雷精霊
穴で暮らしていた人達の準備も整い、後は下山するだけだ。ユクレステは事前に考えていた通り、ミュウとマリンに彼らの先導を任せた。マリンもいるし、道に迷うようなことはないだろう。
「ご主人さま……気をつけて下さい……」
『そうそう。相手は精霊、それも主精霊クラス。油断しちゃダメだからね?』
「分かってる。最悪時間を稼ぐだけはしなくちゃいけないし、やるだけやってみるさ。そっちも任せたぞ?」
ミュウを送り出し、イジンとロインに声を掛けた。
「それじゃあ、そろそろ」
「うむ、迷惑を掛けるのう」
「いえ、俺も精霊には用があったので気にしないで下さい。ロインさんも頼みましたよ?」
「ああ、分かってるよ。……それとよ、これ返しとくわ」
躊躇うように出されたのは、素朴な感じの弓だった。しかしその出来栄えはただの弓とは言えず、内包している魔力は一般の武具と比べて桁外れのものだ。
弓に触れながら、ユクレステは驚いたようにロインの顔を見る。
「前に交換したそっちの嬢ちゃんの弓だ。売ろうと思ってたんだがなんとなく手元に残っててな。その、なんかの力になればと思って」
照れた顔を見られたくないのかそっぽを向いた。元々狩猟民族だったロインはこの弓の価値を無意識に感じ取っていたのだろう。よく手入れされており、ついでにと矢束も渡された。
「……ありがとうございます。遠慮なく使わせてもらいますよ」
「……ああ」
「ユゥミィ!」
「ん? どうした、主?」
ボーっとした表情のユゥミィを呼び、手元の弓矢を彼女に手渡した。
「おおっ、これは私の弓じゃないか!」
「今回雷の精霊が相手になるかもしれないからな。こっちを使った方がいいだろう」
「むっ。だが私は騎士なのだからそこは剣で挑むべきじゃないか?」
また良く分からないユゥミィの騎士像が顔を覗かせている。もちろんそれを見越して、ユクレステは説得する。
「バカだな、臨機応変に立ち回るのも騎士の役目だぞ? 馬上で槍を持って戦う時もあれば剣で戦う時もあるだろ? つまりはそういうことだ」
「ん? そ、そうなのか? うん、なるほど。ならば今回は弓で戦うことにしよう」
あまり分かっていなさそうだ。実際、ユクレステも自分がなにを言っているのか理解していなかった。とりあえず説得できたので良しとしよう。
「……前々から思ってたがあの嬢ちゃん大丈夫か? 随分頭の弱い子みたいだが……」
「はは……バカな子ほどかわいいって奴ですよ。うん、ユゥミィバカかわいい」
「バカは言い過ぎじゃない? まあ、色々と弱いとは思うけど」
少なくとも、ディーラやロインにバカにされるくらいにはバカということで。
全員の準備が揃ったようで、ロインに向かって小さな子が駆け寄って来た。身長はミュウと同じくらいで、小顔な可愛らしい女の子だ。
「ロインにぃ、長が行くよって」
「分かった、すぐ行く。っと、そうだ。マツノ、ちょっとこっち来い!」
てて、とこちらに小走りで来た少女を隣に立たせる。
「一応紹介しとくぞ。こいつはマツノつって、ドビンの妹だ」
「おにぃ? もしかして、おにぃがお世話になった人ですか? 初めまして、マツノって言います。おにぃはちょっと他の人よりものんびりしてるけど、良い人なんですよ? 仲良くしてあげて下さいね」
ドビン、と言うと、彼ら盗賊三人組の一番でっかい人物のことだ。上半身裸で、クマのような巨体と怪力、身体が丈夫な。それと兄妹だそうだ。このちんまくて可愛らしい子は。
しばしの沈黙。
「うぇえええ!?」
驚きの声が洞窟内を駆け巡った。
今日は色々あったが、一番の衝撃はやはりこの子の存在だったかもしれない。
村人が去って行ったのを確認してから、ユクレステはその場に座り込んでいた。今すぐ精霊の元に行っても彼らが麓に着くまで時間が掛かるため、少しの時間がある。カバンの中からビンに入った液体を取り出すと、ユゥミィとディーラに放った。
