」

 二人の男が必死に剣を振り、たった一人の少女を追い詰めていく。鋭い切っ先が美しい黒髪を掠め、ハラリと風に舞う。

「……っ!」

『大丈夫だよ、ミュウちゃん。上手に避けられてる』

「は、はい!」

 大男が振るう巨大な剣が頭上を通過し、突き出された男の剣を間一髪で避ける。

 初めての戦闘にしては見事な動きをしている。マリンの助言のおかげで避けることが出来ていた部分もあったが、それでもここまでの身のこなしが出来ているのは素晴らしいものがある。

(やっぱりすごいな、この子。魔法に関してもそうだけど、体術だって負けてない……うーん、私ちょっと自身なくすなー)

 異常種イレギュラーとは皆こんなものなのだろうか、と思考する。今が戦闘の真っ最中に関わらず、そんなことを考えられるのもミュウの天才的な体捌きにのおかげだろう。正直、避けるだけならば最早マリンが口を出す必要がないのだ。危なげに見える部分だって、ミュウはマリンの指示より先に体が動いている。

『とりあえずミュウちゃん、慣れてきた?』

「な、なんとか……」

『じゃあ次のステップ行こうか。一旦間合いを取って……ああ、離れてくれるかな?」

 間合いという言葉が分からないだろうと言い直す。マリンの言葉に従い、ミュウは勢いよく後ろに跳躍、一歩で数メートルの距離を取った。

「く、クソが! 遊んでんじゃねーぞ!?」

 別に遊んでませんよ、と宝石の中でマリンがぼやく。なにせこれは、ミュウの戦闘訓練なのだから。

 実戦が訓練とはだいぶハードだとは思うが、これが一番効率がいいのだ。特に、このミュウという少女は戦って戦って、その戦いで様々なことを学んでいく。今も彼女は二対一という圧倒的不利な中、剣の間合いや避け方を学んでいる。

『今度は攻撃してみようか。ミュウちゃん、人を殴ったことってある?』

「な、ないです……」

 申し訳なさそうに返事をするミュウに、マリンは笑いながら言う。

『オケオケ、まあミュウちゃんいい子だしね。むしろこれで、目につく奴全てを殴って生きてきた、とか言われたらどうしようかと思ったよ。まさに歩く凶器だね』

「は、はぁ……」

 マリンのテンションについていけず、気のない返事をする。その間でも敵の姿は視界から外さず、急に襲って来ないか警戒は怠らない。まあ、今は動き詰めだった盗賊リーダーが息を整えているので大丈夫だとは思うが。

『まず一つ。女の子がグーで殴っちゃいけません。手を怪我しちゃうからね』

「えっ? ではどうやって戦うんですか?」

『うん、いい質問だね。簡単なもので言えば、武器を使うんだよ。剣や槍、斧だって構わない。基本的に武器を使った方が強いし、確実だもん。まあ、それでも素手ゴロがいいって言うなら止めないけど、その時は魔法を使った方がいいよ?』

「魔法……」

『そそ。装甲魔法っていうのがあってね、腕や足に魔力を込めて、手甲みたいにする魔法だよ。あんまり需要はないんだけどね』

 魔法使いがわざわざ素手で挑む事態などそうありはしないので、当然と言えば当然である。

 ……どこかでだれかがくしゃみをしているかもしれないが。

「あの、でも私……武器持ってないです」

『あはは、なにを言ってるのさミュウちゃん』

「だークソ! ドビン!」

 痺れを切らし、リーダーがミュウへと突貫する。大男のドビンはそれに追従するようにドシドシと駆け、力強く大剣を地面に振り下ろした。

「いくだすー!」

 剣と地面がぶつかり合い、衝撃波が生まれ、真っ直ぐと地を這って進む。

 ミュウはそれを危なげなく躱し、次いでリーダーの剣と相対する。

「でりゃあああ!」

「マリンさん?」

 鋭く振るわれる剣を最低限の動きで避け、マリンとの会話すらも挟む。余裕、とはまさにこの状態のことを言うのだろう。

 アクアマリンの宝石が淡く輝き、マリンの意思を告げた。

『武器ならあるじゃない。そこに、ふたぁつ』

 その意思が宝石のように綺麗かどうかは定かではないが。っていうか真っ黒だが。

「そ、そんな……人の物を盗むのは……」

『なに言ってんのさ、元々あの剣はマスターのものだったんだよ? それを返してもらってなにが悪いっていうのさ』

 いけません、と言い切るより早くマリンが説得。……説得と言えるのだろうか?

