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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
38/132

バトル・オブ・スピリット

「ストーム・ランス!」

「ブレイズ・ランス」

 連続で放たれる雷撃から身を守りつつ迎撃する。風の槍と炎の槍が投げ出され、それを叩き落とし、さらに砲撃を見舞う。

「――ライホウ」

「精霊の大いなる木々、雨風凌ぐ術を授けよ――フォレスト・ウォール!」

 木で編み込まれた盾によってあらぬ方向へと飛んで行き、頭上に展開されている風の障壁に衝突する。光りの粒子を降らせて消える雷を見ながら、ユクレステは小さく口ずさんだ。

「凍結せし銀の弾丸――バレット・フリーズ」

 コクダンの杖の周囲に浮かんだ氷の弾丸。それを一息に射出した。当然それを撃ち落とそうと精霊は雷の刃を振り回す。しかし、

「――!」

 精霊の手前で破裂した氷の欠片が彼女の足元に飛び散ると同時に凍結する。氷によって地面と足を固定され、一瞬そちらに意識が向いた。

 それをチャンスと見たのか、ディーラが詠唱を開始する。

「炸裂せし焔の意思、猛攻高らかに叫べ精霊の華、真なる炎を呑み込め――フィブ・エクスプ・ザラマンダー」

 小さな光球を五つ、手を大きく広げるようにして放った。それは様々な方向からオームを狙い、弾ける。

「あっちぃ!」

 連続の爆発音が響き、熱風がユクレステにまで届いた。顔を守りながら燃えあがる一帯を見つめ、注意深く観察する。

「今度こそやったか!」

「だからそれ言うな」

 ユゥミィの発言にげんなりとしたディーラがツッコミを入れた。彼女ではないが、どうにもお約束と言うのは存在するようである。現に、あちらさんもピンピンとしている。

「ユゥミィ後で説教ね。じゃ、ちょっと行ってくる」

「ちょ、なぜだ!?」

 耳に入る言葉を無視し、ユクレステはショートソードを右手に精霊へと突貫した。足元に風の魔法を纏わせ、一気に間合いを詰める。オームの生気の籠もらない瞳を真正面から見詰め、一拍置いて白刃を閃かせた。

「ふっ!」

「――ライジン・ブレード」

 オームの言葉に呼応するように手首から伸びる雷の刃が出力を増した。一度の交差で後方に跳び、口早に呪文を完成させる。

「風刃よ、魔の力満たせ――オーバーレイ・ストーム!」

 魔法の効果か、一陣の風がショートソードの周りに集まり出した。チラ、と一瞬剣を見て確認し、間髪入れずに切りかかった。

「セッ!」

「――――」

 風と雷の刃が重なり合い、バチバチと弾けるような音が生まれる。ユクレステは少しも怯まずさらに押し込んだ。

「こ、のぉ!」

「――――」

 雷刃を弾き、袈裟がけに一閃。だがあり得ないような反射神経でそれを避け、無防備なユクレステの脇腹にオームの肘がめり込んだ。

「いっ――!」

 激痛に呼吸が乱れる。それでも意識は繋げ、下段から振り上げるように攻撃した。

「――ライホウ」

 だが踏み込みが後一歩足りない。彼女の頬に僅かに触れるだけに止まり、無情にも暗い穴がこちらを向いた。手の平からバチバチと光りが漏れ、刹那、といった所で彼の怒声が響く。

「ユゥミィ!」

 伏せるようにしゃがむユクレステ。視線を真っ直ぐに固定していたオームの視界から消え、代わりに現れたのは、

「任せろ!」

 矢じりをこちらに向けたダークエルフの少女だった。己の主の一言に即座に反応し、ユゥミィは素早く矢を射た。今までのように堅い肉体にではなく、そのぽっかりと空いた暗い穴に向かって。

