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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
33/132

月と悪魔と魔物使い

 ユクレステが食堂を出てすぐに、入れ替わるようにしてリューナが現れた。少しの疲労を浮かべた表情もすぐに引っ込み、ミュウ達を見つけて微笑んだ。

「さて、そこの三人は儂と一緒に来てもらおうかの。特にそこのダークエルフのことはゆーに頼まれておるのでな」

「私が、ですか?」

 首を傾げるユゥミィに対して頷く。

「お主の不調を取り除かねばならぬようじゃからな」

 なんでもないことのように、リューナはにっこりと笑って言いのけた。


 ミラヤと別れ、リューナを先頭に移動を開始した。一度玄関を潜り外へと出て、裏手に回って庭へと来た。平らにならされた庭の奥に離れの平屋が一軒あり、彼女たちの行き先はそこだった。

 東域国風の木造建築に息を漏らし、ミュウ達は離れの裏手に案内された。

「ここは儂の住居でな。領主がわざわざ儂のために拵えてくれたのじゃよ。元々出身が東域国であることもあってこのような意匠にしてくれたという訳じゃな」

『へぇ~。随分と豪勢だね、マスターのお父さんも』

「まあ、あれは子煩悩じゃからな。一重にゆーのためなのじゃろう」

 息子に甘いところのある男であるのは確かだ。リューナは苦笑しつつ雨戸を開けた。

「お主らにはしばらくここで暮らしてもらう。というのも、近々お偉いさんがダーゲシュテンにやってくるようでな。あの屋敷では部屋の数が足らんのじゃ」

 一人二人ならば問題はないのだが、相手は他国の王子。護衛が付いて来るのは当然だろう。それらを受け入れると、流石に部屋数がいっぱいになってしまう。そこまで大きな屋敷ではないのが裏目に出てしまったのだ。

 そのことを説明し、三人に了承を頼み込む。

「分かり、ました……。ご主人さまのお手を煩わせたくないです」

「すまぬな。そちらの二人はどうじゃな?」

「うん、私も構わない。なんだかここは居心地が良いし」

『……んー、まあ私はどうせここの中であることには変わらないし、まあいいか』

 二人は素直に頷き、少し黙っていたマリンも不承不承ながらも応じた。

「……ふむ。ならばこれで一つは良しとしよう。では次の話に移ろうか」

 リューナは一つ頷くと平屋の側に生えた小さな木へとミュウ達を呼び寄せた。周りの木に比べると細く、まだ若いものだと分かる。それを優しく撫で上げ、ユゥミィへと向き直った。