「それは、確かに……」

『それにあのマッチョの剣だってきっと盗まれたものだよ? それを使って人助けをすれば、元の持ち主だって喜ぶと思うよー多分』

「な、なるほど。そう、かもしれません……」

『でしょ? それになにより、マスターを助けに行くためには多分武器が必要だと思うんだよ。マスターならきっと許してくれるさ多分』

「そ、そうですね!」

 籠絡完了。

 多分、とか、きっと、とか、思う、とか。そういった言葉が不自然に多かった気がするのだが、ミュウは気付いていないようだ。

『そんな訳でミュウちゃん、レッツゴー!』

「は、はい! 『破砕(ブラスト)』」

「おわっ!?」

 盗賊のロングソードを避け、空気が振動した。

 破砕(ブラスト)の魔法は場所を指定し、その固定された空間を攻撃する魔法だ。動き回る人間相手ではやや使いづらい。だが、自分と相手の間に指定し、近寄ってきた相手の目の前で発動させれば怯ませることもできる。

『もう一つおまけでー』

「『破砕ブラスト』!」

 今度は地面で放つ。足場が崩れ、吹き飛ばされる盗賊。しかし一度見ているために対応することが出来た。

「くっそ――ドビン!」

「応だすー!」

 距離を取ってしまった盗賊は相方の大男へと指示を飛ばす。巨体が迫り、僅かに体が硬直してしまう。

『ミュウちゃん、手! 蹴って!』

 巨大な片刃の剣が振り下ろされ、地面を盛大に破壊する。だがその隙をマリンは待っていた。

「ハッ!」

 半身を逸らすだけで剣を避け、振り下ろした反動で動けないでいるドビンの腕を強く蹴る。

「だすっ!?」

「いっ――!?」

 まるで鋼鉄を蹴った感覚が足の先に残る。幸い、相手もまた腕を押さえ、後退している。

「ハハハッ、ドビンの体は岩みてーに固いんだよ!」

 大男と代わるように盗賊のリーダーが前に出てロングソードを振り下ろす。それを左に避け、横に振るわれたそれをしゃがんで避ける。

「あっ――」

 その瞬間、ズキリと足首に痛みが走った。

『ミュウちゃん!?』

「だ、大丈夫です……」

 ドビンを蹴った際に足を痛めたのだろう。どれだけ頑丈なのか、逆に感心させられる。

「貰った!」

 動きの鈍くなったのを好機と見たか、攻撃の頻度を高めて剣を振るう。突き出された一閃が一筋の赤を生み出した。

「つぅ……」

 ミュウの頬を赤い血が流れ、地面に吸い込まれる。その間に振るわれた剣から逃げるように地面に突き立った大剣の裏へと隠れた。

「ハッ、そんなところに隠れたところで――」

 刹那、剣が弾かれた。

「……え?」

 重たい衝撃が剣を下から叩き上げ、気付いた時には彼の剣は弧を描き、気絶した小柄な盗賊のすぐ横に突き刺さってた。

「…………え、え?」

 なにが起きたのか分からない。本当に一瞬の出来事で、思考が見事に真っ白に染まる。

 どうやって剣を弾き飛ばされたのか、この手に残る痺れはなんなのか。そして、

『……ミュウちゃん、さ。それ、重くない?』

「え、と。その、ちょっと軽いかなとは、思いますけど……」

『あ、そう……』

 あの巨大な大剣を片手で持ち上げる姿は、一体なんなのか。

 盗賊たちは女性の声が二つ聞こえるのも気にならないくらい、見事にテンパっていた。

「兄貴兄貴! 剣だすー!」

 元々の剣の持ち主がロングソードをリーダーに手渡す。

「え、え?」

