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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
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魔法使いと魔法の杖

「『ブレイズ・エッジ』」

 炎を圧縮して作り上げられた赤い剣が杖の先から伸びる。腕を真横に降り、その軌跡を追って炎の剣が振るわれる。

「暴発せよ振動、『衝撃インパクト』!」

 一小節の詠唱で最速に唱えられた魔法が発動し、自分と相手の間の空気が振動する。不可視の衝撃がその場所を打ち、赤い剣とユクレステ自身を吹き飛ばした。

「『ブレイズ・ランス』」

「うぇ!?」

 杖を頭上に掲げ、一言で魔法を発動させる。杖の先に炎で形作られた槍が出現し、熱風によりローブがはためいた。

 口元はマスクのせいで見えない。顔も、同様に。だが、笑っているのだろうとは予想できた。

「もういい?」

「――っ!? 突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て『ストーム・ランス』!」

 ユクレステの詠唱が終わるのと同時に、先に発動していた炎の槍が放たれる。それに対抗し放たれたのは風の槍。相手の発動させた魔法と同種の呪文だ。互いの魔力がぶつかり合い、熱波が周囲の木々を焼いていく。

「くそっ! 守り手は暴風、緩やかにあれ『ストーム・ウォール』!」

 しかし一つの呪文では炎の槍を止めることが出来ない。それを真っ先に理解したユクレステは、風の防御障壁を展開する。それだけでは終わらず、二つの魔法が残る中で即座に次なる呪文を唱えていた。

「凍結せし銀の弾丸『バレット・フリーズ』」

 力ある言葉に応え、魔力を通して杖の周りの空気が凍り付いていく。そうして作り出されたのは親指大の氷の塊が四つ。鋭く尖った先端が杖と同じ方向を向き、ぶつかり合った魔法の粒子が残るその先を見据えていた。

「シュート!」

 主の一声に四つの氷の弾丸が解き放たれる。発射と同時に限界まで加速した弾丸。そう簡単に反応できるものではない。

「『バレット・ブレイズ』」

「んなっ!?」

 一声によって行われた呪文生成。作られた四つの炎の弾丸は寸分違わず氷の弾丸を撃ち落とした。

 驚愕を得るには十分過ぎる攻防。いや、攻防にすらなっていなかった。同種の魔法、『ブレイズ・ランス』『ストーム・ランス』での撃ち合いでは完全に力負けをしていた。隙をついた氷の弾丸も、歯牙にも掛けずに払われた。

 レベルが違うとはこのことだ。魔法使いとしての力量はあちらが上、使っている得物も同様だ。さらに問題なのがあの呪文詠唱の破棄、あるいは無詠唱魔法とも呼ばれていたか。

 本来詠唱を行うことによって行われる過程を簡略化し、魔法使いの弱点とも言われる呪文詠唱の時間をほぼゼロにしてしまう技術。ユクレステも簡単な魔法ならばいくつか出来るものもある。しかし、『ブレイズ・エッジ』も『ブレイズ・ランス』も属性魔法で言えば中級の魔法。簡単に出来る代物ではない。

「杖の効果……ってだけじゃないんだろうなぁ」

 確かにあの杖は強力なものだ。魔力媒体としてみれば最高級品であることは認めよう。だが、それでも実力のないものがあそこまで強くなることはない。確かな実力が、彼には存在している。

「ふーん。こんなもの?」

 つまらなそうに冷たい目を向けられる。下げられた杖は強者の余裕なのだろう。

「さて、ね。それはもう少しやれば分かることだろう?」

「……うん。それもそう」

 子供のように頷くローブの人物。やる気が戻ったのか、杖を眼前に構え直し、視覚化された魔力がそこを中心に渦巻いている。

 それを見て、ユクレステは呻くことしか出来ない。戦ってみて分かったのだが、彼は実力からみても一盗賊で収まるような人物ではなかった。しかる場所と掛けあえば高額な給金で雇ってもらえそうなほどの実力者。魔力だけをみても優にユクレステ十人分はありそうだ。

(そんな奴がなんでケチな盗賊やってんだよ!)

