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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
46/132

外伝 王と姫君

 アーリッシュ国の西部、リ・ケラ山岳地帯。青々とした木々によって連なる山々のうちの一つ、トーイドの山。現在そこでは、大掛かりな取りものが行われていた。


「第一陣照射完了。続いて第二陣の呪文詠唱を開始します」

「右方よりこぼれた残党がこちらにやってきます」

「中央部隊突撃を開始。現在敵戦力と交戦開始しました」

 矢継ぎ早に伝えられる情報を整理しながら、細い指を口元に当てて僅かに思考。次いで素早く指示を飛ばす。

「魔法戦力は現状を維持、敵戦力が視認できるまで待機を。残党処理を別働隊に任せ、こちらの戦力は全て中央へ向かわせて下さい。それから……敵首領は?」

「現在山の裏手から脱出を計っているようです」

「そうですか」

 その指示にワンテンポ遅れて従う兵たちを眺め、彼女は決めた。

「ではそちらへは私が行きましょう。貴方達は目の前の戦力だけに集中して下さい。いいですね?」

「で、ですが……いえ、分かりました」

 なにかを言おうとしていた隊長らしき人物だったが、指示を出す彼女の采配にこれまで間違いはなかった。ならば、今回も従うのが最善だろうと言葉を切る。

「アーリッシュ国軍第一戦術大隊、了解しました。ご武運を」

「ええ、貴方達も」

 そう言って彼女は柔らかに微笑み、身を翻して山に向かって駆け出した。

「……相変わらず、とんでもないな」

「隊長! 突撃準備完了しました! ……あれ? あの方はどこへ?」

 背後から声をかけてきた部下に振り返り、苦笑しながら応える。

「ああ、一歩だったよ」

「はっ? 一歩?」

「そう、一歩」

 僅か一歩。それだけで彼女の姿は隊長の視認できる速さを振り切っていた。それに気付かない部下は首を捻るばかりである。

「よし、それでは中央に突撃をかける。我々は与えられた仕事を全うせよ! 他はどうやら、姫君が終わらせてくれるらしい」

 頼もしいことには変わりはないが、呆れてしまうのもまた事実。流石は最高戦力と言われるだけある。

 アーリッシュ国にて国を守る兵の一人は、つい今しがた走り去って行ったお姫様を思い苦笑を浮かべるのだった。



 トーイド山の山賊。それは、近くの集落に行けばだれもが恐れて声を震わせる存在である。構成人数は三百を優に超え、傘下の者たちを含めれば千を越すとも言われている。そしてさらに恐るべきは、彼らを指揮する者たち――首領と十名の幹部の存在だ。彼らは元々、名のある戦士や騎士であったとも言われ、その武勇はまさに一騎当千の猛者揃い。ただの軍隊ならば即座に叩き潰すと言わせしめるほどであった。それ故にアーリッシュ国は長い間彼らを打倒することが出来ずにいたのだ。


「クッ、チクショウ!」

 山の裏手からあがる部下達の悲鳴を受けながら、山賊の首領であるライゼス・ドルクが低く唸る。木の枝に引っかかりながらも逃げるその姿は、まさに敗戦の将さながらであった。

 なぜこんなことになったのか、半ば現実逃避気味に考えていた。


 事の発端は数時間前だ。

 山の麓にアーリッシュ国軍が陣を展開し始めた。それを迎え撃とうと部下達を指揮したのはほんの数時間前の話である。最初はいつものように大勝出来ると高を括っていた。なにせここ数年、彼らは一度も負けたことがなかったのだ。それは兵力が高かったのもあるし、なにより幹部の中に元アーリッシュ国の軍師がいたことが大きい。彼らの戦い方を知っており、なお且つ柔軟に策を練ることが出来る、信頼に値する人物だ。

 だがその策も、今回の戦闘には少しの有利にも働かなかった。まるでこちらの考えを読まれているかのように伏兵を置かれ、罠を張られ、結局一時間もしないうちにやられてしまった。

