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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
35/132

雷の起こる山

 エスト山への道は馬車を使っての移動となった。盗賊たちの乗っていた馬車と、ダーゲシュテン家の馬車の二台である。両方ともあまり大きな馬車ではないが、やや狭いが全員を収納することはできた。

 リューナとナッツが手綱を握り、他の面々はちょっとしたお出かけ気分で雑談をしていた。そんな中、ユクレステはユゥミィを膝枕しながらロインと顔を合わせていた。

「…………」

「…………」

 若干ギスギスした空気にナッツが冷や汗を垂らしている。食糧を多く積んでいる関係で、こちらの馬車にはユクレステとユゥミィ、そしてロインとナッツの四人が乗っていた。

「……とりあえず、昔のことは水に流そう。ほら、そっちの嬢ちゃんがおまえのお仲間だとは知らなかったんだよ」

「まあ確かにユゥミィと出会ったのはあなた方が詐欺行為を働いた後だったから当然ですけどね。別に気にしてませんから、そんな青い顔しないで下さいよ」

「そ、そうか?」

「ええ。そのせいで無一文になってあんな廃棄品押し付けられたユゥミィも特に気にしてませんでしたし。って言うか気づいてすらなかったし……」

「やっぱ怒ってんじゃねぇか!?」

 怒ったような振りはしているが、実際はそこまで気にしてはいなかった。

 もちろん騙すほうが百パーセント悪いに決まっているが、それにしてもユゥミィの騙され具合も酷いものだ。自業自得、と言ってしまえばそれまでなのだ。

 それに以前ボコボコにしてお宝をしこたま奪った時の罪悪感もある。あちらが水に流してくれると言うのであれば、それに乗っかるのもやぶさかではない。

 くーくー、と寝息を立てるユゥミィを撫でながら、ユクレステは笑ってロインと向き合った。

「冗談はそこまでにして、少し確認してもいいですか? 状況をいくらか聞いておきたいので」

 一応ディーラからも確認済みだが、元々そこに住んでいた人間からの情報もあって損はないだろう。ユクレステの表情が穏やかなものになったのを見て、ロインは一つ頷いてから口を開いた。

「ディーの奴から聞いてると思うんだが……山が雷に覆われたってのは知ってるよな?」

「ええ。そこから逃げようとして遭難中、という話ですね。それから落雷は少しも収まっていないんですか?」

「そうだな……実を言うとな、ほんの少しだけ弱まったような感じがすんだよ。まあ相変わらず一日中雷雲が広がってはいるんだがな。ただ……」

「ただ?」

 先を促す様に言い、彼の言葉を待つ。

「一日の中でほんの少し、雷の勢いが弱くなることがあるんだよ。ディーラはその時を狙って外に出たり、戻ったりしている」

「それは、いつ頃?」

「夕方くらい、かな? それでも皆を連れ出すことは難しいんだが。ディーの話じゃあ一度に連れ出せるのは一人が限度、村の奴らは三十人はいるし、体の弱った爺さんたちもいるから雷の雨の中突っ切るのは無理なんだと。まあ、俺達もあそこから抜け出すのにかなり無茶したし、実際雷を喰らったのも一度や二度じゃない。あれをガキ共にやらせるのも厳しいんだろうな」

 ふむ、と顎に手をやり考えを纏める。思った通り、二十四時間同じように雷を落としている訳ではないようだ。という事は、疲労なり弱るといった要因を挟んでいると見て良いだろう。もし行動を起こすのならば、その間がチャンスということになるのだろうが……。

「……いつもは食料はどうやって運んでるんですか?」

「あ? 一つに纏めてディーに任せてる。俺達が付いて行くよりもずっと早いからな」

「洞窟の場所は? 落雷はどの辺りまで落ちているんですか?」

「おいおい、そんな一気に聞いてくんなよ……えーと、確か山の中腹辺りに洞窟があるな。んで、落雷は……山全域じゃないか?」

 ロインの話を聞き、片手で地図を開いて山の情報を頭に叩き込む。中腹までの山道ならばそこまで急な斜面はなく、穏やかな道だ。

「ま、とりあえずは遭難者の確保が最優先、精霊の方は……状況次第、か」

「あん? 」

「いえ、なんでも。そう言えばロインさんは精霊の姿って見ましたか?」

 地図を仕舞い込みながらなんの気なしに尋ねる。盗賊のリーダーは、んー、と首を傾げた後、そう言えばと口にした。

「なんか、人形みたいなのがいたような気がする」

 ……人形?



