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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
52/132

芽生え

 闇に沈んでいた意識に光が差した。しっかりと意識しなければ飛んで行ってしまうような希薄な意識が、側に感じる温もりによって繋ぎ止められる。

 今まで感じたこのないような温かさに、思わず身じろぎしてしまう。仄かに薫る風の匂いが胸の内を満たし、余計に心を落ち着かせた。


「……ん」

 そこでようやく、シャシャ・フォア・ジルオーズは意識を覚醒させた。むくりと体を起こし、痛む頭と脇腹に手をやる。そしてなにが起こったのかを思い出す様に唸って見せた。

「あ、そうだったッス」

 痛みとは別に、恥ずかしさから顔を覆う。

 その出来事は、つい先ほどのことだった。



 前方の氷精霊はミュウとディーラに任せることにしたユクレステは、後方の戦いに参加することにした。理由としては、まだシャシャの実力が未知数だったこともあっただろう。ついでに言えばユゥミィへのフォローも忘れてはいない。

 弓さえ持てばディーラに次ぐであろう実力のユゥミィだが、彼女は騎士としての戦いを目指している。彼女がそれを望んでいるのであれば、ユクレステも邪魔をすることは出来ない。例え剣での戦い方が未だに素人の域を出ないものであっても、である。ならば魔法はどうかとなるのだが、ユゥミィの使用する魔法は木属性という、地形破壊に関してはトップクラスの魔法だ。こんな狭い場所でそれを使って、崖崩れでも起きれば堪ったものではない。

 そういう理由もあって、ユクレステの杖は後方を向いていた。

「ユゥミィ! あんまり無茶しなくていいからな、とにかく防御メインの戦い方でいこう!」

「うん、分かった! ふははー! 我が剣の錆になりたいやつはどこだー!」

「あ、こいつ全然分かってねえ!?」

 会話一秒で剣を持って突貫をしかけているユゥミィ。元気の良い返事は一体なんだったのか。以前よりも体力筋力が付いたためか、見苦しい動きではないのが幸いだが。

「ええいまったくユゥミィは! シャシャ、フォロー頼む!」

「了解ッス! とにかく斬れば良いんスね!?」

「えっ、いや、ちょ待っ――!」

「とりゃーッス!」

 会話一秒で刀を構えて突撃のシャシャ。

 なんだかついさっきと同じ構図に、苛立ちを禁じえない。

「ああもう! ホンット君たち元気があって良いですね!」

「あー、ガンバレユッキー?」

「分かってるよ! おまえらちょっと待てー!!」

 ユリトエスの言葉にちょっと持ち直したのか、グイと顔を上げて二人を追いかける。既に戦闘は始まっているようで、たてがみ付きの獅子がユゥミィに牙を向けているところだった。