 それならばと腕自慢の部下を集めた選りすぐりの部隊を組織し、ライゼス自身も前線に出た。しかし、結果はこの通り。まるで雨のように降る魔法、幾重にも張り巡らされた罠に嵌められ八割の部下はなにも出来ずにやられていった。その後なんとか彼を逃がそうとする部下のおかげで数名の仲間を連れてここまで逃げてこられたのだが、その短い逃亡劇もどうやらここまでのようだ。

「ディアシャーレス・ルーク」

 空から光が降るかのように、ライゼス達の前に薄い光りの壁が立ち塞がった

「な、なんだこれは!?」

「クソッ、通れないぞ!?」

 仲間達が手に持っている武器を振るって壁を破壊しようと試みるが、そのどれもが壁を破壊するに至らない。そうこうしている内に何者かの気配が段々と近づいてくる。

 この場に居るライゼスを含めた五人の仲間達は、いずれも武にて名を轟かせた者達ばかりなだけあってその構えに少しの隙もない。鋭い視線の先を油断なく睨みつけ、敵の接近を警戒する。と、その時であった。

「えっ……?」

 気の抜けた、そんな声が聞こえた。それを発した人物は、剣の速さについては他の追随を許さない程の腕を持つ、神速マルシア。

「遅いですね」

 その神速が、一度も振るわれることなく崩れ落ちる。

「なっ!?」

 いつの間にそこにいたのか、マルシアを斬った敵は既に彼らの側から離脱しており、次なる標的に向け剣を向けていた。ほぼ反射的に振ったライゼスの巨大な戦斧を容易くいなし、彼の背後にて呪文の詠唱を完成させていたシムイに迫る。

「――ッ、エクスプ・ザラマンダー!」

 かつてのアーリッシュ国軍宮廷魔導士、シムイ・デイアーカーの魔法はこれ以上ない程の完成度だった。構築速度、内包魔力、そして威力。どれをとっても一級以上の魔法だ。その魔法が眼前の敵を屠るために炸裂した。

「ハ、ハハ、どうだ……!」

 焼けた大地が抉れ、そこにいる者の姿を映し出す。

「どうだ? それはつまり、評価が必要ということですか?」

「えっ……?」

 そこには、少しの汚れのない姿の敵が立っていた。

 彼女はニコリと誰もが見惚れるような笑みを浮かべ、軽く髪を払う。瞬間、燃えていた木々は鎮火し、後に残るのは光の粒子だけ。

「そうですね……少しばかり、拍子抜けですね」

 刹那、彼女の右手に下げられた剣が軌跡を描く。キィン、と甲高い音と共に両脇から迫っていた二人の双剣を弾き飛ばし、跳躍。まるで空を飛ぶかのような動作で間合いを離れ、着地と同時魔法が放たれる。

「魔導と言う名を継ぐのならば、この位は出来て頂かないと。フィブツェレン・エクスプ・ディアシャーレス」

 それは、先ほどシムイが放ったのと同種のもの。炸裂と言う名を冠する、破壊に特化した魔法。

「う、ウソだろ……」

「ヤベェ! 伏せろー!!」

 それが都合、五十。

 一瞬にして、その場を断続的な轟音が響き渡った。


「なんなんだ……なんなんだテメェは!」

 残ったのは、たった一人。仲間達は先の魔法で倒れ伏している。自分が無傷なのは、余程運が良かったのだろう。だが、この状況で無傷であろうと意味はない。結局は、

「流石はライゼス・ドルク。悪運の強さは隊内一と言って良いでしょうね」

 この悪魔のような少女に屈するしかないのだから。

「チ、チクショウ――」

 腰まである金色の髪をなびかせながらも、その挙動に少しの遅れはない。己の身長程もある長剣を涼しい顔をして振り回し、そのくせ剣を振る速度よりも速く動く。魔法に関しても剣術と同じく完璧で、容姿についても非難する言葉は見つからない。いや、大よそ、彼女を否定するような言葉などありはしないのだ。

 もしあるとするならばそれは――

「化け物めっ!」

 ライゼスは目の前の人物を知っていた。いや、戦場に出る者として、知っていなければ可笑しいのだ。それほどまでに有名な存在。神の愛を一身に受けて生まれてきたような容姿に加え、戦神すら打ち倒すことが出来そうな力量。

