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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
48/132

マーメイドと踊ろう

 空は快晴、波は穏やか、雲の上では鳥型の魔物が群れをなして飛んで行く。そろそろ秋になるため、気候の穏やかな場所を目指しているのだろう。左手側には切り立った崖が見え、アークス国行きの船は沿岸沿いにゆっくりと進んでいた。

 甲板から覗く景色を眺めながら、背中の羽を一度動かし宙に浮く。そのまま頭上に狙いを定め、一気に加速した。

「ふっ――」

 急上昇する彼女の姿を視界に収めることなく、鳥は自身の首に手をかけられる。柔らかな少女の手が長い首に触れる。――瞬間、ゴキリと異音が響き鳥の意識は闇に消えた。



「今日はこれを取って来たよ。お昼によろしく」

「おおっ、ディーラちゃん。今日はまたなにを……って、ベジタル鳥かい。野菜を主食としているためフレッシュな味わいで栄養価がとても高い鳥だね。よく捕まえられるね、ベジタル鳥は警戒心が強いから近づくことも難しいのに」

「……まあ、楽勝。じゃ、お願いね」

「あいよー」

 気の良い返事のコック達に鳥を渡し、ディーラは甲板へと出て来ていた。穏やかな風が頬を撫で、なんとなしに海を眺める。

「あ、やっほー、ディーラちゃん!」

「マリン?」

 すると下の方から声が掛けられた。声の主はディーラの仲間でもある、人魚のマリン。船と並走する形で泳いでいた。

「よいしょっと」

 ザバンと海面を跳ねて船の縁に腰を下ろす。潮風になびく金色の髪に、体を濡らす海の水がその豊満な胸から滴っており、なんとも絵になる姿だ。

 その姿に若干ムッとしながらも声には出さずに尋ねる。

「なにやってるの?」

「んー? せっかくの海だからね。ちょっと遊んでたんだ。どうせこの後は陸路だし、体を動かせる間に動かしとかないとストレスで鱗がボロボロになっちゃうもの。ディーラちゃんは?」

「僕も同じ、かな。ずっと部屋で寝てるのも飽きるから」

 ぼんやりとした瞳で話すディーラに笑い掛けながら、マリンは頷きながら笑う。

「そうだねー。マスターみたいに日がな一日本読んで済ませられないからね、私達。付き合えるミュウちゃんは流石だよ」

 昨日一日、ユクレステに勉強を教わっていた少女の姿を思い浮かべる。それに付き合うユクレステもどこか嬉しそうだったのは、見間違いとかではないだろう。

「ユゥミィは……まあ、ご愁傷さまと言う事で」

 南無、と手を合わせるディーラ。最初よりはマシになったとはいえ、それでもユゥミィの調子は未だに戻っていない。ユクレステの近くにいれば多少なりとも楽になるようなので、昨日から常に側で寝ていた。

 またユリトエスは色々と遊び道具を持って来ていたようで退屈はしていないらしい。

 そんな海の旅路。現在三日目である。

「それじゃあそろそろ部屋に戻ろうかな? ディーラちゃんお願い出来る?」

「ん、了解」

 宝石の中に戻ったマリンを首から下げ、ディーラは甲板から部屋に戻るための通路を歩くのだった。



「ここでトラップカード発動! 気合脱出! これで僕のモンスターは罠の効果から抜け出せる! そしてこのモンスターでダイレクトアタック!」

「なっ――!? 防ぐ手立てが……ない? 俺の、負けだ……」

 部屋に戻ったディーラとマリンに二人の少年の声が聞こえてきた。そちらを見てみると、ユクレステがベッドに腰掛けユリトエスとなにやらカードゲームで遊んでいた。がっくりと項垂れているユクレステと、勝利のポーズを取っているユリトエス。どちらが勝者なのか、一目で分かる構図である。

