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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
37/132

Ω――オーム

「やぁああ!」

 薄い岩盤が容易く破壊され、一人の少女が現れた。

 小さな体躯とは裏腹に、巨大な剣を片手で持ち、恐々と外を覗く。曇天は変わらず、しかし静かだ。その代わりに山の上の方に光が集まっていた。

「ご主人さま……」

 心配そうにポツリと呟くミュウの胸元からマリンの声が聞こえてくる。

『あっちはちょうど戦闘開始したみたいだね。……準備はいい?』

 彼女の言葉は後ろに控える穴倉の人達に向けられており、皆一様に緊張した面持ちをしていた。それもそうだろう。本当に安全なのかも分からないのだし、緊張するのは当然だ。

『んじゃあまずは私たちが外に出て安全を確認してくるから、長さんたちは後からついてきてね?』

「しかしその嬢ちゃんは……」

「大丈夫、です。わたし、丈夫、ですから」

 グッと拳を握って言ってのけるミュウに老人は困惑する。なにせ目の前にいるのは一見すると可憐な少女なのだ。ふわふわの黒髪に儚げな表情。外見の年齢では村の子供たちとそう変わらないだろう。

 だがミュウは気にせずに一歩外に出る。彼女は密かに体の頑丈さには自信があった。風狼の異常種(イレギュラー)の渾身の一撃と打ち合い、負けはしたが軽い打ち身で済んでいることが自信の要因になっているのかもしれない。事実、もし今彼女に落雷が落ちたとしても、少しのダメージで済んでしまうかもしれない。それ以前に、持ち前の反射神経で避け切ってしまうことすら考えられる。

 そんな訳でマリンはミュウに一切の心配をしておらず、ついでに言えば、落ちないだろうとも思っていた。なにせ、彼がそう言っていたのだから。

「ご主人さま、がんばってください……」

 ミュウの声が聞こえたのか、マリンは小さく微笑んだ。彼女もマリンと同じ考えなのだろう。

『頼んだからね? マスター』

 今頃は、彼女たちの主、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは戦闘を開始しているのだ。



 

 紫電が大気を駆ける。

 息をするように無造作に発現した雷は、中空を飛ぶディーラを狙いその鋭い穂先で貫かんとしている。

「よ、っと。フレイム・スピア!」

「こっちもいくぞ! はっ!」

 体を捻って雷を避け、ディーラは即座に低級魔法を放つ。同時にユゥミィも鉄の矢射た。立ち尽くすように微動だにしない精霊は避けようともせずにそれらの攻撃を己の体で受け止めた。

「――――」

 槍も矢も精霊の胸に直撃するが、槍は霧散し矢は力なく地面に落ちる。少しのダメージも見受けられない。

「せぇ!」

 ユクレステがショートソードで斬りかかる。

 キィン、と剣と腕とが交差し、傷一つない肉体で弾き飛ばした。

「うおっと!」

 まさかここまで吹き飛ばされるとは思わず、若干ふらつきながらも体勢を整える。その間でも精霊はまだ動かない。

「……ここまでくると不気味を通り越してちゃんと起きてるのか心配になるな」

「そうだね。ここまで気にもされないのは、正直ムカつく」

 基本的に眠たげな目をしているディーラだが、少しも意識されていないのが気に入らないのか、僅かに目がつり上がっている。

 気にされていないのは彼女だけではなく、ユクレステやユゥミィも同様なのだろうが、そんなこと彼女には関係ないようだ。

 今はユゥミィに攻撃が向かっているようだが、あれは攻撃と言うよりは近づいてきたものを狙っているだけなのだろう。言わば防衛機能のようなものだ。現にユクレステ達が少し離れた場所で雑談をしていても雷がこちらに向くことはない。

「にしても、なんなんだ、あいつ。人形と言えば人形だけど、なんか俺の知ってる人形と違う」

 からくり人形、というものは何度か見たこともあるが、それとはまた別物だろう。アンティークドールに似た雰囲気はあるが、少なくともそれらが動き回るというのは聞いたことがない。そもそも素材からして違うような気がする。

 んー、と追い回されるユゥミィを眺めながらのんびりと思考している。

「そうだね。なにか機械人形みたいではあるけど……そもそもあれは精霊みたいだし」

「ん? 機械人形? なんだそれ?」

 ぽそりと言ったディーラに問いかける。

「知らない? 人が作ったからくり仕掛けの戦闘用の人形のこと。意思なんかはなくて、ただ命令されたことを遂行するやつ。魔界では何体か見たことあったかな。……確かこっちだと聖具オリジナル・アイテムに含まれてはずだよ」