「先ほどゆーに聞いたのじゃが、ユゥミィと言ったの? お主、最近調子が悪かったそうじゃな?」

「はい。とは言えただの船酔いだと思うのですが……」

 言葉を遮り、首を横に振る。

「ああ、そんなかしこまらずとも良いよ。お主の慣れた口調で話してくれぬか? 儂とお主らは同じ人物を主に持つ。ゆーの言葉で言えば仲間、なのじゃからな」

「むぅ……分かった。それで、私の調子が悪いのはただの船酔いではないのか?」

「まあ、それもあるのじゃろうが、厳密にはそれだけではないのう」

 普段の言葉づかいに戻ったユゥミィを見て満足そうに頷き、リューナは彼女の問いに応えた。

「まず、お主がゆーと出会ったのは大体半月ほど前というのは本当じゃな?」

「うん、そうだ。コルオネイラで出会った」

「その後馬車で五日、ルイーナで一週間過ごしたようじゃが、その間に森に行ったりは?」

「森? いや、行かなかった。馬車の時は気持ち悪くて動けなかったし、ルイーナでは森が遠かったからな」

 ユゥミィの説明にふむふむと頷きながらさらに続ける。

「そしてそのまま船に乗った、と」

『なにか分かったの?』

「無論じゃ、人魚の姫様よ。まあ、特に病だと言う訳ではないので安心するが良い。ユゥミィよ、この木に触れてみい」

 小さな木を指差す。訝しげに思いながらも近づき、そっと木の皮に触れる。

「むっ? これは……」

「ユゥミィさん?」

「ふふ、分かるかえ?」

 楽しげなリューナの言葉に頷くユゥミィ。なにが分かるのかミュウには見当もつかず、首を捻るだけだ。

『……精霊がいるね。それもそこそこの。見た目には若い木にしか見えないんだけど……リューナさん、これどういうこと?』

 マリンが言うにはこの木に精霊の力が宿っているのだという。基本的に精霊とは人の少ない、マナの多い土地に存在するものだ。こんな街に精霊がいること自体珍しい。

 疑問を持っているのはユゥミィも同様のようで、しきりに首を捻って木に触れていた。

「これは樹木の精霊だな。中位クラスの精霊がこんな若い木に宿るなんて初めて見るぞ」

「くく、そうじゃろう? こいつは儂が教材として育てたものなのじゃよ」

 リューナの話によれば、この木は彼女がここに来た時に育て始めたもので、ユクレステに精霊とはどういった存在かを教えるために使用していたという。今ではきちんとした自我を持つ精霊が生まれ、ミラヤの家庭菜園を手伝ってくれているそうだ。

「ユゥミィの調子が悪いのは簡単じゃ。ダークエルフは精霊の力を糧にする生き物じゃからな。これまでは森という精霊の力満ちる場所にいたため気にも止めなかったのだろうが、それが突然森から離れ、特に加護を受けていた森の精霊と遠い場所にいたのじゃ。体調を崩して当然じゃな」

『そっか、だからエルフ族ってあんまり森から離れたがらないんだ。エルフ族は大抵精霊から加護を受けてるもんね』

 マリンの呟きに頷き一つ。

「その通り。ミーナ族などは魔力もあまりなく精霊を感じること自体不得手じゃから精霊から離れても問題はないのじゃがな。まあ、ミュウはまた別物だと思うがの」

 チラリと横を見ると、木を睨むようにして見ているミュウがいる。まだよく分かっていないのだろう。頭にハテナマークが浮かんでいた。

「治療方法は簡単じゃな。精霊の力を補充すれば良い。取りあえずはそこから分けて貰うとよいじゃろう」

「うーむ。だが旅をする以上いつまでもそんなことを言っている訳には……じゃないと主に置いて行かれてしまう……」

「案ずるな、その対策もちゃんと考えておる。今は本調子に戻すのを考えや?」

 余程ユクレステと離れるのがイヤなのだろうか。彼女の瞳には必死な思いが伺える。

「むぅ……分かった……」

 一先ず納得したのかその場に座り、木と向き合って瞳を閉じた。恐らく力を分けて貰っているのだろう。

「ふふ、良い子じゃ。ああ、ちなみに気分が悪かった時にゆーの近くにおると体調が良くなったことがあったじゃろう?」

「……うん、あったな。馬車でも船でも、主が膝枕してくれると気分が良くなったように感じた。それがどうかしたのだろうか?」

「ひ、膝枕……うらやま、いやけしからん! ではなく……ゆーは風の精霊と契約しておるから、そのおかげじゃろうな」

 なるほど。確かにユクレステの近くにいると気分が良かったが、それはそういう理由からなのだろう。

「むっ……?」

 彼の膝枕の感触を思い出しながら、なぜか赤くなった顔に触れてみる。熱が出たように熱く、また体調が悪くなったのかと思案するが、結局答えは出なかった。




 ユクレステはダーゲシュテンの市場で買い物袋を下げていた。

 なにをしているのかと言えば、それはもちろん買い物である。今日は大事なお客様が来るのでそのための食材を購入しに来たのだ。そんなものメイドにやらせろよ、と思うのだが、彼女たちは出迎えの準備でそれどころではないらしい。流石に筋肉痛で動けない父親に長い階段を上らせる訳にはいかず、仕方なく了承してしまった。