 心の中の叫びが、魔法を放つ合図となった。



 ミュウの脚は速かった。あの場から逃げ出し、背後を気に掛け走ること数分。怒声が聞こえてきた。

「待てやオラー!」

 振り返るとネズミ顔の男がもの凄い形相で追ってきている。その後ろには盗賊のリーダー、筋肉男と続いている。

『へぇ、あのおチビさん、かなり足速いんだね。ミュウちゃんも相当だと思ってたんだけど、いやぁ、陸上を走れるって羨ましいよねー』

「そ、そうでしょうか?」

『うんうん、一回人魚になってみれば分かるけどさー。ホントに陸上だとなんにも出来ないんだよ、私たちって。辛うじて少しの魔法は使えるけど、水がないと大した威力にならないし、干からびちゃう』

「オラ待てやー!」

 ミュウは確かに健脚ではあったが、男は小さな体を上手く使って木々の間を潜り抜け、徐々にその差を詰めていく。

 追いつかれる、そう思った時マリンが言った。

『そろそろいこっか? どうかな、大丈夫?』

 問いかけに即答できず、唇をキュッと締め、胸元の宝石を握り締める。彼女の不安を表すように、手は僅かに震えている。

『恐いとは思うけど、大丈夫。なにせマスターがキミを信じたんだ。だからきっと、なんの問題もないよ、ミュウちゃん』

 力強い言葉に、不安がほぐれていく。

 事実上、これがミュウの初めての戦闘。不安で堪らないのは当然だ。それでもマリンは乗り越えられると確信していた。

『いざとなったら私もいる。それに、ミュウちゃんは私とあれだけやり合えたんだから、あの程度の奴らなんともないよ』

「……はい!」

 声を上げ、気合を入れる。初めて行うその行動に、ミュウの心臓は大きく跳ねた。

 ザッと地面に足を踏みつけ、くるりとターンをした。ローブが大きく開き、小さな体が敵へと向く。目に力を込めて男を睨みつけ、ふぅ、と息を吐いた。

「あぁ? んだこのチビガキ、やんのかよ? だったら痛い目にでもあってもらうぜぇ!」

 腰に下げたショートソードを引き抜き、先行していたネズミ男が躍りかかる。ギラリと鈍く光る剣に若干気圧されるが、マリンの言葉を思い出し勇気を奮い立たせる。

「…………」

 今まで走りながら教えてもらったこと。それは彼らが何者なのかと言うことと、その中でもだれが一番の危険人物であるか。今この場にはその人物はいない。ユクレステが足止めをしていることも、聞き及んでいた。

「ご主人さま……」

 まだ分からないのだ。彼が本当に自分を正しく扱ってくれるのか、本当に見捨てずにいてくれるのかすら。それでも、一度決めた契約だ。他の主とはどこか違う彼を、見捨てることなど出来るはずがない。

「ひゃっはー!」

 剣が光る。斬りかかる男との距離は既に一メートル。瞬間、声を張り上げる。魔法を発動させる言の葉を。

「『破砕ブラスト』!」

「なっ――がっ!?」

 力ある言葉が放たれ、瞬時に男の足元が爆発した。湿った泥が辺りに散らばり、男も盛大に吹き飛ばされた。

「むぎゅ――!」

 大木にしたたかにぶつかり、なにかが潰れたような声がネズミ男の喉から絞り出された。ズリズリとずり落ち、木の側で白目を剥いて気絶する。

 ミュウは成功したことを遅ればせて理解し、ホッと一息いれた。

『やるー。ほら、やっぱりミュウちゃん、魔法の才能ありありなんだって』

「これが魔法……初めて使えました」

 森を歩いている間ユクレステとマリンからレクチャーを受けていたミュウは、魔法の中でも扱いやすい無属性の初級呪文を教えられた。特に先ほど見せた破砕ブラストの魔法は逃げている間にもマリンから教えられ、使用したのは今のが初めてだ。それでも見事使いこなしてみせたのは、彼女の才能によるところが大きいのだろう。

『神殿を創ったことで才能が開花したのか、それとも元々あったけど魔法を教えてくれる人がいなかったからか。まあ、なんとなく後者な気がするけど……とりあえず、おめでとう。まずは一人撃破だね』

