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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
55/132

雪国のギルド事情

 雪の積もったケモノ道を走りながらユクレステは小さく舌打ちをする。

「ったく、これまた面倒な……」

 背後からの息遣いに注意しながら、小高い丘を駆けおりて行く。途中、小石に躓いてしまい転びそうにもなったが寸での所で持ち直す。チラリと後ろに視線をやり、段差をジャンプして崖を一気に飛び降りた。

「ゥオオオー!」

 背後から襲いかかって来るのはトカゲの集団。パッと見で十匹以上いるだろうか。全身が雪のように白いスノウリザードが一メートル程の体を揺らして追いかけて来る。以外に素早い動きに驚きながらも、ユクレステは目当ての場所に飛び込んだ。

「ミュウ! ディーラ!」

「了解、と」

「は、はい!」

 彼の言葉と入れ替わるようにして現れた二人の少女。急に現れたことに一瞬驚いたような顔をしたスノウリザード。しかし見た目が弱そうな少女二人だったため、すぐに標的を変えた。ミュウもディーラも小柄なためそう判断されたのだろう。

 だがそれもすぐに後悔に変わることになる。

「ブレイズ・ハンマー」

「やぁああ!」

 頭上から押し潰す様にして放たれた炎の衝撃に数匹が潰され、ミュウの容赦の無い一撃が地面の雪ごと宙へと吹き飛ばした。

「ラストッス! 剣気一刀――飛翔」

 それを待っていたようにシャシャが地を蹴り、空中で身動きの取れないスノウリザードに肉薄する。そして振るわれた刀は、全てのトカゲを頭から切り落としていた。

 スタ、と軽やかに着地したシャシャがふん、と鼻を鳴らしてユクレステに振り向く。

「どうッスかユー兄さん! 一網打尽ッスよ!」

 得意気に言っている所を見ると褒めて欲しいのだろう。ユクレステは一度苦笑し、軽く片手をあげながら声をかけた。

「はいはい、ご苦労様。ミュウもディーラも良くやってくれたよ。おかげで楽が出来たし」

「楽って言っても囮は結構危ない訳だし、別にそこまで楽ではないと思うけどなぁ」

 ディーラの独り言を聞きながら最初に潰したスノウリザードの頭を切り落とす作業に移る。


 血抜き作業を終え、持ってきた紐で十二匹のトカゲを繋ぎ、大きな袋に入れる。食べ頃はもうニ、三日置いてからだそうで、きっとその辺りで宿の夕食として食卓に並ぶことだろう。スノウリザードはリーンセラでは一般的な食糧なのだそうだ。

「さて、次は薬草採取だったっけかな。三人とも、そろそろ行くぞー」

『はーい』

 元気な三人娘の返事を聞きながら、ユクレステは山の奥へと向かって行った。



 一週間の暇を宣告されたユクレステ達。だからと言って食っちゃ寝の生活が始まると言う訳にはいかなかった。そこで生活するという事は、なによりも金が必要という事であり、まだ余裕があるとは言え支出ばかりの生活をする訳にはいかない。そのため、ユクレステは冒険者として働くことにしたのだ。

 冒険者ギルドの発祥は冒険者の国ゼリアリスだが、別にゼリアリスにしかギルドがない訳ではない。セントルイナ大陸全土に支部を持つ冒険者ギルドは、もちろんリーンセラでも健在であった。


 こじんまりとした民家のような家屋に冒険者ギルドの看板がぶら下がっており、ユクレステはミュウ、ディーラ、シャシャを連れてそこにやって来ていた。

 お祭り参加でやる気を漲らせたユゥミィと、それを観察していたいマリン、別に冒険者でもなんでもないユリトエスは宿の横で氷を削る作業に勤しんでいる事だろう。なにを作るのかはまだ秘密なのだそうだ。

 少し楽しみにしている。


「こんにちはー」

 ユクレステの声はガランとした部屋の内部に響いた。普通、冒険者ギルドならば喧騒の一つでも聞こえて来そうなものだが、ここはシンと静まりかえっている。暖炉のパチパチと言う音だけが空しく響き、次いでスースーとだれかの寝息が聞こえていた。