 伸縮性抜群で大量に物を収納できる愛用の袋の中には新鮮な海の幸が詰まっている。海藻や貝、魚はもちろん豪勢にカニなんかも入っている。奮発したようだ。

 最後に野菜を購入し、ネギを入れて買い物終了。長いネギが袋から様式美とばかりにはみ出していた。

「さて、こんなもんかな」

「毎度ありー。今後とも御贔屓にな、坊っちゃん」

「そう言うことは俺じゃなくてミラヤ達に言ってやって下さい」

 八百屋の主人と笑顔で別れ、市場から少し離れた場所へ移動する。一旦荷物を下ろし、肩を回して一息つく。先ほどの鎧と大剣と比べれば軽いものだが、それでも少々肩にくるようだ。丘の上に建つ我が家を見上げ、ため息と共に悪態が口をついて出てしまう。

「だれだよあんなとこに家を建てたのは……」

 だからそれはあなたのご先祖様です。

 どこからか聞こえてきたツッコミを右から左に受け流し、気合を入れて買い物袋を持ち上げる。

「にしても、王子様ねー。わざわざここまで来るなんて、よっぽど変な人なのかね?」

 ダーゲシュテンの特色など港町ということだけだ。海の幸は確かに新鮮だが、ゼリアリスにだって新鮮な海の幸を揚げる港なんていくらでもある。それなのにわざわざダーゲシュテンを指定するなんて可笑しな話だ。

 どうにも面倒くさそうな予感がする。こういう事には高い的中率を誇るユクレステの勘がそう警告していた。

「なるだけ大人しくして、早く帰ってもらうに限るかな」

 石畳を踏みながら、ため息交じりに独りごちる。

 近くでは子供たちが地面にチョークで絵を描き遊んでいた。その中で一番年上らしき少年がこちらに気付いたのか近寄ってきた。

「おまえ帰って来てたのかー!」

「わははは、仮にも領主の息子に向かっておまえって随分口の利き方がなってねーんじゃないですかねー?」

 年の頃は十歳くらいだろう。日焼けした肌が活発そうな印象を見せる少年。顔馴染みと言えるほど親しくはないのだが、リューナ経由で話をしたことはあった。

「そんなことよりおれと勝負しろ!」

「だから言葉づかい……」

 そう言ってポケットから出したのは小さい杖だった。練習用のもので、低級魔術学校で貸し出されるものだ。

 これを持っていることからも分かる通り、この少年は現在低級魔術学校で魔法を学んでいる、言わばユクレステの後輩に当たる子だ。それにしては先輩に対する態度ではないように感じるのだが、何度言おうと正されたことはなかった。

「あー、ユー兄ちゃんだー! お帰りなさいー。いつ帰って来てたのー?」

「朝一番の便だよ。マーシュは偉いねーどこかのお兄さんとは大違いだねー」

「えへへー。それでお土産はー?」

「……君もしたたかだよな、ホント」

 少年を押し退けるようにした別の少年がユクレステに近づいて来た。

 マーシュとマイク。双子の兄弟で、二人とも魔法使い見習いだ。

「退けよマーシュ! 今はおれがこいつと話してるんだぞ!」

「だから……」

 頭に指を当てながら呻くも気にした様子のないマイクは杖を向けてくる。

「いいか! おれが勝ったらリューナ先生はおれのだからな!」

 そう言い放ったマイクの顔は赤く染まっていた。耳まで真っ赤だ。

 後ろではマーシュがやれやれ、といった感じに肩を竦めていた。


 現在リューナは低級魔術学校の臨時講師を請け負っており、マイクやマーシュも彼女に師事を受けている。そうは言ってもユクレステのような修行と言うなの荒行などではなく、普通の子供でも受けられるような授業だ。そんな彼女の授業を受けていて、マイクはリューナに淡い恋心を抱いてしまった訳である。外見的には普通の人間と変わらないリューナだ。そういう子は少なからずいるだろう。しかし年を追えばその初恋は叶うことがないと知り、美しい思い出の一つに昇華する。

