異国の通り魔
イカ退治のお礼は一流パティシエの作る特別ケーキとなった。
夕食に出されたイカ料理とスイーツに舌鼓を打ちながら、ユクレステ達は昼に起こった出来事について話し合っていた。
「珍しいよな、あのイカって確かもっと南に住んでるはずだろ? なんだってこんなとこにいたんだか」
「そだねー。良くゼリアリスの食卓に並んでたっけ、あのイカ」
正式名称は南部ゼリアリスイカ。肉質は柔らかく、トマトベースの煮込み料理にすると最高なのだとか。他のイカとは違い足が八本で、どの足も器用に動かすことが出来るのだ。また、好戦的な性格として知られ、船を見れば襲いに行くこともあるそうで、ゼリアリスの船にはこのイカが嫌いな薬草を常備しているのだとか。
生息地は名前からも分かる通り、ゼリアリスの南海。それ以外では中々お目に掛かれない生物なのである。
それが今回、遠く離れた場所に現れた。
「んー、もしかして、うちのせいかも」
「うち?」
身に覚えがあるのか若干申し訳なさそうに頬を掻くユリトエス。
「うん。ほら、ゼリアリスからブルートゥ号が来たじゃん? あれのエンジン……動力には聖具が使われてるんだけど、起動してる時に魔物が苦手な音を出すんだ。そのお陰で魔物は寄っては来ないんだけど……」
「あー、逆に逃げ出した魔物が別の国にまで行っちゃったんだ」
生クリームのたっぷり掛かったチョコケーキを食べながら、マリンが納得顔で頷いた。
「そそ。まあ、普通こんな所までは逃げ出さないと思うんだけど……」
「や、合ってるっぽいよ。あのイカ、ヘタレだったから」
少し可哀そうな評価をされたイカであった。
食事を終え、就寝の時間となった。部屋にはベッドが二つ、ソファが一つ設置されている。寝る場所は初日にしっかりと決められていた。
まず一人がソファで寝ることになるのが、これはユリトエスだ。本人も床じゃないだけマシ、と了承している。後はベッドにニ、ニで別れて眠ることになり、ディーラとミュウ。ユクレステとユゥミィが同じベッドで眠ることになった。
ユクレステの側にいると気分が良くなるから、と言う理由でのこの組み合わせだ。別に断る理由もないので、特に問題もなくこの組み合わせに決まった。ちなみにマリンは普段通り宝石の中で一人広々と眠っていた。
そうして夜は更け、翌日も穏やかな航海が続き、ダーゲシュテンを出発して五日後。
彼らの乗る客船は無事、アークス国リベル港に到着した。
潮風が薫る港町に辿り着いたユクレステ達。荷物を下ろし、異国の地に降り立った。
「ふっふっふっ……完・全・復・活!」
だれよりも先にそう大声で叫んだのは、褐色の肌を興奮に上気させたユゥミィだった。ダンダンと足元をしっかりと踏みしめながら、恍惚とした笑みを作っている。
「あぁ……地面が揺れないって……ステキ……」
『あはは、なんかどっかで見た光景だね、これも』
「そうだなー。取りあえずどっかで宿取って……出発は明日になるかな?」
現在はちょうど頭上に太陽が昇る時刻。今から出発するよりも、入り用の者を準備して明日の朝に出発した方が良いだろう。
「宿は……向こうだって」
「んー、じゃあ僕は食料なんか買い込んでおこうか? 多分、この中じゃ僕が一番料理出来そうだし」
「えっ? まさかユリト、料理係になってくれるの? おおっ、あなたが神か!?」
「そこまで!? ちょっと大げさじゃね!?」
そこは料理スキルのある者がいないユクレステパーティーなので。
それならとミュウに声をかけた。
「んじゃあミュウ、荷物持ちお願い。あとユリトが無駄遣いしないように」
「えっ? 僕ってミュウちゃんよりも子供枠?」
「え、えぇと……」
「そんな困った顔されるとショックなんですけど!?」