 マリンの言葉にハッと気を張り直す。今吹き飛ばしたのはあくまでも三人のうちの一人。その後ろにはまだ二人残っていたはずだ。

「ナッツ!? チィ! 魔法を使えたのか!?」

「いい吹っ飛ばされ具合だっただすなー」

 思考を戻せば目の前には二人の男が追いついていた。

「おいドビン! あいつは魔物だ、遠慮はいらねぇ、ぶっ潰すぞ!」

「あいよー兄貴。もう走り回りたくないし、容赦なく潰すだよー」

 先ほどの剣よりも刀身が長いロングソードを構える盗賊のリーダー、そして大男は背中から巨大な包丁のような剣を取り出した。

「おらの剛剣に断てぬものは……色々あるけど潰せないものはないだすよー」

 その剣は刀身だけで二メートルはあろうかという巨大なものだった。ドビンはそれを二度三度と大きく振るい、何事もないように肩に掛けてミュウを見下ろす。

「ひぅ……!」

『ミュウちゃん落ち着いて、あんなの見かけ倒しだから。それに、さっきも言ったでしょ? 私がついてるんだから、大丈夫だって』

「は、はい……」

 気弱なミュウには効果があったようで、マリンの激励を受けてもおびえの表情は拭えない。それでも確信は揺るがない。この小さな少女には、目の前の大男をも超える力があるのだから。



 遠い。相手と自分の距離が果てしなく遠く見える。距離にして五メートル、いや、今では八メートルほどか。なんの障害もなければ数秒と経たずに到達出来るはずの距離だが、絶え間なく飛んでくる魔法に阻まれてはどうしようもない。

「くのっ! 暴発せよ振動、『衝撃インパクト』!」

 座標を指定し間髪入れずに衝撃を発生させる呪文を発動。狙いを定めたのは、相手の足元だ。

「おっと」

 炸裂した無色の力は土砂を捲り上がらせる程の力でローブの人物を吹き飛ばす。しかし以外にも軽やかな動きで地面に着地し、杖を伸ばす。

「惜しい。『ブレイズ・ランス』」

 瞬時に放たれた魔法を防ぐ手段はなく、避けるしかないと判断。転がるように左方向へと飛ぶ。

「『バレット・ブレイズ』」

 そこへさらに炎の弾丸が襲いかかった。慌てて木の裏に退避し、四つの弾丸を回避する。

「あーくそっ! 森が丸焼けになったらどうすんだよ! いやまあ、そんなことにはならないんだろうけどさ」

 苛立ちを隠そうともせずに吐き捨て、その後律儀にも自分の言った言葉にツッコミをいれる。迷いの森は森そのものが魔力を内包しているような場所だ。そのため、木々一つとっても頑丈であり、火を放ったところで焦げ目がつく程度で済んでしまう。

 それを知ってるが故に火系列の魔法をどんどん使いまくっているのだろう。

「なかなか楽しめたよ。でも、僕には及ばない」

「ちぇ、もう勝った気でいるのかよ……」」

 それも無理からぬことではあるのだ。傍から見ても、どちらが優勢かよく分かる。

 それでも、勝ち目ならある。

「近づけないことには、どうにもならないか……」

 あのレベルの相手に対してと思えば、驚くほどに高い勝率がユクレステの頭に弾き出される。今のこの状況を引っ繰り返せるほどの作戦が、彼の頭には存在している。

 だがそれを行うためには、なによりも先に相手に近づく必要があるのだ。

「……久しぶりだけど、いけるか?」

 ゆっくりと息を吐き、右手の杖を左手に持ち替える。奇をてらい、隙を作れるのは一度、一瞬のみ。それを成功させなければ勝つことすら難しい、いや、不可能だ。ならば、やるしかない。

「もういーい?」

 かくれんぼでもしているかのような気軽さで聞いて来る。

 いいか悪いか。そんなもの、決まっている。

「凍結せし銀の弾丸『バレット・フリーズ』」

 杖の周囲に出来る四つの銀弾。確実に展開した魔法を見て、即座に行動に移す。

「出て来た。『バレット・ブレイズ』」

「シュート!」

 勢いよく木の陰から飛び出し、同時に氷の弾丸を射出する。それを見ても変わらぬ余裕で術を展開した。

「どれだけ魔法を使っても、僕には決して届かないよ」

 両者の魔法が着弾。シュウシュウと白い煙を立てて魔弾が消滅する。それを尻目にユクレステは駆け出した。

「刀身鋭き風の刃、嵐の如く斬り潰せ」

「走りながら呪文詠唱?」

 今ユクレステという人間はこの場に二人いた。一心不乱に走ると言う動作を行うユクレステと、呪文を詠唱し、魔法を唱えようと集中する二人のユクレステだ。意識と思考を二つに割き、全く同時に進行させる。そのスキルを見て初めて、ローブの下に驚きの表情が浮かんだ。