「寝息?」

 首を傾げるディーラ。見れば、奥のカウンターに突っ伏して寝入っている人影があった。

「えっと、もしもーし」

 座っている場所と制服からしてギルドの人間なのだろう。少し近づいて声をかけるが、反応は変わらない。思い切って肩を揺すってみた。

「すみませーん」

「むぅ……うるさいなぁ……」

「へっ?」

 手と手が触れた。ユクレステが肩に手をかけ、職員であろう女性がその手を取ったのだ。そして軽く捻る。

「ギャンッ!?」

「ご、ご主人さま……!」

 結果、呆気なく投げ飛ばされ、床に転がることになった。

 一瞬息が止まるが、なんとか杖で体を支えて立ち上がる。次に目に入ったのは、眠たげに目を擦っている女性の顔だった。

「ん、んん……? あ、あれ? もしかして、冒険者さん?」

 ユクレステのローブと杖に目をやり、口元を押さえてそう言う。やってしまった、というような表情がありありと浮かんでいる。

「い、いきなり何すんだよ!?」

「あ、あははー。ごめんね? 私眠ってるの邪魔されると投げちゃう癖があって……」

「随分と乱暴な癖ッスねー」

 とは辻斬り魔のお言葉。

 白い肌と綺麗な白髪の女性が愛嬌のある笑みで両手を合わせている。

「……結構やるね」

「まあ、一応冒険者ギルド所属だからな」

 イテテ、と背を擦るユクレステ。

 基本的に冒険者ギルドに所属する職員は多少の荒事も諌められる程度には武術なり魔法なりを習得している。そのため、冒険者ギルドの職員には一線を退いた冒険者の姿もあるのだ。

 とは言え、彼女の場合はどうも冒険者と言った体ではなさそうだが。

 猟師の娘だったから、とは彼女の弁である。

「えっと、取りあえずようこそ、冒険者ギルドへ。ご依頼ですか? オススメとしましてはこちらの食材調達や薬草採取がよろしいかと。はい、ありがとうございましたー」

「待て待て! まだなにも言ってないから! 勝手に承認印押そうとするな!」

 勝手にクエストを決めようとしていた受付嬢に待ったをかける。小さく舌打ちなんぞをされたが、あえて無視しておく。

「分かりましたよーぅ。では冒険者カードの提示をお願いします」

「はい」

「はいッス」

「えぇと、シャシャ・フォア・ジルオーズ様とユクレステ・フォム・ダーゲシュテン様……おおっ、ダーゲシュテン様はルイーナ国の魔術学園をご卒業してるんですか。ならば是非こちらの、氷の湖素潜りツアーなんかがオススメです」

「寒いからヤダ」

 にべもなく却下する。

「と言うか、なんでこんなに人少ないんですか? 賑わってない所の話じゃないですよね?」

 人っ子一人いない……いや、一人しかいない状況の冒険者ギルドなど初めて見た。ユクレステにとっては珍しい光景に、受付嬢はため息をこぼした。

「いや、ホントなんでですかねぇ? やっぱり寒いからあんまり人が来ないとかじゃないんですか? あ、前来た人は一日で街を出て行きましたけど。なんか、顔を真っ青にしてたから寒かったんでしょうね」

「いや違うと思うけど、それ。主に外の悪魔像が……」

「まあ、でもこうして新しい冒険者さんが来て下さって助かりましたよ。いやぁ、結構溜まってるんですよね、お仕事」

 ディーラの言葉など聞こえていないかのように笑う女性。片手には分厚い依頼書が握られており、まさか全部やらせようとしているのではないだろうか。

「あ、私はエルーネ・シフォンって言います。ギルド職員になってまだ日が浅い新人ですが、どうぞよろしくお願いします。ちなみに以前は猟師として山のクマさんたちをぶん投げて生計を立てていました。荒事には慣れていますので、痴情のもつれがありましたら是非ご一報を。投げますので」