「じゃ、ガンバって欲しいだす! 出来ればおらの剣を取り返してくれると嬉しいだす」

「え、え、え?」

 その体格に似合わない俊敏な動きを披露し、チビの盗賊の側へと逃げていく。一応、構えなんぞを取ってみる。

『えーと、私剣とか使ったことないから分からないんだけど……思いっきり近づいて、思いっきり振り回せばいいんじゃないかな?』

「はい、やってみます!」

 柄に小さな手が添えられ、剣先がリーダーへと向く。ピタリと止められた大剣は少しのブレもなく、完璧に制御されている。

「あの剣、20kgはあるんだすけどなー」

 遠くからドビンの声が聞こえてくる。そんな補足情報いらんかったと、心の中でさめざめと涙するリーダー。だが待て、相手は剣技に精通しているという訳ではなさそうだし、小回りの効く自分の方が分があるのではないだろうか。

「よ、よし! いくぜ!」

 覚悟は決まった。ロングソードを持つ手に力が入り、身体全体に力が入る。

(いける! これならだれにだって勝てる! 行くぜ、ピリオドの向こう側へ――!)

 大量に分泌されたアドレナリンが絶望的な思考を支配する。今までの人生でこれほど充実したことはあっただろうか。いやない! 後はただ全力で目の前の少女を――

「え――?」

 ブン、と風を切る音が聞こえた。同時に腹部に凄まじい衝撃が飛来する。痛みを自覚するより先に、視界が次々に変化していくことの不快感を覚えた。手の力は抜けている。剣はそこにはない。視界は――青空だけが移している。

 ああ、なんて――

(綺麗、だな……)

 迷いの森、その上空を吹き飛びながら、盗賊団のリーダー、ロイン・カタルはそう思っていた。


 空高く吹き飛ぶ人間を眺め、ミュウはようやく戦闘態勢を解いた。剣をそのまま勢いよく地面に置いてしまったために、土埃が発生する。

「あ、あ、兄貴ぃー!」

 チビを脇に抱え、またも俊敏な動きをみせるドビン。それを追おうとはせず、小さく吐息した。

「よかった……勝てました……」

『勝てたっていうかその……うん、まあ、なんでもいいや』

 正直なところ、マリンもこんな展開は予想していなかった。負けるとは思っていなかったが、ユクレステが来るまでの時間稼ぎ、くらいにしか考えていなかったのだ。

 あの時、ミュウは盗賊のリーダーよりも早く間合いに詰めより、無造作に剣を振った。踏み込みも、型もなにもない、ただ振っただけ。それにも関らず、リーダーは哀れにも空を舞うことになってしまった。

 遠くから水音が聞こえてきたので、湖に着水したのだと思う。運が良ければ生きていることだろう。

「あ、剣が……これも貰っていいのでしょうか?」

『へっ? あ、うん。……いいんじゃないかな?』

 落ちているロングソードを手に取り、大剣の方も忘れずに持ち上げる。大剣というよりは鉄塊だが、それでも片手で、ひょいと気軽に持っている。

 いい買い物をした、レベルではない。異常種イレギュラーが他よりも優れているというのはこれまでに何度も聞いたことはあった。しかし、それがここまでとは、予想外にも過ぎる。なにせ彼女はまだまだ伸びるのだ。魔法も、肉体も。剣術を教えればさらに強くなるだろう。

 水中での負けはないにしても、陸上の戦闘でミュウはユクレステの持つ最強戦力になり得るだろう。

(おいおいマスター。これちゃんと制御できるんだろうね? マスターの気まぐれで文字通り最終兵器が誕生しちゃってるよー)