 彼にはまだその時が来ていないのだ。まだ魔物と人の区別が出来ず、そしてなによりも、彼女の恐ろしさを真に理解していない子供には。


 だからまあ、このくらいの反応はかわいいものだ。昔も良く絡まれたもので、今ではもう慣れてしまっている。

「はいはい、そう言うことは夜に一人でトイレに行けるようになってから言うように。おねしょはもう治ったのか? 流石に十歳にまでなっておねしょしてたら恥ずかしいぞ?」

「なにゃっ!? お、お、おれはおねしょなんてしてない!」

「マーシュ?」

「先週母さんに怒られてたー」

「こらぁ!?」

 涙目になっているところを見るに本当なのだろう。苦笑してマイクの頭に手を置いた。

「おねしょが治ったら勝負してやるから、それまではお預けだな」

「う~!」

 噛みつかんばかりに犬歯を見せるマイク。若干の優越感と共にリューナを思い浮かべ、心の中で吐息する。

「ま、それまではリューナは俺のだから。まあ、だれにやるつもりもないけどな」

「う~~!!」

 ユクレステはこう見えて独占欲が強いようだ。そんな自分を省みて、大人げないなと苦笑する。

「それじゃあまた後でな、お使いの帰りだし、魚が痛む前に帰らないと」

「うん。お土産はまた今度ねー」

「しょ、勝負は預けたからな!」

 手を振ってユクレステから離れ、他数人の子供たちと遊びに戻る。元気なその姿に笑みを浮かべ、長く伸びる屋敷への階段を上り始め――

「おーい! そこの人ー!?」

「うん……?」

 ――ようとして、呼び止められた。

 いや、ただ声に反応してしまっただけで、別にユクレステに対して言ったのではないかもしれない。聞き流す様に頭を振り、再度段差に足をかけた。

「ちょっとー! そこのローブ着た魔法使いっぽい人ー!?」

「…………」

 声は近づいており、そんな魔法使いみたいな恰好をしている人物はこの辺りにはいない。自分を除いては。

 先ほど感じたような嫌な予感が体全体を駆け巡り、振り向くなと必死に警告している。ユクレステだって振り向きたくはないのだ。けれど、この声の主が迫ってきているという現実に振り向かざるを得ない。

「あっ! 今こっち向こうとしたっしょ? だーいじょーぶ! 恐くないからこっち向いてほい!」

 ほい、と振り返る。案外近くに来ていたようで、目の前には黒い髪が映っていた。

「よし向いた! ってことでちょっとこっち来て!!」

「はっ? いや、おまえだれ――」

「いいからほーい!」

「うおぉおう!?」

 いきなり手を掴まれ、引きずられてしまう。買い物袋を落とし、つんのめりながらも石畳を蹴って走り出した。

「さあ一気にトップスピード! 我が身は既に風のごとしー! ぬあはははあははっ!!」

「だからおまえだれだー!?」

 屋敷とは反対方向に砂煙を起こして駆ける。それを呆然と見送ったマイクたちは、互いに顔を見合わせた。

「……なんだったんだ、今の?」

「……あ、お買い物袋。届けてあげる?」

 落ちていた袋は子供たちが力を合わせて屋敷に届けてくれました。よく出来た子供でお兄さん涙が出そうです。



「ちょ、おまっ! いい加減放せよ!」

「やーだー! 放したらどっか行っちゃうでしょ!」

「当たり前だろ! 俺はこれから家に帰ってのんびりするって決めてんだよ!」

「一人で逃げるのはイヤー! 余だってのんびりしたいもん!!」

 久しぶりにリューナの家で皆と一緒に東域のお茶を楽しもうと思っていたのに。そう零しながらユクレステは目の前の相手を睨みつけた。

 後ろ頭ではだれか判断出来ないが、見事な黒髪だ。来ている物も上物っぽい。走りながら落ち着きを取り戻し、前を行く背中に問いかける。

「おまえはだれで、なんで逃げてるんだよ! ってかなんで俺まで巻き込んだ!」

 語気を荒くしてまくし立てる。そこでようやくチラリと振り返り、顔を見せた。

 琥珀色の瞳に幼い顔立ちを僅かに歪ませ、若干泣きが入っている少年の姿。

 そのどこかで見た顔にしばし思考を過去の記憶へと飛ばす。

「あれ? おまえどこかで……って、そっち行き止まりだぞ!?」

「うぇええ!? やっぱ知らない土地で逃げ切るのって無理だよねぇえええ!?」

 裏路地を抜けた街外れ。目の前には高い崖と、左右には壁。見事なまでの行き止まりだ。引き返そうと踵を返すが、

「げっ、もう追ってきてるー!」

「はいっ?」

 少年の視線の先にはどこからどう見ても怪しさ満点の黒ずくめがいた。数はニ、顔は黒い布でグルグル巻きにしており、来ている物も分厚いものだ。正直この炎天下によく着ていられるなと感心してしまう。