「ふはははー! そんな軟弱な攻撃など効かん!」

 だがその牙も分厚い鎧の前には通らない。お返しとばかりにショートソードが振るわれている。

 相変わらずの防御力を発揮する鎧に一先ず安心し、次いでシャシャへと視線を向けた。こちらも氷精霊との戦闘中で、素早い動きで氷の獣と張り合っている。

「そんな速さでシャシャに追いつこうなんてムダムダッス! 一刀の下に斬り捨てるッス!」

 爪と牙の連激を刀で受けつつ、その場で回転するようにグルリと氷精霊の後ろに回り込んだ。それに気付き、振り返ろうとする精霊。

「剣気一刀――二刃」

 神速の二連激が氷精霊を切断した。

 呆気なく体を崩す氷像。しかし、

「おおぅ!?」

「――――!」

 即座に体をくっ付け、その際に周囲の冷気を吸収してさらに巨大化する。終わったと思っていたシャシャは急ぎ後方に跳躍して退避した。

「ギャン!?」

 その横で、ユゥミィが素っ転んでいる。

 なにがあったのか、そちらにはクマ程もある氷の獅子が佇んでいた。

「な、なにがあったんスか?」

「いや、剣で叩いてたらなんだか大きくなっていってな。殴られたのだ」

 その割にはケロッとしているのだが。逆に相手の腕には欠損が見られる。どれだけ堅いのかと。

 とにもかくにも。

「おまえらちょっとは人の話を聞け!?」

「あだっ!」

「痛いッス」

 ポカリポカリと二人の頭を杖で軽く叩いた。

「あれはあくまで氷の精霊なんだから、氷を砕いたところですぐに補填されるに決まってるだろう?」

「そ、そうなんスか?」

「そーなんス。だからあれを倒すにはー、っと。実際にやってみせるか」

 言葉を切り、ユクレステに向かってくる二体の氷精霊を見据える。何通りかの戦い方を思い浮かべながら、取りあえずシャシャでも出来る戦い方を実演することにした。

「ユゥミィ、一体引き付けといて」

「へっ?」

 大きい方の氷像に向けてユゥミィを押し出した。突然のことに間の抜けた声が鎧の下から発せられ、気付いた時には巨大な腕が振り上げられているところだった。

「ゆ、ユゥミィさんー!?」

「なんとー!?」

 とっさに腕を顔の前で交差して防御姿勢を取る。氷の腕が鎧とぶつかり合い、ピシリとなにかが割れる音が聞こえてきた。

 まあ、それは無視するとして。

「ウィンド・ソード」

 コクダンの杖先から風の短剣が作られる。リューナの杖を地面に突き刺し、突き出される氷精霊の腕を回避。その勢いのまま氷の獅子の背に向けて風の剣を突き入れた。

「――――!?」

 一声発して体が崩れ出す氷精霊。それでもなんとか獅子の姿を保ちながら、跳躍と共に牙を向ける。

「とまあ、こんな風に精霊の持つ体にはそこを支える場所があるんだ。だからそこを一度崩してしまえば、もう欠損を直すような力は使えなくなる。少なくとも数日中はな」

「なるほど、つまりこの状態なら……」

 杖を引き抜きながら行う講釈に頷き、刀を構えて振り抜いた。

「斬れるってことッスね!」

「いや、本当に分かってるのか?」

 両断された氷像が崩れ落ちる。再生することが出来ずにいる精霊を横目に、ユクレステはもう一方に目を向ける。

「とにかくもう一匹は……ユゥミィが体を張って引き付けてくれてるな!」

「主ぃ! 囮にしておいてその言い方はないと思うのだが!」

「流石だユゥミィ! 騎士たるものどんな攻撃にも耐える頑強さがないといけないからな。メイン盾流石ですね!」

「えっ? そ、そうかな? ……ふ、ふふん! 当然だ! なんたって私は聖霊使いの騎士だからな!」

 嬉しいのか照れたように頭を掻いている。その間も氷精霊に殴られているのだが、本人は気付いてすらいないらしい。

 やはり頑丈である。

「ちょろいな」

「うわ……」

「ん? どうかしたか?」

「な、なんでもないッス!」

 ボソリと聞こえた黒い発言に若干恐怖するシャシャ。顔色一つ変えず、ユクレステは詠唱を開始する。

「重圧なる風雲よ、眼前にそびえる高きものを暴力の嵐によって吹き飛ばせ――ユゥミィ! 下がれ!」

