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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
42/132

温泉と水着って最高の組み合わせだと思う by ユリトエス

 ユリトエス・ルナ・ゼリアリスがダーゲシュテンに訪れて五日が経った。朝も日が昇って少しの時間、ユクレステは既に目を覚まし自室の机に向かっていた。と、その時、

「コンコン、ユッキーいるー?」

 自室の扉がノックされ、ユリトエスの声が聞こえてくる。ユクレステは今までの作業を中断し、顔を上げた。

「はいはい、居ますよー。後わざわざ口でノック音言わんでください」

 扉を開けた先にいたのは、この数日で顔馴染みとなっているゼリアリス国の王子様だった。ニコニコと変わらぬ笑みでそこにいる。

「それで、なんかようですか? 俺忙しいんですけど」

「まあそう固いこと言わないで。って言うか、なにやってんの?」

 覗き込むように人の部屋をジロジロと観察するユリトエス。別に見られて困るようなものをそこらに置いている訳ではないので構わないのだが、こうもあからさまだと若干居心地の悪さを感じてしまう。

 無用に詮索されても困るので、ユクレステはその場から一歩横にずれる。

「ちょっと実験と、準備を少々」

 彼愛用の広い机の上には様々な器具や液体の入った小ビンが置かれていた。

「実験?」

「ええ。ほら、先日雷の精霊と契約したでしょう? だからちゃんと雷の魔法を扱えるようになったかの実験です」

「こんな室内で?」

「別に派手に魔法を唱えてる訳じゃないですからね。魔法薬マジックポーションを試作してるんですよ」

「へえ? 魔法薬って自作出来るんだ?」

「そりゃまあ、これでも魔術学園出てますから」

 見れば机の上にはビーカーなどのガラス瓶が所せましと並べられており、無色透明な液体がそれぞれに入っている。

 ユリトエスを自室に招き入れ、その内の一つを手に取った。

「本来は魔法陣を魔法薬用の溶液に形成して様々な属性を付与し、それによって言葉をキーに魔法を発動させるのが魔法薬です。ですが今回はそれを魔力的なものではなく精霊力的質量として定着させみました。今までのものよりかは性能が向上してると思いますよ?」

「ふーん、知り合いの店主が欲しがりそうだね、それ」

 ひょいとビンを手に取り、まじまじと見つめる。彼自身はそこまで魔法の才能がないので違いは分からないが、物の良し悪しを見る目だけはある性悪店主ならなんと言うだろうか。

 考えられるに恐らく、低価格で譲ってくれ、とでも言うのだろう。あの金の亡者ならば。

「まあ、大量生産は無理ですけどね。よければそれ、差し上げましょうか?」

「おっ、いいの? サンキューユッキー。……って、そうじゃないんだった」

 ハッと顔を上げ、ユクレステへと向き直る。ちゃっかり小ビンをポケットにねじ込むのは忘れない。

 ユリトエスはピシッ、とユクレステへと人差し指を向け、楽しそうに笑いながらそう言った。

「ユッキー! これからちょっと温泉行こう!」

「…………は?」

 露骨なテコ入れは作品的にマズイ気はするが、そんなことユリトエスには関係ない。今そこにある夢の実現のため、緩んだ顔の王子様がそこにいた。




 セントルイナ大陸最大の温泉地帯は、北の大国であるリーンセラ帝国内にある氷河の温泉街、メナトだ。街一つがテーマパークと化しており、天然温泉の数は優に百を超え、一年を通して観光客が訪れている。

 しかしながらここ、ダーゲシュテンにそう言った類のものは存在しない。特に火山地帯と言う訳でもなく、今まで十数年、この街に住んでいて近くに温泉が湧いているなど、聞いたことがなかった。とは言え、ユリトエスがウソを吐いているという訳でもないのだろう。何故なら玄関前には既に数人の見知った人達が荷物を持って待機していたのだから。その中にはリューナもおり、両手に巨大な酒樽を抱いて今か今かと待ち構えていた。