「――!?」

 穴と言っても三センチにも満たない程度でしかないのだ。それにも関らず、ユゥミィは見事に矢で射抜いた。

 突然の異物によって腕の装置に負荷が掛かり、雷の砲撃と共に精霊の右腕は大きな音を上げて内側から破壊された。

「――ギ。ソンショウ。ライホウ、シヨウフカ。キノウテイカ」

 虚ろな目が肘から先の無くなった右腕に注がれる。やはりと言うか、痛みのようなものはないようだ。淡々と情況の分析を行っていた。


 しかし驚いた。弓は得意だとは聞いていたが、まさか本当にやってのけるとは。

 ユクレステがチラリとそちらを向けば、ユゥミィは至ってなんでもないようにしている。てっきりドヤ顔でも浮かべていると思ったのだが……。恐らく、この程度は出来て当然、とでも思っているのだろう。やっぱり剣より弓を使えよ、と思ったり。

「さあ、どんどん行くぞ! オーム!」

 ショートソードを構え、精霊を見る。武装は半減、動きについても、さらに低下しているだろう。ならばこのチャンスを逃す手はない。そう判断しての再攻撃。だが、

「キノウテイカニヨリ、オリジナル・アイテム、フルオープン」

「……へ?」

 動きが止まる。いや、止められてしまった。

 目の前にはまたも暗い穴から覗く光り。それは先ほど見た光景で、さらにその上を行く光景。具体的には、穴の大きさが三十センチは超えており、それに伴って破壊力は飛躍的に上がっていることだろう。そしてなにより恐ろしいのが、

オリジナル・アイテム(聖具)サンテンカ(三天火)。キョウセイクドウ。センメツ、カイシ。――ライゲキホウ(雷撃砲)

 都合三つが、ユクレステに向かっていることだろうか。

「……えっ? て、わっ!」

 四角い箱のような機械が三つ、お互いを電気で繋ぎ止め、オームの背に円状に配置されている。まるで雷神のような姿に思考を停止してしまい、口から情けない声が漏れる。

 そんな彼を文字通り飛んで来たディーラがグイと引っ張り上げた。

「ご主人、上の障壁を解いて!」

「――っ、分かった!」

 切羽詰まったようなディーラの叫びにユクレステはすぐさま応える。今まで落雷を防いでいた障壁が消え、ディーラは迷わずさらに急上昇。地上ではユゥミィが慌てて射線上から逃げている。

 そしてオームの背から光が放たれる――――

「くっ!?」

「ディーラ!」

 衝撃が雷となってユクレステ達を襲った。幸い直撃こそしなかったが、余波で空を飛ぶディーラのバランスが崩される。二人はそのまま落下し、地面に叩きつけられた。

 砕けた地面にめり込むようにして墜落し、なんとか首を動かして周りを見渡す。焦げ跡と、抉れたような地面が目に入った。

「つぅ……これはまたとんでも威力だな……」

「ご主人っ」

 ユクレステの声がディーラの下から聞こえてくる。どうやら彼女をを守るために下敷きになったようだ。慌てて彼の胸から体を離し、心配そうに視線を向ける。

「平気、だよ。ちょっと呼吸が止まったけどな」

 イテテ、と背中を擦りながら立ち上がり、精霊と相対する。

 パリパリと雷を吐き出しながら、背に展開された聖具をユクレステ達へと銃口を向けた。

「――ライゲキホウ」

「来るぞ!」

 三つの砲身がユクレステを睨み、圧倒的なまでの魔力が噴き上がる。悲鳴のような叫びが山に木霊した。



 雷の主精霊、オーム。彼女の武装である三天火は彼女の意思によって操る大砲のようなものだ。オームの頭部センサーにより360度全てを見通し、情報を共有し半自立機動を行える。三天火の起動によって雷が落ちることはなくなったが、吐き出される雷の魔術砲撃、雷撃砲の威力はユクレステの中級魔法程度では防ぐことさえ叶わない。

「チィ!」

 剣を片手に地を蹴り、素早い動きでオームに肉薄する。遠距離での攻防ともなれば圧倒的殲滅力のあるあちらには勝てない。それならば、という判断なのだろう。

 分厚い雷光を紙一重で避け、倒れる体を左手で支えながら駆ける。杖が落ちるのも気にせず、虚ろな瞳を視界に入れ、ユクレステが剣を振るう。

「ハァ!」

 振り下ろされた太刀筋は彼女の髪を僅かに切り取った。一歩後ろに下がったオームは攻撃的な瞳と視線を交わし、すぐさま三天火の一つに指令を飛ばす。四角い箱の両側面がスライドし、中から小さな銃身が顔を出した。音を立てて吐き出された無数の弾は一度空へと飛び上がり、次いで雷の弾丸が降り注いだ。