 なんともアグレッシブな自己紹介である。彼女の視線がユクレステ以外の三人娘を捉えていたのは気のせいではないのだろう。

 身の危険を感じたユクレステが、そんなことよりと依頼内容について尋ねることにした。

「それなんですけどねぇ、是非受けて頂きたいものが数点あるんです。ええと、まずはこちらを」

 取り出された紙にはスノウリザードの狩猟と書かれている。

「ここらではスノウリザードが冬のご馳走とも言われていて、今年のお祭りにも必要なんです。けれどスノウリザードを狩るための猟師が少し……」

「……怪我をしたとか、でしょうか?」

 痛ましそうに顔を歪めるミュウ。

「いえ、なんか、かき氷の美味さに目覚めたとかで三食かき氷で……結果、栄養失調で病院行きに……」

「バカじゃない?」

「ですよねー」

 素っ気なく言うディーラと笑って頷くエルーネ。そんなおバカな人のために依頼を受けなければならないのは、正直少しイヤである。

「スノウリザードッスかー。ステーキが絶品なんスよね、シャシャも実家で一回食べたことあったッス。肉の切れ端だけだったッスけど。まあ、その日はそれだけしか貰えなかったから、夜中はお腹ぐーぐー鳴って大変だったッス」

「その依頼、受けます」

「はい、毎度ありー」

 そう言うシャシャの顔を見てしまっては受けない訳にはいかないだろう。笑ってそんなことを言える彼女に、お腹一杯食べさせてあげたいのである。

「それでしたらついでにこちらもお願いします。薬草の採取、雪解け草と言いまして、こちらもお祭りで必要となるんです」

「採取場所は……アリスト山? ああ、アリティアの洞窟のある場所か。スノウリザードも出るみたいだし、ちょうど良いかな。じゃあ、こっちとこっちのも合わせて……」

「そんなに受けてくれるんですか!」

「他に人もいないみたいだしね。で、大丈夫?」

「はい! 全然問題ないです! このギルドは今私しかいませんからね! なんかギルドマスターも後を任せて引っ越しちゃったので、実質ここで一番偉いのはこの私ですから!」

 本来、こう言った一気に複数の依頼を受けるのは禁止されている。それは、他の同業者が依頼を受けられなくなるからといった配慮のためだ。しかし現在、クリストの街で冒険者はユクレステ達しかいないのでこの原則は適応されない。ギルドとしても、依頼が滞っているので受けて貰った方が良いのだ。

 計四つのクエストを申請し、エルーネから承認印が押される。返還された冒険者カードを懐に仕舞い込み、ギルドを後にする。

「それではー、行ってらっしゃいませー!」

 元気にぶんぶんと手を振るエルーネに返したのはミュウとシャシャで、ユクレステとディーラは無視を決め込むのだった。



 スノウリザード狩猟と雪解け草採取のクエストを終え、次なるクエストをこなすためにアリスト山の中腹、大滝の側にやってきていた。この滝の様子を調査するのがなにを隠そう三つ目のクエストなのだ。それも今終わりを迎え、残るは一つとなった……のだが。

「……ご主人、四つ目のクエストってなんだったっけ?」

「……えっと、アリティアの大滝の近くでこの世のものとは思えない悪魔を見た、だったかな」

「それってどう考えてもこれッスよね?」

「……きゅう」

「わー! ミュウしっかりしろ!」

 ふっと意識を手放したミュウを慌てて抱き止め、ユクレステはチラリとそれを見る。

 ひん曲がったブタのような以下省略、な氷の像。そう、それは彼の芸術家、マイア・トーキー作の精霊像だった。どうやら、この依頼を申し込んだ人物はこの氷像を悪魔と見間違えてしまったのだろう。

「このクエスト、よその冒険者からの依頼だったみたいだからなぁ。相当追い込まれてたのかね?」

「あ、あっちにも似た像があるッス。一体だけじゃなかったんスね……」

「あ、あのオッサン……一体いくつ作ったんだよ……」

 滝の裏にある洞窟に供えられたとは聞いていたが、外にまで置かれているとは思わなかった。魔除けとしての効果は期待できそうだが、これでは逆に精霊を怒らせてしまうのではと思考する。

 シャシャにミュウを任せ、ディーラと共に滝に近づく。激しい勢いの流れは収まる気配がなく、アリティアの洞窟に入るにはまだ時間が掛かりそうだ。

「……ご、ご主人?」

「ん? どした?」

 ふむ、考え事をしていると後ろからディーラが震える声をあげていた。振り返って彼女の姿を視界に入れる。と、そこには、

「ざ、ざぶい……」

「ちょっ、ディーラ!?」

 翼と尻尾の凍った彼女の姿があった。以前に作った魔法薬(マジック・ポーション)はまだ効いているはずだ。それなのに凍ってしまっている。その事実を把握すると同時に、ユクレステはディーラを引き寄せるようにしてその場から逃れた。