 彼女の生まれ育った場所でならば、至宝と名付けられたのだが、生憎とここはアーリッシュ。至宝、などと生温い言葉は送れない。

「貴様がここにいるとはな! 戦悪魔ヴァルキリーめ!」

 戦女神ワルキューレも化け物も、そう変わりはない。それ故の、戦悪魔ヴァルキリー

 憎しみと共に吐き出された言葉を一身に受けながらも、表情は一切変えずに視線で射る。

「どうやら私は、貴方達からよほど嫌われているようですね。少し前に捕えた軍師の方にもそう罵られましたよ」

「ゲインツか!? クッ、オレの仲間たちは無事なんだろうな!?」

「なるほど、仲間に対してはお優しいようですね」

「答えろ戦悪魔ヴァルキリー! いや、ゼリアリス国の王女、マイリエル・サン・ゼリアリス!」

 戦斧を持ち上げ、マイリエルへと向け吠える。その気迫すら意に返さず、彼女はニコリと微笑んで言葉を返した。

「もちろんです。多少の犠牲は出てしまっていますが、出来るだけ生きて捕えよとのお達しですので。特に幹部の方達はそこの方々も含めて皆無事ですよ」

 チラリと視線を向け、共に逃げていた四人の仲間たちが微かに動いているのを見てホッと息を吐く。

「ならば、良い。ついでにオレ達を見逃す訳にはいかんか?」

「やはり、疑問ですね」

「ぬっ?」

 マイリエルの剣先が下がる。その動作を訝しげながらも、気は抜かずに彼女の言葉を待った。

「勇将ライゼスと言えばアーリッシュ国で最強を誇っていた将軍の名です。それがなぜ山賊などに? 見る限り、気変わりしたとは思えませんが……」

 何故かと、マイリエルは問うた。それに対し、ライゼスは怒声を以て応える。

「なぜ、だと? ふざけるな! それを貴様が……貴様らアーリッシュが言うか! オレ達の家を、家族を奪ったアーリッシュが!」

 裂帛の気合によってビリビリと空気が震える。それを真正面から受けて顔色一つ変えず、淡々と言葉を交わしていく。

「なるほど、貴方の答えは想像が付きます。……強制排除ですか」

 十年前、アーリッシュでは複数の遺跡が見つけられた。それは突然現れたかのように街の近く、もしくは街の地下で発見された。その遺跡を当時のアーリッシュ王は重要視し、街に住む人々を強制退去させたのだ。だがそれに反発するものは当然出てくる。そんな住民に対し、王は軍を用いて排除した。街を焼き、それでも退かない者は闇夜に紛れて暗殺する。数カ月経てば、街だった場所には遺跡探索のための駐屯地となっていた。

