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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
31/132

リューナ――龍無

 ルイーナ国を出港した船は順調に川を下り、海に出た。右手側に切り立った絶壁と、連なった尾根を眺めながらユクレステは故郷に思いを馳せる。

 実家に帰るのは実に二年振りだろうか。去年はマリンとのこともあり、結局帰らず仕舞いだった。そう考えると随分と帰っていないのに驚いてしまう。もっと頻繁に帰っていたように思えるのは、ユクレステの世話係にして、ありとあらゆるものの師である彼女の存在が大きいだろう。

 リューナ・ミソライ。

 ユクレステにとっては、色々と頭の上がらない人物である。

 ふと山を見上げるように首をもたげた。天辺付近には薄らと白い雪が見え、それだけ高い山だと分かるだろう。故郷から北にあるこのミホウ山は大小の山が十集まって出来ており、その中で最も低く、ダーゲシュテンの街からほど近いリュウフウ山という場所がある。低級魔術学校でもよく遠足で登ることもあり、魔物も低級のものしか出現しない極めて穏やかな場所だ。

 彼女とは、そこで出会った。



「せーいれいつーかいのまーほうつーかいー! そーれはーぼーく、ユクレステー! きょーおはたーのしいしゅーくだいびー!」

 緩やかな傾斜を一人の男の子が登っていた。それも、下手くそな歌を口ずさみながら。手には小さな杖を持ち、古ぼけたローブを羽織って毛糸の帽子とマフラー、手袋も装着していた。

 辺りは白い雪に覆われ、今が冬真っ盛りだということが伺える。

「さーどこだー! ぼくのモンスター!」

 ニコニコとちょっとした斜面など意に返さず、ユクレステ少年はリュウフウ山をズンズンと進んでいた。理由としては、こうである。


 六歳を迎えたユクレステは彼の父の勧めもあり、魔術学園に通っていた。魔術学園とは言っても、本当に小さなものだ。低級魔術学校とも呼ばれ、将来魔法使いを目指す者を養成する場でもある。ただ、この低級魔術学校は大陸にはここ、ダーゲシュテンの街にしかないものだった。それもそのはず、この学校、出来てまだ十年と経っていないのだ。

 創設者はユイン・フォム・ダーゲシュテン。ユクレステの母である。


 さて、そんな魔術学校で昨日宿題が出された。モンスターと契約する、という、傍目から見れば危険と思われるものだ。とは言え、別に魔物と死闘を繰り広げて勝利せよ、というものではないし、親御さんと少し街の外へ行ってスライムなり小動物系の魔物をふん縛って確保、後に契約魔法を施すだけで事足りるものだ。そう危険視するものではない、はずである。

 しかしなにを思ったのかユクレステは一人山を登り始め、目を輝かせて強そうな魔物を探し出したのだ。父親や使用人たちにはなにも言わず、たったの一人での魔物探し。それと言うのも全て、

「聖霊使いに相応しい魔物はどこにいるー?」

 聖霊使い。伝説の存在に憧れるが故の行動だった。

 そうこうしているうちに一匹の魔物がユクレステ少年に近付いていた。ウサギに角が生えたような魔物で、愛玩用に飼われている小型の魔物だ。それでも野生であることには変わらず、その鋭い角で突き刺されれば怪我を負うのは必然だ。

 危ない! 魔物がユクレステを目掛けて飛び出した!

「んー? 振幅――破砕ブラスト

「ピギィ!?」

「あれ? 一角うさぎさん? あっ、契約忘れてた……」

 杖を一振りして魔物の眼前の空気を破裂させ脅かす。それにビックリした魔物はすぐさま逃げて行った。

 去って行く魔物を見送りながらしょんぼりと肩を落とし、ユクレステは気合を入れ直して登山を再開した。

 この時期のユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは同年代や三~四歳上の生徒と比べても負けないくらいに上手い魔法使いだった。今のような最下級の魔物ならば問題なく追い払えるほどの技量を持ち合せており、だからこそリュウフウ山を登ろうと考えたのかもしれない。

「モ、モ、モンスターはぼくらのなかまー、いっしょにたびするマイフレンドー」

 音程の外れた歌声が山に響く中、ユクレステは変わらず歩を進めていた。


 山の中腹にまで辿り着いたユクレステ少年は、少し疲れたのか洞穴で腰を下ろして休んでいた。この洞穴というのも遠足の帰りに見つけたもので、生徒たちには秘密基地と呼ばれて親しまれていた。水筒から湯気の出ている紅茶を注ぎ、舐めるように喉を潤す。壁際にもたれかかり、ホッと一息いれる。

「っ、わぁ!?」

 と、突然背に当たる岩の感覚が無くなり、仰向けに転んでしまった。なにが起きたのかとそちらに視線を向けてみれば、そこにはポッカリと穴があいていた。子供一人が入れそうな抜け穴で、好奇心旺盛なユクレステは急ぎ荷物を纏め恐る恐る侵入する。

「ん、しょ……どこに繋がってるのかな?」

 ズリズリと四つん這いになって先を進むが、中々終わりが見えない。距離的にはかなり歩いたのだが、それでも薄暗い穴が続いている。

「ん……灯れ――照灯トーチ

 魔法の灯りで照らしてみるが、特に変わった点はない。

 それからおよそ十分は進んだか。少し不安になってきた頃にようやく穴の終わりが近づいた。見つめる視線の先からは光が零れ、外に通じているのだろうか。逸る気持ちと共にユクレステはそこを抜けた。