「ゆー! 遅いではないか、早うせい!」

 そう言って急かす様にして、ユクレステ達を馬車へと追い立てた。

 その人数や、目に見えるだけで十一名。宝石に入ったマリンを加えて十ニ名だろうか。ちなみに雷の主精霊であるオームは現在休眠中なため数には入れないでおく。

「あの、ご主人さま。おんせん、って、なんですか?」

「おんせん……ああ、きっとあれだ! 活きの良い魚のこと――」

「それは新鮮。温泉ってのはおっきなお風呂のことだよ。僕も昔魔界の秘湯に入ったのが最後だったかな」

『はぁああ~。温泉……良い響きだよねぇ……。私温泉って一回入ってみたかったんだー。茹で人魚にならないように気をつけなきゃ』

 まずはいつも通り、ユクレステパーティーからミュウ、ユゥミィ、ディーラ、マリン。

 この中で実際に温泉に入ったことのあるのがディーラだけのようだ。心なしか、彼女も嬉しそうだ。

「ふむ、エイゼン殿はこちらの方はどうかの?」

「ええ、これでも昔は騎士隊の中で一番の酒豪と言われておりましてな。この年になっても趣味は晩酌、今回もちぃっと内緒で……ほれ、こんなものを持って来てしまいました」

「ほほう、これはこれは……。それでしたらこのミラヤ、旦那様秘蔵のこちらを出さざるを得ませんね」

 一応、保護者的位置づけになっているリューナと、ユクレステ達を補佐するためにミラヤ、ユリトエスの護衛として老騎士のエイゼンも付いて来ることになっている。

 その三人は皆手に持った酒を見せながら涎を垂らしていた。正直頼りになりそうにない。

「しっかし余ってばマジで運が良いなー。まさか温泉に入れるなんて夢みたいだ。楽しみだなー」

「私も温泉って初めてです。ユリトさん、洗いっこしましょうね?」

「うぇ!? え、えーっと……き、機会があれば……」

 後はいつの間にやら妹弟子になっていたマツノと、その彼女に責め寄られてしどろもどろしているユリトエス。それと、馬車の準備をせっせとしているロインとナッツだ。

「あの、なんでお二人が?」

「あ? そりゃおめぇ……」

「あの姉さんが、無理やり……」

 さめざめと泣いている二人を見て若干哀れんだ。恐らく、リューナが御者代わりに呼んだのだろう。彼らからすればとんだ災難である。

 ちなみに盗賊トリオのもう一人、ドビンはいない。多くなってしまったため、彼の図体では入り切らないためだ。知らぬ間にイベントを回避していたマツノの兄であった。


 以上の十一名とユクレステを入れた十二名が今回温泉へと行くことになったのだ。馬車は二台利用し、ダーゲシュテンから南へと下って行く。どうやらそこに、件の温泉があるらしい。

「あ、ちなみに情報提供ばーいリューナさん」

「……不安だ」

 ユリトエスの言葉に一抹の不安を覚えるユクレステだった。

 まあ、それでも言い出しっぺはリューナだと言うのには多少の安心感はある。なにせ彼女は、自分が損をするようなウソを吐く人物ではないのだ。酒樽とワインとブランデーの瓶を嬉しそうに抱きしめる彼女が、この状況でウソを言うことはないだろう。

 そうなると残る問題は場所なのだが……。

「ねえリューナ、その温泉ってどこにあんの? 聞いたことなかったし、結構遠い?」

「んむ? まあ大体一時間程度かの?」

 意外に近かった。




 目の前を白い煙がゆらゆらと揺れ、鼻腔を温泉の香りがくすぐる。

 彼女の言った通り、一時間弱の馬車の旅を楽しむと、山の麓から白い煙が上がっているのが見えた。一瞬山火事か、とも思ったが、焼けるような臭いはしていなかったのですぐに落ち着きを取り戻す。ではなんだろう、と考えるより早く、なにかが姿を現した。

