表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
59/132

紅蓮祭り

 それは、ユクレステ達が戦闘を始める直前の出来事であった。

「……なぁ、なんかアリスティア様がどうのこうのって言ってるみたいなんだけど……」

「ああ、俺もそう聞こえた。まさかあの子が精霊様?」

「確かにこの世のものとは思えない美しさだよな」

 精霊など初めて見る街の人間からすれば、彼女の異様は言葉では言い表せない程のものだった。あまりにも美し過ぎる容姿に、冷たい表情。ともすればなにかに目覚めてしまいそうになる姿を視界に入れ、その場にいる人達はゴクリと喉を鳴らす。

「……そう言えば、あの氷って精霊様が作ったって言ってたっけ?」

「それ以前に氷の精霊ってことはあの氷にも精霊様のお力が宿っているんだろ? それならさ――」

 神妙な面持ちで言葉を続ける男性。

「氷をペロペロすれば、精霊様をペロペロした事になるんじゃないか?」

『――っ!?』

 一瞬驚きに顔を上げた人達は、ゆっくりと吐息してクルリと後ろを向く。そして、

『ウォオオオ――!!』

「な、なんです? こいつら、無駄に熱気が……はっ、そうか、恐がってるのですね? ふふん、良い気味です」

 自分を恐がって逃げて行くと思ったアリスティアは、腑に落ちないながらもどこか得意気な顔をしていたそうな。



 目の前に立つ騎士の氷像は凛とした姿勢を正し、まるで王にこうべを垂れるようにひざまずく。片膝を立て、頭を下げ、一人の少年を主と定めて。それは正しく騎士だった。だれもが夢見て、憧れる。そんな騎士像がそこにはあった。

「な、なぜだ……」

 喉から無理やり声を捻り出す。掠れた声が雪の広場に聞こえ、震える指先が騎士に向けられる。

「なぜ私じゃなくて主に跪いているのだ!? 製作者は私なのにぃ!!」

「いや、知らんがな」

 兜の裏では顔を真っ赤にしていることだろう。ユゥミィがムキーと地団駄を踏む。ユクレステは頬を掻きながらどうしたものかとアリスティアに視線を向けた。

「……なるほど、可笑しいと思っていたらその像、私の氷で作られていないのですね」

「そう言えば……」

 ユゥミィも最初は精霊の氷を用いて作っていたが、ちょっとしたミスにより別の氷を使わざるを得なくなった。氷精霊によって操られていないのはそのせいなのだろう。

「そして作品における情熱の方向が像のあり方を決めたのです。それを作った奴は余程おまえを守りたかったのですね。反吐が出ます」

 ニコリと微笑みながら首を傾げるアリスティア。そろそろこの毒舌にも慣れて来たユクレステは、納得したようにユゥミィを見る。

「ユゥミィ」

「ぅ……な、なんだろうか?」

 恥ずかしいのか、頬を少し赤く染めて視線を泳がせる。

「おまえのドジも役に立つことってあるんだなぁ」

「そっちか!? 違うよね! そこは私の忠誠心と言うかそういうのに感心するところだと思うんだ!?」

 しかし実際、あのままアリスティアの用意した氷で作品を作っていれば騎士像も敵となっていたことだろう。そうなれば五対三。今よりももっと厳しい戦いになっていたはずだ。そう考えると、彼女のドジは絶妙なタイミングでのドジだったと言える。