「――――」

 そこに突き刺さる、氷の腕。攻撃が飛んできた方向をキッと睨みつけ――後悔した。

「え、うぇえええ!?」

「……ガク」

 そこにいたのは……いや、あったのは、おなじみマイア・トーキー作の精霊像が一体。なんとそれが動き、こちらに腕を振り上げていたのだ。

「……きゅう」

「ミュウちゃぁあーん!?」

 せっかく目を覚ましたミュウが動く精霊像を視界に収め再度意識を失った。

「ディーラ! 起きて! 頼むから俺を一人にしないでくれぇええー!」

 ついでに寒さに倒れるディーラを担ぎながら杖を構える。その瞳からはキラリと光る涙があったとか。

 戦う前から二名が脱落という事態に危機感を覚える。もっと言えば目の前の精霊像と対峙している時点で心臓が破裂しそうでもあるのだが。

「仕方ない……ウィンド・スピア!」

 小さな風の槍で牽制しながらその場を離れ、木陰にディーラを置いた。離れた場所ではシャシャがミュウを座らせている。

 手には刀を持っており、既に迎撃準備は完了していた。

「ユー兄さん! 行くッスよ!」

「分かってる!」

 こういう所は話が早くて助かる。ユクレステはリューナの杖を右手に持った。

「多分あれも氷精霊が操ってるんだ。倒し方は覚えてるな?」

「斬れば良いんスよね!?」

「……核の部分を探すんだよ! やっぱり分かって無かっただろ!?」

「そそ、そんなことないッスよー!」

 突撃を開始するシャシャの背中に呼び掛けるように声を張り上げる。

「ったくもう。しかし、ああもデカイと探すのも一苦労だな……ディーラみたいに火属性の魔法が使えれば楽なんだが……」

 クルクルと杖を弄りながら二メートルを超す精霊像を視認する。巨大故にか以前戦った氷の獅子よりも動きを緩慢だ。シャシャの素早さならば翻弄出来るだろう。その間にユクレステは勝利するための一手を用意し始めた。


「さあ、この前のリターンマッチッスよ! 剣気一刀――回刃」

 身を捻りながらクルリと回転し、剣気が発動すると同時に真一文字に振り抜いた。

「って、やっぱりダメッスか」

 ドラゴンのような下半身を割る一撃を喰らいながらも、即座に傷ついた箇所を修復する。分かっていたことだったが、自分の渾身の一撃を受けてなおピンピンしているところを見ると少し気落ちしてしまう。

 だがそんなことをいつまでも考えないのがシャシャの強みでもある。柄を力強く握り締め、一歩を踏み締めた。

「ハァ!!」

 分厚い氷の腕と刀がぶつかり合い、すぐに刀を倒して受け流す。自身の力で拮抗することは不可能だと判断しての対応だ。

「剣気一刀――刺撃!」

 すぐに刀を戻し、水平に構え直す。放つのは自身が得意の、突きの一撃。それが吸い込まれるように氷像の左胸に突き刺さった。

「お? わぁ!?」

 人体に対しては急所であっても、あれはただの氷像だ。その限りではない。刀が刺さったまま動く氷像から引き抜こうと躍起やっきになるが、既に凍り付いてしまっているためかどれだけ力を入れてもビクともしない。咄嗟に柄から手を放し後方に跳躍して難を逃れた。

「シャシャ、少ししゃがんでろよ」

 そこに掛けられた声。横目だけでそちらを向けば、二本の杖を両手に持ったユクレステが凶暴な笑みを見せて立っていた。足元には三つの小ビンが置かれており、中の液体は既にない。シャシャは言われた通りに身を低くして成り行きを見守った。

 次に紡がれたのは魔法の言葉。

「魔の力宿りし水よ、彼の力を示せ。青き火の弾丸、ライトニング・バレット! 一、二、三を断続発射!」

 雷の弾丸が宙を駆け、次々に氷の精霊像に殺到する。初め四つだった弾丸は撃ち終わる度に杖を変えて再発射、さらに発射と撃ち込み、ガリガリと氷を削って行く。都合二十は撃ち込んだ後、ユクレステは唐突に叫んだ。