「……家?」

「家、ですか?」

 家と言うには少し手狭な、木造の建物だ。良く見れば入口は二つあり、中には籠が棚に置かれていた。

「ここは更衣室じゃな。男はそっち、女はこっちじゃ」

「いやいやいやいや! いつの間にこんな所にこんなものが!? こんな、人もあんまり通らないような場所に!」

「ここらに住んでおる魔物に頼んだ。ふむ、出来は見事じゃな。満足じゃ」

 満足気に頷くリューナに、ユクレステはさらにツッコム。

「ってかここって温泉出来てたっけ!? 俺の記憶だとここら辺はなにもなかった気がしたけど!?」

「ハッ、人間の記憶ほど信用ならんものはない。そうじゃろう?」

「忘れねーよこんな所に温泉なんかあったら! 子供の頃はよくここで遊んでたんだから!」

 少なくとも六年前、ダーゲシュテンを離れるまではなかったはずだ。それ以降も聞いていなかったことを考えると、出来てそれほどの時間は経っていないだろう。

 ユクレステの視線を笑って受け流しつつ、ぺロ、と舌を出した。

「冗談じゃ。作ったんじゃよ、儂が」

「リューナが!? どうやって!」

「ふふん、儂をだれだと思っておる? 世界を流浪する龍、リューナ・ミソライじゃぞ? こう……地脈をチョイチョイと操ってのう」

「……はぁ!?」

 一瞬言葉を失う。だが、すぐにいや、と頭を振った。

 彼女は、リューナは竜種なのだ。それも、上級以上とも言われる東域国の龍。その中でもリューナは特に力を持っているらしく、初めて出会った時に確かにこう言われた。

『舞えば雨風を降らせ、一度示せば地脈すら操る龍種――』

 ああ言っていた。確かに、この耳で聞いていた。地脈を操る、と。今の今まで誇張だとばかり思っていたのだが、どうやら事実だったようだ。

 ユクレステは痛む頭を押さえながら、吐息した。

「……もう、いいや。とっとと入って疲れを癒そうっと」

「ああ待てゆー。それと他の者も」

 更衣室に入ろうとしていたユリトエス達も呼び止め、チラリとミラヤに視線を送る。一つ頷き、メイド姿の少女は袋をユクレステに手渡した。

「男性陣の物はこちらに。では、女性陣は更衣室の中で渡しましょう。さあ皆さま、このミラヤに続いて入って来て下さい。あ、入口で靴を脱ぐのをお忘れなく」

 そう言って早々に更衣室へと消えて行くミラヤ。

「で、なにそれ?」

 なにを渡されたのかと興味津津のユリトエス。仕方なく、ユクレステはその中身に手を伸ばした。




「うおおおっ! まさに、温・泉!」

「ユリト王子、あんまりはしゃいで転ばないようにして下さいよ」

 更衣室を抜けた先は、見事な眺めの温泉だった。視界の先には青々と茂った山の木々が見え、眼下には川が流れている。綺麗に敷き詰められた大理石のお陰で足に負担はなく、どこかの湯殿のようだ。湯気を上げたお湯は白く濁り、底は見えない。

 それは、どこからどう見ても天然温泉だった。

「ん? でもこれはリューナが作ったって言ってたから人工で、でも天然だから人工とは違くて……あ、ダメだ、自分でもなに言ってんのか分からなくなってきた」

 少し混乱してきたので頭から今までの思考をさっぱりと消し去る。

「ほほう、これは見事。以前出張で行ったアーリッシュの温泉街にも劣らぬ眺めですな」

「兄貴! 温泉だぜ温泉!」

「ナッツ、そうはしゃぐな。田舎者だと思われんだろ? いいか、まずは温泉で口をゆすぐのが東域国流らしいぜ?」

「マジっすか!? 流石兄貴、マジパネェぜ!」

 そうこうしている内に男性陣が浴場へと入ってきたようだ。間違った知識をひけらかすロインに心の中でツッコミながら、本当にお湯を口に含むのを楽しげに眺めていた。

「にしても」

 さて、本来温泉と言えば裸の付き合いであるとなにかの本で読んだことがあったユクレステ。しかし現在、彼らは上半身こそ裸だが、五人ともが皆トランクスタイプの水着を見に着けていた。加えて仕切りなどはなく、温泉自身は目の前にある大きなものただ一つ。さらに更衣室への扉は二つ。