「つまりユゥミィは空気の読めるドジってことッスか?」

「んー、この場合空気は読めてないからタイミングの良いドジじゃないか?」

「私的にはタイミング最悪です。死ねこのクソ色エルフ」

「ひ、ヒドイ……」

 アリスティアも含めて酷い言い様である。特にあの精霊が。氷の主精霊という名は伊達ではないようだ。

 氷の騎士は立ち上がり、透き通った剣を振り向き様に振るう。剣と竜の尻尾が音を響かせ、再開の合図となった。

 巨体に似合わない素早い動きを見せる精霊像から離れ、戦闘態勢を整える。

「っと、忘れてた忘れてた。ユゥミィ、ほら元気出せって。例えドジっ子なユゥミィでも頼りにしてるのは本当なんだから」

「それは果たしてフォローになるのだろうか? ……ええぃ! もういい! とにかく暴れてやるぞー!」

 剣を構え、鎧姿のユゥミィは突撃する。それに追従するように氷の騎士も前に出た。

「クッ、私が作った作品になんて負けるかぁああー!」

 一体彼女はなにと張り合っているのか。魔力を纏わせた剣が一閃される。

「ヌルイワ」

「なんのまだまだ! フォレスト・エッジ!」

 弾かれた剣の代わりに木の葉が集まり緑の剣となった。それでドレス姿の精霊像に一太刀を加え、一歩引く。その隙間に跳び込むようにして氷の騎士が踏み込んだ。

 ギン、と鈍い音と共に精霊像の腕が跳び、呻き声が聞こえる。それを守るようにして裸婦の精霊像が存在感のある六つの乳房を揺らして現れた。手には巨大な氷の丸太が握られ、勢いよく振り下ろされる。

「なんか、あまりにもヒドイ絵面ッスよねー」

 体を沈め、刀を片手に呆れた顔のシャシャ。くるりとその場を回転し、その反動で技を放つ。

「剣気一刀――回刃!」

 刀と氷がぶつかり合い、ビシリと氷にヒビが入る音がする。その後ろからもう一体の精霊像が両手を突き出した。

「クライナサイ――シュセイレイノチカラヲ」

「あ?」

 アリスティアがなにか言ったように聞こえたが、そんなことより。

 精霊像の両手に現れた陣。そこから鋭い切っ先の氷塊が止め処なく吐き出された。射線上にはユクレステがたっている。集中し、忙しなく杖を動かしていた。その場から動く気配はない。

 いや、正確には――

「ここは守るぞ!」

 動く必要がないのだ。

 ユゥミィが一歩前に出て、それと並ぶように氷の騎士が出た。シャシャは彼女達の背後に回り瞳を閉じる。

「あだっ――いだっ――!!」

 魔法によるダメージならば防ぎ切る事は用意なユゥミィも、氷塊と言う凶器は完全に防げない。そんな彼女の姿を守るように、氷の騎士は再度一歩前に出る。左手に持った盾で防御をするが、互いに氷の体。徐々に削られて行く。

「おまえは……くぅ、主!!」

 ユゥミィが吠える。その叫びに対し、ユクレステはカッと目を見開いて答えた。

「ああ、待たせた」

 右手に握る杖からバチバチと電気が溢れ、左手で空に魔法陣を描く。キラリと杖に嵌め込まれたアメジストが光を放ち、一瞬の後には魔力が噴き出した。

「擬似方陣術式、新式だ! 喰らって驚け!」

 前方の魔法陣に杖をねじ込み、そこに並ぶ術式を組み込んで行く。最後に見えたのは、聖霊言語による三つの文字。

「雷――撃――砲!」

 光と共に放たれた巨大なイカズチの砲撃。雷の主精霊、オームが使用していた術式を解読、改良して普通の魔法使いにも使用できるようにした代物だ。聖具オリジナル・アイテムを使用しないためオリジナルの術式と比べれば威力は大きく下がるが、それでも主精霊の技。並の威力では終わらない。

 ユゥミィ達の頭上を跳び越えた雷の砲弾は、氷塊を飛ばす精霊像へと衝突した。

 轟音と稲光いなびかりが視界を遮り、遠くで雪が崩れる音がする。それらが収まった時、眼前には砕けた二体の氷像が倒れていた。

「……終わったッスか?」

 パラパラと降る氷の欠片を頭から払い除け、安堵の息と共にシャシャが声を発する。

「そう、みたい、だな……」

「って、ユー兄さん!? どうしたッスか!」

 振り向けばそこにはユクレステが息も絶え絶えに立っていた。杖に体を預け、今にも倒れそうになるのを支えながら、げっそりとやつれた顔をしている。

「ま、魔力が足りない……」

「えっ?」

 ポソリと言って前のめりに倒れる。シャシャが慌てて抱き止めた。そこに届く冷たい声。

「当然なのです。あんな術式、普通の人間が使えばこうなるのは分かり切っています。術式の展開、魔法陣の維持、無理やりの発動。どれも人間が使うようには出来てないです」

「い、いや……あれでも大分改良したんですよ? 威力だって五割減だし……」

「もう二割落とさないと使いものにならないのは今ので分かったです? 机上の空論で物事を計るのは止めないといつか痛い目を見る事になるですよ?」

「きゅう……」

 痛いところを突かれた。眼を回して倒れるユクレステ。

 実際、この魔法については実践するのが初めてだった。ただ理論は出来ていたし、使えそうな雷属性の高威力魔法がこれしかなかったので使ったまでだ。考えが浅かったのは否めない。