「応!」

「――ストーム・カノン!」

 氷精霊の腕から離れ、バックステップで距離を取る。その合間に風の砲撃が撃ち放たれ、氷像は宙を舞った。

「シャシャ! 額だ!」

「りょーかいッス!」

 元気な返事を残して駆け出したシャシャは、吹き飛ばされた氷精霊にあっという間に追いついた。力を溜めるようにグッと体を引き絞り、剣気と共に突撃する。

「剣気一刀――刺撃!」

 鋭い突きは寸分違わず氷精霊の額に吸い込まれた。

「良しっ、後は砕くだけ……!」

「っ! 主!」

 ユゥミィの警告の声が響く。彼女の視線は目の前の精霊ではなく、新たに現れた影に向けられていた。

「もう一体!? シャシャ!」

「へっ?」

 先ほどと同じく、空から降って来るようにして現れる氷像。それが野太い腕を引き絞り、横合いからシャシャへと叩きつけられた。

「グッ!?」

 シャシャの小さな体がボールのように吹き飛び、ロープの向こう側へと飛んで行く。それを視認し、即座にユクレステは行動を取った。

「魔の力宿りし水よ、力を示せ」

 ローブのポケットから小ビンを取り出し、器用に片手で蓋を開けながら着地したもう一体の氷精霊に投げつける。人型の氷像はそれに反応するが、ユクレステには関係なかった。

 ただの一言で事足りる。

「オーム・グラビティ」

 小ビンの中の魔法薬マジック・ポーションは声に反応し、その身を雷へと変換する。荒ぶる雷は半球のドームとなり、その中心にいた氷像を破壊した。

 結果を確認することなく、ユクレステは地面を蹴った。

「――悪い! 先行ってる!」

 体が宙に舞う感覚と、頬を切る冷たい風が心地良い。

 ただまあ、

「ちょ、えぇええ――!?」

 この落ちる感覚は遠慮したいものだが。

 ユリトエスが投げた小さなカバンを受け取りながら、息を吐いた。


 気を失っているのかシャシャは微動だにせず、このままでは地面に叩きつけられてしまう。仕方なくリューナの杖を頭上に構え、魔法を撃つ。

「ストーム・カノン」

 その反動で一気に近づき、彼女の腕を引っ張って胸に収める。後はただ……

「出来るだけ痛くないと良いんだけど……」

 来るべき衝撃に備えるだけ。



 さて、戦闘時のことを思い出したシャシャは、頭上を見上げながら思う。

「良く無事だったッスねー」

 体の感じからして怪我はないようだ。あるとすれば殴られた脇腹くらいだが、この程度であれば問題はない。むしろあれだけ高い場所から落ちて怪我一つなかったことに、自分のことながら呆れてしまう。

 それから周囲を確認する。霧が濃くて確認出来ないが、敵はいないようだ。

 はぁ、とため息一つ。

「どうするッスかねー。皆とはぐれちゃったのはちょっとマズイッス……」

「取りあえず、そこから退くのが先決だと思うんだけど?」

「わひゃい!?」

 自分の下から聞こえてきた声に驚きの声を上げる。一体なんなのかとそちらに視線を向けると、青い顔のユクレステがそこにいた。ちょうど彼の腹の辺りに座っていたようで、苦しそうである。

「ユ、ユー兄さん!? ど、どうしてここに!?」

「そりゃおまえ……とにかく退いてくれ、背中痛いし腹痛いしで気持ち悪い……ってかマジで吐きそう……」

「りょ、了解ッス!」

 パッと立ち上がり仰向けに倒れているユクレステを見る。体を起こした彼の背中は土や葉っぱなどで随分と汚れていた。

 もしかしたら、とそこで一つの考えが頭を過ぎる。

「も、もしかしてユー兄さん、シャシャをかばってくれたんスか?」

「んー、まあ一応。あ、そうだ。シャシャはどっか怪我してないか?」

「へ、平気ッス! 全然まったく、これっぽっちも怪我なんかしてないッス!」

「そっか、なら良かった」

 先ほどの温もりが気のせいではなく、本当にユクレステの胸にいたのだと理解して顔が赤くなる。なにせ、気持ち良いからと猫のようにスリスリと頭を擦りつけていたのだ。なにも言って来ないようだが、起きていたことからあえて言わないでいてくれているのだろう。

 恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。

「えーっと……おっ、ユリトの奴あの一瞬で良く用意してくれたな。これだけあれば、なんとかなるか?」

 落ちていたカバンの中身を確認しながら感心したような声が聞こえてくる。

「良し、と。……シャシャ?」

「は、はいッス!?」

 一通り確認し終え、シャシャが静かな事に違和感を感じたのかそちらを向く。見事に赤く茹だった状態で、なぜか正座をしていた。

「どうした? やっぱりどこか痛いのか?」

「ちち、違うッス! 違うッスよ!?」

 ズイと顔を近づけるユクレステの行動に距離を取って対応するシャシャ。動悸を宥めるように数度深呼吸を繰り返し、良し、と頷く。

「えっと、ごめんんさいッス……シャシャのせいでユー兄さんまで……」

「あー、あれはしょうがないよ。俺も気付けなかったし」

「そ、それに庇ってもらって……」

「別に気にしなくても良いよ。体が勝手に動いただけだし」

 杖に寄り掛かりながら立ち上がり、苦笑しながらシャシャの手を取った。あまりにも自然な動作に反応が遅れる。

「ひゃう!?」

「とにかく先を急ごう。さっきの奴らだけとは限らないし、止まってるのは危険だ。……って、シャシャ? ホントに大丈夫か?」

「だい、大丈夫ッス! 今心を落ち着けてるッスから、後五秒待って欲しいッス!」

 再度スーハーと繰り返すシャシャ。そんな彼女の鼻先に冷たいものが降って来た。

「冷たっ!?」

「マズイな……雪が降って来た。本格的に降り出す前に休める所を見つけたいんだけど……。シャシャ、歩けるか?」

「も、問題ないッス。早く皆と合流しなきゃッスからね?」

 雪のおかげで幾分か落ち着きを取り戻し、ユクレステの問いに頷く。

「ああ。まあ、向こうにはユリトやマリンもいるから問題ないと思うけど、出来るだけ早く合流したいからな」

 冷静な判断を下せる二人の存在はこの状況では特に頼りになるものだ。恐らくこちらの考えも読んでくれていることだろう。

「……よし、行こう」

「はいッス!」

 シャシャの元気な返事を受けながら、ユクレステ達は歩き出した。




 一方、ユリトエス達は。

「だから、皆落ち着いてって! 今ここで焦ってもしょーがないでしょーって」

「だ、だが! 主がぴゅーって落ちてったのだぞ!? 落ち着いてなどいられるものか!」

「そうだよ。落ち着くなんて、落ちただけに落ち着けない」

『あー、うん。取りあえずディーラちゃんが焦ってるってことは理解できたかな?』

 見事に混乱中であった。

 主にユゥミィとディーラが騒ぎ、ユリトエスと彼の首から下げられたマリンが必死になって宥めているという構図である。見事にユクレステの予想通りであった。

『うん? ミュウちゃんどうしたの? って、ちょっ!?』

「落ち着いて! ホントマジで落ち着いて! ミュウちゃんストップストップー!」

「は、放して下さい……! ご主人さまが……!!」

 そんな中、ジッと崖下を睨んでいたミュウがその場から少し距離を取り、駆け出そうとしている。羽交い締めになって必死に彼女を止めるユリトエスだが、そもそも力の差があり過ぎるため大して意味は持たない。

「お願いです、放して下さい……!」

 ミュウが全身を使ってユリトエスを振り解き、勢い余って崖の方に投げてしまう。

「おっ?」

「うぉおおお!?」

 とっさにユゥミィが手を取ったおかげで落ちずには済んだが、体の半分はロープの向こうに行っていた。ワンテンポ遅れて顔を青くし、破裂しそうな心臓を押さえながら再度言う。

「とーにーかーくー! 全員、落ち着けって!」

 ユリトエスの必死の形相に流石に落ち着いたのか、一呼吸入れた。

 それを踏まえて、ディーラが手を上げる。

「僕は飛べるんだから探して来ようか?」

「却下です。こんな霧が濃い中でそう簡単に見つけられるとは思えないし、そもそもディーラちゃん、その羽で飛べるの?」

 戦闘中に凍った羽も、なんとか解かすことは出来た。しかしいつ凍るかも分からない以上、無闇に飛行するのは危険だ。それが分かっているからか、ディーラはそこで口を閉ざした。