「オレの家族はそれに巻き込まれ、丸焼きにされたんだ! それも、オレ達関係者には少しの情報も与えず! 気付いた頃には、もうなにもかもが手遅れだった……」

 彼の悲痛な叫びを聞き、マイリエルはなるほどと納得していた。ライゼスの山賊団はアーリッシュの軍人が多くいた。きっと彼と同じ境遇だったのだろう。

 哀れとも思う。だが、それはもう十年も前のことだ。今では王も国も変わってきている。強制排除によって焼かれた街も、レイサス王の手によって少しずつ復興してきている。

「確かに貴方達には同情の余地はあるでしょう。ですが、だからと言って貴方達の山賊行為を許すことは出来ません。先日も地方軍を襲い金銭を奪い取ったでしょう?」

「ハッ、当然だ! あれは元々オレの村の遺跡発掘で得た金だ。オレ達の村のものを奪い返してなにが悪い!」

 交渉は……決裂だろう。彼の眼には復讐の二文字しかない。これ以上なにかを言ったところで聞く耳はもってくれなさそうだ。

 ならば、仕方ない。

「……残念ですね。貴方のような、仲間を心から心配できる方に剣を向けなければならないと言うのは」

「む?」

 剣を握る手に力を込める。すぅ、と息を吸い込み、吐くと同時に体の隅々にまで力を浸透させる。結果、

「ゼリアリス国、第一近衛騎士師団団長、並びにアーリッシュ国特殊戦技教導官、マイリエル・サン・ゼリアリス。反抗勢力の排除に掛かります」

 燃え盛る程の金色の闘気が溢れ出した。木々を薙ぎ、空気を震わせる。

 金色の力の中心にいる彼女は、正しく太陽。

「勇将ライゼス。貴方の武勇に敬意を表し、太陽姫の全力で以てお相手致しましょう。努々(ゆめゆめ)気を抜かぬよう。隙を見せれば――――死ぬことになりますよ?」

「――――っ!?」

 未だかつて感じたことがない重圧が目の前にある。逃げ出そうにもそんな隙を作れば一瞬にして首と胴体が永遠に別れてしまうだろう。ならば、やることは一つだ。

「――う、うぉおおおお!」

 戦士の咆哮によってライゼスの闘気が膨れ上がった。マイリエルに及ばないまでも、流石は一国の将だった人物。そのうねりは風を呼び起こす。

「戦斧迅のライゼス! その忠告、有り難く受け取ったぁあ! 故に返事は一つ!」

 頭上で戦斧を回転させ、ピタリとマイリエルへ突き付ける。

「貴様が死ね――!」

「その心意気、買いましょう」

 刹那、剣と斧が激突した。



 アーリッシュ城。かつてその地にあった遺跡の上に建てられた城と言われ、内部には様々な仕掛けが施されていると聞く。高さよりも面積を重視したようで、高く立派と言うよりは平たく堅実な佇まいとなっている。

 その城に、一台の馬車がやってきた。豪華さはあまりなく、頑丈そうなものだ。その中から降りてきたのは、絶世の美少女と言っても過言ではない人物だった。

「お帰りなさいませ、マイリエル様」

 太陽のような美しさ、そして強さを兼ね備えたゼリアリスの至宝とも呼ばれる人物。マイリエル・サン・ゼリアリス。

 彼女は軽やかに馬車から降りると、近くにいたアーリッシュの兵に声をかける。

「中隊長以上を集めて下さい。先の戦について話したいことがあるので」

「は、はいっ!」

「そう緊張なさらないで下さい。少し皆さんと反省会をしたいだけですから」

 これ以上ないくらいに緊張した一兵士にクスクスと微笑みかけた。

「マイリエル様。奥の部屋でレイサス王がお待ちです」

「ええ、分かっています。父上は?」

「はい。ベリゼルス王も既にそちらに」

「そうですか、分かりました。御苦労さまです」

 メイド服を着た女性に労いの言葉をかけ、マイリエルは足早にその場を後にした。



「そうだ。エイゼンからの報告ではいつの間にやら船から消えていたそうだ」

「はは、なるほど。流石はユリトエス王子。少しの眼も離してはいけなかったみたいですね」

「まったく、少々自由に育て過ぎたな」

 アーリッシュ国の奥の間で二人の男性が言葉を交わしていた。頭上から降る魔法の灯りの下、一人の男性は柔和な笑みを浮かべている。

 彼こそがこのアーリッシュ国の国王であり、年若いながらも見事な手腕で乱れた国を建て直した人物、レイサス・エア・アーリッシュである。そんな彼と対峙しているのは、壮年の男性で、若干皺が見え隠れするが整った顔立ちをしていた。身長も高く、百八十はあるだろうか。