ユリトエスとミュウ、ついでにマリンに買い出しを任せ、先に宿を取ったユクレステ。二階の一室でディーラとユゥミィを前に、常々疑問に思っていたことを口にする。
「そう言えばユゥミィ。あの鎧どうしたんだ? 置いて来たのか?」
それは荷物がやたら軽かったということ。それもそのはず、今までの旅路で一番足を引っ張っていた百キロ超えの鎧が見当たらないのだ。そのおかげで場所も広く取れたり、肩が軽かったりで色々助かっているのだが。
しかしあれだけ執着していた鎧を置いて来たとは考え難い。
「ふっふっふっ……そんなに聞きたいのだな主!」
「うわウザっ……」
ユゥミィのドヤ顔にディーラが思わず小声でそう言ってしまう。まあユクレステには慣れたもので、あしらいながらも話を続けていく。
「はいはい、知りたい知りたい。ほらユゥミィ、教えてくれませんかー?」
「はっはっはっ、良いだろう! 任せておけ!」
それでもやっぱりイラッとくる。しかしここは我慢だ。
「じゃーん! これを見ろ!」
胸元から取り出した一つのペンダントを掲げる。それは以前にも見た、灰色の結晶が取り付けられたものだ。
チラリとディーラに視線を送ってみるが、彼女も分からないのか首を横に振っている。仕方なくユゥミィに質問をした。
「えーっと、これが、なに?」
「ふふん! 主でも分からないか! そーかそーか!」
「ねえご主人、ぶん殴っていい?」
「ま、まあ落ち着こう。イラつくのは分かるけど、ここで拗ねられても面倒だし」
「ん? なにか言ったか?」
『いや、なにも?』
口を揃えての言葉に少しの疑問を覚えたようだが、それでも気にしないのがユゥミィの良い所だ。胸を張ってペンダントの説明を始めている。
ユゥミィバカかわいい。
「これは非晶流体金属と言うそうだ!」
「ひしょう……?」
「りゅうたいきんぞく?」
この後、ユゥミィによる取り留めのないふわっとした説明が十数分続くことになるのだが、正直良く分からなかった。辛うじて分かった事と言えば、この灰色の結晶はあの全身甲冑で、言葉一つで鎧の姿になれるようだ。先ほど自身満々に鎧姿に変身したユゥミィの姿を見てようやく理解することが出来た。
どうやら元々、このようにして持ち運んでいたものと考えられる。
「変なもの持ってるね。流体……だから決まった形は取らないってことなのかな?」
「それなら別に鎧の姿じゃなくても良い気がするけど……ある程度の形は決まってるんじゃないのか?」
「ってことは、鎧という形を最初に形作ってそれを元に流体に変換したってこと? でもそんなの、聞いたことないけど……」
「ダークエルフにだけ伝わってる技術なのかも。少なくとも王都ではあんなの見たこともないな」
チラリとユゥミィに視線を向けてみれば、二人がなにを話しているのか分からないのか鎧姿のまま首を傾げている。
「まあ、取りあえずユゥミィは置いておこう。今更だし」
「そうだね。ユゥミィだもんね」
「うん? どうしたんだ、主、ディーラ。私がどうかしたのか?」
やっぱり分かっていないようだ。そんなユゥミィは放置しておくとして、ユクレステは荷物を漁って女物の洋服を取り出した。
「ディーラ、明日からはちゃんとこれ着て移動な。流石にそんな格好だと風邪ひくから」
「ん、分かった。確かにこの辺りは少し肌寒いね」
「アークスから北はまさに北国って感じで一気に気温が下がるからな。特にリーンセラになると一年で雪が積もってる季節の方が多いくらいだ。十月期にもなれば雪が降り始める所もあるくらいだしな」
ミラヤが用意してくれた洋服をキチンと畳んでベッドに並べていく。一応ローブの耐寒性は信頼出来るが、それでも本場の雪国ではあってないようなものだ。ちゃんと用意しておかなければならない。へそ出しのディーラは特に。