「うわぁ、なんか凄いことになってんなー」

「ユリトエス王子、あんまり近くに寄らないで下さいよ。油断してると雷が落ちて真っ黒焦げ、みたいなことになりますから」

「あらやだ地味に恐い」

 黒い雲が山の上空に広がり、そこを何度も稲光が輝いている。

 ユリトエスは冷や汗を流してユクレステの後ろに移動する。結局ついて来た王子様だが、彼女の側にはリューナが着いているのでそちらは気にしなくていいだろう。例え暗殺者だろうと自然現象だろうと、彼女を突破出来るとは思えない。過剰とも言えるほどの信頼感を自分自身で少し厄介に思いながら、馬車から下りた全員を見渡した。

「さて、目的地についてはみたけど……これホント凄いな」

 感嘆の声を漏らし、上空に渦巻く精霊の力に酔いそうになる。うっぷと口元を押さえ、杖を右手に持ち替える。

「……確かに、凄まじく強い力を感じる。多分ディーラの言うことに間違いなさそうだな」

「でしょ?」

 少し得意気のディーラ。ユクレステは頷き、一歩前に出る。刹那、雷光が目の前を貫いた。

「っ、ご主人さま!」

「大丈夫、当たってないよ」

 慌てて近寄るミュウを制止し、焦げ跡の出来た地面を睨む。

 恐らくあの一歩踏み込んだ場所からが精霊の領域テリトリーなのだろう。簡単に知覚され、警告とばかりに雷を撃たれる。

 正直、かなり心臓に負担が掛かった。

 だが収穫はあった。

「今のがこう。と、なると……これは……」

「主? どうかしたのか?」

 地図を睨みつけてブツブツとなにかを言っているユクレステに、心配そうに声をかけるユゥミィ。だが気付いていないのか、返事はない。やがて、紙面から顔を上げると山の頂を睨みつけた。