「だが、それならどうするのだ?」

『んー、それなんだけどさー。取りあえず皆、マスターがさっきなんて言ってたか覚えてる?」

「さっき?」

『うん、そう。飛び降りる直前にさ』

 マリンの質問に首を傾げるユゥミィ。どうやら覚えていないようだ。一番近くにいてそれはどうなんだと思いながらも、ユリトエスが代わりに答える。

「先行ってる、だったよね?」

「…………おおっ、確かにそんなこと口にしていたな」

「その間はなに? 忘れてたの? 流石はユゥミィ」

「わ、忘れることくらいだれにでもあるだろう!!」

 ディーラの嘲笑うような笑みに涙目での反論を試みる。だが取り合う気は無いようで、そのままマリンに声を掛けた。

「つまり、ご主人はもう先を進んでるってこと?」

『多分ね。だってあのマスターだよ? 崖から落ちた程度でどうにかなると思う?』

 一瞬だれもが口を閉じ、互いに顔を見合わせる。そうして出された言葉は、

「ご主人さまなら……大丈夫そうですね」

「まあ、ご主人なら平気か」

「そうだなぁ、主だしピンピンしてそうだな」

 満場一致で生存しているというものだった。

「普通の人間なら死にますけどねー」

 ユリトエスの言葉をスルーして、マリンは緩い声で言う。

『そんな訳だから、私たちも先に行った方が良いと思うよ? 道がどっかで合流してるかもしれないし、あんまり待たせたら怒られちゃいそうだもんね』

「そーそー。一応何個か魔法薬マジック・ポーションも渡しといたし、大丈夫でしょ。むしろユッキー心配するよりも僕らが無事に先進めるかって考えた方が良いかもよ? さっきの精霊の件もあるし」

 マリンとユリトエスの二人に諭され、ミュウ達も考えが纏まったのか一様に頷いて見せる。

「分かった。それならば先を急ぐとしよう」

「ユゥミィ、今度はちゃんとなにか起きそうだったら言ってね?」

「ご主人さま、待っていて下さい……!」

 先を急ぐ事に決まり、荷物を持ち直す三人。彼女達を眺めながら、ユリトエスはふぅ、と吐息する。

『お疲れ様、ユリトくん。でもごめんねー、この子たちって中々言う事聞かないんだよねー』

「その代表みたいな人がなに言ってるんですか。あ、人じゃなかった」

 マリンと言葉を交わしながら、以前にも思った事を口にする。

「ホント、ユッキーってスゴイよね。こんな灰汁アクの強いメンバー纏められるんだから」

『んー、纏めてるって感じではないけどね』

「そうなんですか?」

『うん。どっちかと言うと、マスターも一緒になって騒いでる感じなのかな。私たちの中心にいる、って言うか……そんなだから、私たちも付いて行っちゃうんだよ』

 彼女の言葉に、なるほど、と納得する。なんだかんだでユクレステも彼女たちと同様に賑やかな人物だ。だからこそ、皆の中心にいるのだろう。

 クスリと小さく笑みをこぼし、ユリトエスも荷物を肩にかける。

「それじゃあ出発しましょうか」

 チラチラと降って来る雪を眺めながら、ユリトエス達も先を急ぐのだった。



 ユクレステはザザ、と足元の草を踏み締めながら走る。隣にはシャシャが息を切らせて付いてきており、一瞬だけ安堵した。

 同時に、彼らを追う気配が強くなった。

「チッ、回り込まれたか!」

「迎え撃つッスか!?」

「出来れば穏便に済ませたかったけど、仕方ないか……前を頼む! 俺は後ろを牽制する!」

「了解ッス!」

 杖を向け、振り返りながらの詠唱。その間に距離を詰める、巨大な影。

「グルゥアアア!!」

「ストーム・ウォールっ!」

 咆哮をあげて殴りかかって来たのは、青い毛皮の巨大なクマだった。精霊ではなく、歴とした魔物だ。

 巨腕熊きょわんゆう族、その中のスノウベア種。その両腕は白く分厚いもので、剛腕によって岩をも押し潰すことが可能だ。そんな一撃を風の障壁で押し止め、背後を見る。そちらは今まさにシャシャが刀を振るっている所だった。

「このっ……! 邪魔ッスよ!」

 低い位置からの攻撃を仕掛けたのは狼。ウルフ族の白狼種だ。力自体はそこまで高くない種族だが、恐ろしいのは群れで襲い掛かって来ると言う事である。今もシャシャの首を狙っているのは三匹の白狼だ。