ジッと自分が着るであろう洋服を睨みつけているディーラ。薄紅色のセーターにはちゃんと羽を通す穴も開いており、見事な仕事だ。若干、少女趣味のボンボンなんかが付いていたりして不服だが、折角選んでくれたのだし我慢しよう。
「おっ? 帰って来たかな?」
コンコンと扉をノックする音が聞こえる。あれから三十分は経っているし、ユリトエス達が帰って来たのだろうと思い立ち上がる。
「お帰り――」
ノロノロとドアに向かい、取っ手を捻って押し開けた。
「失礼するッス」
「――い?」
そんなユクレステの眼前にギラリと光る刃の輝きがあった。間髪入れずに水平に構えられた刃が突き出される。
「うおぉおおお!?」
「ご主人!?」
「あ、主!」
だが間一髪、頭を後ろに逸らすことによって回避することに成功した。鼻の頭を僅かに掠る刀をスローモーションで見ながら、すぐに正気に戻って後ろに飛ぶ。
「なっ、なにが――っ!? ウィンド・シールド!」
ベッドに立て掛けてあったリューナの杖を手に取り、追撃の構えを取る相手に風の障壁で刀を防ぐ。だがさらに押し込むように切り払われ、呆気なく後方に吹き飛ばされた。
ユクレステの後ろには窓があり、吹き飛ばした際の衝撃はその窓を破壊するほどに強かった。
「お、落ち――!?」
ガラス片と共に二階の窓から転がり落ちるユクレステ。慌てて体勢を整え、ダン、と両足から着地する。
「っつぅ~! 一体なにが……うひぃ!?」
痺れる足を心配する暇もなく、頭上を見れば刀を持った人物が降って来た。その刀身は間違いなくユクレステを向き、さらなる追撃を望んでいるのだろう。
「そっちがその気なら……ストーム・ランス!」
無詠唱なため威力は落ちるが、相手は空中にいるため見動きは取れない。風の槍はフードを被った相手を間違いなく捉えていた。
「ふっ――!」
空中で体勢を変え、宿の壁を蹴って無理やりに跳躍する。あらぬ方向に消える風の槍を意識から消去し、ならばとリューナの杖に魔力を通す。
「駆ける風、薫る涼風を広げ、汝のあるべき場所と為せ――シルフィード・フィールド! ……と、ストーム・エッジ!」
「むっ!?」
並列での魔法発動。風の刃で敵の刀を防ぎ、ついでに風の力をその場に満たす。驚きと疑問の表情を浮かべている襲撃者。だがこれで終わりではない。コクダンの杖を取り出し、さらに呪文を詠唱する。
「突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て――」
「させないッスよ!」
「こっちがな」
呪文の完成をさせまいと一足で懐に入り込む。しかしそれを読んでいたようにリューナの杖で迎え撃った。刀を逸らし、コクダンの杖を相手に向ける。
「ちっ――!」
素早く跳び退く敵の動きは見事なものだった。風の槍に対抗しようと杖からは目を放さず、ユクレステの動きにも意識を割いている。
惜しむらくは、
「後ろががら空き、ってな? ストーム・ランス!」
「えっ? カハッ――!」
背後に意識を向けていなかったことだろう。
呪文の完成と共に敵の背後に風の槍が発生し、完全に意識の裏からの奇襲を受けてしまった。風の槍は鋭さはなく、精々が鈍器で背中を殴られた程度で済んだが、それでも意識を持っていかれてしまう。ガクリと力なく倒れ、フードが取れた。
「なるほど、この辺りに風のフィールドを作って離れた場所でランスを作ったんだ。やるね、ご主人」
「ほ、褒める前に助けてくれませんかねぇ!?」
「や、ご主人ならこのくらい楽勝でしょ?」
「……ユゥミィは?」
「鎧が倒れてあたふたしてる」
パタパタと羽を動かして降りてきたディーラに思わず涙声で詰め寄る。そんなもの気にした様子もなく、ヒョイと襲撃者を引っくり返した。