 ディーラの説明にへぇ、と吐息を漏らす。聖具オリジナル・アイテムと言えば、今の時代では考えられない技術力を持った品のことだ。オーパーツと呼ぶこともある。遺跡などで発掘されることもあり、そのほとんどは王国の研究機関や国の宝物庫に入れられると聞く。

 それは確かに珍しいが、今はそんなことどうでも良い。

「なんでそんな物がこんなとこで暴れてて、しかも主精霊やってるんだよ……」

「さあ? 良く分からない」

 チラリと見ればその無機質な顔は実際に人形だからなのだろう。体からパリパリと雷が漏れ出ている。

「あ、ユゥミィが雷に」

「ともかく、本気でいこう。じゃないとつまらないし」

 痺れたユゥミィからこちらに目標を変えた精霊を見て、ディーラは凶暴に口元を歪めた。

 ユクレステはため息交じりにそれを見て、一歩前に出ると左手を前に出してコクダンの杖を振る。

「守り手は暴風、緩やかにあれ――ストーム・ウォール!」

 雷が障壁に触れ阻まれる。その隙をついてディーラの詠唱が開始された。

「撃滅の大いなる焔、その灼熱の切っ先を構え、向かう全てを焼き潰せ――ザラマンダー・ファランクス」

 頭上に現れた一つの槍を掲げ、ディーラはふわ、と宙に舞う。高々と挙げられた右手の先に五メートルはあろうかというルビー色の槍。近くにいるだけで熱気が伝わり、瞬間的にその場の気温が沸騰した。

「流石にこれは、防げないよね? い、けっ――」

 振り被るようにして体を逸らし、勢いのままに投げつけた。

 巨槍が大地を焼きながら突撃する。風を切る音と大気を焼く音を同時に奏で、雷を吐き出している精霊に肉薄する。

 ――そこで初めて動いた。

「むっ?」

 軽く地を蹴るように垂直に跳躍し、歯車のような髪留めが高速で回転する。それに伴い、異音が精霊の体内から漏れ出した。

「――――」

 口は開いていない。しかし、音が発せられる。

 中空に浮かんだままの姿勢で、虚ろな視線は炎の巨槍に。腕はダラリと伸ばされ、手の平に丸い空洞が見える。

「――ライホウ」

 刹那、今までとは比べ物にならない程の雷が砲撃として放たれた。

「っ!」

 圧縮された雷の砲撃が炎の槍に激突する。

 高まり合った魔力の衝突に地面に亀裂が走り、雷と炎が破壊を巻き起こした。

「このっ……!」

「ちょ、待っ!?」

 ギュウ、と拳を握りしめ炎の槍の魔力を凝縮し、爆発させる。即座に魔法を破棄、別の呪文を口にする。

「圧倒たる炎神の刃、魔界を焦土にせし力を以て、眼前に見えるもの全てを灰燼に成せ――ザラマンダー・ブレード」

 完全に実態を持った焔の剣を顕現させ前へと飛び出す。先の爆発によって威力が減退した雷の砲撃に向かって斬り下ろした。

「っ、はぁあああ!」

 五メートルもの大剣が雷を一刀に切り捨て、ディーラはそのまま精霊に向かい一閃する。

「コード――ライジンブレード」

 しかし、赤色の軌跡を描く魔法の剣は青白く輝く刃に受け止められた。手首から伸びる刃は時折バチバチと光を波打たせている。

「チッ、以外に芸達者だね。ハッ」

 鍔迫り合いから即座に反転、自身の剣を投げ捨てる。

「燃えろっ――」

「――――」

 ディーラの魔力制御から離れたせいで炎の剣は轟、と一気に燃え上がった。それに呑まれる精霊。だがその虚ろな表情にはなんの焦りも存在しない。体内から放出した雷が辺りの炎を吹き飛ばした。

「……はは。やっぱ、精霊っていいよね。戦ってて、スゴイ楽しい。ハハハ、なんだろう? 久しぶりに、楽しくなってきたよ」

 この数カ月久しく味わうことのなかった感覚に、ディーラは自然と笑みが浮かんでくる。どこまでも強者を前にしての高揚感は堪らない。魔界からこの世界に来てまともに戦ったのはユクレステとの一戦だけだ。それも、相手は自分よりも格下の相手で、こんな心の底から勝てないと思えるような相手ではなかった。……まあ、それでも負けたのは彼女自身驚いたことだったのだが。