「まさか。今まで彼が自由だったためしなどないでしょうに」

 レイサスは口元に微笑を浮かべ、然も可笑しそうに男性へと言葉を送る。さらに続けるようにした口を開いた。

「なにせ、そのための鎖が常に側にいたのですからね。そうでしょう、ベリゼルス王?」

 ベリゼルス・サン・ゼリアリス。アーリッシュの隣国、ゼリアリス国の国王である。彼は、僅かに眉を潜めて鼻を鳴らす。机に置かれた書類を弄りながらつまらなそうに呟いた。

「鎖とは少々無粋な言い方だな。お前の未来の妻だろう? あれで可愛い娘だ。大事にしてやって欲しいと、世間一般の父親並には考えているのだぞ?」

「そうでしたね、少し失礼な言葉でした。改めます」

 にこやかな笑みで会話を区切り、二人は同時にチラリと扉へと目を向けた。同時に、美しい少女の声が聞こえてくる。

「失礼します。レイサス様、トーイド山の山賊達の討伐のご報告に上がりました」

「ああ、聞いているよ。入っておいで、マイリエル」

「はい」

 豪奢な扉が開き、入って来たのはその扉の豪華さすら霞む美少女だった。彼女の姿を収め、レイサスは嬉しそうに立ち上がった。

「お帰り、マイリエル。良かった、怪我はないようだね」

「レ、レイサス様……お止め下さい、人の目がありますわ」

 即座に手を取った彼の行動に照れているのか、ポッと頬を赤く染めて俯く。言葉の割にあまり嫌がってはいないようである。人の目と言ってもこの場には彼女達の他にもう一人しかいないのだが。

「おっほん! 父親の前で少しばかり触れ合い過ぎてはないか? レイサス殿?」

「ははは、そんな。少し手を繋ぎ合っているだけじゃないですか。ねえ、麗しの君? 君は、嫌かい?」

「嫌だなんて、そんな……」

「ええい! いいからその手を離せ若造!」

 素早い動きで二人を引き剥がすことに成功するベリゼルス王。この時ばかりは王の威厳などまったく感じられなかった。

「……お父様?」

「へん! 結婚は許したが正式に式を上げるまでこいつを息子と思うことはない! 父の愛の深さを思い知れ!」

「なにを子供のようなことを……」

 離されたのが少しばかり不服だったのか、マイリエルが恨めしげに父を睨む。苦笑気味のレイサスが仲裁に入った。

「まあまあ。それよりマイリエル? どうだったのかな?」

「ハァ……。ええと、山賊達は壊滅、幹部らしき者達は一人の犠牲も出ていません」

「そうか。それはなによりだ。彼らも我が国の民だからね。なるべく傷つけたくはない」

 神妙な面持ちのレイサスに、マイリエルはおずおずと問う。

「あの、レイサス様……?」

「うん? なんだい?」

「彼らが元アーリッシュの兵だと気付いていたのですか?」

 そうでなければ、出来るだけ捕縛しろとは命じないだろう。マイリエルの問いかけに、レイサスはゆっくりと頷いた。

「うん、そうだね。勇将ライゼスの名はよく聞いていたからね。彼の境遇を知っている身としては、あまり乱暴な方法は取りたくなかったんだけど……これも、父の招いたアーリッシュの業なんだろうね」

「レイサス様……」

 儚く力の無い笑みに言葉が詰まる。今回は偶然マイリエルが居たとはいえ、もしかしたら殲滅戦になっていた可能性だってあるのだ。そう考えると、彼の思いは計り知れない。

 マイリエルは、一瞬顔を俯かせ、そっと手を握った。

「マイリエル?」

「大丈夫ですよ、レイサス様。貴方の心からの願いは、この私がお力になりますから。道ならば幾らでも切り開きます。ですのでどうか、民の前でそのような顔をなさらないで下さい」

 そう言うと、花のような笑みを覗かせる。

「……ふふ、そうだね。ありがとう、麗しの君。これからも頼りにさせてもらうよ、私の伴侶として、ね?」

「レイサス様……」

 笑い合う二人の姿はまるで一枚の絵画のようだった。

 それを邪魔する親バカが一人。

「おっほんおっほん! ごっほん!」

「お父様、邪魔です!」

「へん! お父さんの目が黒いうちはラブれると思うなジャジャ馬娘め!」

「ジャ……なんですかそのジャジャ馬って!?」

 あっかんべーと舌を突き出す父親に殺気を向けるが堪えた様子はなく、さらにジャジャ馬ジャジャ馬と煽っていく。わなわなと震える手が腰の剣に向かおうとする寸前、レイサスが慌てて遮った。