「まあ、人間にしては良い判断かもですね。おまえは風属性が得意みたいだけど、氷には相性悪いですから」

 一般的に風属性の特性である流動は停滞の特性を苦手とする。逆に癒しの特性は得意なのだが、停滞と癒しの二種特性である氷属性ではその優位性も通用しない。それに対抗するためには、こちらも二種特性の魔法を使用するのが手っ取り早いのだ。

 先ほど使ったのは雷属性。特性は流動と破壊。どちらもが有利不利を持つためどちらが強いと言うことはないのだが、それでも風属性の魔法よりも効きは良かったようである。

「け、結果オーライってことで一つ……って、そうだ。ユゥミィ!」

 居た堪れない空気に負け、ユクレステはユゥミィと氷の騎士の下へと近付いた。ユゥミィはほぼ無傷だが、矢面に立っていた氷の騎士の方はそうはいかなかったようだ。盾は既に粉々に砕け、剣も中ほどからポッキリと折れてしまっている。

「……流石は理想の騎士だ。だろ? ユゥミィ」

「主……うん」

 ユゥミィはそっと欠けた体に触れながら頷いた。自分を守ってくれた氷の騎士に、なにを思っているのだろうか。

「おまえ達、そんなのんびりしていて良いのですか?」

 アリスティアの声が届く。

「こっちとしても認めたくないですけど、あれくらいでどうにか出来るなら私だって苦労しないですよ」


 その瞬間、影がユクレステ達を覆い、氷の腕が振るわれる。その一撃で氷の騎士は粉砕され、代わりに精霊像が目の前に立った。

「なっ!?」

 咄嗟にユゥミィの腕を引き距離を取る。なにが起こったのかを確認するために睨みつけ、そこにドレス姿の精霊像を視認する。

 先ほど砕けたと思ったその存在に一瞬思考を奪われ、魔力切れのせいで息切れを起こす体は次の一撃を防げなかった。大岩のような氷塊がユクレステを打ち、吹き飛んだ衝撃で祭りの看板が破壊される。

「ってぇ……!」

 精霊像は一体だ。裸婦の方はもう立ち上がらない。ただ一体、ドレス姿の氷像だけがこちらに敵意を剥き出しにしている。

「ワタシガ、シュセイレイナノヨォオー!」

「なに言ってんだ、あいつ?」

 痛む腕を押さえながら叫び続ける精霊像を観察する。暴走しているかのように手当たり次第に攻撃を加えており、そのせいで近づくことすら困難な状況だ。

 言葉の意味も分からず首を捻るユクレステの側に、アリスティアが降り立った。

「ざまぁないですね」

 心底バカにしたような顔で見下された。

「あれは一体なんなんですか? ただの氷像じゃないのは百も承知してましたけど、あれはちょっと可笑しくないですか!?」

「……あれは、ちょうど一年前のことだったのです」


 遠い目をしたアリスティア。なぜか回想モードに入った彼女は、ポツポツと語り始めた。過去の嫌な思い出を口にするように、渋い表情を浮かべて。

「一年前の祭りの日、私の家に一体の氷像が届きました。毎年最も美しいとされた氷像が奉られるのは知っての通りだと思うのですが、去年届いたのが、あれです」

 ピッ、と小さな指で暴れ回る精霊像を指差す。

「最初見た時は喧嘩売られてるのかとも思ったのですが、まあそれでも尋常じゃないほどの情熱が込められていたし、折角だからと例年通りに私の眷属として迎えたのです」

 それがそもそもの間違いでした、とくたびれた表情で言う。

「あれは、なにを思ったのか自分を主精霊だと思うようになったのです。そして生意気にも私に挑んで来る事二百回超。その度に粉微塵に粉砕したり山奥で氷漬けにしたりしたのですが……」