 グン、と一気に飛翔し、爪を伸ばした腕で精霊の身体に斬りかかる。精霊は雷の刃を器用に操りそれを防ぎ、雷を撃ちディーラに喰らわせる。瞬時に腕を交差し勢いを殺し、背後に退避する。しかし今まで見ているだけだった精霊は、今度は自分から突っ込んできた。

「はっ、ようやくやる気に、なった?」

 (くう)を滑るようにして飛び、腕を振るって白刃を打ち付ける。ディーラはそれに対応しながら隙をついて蹴り飛ばした。

 視界の端にユクレステが入り、先ほどの思考が再開される。

「……あれは、まあご主人が上手うわてだったってだけの話だし。魔法使いの()は僕の方が強いんだけど、ご主人は()()()からなぁ」

 チラリとユクレステを見る。

 どうやらユゥミィを叩き起こしているのだろう。彼女を引っ叩いていた。

 もう一度考えるが、どうしたってこの目の前にいる精霊には勝てそうにない。割と強く蹴ったはずなのにちっとも痛がっているように見えないところを見ると、彼女の力では傷一つ付きそうにない。しかしそれも、彼女が一人だったらの話だ。

 彼我の力の差は広くとも、それでも以前のディーラとユクレステとの魔力の差ほどではないはずだ。それならば、その時の戦局を引っ繰り返した人物が今、自分の味方として隣に立っている。

 ――負けるはずがないではないか。

「……変な感じ。ご主人、か」

 魔界では群れるのは弱い悪魔たちだけだった。高位の悪魔族、特にディーラ達ロード種は一人で戦うことを是としている。彼女も今までそうして強くなってきた。けれど、

「悪くない、かな」

 だれかと一緒に戦えると言うのは、思っていたほど悪くはないようだ。

 キッ、と眠たげな瞳を鋭くして精霊へと向ける。彼女の腕は悠然とこちらに向けられ、丸い穴からは僅かに光が漏れ出している。

 だが今度はなにもせずにそれを見守った。

 瞬間、風が頬を撫でた。

「ストーム・ウォール!」

「フォレスト・ウォール!」

 迫る雷光が傘のような形の二重の壁に阻まれ、あらぬ方向へと消えて行く。それを成した二人が駆け寄って来た。

「ディーラ! 勝手に行くなって行ってるだろ!? せっかくこっちにはいい囮がいるんだから!」

「待て主! 囮って私のことか!? 鎧のない私なんてか弱いダークエルフの少女でしかないんだぞ!?」

「大丈夫! あの雷喰らって第一声が、『正座した後みたいだ……』なんて言ってるような奴ならきっと今のが当たっても静電気が顔面に来た、程度で済みそうだから! 心配して損したよまったく!」