『ただいまミュウちゃん。今なにやってるの?」

「あ、お帰りなさい、マリンさん。ディーラさん。ユリトさんがご主人さまとかぁどげぇむというものをやっているところです」

 ゲームの名はカードモンスターオルタナティブとか言ったか。現在、ゼリアリス国を中心に大ブームを巻き起こしているカードゲームである。噂では、カード一枚で家が立つとも言われている程だ。

 ユクレステも名前だけならば知っていたが、直接やるのは初めてのことだった。もちろんカードなど一枚も持っていなかったが、ユリトエスに貸してもらい遊んでいたようである。

「いやー、やるねユッキー。ちょっとひやっとした場面が幾つかあったよ」

「それにしては随分簡単に返されたけどな。あー、くそ。もうちょっと善戦出来ると思ったんだけどなぁ」

「ふふん、そう簡単には負けないよ。これでも僕は二年前のカードモンスター大会の優勝者なんだからね」

 ビシッ、とデッキを構えて不敵な笑みを浮かべている。

 負けたことに悔しそうにしてはいたが、すぐに落ち着きを取り戻して帰って来た二人に顔を向けた。

「お帰りー、なんか面白いことあった?」

「鳥を一羽狩ってきたよ。昼食は一品料理が増えるってさ」

「おおっ、鳥肉料理! 鳥肉って肉の中だと一番好きなんだよね。楽しみー」

 ユリトエスがカードを荷物に仕舞いながら言う。

『こっちは特になにも。あ、でもなんか最近この海域に変な奴が住みついたから気をつけてって言われたっけ。まあどうでも良いけど。ユゥミィちゃん元気?』

「ま、昨日よりはマシみたいかな? ユゥミィ、水飲むか?」

「う、うむ。もらう……」

 むくりと体を起こしたユゥミィに水を渡す。ユクレステに寄り掛かりながらもしっかりと水分補給を終え、少し青い顔で顔を上げた。

「ふぅ……大分よくなってはきた、かな? 主、後どれくらいだ?」

「そうだな……まあ、早くて二日、遅くて三日ってところかな? このまま順調に行けば」

「さらっと不吉な事言わないで、ご主人」

 ジトっと見るディーラの視線から逃げ、苦笑しながら頭を掻いた。


「でも流石にこう暇な船旅だと飽きるよなー。ねね、ユッキー。なんか面白い話とかないの?」

「いきなりそんな無茶振りされても困るんだが……。うーん、そうだなぁ……」

 まるでお泊まり会のような気軽さで話を振って来るユリトエス。学生時代にアランヤード達と集まった時と似ているが、生憎と大体聞き役に徹していたユクレステには場を盛り上げるだけの話術はない。なにかあっただろうかと思案し、そう言えばと口にする。

「これから向かうアリティアの近くの街で近々雪祭りが行われるんだって。前にアランがそんなこと言ってた」

「雪祭り?」

「ああ。氷雪の街、クリスト。なんでもすっごい巨大な氷像を作って、その出来栄えを競うんだと。リーンセラの中でも大きな祭りらしくて、観光客も多く来るらしい。多分その頃には着いてるだろうし、祭りを見るのも良いかもしれないな」

「ほう、それは中々興味がそそられる催し物だな!」

 以外にもユゥミィが喰いついて来た。祭りよりも氷像に興味が行っている辺り、彼女の芸術家魂に触れるなにかがあったのだろう。

 反対にディーラはとても嫌そうな顔でため息を吐いている。

「氷雪……やっぱり寒いのか……」

「おっ? ディーラちゃんは寒いの苦手なの?」

 ユリトエスの質問に頷き、ボスンとベッドにダイブした。

「苦手って言うか……魔界の僕がいた場所には冬ってものは無かったから。一応、寒い場所はあるにはあるんだけど、行かなかったし」

「魔界、か。噂でくらいしか聞いたことないな、私は」

『私もかな。って言うかそもそも、魔界の悪魔がこっちの世界に来ること自体レアだし、あっちのことってあんまり伝わってないんだよね』

 ねー、とマリンとユゥミィが話す中、記憶を探りながらユクレステが声を上げる。

「一応書物に残っているものに魔界探検家とか言う人の伝記があったけどな。なんか、凄く荒唐無稽な本だったから記憶に残ってるんだけど」

「あ、それ僕も呼んだことあったかな。なんだっけ? ネロ・アクソンの魔界探検漫遊記とか言うタイトルだったと思うけど。結構面白かったよ、あれ」

「ユリトも読んでたのか。まあ確かにフィクションとして見れば面白くはあるんだけど、実際あれが本当だったら笑い話にはならないだろ? デイザスとか言うのが地元で起こったらと思うと背筋が凍るよ」