「えーっと……あの方たちは、お知り合い?」

「んー。知り合いと言えば知り合いなんだけど……や、あんな変態チックな奴らは一切合財知りません!」

 彼らか彼女らかは分からないが、その手にはギラリと光る剣が握られている。街中で抜くようなものではないだろう。

「えっと……もしかしてあれに追われてたの? で、助けて欲しくて俺を巻き込んだと?」

「そーなんすよ! いやー、話が分かる人って素敵!」

「素敵! じゃねぇー!」

 悪びれもなく黄色い悲鳴で応える少年に、ユクレステは苛立ったまま胸倉を掴んだ。

「あんな明らかに堅気じゃないような奴らにどうしろってんだよ! ってかホントどうするの!?」

「ギブギブギブ! ちょっと待って、それ本気で苦しいからっ!!」

 酸欠で青くなった顔で必死にもがく少年。だがユクレステは謝る気は一切ない。悪いのはこの目の前の少年なのだから。

「ん……?」

 そこでふと、先ほどの思考が過去の検索を終えた。どこかで見た顔。そう思っていた彼の顔は、確かにこの目で記憶していた。

「おまえ……コルオネイラの、審判?」

「あ、覚えててくれたん?」

 若干嬉しそうな笑顔がムカついた。

 確かにこの少年はコルオネイラの闘技大会で司会兼審判を行っていた鎧男だ。月明かりの下とは言え、それは間違いない。ならば、なぜそんな人物が襲われているのだろうか。

「って、考えさせてくれませんか、そうですか!」

 黒づくめの男の一人が剣を構えこちらに突撃を開始した。一気に駆けより鋭い斬激をユクレステ達へと見舞いする。ユクレステは少年を後ろに突き飛ばし、振るわれた斬激を紙一重で躱す。

「っ、の野郎!」

 剣を持つ手に向かって回し蹴りを当て、僅かに揺れる体に追撃の右ストレートを叩き込む。後方に吹き飛ぶ黒ずくめから視線を逸らさず、腰に差したショートワンドを引き抜いた。そのまま、

「――バレット・ストーム」

破砕ブラスト

 四つの風の魔弾を並列思考で放った四度の衝撃で逸らした。

 後方のもう一人の黒ずくめは魔法使いなのだろう。ロングワンドを持ち、こちらに狙いを定めている。

 剣を持った黒ずくめが立ち上がり一旦後方に下がる。それを見て安堵の息よりも先に目つきを鋭くして後ろでのたうち回っている少年を睨みつけた。

「おいなんだよあいつら! 本気で殺しに掛かって来てたぞ!」

「ぐ、ぐ……頭思いっきり打って……痛いよぅ」

「聞いてんのか!!」

 割と酷いとは思うが、こちらは必死なのだ。あの黒ずくめ、正直かなりの腕だ。剣にしても、魔法にしても一端いっぱしの冒険者と比べて遜色ないほどに。そんな相手と戦う理由も、また敵対する理由もないユクレステには厄介事以外のなにものでもない。口調が荒くなってしまうのも仕方ないだろう。