「う、うぅん……」
「あ、生きてた。ご主人、止め刺す?」
「やめい。まだなんにも分かってない相手なんだから……」
「ご、ご主人さま!」
物騒な物言いのディーラを宥めていると人込みを掻き分けてミュウが現れた。その横には大量の荷物を抱えたユリトエスもいる。焦ったような顔のミュウに比べ、こちらは困ったような顔だ。あちゃー、とか言っているし。
「ミュウ?」
「だ、大丈夫ですか? ええと、その……お二人とも!」
「二人?」
そこで初めて襲撃者の顔を見る。顔立ちは幼く、深い灰色の髪をした、少女だった。包帯のような布で髪を二つに纏めて流しており、彼女の手には良く馴染んでいるであろう刀が握られている。
取りあえずこれ以上暴れられても困るので、刀だけは奪い取っておいた。
ミュウはなぜかその少女とユクレステを交互に見てはあわあわと混乱している。
「あー、説明。いる?」
「……ああ、お願いしたいです」
そこでパッチリと目が合ったユリトエスが、ため息ながらに口を開いた。
「まあ、取りあえずここだと人の目もあるし、移動しよっか?」
確かに。現に今もザワザワと人の声が煩わしい。疲れたように吐息して、急ぎ宿の一室に戻るのだった。
ちなみに、壊した窓代はユクレステが弁償することになった。
時間は少し遡る。ユリトエスとミュウが市場で買い物をしている時の話だ。
「うーん、後はやっぱり野菜かなー? 森でもあれば調達出来るけど、いざという時は困るし……。あ、ミュウちゃんはなにか嫌いな食べ物とかある?」
「わたしは、特に。でもディーラさんは辛いのが嫌いです。ユゥミィさんは……なんでも食べます」
『私はピーマンとニンジンかなー。あ、マスターはブロッコリーがダメだったよ」
「そっか、じゃあブロッコリーとニンジンピーマンとー」
『嫌いだって言ったじゃん! なんで買ってるのさ!?』
「えー、嫌いな物は出さないなんて言ってないしー。それにピーマンもニンジンも栄養価はとても高いんだよ? 食べなきゃ損だって」
マリンの不満を軽くいなしながら買い物を進めていく。
「おおっ、キャベツが安い!」
その姿はどこぞの主婦かと。
とにかく買い物は順調であった。
そんな中で、なにやら困ったような表情の兵士が立っているのを発見した。ユリトエスはそれが気になったのか、人好きするような笑顔で近づいて行く。
「こんにちはー」
「おっ、お兄さん見ない顔だねー。旅人さんかい?」
「あはは、まあそんな感じですねー」
「ユ、ユリトさん?」
「そっちの子は……妹さんかい?」
外見だけを見れば、ユリトエスもミュウもこの辺りでは珍しい黒髪なため、そう思う人がいても不思議ではない。ミーナ族特有の尖った耳は髪に隠れているため、余計にそう思うのだろう。
「それよりなにかあったんですか? 困ってるみたいですけど……」
「ん? いや、ちょっとね……ああそうだ、君達も旅人みたいだけど、気を付けるんだよ?」
「へっ? 何にですか?」
ユリトエスの質問に少し時間を置き、答えた。
「最近ちょっと厄介な辻斬り事件が頻発していてね。特に君みたいな旅人に被害が多いんだよ」
「つ、辻斬りですか?」
「まあ、本当に殺したりはしないんだけどね? ただちょっと……バトルしようぜ、的に襲ってくるんだよ」
「なんですかそれ、スッゴイ迷惑」
「だからまあ、君達も気を付けて……ん?」
ふと顔を上げた兵士の視線の先に、フードを被った何者かが立っていた。髪の間から見える灰色の瞳は兵士を……いや、ユリトエスを見ている。
「あ、あ、あれは……」
「えっ? なんですか? もしかして人斬りさんが来たとかそんな感じですか?」