 刀で鋭い爪の一撃を防ぎ、遠心力を加えた斬激で二匹目を撃ち落とす。

「剣気一刀――二刃!」

 二連激が一匹の爪を切り取り、牙を切断する。その切れ味に恐怖を覚えたのか、狼たちの動きが鈍った。

「さあ、どうするッスか? このまま斬り捨てられたければ掛かってくるッス!」

 脅すように殺気を見せた途端、狼は素早く撤退する。本能的に自分たち以上の力を持っているのだと判断して逃げ帰ったのだろう。

 一息吐き、次いで流れる動作で突きの姿勢を背後に向ける。

「剣気一刀――刺撃!」

 ちょうど彼女の刃が突き出された瞬間に風の障壁は止み、スノウベアの腕を突き刺した。固い岩をも引き潰す程に頑丈な腕も、シャシャの鋭い一撃は貫通してしまう。苦しそうに怯むスノウベアの眼前に杖を突き出した。

「――ストーム・カノン」



「ぜぇ、はぁ……な、なんとか抜けたみたいだな?」

「そ、そうみたいッス……」

 息も絶え絶えに項垂れているユクレステとシャシャ。彼らは現在、何度目かの魔物襲撃を撃退し、運良く見つけた洞穴に逃げ込んでいた。

 外からは冷たい風と雪が舞い込んでおり、そのため少し奥の方へと追いやられている。照灯トーチで辺りを確認し、安全な事を確認して座り込んだ。

「まさか……白狼とスノウベアの縄張りに迷い込むとはなぁ」

「危うく晩御飯にされるところだったッス……」

 呼吸を整え、疲れた顔を見合わせる。どちらともなく苦笑を浮かべた。

「あー、もう動けん。疲れたし、今日はここで野宿だな」

 カバンからイソイソと魔法薬マジック・ポーションを取り出しながらボヤく。トーチを維持しつつ並列で火を灯し、そこにイグニー・テントを振りかける。

「えぇと、後は……おっ、ちゃんとパンも入ってる。気が利くなぁ。ほら、シャシャ」

「あ、どうもッス」

 パンを受け取り、緊張した面持ちでジッとユクレステを見る。心なしか頬が赤くなっているのは、洞窟内が暖かくなったからだろうか。

「……?」

 ユクレステは頭に疑問符を乗せたまま、二人は食事を取るのだった。


 食事を終えた二人は体力を回復させるためにも早々と休むことにした。照灯トーチを切り、洞窟の壁に寄り掛かりながら目を閉じるユクレステ。

「…………」

 だがすぐ近くでごそごそと動く音が聞こえる。もちろんそれはシャシャであるのだが、どうにも先ほどからずっと動き回っている。かと思えば声にもならない悲鳴を口の中で上げていたりもした。多分、彼女としては必死に口を手で塞いでるのだろうが、あんまり効果はなさそうである。

 そんな彼女の心境はと言えば、

(ど、どうするッスかー! い、いきなり暗い中で二人きりとか、考えてなかったッスよ!? そ、そりゃあ妾になる訳だからそういうことも何時かはやるッスけど、流石に早過ぎるッス! こ、心の準備がまだまだなんスけどー!?)

 母親から授かった妾の心得の中でしっかりと教育を終えているため、ちょっと耳年増な十四歳である。

 少し妄想して、ついでに先ほどのユクレステの胸の温もりを思い出してしまいさらに混乱が加速する。

(あーもう! どうすりゃ良いんスかー!?)