「あー、ダメだったと?」

 ユクレステの言葉にコクリと頷く。その表情はまるで泣き出しそうな子供のそれだった。

「何度やっても戻って来ては私の邪魔ばかり。いい加減鬱陶しくなったのであれの製作者に全部押し付けようとしたのです」

 それが今回の異変の原因なのだそうだ。マイアの作った氷像が主精霊になり変わろうとしたため、苛立ち紛れに街を襲撃。そしてあわよくばあの精霊像を排除してもらおうと考えた訳である。

「……同情はしますけど」

 思いっ切りとばっちりを受けた身としては何とも。どうにかしてあげたい気はするが、先ほどの攻撃を受けてもほぼ全快してしまっている以上、どれだけ砕いても無駄だろう。そもそも、主精霊に出来ない事をやれと言われても困るのだ。

 非才と言う訳ではないにしろ、ただの魔法使いでは到底不可能だ。

「まあ、頑張れです。出来なかったら氷漬けにするだけなのですから」

「あ、それやっぱり冗談とかじゃないんだ」

「私は嘘と冗談が嫌いですよ?」

 ニコリといっそ晴れやかな笑みが眩しい。

 しかしどうしたものかと視線を送る。現在、精霊像からシャシャとユゥミィが必死に逃げ回っている。迎撃しようにも現在のユクレステはほぼ魔力が空だ。魔力回復薬マナ・ポーションはユリトエスに渡したカバンの中なので、現状回復手段がない。それにあったとしても一番有効そうな雷撃砲で倒しきることが出来なかったのは見ての通りだ。

 と、なるとだ。

「割と詰んでるんだよなぁ……どうにか出来るとしたら……」

 考え付く一つの事は、炎を用いて蒸発させることだけだが……ディーラの調子が良くないためそれも難しい。ユクレステ自身は火属性魔法が得意ではないため、代わりに、と言う訳にはいかない。

 これは諦めて逃げ出すのが正解だろうか。

 そう考えている時だった。

「ん?」

 なんだか明るいな、と顔を上げるユクレステ。その彼の目に飛び込んで来たのは、


 天まで燃えあがる炎の柱だった。

「…………は?」

 それも、轟々と赤い柱となった炎は一つだけではなかった。街のあちこちから発生し、パッと見るだけで十は超えている。その柱を縫う様に一つの影が飛んでいる。ふらふらしているようにも見えるが、気のせいではなさそうだ。

「げっ、こっち来た!」

 蛇行しながらもしっかりとこちらに狙いを定めているのか、空飛ぶなにかが凄い勢いでやって来た。雪を舞い上がらせ四つん這いになって着地する。ゆらりと立ち上がる姿は、恐ろしくもあった。

「ディ、ディーラさん?」

 そこにいたのは、バサリとコウモリのような羽を広げた悪魔族の少女だった。厚手のローブを脱ぎ捨て焼け焦げた服に身を包んだ、ほぼ半裸のディーラ。格好もそうだが、なによりも目がヤバい。

「うー? ごしゅ、じん?」

「あ、ああ。どうしたんだ、ディーラ? 寒くないか?」

「んー、あははははははっ!」

「うおぅ!?」

 グルグル目で突如笑いだしたディーラは、視線を未だ暴れる精霊像に向ける。

「もえーろー。ザラマンダー!」

「アラ?」

 スゥ、と足元に円陣が描かれたと思うと一気に炎が噴き出した。それは先ほども見た炎の柱で、高密度の炎が一瞬で氷像を消し去った。

「な、なんなんスか!?」

「熱い熱い!」

 ちょうど近くにいたユゥミィ達が少し炙られてしまったようだ。前髪が少し焦げた状態で、シャシャが非難の視線を向けている。

 だがディーラは意に返さず、ふらふらとユクレステに近寄った。

「ご主人~ぅ~」

「ディーラ? うわっ、酒臭い!」

 抱きついて来たディーラからむっとした酒の臭いが鼻につく。どれだけ飲んだのか、彼女の体が湯たんぽのように熱くなっていた。

「あー! こらディーラ! 主に抱きつくな――ぶっ!?」

「えへへ~」

 詰め寄ったユゥミィの姿が一瞬で掻き消える。見れば片手を伸ばし、魔力を放った格好のディーラがユクレステの胸に顔を埋めていた。恐らく、彼女がユゥミィを吹き飛ばしたのだろう。