「あー、それは確かに。天災と同じだから防ぎようがないもんねー」

 あはは、と同じ本を読んだことのある彼らだけで盛り上がっている。そこに知った単語が現れたためかディーラが毛布から顔を放してこちらを見た。

「デイザス……。そう言えばそろそろそんな時期だっけ」

「……デイザス、ですか?」

 まるで経験したことのあるような言葉に、ピシッと固まる男二人。なんのことだか分からないミュウが、首を傾げながら問う。

「魔界に起こる台風みたいなもの。大体五年に一度の周期で魔界中を荒らし回る巨大な自然現象、かな? 魔界に溜まった魔力カスが集まりに集まって巨大なモンスターになるやつ。こっちにはないの?」

『さ、流石にそんな現象は知らないかなー。……ちなみにそれ、規模とかは?』

「遠くで見かけたらとにかく逃げろ、近かったら死ぬ準備をしろって言われるくらい? 街一つくらいなら一瞬で呑まれるかなぁ」

『絶望的っ!?』

 ちなみに対策としては、デイザスは基本的に魔力の溜まりやすい場所に現れるので周期が来たらそこに注意し、現れたらとにかく逃げる。迎え撃つとなると、ディーラクラスの悪魔が百人単位で必要になるそうだ。

 魔界ではそれが五年周期で起こるらしい。

「まさか本当にあるとは……ってことはあの本、事実だったのか? 話半分くらいにしか信じてなかったんだが……」

「なんかそんな感じがしてきたね……。今まで与太話だろうとか言われてて話題にも取り上げられてなかったのに……後でもう一回読み直そうかな?」

 知られざる魔界の手がかりがこんな身近にあるとは知らず、呆然とする二人であった。



 その後も魔界トークに華を咲かせたユクレステ達。聞いてみれば、こちらの世界と似ている点も多々あった。

 例えば、冒険者ギルドに似た討伐ギルドという組織。こちらのギルドとの違いは、依頼が全て魔物の討伐依頼のみだと言う事くらいだ。そしてその討伐した魔物は肉から骨まで余すことなく使用出来るため、高ランクの魔物は依頼達成料とは別にボーナスが支払われるそうだ。

 また、こちらの魔物と比べてレベルの高い魔物も多くいる。特に竜種ともなると種類も千差万別、力量も上級以上の竜が存在するらしい。こちらの世界では大多数は下級の小竜リトルドラゴンで、上級竜など極限られた場所にしか存在しない。それに対し魔界では最低でも中級の竜、大多数は上級竜。たまにそれ以上の力を持った竜が街の近くに現れることもあるのだとか。

 魔物マニアのユクレステとしては、少し惹かれるものがある。あるのだが、あまりにも危険極まりないのでやっぱり遠慮しよう。

 とにかくそんな会話を食事を取りながらしていた時だった。


「キャー!!」

 どこからか甲高い悲鳴が聞こえてきた。それと同時に船が大きく揺れ、料理が乗せられていた机が倒れてしまった。

「あっぶな……なんだよ、まったく。人が食事中だってのに」

「ねー。ちょっと運転荒いよー」

 パクパクと口を動かしながら不満を言うユクレステとマリン。倒れた机の変わりに風の障壁がテーブル代わりとなって皿を支えている。正直その魔法の使い方はどうなのだと言いたいのだが、本人達は至って気にした様子はない。