フードの人物と兵士を交互に見ながら疑問の言葉を投げかける。しかしそれ所ではないようで、持っていた笛を吹いて大声で叫んだ。
「逃げろー! 犬が出たぞー! 巻き込まれる前に逃げるんだー!」
「ちょおっ!?」
真っ先に逃げたのはこの兵士さんでした。それに続くように周りの人たちも次々に背中を見せて逃げていく。
「失礼するッス」
残されたユリトエスに届く声を発し、目の前の人物は一足で駆け出した。駆けながら、言う。
「少し試させて貰うッス」
「なにがー!?」
腰に差した鞘から抜き放った刀を水平に構え、踏み込みと同時に突きを放つ。
「むっ!?」
だがそれは、ユリトエスに触れるより早く防がれた。
「だ、大丈夫ですか? ユリトさん」
「きゃーミュウちゃーん!」
咄嗟にユリトエスの前に出たミュウが分厚い大剣で鋭い突きを止めたのだ。押し通れないと分かるや否や、軽やかな動きで後方に跳躍する。
「はて? 女の子、ッスよね? うーん、正直女の子には興味はないんスけど……でも結構強そうだし……まあいっか、ッス」
『ミュウちゃん来るよ!』
「はいっ!」
駆け出すと同時に刀を振り抜いた。すると斬撃が飛ぶかのようにミュウを襲い、一瞬視界を奪われる。再度相手を見た時、そこにはだれもいなかった。
「上だよ!」
「――っ!?」
ユリトエスの声を頼りに視界を上にあげれば、そこには太陽を背にした少女がいた。彼女は刀を下に向け、落下の速度を利用し威力を上げた刺突を繰り出す。
「剣気一刀――刺撃!」
剣気での一撃を防いだミュウは、刀を払いながらその場で一度回転する。その勢いのままに振り抜いた。
「せ、ぇえい!」
「おっとっとッス!」
その剛腕から繰り出された剣風で少女は宙に投げ出される。クルリと一回転して着地し、地面に手をついて一気に距離を詰めた。
「っ、剣気――地崩!」
懐に入った少女目掛けて地を割る一撃を振り下ろす。
「よっ、と。剣気一刀――」
ミュウの腹に手を乗せ、時計周りでミュウの後ろ移動する。そして片手に持った刀の柄頭を首筋に叩きこんだ。
「――巌」
「あっ……」
その一撃でふらりとその場に倒れるミュウ。それを成した人物はふうと息を吐き出し、今度はユリトエスを向く。
「次はこっちッスね」
「ちょっ、ノーノー! 僕は非戦闘員だから! ミュウちゃん倒した君と戦えるはずないでしょー!!」
「大丈夫ッス! お爺さまはよく言ってたッスよ、出来る出来ないじゃない、やるんだ! って」
「それは絶対この状況で言う言葉じゃないから!」
謎の根性論を説きながら、少女は刀を構え直す。
「ま、待って下さい……」
「えっ?」
だがそれを阻止する者がいた。
「ユリトさんに、手を出さないで下さい……わたしはまだ、戦えます!」
ふらつく頭を支えながら、大剣を杖のようにして立ち上がるミュウ。
「あれを受けてまだ立つんスか……随分頑丈ッスね」
先の一撃は確実に意識を奪える一撃だった。しかし現に目の前の少女はふらつきながらも立ち上がっている。その目には確かな力が宿っていた。
「ユリトさんは、わたし達の大切な仲間です……だから、守ります!」
「ミュ、ミュウちゃん……ええ子や……」
ほろりと涙を流すユリトエスは無視するとして。
少女はチラリとミュウを見て、次いでユリトエスを見る。
なんだか悪役っぽいのですが。
「わ、分かったッス! もう止めるッス! ほら、刀もちゃんと収めたッスよ? これで良いッスか?」
別に正義の味方を目指している訳ではないにしても、このふわふわ髪の子と対峙しているとどうにも心が痛む。刀を収め、両手を上げて戦意がないことをミュウに伝える。
そこでようやく安心したのか、大剣を放したミュウが地面にへたり込んだ。
「おおう、大丈夫ッスか?」