「おう、どうしたんだ?」

「まーまー、今はちょっと待っててあげなさいって。ほら、まだなんかやるみたいだし」

 ロインを宥め、ユリトエスは面白そうな表情でユクレステを見ている。それにつられるように視線が向き、得心したようにリューナが微笑んだ。

「ふむ、なるほどのう」

 杖を伝って魔力の波が地面に流れ出す。地中を泳ぐような流動が停滞を震わせ、幾つかの空洞に届いた。

 ユクレステは目を開き、振り返る。

「さあ、登山を始めるぞ。まずは、ユゥミィ!」

「お、おう? どうかしたのか、主?」

「ああ、少し手伝ってもらおうと思ってさ」

 ニッ、と歯を見せて笑うユクレステに、ユゥミィは困惑したように首を傾げた。

「手伝う? まあ、私に出来ることならばもちろん力を貸すが……なにをするのだ?」

 当然の疑問に、彼は笑って応えた。

「ああ、ちょっと傘を作りたいんだ」



「精霊の大いなる木々、雨風凌ぐ術を授けよ――フォレスト・ウォール!」

 少し離れた場所でユゥミィが魔力を練り、呪文を唱えている。

 彼女の得意とする魔法は木の属性。流動と停滞を特性とするものだ。ユゥミィの言霊に惹かれ、ザワザワと地中から木の根が伸び、傘のように広がった盾が出来上がった。

 出来上がった盾をデン、と置き、そこにユクレステが手を置いた。

「守り手は暴風、緩やかにあれ――ストーム・ウォール!」

 木の盾に風が纏ったように流れが生じ、杖を動かすとふわりと頭上に舞った。

「よし、これで傘は完成、と」

「お、おいおい、まさかそれで山に登ろうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」

「そうですけど?」

 満足気に頷いているユクレステにネズミ顔のナッツが呆れたようにため息を吐いた。

 キーキーと小物臭のすることを言っているが、要約するとこんなもので落雷を防げるかバーカ、と言う事らしい。

 若干イラッとしたが、論より証拠とばかりに精霊のテリトリーに侵入する。

「へっ? ちょ、なんで俺様まで!? ギャアー!!」

 片方の手にはナッツを掴んで。いや、なぜかと問われてもイラッとしたから、としか言えないのだが。もの凄くビビる姿を見ると心が落ちつくので良しとしよう。

 轟音を立てて雷が落ち、それは傘に当たると滑るようにして逸らされる。どうやら成功のようだ。ユクレステは泡を吹いて気絶しているナッツをポイと放り投げた。

「と、こんな感じで雷を無効化します。ねっ? 結構いけるでしょう?」

「あ、ああ……」

「そ、そうだすな……」

 にっこりと笑うユクレステに若干の恐怖を覚えた残りの盗賊、ロインとドビンであった。逆に感心しているのはディーラだ。

「なるほど、木属性に向かって落ちた雷を風で受け流すんだ。僕の炎じゃそこまで器用に出来ないから、ちょっと羨ましい」

「ま、言うほど簡単じゃないんだけどな。ユゥミィの魔力に合わせて魔力変数の調整しないといけないから、結構手間だし」

「えっ? これユッキーが合わせてんの? 器用だね、ユッキー」

「……え? ユッキーって俺の事? そんな風に呼ばれたの初めてなんだけど」

「なるほど、余がユッキーの初めてを……。あ、余のことは気軽にユリトっちって呼んでくれていいから」

 いつの間にやら渾名が増えました。発案者のユリトエスは気にした風もなく笑っている。

 どうにもこの王子様にはペースを崩されてばかりいる気がする。ため息と共に心労を吐き出した。

「ちなみにこれ、作れるのは二つが限度だから、全員は連れてけないよ? 五人が精々かな?」

「なら儂は残ろう。無論、そこの王子もじゃ」

「えー! 余も行きたいんだけど?」

 ぶーたれるユリトエスとその護衛役のリューナが除外され、残りは七人。だがまあ、後は決めるのは簡単だろう。全員の眼が盗賊トリオの二人に向いた。

「じゃあドビンは残りだね。流石にその巨体じゃあ一人でいっぱいだし」

『後はまあ、そこのナッツくんかな? ちょうど気絶中だし』

「分かっただすー。リーダー、妹によろしくだすよー」

「おお、任せとけ」

 ニヒルに笑うロインが登山組に残り、結果としてメンバーは、ユクレステ、ミュウ、ユゥミィ、ディーラ、ロインとなった。


 ちょいちょいと二つ目の傘を作成し終え、相合傘のように傘をさして領域テリトリーに踏み込む。案の定落雷が絶え間なく降り注いでいるが、その全てが見事に地面に叩きつけられていた。

「へえ、やっぱり雷と木は相性がいいんだ。こうも簡単に防げるなんて」

「元々破壊の特性は流動、停滞の特性で受け止めて逸らすことが出来るからな。どっちか一つだと厳しいけど、対立特性はこういう時に便利だよなー」

「……ご主人さま、少し、恐いです……」

「大丈夫、ほら、手を握っててあげるからさ」

「はい……」

「ふーん……。ご主人、僕も恐いからそっち行くよ」

「は? いや、ウソだろ? 今まで何度もここに来てたんなら……って、こら押すな!」

 優しく諭す様にミュウに笑いかけて傘の中心に引き寄せ、それに対抗するようにディーラがギュッと体を押し付けてくる。

 二人の美少女に両脇から体を押し付けられているユクレステ。その後ろから恨みがましい視線が送られていた。

「主めぇ……! あんな、嬉しそうにしてぇ……!」

「お、おい? 大丈夫なのか? さっきから傘がふらふらしてるんだが?」

「クッ、私だって……私だって主に……。ん? 主に、なにをしたいんだ? うーむ……」

「っておーい! 俺今完全に傘の外にいた! 危うく黒焦げコースだったんだけど!?」

 二つの距離が近いと逸らした雷がもう一方に行くかもしれないため、ユゥミィ、ロイン組はある程度離れて歩いている。


 この組み合わせ、別にユゥミィをハブいたと言う訳ではないのだ。

 そもそも、この傘は実態はあるが魔法であり、それを制御するためには呪文を唱えたユゥミィかユクレステが維持しなければならない。そうなると、自然とユクレステとユゥミィは別々の組にならざるを得なくなる。

 ならばロインと男二人の暑苦しいカップリングにしろ、と思われるかもしれないが、傘自体があまり大きくないためその組み合わせは難しいのだ。ユクレステはあまり大柄ではないためいけそうな気はするが、以外にもロインのガタイはかなり良い。肩幅なんかも広く、筋肉の締まりも中々である。

 それに対してミュウとディーラの身長が、ミュウは140、ディーラは150無いくらいなので、小柄な分二人一緒でも問題ないようだ。ついでに言えば、魔法の維持という面ではユクレステの方が優秀なため、少し範囲を広く取ることが出来る。それ故の配置でもあった。