 擬似的な海に伝う冷や汗は、すぐに溶けて消えていく。宝石の外からは不安げな少女の顔があり、とてもではないがそんな最終兵器キルマシーンには見えない。

「あの、マリンさん……」

『んー? どうしたの?』

 ミュウの呼びかけに意識を戻し、お気楽な口調で返事をする。

「ご主人さま、大丈夫でしょうか?」

 小首を傾げ、そう尋ねるミュウ。あちらの方もそろそろ終わっているだろうと判断し、マリンは声を上げようとする。その時だった。

「きゃああー!」

『わひゃ!』

 とてつもない衝撃が大地を揺るがした。次いで聞こえる爆発音。それが聞こえた方角を向けば、赤々と燃える一帯があった。

『な、なんだあれ? って言うか、迷いの森が燃えてる!?』

 炎の魔法を使おうと燃えることのない迷いの森の木々たちが黒い煙を上げ燃え盛っている。並の魔力では傷一つつかない木であるはずなのに。

「これは……もしかしてご主人さまが?」

『や、それはないね。マスターは火の魔法、苦手だから。一応使えるみたいだけど、迷いの森に火をつけられるほどじゃない。となると、これは……』

 嫌な予感がする。この言葉は自分のマスターの口癖だが、今この時に限ってはマリンですら思ってしまった。それはミュウも同様に。

「ご主人さま……!」

『ちょ、ミュウちゃん待って――!』

 マリンの声を聞くより先に、ミュウは既に駆け出していた。炎に浸食されている、赤い森に向かって。



 ユクレステの目の前にローブが落ちてきた。正確には、ローブの切れ端だが。

 無地で飾り気がなく、土埃で汚れてしまっている。それを行ったのはユクレステだが、破いたのは彼ではない。このローブを着て、先ほどまで戦っていた人物が自分でやったのだ。

「それじゃあ、一発景気づけにやっとく?」

 倒木に乗ってこちらを見下ろす形となったその人物。盗賊の仲間で、先ほどまでは全身を覆うローブとフードを目深に被り、マスクで顔までキッチリ隠していた。その服装を破り捨てた今、彼の全身をようやく視界に収めることが出来た。

 いや、正確には、

「えっ? お、女……の、子?」

 彼女、だが。

「ん、そうだよ。分からなかった?」

「あんな格好されて分かるか!?」

 眠たげな瞳がユクレステを向く。寝ぐせのようにピョコピョコと跳ねた赤い髪が肩まで掛かり、穿いているズボンは片側の足だけ膝までの丈しかない。なにより特徴的なのが、上半身の服装だ。

「て言うかなにその格好!?」

 金属製のベルトが二つ、彼女の僅かに膨らんだ胸を覆っているだけだった。

「だって暑いし。服着るの面倒だし」

「そりゃあんなローブ着てれば暑くもなるだろうさ!」

 ピッと破れたローブを指差し絶叫。それでも分かっていないのか、首を傾げてハテナマークを浮かべている。

「て言うかさ」

 頭を抱えるユクレステを無視し、今度は興味深げに視線を向けた。トン、と倒木から降りようと跳躍し、羽音と共に()()()()()する。

「こっちを驚かれないのは、予想外」

 自身の腰の辺りから伸びる尾を指差し、次いで羽を羽ばたかせる。

「僕、どう見ても人間じゃないのに」

 その通りだろう。伸びた尻尾の先は矢じりのような形をしており、背から生えた羽は蝙蝠のそれとよく似通っていた。種族としては、悪魔族に連なるものなのだろう。

 先ほどまで相対していた人物が、実は人間ではなく、悪魔だった。それは確かに驚くべきことだろう。――普通なら。

「はっ? いや別にそれはどうでもいいんだけど……」

 魔物なんてこんなにも世界に溢れている。森や平原、海に川にとすでに見なれた景色の一部となっている。そんなものを今ここで見せられても、ユクレステにとっては驚く対象にはならない。