 だがそれも一瞬。杖の照準を再度ユクレステへと合わせる。

「『ブレイズ・ランス』」

 炎の槍が猛火を伴い疾駆する。

 詠唱は待機状態に、行動への思考は多めに設定し、一気にクリアになった世界で炎の槍を見据える。

「――っ!」

 頬の皮一枚を犠牲に左前方へと飛び込むようにして回避する。そのまま跳躍と同時に待機状態の呪文を呼び起こした。

「『ストーム・エッジ』!」

「『ブレイズ・エッジ』」

 左手の杖から不可視の風の刃が現れる。振り下ろす風の剣に対抗して赤い炎の剣が線を描き、二つの剣が交差する。

「くっ!」

「へぇ」

 剣と剣とがぶつかり合い、溢れだした魔力が火花のように飛び散った。

 間合いに到達した。

「ハァ!」

「とっ」

 力の限り剣を押し込み、杖を弾く。ユクレステの左腕は大きく開き、相手の体はバランスを崩す。

 地面に張り付いた左足のつま先に力を込め、跳躍。右の足が力の限り地面を踏みしめ、乾いた大地に亀裂が走る。同時に、右腕を限界まで押し出した。

「がっ!?」

 勢いをつけたユクレステの掌が相手の腹を掌打する。想定外の相手の攻撃に、ローブの人物は思わず後ずさる。

「このまま――!」

「くっ! 『ブレイズ・エッジ』」

 追撃をかけようと追い縋るユクレステだが、闇雲に振るわれた炎の剣が邪魔をしてそれも叶わない。精々が杖同士をぶつける程度だ。

 バックステップでその場から離れ、油断なく杖を構える。

「げほっ、えほっ……。やるね。まさか殴ってくるとは思わなかった」

 腹を擦りながら涙声で非難の言葉を口にする。

「とある人からの教えでね。魔法使いだろうと、いつまでもパーティーの後ろで守ってもらうだけの男でいるなってさ」

「それにしては中々堂に入ったものだった」

「はは、それはどーも」

 言いながら杖を右手に戻し、構えを解いた。

「そろそろやめにしないか? もう勝敗は決まったようなものだし」

「……なにそれ? 僕はまだ戦える。一回殴れたからって勝った気?」

「そういう訳じゃないんだけどな」

 困った顔で相手を見る。杖を持つ手に力が込められ、止まる気配はない。

 仕方ない、とため息を吐き、魔力を練って呪文を詠唱する。

「重圧なる風雲よ――」

「勝負に出るつもり? でもそれじゃあ遅い」

 杖を掲げる。使用するのは同種の魔法。しかしこちらの方が威力も速さも圧倒的に上だ。ユクレステが呪文を唱え終わる前に勝負はつく。

「眼前にそびえる高きものを――」

 詠唱が二小節目に入る。既に魔法を唱えることは可能だ。出来るならば撃ち合いを楽しみたかったが、これ以上遊んでいるとなにをしでかすか分からない。ならば、早めに終わらせることを先決にする。