『良く言うよ。自分でやったくせに』
「へっ? どこから声がするッスか? お化けッスか? 面妖ッス! 退治するッス!」
突如聞こえてきたマリンの声に飛び上がる。
『とにかく、キミはだれで、なんでいきなり襲ってきたわけ? 事と次第によっちゃあ許さないよ! ……ユリト君が』
「そこで僕に振らないでくれませんかねぇ!?」
未だ声の出所を探しているのかキョロキョロと辺りを見回している。そうこうしているうちに先ほどまで逃げていた人たちが戻って来ていた。その中には真っ先に逃げて行った兵士の姿もあった。
「あ、無事だったみたいだね。いやー良かった良かった」
「……この野郎」
割と本気の殺意を込めた声がユリトエスの喉から発せられる。
「は、ははは……そ、それじゃあ良い旅を。あ、それとお嬢もあんまり誰彼構わず喧嘩を吹っかけないでくださいよ」
「……えっ?」
逃げるようにして去って行く兵士の言葉に、ついそんな言葉が漏れる。顔見知りなのだろうか、と少女の方を向く。
「えっと、取りあえず謝るッス。ごめんなさい!」
『謝るだけで許してもらおうなんてちょっと虫が良すぎない? ちゃんと物で示してくれないとマリン分かんなーい。例えば~……現ナマ』
「おいそこの人魚ちょっと黙ってて下さい」
きっと今マリンは悪い顔をしている。直感でそう思ったユリトエスは最後まで言わせることをせずに遮った。
『甘いよユリト君。こっちが被害受けたんだから謝罪と賠償はふんだくらないと。むしろ謝罪は良いから先立つ物を奪……貰わないと』
「なに真剣な声でそんなこと言ってんですか。なにか訳もあるみたいだし、ここは素直に許してあげましょうよ」
『訳ったって大した事じゃないと思うよー。精々、今宵の虎鉄は血に飢えておるわ、とかで人を斬ってみたかっただけだって』
「いや別に本気で斬ろうとしてた訳じゃなかったじゃないですか。ミュウちゃんも無事だし」
なおも、でもでもと不満タラタラなマリン。予想以上に黒い人魚姫に驚きつつ、この子を従わせているユッキーすげぇ、と思っていた。
「あ、あの……わたしは、特に怒ってませんから。怪我も、ありませんでしたし……。最初に狙われたユリトさんさえ良ければ」
「ホンットに良い子だなぁミュウちゃん! アメちゃんあげちゃう!」
ミュウの許しも得たので少女が顔を上げる。
「えっと、許してくれるんスか?」
フードを取った彼女の容姿は、可愛らしいものだった。少し目つきが鋭いが、ニコニコとした笑みは人懐っこい印象を与える。
「ああ、うん。ミュウちゃんもこう言ってるし、僕は別に。それよかなんでこんな事したのか知りたいんだけど」
「おおっ、許してくれるッスか! ありがとうッス! えっと、ミュウちゃんってのはキミのことッスよね?」
「は、はい……」
「いやー、中々強くてビックリしたッスよ! てゆーかこの細身でなんであんなにパワー出せるんすかね? ちょっと触っても良いッスか?」
「えっ、や、あの……ひゃん!」
「スベスベッス! ついでに柔らかいッス! あと良い匂いッスね!」
『くぉら通り魔! 私の許可なくミュウちゃんに触らない!』
「あ、あのー。少しは僕の話聞いて欲しいんだけどー」
無視されたことに若干傷ついたユリトエス。とにかくミュウの体を弄っている少女を止めることにした。
「っと、そう言えば名前も名乗って無かったッスね! シャシャ・フォア・ジルオーズ。気軽にシャシャって呼んで欲しいッス!」
一々元気な少女の自己紹介は、彼女らしく元気かつ突発的に繰り出されるのだった。
「で、結局この子はなにがしたかったんだ? シャシャ、だっけ?」
「やー、それが腕試しがどうのとかは言ってたんだけどね。何故か男の旅人を狙って喧嘩吹っかけてたらしいんだよ。で、僕らの仲間で男はいないのかって話になって……」