「魔力回復薬だ。万全の状態で挑みたいから飲んでおきな」
「うん、分かった。ありがとう」
「む? 主、なにか落ちたぞ?」
「えっ?」
薬を取り出した際に落ちたのだろう。キラキラと光るなにかが地面に落ちた。
「ん……? ああ、こいつか」
ひょいと拾い上げ、目線の高さにまで持っていく。
「それ……宝石?」
「いや、それにしてはなにか可笑しな感じがするが……」
一般的な視点から見れば綺麗な宝石に映るその宝石。だが、ディーラやユゥミィからするとそうではなかった。いや、綺麗だ、とは思うのだが、それ以上に違和感に塗れている。例えるならば、中身のないビー玉だろうか。
「これはさっきリューナに持たされたんだよ。役に立つだろうから、ってさ」
山を登る際に呼び止められ、ユクレステに手渡した紫水晶。ただのお守りではないことは理解しており、もし使える状況になるならばそれはどんな嬉しいだろうか。
リューナの杖を持ち、杖の先にアメジストを宛がう。すると宝石は光を発し、杖に装着された。
「おお、くっ付いた!」
「んー、なんかそれ、最近よく見たことがあるような……」
ディーラの頭に浮かんだのはつい最近になってよくよく視界に入るようになった青い宝石だ。マリンが入っている宝石、アクアマリン。それと酷似しているのだ。
「まあ、似たようなものさ。それよりそろそろ行くよ? 一応上に行くまでのルートは大体把握してるから、そこまでは楽に行けそうだな。そっからは、まあダッシュで行くしかないか」
曖昧に微笑み話を逸らし、ユクレステは魔力回復薬を飲み干して立ち上がる。
つられるようにユゥミィも一気に飲み干し、むせた。基本的に魔力回復薬が美味しいという話は聞いたことがなかったが、これは流石に予想外だ。
「わさび味……」
ツーンと鼻に抜ける刺激に涙を流しながら、水をがぶ飲みする。
「…………」
ディーラは飲まずにソッとポケットに押し込んだ。
岩盤をぶち抜き、空を見れば雷雲の隙間から夕焼けが目に飛び込んできた。どうやらロインの言っていた通り、落雷は少し収まっている。それでもあちこちに雷が落ちる音が聞こえるが、この程度ならばどうとでもなるだろう。
精霊の本体は恐らくこの坂を上った所にある、元々村であった場所だろう。渦巻く程の精霊が怒りを放つようにビリビリと音を上げていた。
「……いるな。今までどこにいるか良く分からなかったけど、力が弱まったからか確認できる」
リューナの杖を右手に持ち、左手にはユゥミィのショートソードを握っている。ディーラは手ぶらで犬歯をむき出しにして今か今かと待っており、ユゥミィは緊張の面持ちで立っていた。
「……あ、主? 少し、いいだろうか?」
「ん? どうした? なんか忘れ物でもしたか?」
弓はある、矢も腰に下げている。剣はユクレステに貸しているし、鎧はそもそも持ってきていない。特に問題はないように見えるが。
ユゥミィは泣きそうな表情でユクレステを見る。
「なんで私、ここに立っているんだろうか?」
「は?」
「いや、なんだかあれよこれよとしている内に対戦メンバーに入れられてて、なんか精霊と戦うような雰囲気になってるんだけど……どうしてこうなった?」
ぷるぷると小動物のように震えているユゥミィ。なにを言っているのか分からずしばらく思考して、気づいた。
「まさかおまえ……気づいてなかったのか?」
「な、なにがだ?」
ようはこの子、そもそも事の成り行きをさっぱり分かっていなかったのだ。どうも静かだと思ったら、つまりはそういうことらしい。
「……ユゥミィバカかわいい……じゃなくて!」