「悪いけど僕の勝ち。『ブレイズ・カノン』」

 杖という大砲から打ち出される爆炎は、森の木々たちを焦がしながらユクレステを呑み込む――

「えっ?」

 はずであった。

「な、なんで発動しない? 『ブレイズ・カノン』! 『ブレイズ・カノン』!」

 さらに何度も杖を振るい、魔法の発動を試みる。だがそれも空しく森に木霊する。

「皆暴力の嵐によって吹き飛ばせ――」

「できない。なんで? なら、『ブレイズ――」

 別種の魔法ならば使用できるかもしれない。そんな淡い期待も、次の瞬間には消え去っていた。


『――ストーム・カノン』


 暴風が生じた。なぎ倒し、破壊し、全てを吹き飛ばす風の砲撃。森の木々を大きく揺らし、それに耐えきれなくなってバキバキと不快な音が耳に付く。

 風の標的となったローブの人物は必死に暴力的な嵐に抗うがそれもほんの数秒しかもたない。呆気なく吹き飛ばされ、木々を巻き込んでようやく停止した。

 遠目から見て、ピクリとも動かない。手から落ちた杖がコロコロと転がっている。

「……はぁ、疲れた」

 溜まっていたものを吐息と一緒に吐き出し、盗まれていた愛杖へと近寄って拾い上げた。

「くぅ……」

 ふと、呻き声が聞こえた。大木にめり込んでしまったのだろう、ローブの人物が抜け出そうと必死に身じろぎしている。

「あ、生きてた。大丈夫か?」

 割とぞんざいな扱いだが、勘弁してあげてほしい。相手から仕掛けて来たことだし、自業自得なことをわざわざ心配するほど心は広くないのだ。

「……今なにしたの?」

「元気そうだな、おまえ」

 声は至って普通、というか、弾んでいるようにも思える。怪我や痛みより先に、先ほどの仕掛けの方が気になるようだ。

「急に魔法が使えなくなった。なにしたの?」

 彼の質問にどう答えるか逡巡するが、別に杖は戻ってきた訳だしいいか、と判断する。

 ユクレステは戻ってきた杖を一撫でし、地面に突き立てた。

「この杖ってさっきのロングソードと同じで元々俺のなんだけどさ、ちょっとした仕掛けが施してあるんだよ」

魔法印サイン?」

「いいや、違う」

 小首を傾げての質問に素気無く答える。

「使ってみて分かったと思うんだけど、この杖って凄い強力なんだよ」

「それは分かる。僕が持った中で一番の性能だったから」

「だろ? 小さい頃からこの杖を使ってたんだけど、ある人に杖の性能に頼ってばかりいたら強くなれないって言われてさ、しょうがないから制限リミッターをつけてもらったんだ」

「リミッター?」

「そう、リミッター。何個かあるんだけど、その中に呪文詠唱をちゃんとしないと魔法が発動しませんよー、ってのがあるんだ」

「そっか、それをかけたんだ」

 無論、リミッターを再設定する上での制約もある。その一つが直接触れなければならないと言うものだ。

「だから僕に突撃してきたんだ。でも、いつ触れた?」

「殴った後、ブレイズ・エッジを振り回してただろ? その時にこの杖で触れたんだ」

 先ほどまで使っていた短い杖を持ち上げ、ニッと笑う。本当なら数回に分けてやるつもりだったのだが、杖同士の相性がよかったのか一度の接触でリミッターを掛け直すことに成功したのは嬉しい誤算だった。

「そっか。僕の敗因は最後まで無詠唱魔法に頼ってしまったこと。勉強になった」

 きっとそのマスクの下はいい笑みを浮かべていることだろう。全く反省の色がないのはどうかと思うが、まあ気にせずにしておこう。なんにせよ、この絶望的な戦いは終わったのだ。

「さ、て。早くミュウとマリンを迎えに行かないと。大丈夫だと思うけど、心配だし」

 よっ、と掛け声をかけて倒木を跨ぐ。探すのが面倒だが、後回しにすることは出来ない。

 ――ビリ。

「ビリ?」

 なにやら音が聞こえた。布を切り裂くような、無理やり引き裂いたような、そんな音だ。

「な、なんでせう……とても、とても嫌な予感がする……」

 厳密には盗賊たちと出会った時に感じたその十倍くらい。予感と同時に寒気まで襲来するものだから相当だ。

「待ってよ」

 声がする。マスク越しのくぐもった声ではなく、透き通るような高い声。

「せっかく勉強になったんだから」

 なにかが立ち上がる気配がした。ビリビリと着ていたローブを剥ぎ取りながら、ゆっくりと立ち上がっている。

(うわーやべー。これ絶対振り返ったらあかん奴だ。これ絶対振り向いたら余計なことになるアレだ)

 それでも本能には逆らえなかった。恐怖と言う感情が暴走し、身体に勝手に命令を下している。

「もう少し、ろうよ」

 振り向いた。振り返ってしまった。そして、しっかりと視認してしまった。

「今度は本気の本気で、たくさんたくさん……たくさん、ろうよ」

 血のように赤い瞳を爛々と輝かせ、三日月のに口をつり上げている狂気に満ちたその姿を。

「ねえ、いいでしょう? ハハハハハハハハハ!」

 まだまだ戦いは終わらない。

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