「グッ――!」

 肩と背中に衝撃が走る。なんとか頭は腕で守ってはいるが、それでも無傷とはいかない。

「主! このっ――えぇい邪魔だ!」

 弓で三天火を攻撃しようとするが、一つを狙っても他の二つが守るようにしてカバーに入られてしまう。いかに速度と威力のある弓とは言え、雷相手では分が悪い。

「くそぅ! それなら……地を育む聖樹、かの地を守りし大いなるさざ波により満たせ、命生けし聖地――」

「待った待った、それはマズイ。ご主人巻き込むよねそれは」

「ええぃ止めるな! 主、今助けるぞ! ユグディア・ブレイク!」

 発動したのは上級魔法。その中でも特に地形破壊能力に秀でた木属性の魔法だ。ユゥミィの魔力が地を満たし、地鳴りと共に地中から巨大な植物の根が突き出された。

「ちょっ、ユゥミィ!?」

 ゴゴゴ、という音が聞こえたと思ったら足元が割れる。痛む体を酷使してその場から跳ぶようにして逃げ出した。丁度ユクレステとオームの間に現れたのは運が良かったのだろう。だが彼女の魔法はまだ終わってはいなかった。

「わっ! うおっ! ひぃ!?」

 次々に現れる木の根が波のように押し寄せ、ユクレステを呑み込もうとする。もちろん、ユゥミィにそんな気は一切ないのだが、彼女の唱えた呪文は無差別のもの。そこにいれば敵だろうが味方だろうが区別することなく襲い掛かる魔法だ。そんな魔法の中心地にいたユクレステは、今も必死に逃げ出そうと頑張っている。

「ユゥミィのアホー!」

 その攻撃の激しさ足るや先ほどの雷撃以上。これ全てを魔法の力無しに抜け出せと言うのは、流石に不可能過ぎる。

 だがそれはオームについても同様だ。機能が低下している今、自由に飛行することもままならないのか、僅かに宙に浮かびながら近寄る木の根を三天火で薙ぎ払っている。これほどの物量だ。彼女にとっても簡単に防げるようなものではない。

 ――故に、オームは三つの砲身を同方向に向けた。電気の輪によって繋がれた三天火が、その中心にいるオームに魔力を供給する。彼女の体内から螺子が回るような音が聞こえ、膨大な力が込められる。

 その照準は、未だ彼女を狙う無数の大木。

「それって俺も射程に入ってません!?」

 ついでに、ユクレステにも。

 いや、それも仕方ないだろう。眼下には鬱陶しい程に突き出た木、もしそこに小さな虫がいたとして、それを傷つけずに木だけを燃やせと言われても不可能なのだ。

 だからと言う訳ではないが、精霊は残った左手を眼前に突き出す。同時に、円状を覆う程の魔法陣が出現した。中心にはオームが髪飾りの歯車を高速に回転させている。それに同調するように魔法陣が回転し、溜まりに溜まった魔力を放出した。

「――オールジェノサイド。セイテンカホウ(聖天火砲)

 輝きと共に吐き出される破壊の光。触れた木々は次々に焼け落ち、少しの抵抗の末に光に呑まれて消えて行く。轟音が響き渡り、その光がユクレステをも呑み込もうとする。

「いやぁああ! 魔法魔法……って杖がない!? って言うかそもそもあんなの防げるかい!」

「――――ザラマンダー・バスター!」

「ディーラ!?」

 雷光に対抗するために放たれた焔の砲撃魔法。それは間違いなくディーラの最大の魔法だが、拮抗するには足りない。ほんの僅かに光の侵攻が遅くなるも、それだけだ。その間に逃げようとはするが、こうも足元が不安定ではまともに立つことすら難しい。