 メインのベジタル鳥のオレンジソース掛けを口に放りながらユリトエスが扉の外に顔を出す。

「んぐんぐ……あ、お兄さん。なにかあったのー?」

「な、なにかってもんじゃないよ!? ああ早く逃げないと……逃げるってどこへ? ああどうしよう! 海の藻屑になんかなりたくないぃいいい!!」

 揺れる船内を走ろうとして倒れてしまった船員の一人に声を掛けた。男は焦っているためか支離滅裂な言葉を吐き出している。

 これはダメだと諦め、部屋に戻ってスープにパンを浸す作業に戻った。

「で、どうしたの?」

「さあ? でもなんかこの船が沈みそうだってことだけは聞き取れたかな?」

 オレンジジュースを飲み干したディーラの質問に答え、チラリと窓の外を見る。バッシャンバッシャンと今にも転覆しそうなくらい激しく揺れていた。

「あー、何かがこの船に張り付いたみたいだね。多分、触手系」

「触手って……もう少し言いようがあったろうに……」

 フォークを弄りながらマリンの言葉にツッコミを入れるユクレステ。

 本来ならば焦る場面であるのだが、そんな心配はしていない。なにせこの船は客船。魔物が出るかもしれない船旅を護衛するために、戦闘の出来る冒険者を雇っているというのが普通なのだ。耳を済ませれば戦闘の音も聞こえるし、そう焦る事はない……。

「あっ、ご主人さま。今窓の外を誰かが落ちていきました」

 いや、まだ一人がやられただけだ。このくらいは想定内……。

「二人目、三人目。む、あの三人目、あんな重装備では沈むんじゃないのか?」

 いや。いやいや、確か冒険者は五人パーティだったはずだ。ならば残る二人に希望を託したと見るべきだろう。多分、もう相手は死に体なのだ。

「あ、なんか手足が変な方向に曲がった二人が落ちてったね。マスター、全滅したっぽいよ」

「ホントだ。船員が阿鼻叫喚してる」

 …………。

 つっかえない!