「うぅ……それは多分、余の暗殺とかが目的とかだからじゃないかな?」

 頭を押さえながらなんとか立ち上がった少年は目を潤ませていた。

「暗殺!? って言うか余? おまえ、何ものだよ!?」

「あ、そう言えばまだ名乗ってなかったっけ?」

 泣きたいのはこちらの方だ。ユクレステは黒ずくめを警戒しながらも後ろからの言葉に耳を傾ける。そして出された言葉に、唖然としてしまった。

「余はゼリアリス国の王子、ユリトエス・ルナ・ゼリアリス。今日は観光で遊びに来たんだけど、なんか襲われちゃって」

 テヘ、と舌を出すユリトエスに殺意が湧いた。しかしそれも一瞬。すぐに思考はこの状況をなんとかしようと活動を始める。

「マジで王子様!? くそっ、それじゃあ見捨てられないじゃんか!」

「えっ? なに? もしかして余って王子様じゃなかったら見捨てられてたん?」

「ったりまえだ! さっさと逃げ帰って茶ぁ飲んで葬儀屋呼んでから帰ってきてやるわ!」

「せめてそこは医者にしてよ! なんで死んでること前提!?」

 しかし今ここにいるのは自称ではあるがゼリアリスの王子様らしい。偶々遊びに来ていた他国の王子を領内で殺されたとなればどれだけの罪になるのか。しかもこうして助けを求められてしまっている。声をかけられていなければまだどうとでも言い逃れは出来たかもしれないが、こうなっては最早後の祭りだろう。

「護衛の人たちは!?」

「あっはっはっ、余ってば自由が好きだから小うるさい人たちって観光には邪魔じゃん?」

「ようは撒いてきたせいで助けは期待出来ないんだな!? つっかえない!」

 ギロリと睨まれしゅんとうな垂れるユリトエス。

「あーくそ、屋敷にリューナの杖を置いて来たのは失敗だったか……」

 遠距離からの風の弾丸を撃ち落としながら舌打ちをする。杖だけではなく、魔法薬マジック・ポーションも剣もないのだ。幸いショートワンドは持っていたのでなんとかなっているが、心許なさはある。