はてさてどう言ったものか。というかどこから分かっていなかったのか。この子は割と流されて生きている性質なので、下手をしたら精霊がなにをしているのかさえ分かっていないかもしれない。
変なところで頭を悩ませることになった。
「ユゥミィ。難しく考えなくていいよ」
「え?」
意外にもディーラが代わりに説明をするようだ。ホッと息を吐き、彼女の言葉を待つ。
「精霊倒す⇒つおい⇒村人感謝⇒村の守護神⇒つおい⇒騎士様だ⇒つおい」
「なるほど!!」
「なにが!?」
なにを納得したのかユゥミィはキラキラと目を輝かせてディーラの手を取っている。ユクレステには一ミリも理解できない説明方法でさっぱりだったのだが、彼女には分かって、しかも琴線に触れてしまったらしい。大きくぶんぶんと手を握っている。
「流石はディーラ、その考えは驚愕だ! なるほど、そういうことでこんなことになってつまり精霊のせいで村にいられなくなった人たちを助けるために精霊を倒すのだな!」
「いやいやいやいや!? なんで!? みぎ、とか言って良く分からない説明だったじゃん! なんであれで分かるの!?」
「そしてそうすれば私が騎士となる夢に一歩近づくと! 流石だ!」
「バカなの!? なんでそうなった!」
「ご主人、ユゥミィには簡潔に言わないと分からないよ。説明に三行使うと頭がリセットされるみたいだ」
「この子こんなに頭弱かったっけ!?」
出会った当初はまだマシだったような気がする。色々と弱い子だったのは変わらないけれど。
ユゥミィバカかわいい。
とにかくこれでやる気満々になったユゥミィ。元からやる気に満ち溢れていたディーラ。そしてげんなりとした顔のユクレステ。若干一名は怪しいが、準備は出来た。魔力を足に纏わせ、三人は洞窟から飛び出した。
「シッ、じゃあ一番槍は僕がもらうから」
「なんの! それこそ主の騎士である私の出番だ!」
バサッ、と翼を広げ滑空するように飛び立つディーラ。そのスピードはユクレステの全速力よりもずっと早く、一気に距離を離されてしまった。だがユゥミィはそんな彼女に追いすがるほどの脚力で掛ける。体を倒し、その速さは今までのユゥミィでは絶対に見られることのないものだっただろう。
「速っ!? ってかユゥミィそんなに速かったのかよ! もうホント鎧とかない方が強いって絶対!」
一人置いて行かれるユクレステの声は幸いにもユゥミィに聞かれることはなかった。もし聞かれていたら、またへそを曲げてしまうかもしれない。
「よ、っと」
「ふふん、こんなもの!」
落ちてきた雷を、落下個所を見切って避けるディーラと勘で避けるユゥミィ。どちらも人間離れした動きだ。
人間ではないが。
「のわっと! ウィンド・シールド」
後ろでは堅実に魔法で障壁を張って防いでいる。全くもって普通である。
先にそこに到達したのは翼を持った悪魔。
「と言うわけで一番槍、頂きます。突貫せよ逞しき炎、その熱き切っ先にて敵を燃やせ――ブレイズ・ランス」
「なんの負けるか!」
次いで褐色のダークエルフ。
村の中心付近にいた怪しい物体に向けて炎の槍を擲つ。負けじと弓を構え、三本の鉄の矢を連続で射た。
卵のような紫色の物体に槍と矢が突き刺さる。
「おお、やったか!?」
「ユゥミィ、それは言っちゃダメ」
もちろんやってはいない。轟々と燃える物体、だがそれもすぐに消え去った。内側から溢れた紫の閃光によって。
「っ、とう」
「わぁあああい!」
飛び上がり避けるディーラとバンザイをして横に跳ぶユゥミィ。どちらも健在だ。
「なにかいる、のは間違いない……なら」
まずは引きずり出す。爪を伸ばし、ゴキリと骨を鳴らす。そこから翼をはためかせ、一気に速度を上げて近づいた。
「い、け――!」
腕に纏わせた炎の魔力が卵の殻を吹き飛ばす。伸ばされた鋭利な爪は中にいるであろうなにかを貫く――
「っ!?」
ガキン、と音が鳴った。