 だがそんなことはユゥミィには関係ない。なんとなくもやもやした気持ちでユクレステ達を睨んでいた。

「むぅうう……」

『やれやれ……これはユゥミィちゃんの成長を喜ぶべきなのかなぁ?』

 念のためにとユゥミィに渡されたアクアマリンの宝石から、マリンの呆れたようなため息が聞こえていた。



「つ、着いた……良かった、俺まだ生きてる……」

 中腹に差しかかった場所にポッカリと大きな穴が開いていた。そこに侵入し、ロインは吐息と共にへたり込んだ。今まで不安定な傘の下で雷の音を聞いていたため、かなり精神を消耗してしまったようだ。

 全員が洞窟に侵入したのを確認し、ユクレステは傘を砕いて土に返す。

「結構広いんだな。入口でこれってことは、奥に行くとどうなってるんだ?」

「小さな広場みたいな場所に出るよ。奥に行けば音も少しはマシになる。それでも耳障りではあるけどね」

 横幅は五人が横に並んでも問題ないくらいに広く、天井も高い。洞窟というよりは元々住居として使っていたようにも見える。

「ロインさん、案内お願いします」

「お、おお。任せとけ」

 座りこむロインに手を差し伸べ、立たせる。彼を先頭に、洞窟を進む五人。

『それにしても、よくこんな場所があったね。かなり広いし……』

 ユゥミィの胸元からマリンが声を上げた。それに返すように、ユクレステが説明する。

「昔からここら辺はこういった洞窟みたいなものは多くあるんだよ」

 歩きながら周りを照灯トーチで照らし、周囲の壁を観察する。

「この山だけじゃない。ダーゲシュテンの周りの山々には洞窟や抜け穴などが良く見られるんだ。元々、土の精霊が住んでいたんじゃないかって言われているね」

『ふーん、なるほどねー』

 よく見てみると分かるのだが、地面や壁に不自然な凹みが出来ている。恐らくあそこを掘れば、また別の抜け穴に繋がっているのだろう。過去にリューナと出会った時も似たような場所を抜けていたのを思い出した。

「む、灯りだな」

 ユゥミィの視線の先に仄かに火の明りが灯っていた。松明がチラチラと燃え、その向こうにある空間を照らしている。

「着いたぞ。あそこに皆がいる」

 道を抜け、そこに到達する。すると、一気に視界が広がった。

「へぇ」

『おおっ』

「むむっ」

「あ……」

 広場、とディーラが言っていたように、そこは今まで通ってきた道よりも一層広くなっていた。横幅も、天井も格段に広く、穴を横に掘って簡単な家のように扱っている。元々ここに住んでいたと言われても納得してしまいそうだ。

 かがり火が焚かれ、その周りを数人の大人が囲っている。やがてこちらに気付いたのか、視線が向けられた。

「長のジジイ! 帰ったぞ!」

 その中心にいる老人にロインが声をかける。

「……お、おお! お主、ロインか? 村の悪ガキ、悪童のロインだな!?」

「ああそうだ、ジジイ! 今帰ったぞ!」

 嬉しそうに彼に駆け寄る老人。その姿は遠目では分からなかったが、ガッシリとした体格をしていた。背は180を超え、白くなった髪を短く切った筋骨隆々の老人。そんな彼が、ロインを抱きしめている。

「いててっ! ジジイ、だからあんたは自分の腕力を考えろ! 骨が折れちまうよ!」

「ガッハッハッ! すまんのう、なにせ数カ月振りの再開じゃ、いくら村の悪ガキだろうと嬉しいものじゃ!」

 豪快に笑う老人に非難の眼を向ける。だが意に返さず、ユクレステ達へと視線をやった。

「それで、こちらの方々はだれじゃ?」

「えぇと、俺はですね……」

「この人達はキミ達を助けてくれる人だよ、イジン」

 どう言ったものかと思案し、言葉を発するより先にディーラが一歩前に出た。

「おおっ、ディーラ殿。あなたもお変わりないようでなによりですじゃ。それより、ふむ……?」

 ディーラの言葉に老人が観察するような動作でユクレステを見る。ローブを着た彼の出で立ち、杖を持つ立ち居振る舞い。それを見てなにかを納得したように、老人は頷いた。

「うむ……よく分からんが、客人かな?」

「分かんないんかい!?」

 そうこうしているうちに穴倉から次々に人が顔を出す。全員が土に汚れ、ボサボサの髪をしていた。しかしその表情は明るく、子供たちは笑みを浮かべている。

 ロインに向かって手を振る者、ディーラに頭を垂れる者、興味深げにユクレステを見てくるもの、様々だ。少し騒がしくなってきたのを感じ、老人はニコニコと笑い広場の中心へと指を向けた。