 大体、現在ユクレステは腰を抜かしているのでそれすら論外である。

「ウ、ウインドシールド!」

 せめてもの抵抗に風の低級障壁を展開する。一体どれだけの効果があるかは分からないが、なにもしないよりはマシだろう。覚悟を決め、身を固くしながらも視線は光の先にいる精霊へと向け続ける。まだ負けない、そう目に力を込めて。

 その時だった。


「リバーズ・ランス!」


 ザッ、とユクレステの側に槍が突き刺さった。

「えっ――?」

 五メートルもの長さの、透き通った水の槍。そしてそれに結わえられるようにしてくっ付いた、青い宝石。

「ごめんねマスター、ちょっと息苦しくなるかもだけど……我慢よろしく」

 ユクレステを守るように立ちはだかった人魚の少女。美しい金色の髪を翻し、パチリと可愛らしくウィンクを向ける。

 そして歌うような声が響き渡った。

『闇夜の海に降りた吟遊詩人 貴方は私を求めて此処に来た 私もあなたを思い此処にいる けれど貴方はもう来ない 闇夜の城門が二人を分かつ いつか出会える そう信じて』

 彼女の歌を聞いたのは、随分と昔の事に思えてしまう。こんな時でさえ過去に思いを馳せる自分の脳ミソをバカだとは思うが、それでもユクレステはその歌を耳に口元を和らげていた。