硬いものに触れた感触に即座に反転しようとするディーラ。だがその一瞬早く、なにかが彼女の腕を掴んだ。
「のっ――!」
もう片方の腕が再度煌めく。剣のように伸びた爪がなにかと交差した。だが、
「くぅっ!?」
それも効果はなく、甲高い音を立てて止められる。
殻が消え去り、露わになったそのなにか。
目が会った。
「このっ!」
ユゥミィの声が聞こえ、同時にディーラを捕まえていた腕にほぼ同時に四本の弓が激突する。鉄で出来た矢にも関わらず、刺さることなく地面に落ちた。だがその隙を逃さず滑るようにして退避する。
「…………」
それを見て、それは手を頭上に持ち上げた。
「……?」
「上だ!」
「っ、しまっ――!?」
誰かの声にハッと気づく。今自分たちがどこで戦っているのかを。ここは既に相手の領域。注意すべきだったのだ、常に上から来る雷撃に。
ピカッ、と稲光が走り、瞬時に光が集まる。その光は雷となり、ディーラへと降り注いだ。
「ストーム・ウォール!」
寸前、風の障壁が受け止めた。
だれがやったのかなど明白だ。知っているからこそ、ディーラは不敵に笑って腕を伸ばす。
「ありがと、ご主人」
「まったく……置いてくなよ。なんのために俺がここにいるんだ?」
グッと親指を空に向け、息を切らせて立つ己の主に向けた。
「そんで……守護なる巨城、悠久を流れる愛しき風よ、わが身わが心にあれ――シルフィード・ルーク!」
リューナの杖を地面に突き刺し、領域を目いっぱいにまで広げた上級障壁を展開する。
「おおっ、なんかすごい!」
「なにその小並感。……これ、僕と戦った時の奴だね。そっか、これなら上からの攻撃に対して気にしなくてすむんだ」
ドーム型にはられた障壁は、この場で相手の領域を無効にすることができる。上空からの落雷攻撃、それを無効化出来るのは大きい。
しかしその代わり常に半分の意識をそちらに回しておかねばならず、リューナの杖を起点にしているためそれも使用不能になってしまう。
「あれが精霊さん、ね。……こっちから仕掛けておいてなんだけど、話し合いなんかは……」
返事の代わりに雷鳴が轟いた。障壁のおかげで被害はないが、それが答えなのだろう。
「無理そうだぞ、主。と言うか、あれは本当に精霊なのか? なんか、違和感があるというか……」
「主精霊であるのは間違いないと思うよ。炎の主精霊がそう言ってるから」
「違和感あるのは分かるけど……風の主精霊もそう言ってるな」
バチバチと雷を自身から発し、雷の精霊はガラスのような無機質な瞳をジッとこちらに向けている。
目を閉じれば確かに精霊なのだ。しかし、その外見はおおよそ精霊とは言い辛かった。パッと見では、人型だ。別にそれは問題ではない。シルフィードも人の形を取っていたし、それだけでは判断出来ないだろう。だが、その姿形は、あまりにも可笑しかった。
「なんなんだろうね、あれ。多分、金属で出来てたよ、あの体」
「まるで、人形だ」
その形は人だった。けれど、それはあまりにも作り物めいていた。四肢は人形のような球体間接。全身は金属で作られたのか光沢があり、そのくせ頭は人間と近かった。頭だけ見れば人間にも見えるが、それ以外がダメだ。人形以上にはどうしたってならない。
一瞬、金属に生命が宿った種族、無金族かとも思ったが、それとも違うようだ。
人形。案外ユゥミィの言葉が一番近いのかもしれない。
「―――」
人形はその端正な顔をこちらに向ける。美しい女性の顔で、長く二つに纏めた紫の髪がブワリと舞った。
「っ、来るぞ!」
悪寒が背筋を走り、瞬間で三人は散り散りにばらける。それを蹂躙せんと、雷が地面を這うように放たれた。
今回はあまり戦闘しませんでしたね。次回に期待です!
それと今後は更新が少し遅くなりそうです。ご了承ください<(_ _)>