 これらの事柄から導き出される答えは、一つしかないだろう。

「……混浴、か」

「うぉ、ビックリした! ユリト王子、人の後ろでボソリと囁かないで下さいよ。全く、突然その顔は心臓に悪い」

「あれ? なんかいきなり顔を非難された? って、そんなことより混浴だよユッキー! 混浴!」

 そんなことは言われなくても分かっている。ユクレステは呆れた表情のままユリトエスを眺め見て、静かにため息を吐いた。それを目聡く見つけ、ビシィ、と指差した。

「ユッキー! なぜ喜ばないんだ! 混浴なんだぞ! 男だったら喜びにうち震えようよ!」

「いや、混浴って言ったって水着なんですからそこまで……」

「バッカもーん!」

 反論しようとしたら耳元で叫ばれてしまった。かなりの大声だったため、キーンと耳鳴りがする。

「いいかいユッキー! 混浴温泉ってのは裸のあるなしじゃあないんだよ!」

「は、はぁ?」

 耳元を押さえながら涙目でユリトエスを見る。その迫力にたじろぎつつ、若干距離を取った。

「風呂上がりの女性を見て見惚れたことがないのか! 温泉ってのは、女性の火照った顔や体の得も言われぬ芳しき色気を拝見出来る一大イベントなんだぞ! そこに裸か水着かの違いなんて些細なものだ! むしろせっかく海に来たのに水着イベントをこなしていない余にとっては一石二鳥、最高のイベントに他ならないんだよ!!」

「さ、さいですか」

 熱く語るユリトエスの気持ち、少しは分かるかと思ったのが悔しい。だがユクレステにしてみれば、常に水着姿みたいな奴(マリン)がいるので素直に頷けるかと言うとそうでもなかったり。

 取りあえず半分は理解したので、ため息交じりに合意しておいた。


「こりゃ、なにを変態なことを口走っておるか」

 そこに聞こえた、凛とした声。もちろんこの声の主を特定することは容易い。僅かに威圧的で、それを覆す程の優しさを兼ね備えた声。

「可笑しなことをゆーに教えるでないぞ、まったく」

 ユクレステの師であり、初めての仲間。リューナだ。もちろん、水着姿での登場である。

「…………」

「……ユリト王子? うわっ」

 ガン見している。目を皿のようにして、ガン見だ。

 黒のビキニ姿で、腰にパレオを巻き付けている。普段が着物姿なためあまり目立たないが、リューナの体は見事の一言につきた。出る所は出て、引っ込むところは引っ込む。ボン、キュッ、ボンのナイスバディ。背もすらりと高いため、まるでモデルのようだ。長い黒髪を纏め上げており、普段は見られない髪形もポイントが高い。