「はぁ……マリン、ミュウ、ディーラ。食事中悪いんだけど、行ってきてくれない?」

「ん、まあそこそこ強そうだし、体を動かすって意味でやってこようかな」

「わ、分かりました……!」

「私は良いけど……あ、マスター。運動の後って甘いものが食べたくなるよね?」

「サンキュー。あとマリン、そう言うのは船長さんとでも交渉してくれ。まあ、船を救えば喜んで差し出してくれるだろ」

 内心で思いっ切り罵倒した後、ユクレステは済まなそうに三人に頼む。取りあえず色良い返事の三人娘。宝石に戻ったマリンを持って甲板に向かって行った。

「あ、主、私は? 私だって戦えるぞ!?」」

「いやユゥミィは……そろそろかな?」

「? なにがそろそろなんはふぅ……」

 言葉の途中でパタリと倒れこんでしまうユゥミィ。それを予知していたのか抱き止めてベッドに放り投げた。

「そ、そんな……さっきまではまだ大丈夫だったのに……」

「そらまあ、ただでさえ船酔いなのにこんだけ揺れてればねぇ」

「むぐぅ……」

 呆れたようなユリトエスの視線に気付くことなくベッドに沈んで行った。苦笑気味にユクレステの方を向くとマイペースにパンをかじっている。

「ユッキーは行かなくて良いの?」

「俺が行ったら折角の料理が床に散らばるだろ? この揺れだし、どっかに置いたって変わらないしな」

 ピッとコクダンの杖を向けながら言う。

 確かにユクレステの魔法制御能力ならば風に乗せた皿を維持するのは容易いだろう。だからと言って一人楽をするのもどうかと言う話なのだが。

「まあ、あいつらなら大丈夫だろ」

「うーん、そりゃあ僕もあの子達の強さは知ってるけどさ……。それにしても信頼し過ぎじゃない?」

「そんなことないよ」

 もぐ、と一噛み。

「ディーラもミュウも既に一線級の実力者。そんでもって、マリンがいる。負ける道理はないよ」

「マリンちゃん?」

「ああ、マリン」

 傍目から見ればちょっとお調子者なお姉さん。しかしユクレステによるそんな彼女の評価は、

「海のマリンは無敵だからな」

 予想以上に高いものだった。



 三人が甲板に着いた頃には既に敵は船に乗り込もうとしていた。ヌメヌメと動く八本の足が船体にへばり付き、丸い口がこちらを向いている。

 そんな敵を見たディーラの感想。

「……イカ焼き、かな?」

『天日で干してスルメにしよう! 私スルメって結構好きなんだよね~……臭いとか?』

 つまるところイカであった。それも、船ほどもある巨大なイカだ。

 周りでは船員が必死にイカの足を銛で突き、引き剥がそうと躍起になっている。しかし彼らの力ではビクともせず、逆に海に落とされてしまう。

『取りあえず私、落ちた人の回収して来ようか? ディーラちゃん達はあの食糧……じゃなくてイカキングをよろしく』

「ん、オーケー。って、ミュウは大丈夫なの?」

 あのイカと戦闘になるとすれば、海上での戦いになるだろう。空を飛べるディーラと人魚のマリンならばいざ知らず、ミュウはミーナ族だ。彼女に海中での戦闘が出来るとは思えない。

『だーいじょうぶ、そこんところは既に会得済みだよ。ねっ? ミュウちゃん』

「は、はい!」

 だがマリンは心配していなかった。彼女だけではなく、ユクレステもだ。でなければこの場にミュウを送り出さない。

 初めて彼女と出会った時、既にミュウは水中での戦いを身に着けていた。それがほぼ無意識の内に行っていたことだとしても、既に体が覚えているのだ。だから問題はない。

「それなら良いけど。じゃあまずは、あれを引き剥がさないとね」

 いよいよ船員達の姿が消え、甲板に残るのはミュウ達だけとなった。ディーラはポイっとアクアマリンの宝石を海に放り投げ、イカに一歩近づく。

「あ、あの……! わたしが、やります」

「ミュウが?」

 しかしその一歩を止めたのはミュウだった。意思の強い瞳を向け、巨大な大剣を握って前に出る。その決意に触れ、うん、とディーラは横にずれた。

「じゃあよろしく」

「はい!」

 大剣を構えて一歩踏み込む。それと同時に剣から淡い光が輝き始めた。

 懐に入られた事でようやくミュウに視線が行ったのか、イカがその長くて太いヌラヌラとした触手をミュウに向ける。それが触れるよりも早く、

「剣気――空波」

 ミュウは大剣を振り切った。

「――――!?」

 その小さな体から放たれたとは思えない重たい衝撃を受け、イカは大きく吹き飛ばされてしまった。気付いた時には海に落とされ、ぷかぷかと浮いている。

 そんな自分の状態を確認し、イカはすぐさま体勢を持ち直した。

「――――!」

 あんな小さな者にやられてはイカ一族の名折れ。怒りに染まった赤い瞳で船を睨みつけ、

「流石はイカ、中々にしぶといじゃなイカ。……なんつってね」

 今度は宙に浮いた少女を発見した。背に映えたコウモリのような羽を一度羽ばたかせ、ニィ、と鋭い犬歯を見せて笑う。その口元が形を成し、

「それじゃあまずは、小手調べ。――ブレイズ・ランス」

 頭上に出来上がった炎の槍を投擲した。


「まーったく、別に投げなくてもいいじゃん。ディーラちゃんってばヒドイんだから。ねー? そう思うでしょ?」

…………(たすけて)!?」

「大体、もしあれで人魚族の至宝に傷が付いたらどうして……ってまあ、セレシアちゃんに散々壊されそうにはなったけどさ。それでも傷一つ付かないんだからやっぱスゴイんだね、これ」