 もう何度目かになる床ゴロゴロ。流石にそれだけうるさいと、ユクレステとしても黙ってはいられなかった。

「シャシャ、なにやってんだ?」

「ひゃにゃ!? にゃにゃ、にゃんでもないッスよ!?」

 明らかになんでもなくないのだが。

「もしかして寒いか? あ、それとも暗いと寝られないとか?」

「そ、そんなに子供じゃないッスよ! ただちょっと……」

「ちょっと?」

 あなたといるとドキドキして眠れないだけです。とは流石に言えず、結局言葉を濁すのであった。

「えぇと、ちょっと時間が早くて寝られない、とか? シャシャは良く夜更かししてたッスから!」

「それも十分子供っぽいような……」

 とは言え、このまま地面を転がられるとこっちが眠れなくなる。洞窟内と言うことで意外に音が響くのだ。

「はぁ、それなら眠くなるまでちょっとお話でもするか」

 よっ、と立ち上がる声が聞こえ、暗闇の中シャシャの隣にユクレステが移動してきた。思わず悲鳴をあげそうになったが、寸でのところで口を塞ぐ。

「で、でも良いんスか? ユー兄さん、今日は凄く疲れてるみたいッスけど?」

 崖から落ちて、その後逃走劇を繰り広げたのだから疲れていると言えばそうなのだろう。だがそれはシャシャも同じはず。年下の少女が元気なのだから、年上で男な自分がそう簡単に弱っているとは思われたくない。ユクレステの僅かばかりの自尊心がそう言っていた。

「平気だよ、俺だって学生の頃は夜更かしなんて当たり前だったし。三日貫徹で本と睨みあったこともあったっけ」

 その後セイレーシアンに怒られ、大切な本を没収されたのはご愛敬だが。

 そんなことまで話す事もないのであっさりと流し、シャシャに言う。

「そー言うことだから、少し話そう。ってか、良く考えたらシャシャと二人で話したことってなかったよな?」

「そ、そうだったッスか?」

 道中話す機会はあったが、その時にはミュウや他の子達と挟んでの会話だった。こうして二人っきりになる事すらなかったはずである。交友を深めると言う意味では、ちょうど良いのかもしれない。

(あぁああ……。せっかく考えないようにしようとしたのに……)

 とまあ、そう考えているのはユクレステ。もう一人の方はと言えば、今の状況を再確認して再度テンパっていた。

(と、とにかく話題……なにか話題を作るッス!)

「…………」

「シャシャ?」

「……ご、ご趣味は?」

 母から渡された妾教本第一巻に載っていた無難な話題を口にしながら、混乱する頭を落ち着かせる。聞かれた方は特に慌てた様子もなく答えた。

「趣味、かぁ……。本を読むのは好きだな。あと、散歩とか? 学生時代は良くピクニックなんかに行ったっけな」

「ピクニックッスか! シャシャも好きッスよ!」

「おっ、そうなのか?」

 ようやく見つけた共通の話題に喰いつくように返事をする。

「はいッス! 良く近くの草原に刀一本で行くんス。それでご飯も現地調達で……」

「……それは狩り、またはサバイバルって言うんじゃないのか?」

「えっ、でもジルオーズ家ではピクニックって言ってるッスよ? お父様達とパーティを組んで天上への草原に出かけて、三日くらいそこで過ごすッス。あそこは魔物も凶暴だから気配察知が必要なんスよねー」

 サバイバルと言うよりは修行だろう。

 その後もびっくりするような名家の実態を聞きながら、自分が地方領主の息子で良かったと安堵した。もしジルオーズに生まれていたら、今の年まで生きていられるか分からなかっただろう。

 そう言えば、魔術学園に留学していた女性もやたらめったら強かったっけ。あの頃まだやんちゃだったアランヤードが勝負を挑み、コテンパンにされていたのを思い出す。その後、なぜかユクレステまであおりを受けたのは未だに納得出来ないが。


 そんな彼女の話を面白半分に聞いていて、一つの疑問が浮かび上がった。

「そう言えばさ、シャシャってジルオーズを出るのが目的なんだろ?」

「そッスよ?」

 さらりと言ってのける言葉に再度疑問を高め、首を傾げながら問う。

「なんでそんなに嫌なんだ? 家族仲が悪いってのは分かったけど、本当にそれだけなのか?」

 ユクレステの質問に考えるように唸った。

「んー、まあ確かに家族間でちょっとギクシャクしてるのは確かッスけど、むしろそっちはおまけッスよ。味噌っかすなシャシャでも強く育ててくれた恩もあるッスから、別にそれくらいならどーでもいいんス」