「主、それはあんまりだ!」

 来るなりなにやら言い争っているのだが。

 まあ、それが彼らなりの戦闘なのだろう。そう結論付けたディーラは、薄く笑って彼らと言葉を交わした。

「ご主人、それとユゥミィ。僕はチーム戦って初めてだから、なにかあったらフォローよろしく」

 彼女の言葉に一瞬キョトンとした顔をし、すぐに頷く。

「ああ、任せとけ。なにかあったら取りあえずこっちを頼れ」

「フォ、フォロー? わ、私も団体戦は初めてで……っていうかそもそもだれかと一緒に狩りに行ったこととか無いからどうしていいかも……」

「いいな? ユゥミィより先に俺に言うんだぞ? 絶対だからな?」

「う、うん。分かった」

 真剣な表情にディーラは頷くことしか出来なかった。


 三人が合流し、その視線が精霊へと向けられる。それでも虚ろな表情はそのままで、宙に静止して雷を吐き出し続ける。

「……こんなこと言うのは今更なんだけど。あなたは本当に雷の主精霊なのですか?」

 向けられた言葉を理解したのか、精霊は小さく頷いた。

「――ハイ」

 小さく、しかし震える音が声を届かせる。一応の意思疎通は可能なようだ。

「こちらの言葉が分かるなら、お願いです。この雷の雨を止めてくれませんか? この場所に住んでいた人たちが困っているんです」

 隣ではディーラが少々不満顔だが、話し合いだけで解決出来るならばそれで済ませたいと言うのが本音だ。まあ、先に攻撃したのはこちら側なのだが。

「――――」

「ダメ、と言う事ですか?」

 精霊はユクレステの言葉を聞き、その意味を理解した上で、首を横に振る。

「それは、なぜ?」

 ジッと目を合わせ、再度精霊は口を開いた。

「――ニクイ」

「っ!?」

 同時に、障壁の外、中、共に雷の音が鳴り響き、彼らの耳をつんざいた。耳を両手で塞ぎ、相手を見やる。尚もこちらを見続ける精霊は、ガラスのような瞳に僅かな光を宿らせた。

「――カナシイ サミシイ ワタシヲウミダシタモノ――ニクイ!」

 それは怨嗟の声。機械人形に心があるのかは分からないが、その泣き出しそうな声は心の底から叫ばれたものだった。憎しみはユクレステに向かい、憎悪の瞳はユクレステだけを刺し貫いている。

「――ライホウ!」

 そうして瞬間、両手の平から吐き出された雷の砲撃は真っ直ぐに彼へと吐き出された。

「主!」

 グイ、と強く引っ張られる感覚に従い、ユクレステは跳ぶようにして横へと避ける。

「突貫せよ逞しき炎、その熱き切っ先にて敵を燃やせ――ブレイズ・ランス」

 一人頭上に飛び上がったディーラはお返しとばかりに炎の槍をなげうった。

「ご主人、よく分からないけどあいつ、やる気満々みたいだよ?」

 炎の槍を素手で掴んで止める精霊。その姿を見ながら嬉々としてユクレステへと近寄って耳元で囁く。

「……そうみたいだな。理由はよく分からないけど、そっちがその気ならやってやろうじゃんか。ディーラ! ユゥミィ!」

「うん?」

「お、おう?」

 ディーラを引き剥がし、気合を入れるように声を上げる。

「とにかくあいつの動きを止めなきゃ話も聞いてもらえなさそうだ。やることは一つ、あの精霊と戦って、勝つぞ!」

 未だになにを考えているのかは不明だ。しかし、一つ分かることはある。

「精霊! 俺はユクレステ・フォム・ダーゲシュテン! おまえの名前は?」

「――? Ω(オーム)