「きゅう……」

 ゴロンと転がった鎧を眺め、冷たい汗がユクレステから流れた。酔ったディーラを見るのは初めてで、まさか酒乱の気があるとは思わなかったのだ。普段、眠たげな眼をしているディーラは、今は蕩け切った表情でユクレステを抱きしめている。

「ん~、ご主人の匂い……好き~」

「え、あの、そんなとこの匂い嗅がないで欲しいんですけど……って言うかなんか恐いぞおまえ!? シャシャ! ヘルプ!?」

「やー、シャシャもまだ死にたくないんで……ごめんなさいッス!」

 若干距離が遠くなっていた。それも仕方ないだろう。ちょうど、ユゥミィがどうなったのかを目の前で見ていたため、腰が引けているのだ。

「あ、あー、とにかくディーラ? まずは落ち着いて……」

「…………」

「ディーラ?」

 突然黙ったディーラを訝しみ視線を向けると、彼女はジー、と一点を見つめていた。視線を追ってそちらに目を向ける。

「なんですかいきなり。まあ、あれが消滅したみたいだから何も言わないですけど」

 そこには面白く無さそうな顔をしたアリスティアがいる。

 刹那、熱風が走った。

「なっ――!?」

 ユクレステから離れたディーラが鋭い爪をアリスティアに叩きつけていた。熱気と冷気が渦巻きながら、力任せに氷の精霊を弾き飛ばす。

「ザラマンダー・ファランクス!」

「生意気……!」

 焔の巨槍が放たれ、空中で姿勢を直したアリスティアが片方の手を向けた。そこに収束する魔力を瞬時に展開し、陣を描く。

「呑み込め、氷河の崩落!」

 魔法陣からは雪と氷が吐き出され、雪崩が巻き起こる。巨槍は大半の氷を蒸発させるがアリスティアに届くまではいかない。そう判断できるようになった時には既にディーラは空を駆っていた。