「ほらっ、あの準優勝の子! あの子ならなんとか……」

「今頃お菓子食べてるんじゃないかなー?」

 煎餅を振る舞うリューナの姿を思い浮かべる。彼女は時々、子供にやたらお菓子を進めるお祖母ちゃんみたいになる。

 そう言ってぶっ飛ばされた記憶が甦った。

「と、守り手は暴風、緩やかにあれ――ストーム・ウォール!」

「突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て――ストーム・ランス」

 風の槍を障壁にて押し止め、その間に近づいて来る黒ずくめの懐に踏み込んだ。身を低くして斬激を避けながら杖を通じて魔法を一つ唱えておく。

 黒ずくめがバックステップで距離を取り、即座に突きを放った。

「残念でした、っと!」

「っ!?」

 だがそれはユクレステの手の甲に当たるとキィン、と音を立てて止められる。一瞬の動揺。それを見逃さず、剣を払いのけて出来た隙に全力の拳を叩きつけた。

「がっ――」

 吹き飛ばされた体は背後にいた杖持ちの黒ずくめを巻き込んで壁に激突した。

「はぁ……一丁上がり」

 すっぽ抜けた剣がクルクルと落ちてきたところをキャッチ。剣先を黒ずくめに向け、ユクレステは疲れたように呟いた。


「お、おぉおお! 魔法使いだと思ってたのに体術もいけるんですね!」

「まあ、鍛えられたので。……リューナの言うことは聞いておくもんだな、ホントに」

 魔法使いだろうと前衛でも戦えるように。なるほど、確かにこんな状況であれば体術も必要なのかもしれない。

「とにかく、無事でなによりです。ユリトエス王子」

「おおぅ、なんか久しぶりに王子様扱いされた気がする! ……ん? でもさっき凄い暴言吐かれたような気も……」

「気のせいですね。きっと疲れているんですよ、王子。ぜひ私共の屋敷で体を休めて下さい。出来れば帰国するその時までずっと」

 相手は一国の王子だ。下手に出ることは忘れない。

「それより、あいつらはどうしますか?」

 親指を黒ずくめに向ける。先ほどユクレステに殴られたのは完全に気絶をしており、その下に押し潰された方は杖を手放しもがいていた。注意深くそちらに視線を向けておく。

「んー、とりあえず縛っておこうか。や、それよりまずは余を襲った不届き者がどんな不細工面をしているのか見てやらねば!」

「いや、王子様? って、勝手に動かないで下さい!?」

 ユクレステの後ろから飛び出したユリトエスが制止の声を聞かず黒ずくめに近づこうとする。

 その時、

「っ!? 王子下がって!」

「へっ? ぐえっ――!?」

 ユクレステが彼の首を掴んで引き寄せた。なにかがユリトエス目掛けて放たれたのだ。

 間一髪、先ほどまでいた場所に矢が突き刺さっており、もう一瞬遅ければ大怪我を負っていたことだろう。

「守り手は暴風、緩やかにあれ――ストーム・ウォール!」

 ユクレステはすぐさま風の障壁を展開し狙撃に警戒する。

「まだいるのか!?」

「げーほえほっ……」

 苦しそうに喉を押さえているユリトエスを無視し、その場の変化に対応する。

 先ほど倒した黒ずくめの剣士の姿がなく、魔法使いは杖を手にこちらを睨みつけている。そしてそれ以外にも同じような格好の者が三名、剣を構えていた。そして遠くでは弓でこちらを狙っているものがいるのだろう。

 都合五対ニ。

「ひーん! こんなことになるなら遊びに行こうなんて言うんじゃなかったー!」

 いや、戦力にはなりそうにないので五対一だろうか。

 戦力差に冷や汗が垂れる。一対一ならば勝てる。二人が相手でも問題はないだろう。だが、三人以上ともなれば現状ではかなり厳しいと言わざるを得ない。守りながら五人を相手取ってどうにか出来ると、そこまで自分を過大評価することは出来ない。リューナの杖があるならばまだどうとでもなるのだが、それも今は自分の部屋に放りこんでしまっている。

 自分の迂闊さに歯がみしながらも、ユクレステは必死に杖を振る。

(まずはとにかく狙撃手を排除、その後でなんとかここを離脱する。むずかしいけど、出来なくはない。いざとなればリューナに気付いてもらうだけでなんとでもなる)

 唱えたのは探査サーチの魔法。目の前の黒ずくめと似た輩を探し出す。ここはユクレステの生まれ育った街だ。地形情報は既に頭に入っている。見つけさえすれば、撃ち落とせる。

「ねえねえ、大丈夫? 余ってもしかしなくても今ピンチ?」

 焦ってる風に声を上げるユリトエス。だが、その実彼の目は笑っていた。恐怖は少しも感じていない。

「超ピンチですよ。もしかしたら死んじゃうかもしれないくらいにね」

 少々盛った解答にユリトエスは笑い、言う。

「じゃあ、後は君次第な訳だ。お願いだから、余を助けて欲しいなー、なんて思ったり」

 どこまでもふざけた解答に、ユクレステも笑って応えた。

「助けますよ。後で褒美は貰いますけどね」

 風の障壁で守られたその場所で二つの言葉が交差する。そうして出された言葉をお互いに気に入ったのか、二人同時に頷いた。

「見つけたっ! それじゃあ王子様、死なないようにして下さいよ!」

「応ともさー! 殺されないように守って下さいね!」

 探査サーチに引っ掛かった一つの影。建物の上に座して弓でこちらを狙っている。ならばまずはそれを撃ち落とそう。

「重圧なる風雲よ、眼前にそびえる高きものを暴力の嵐によって吹き飛ばせ――ストーム・カノン!」

 風の障壁が消え、相手も一斉に動き出す。その動きに臆することなく風の砲撃を発射した。

「っ、チィ!」

 砲撃は狙撃手を屋根ごと吹き飛ばした。あの辺りは確か魔術学校だった気がする。古くなっていたし、建て替えるには良い時期だろうと無理やり納得しておいた。

 黒ずくめの舌打ちは仲間がやられたのに気付いたのだろう。それでも動きを止めずに三方向からの剣戟が舞う。

「ハッ、数が多かろうと……セレシアに比べたら児戯も同然なんだよ! ウィンド・ソード」

 三つの剣を捌きながら左手に杖を持つ。並列の思考で不可視の風剣で前方を薙ぎ払う。剣とはいっても切れ味は無いに等しい初級魔法だ。それでも軽く吹き飛ばすことくらいは出来る。