「ま、まあまあ。それよりマイリエル? ……なんか、これさっきもやったような気がするなぁ。と、とにかく、この後なにかあるんじゃなかったかな?」

「……そうでした。兵達に今回の反省点を伝えなければならなかったんでしたっけ。申し訳ありません、レイサス様。今回は、この辺りで失礼させて頂きます」

 先ほどの兵士との会話を思い出し、一旦落ちつきを取り戻す。キッと父を睨みつけ、頭を下げる。

「あ、そう言えば」

 マイリエルが扉を潜ろうとした時、ベリゼルスが思い出したように口を開いた。

「今回の滞在、期間を後一月伸ばすことにしたから」

 そこんとこよろ、と軽く言ってのけるベリゼルス。一瞬彼が何を言っているのか分からず、ポカンとした表情のマイリエル。そのままパタリと扉が閉まった。


「ちょっ、どういう事ですか!?」

 すぐに開かれたが。

「どう言うもなにも、今言った通りだ。今回のアーリッシュ国の滞在、もう一月追加だ。なに、そう喜ばんでくれ。婚約者との仲を深めるための措置でもあるのだ。空気の読める父、格好良い」

「そう言う事は自分で言わないで下さい! じゃなくて、どう言うつもりですか!? 私にだって向こうでの仕事と言うものが……」

「それはあれだろう? 近衛騎士の、だろう? ならば問題ないよ。オレもアーリッシュに残るつもりだから」

「ハァ!?」

 本当に。本当にこの父がなにを言っているのか分からなかった。国のトップである王が自国を放ったらかしにしてバカンスを満喫するつもりなのだろうか。

 激情に身を任せて吐き出したくなるが、瞬時に気を落ち着かせて思考を巡らせる。その内の一つを汲み上げ、疑問と共に投げかけた。

「…………今回の事と関係が?」

「正解だ、流石は我が娘」

 勇将ライゼスが率いる山賊団の拿捕。それは、この国の水面下で蠢く者達を焦らせるのには効果的過ぎたのだ。

 アーリッシュは先代の王の悪政により、それこそ何時爆発するのか分からない爆弾を抱えていた。不平不満を持った民衆、住む所を追われ山賊に身をやつした兵士。それらが組織するレジスタンスと呼ばれる集団がいるとさえ聞く。そんな彼らにとって、今回の強硬な作戦は、明日は我が身と思わせてしまったかも分からない。


「つまりだ、マイ娘。お前がここにいて、彼等の行動を抑制しなければすぐにでもアーリッシュは戦火に呑まれる。そうなると困るだろう?」

「それは、当然です!」

 チラリとレイサスを見る辺り、彼女の内心が窺い知れる。

「ですが、それならば今回の作戦をやった意味とは?」

「それは当然ある。まあ、今回はそれが宿題だ」


 これでこの話はお終い、とばかりに手を叩き、ベリゼルスはシッシッと手を振る。どこか納得していないような表情のままマイリエルは退室した。彼女が居なくなったのを確認し、ベリゼルスは薄く笑う。

「まあ、マイリには分からないかもしれないがな」

「あの子は聡い子ですが、同時に甘い所がありますからね。そのくせ力は最上と来た。まったく、彼女には頭が上がりませんよ。もし彼女がいなければアーリッシュは既になかったかもしれませんからね」

「ふふん、まあオレの娘だからな。当然だ」

「やれやれ……まったくもってその通りですよ。ベリゼルス王」

 親バカっぷりに辟易とした様子のレイサス。なおも自慢を続ける彼に、そう言えばと声を上げた。

「それでベリゼルス王。もう一人の悪ガキ君は今どこに?」

「知らんよ。あれは可愛げがないから気に喰わんのだ」

 その点マイリはウンタラカンタラ。

「――だがまあ、行き先はある程度知れている」

「ほう」

 チラリと壁に掛けてある地図を睨みつけ、予測を口にした。

「オレはな、アイツにだけは気を許した事はなかった」

「そうですね。だから貴方は常に彼を手元に置き、なにかあれば即座に回収出来るように手配していた」

「だからこそ、アイツの考えは容易く読めるよ。なにせアイツは、オレの考えの半歩後ろをついて来ているんだからな」

「半歩、後ろ?」

 首を捻るレイサスに、ベリゼルスは心底つまらなそうに鼻を鳴らした。

「模倣と言ってもいいな。例えば、今回の実験についてもそうだな」

「実験……ああ、主精霊創造、でしたか。雷の?」

「いや。主精霊創造の実験は昔から行われてきたが……今回のはつい最近に行われた水の主精霊創造だ」

「水の? それは確か、失敗に終わったはずでは?」

 レイサスの聞いていた話はこうだ。

 ゼリアリス国が行った主精霊創造実験。その一つが、ゼリアリス国内の迷いの森で展開されたという。だが結果は失敗。主精霊になるであろう魔物はそこで一人の魔物使いと出会い、仲間になあったと聞く。