「ディーラちゃん! 魔法引っ込めて! マスターは私が守るから!」

「――っ、了解」

 歌い終わった人魚姫が急ぎディーラに指示を飛ばし、その小さな手をユクレステの手に絡ませる。そしてアクアマリンの宝石を抱き寄せた。――瞬間、雷光は全てを呑み込んだ。



 辺りが真っ白に染まり、なにも見えない。そんな中、ユクレステは自身に降りかかる浮遊感に戸惑いを浮かべていた。周りにはなにもない、水中にいるような感覚。

「マスター……」

 目の前には自身の仲間、マリンがいる。彼女も水中にいるように髪がふわふわと揺れていた。

 ここは? そう口にしたはずなのだが、出てきたのは声ではなく気泡だった。そこでようやくこの周囲のものが水なのだと言う事に気づけた。そして同時に、

「ガボガボガボ!?」

 呼吸が出来ないでいることにも。

「ああマスター、そんなに暴れないでって。いやまあ、人間呼吸できないと死ぬけどさ。そう言えばマスター、杖持ってないじゃん。これは死ぬね」

 口を押さえて暴れる姿にマリンは苦笑し、そっと身を寄せる。

「ま、それは私としても嫌だからねー。だからマスター? ジッとして」

 口元の手を退かし、マリンの細い指がユクレステの口元をなぞる。そして、なんの気負いもなく唇を押しつけた。

「むぐぅ!?」

「あ、マスター暴れない。ほら、せっかく空気を送ってあげてるんだから。ほらちゅー」

「むぐぐぅ!」

 ぷくっと口内に空気を溜め、ユクレステの肺に送る。それは数度繰り返す内に、白い光は消え去った。

「お、そろそろ出よっか? また来てね、マリンちゃんのプライベートルーム」

 口を離し、楽しそうに微笑むとマリンは歌を口ずさんだ。


 一方ディーラ達は。

「主、大丈夫か? っていない!?」

「落ち着きなよ。あの人魚がいるんだし、大丈夫でしょ。って言うか、ナイスタイミングだったね。えっと、ミュウ」

「は、はい……! 急いで、来ましたから」

 大きな穴の開いた場所を眺め、ディーラが注意深く観察する。

「あれは……」

 一番最初に目についたのは、アクアマリンの宝石だった。あれほどの魔法を受けて尚輝きを失わない宝石。そこから唐突に人の姿が飛び出してきた。

「ゲホゲホゲホ!!」

 ユクレステが、なぜかびしょ濡れ姿で。

 まるで溺れていたような姿に驚き、次いでその視線を訝しげなものとして一緒に出てきたマリンに向ける。

「なにしたの?」

「えー? 安全な場所に避難させただけだよ?」

「死因が変わるだじゃねーか! 感電死が溺死になるだけだよ!」

「でもほら、そうさせないためにわざわざ魔力で空気をあげたんじゃん? ……口移しで」

「口っ……!?」

 マリンの戯言を聞いていたミュウが顔を真っ赤にして口元を押さえる。だが二人は気付いていないようで、ユクレステが膨れっ面なままマリンに言葉を突き付けた。

「口移しの必要性がまったくないんですけど!? 俺の周りを空気に変えるとかすれば良かっただけじゃんか!」

「それじゃあ面白くないもん。私が」

 コロコロと楽しそうに笑うマリンを睨みつけるが一向に反省の色はない。

「あー、そういうのは後にしよう。まずはほら、あっち」

 このままではいつまでも続けそうな舌戦を無理やり終わらせ、ディーラは長い爪を精霊へと向ける。

「シュツリョク、30%テイカ。ヨビマドウキニヘンカン」

 そこには体から白い煙を出しているオームがいた。どうやら彼女の一撃はあちらにも少なからず負荷が掛かるようで、三天火を繋ぐ電気の輪が小さくなっている。

「これは……チャンス?」

「ああ、チャンスっぽいな」

 ニヤリと笑うマリンに頷き、ユクレステは痛む体に鞭打って立ち上がる。

「あ、ご主人さま……どうぞ」

「お、俺の杖。サンキュ、ミュウ」

 わざわざ拾っていたのか、ミュウはリューナの杖とコクダンの杖を手渡した。ユクレステはリューナの杖に体を預けながら、全員をグルリと見渡した。


 ミュウ。今まで戦闘には参加していなかったため、大きな傷は見当たらない。比較的万全の状態だ。

 マリン。ミュウ同様万全なのだろうが、如何せん陸上での戦闘は不向き。正直今回も見送った方がいいだろう。実際、既に宝石に戻ったマリンはもう働く気がないようだ。

 ユゥミィ。雷撃を受けたり上級魔法をぶっ放したりしている割には元気だ。魔力に至っては少しの減少も見受けられない。元々ダークエルフ達は精霊から魔力を受け取ることが出来るそうで、近くに強力な精霊がいるため魔力に関しては無尽蔵と言ってもいいのだろう。羨ましい。

 そして、ディーラ。一番ダメージを受け、一番魔力を使い続けているのはこの子だ。ユクレステより十倍以上の魔力を誇る彼女とて、今の状況が厳しいことには変わりない。それでも、