 まあ、ユクレステは幼少期一緒に入浴を共にしたことがあるのだが。それでも今見るのとではやはり刺激が違う。

「ぶはっ」

「ナッツゥウウウウー!」

 約一名、鼻血を吹いて戦線離脱。

「ふむ、どうじゃ、ゆー?」

「ああ、うん。見事な温泉だと思うよ。ってか、どうやったらこんなことが出来るのか知りたいんだけど……」

「はぁ……。まったく、なにを言っておるか」

「へっ?」

「この水着姿の方じゃよ。どうじゃ? 似合っておるかや?」

 右手を広げ、ウィンクをして見せるリューナ。不覚にも一瞬ドキッとしてしまった。それを悟らせるのも面白くないので、苦笑いでやり過ごす。

「はいはい、似合ってますよ。リューナはスタイル良いですからねー」

「感情が籠もっておらんのじゃが? まあ良いわ」

 やり取りを終え、リューナは待ちわびたようにお湯に身を沈めた。気持ち良さそうに伸びをし、深々と息を吐く。

「俺たちも入ろうか? ユリト王子?」

「……はっ!? あ、危ない危ない。危うく持ってかれるところだったゼ……」

 額の汗を拭き、ユリトエスは苦しそうに呻いている。もう放っておこうと判断し、ユクレステは構わず温泉に浸かりに行った。

「あー、癒されるー」

 この数日で色々と疲れの溜まっていたのか、ユクレステの口からはだらしのない声が漏れている。温かなお湯が全身のこりを解すように癒していった。

「んあ?」

 と、首元まで浸かった彼の耳にガラ、と扉を開く音が聞こえてきた。それはもちろん、女子更衣室に繋がる扉で、入ってきたのも当然のことながら女性陣だ。

「ほほう、これがおんせんか! お風呂の大きい版だな!」

「だから初めからそう言ってるのに。……ん、でもこういうのは初めてかな。僕の知ってるのはお湯がもっと赤かったし。それにもっと鉄臭いやつ」

 ディーラさん、それはひょっとして血液とかじゃないでしょうか。

 視線を向ければ、そこには艶やかな肌を惜しげもなく晒した少女たちがいた。

 褐色の肌に薄い緑色をしたミニスカート付きのセパレート水着を着たユゥミィ。ディーラはクリムゾンカラーのビキニとショートパンツの水着を着用している。

「あ、ユリトさーん」

「のおぅ!? あ、ああ、マツノちゃんか。うん、その水着も似合ってるよ」

「ホントですか? えへへ、ありがとうございます」

 二人に続くようにして、可愛らしいワンピース姿のマツノがユリトエスに抱き着いた。それを見ていたディーラがツツ、とユクレステに近づき、小首を傾げながら問う。

「ご主人、どう?」

「あ、私も私も! どうだ主! 似合っているか?」

「んー? まあ、うん。似合ってるよ」

「ドキドキした?」

 そうは言ってもディーラなんて普段の恰好の方が露出高いと思うのだが。彼女のなだらかな斜面……いや、直滑降を見て、なんだか優しい気持ちになれた気がした。ポンポンと頭を叩き、ほうと息を吐く。

「ああ、ドッキドキだな」

「そっか……ふふ、そっかそっか」

 心なしか嬉しそうな彼女の姿を見て、むぅと頬を膨らませたユゥミィが詰め寄る。

「主、主! 私はどうだ! ディーラなんかよりももっとドキドキするだろう? ほら、私の方が胸あるし」

「ちょっと待て」

「背も高いし、幼児体型じゃないぞ、私は!」

「待てって言ってるだろクソダークエルフ」

「なんだ? 今私は主と話しているのだ。そんな貧相な体のディーラは向こうで頭でも洗ってろ。このシャンプーハットでな!」

 どこから取り出したのかシャンプーハットをディーラに被せるユゥミィ。視線が剣呑なものになっているディーラに気が付いていないのか、どこまでも勝ち誇ったような顔で胸を張っている。

 あの表情は向けられると凄くイラッとするのを知っている。ディーラは苛立ちを隠そうともせず、鋭く尖った視線で睨みつけた。

「ユゥミィ、キミだって人のこと言えるほどご立派なものでもないだろう? 胸に手を当てて考えてみなよ。そんな手のひらサイズの胸に張れるほどの価値がある?」

 ディーラの言葉がユゥミィに突き刺さった。ユクレステは視線を移し、薄緑色の水着の上から分かる小さな双丘は、確かにユクレステの手のひらにスッポリと収まる程度しかない。

 一瞬、うぐ、と息を呑んだユゥミィだが、それでもなんとか立ち直ったのか指先をディーラの胸に向けて言った。

「ハッ。ないよりはマシだ」

「僕のはないんじゃない、少し人より小さいだけだこの微乳」

「ディーラは無乳だろう!」

 そろそろ止めた方が良いとは思うのだ。ディーラの周りで炎が乱舞し出しているし、ユゥミィの怒気に呼応して森の木々が唸りをあげているし。恐らく、早くなんとかしないと大惨事になるだろう。

「あー、もうどーでもいいやー」

「いや良くないよ!?」

 しかしこの時ユクレステに動く気はなかった。どうにも動く気力が湧かずにいたのだ。流石は温泉パワーである。

「あーもう! リューナさん、エイゼン! なんとかして――」

「いやははは、これは実に美味い! こんな酒があるとは、数十年生きて初めてですな!」

「そうじゃろう? しかしこのワインもまた絶品よな。エイゼン殿、流石は騎士一番の酒豪じゃ。かっかっかっ!」

「くそこの酔っ払い共!」

 既に出来上がっている保護者の二人は当てにならないようだ。ユリトエスは急ぎ視線をずらし、

「あ、あの、ユリトさんもやっぱり胸は大きい方が良いんですか? わ、私はまだ成長期ですからこれから大きくなると思いますよ! なんでしたら今ここで大きくして下さっても……!」