「ふむ、皆も起き出したようじゃな。色々と話すこともありそうじゃし、取りあえずこちらに来て頂けますかな?」

「はあ、分かりました」

 どうにも思っていた状況とは違っていたようだ。明るく笑いあっている姿を見て、悲観的な考えを持っていたユクレステは恥ずかしそうに苦笑した。



 かがり火の近くで円を描いて座るユクレステ達。座布団のような布の上に座り、長である老人と向かい合った。

「ではまずは自己紹介と参るかのう。ワシはこの村の……いや、穴倉の長でイジンと呼ばれておる」

「俺はユクレステ・フォム・ダーゲシュテン。この二人はミュウとユゥミィ、そしてマリン。全員俺の仲間です」

「は、はい。ミュウ、です。よろしくお願いします……」

「ユゥミィだ。よろしく頼む」

「マリンだよー」

「ほうほう、可愛らしいお嬢さん方だのう」

 穏やかな目で挨拶をするロインに頭を下げるユクレステ一行。今はマリンも宝石から出ており、岩の上に座っての挨拶となっている。

 興味深げな周囲の視線は、魔物である彼女達よりもむしろユクレステへと向いているように感じられる。

「それで、お主らはなぜこんな場所に? わざわざ危険を冒してまで来るような場所ではないと思うのじゃが?」

「そうですね。流石にお天道様を拝めない場所は自分としても御免被りますよ」

 冗談めかした言葉に周りから若干の鋭い視線が突き刺さる。こっちだって好きでいるんじゃない、とでも言いたそうだ。

「……。ええと、ここに来たのはですね、皆さんを助けに来たんですよ。いつまでも穴倉生活は嫌でしょう?」

 ちょっとしたジョークなのに、と内心凹む。

「ちょっと待って貰えるか? 助け、と言ったようじゃが……そんなことが出来るんかの?」

「ええまあ。とりあえず皆さんをこの雷の領域テリトリーからお連れすることは出来ますが」

「……出来るんか!?」

 さらっと言ってのけたことを再度頭の中で反芻し、ようやく理解したのか驚きの声を上げる。

 周りでこの事を聞いていた村人たちも、まさかと互いに顔を見合わせている。

「マ、マ、マジか!?」

「なんで今更おまえが驚いておるんじゃ……連れてきたのはおまえじゃろ?」

 その中にはロインもおり、変な顔で固まっていた。

「いや、だってこんな簡単にいくとは思わなかったからよ……」

「なに言ってんですか。今までどうやって山を登って来たと思ってんですか。山を降りるってだけならそんなに難しい話じゃなんですよ」

 最も簡単な方法で言えば、先ほどの魔法で数人ずつ下山させればいいだけの話なのだ。以前だって時間は掛かっても、多少の怪我を負ってもいいという話ならばディーラ一人でも事足りた。ただ、それを行うには多大な労力と時間が掛かるから現実的ではないというだけの話。

「むぅ、それはそれで面倒ではあるな。と言うか、ものすっごく疲れそうだ……」

 一体何往復しなければいけないのか。考えただけで元々体力の多い方ではないユゥミィはげっそりする。

 もちろんそんなことはユクレステだって嫌だ。そんな体力勝負、魔法使いの仕事じゃない。

「まあ流石にそれはやらないけどな。疲れるし。そこで、これを見て下さい」

「む? どれどれ?」

 取り出した紙を灯りに近づける。

 書かれているのはエスト山の簡易的な地図。ユクレステが探査サーチと土の魔法を使って調べた、洞窟内の見取り図が描かれていた。

「この山には色々な抜け道と、出口があります。今回調べてみて、山の麓に行くことが出来る道は……これです」

 ショートワンドを指示棒のように使って地図の道に焦げ跡を作っていく。山を直接降りるよりは長い道になるが、雷の雨が降る中を突っ切るよりは良いだろう。

「まるで虫の巣のようになったこの山だから出来る回り道です。出口は麓近くですから、そこで傘を作って皆さんを脱出させます。これなら最小の労力で済むと思いますよ」

 エッヘンと胸を張って作戦を説明する。結構自信のある作戦で、しかもそのための下準備も万全だ。後は彼らを連れて行けばいい。

 そうだ。わざわざ精霊とバトルする必要など初めからなかったのだ。要は、彼らを安全な場所に逃がせばいいだけの話。ディーラが戦うことを前提としていたから少し戸惑ったが、これならば文句はないはずだ。