「あはははっ!」

「チッ、理性のない獣が!」

 炎を爪に纏わせ何度も振るう。アリスティアはそれを防ぎながら舌打ちをし、顔のすぐ側を掠めた腕を掴んだ。

「調子に――乗るな!」

 暴れるディーラの頭を掴み、振り下ろすように地面に投げ飛ばす。さらに巨大な氷柱を生み出し、彼女の落ちた場所へと叩きつけた。

「くっ、ははっ……ザラマンダー!」

 悪魔の咆哮と共に炎が噴出する。氷柱と炎柱が交差し、白い煙が雲のように空を満たす。


「おーいユッキー!」

「ご主人さま!」

 その光景を眺めていると、ユリトエス達が慌ててやって来た。

「ユリト……あれ、なに?」

 まともに反応する事が疲れたのか、ため息混じりに尋ねる。指差した先では爆炎とそれを消し去る氷塊が舞っていた。

 あー、と言い辛そうにするユリトエスに変わってマリンが声を発する。

『なんかねー、寒いんなら酒を飲むべきだ、ってそこの子が』

「いやー、まさかあんなことになるとは思わなかったので……あ、でもそのお陰で街にある氷の像は全部解けちゃいましたね。これも私のナイス判断ってことで」

「ちなみにアルコール度数九十を超える酒を一気させてました」

「あっ、それは内緒だって言ったのに!」

 一緒に来ていたエルーネがユリトエスに詰め寄っている。だが良く分かった。結局はあのギルド嬢が悪いのだと。後で投げ飛ばすと言う事で気を落ち着かせ、空を見上げる。

「燃えろ、燃えろー!」

「ハッ、こごえていれば良かったものを!」

 一言で言えば空中大決戦だ。

 あれを見ればなにも出来そうにない。なので、終わるのを待つのが最善だと納得しておく。結局は、被害が来るのが嫌なだけなのだろうが。


 それから十分ほど戦闘が続き、ようやく終わりが見えてきた。

「…………うっぷ、気持ち悪い」

 ディーラが吐きそうになるという、なんとも締まらない終わり方ではあるのだが。

 しかしアリスティアはまだ攻撃の手を緩めずにいた。両の手から生み出した氷柱をディーラに放ち続けている。

「ふん、しょせんは酔っ払い。私の相手には相応しくないのですよ。醜いだけの戦い方で私に勝てると思うな」

 見下す様に言うアリスティア。ディーラは既に満身創痍なのか、肩で息をしている。

「……炎陣腕えんじんかいな

「――!?」

 攻撃の手が止んだ事で油断していたのか、突然の事に反応が遅れてしまった。ディーラの眼前に現れた魔法陣が輝き、分厚い炎の腕がアリスティアを掴んだ。

「いつまで経ってもアメェんだよ、チビアリスよぉ!!」

「おまえっ――!!」

 声が変わった。それと同時に雰囲気からなにまでがディーラとは違う存在になり変わる。顔つきも鋭く凶暴なものに変わり、腕の刺青が煌々と輝いている。


「……えっ、今度は一体なんスか?」

 呆然とその変化を見ているユクレステ達。シャシャの言葉が、この場に居る全員の気持ちを代弁していた。

「むっ? あれは……」

 一人ユゥミィがなにかに気付いたようだが、轟々と燃え盛る炎によって彼女の独り言は掻き消されていた。今分かるのは、ディーラが豹変してアリスティアを一方的に抑え込んでいるとうことだけだろう。


「久し振りだなぁ、アリス。……いつまで黙ってんだ? このまま解かしちまうぜぇ?」

「……ふん、醜い奴は何百年経とうと醜いままですか。いっそ哀れですね」

 ディーラとは思えない表情でそう言い放つ。だが、アリスティアにとっては彼女の表情は良く見るそれだった。

 炎の腕が徐々に凍り付いていくのを楽しそうに眺めながら、ディーラの顔でケタケタと笑う。

「あぁ? んなこと言うなよ、美醜なんかよりも強弱の方が大事だろう?」

「寒い場所で温かい鍋をつつきたいなんて軟弱な事を言う奴がなにを言いますか。至高なのはアイスだと決まっています」

「けっ、言ってろ」

 パリン、と炎が完全に砕けるとアリスティアはゆっくりと高度を下げた。ユクレステ達の前に再度現れた時、彼女の姿は――

「チッ、相変わらず火力だけはありやがりますね。折角の服が燃えてしまったのです」

 全裸だった。

「うーん、惜しい。後八年?」

「……はぁ」

 いや、確かに裸の少女ではあるのだが、彼女の外見は子供なのだ。なんとなく残念に思ってしまったユクレステ達。

 当の本人は至って気にしていないのか、憮然とした表情を目の前の悪魔に向ける。

「その忌々しい刺青……おまえが気に入るとか、どれだけ危険人物なのです? そいつ」

「おいおい、随分だな、久し振りに会ったってのに。なぁ、氷の主精霊(アリスティア)?」

「黙れ、おまえとなんてもう千年は会いたくなかったです。とっとと魔界に帰れ、炎の主精霊(ザラマンダー)