…………(いいからヘルプミー)!!」

「うん? あ、ごめん。忘れてた」

 マリンが目の前の人物に軽く触れる。すると水が彼を押し上げるように海上へと連れて行った。重たい重騎士の鎧を着込んでいるためか中々上がらないが、まあ大丈夫だろう。

 とにかくこれで落ちていった者達は全員無事救出完了だ。後でまた船に引き揚げなければならないが、その辺りは船員達の仕事である。人魚の加護を与え、海に浮かせただけで十分だろう。

「おっ、あっちは始まったかな? さて、ミュウちゃんはどうなるかなー?」

 海上に火の手が上がるのを見て、マリンは楽しそうに口元を綻ばせた。


 海上ではディーラが楽しそうに炎を巻き上げている。それを見上げながら、ミュウはゆっくりと呼吸した。

 今彼女がいるのは海の中、波に揺れる海面を見上げている。

(ああ、やっぱり……落ち着きます)

 不思議と水の中にいると心が穏やかになる気がした。特になにをした訳でもないに関わらず、水中での行動は問題なく出来ている。まるで最初からこれが当たり前であるかのようだ。

(これならわたしも……戦える)

 大剣を持つ手に力を込める。水中と言うこともあり若干使い辛いが、それでも使えないということはないだろう。ふぅ、と息を吐き出しながら敵を見る。ようやく海上での戦いは不利と悟ったのか、潜って来るところだった。目が合い、イカが嫌らしく笑ったように感じた。

(ひぅ!?)

 うすら寒い感覚が背筋を走り、思わず悲鳴を漏らす。頭を振ってその感覚を吹き飛ばし、キッとイカを睨みつけた。

「いき、ます……!」

 まずは一蹴り。滑るように水中を移動し、迫っていた足を避ける。その足に向けて剣を振った。

「――――」

「……っ!?」

 だがイカに大したダメージはない。やはり水中での剣戟は無理があったか。ならばと攻撃方法を変更する。

「突進せよ清廉なる水、その清き切っ先にて敵を貫け――リバーズ・ランス!」

 ミュウの手元にある水が槍に姿を変え、力いっぱいに投げ放つ。イカの足の一本に槍が突き刺さり、僅かに怯む。だがすぐに他の七本の足がミュウに迫った。

「やっ! アクア・スピア!」

 腕を前方に突き出すようにして小さな水の槍を投げながら距離を取る。それを待っていたかのように、海上から焔の砲撃が突き刺さった。

「――――!?」

「ついでのもう一発、炸裂せし焔の意思、猛攻高らかに叫べ精霊の華、真なる炎を呑み込め――エクスプ・ザラマンダー」

 眼前に現れる小さな球体。刹那の後、それが轟音を立てて爆発した。

 焼かれる痛みに悲鳴を上げ、イカは口から高水圧の水砲を発射する。それをひらりと避け、ディーラが笑う。

「ミュウ、ゴー」

「はいっ!」

 いつの間にそこにいたのか、イカの足の一本に乗ったミュウが大剣を構えていた。気付いた時には既に遅く、重い一撃が放たれる。

「剣気――海崩!」

 下段から振り上げるようにして放たれた斬激は海をも両断し、イカを吹き飛ばした。

「っ!」

 だが浅い。手応えのなさに気付いたミュウは慌てて追撃を仕掛けようとする。だがそれよりも早くイカは海に潜ってしまった。

「あっ……!?」

 見れば凄い勢いで船に向かっている。恐らくこの二人に勝てないと踏んだのか、船の方に狙いを定めたようだ。

「船にはご主人さまが……!」

「ミュウ、大丈夫」

「えっ?」

 追いかけようとするミュウに、ディーラが制止の声をかけた。

「後はあいつに任せよう」

 はぁ、と不完全燃焼なため息を吐き出し、空に腰掛けるように姿勢を崩す。彼女の視線の先には――人魚姫がいた。


 八本の足を引きずりながら狙いを船に定める。このままでは勝てそうもないと本能で理解し、それならば船を沈めて慌てている間に逃げ出そうという考えだ。以外にも理性的なイカの行動は、恐らく正しいのだろう。ただしそこに、