『ミュウちゃんのご主人様が宿にいるよーって話しちゃった訳だよ』
「それ言ったのマリンちゃんだよね? 僕は最後まで誤魔化してたのに、面白半分で言ったよね?」
『えー、なにそれマリン分かんなーい』
「それ気に入ったの? 正直全然似合ってないよ!」
ユリトエスの話を聞いて襲って来た少女の名前と、なぜこっちに来たのかは分かった。その上で、言っておく。
「マリン、後で説教な」
『えー!』
「うっさい! 大体おまえのせいってことで理解したんだよ!」
アクアマリンを眼前に持ち上げて睨み付ける。それからミュウに視線を向けた。
「ミュウは大丈夫か? どっか痛いとか、ないか?」
「あ……はい、大丈夫です。シャシャさんも、手加減してくださったみたいで」
ふぅん、と返事をしてベッドに放り込んだ少女を見る。ミュウを相手に手加減出来るところを見るに、かなりのやり手なのだろう。ユクレステが直接相手にした時も感じたが、剣同士の手合いならば負けていたと見るべきだ。
「しかしなぜ辻斬りなどしているのだ、この少女は。単にディーラみたいな戦闘狂という線が濃厚だが……」
「少なくともユゥミィにだけは単細胞って言われたくないんだけど?」
「なにおぅ!」
喧嘩し出した二人を余所に、彼女のことを考える。別段彼女が戦闘狂であろうと辻斬り魔であろうと、ユクレステにとってはあまり関係ないのだ。ただ、彼女の家名がどこかで聞いたことがあるように感じていた。
「…………」
『ミュウちゃん、どしたの?』
「あ、いえ……。なんでもないです」
ミュウもなにか気になっているようだ。
そこでふとユリトエスが思い出したように呟いた。
「ジルオーズ……うーん、もしかして」
「……ヤバい、凄く嫌な予感がしてきた。ディーラ、すぐにそいつ捨てて来て。出来るだけ遠くに」
「えっ? 別に僕は構わないけど……」
彼の呟きにユクレステの第六感が警報を鳴らす。ユゥミィと取っ組み合っていたディーラに頼んでみるが、なぜかミュウを指さしている。チラリとそちらを見ると必死に首を横に振っていた。どうやら彼女はシャシャのことを気に入ったようだ。
と、ちょうどその時だった。
「む、むむぅ……ここは……」
ベッドに倒れていたシャシャがむくりと体を起こし、虚ろな目をあちこちに向けている。
「シャシャは……どうしたんスかね。確かミュウちゃんとお友達になってそれから……」
彼女の視線がユクレステとぶつかった。
ギギギ、と機械のように顔を背け、助けを求めるようにユリトエスに視線を向ける。
「……ユリト、ヘルプ――」
「お、おおぉおおおお――!!」
「ぎゃふぅ!?」
だがそれを受け取る前に容赦のないタックルがユクレステに決まる。椅子から転げ落ち、押し倒されるような状況が出来上がる。
「なにを――」
ディーラが爪を伸ばし、毛を逆立てて焔が舞う。一瞬即発の空気で、それを読まずにシャシャは嬉しそうに口を開く。
「あなたはさぞ名のある御仁とお見受けしたッス! ですから何卒――」
「は、はぁ? なにとぞ?」
「シャシャをあなたのお嫁さんにして欲しいッス!」
「なに言ってんのおまえぇええー!?」
突然の求婚の言葉に顎が外れるほど驚くユクレステ。それを後目にユリトエスは記憶のサルベージに成功していた。そうして呟かれた言葉は、
「あ、そっか。ジルオーズって言えば、アークス国の有力貴族の家名じゃん。ユッキー面倒な相手に惚れられるなぁ」
この後、ユクレステをとある事件に結び付けることになるのだった。
新キャラが出るとわくわくしますよね? 書いている方も新キャラを出す時は同じくらいわくわくすると思います。
と言う事でユクレステ、現地妻ゲットなるか?