 もちろんそうした作戦は、

「むぅ……しかし、それは……ちょっと」

 極あっさりと否定されるのだが。

「えっ!? なにか不備がありましたか?」

 もう一度地図を見て見落としがないかを確認する。もしかしてボスモンスターでもいると言うのだろうか? そんな話はなかったはずだが。と言うかいたら真っ先にディーラがのしていそうだ。

「……マリン?」

「特には」

 言葉を交わし、瞑目する。一番思考の近いマリンが特に問題は見当たらないと言う。だが、彼らは否定する。自分と彼ら、なにが違うのかと考え、思い至った。

「……分かりました。ではこうしましょう。とりあえず、あなた方にはこの山から退避してもらいます。いつまでもここにいれば病気にでもなってしまうかもしれませんからね。そのために先のルートで下山してもらいます」

 なにか言いたげなイジンを制止するように手を挙げ、ユクレステは言葉を続ける。

「そちらにはミュウとマリンをつけます。ですが、そうなると雷を防ぐ術はありません。ですので……」

 チラリとディーラを見る。こちらがなにを言いたいのか分かっているのか、最上の笑みで応えた。

「俺とディーラ、そしてユゥミィで精霊に挑みます。そうなれば山を覆えるほどの力はなくなるでしょうから、その間に移動を。そして出来得るならばその場で精霊を沈静化、この山を元の穏やかな気候に戻します」

 なんのことはないのだ。彼らは元々ここに住んでいた人たち。故郷を捨てるなど、出来ないというだけの話だ。

 驚いたような表情のユゥミィには悪いが。

「どうでしょう? 正直俺としてはさっさと逃げてくれると助かるんですけどね?」

「……すまん」

「いえ、気にしないで下さい」

「……ありがとう」

 頭を下げるイジンに苦笑する。すぐにパッと顔を上げ、洞窟内に響く声で言った。

「皆の者、聞いたな? これより一時的に下山する。大切なもの以外は置いて行きなさい、どうせまた後で戻ってくるんだからな!」

 イジンの言葉が終わると同時に、わっと支度を始めた。それを横目に、ロインへと視線をやる。

「ロイン、おまえにも感謝を。おまえが体を張って外に出なければ、いつまでもモグラのような生活が続く所じゃった」

「よせよジジイ。俺はただ外に出たかっただけだっての」

 照れたように頬を掻くロイン。

「ディーラ殿。貴女も長く留めさせてしまいましたな。本当ならばとっくに世界を旅していたでしょうに」

「ん、別に気にしてないよ。命を助けてもらったし、それにここに繋ぎ止めていてくれたお陰でご主人に会えたんだから。こっちが感謝してる。ね?」

 こちらを見て軽く首を傾げるディーラに、ユクレステも笑って応える。ポン、と頭に手を置き、言葉を漏らした。

「まあ確かに。出会い方としてはかなり衝撃的だったけどな」

 出会い頭に魔法でぶった切られる所でした、とは言わずにおこう。

「それに、精霊と戦える機会をくれたし。超感謝してる」

「あ、やっぱそれなんだ」

 キラキラと子供のように輝く瞳で語るディーラに、ちょっと呆れた。どんな相手なのかも分からないのに、元気なものだ。

「当然。炎の主精霊(ザラマンダー)とは痛み分けだったから、凄い楽しみ」

「えっ? ディーラって精霊と契約するのに主精霊と殴り合ったの?」

「そうだけど?」

 唖然としてしまう。それはまあ、確かにそういう事はある。力を見せろ、という精霊もいるとは思う。けれど、それでもせめて上級精霊がいいとこだ。まさか主精霊と殴り合おうなど、普通は思わない。

「まあ、そうは言っても手加減されたし。それで引き分けだったから、実質負け。次は勝つ」

「そ、そっすか」

 それでも引き分けられたのは凄いのですが。

 と言うかもしかして、魔界からこっちに来た時に負っていた傷ってその時の傷なのではないだろうか。それを確か二日で治したと言うし……悪魔族、マジパネェです。



次回は精霊戦です。精霊戦とか書くと某RPGゲームを思い出させますよね、ファンタジアとか。


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