「突撃せよ気高き風、その鋭き切っ先で敵を穿て――ストーム・ランス!」

 術後の硬直を狙って黒ずくめの魔法使いが風の槍を展開する。急ぎバックステップで距離を取り、防御魔法を唱える。

「守り手は暴風――」

 だがその魔法が紡がれるより早く、


「ブレイズ・ランス」


 風の槍は炎の槍に叩き落とされた。

「えっ?」

「だれだ!」

 突然の出来事にユクレステも黒ずくめの集団も一様に驚きの声を上げていた。

 炎の槍が降ってきたのは上空から。そちらに視線を向ければ、

「なんだかよく分からないんだけど……これ、僕も手伝うべき?」

 大きなマスクと目深に被ったフード、そして全身を覆うローブでその身を完璧に隠した人物がそこにいた。赤い瞳だけがその場にいる者たちを見下ろしている。

「ま、まさか……」

 そんな人物にユクレステは心当たりがあった。しかしそれを確認するより先に黒ずくめたちは動いていた。

「何者かは知らないが、邪魔立てするならば貴様も殺す!」

 一人の剣士が跳躍して屋根に飛び乗り、その銀色に輝く刃をローブの人物に振り下ろす。

「ぬっ――!?」

 だが手応えはない。その代わりに切り裂かれたローブだけが落ちていた。

「バレちゃうけど……ま、いっか。ここにいるのは良く分からないのと、僕のご主人だけだし」

 次いで聞こえた声は、彼らの遥か上空から聞こえてきた。

「炸裂せし焔の意思、猛攻高らかに叫べ精霊の華、真なる炎を呑み込め――」

 訥々と聞こえる鈴の音のような声にその場にいる者全てが魅了される。空を羽ばたき、黒い翼で持って歌を紡ぐその少女に。

「あ、悪魔……」

 黒ずくめの言葉に気が付いたのか、悪魔の少女はニィ、と笑って返事をした。もっともそれは、破壊の音と同義であるのだが。

「ザド・エクスプ・ザラマンダー」

 彼女の手元に現れた小さな赤い球体が三つ。意思を持つかのように射出され、一つは斬りかかった者に。もう一つは魔法使いに、そして最後の一つは、ユクレステと黒ずくめ達の間に落ちた。


 ――瞬間、爆発。

 凄まじい音と共に炎が爆発し、煌々とした赤に呑み込まれる。

「のわぁああああ!? なになになになにー!?」

 突如として爆発した眼前に驚き腰を抜かすユリトエス。爆発の向こう側を見ようと目を凝らすユクレステにはいくつかの惨状が飛び込んできた。

「ぐ、が――」

「あ、ああぁああああ!?」

 剣士は一瞬の暴力に一瞬にして意識を奪われ、魔法使いはあまりの激痛にのたうち回っている。そして炎の壁が出来、その時には既にユクレステの側には一人の少女が立っていた。

「……相変わらず」

 彼女の姿を視界に収め、肺の空気を吐き出すようにポツリと呟く。

「相変わらず、豪快にやるな。おまえは……」

「そう? ……なにか、失敗だった?」

「失敗ねぇ……」

 石畳は吹き飛び土が露出していた。壁は破壊され、家は一軒が瓦解してしまっている。出来れば街は破壊してもらいたくなかった。

 まあ、そうは言いつつユクレステも魔術学校の屋根を吹き飛ばしているので大きなことは言えないのだが。

 はぁ、とため息を吐き出し、そして笑顔で彼女に向き直る。

「もうなんでもいいや。とりあえず」

 炎のような赤い髪、そして何よりも特徴的なのが、先端が矢じりのようになった尻尾と、蝙蝠のような黒い翼。

 悪魔族。その中でも高位の存在であるロード種。

「久しぶり、ディーラ」

「ん。久しぶり、ご主人」

 それが、ユクレステの仲間(予定)であるディーラ・ノヴァ・アポカリプスが属する種の名称である。

 ようやくディーラと再会させることが出来ました! 好きなキャラなだけに心待ちにしていましたよー。書いているのは私なんですけどね。

 とにかくこれでユクレステパーティーが勢ぞろいしました。物語はこれからどうなるのか! ぶっちゃけディーラ出せたので自分的にはそれだけで満足です!

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