 むしろ女の子だとは思わなかったため、顔面に掌打を喰らわせなくてよかったなんて思っていたり。

 とは言え、そんな考えを持つ人間がいるとは思わないのが普通である。

「どうでも……。ふぅん、そう」

 ユクレステの反応をバカにされたと受け取ったのか、ムッとした顔で睨みつける。怒っている、とまではいかずとも、なんとなくイラッとした。

「じゃあ、もういいね。どうでもいいみたいだし、るよ。突貫せよ逞しき炎、その熱き切っ先にて敵を燃やせ『ブレイズ・ランス』」

「っていきなりかよ!」

 杖を使えないために無詠唱に拘ることを止め、詠唱付きの『ブレイズ・ランス』を空中から放り投げる。先ほどとは違う上空からの攻撃に、態勢を整えるために一度距離を取ろうとする。

「撃滅なる大いなる焔、その灼熱なる切っ先を構え、向かう全てを焼き潰せ」

 しかし、その判断は大きな間違いだった。

「ちょっ、それって上級――」

 少女の詠唱に思わず振り返り、喉元まで出かかっていた言葉が飲み込まれる。

 右手を掲げ、頭上に炎を宿す。それは先ほど何度も見た光景だが、今回のそれはまるで違った。

「『ザラマンダー・ファランクス』」

 先ほどまでの槍は二メートルほどだった。しかし、今ここにある炎の槍は違う。大きさは五メートルを優に超え、ルビーの宝石すら霞んで見えるほどの煌めきでそこにある。

 精霊上級魔法。略称は上級魔法。精霊の力を借りて使用する、破壊に特化した驚異的な魔法。

 上級魔法はだれにでも使用できるという訳ではなく、精霊に認められた者にしか使うことができない。破壊力は先ほどまで使用していた中級魔法とは比べ物にならない力を有している。

 それが目の前にある。圧倒的な熱量を持って、こちらに牙を向いている。

「覚えておいて。ディーラ・ノヴァ・アポカリプス。僕の、名前」

「――っ!」

 名乗りと共に槍が動く。細かな狙いはない。ユクレステのいるであろう方向。そこへ投げ出せば――

「い、け」

 広大な範囲に破壊を振りまくことが出来る。

 炎の槍が大地を破壊し、飛び散った炎が木々を焼く。大樹から木の葉の一枚までも等しく燃やす。圧倒的な面での攻撃。それが上級魔法という災害のなせる業。

「ちょっとやり過ぎた?」

 バサ、と翼を動かし地上に降り立った。辺りは火で溢れ、凄まじい熱が漂っている。

「あ、あ、危ねぇー……もう少し遅かったらマジで死んでたんですけど……」

 その中で、一人の少年が青い顔をして立っていた。

 彼の周り数メートル。そこだけが丸く切り取られたように、炎の被害は及んでいない。これには流石の彼女も素直に驚いた。

「すごいね。なんで生きてるの?」

「殺すつもりだったんかい!? いやまあさっきから知ってましてけど!」

 両手に杖を持ち、恨みがましそうに睨みつける。それでもどこ吹く風のディーラには効果はない。

 自然と浮かぶ笑み。彼女は昂揚したように言の葉を紡いだ。

「じゃあ次はどうなるのかな? 業炎なりし紅の王、撃ち尽くせ無限なる魔弾『ガトリング・ザラマンダー』」

「またっ――!」

 右手の先に燃え盛る炎が形成され、そこから無数の弾丸が射出される。『バレット』と同じ『魔弾』系列の上級魔法から繰り出される魔弾に対抗するために、『破砕ブラスト』を詠唱破棄で発動させるがその程度では文字通り焼け石に水だ。すぐに逃げることに専念し、防御の呪文を試みる。

「守り手は暴風、緩やかにあれ『ストーム・ウォール』!」

 風の障壁が魔弾を防ぐ。上級魔法とは言え、攻撃力自体が差ほど高くない魔弾魔法なのでなんとか防ぐことは出来ているが、これ以上の攻撃力を持った呪文などいくらでもある。守るだけでは勝てない。というか、人の形を保っていられるかすら不安で仕方ない。

(くそっ、あのうすらデカめ! 本当に原型留めていられるか不安になってきたよチクショウ!)