「ざーんねん。ここから先は通せないんだなー?」

 彼女がいなければ。

 両手を広げ、通せんぼをする金髪の人魚。イカはそれを視界に収めながらも、その質量差で押し通ろうと突貫する。

「ありゃ? 止まってくれないんだ? それならまあ、別にいいんだけどさー」

 ふざけたような笑みを向け、マリンは水に指を這わせていく。彼女が触れた場所が輝きを持ち、次々に陣となる。手の平ほどの魔法陣がマリンの前方に無数に現れ、息を吐くように軽く告げた。

「海砲弾。連続発射」

 魔法陣から放たれる高密度の魔術砲弾。拳大の魔弾が息を吐かせぬように突撃する。

「――――!?」

 それを真正面から喰らったイカは堪ったものではない。押し通ろうとしていた彼の体は即座に押し返され、血を吐きながら意識が遠のく。海中に沈む彼の背後から、声が発せられる。

「ついでにもう一つ、やっとこうか?」

 いつの間にそこにいたのか、先ほどまで船の前に陣取っていた人魚が海の底へと移動していた。マリンは大きな円をいくつも描き、そこに手を入れて魔法を発動させた。

「海神の銛」

 魔法陣から現れる巨大な三つ叉の槍。それが海上へ向けて放たれる。



 海を割って突き出た巨大な槍。それが八本、海面を揺らしていた。槍の大きさは先ほどのイカと同等で、海を割るその鋭さは見る者をゾッとさせるものだった。

 ディーラはそれを眺めながら、面白そうに笑う。

「やっぱりあの人魚、強いね。ご主人が信頼してるだけはある。んー、いつか死合ってみたいんだけど……得意なフィールドが違い過ぎるからなぁ」

「マリンさん、凄いです……」

 キラキラと目を輝かせているミュウの視界には、串刺しにされたイカに乗るマリンの姿があった。

「さて、質問です」

 イカの顔に近づき、ニッコリと笑いながら質問する。良く見れば、槍が貫いているのはイカの足だけで、ちゃんと生かしているようだ。

「イカだけに……なんつって」

「えっ? ディーラさん、今なにか……」

「……なんにも言ってないよ。うん」

「は、はぁ……」

 なにやら話している二人はともかく。

「このままここでスルメにされるか、今後一切船に手を出さず静かに海で暮らすか。……どっちが良い?」

「――――――――!!」

 必死になにかを訴えているイカ。ディーラ達には分からないが、マリンには理解出来たのかうんうんと頷いている。どうやら逃がして下さいと懇願しているようだ。

「あ、そうなの? スルメになれば美味しくもぐもぐ出来たのに、残念だなぁ。あ、でも折角だから……」

 指を軽く曲げる。すると槍が一つ鋭さを増し、足を一つ切り取った。

「――!?」

「足一本はもらっとこうかな。ゲソは美味しいからね」

 ほくほく顔で足をもぎ取るマリン。その残虐さに涙するイカ。ようやくそこで解放され、イカは海の底に潜って行った。

「さ、これでお終い。デザートはちゃんと貰えるかな?」

 ニコニコ笑顔のマリンだが、それを見ていた船の人間達は顔が引きつっていたとか。

 まあ、当然だろうとディーラ。結局、悪魔よりも悪魔らしい容赦のない圧倒的な戦いになってしまったのだ。ジトっとした目をマリンに向ければ、なにを勘違いしたのか照れたような笑みを向けている。

 その笑顔を見れば物語に出てくるような、儚い人魚像そのままなのだが。

「……まあ、いっか。どうせご主人の仲間だし」

 ユクレステにそんな仲間は似合わない。むしろあれくらいふてぶてしい方が合っているだろう。

 イカの足を運びながらマリンにくっ付いているミュウ然り、少しは図太い方が彼の仲間らしい。そう結論付け、ディーラは翼を動かして船に戻るのだった。

久し振りの活躍ですね、マリンさん。

陸上での活躍が中々作れない子なので、本当は強いんですよーってことを言いたいだけのお話でした。

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