「マ、マツノちゃんにはまだ早いからね! だからこんなとこで水着脱ごうとしないで下さいお願いします!」

 慌ててマツノの水着に手をかけた。これがやましい心を持っての行為ならば例外なくギルティだったが、あくまで彼女の暴走を止めるための行為だ。だってそうだろう? 公衆の面前で水着を脱ぎ出そうとしたら、一紳士として止めるのは当然なのだから。

 ロインとナッツは頼りにならないため早々に除外している。頼みのユクレステはだらしない表情でお湯に沈んでいる。となると、後頼りになるのは……。

「こらこら、二人とも。せっかくの温泉なんだから暴れちゃダーメ。はい、魔力は収める」

「なにをっ――グハッ!」

「そんなことっ――ぐっ」

 魔力の渦が暴れる中、一人の救い主(めがみ)が降臨した。顔よりも先にその大きな胸が二人の間に割って入り、あまりの戦力差に一瞬にして戦意を踏みにじられた。

 それを成した人物は、二人が収まったのを見て満足そうに頷き、早々に温泉へと滑り込んだ。パシャンと水しぶきを上げ入浴した少女は、ユクレステに近づき上半身を水面から覗かせポーズを取った。

「えへへ、マースタ? どう、どう? 私のみ・ず・ぎ」

「どうっておまえ……いつも布一枚なんだから水着もなにもないだろ?」

 気のない返事にマリンは得意気に場所を移動し、魚の下半身で体操座りしてユクレステの隣に座る。

「へっへっへー。でもほら、見てよこれ。私にピッタリだと思わない?」

「ピッタリ? ……えぇええ、なにそれぇ」

 普段は飾り気のない一枚の布で胸を隠しているだけのマリンだが、今の彼女はその豊満な胸の大事な部分を貝殻のようなもので隠していた。よく本などで見る人魚の姿にそっくりだ。

「貝殻水着って言うんだって。どう? 人魚っぽいでしょ?」

「俺の記憶が正しければマリンは正真正銘人魚だったと気がするんだけど?」

「気にしなーい! ほら、マスター。ちょっとだけなら、触ってもいいんだよー?」

「遠慮します。俺はこの安らかな時間を邪魔されたくないので。あー、温泉さいこー」

 きゃいきゃいはしゃぐ二人を余所に、ディーラとユゥミィは先ほどからピクリとも動かない。一応、声なんかをかけてみるが。

「も、もしもーし。お二人さーん?」

「ふ、ふふふ……やはり生まれ持っての戦闘力には適わないのかな? まあ、胸なんて戦いの邪魔にしかならないから、いいんだけどさ。僕は誇り高きロード種、戦いに邪魔になる胸なんて必要ない……必要ないんだ……」

「……大丈夫、全然問題なんてないんだ。だってほら、婆様だって言ってたし。胸なんてしょせん飾りなんだって、胸の大きな人を眺めていた爺様を蹴り倒しながら言ってたじゃないか。だから大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫……」

「あ、これあかんわ」

 結論としてそっとしておくことにした。後ろを向けばマツノがなにか言いたげに自分の胸とユリトエスを交互に見ているし、これ以上厄介事にならないうちに自分も温泉に入ることにした。

 と、その時。数度目かの扉が開く音が聞こえてきた。

「あ、あの……ミラヤさん、わたし……恥ずかしい、です」

「平気ですよ、ミュウちゃん。このミラヤが自信を持って紹介出来るほどに、今のミュウちゃんは可愛らしいですから。それとも、なんですか? もしかして恥ずかしいのは、お坊っちゃんがいるからで――」

「ミ、ミラヤさん……!?」

 最後に入ってきたのは、綺麗な黒髪をなびかせ、薄いピンク色でフリル付きワンピース型の水着を着た、ミュウ――


「なんでスクール水着ぃいいい――!?」


 と、エンテリスタ魔術学園で指定されている。紺色のスクール水着を着たミラヤ。

 ユクレステの眠気からの覚醒そのままでの突っ込みが湯を揺らすのだった。

という訳でサービス回もとい温泉回です。ファッションとか疎いので水着の描写はホント最低限になってしまいました。各々、妄想で補完お願いします。脳内妄想は紳士の嗜みですからね。

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