「ディーラ」

「ん?」

「……頼りにしてるぞ?」

「……ん、任せて」

 彼女の表情を見て、下がらせると言う選択肢はあり得ない。

 彼女は強いモノと戦うことを喜びとしている。そんな彼女の願いを、楽しみを奪うことなど主人であるユクレステには出来なかった。だから、笑って送り出す。

「ご主人はそこで見ててよ。その体じゃあ、動くのも辛いでしょ?」

「そうだな、そうさせてもらうよ。もう体のあちこちが悲鳴あげててさ……魔力もうスッカラカン。流石に上級障壁の最大かつ長時間展開はキツかった……」

 まともに立つことすら難しいのだが、それでも心配かけないように笑ってみせる。

「うぅ、主すまない……。私が考えなしに魔法なんて撃つから……」

「まあ、気にするな……とは言わないけどさ。でもお陰で相手の奥の手が見れたんだ。十分な収穫はあった。後は、勝つだけだ」

「う、うん! 任せろ、主!」

 くしゃくしゃとユゥミィの頭を撫でる。

「ご主人さま、私も、戦います。皆さんの、お力になりたいです……!」

 静かにやる気を漲らせているミュウ。ユクレステはその姿に若干の驚きを浮かべ、頷いた。

「ああ、任せた。このパーティーの前衛はミュウしかいないからな」

「はい!」

 声をあげるミュウにアクアマリンの宝石を首に掛けてやる。

「マリン、分かってると思うけど……」

『もっちろん。危ない時には手を貸すよ。ま、私陸地じゃあんまり役に立たないけどねー』

 いつでもお気楽な人魚姫らしい解答に苦笑してしまう。

「マリョクホキュウカンリョウ。ショウガイ、ハイジョ。テキ、センメツ――ニ・ク・イ――」

 全員に声を掛け終え、同時にあちらの準備も完了したようだ。またも怨嗟の言葉を出し、虚ろな表情がこちらを向く。

「ご主人さま……」

「分かってる。そのために、まずは勝つんだ」

 ミュウの言いたいことは分かっている。だから、無用なことは口に出さず、ただ勝つとだけ言い放った。

 リューナの杖で倒すべき相手を指し示し、最終ラウンドの始まりを告げる。

「行くぞ、皆! 初めてのパーティー戦だ! パーティーらしく、ド派手にやるぞ!」

「はい……!」

「おおっ!」

「やるからには派手に……。うん、僕好みだ」

『あ、チームのパーティーと祭りのパーティーを掛けた訳か。うんうん、マスター上手い上手い』

「マリンさん、ちょっと茶化さないでくれない?」



 若干締まらない戦闘の合図になってしまったが、そんなこと構わずミュウは前方に突撃する。ユクレステ程の速さはないが、その力強い踏み込みは彼よりも強い。前へとの思いが後押しするのか、気がつけば目の前には虚ろな瞳の精霊がいる。

「やぁああ!」

 跳躍からの振り下ろし。それをさせじと三天火の銃口がミュウへと向くが、

「させん! 樹弓よ、魔の力宿せ――オーバーレイ・フォレスト! 喰らえ爺様直伝、樹扇弓!」

 弓と言いつつ実際に魔力によって強化されたのは矢なのだが。放たれた三本の弓を追うようにしてどこからか現れた木の矢が連続で三天火に当たり、無理やりに向きを逸らす。丁度そこで吐き出された雷光が三つの砲身を直撃した。

「ふはははー! これぞ騎士たる私の本気だぞー!」

「いや、絶対あれ騎士の戦い方じゃねーって。明らか弓兵じゃん」

 ユクレステの呟きが聞かれるようなことはなく、無駄にドヤ顔しているユゥミィに腹が立つ。恐らく、同士討ちしたのは偶々だったのだろう。

「ライジン・ブレード。――――!」

 振り下ろされた大剣を雷の刃で受け止める。しかし超重量の大剣に加え、ミュウの怪力も合わさって並の人間では防げるような一撃ではない。機械人形であるオームはなんとかそれを耐える事は出来たが、地面に足がめり込む程の一撃だ。

 そして動きがそこに固定されると言う事は、

「ディーラ!」

「ドデカいド派手な攻撃を与えられる大チャンス。ミュウ、そのまま捕まえてて」

 ユクレステの手から離れたリューナの杖が宙で羽ばたくディーラの手に渡る。相も変わらず素晴らしい出来の杖にため息を零しながら、魔力を注ぎ頭上に掲げた。

「撃滅の大いなる焔、その灼熱の切っ先を構え、向かう全てを焼き潰せ――ミュウ、退いて」

「……っ!」

 ディーラの合図に大剣を引き、跳ぶように後方へと退避する。その一瞬に、ディーラは巨大な槍を擲った。

「ザラマンダー・ファランクス。い、け――!」

「――!」

 ルビーの光を称える巨槍を前に、急ぎ雷撃を撃つ。しかし今までならば押し止まめることが出来たはずのそれは、槍に触れると呆気なく消滅してしまった。

「――――ライゲキホウ」

 すぐさま煙を吐き出す三つの砲身に指示を飛ばし、雷の砲撃を放つ。その間にも地面から足を引っこ抜き、その場からの退避を完了した。雷撃砲によって焔の槍は互いに消滅。それを確認している時に聴覚センサーが新たな雑音を拾った。

「ミュウ! ユゥミィ!」

「――――!?」

 爆炎に紛れて現れた黒髪の少女。彼女は身の丈程もある大剣に光の粒子を纏わせ、肉薄する。

「剣気――地崩! やぁあああ!」

 剣気による一撃がオームの足元を完全に崩し、尻もちを着くようにして倒れ込んだ。そこに三本の矢が飛来する。

 否、狙いは、砲台の大きく開いた口。

「婆様直伝、火界弓。気をつけろ、私の放つ矢は、炸裂するぞ」

 刹那、三天火は内部からの魔力爆発によって破壊される。聖具オリジナル・アイテムの中でも特に丈夫なそれを破壊され、機械である頭脳がその出来事をあり得ない(エラー)と判断している。その間の無防備な時間。それは彼女にとっては格好の的でしかない。