「よし、オームだな!」

 彼は叫ぶ。彼の目指すもののために。避けては通れない、道を行くために。


 スゥ、と大きく息を吸い込み、強い眼差しで精霊――オームを視界に入れた。

「俺はいずれは聖霊使いになる! そのためにオーム! まずはおまえを従え、精霊使いになってみせる! それが俺の――二歩目だ!」

 ニィ、と笑みを張り付けて無表情の人形に言い切った。




「皆さん、急いで下さい!」

 一方、山の麓ではミュウが慌てたように十数名の人々を先導していた。その表情は焦ったように余裕がない。

『山が荒れ始めた……精霊さんが本気になったのかな? ご主人さまはともかく、早くしないとここにまで被害が来るかも』

 そう言ったマリンの言葉を裏付けるように、雷雲は一層重さを増していく。真っ黒の雲が時折光り、今にも頭上に雷が落ちてきそうだ。

 急がせてはいるが、残っているのは老人たちが主だ。若い人たちに手伝ってもらっているが、それでも数が足りない。

「このまま、じゃ……」

 傍目から見ても分かる程の魔力の荒れ具合。その一筋が、ミュウ達に向かってきた。

「――っ!」

 慌てて大剣を抜き、高く掲げて落ちてくる雷を受け止める。呼吸が止まる程の雷撃を受け、ミュウの体はぐらりと傾いた。

「お、おい!?」

 それを見ていた若衆の一人、ロインが駆け寄ろうとする。しかし、それよりも早く彼女の体は一人の少女によって抱き止められた。

「やれやれ、仕方ないね」

「マリン……さん」

 いつの間にか宝石の外に出ていた人魚姫。マリンはミュウを優しく抱き止め、空を見上げる。

「んー、マスター、ちょっと見通し甘かったみたいだね。まあ、私もここまでやるとは思ってなかったけどさ」

 ぶつくさと誰に向かってか文句を吐き捨て、声を震わせて歌を紡いだ。

「――――海の天井」

 短い小節の歌が終わり、刹那の後に世界が変わった。

「お、おお?」

「な、なんじゃい、こりゃあ? わしは夢でも見とんのか?」

「はいはい、皆止まらないで。長くはもたないんだから急いで急いで!」

 立ち止まって空を見上げていた老人達を追い立て、マリンは自分で作り出した青いスクリーンを見上げた。僅かに揺れるようにして出来上がった、海の壁。いや、天井か。

 それは上空からの雷を受けてもなお穏やかに揺らいでいた。


「……あ、もダメ……」

 しばらくそれを見ていたマリンだったが、すぐにその場にへたり込んでしまった。陸上での活動を想定していない人魚族では、これ以上の魔法行使は無理なのだ。

「ま、マリンさん……!」

「う~? あ、ミュウちゃん」

 痺れが取れたミュウが慌ててマリンを抱き止める。奇しくもそれは、先ほどとは逆の構図となっている。

 大量の汗を流しているマリンを見るに、限界なのだろう。空がまたも黒い雲に覆われていく。それまで防いでいた『海』が消え、稲光が輝き、雷が落ちる。

「――っ!?」

 反射的に身を乗り出し、ミュウはマリンを庇うようにしてうずくまった。

「……?」

 だが来るであろうはずの衝撃はいつまで経っても訪れず、なにがあったのかと恐る恐る顔を上げてみる。――目の前に綺麗な華が見えた。

「ふむ。怪我はないかや?」

「あ……」

 桜色の着物に花びらの模様。リューナの着ている着物の柄が、丁度ミュウの目の前に映っていた。呆けたように彼女を見上げ、稲光が光るのを見て我に返る。

「リューナさん……!」

 自然現象では説明出来ない紫の光は、明らかにリューナを狙って落ちてきた。警告の声を上げる、それよりも早くリューナは腕を空にかざした。

「……っ」

 導かれるように雷は彼女の腕に落ち、次の瞬間――

「ふっ」

 雷が霧散した。後には何事も無かったように微笑を浮かべているリューナがいた。

「誘導は完了じゃ。ミュウ、マリン。よう役目を果たしたの」

 言いながらも雷を消していく。もちろん片腕一本で。唖然とした表情のミュウは、隣のマリンに顔を向けた。

「……」

「や、私の方を見られても……。リューナさん、なんでここに?」

「ん? そこの王子がお主らを手伝った方が良いのでは? と言ってきての。まあ、暇つぶしがてら」

「やー、まさかこんな風にやるとは思わんかったですよ。魔法なり使うもんだと……ってか、平気なんですか?」

 パリパリと帯電している腕を指差しながら、いつの間に現れたのかユリトエスが苦笑している。

「この程度、少し痺れる程度じゃ。腕を下にして寝ていて起きた時にちょっと痺れたなー、くらいなもんじゃな」

「落雷を軽いうっ血と同じに扱わんで下さい……あれですか? この腕の下には鋼鉄でも仕込まれてんですか? ふべっ!?」

「乙女のやわ肌に軽々しく触れるでない!」

「はいっ! 分かりましたから放して下さ痛い痛い!」

 ペシペシとリューナの腕を木の棒で叩いたら容赦のないアイアンクローがお見舞いされた。

 ユリトエスが沈むのをチラリとだけ見て、ミュウはすぐに視線を山へと向ける。あちこちに雷が落ちる中、一か所だけが異様な程に輝いている。恐らく、あそこにユクレステがいるのだろう。

「……マリンさん」

『なにー? ……って、まあミュウちゃんの言いたいことは分かるけどね。行きたいの?』

「……はい」

 儚くも、覚悟の込められた声が聞こえる。元から遮るつもりなどありはしない。マリンはクスリと微笑み、擬似的な海を揺らした。

『じゃあ、行こっか。こっちの方は……リューナさん、任せたよ?』

「……ふむ。あい分かった。気をつけて、行ってくると良い」

「ありがとう、ございます……!」

 バッと頭を下げ、そして即座に駆け出した。

 小さな体を目いっぱいに動かし、地面を踏み締めて走る。視線の先には山の頂が。今もそこで戦っている、己の主の姿を見据えて。

「今行きます、ご主人さま!」

 風切る音に負けないくらいに声を張り上げ、ミュウは雷の降る山を疾駆した。

次回も少し遅れそうです。現在テスト期間真っ最中なので……。

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