 お互いに敵意剥き出しで言葉を交わす二人の少女。その言葉に違和感を感じたユクレステが、思わず声を上げた。

「えっ? ザラマンダー? ディーラ?」

 指差し確認しながらディーラを見る。そこでやっと気付いたのか、ディーラの体でなにかが言葉を発した。

「ああ、おまえがこいつ(ディーラ)のマスターで新しい雷の主精霊を従えた精霊使いだな」

「は、はぁ……。えっと、あなたは?」

「オレはザラマンダー。魔界の灼炎の祠で惰眠をむさぼってる主精霊様だ」

「……うぇ!?」

 あまりに驚いたせいで、思わず変な声が出てしまった。


「えーと、つまり……ディーラの刺青があなたと繋がってる、と? だからいつでもディーラの見たものを見れるし、意識が無ければ出て来れると?」

「まーな。って言ってもいつでもは無理だけど。いわゆる極度のトランス状態になった時に体の支配権が奪えるんだよ」

「そ、それって危なくないッスか?」

「なーに、元々それを望んだのは悪魔族だ。その方がオレの力を効率よく使えるからな」

 カラカラと笑いながらの説明を噛み砕くことに成功したユクレステは、混乱しながらも理解することが出来た。

 要は、トランス状態と言うのが酒に呑まれた状態だったのだろう。そのせいでいつも以上の力を引き出せて、ついにはザラマンダーの意識を呼び起こすことも出来たと。

 この考えに行きついたユクレステは、今後ディーラに酒は飲ませないようにしようと心に誓った。

「……興が削がれたのです。ザラマンダー、おまえも主精霊の自覚があるならばあまり醜い事はするなですよ? それと人間」

「は、はい」

 少女の視線がユクレステに向く。ちなみに現在も真っ裸である。

「約束通り試練をやってやるです。準備が出来たらアリティアに来なさい」

「えっと……ありがとうございます」

「おっ、受けてやんのか?」

「私は主精霊、人間の願いを聞くのも仕事の内です。そこそこ力はあるみたいだし、試練を受けるだけなら受けさせてやります。最も、それで私をくだせるかはまた別問題ですが」

 笑みを浮かべるザラマンダーが嫌なのか、視線を向けずに言い切った。

「ま、それはこいつら次第さ。一応言っておいてやるけど、油断なんかしてんじゃねーぜ? オレが認めたディーラは元より、他の奴らも中々の強さだ。暇があれば見てたオレが言うんだ間違いねぇ」

「ふん、おまえと一緒にするな。美と氷河の精霊が人間如き叩き伏せてやりますよ」

 そう言って冷たい視線が向けられた。苦笑しながらそれを受け、そう言えばと去って行くアリスティアに声をかける。

「アリスティア様、ちょっと待って下さい」

「……? 人間如きがなんです?」

「いや、えーっと……」

 全裸のまま首を傾げる彼女から少し視線をずらし、着ていたローブを彼女に手渡した。

「……なんのつもりです?」

「女性が裸のままでいるのはどうかと思いまして。あ、いらないなら捨てて下さい」

 どうせそろそろ捨てるつもりだったし、とは心の中で。もし言ってしまえば廃棄品を渡したのかと怒られそうだ。

 ジッとローブを見ていたアリスティアは、口元を結んだまま引っ手繰る。

「まあ、人間からの供え物として受け取っておきます」

 袖に青白い腕を通しながら言い捨て、ふいと顔を逸らす。そのまま地を蹴り、空中に浮く。

「では、待っています。精霊使い。そしてザラマンダー、今度おまえの所にアイス一年分を送りつけてやります」

「ハッ、それならこっちは魔界の闇鍋セットを送ってやるよ」

 なんだかんだで仲が良いのではないか。

 溶けるようにして消えて行ったアリスティアを見送り、今度はザラマンダーに視線をやる。ディーラの体でユクレステに近づき、ニヤリと笑ってみせた。

「テメェの事はディーラを通して良く知ってる。聖霊使いになりたいんだってな?」

「え、ええ」

 近い近い、と顔の側に近付くディーラを押し留めながら頷く。

「ならガンバンな。聖霊使いになるのが早いか、あっちに行くのが早いか。前回はこっちが先だった、でも今は……どうだろうな。あいつらがどうしてるのかがポイントなんだが……残念なことにオレ達ですらあいつらの現状が分からねぇ」

「あいつら?」

「まっ、オレの場合はまた別だし、シルフィード辺りならなんか知ってっかもな」

 ほんの僅かに思案顔だったザラマンダーも、すぐに一転した表情でグイと顔を近づけた。

「いつかオレに会いに来な、そん時はディーラが世話になってる礼をしてやる。魔界の鍋は格別だぜ?」

「え、ちょっ」

「じゃあな。ディーラをよろしく頼むぜ」

 そう言ってディーラの体は糸が切れたように力が抜けた。崩れ落ちるようにユクレステの胸に倒れ、抱き止める。

「……なんか、精霊って変な方ですねぇ」

「あなたも相当だと思いますけどね」

 エルーネにツッコミを入れるユリトエスの声を聞きながら、ため息を吐く。雪解けには早過ぎる季節のはずだが、まるで春のような陽気に一滴の汗が落ちた。

「……眠い」

 そう言えばほぼ徹夜からの戦闘だっとことを思い出し、くあ、と大きな欠伸を残すのだった。

前哨戦はこれにて終了、次回辺りから本格的な主精霊戦です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