「そうだ。お前に用意してもらった他とは比べ物にならないほどの力を持った、()()()()()()()。孤独に押し潰され、水に消え、その力故に主精霊になるはずだった。だがそれも、紆余曲折を経て主を持ってしまい、実験は失敗となった。まあ、他人に任せていたオレのミスでもあるがな」

 本来ならば最初から最後までベリゼルスが行う予定だった。しかし、その最中にアーリッシュで新たな遺跡が見つかり、そちらに掛かりきりになってしまった。そのせいで任せていたミーナ族を見失ってしまったのだ。気付いた時には、もう遅く、魔物の心は持ち直してしまった。

「とは言え、実験は最後まで見届けなくてはならない。そんな時に、アイツが勝手をした」

「勝手、とは?」

「お前も聞いただろう? ゼリアリス国でルイーナの王弟が魔物限定の大会を開いたと。本来、あれはオレが手配するつもりだった。

 もしゼリアリスがこんな何も無い時期にそんなことをすれば多少可笑しな目で見られる可能性がある。だからアイツは、魔物マニアであるルイーナの王弟は唆したのだ。そうすれば疑念は向こうに向き、なおかつ貸しも作れる。上手い手だ、オレとまったく同じ事を考えていやがった。反吐が出る!」

 吐き捨てるように言葉を発し、気を落ち着かせるように深く息を吐く。

「それによって件の魔物は安定し、精霊化の前兆は見事になくなっていることが把握出来た訳だがな。忌々しい!」

 ドンと机を叩き、怒りに染まる瞳を隠そうともしない。レイサスは衝撃で落ちた書類を拾い上げながら彼の言葉を促した。

「なるほど。それで、彼は今なにを?」

「決まっている。本来オレと言う隠れみのが必要なはずの奴が一人で行動に起こしたと言う事は、目処が立ったのだろうな」

「……では、彼は精霊に?」

「でなければ動かん。なによりも臆病者なアイツが、このオレから目をつけられるようなことはするはずがない! それを破ろうとする時は、一つ。……勝ちを確信した時だけだ」

 胸のポケットから手帳のようなものを取り出す。中にはビッシリと聖霊言語が書き込まれていた。

「聖霊使いの手記を持ち出さないから可笑しいとは思っていたが、まさか直接行動を起こすとはな!」

「……今からでも捜索を進めますか?」

「ハッ! それが出来んことも織り込み済みなんだろうさ! そうだ、今のオレには情報が足りん! ならば泳がせる事しか出来ないこともな! なにせオレとアイツの目的は同一なのだからな!」

 ニィ、と口元を歪め、ベリゼルスは吠えるように叫ぶ。

「秘匿大陸! 聖具オリジナル・アイテムに守られた夢と力の大地だ! そんな広大な力を前にしたら手に入れたいと願うのは当然だろう! なあ、忌々しき奴の息子、ユリト!」

 最早彼の瞳にはユリトエスしか映っていなかった。レイサスもマイリエルも、今のベリゼルスには少しの価値もない。ただ貪欲に、嫉妬に狂った目で幻想の彼と彼の父を睨む。

「やれやれ。相変わらず彼らに対してはスゴイ執念だ。けどまあ、仕方ないかな。なにせ――」


 ――ベリゼルス・サン・ゼリアリスにとって、秘匿大陸とは野望そのものなのだから。

ベタかもしれませんが、戦闘前にオーラがゴゴゴ、って感じの演出が好きです。中二? いえ、ファンタジー脳なだけです。


現在風邪っぴきで少々更新が遅くなるかもしれません。ご配慮頂ければ幸いです。

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