「シャシャ! 額だ!」

 見れば氷像の額だけが再生されておらず、僅かにひび割れが入っている。指示を飛ばしたユクレステの言葉より早く、シャシャは氷像の正面に立っていた。先ほどの雷の弾丸によって胸に刺さった刀は頭上に投げ出されており、すっと右手を上にあげて落ちて来た刀を掴み取る。

「流石はユー兄さんッス」

 間合いに詰めていたことに気付いた氷精霊は急ぎ腕を振り回す。だがそれを一歩、前に進むだけで躱していた。

 刀を振り上げ、弓のように引き絞る。剣気は刀に込められ、残る力で振り下ろす。

「剣気一刀――断撃!」

 一刀両断。

 氷像は二つに分かたれ、力なく左右に倒れた。むき出た岩に当たると同時に砕け散る。

「……ふぅ、なんとかなったッスね」

 キン、とつばさやが触れる音が響き、戦闘の終わりを告げたのだった。


「で、こうなる訳か……」

「ユー兄さんファイトッスよ! 街までもうちょっとッスから!」

「シャシャは元気だなぁ」

 下山中のユクレステとシャシャの背には、未だに目を回したミュウと寒さで気を失ったディーラが乗っかっていた。ディーラをユクレステが、ミュウをシャシャが背負い、雪に足を取られながらの下山である。

 ちなみにユクレステの腰には大剣がぶら下がっており、ズルズルと地面に線を描いていた。一方シャシャは大きな袋を引きずっている。中身はスノウリザードだ。

「あー、重い……前もあったけどミュウが気を失うとそれだけでかなりの労力なんだよな……」

 彼女自身はむしろ軽い方なのだが、ミュウが持つはずの荷物が重いのだ。五十キロ越えの大剣など、普通は魔法使いが持つものではない。せめてディーラだけでも起きて欲しいものだが、それも難しいのかもしれない。

(……やっぱりディーラの羽が凍るのは氷精霊の仕業なんだろうな。でもそうすると、今回ディーラを精霊に合わせない方が良いのかもしれない)

 本体を前にしていない状態でこれなのだ。精霊と戦う事を楽しみにしているディーラには悪いが、今回はお留守番を頼んだ方が無難かもしれない。

 本人がなんと言うのかは分からないが、後で相談するとしよう。一先ずそう考えたユクレステは、疲れた息を吐き出した。

「……なあ、シャシャ」

「なんスか?」

 会話が途切れていたこともあって、ふと思いついたように声をあげる。個人的に気になっていることについてだ。

「ジルオーズ家って確か天上の草原の管理者なんだろ?」

「そッスよ?」

「じゃあさ、そこに精霊が住んでるって話、聞いた事ないか?」

 超危険区域に指定されているその場所は、あまり情報が入って来ない場所でもあった。ただ単純に危険だ、という話は聞くのだが、それ以外の情報は分からない。ただ、学生時代、神聖な場所であるという話は聞いたことがあった。この、アリティアという場所と同じように。

 それならばそこに精霊が住みついている、という可能性も出て来るのだ。

 シャシャはその質問にんー、と首を傾げ、すまなそうに謝った。

「シャシャにはちょっと分からないッス……と言うより、分家であるシャシャの実家にはあそこの話はあんまり入って来ないんスよ。ただ、守るべき場所、とだけ言われて育ったッス」

「そっか。ああ、そんなに悲しそうな顔するなって。ちょっと気になっただけだからさ」

 その根拠も大したものではなかったので、ここでシャシャが顔を伏せる事はないのだ。ただちょっと、風のように気まぐれな精霊を思い出しての言葉だったのだから。

「本家の人ならなにか知ってるとは思うんスけど……うぅ、役に立てずに申し訳ないッス……」

「い、いやいや、だからそんなことないってば! ほら、今日だってシャシャがいてくれたお陰でなんとかなった訳だしさ。ホント、助かってるって」

「……ホントッスか?」

「ホントッスよ」

 うそいつわりの無い言葉に顔をあげ、おずおずと上目遣いで見つめて来る。真摯に頷くユクレステを見て本当だと分かったのか、元気を取り戻したシャシャは照れたように微笑んだ。

「えへへ……ユー兄さんの役に立てたなら良かったッス」

 雪降る中、ユクレステの隣で小さな花が顔を覗かせた。

 次回はユゥミィメイン回となります。

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