「さあ、幕引きだ。楽しかったよ、主精霊。まあ、まだ僕一人じゃあ勝てそうにないけど、それはこれからさ。取りあえず今は、恩人達のためにも……そしてなにより、僕のご主人のためにも――勝っておくよ」

 リューナの杖を眼前に掲げ、残る魔力全てを込めて行く。重厚に、貪欲に。厚みを増していく桁外れの魔力。オームはそれを危険と判断し、己の中のリミッターを解除。全ての能力を叩き起こした。

「ゼンセーフティーカイジョ。サンテンカノキドウシンセイ……ネガティブ。オームノハグルマカンゼンキドウ」

 視線は既にディーラにしか向いていない。髪飾りの歯車が宙に舞い、高速で回転を始める。それに呼応するかのようにオームの体内から甲高い駆動音が漏れ出した。

「気炎を吼えし屈強なる炎の精霊、力強き杯を満たす力の根源、全てを壊し、今解き放て――」

 そんなことは関係ない。今やるべきなのは、全力で相手を叩き潰すこと。それ以外に割く思考など一片もありはしない。己の主であるならば思考を割くことは容易だろうが、生憎とディーラはそんな器用な真似は出来ないのだ。

 出来ることは、ただ一つ。

「僕はディーラ。覚えておいてよ、精霊。力を求めた、未来の聖霊使いに使えるロード種、ディーラ・ノヴァ・アポカリプスをね! い、け――ザラマンダー・バスター!!」

「オール・ジェノサイド。セイテンカホウ(聖天火砲)

 歯車と主精霊自身から現れた魔法陣から空を埋め尽くす程の雷光が放出され、それに対抗するように焔の咆哮がディーラから放たれる。

 二つの光はぶつかり合い、せめぎ合い、圧倒的な魔力同士の衝突に空気と共に地面すら歪んで行く。

「く、ぅうう――!」

「――――」

 苦しそうに呻くディーラに、無表情ながらに体のあちこちから煙を吐き出すオーム。

 そのどちらもの情況が、二人とも既に限界近いということを物語っていた。

「……はぁ、仕方ないか」

 いつまでも続くかに思えたこの状況。それを変えたのは、ディーラだった。彼女はポケットから一つの小瓶を取り出し、片手で器用に蓋を開けた。

「あ」

「おお、あれは」

 それがなにかいち早く気が付いたユクレステは、思わず声を上げてしまった。同様に、ユゥミィも。

「本当は嫌だったんだけど、仕方ないか。僕、辛いのって苦手なんだけどね。じゃ、まあ。頂きます」

 そう言って首を傾け、小瓶の中身を一気に流しこんだ。

「――っ!?」

 すると突然ディーラの魔法がさらに威力上げた。今まで限界だと思われていた所にさらに放たれる魔法の重み。オームは必死に拮抗の状態を保とうとする。しかし――

「――……ぴぃー!」

「――ガ、ギ」

 涙目でさらに威力を上げたディーラの魔法の前には無力だった。紅の砲撃は雷光を呑み込み、その根源たる精霊をも呑み込んだ。


 こうして、精霊との戦いは終わりを告げた。



 ちなみに、

「か、辛ひ……ユゥミィのウソ吐き、わさびじゃなかった。からしだった……」

「あ、それ当たりだ。いいなぁ、俺のはコショウ味だったのに」

「なにその変なラインナップ……」

 今回の一番の功労者は舌を突き出して涙を流していたそうだ。

お待たせしましたー。やっぱり戦闘シーンは難しいですね。あとなんだかワンパターンな気もしてちょっと反省。

あまり戦闘描写は得意ではないので、感想などでアドバイスなど頂ければ嬉しいです。もちろん、普通の感想も募集中ですよー。

次回はもう少し早く仕上げれるように頑張ります!

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