 ただ、と続ける。

「……実の子を、捨てるような奴らと同じ名字は名乗りたくないじゃないッスか?」

 シャシャは暗闇の中で悲しそうな表情を浮かべた。

「あくまで聞いた話なんスけど、本家のジルオーズは昔、実の子供を捨てたらしいッス」

「捨てた? なんでまた」

 しばしの沈黙の後、上擦った声をあげる。

「その子は魔法が使えなかったからッス。本当に、それだけだったッスよ。シャシャには一緒に良く遊ぶ従妹がいるッス。その子から聞いた話だと、まったく魔力がない子いたらしいッス。その子は生まれてからひどく苛められて、シャシャの兄妹からもバカにされてたんス。シャシャ自身はあったことないから知らないッスけどね」

 ジルオーズ家の直系には強力な魔力の子が生まれる。だがその子だけは魔力を持たずに生まれた。だがその子は、天性の剣の才能があったそうだ。実力ならばシャシャの兄達よりも強かった。それなのに、魔力がないというだけで捨てられた。

 それを聞いた時、シャシャは信じられなかった。力を第一にするはずのジルオーズが、力を否定した。そう感じたのである。

「魔力の有る無しなんて二の次であるべきッス。本当に力があるなら、それを受け入れる度量くらい欲しいッスよ」

 それを語った従妹は今にも泣き出しそうだった。その表情を見て、シャシャは決めたのだ。

 ジルオーズを出ようと。

「たったそれだけの話ッス。……た、退屈な話だったッスよね? あ、あはは、申し訳ないッス! じゃあ次は……」

「優しいんだな、シャシャは」

「ふぇ?」

 言葉を遮り、ユクレステが優しげな声を出す。

「もしかしてだけどさ、シャシャってその捨てられた子のことを探すためにジルオーズを出ようとしてるんじゃないのか?」

 確証のない言葉は、確かにシャシャを捉えていた。

「な、なんで……」

「やっぱりそうなのか。俺の勘も捨てたもんじゃないな」

 気付いた、などと言うほどのものではなかった。ただ単に、そうなのではないかと思っただけだ。驚いたようなシャシャの顔は、彼女の思考を良く表している。

 付け加えるならば、別段シャシャとて見ず知らずの子のため、と言う訳ではない。彼女が力になりたかったのは、従妹の方だ。儚げに語った彼女の言葉に、表情を見て力になりたいと思った。笑って欲しいと思ったのだ。

「あの子はそんなこと知らないッス。だからこれはただの自己満足で、別に褒められるようなことじゃあないッスよ」

 照れたような笑みを浮かべ、くしゃ、と表情を崩した。今まで己の内に秘めてきた事を吐き出して、楽になったのだろう。目尻は仄かに濡れている。

 その姿を眺め、ポンとシャシャの頭に手を置いた。

「……良いんじゃないのか? 自己満足。それでだれかが喜ぶんなら、自己満足だって捨てたもんじゃないよ」

「そう、ッスかね……」

「そうッスよ」

 自分勝手な行動を、諌めるでもなく怒るでもなく認めてくれる。今はただ、それが嬉しかった。

 ホッと安堵の吐息を漏らし、次第に目蓋が重くなっていく。安心したからだろうか。シャシャの元に睡魔がやってきたのだ。

「……お休み、シャシャ」

 暗い闇の中で、それが眠りに落ちる彼女の元に届いた言葉だった。



 多分、無意識なのだとは思う。ユクレステにしな垂れ掛かり、彼の胸に顔を埋めるシャシャの姿は。

 既に意識はなく、クークーと可愛らしい寝息が聞こえている。ユクレステはそんな彼女の頭を撫でながら、先ほどの話を思い出していた。

「……ジルオーズの、子供。天上への草原と言えば、風狼。剣の才能、刀。……まさか、な」

 不意に思い浮かんだ一人の少年の姿。だが深く考えることはせず、ただ眠気を受け入れて目を閉じる。もしかしたら、彼女の喜ぶ顔が見れるのではと、そう思いながら。

 少しの伏線を張りながらシャシャとの交流も終了。次回からはようやく新たな街に到着します。主精霊と出会うのはもう少し先になりますかね。

 戦闘シーンは難しいので、それまでに英気を養っておかなければ。前回今回の戦闘シーンも結構苦戦しましたし。

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