 このままでは恐らく無理。この小さな杖も頑張ってくれているが、あのレベルの魔法と撃ち合うには些か心許ない。

 そうなると、盗まれた杖がこうして手元に戻ってきたことは、幸運だったのかもしれない。

「仕方ないとは思うけど、力貸してもらうよ、リューナ」

 片方の杖で風の障壁を展開しながら、意識を分割してもう一方の杖の中へと侵入する。それは物理的な意味ではなく、魔力を通し、杖本来の持ち主が最上の使い手になれるように設定すること。

 ユクレステの持つ、リューナの杖。その制限リミッターを、完全に紐解いて行く。

(呪文詠唱の項目、制限解除。魔力供給の項目、制限解除。シンクロの項目、制限解除)

 半分の意識で出来るだけ早く項目を並べて行く。文字の羅列が頭の中に次々と浮かび上がり、承認と解除を繰り返して消し去る。

(身体と魔力の項目、制限解除。精霊の認可、制限解除。それによる上級魔法の使用、制限解除)

 全ての項目にチェックを入れ、一つも漏らしていないことを再度確認する。最後に杖の内部をグルリと見渡して、

(……それじゃあ、お願いするよ)

 見上げる程に巨大なイメージが杖の全てに現れる。ユクレステは親愛の情を持ってそれと対峙し、今までの項目を全て手渡した。

 ――よいじゃろう。

 重く、優しい声が聞こえる。もちろん、それは杖作成時のイメージでしかないのだが、ユクレステを奮い立たせるには十分過ぎるほどだった。

 ――制限の全解除を、承認しよう。

 ただそれだけの言葉。だがそれで、ユクレステは戦うことが出来る。

(ありがとう)

 心の中で感謝し、半分の意識を統合する。小さな杖は懸命に炎の弾丸を遮っているが、そろそろそれも限界だろう。杖の中枢はそう壊れるようなものではないが、外装である木材には限界がある。

「……? なにを――」

 もう片方の手に持つ杖を僅かに掲げ、再度思考を半分に割く。そして、そのまま呪文を口にする。

「流麗なる風神の刃、世界を駆ける力と共に、今目に映るもの全てを討ち果たせ」

「それは……!」

 紡がれた言葉は力となり、杖の穂先に集中する。炎の弾丸は今も無尽蔵に吐き出され、風の障壁を削っている。ならばまずすべきは、目の前の――邪魔な炎の排除。

 力を込める。無色透明な風が集まり、段々と色をつけて行く。完全な色を得た風は、なによりも美しく、翡翠の色を称えている。その最高潮で、

「『シルフィード・ブレード』!」

 ユクレステは魔力を解き放った。

 翡翠色の刃は燃え盛る炎を吹き飛ばし、魔弾を消し去り、木々を薙ぎ倒す。瞬間的な力が解放され、それが収まった時、全ての炎は消えていた。

「ん、中々の威力」

 ぺロ、と自分の唇に舌を這わす。熱気と緊張によってカサカサだった唇に僅かな潤いが戻り、ようやく一息いれられる。小さな杖を腰のベルトに戻し、愛用の杖を利き手に持ち直す。

 グルグルと肩を回し、ニヤリと笑ってディーラに杖を突きつけた。

「決めた。俺、おまえを仲間にする」

「……なかま?」

 ユクレステの魔法の威力に呆然としていたディーラが、突然の宣言に目を丸くして声をあげる。

「ああ」

 疑問の込められた言葉に、ユクレステは鷹揚に頷き、

「俺はユクレステ・フォム・ダーゲシュテン。魔物使いで、いずれは聖霊使いになる男だ!」

 自身に満ちた声を響かせた。

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