「ぷはぁ!」


 そこにいたのは、強大な力を誇示するかのように巨体を起した――


「うぁあるぅじぃいいぃぃぃ……」

「うわぁ!? な、なんだよユゥミィ、そんな変な声出し……てぇえええ!?」

 聞き慣れた声に意識を引き戻されたユクレステの前には、死体と見間違うほどの土気色をした顔のユゥミィが今にも死にそうな表情で立っていた。ダークエルフ特有の褐色の肌と相まって、どちらかと言うと黒ずんで見える。

「ちょっ、大丈夫か!? あ、いや喋るな! とにかく今は深呼吸して気を落ち着かせるんだ!」

 この症状はユクレステにとって見なれたものだった。港町に住んでいるということもあり、船から降りてくる人たちにこんな顔をしたのが混じっていたことがあった。

 つまりは、船酔いだ。

「すー、はー……すーはー……」

「ま、待ってろ! 今袋を……」

「…………」

「……ユゥミィ、さん?」

「……おぇ」

「ひぃ!?」

 破滅の音が喉の奥から漏れ、ついでに酸っぱいものがこみ上げる。それを我慢出来るはずもなく、ユゥミィの胃の奥から強烈な臭気を伴なって昼に食べたサンドウィッチが逆流した。

「オロロロロロ……」

「ウギャー!?」

 空の袋を差し出すももう遅い。酸味が利いたリゾット(サンドウィッチ風味)は見事に甲板へとぶちまけられたのだった。

 食事中の方、真に申し訳ありませんでした。



「うぅ、主、すまない……」

「まあ、乗り物に弱いだろうとは思ってたし、予想の範囲内、かな? 馬車の時も酷かったし」

「馬車……うぇ、また気持ち悪く……」

「あー、あー、悪かったから思い出さないで。って言うか、そこで吐かないでくれよ? 俺のローブ、一張羅なんだから」

 マリンの力を借りて甲板を速やかに洗い流したユクレステは、船内のイスに座っていた。ユゥミィは隣の席から身体を倒し、ユクレステに膝枕をしてもらっている。向かい合わせにはミュウが座っており、彼女の首からは青い宝石が下げられていた。

「ユゥミィさん、大丈夫ですか……?」

「うぅ、なんとか……。ミュウは大丈夫なのか?」

「はい、特には……」

 ユゥミィとは反対にミュウなんかは乗り物には強いのだろう。少しの疲れもなく、むしろ初めて乗る船に終始興奮しっぱなしだったほどだ。

『にしても大変だね。まだ昨日はそれほどでもなかったのに』

「そうだよなぁ。悪くなったのは……いつ頃だっけ? 確か川を下っていた時まではよかったよな?」

 最初はユゥミィもそうだった。流れる川を見て騒ぎ、魚が跳ねればユクレステを叩き起こす。それが変化したのは、川が海に合流しようとした時だった。今まで元気だったユゥミィは思い出したように吐き気を催し、頭痛を訴え、立っていることすら困難になった。

 なぜそうなったのか、なんとなくだが、ユクレステにはそれの推測が出来ていた。

「やっぱりダークエルフとかエルフ族って海には弱いのか? 元々森に住む一族だし」

『そうかもねー。まあ、他のダークエルフが海に出たって話を聞いたことないからなんとも言えないけどさ』

「そうだなぁ……あ、でも俺の知ってるミーナ族は船に弱かったな。使用人の子が船に乗ってすぐにギブアップしたことがあったから。一応ミーナ族もエルフの近似種だしさ」

『えー、でもミュウちゃんはこの通り元気だよ?』

「ミュウは……ほら、異常種イレギュラーだし。そもそもこの子、水中に神殿創るくらい水と相性いいしまた別なんじゃないか?」

『あー。それは確かに』

 チラリとミュウを見てみれば、何食わぬ顔で冷凍ミカンを剥いていた。その視線に気づいたのか、僅かに頬を赤く染めて顔を伏せる。

 もしかしたら潮風に影響されるのかもしれない。そうすると、少々困ったことになる。

 ユクレステの故郷、ダーゲシュテンは海と山の街、と言う異名の通りに港町だ。彼の実家も、小高い丘に建っているとは言え、普通に生活していた場合潮風に晒されないという事はあり得ない。もし潮風に当たったから体調を崩した、となれば、ユゥミィのためにも長期の滞在は難しいかもしれない。

 押し黙って考え込んでいると、それを察してかユゥミィが交差した視線フイと外した。

「……主、ごめんなさい……」

 消え入るような声が囁かれる。それがユゥミィの声だと気付き、ユクレステは苦笑する。

「なんだよユゥミィ、らしくない」

「そんなことは……分かってる……」

 しゅんと落ち込んだ様子の彼女の姿に、再度思う。

 全く以て、らしくない。

 彼女の考えていることは、なんとなくだが分かる。恐らく、ユクレステの久々の帰郷を邪魔したと思っているのだろう。別に彼女のせいなんかじゃないのに。

「でもせっかくの里帰りなのに……私のせいで……」

「いやいや、そう悲観的に考えるなって。そもそもまだ本当に海と相性が悪いせいって決まった訳じゃないだろう? ただの船酔いかもしれないし」

「でも……」

 なおも沈んだ声を囁くユゥミィの髪を優しく撫で、少し強めの口調で言葉を遮った。

「でも、じゃない。大体、いつものユゥミィはそんな難しいこと考えないぞ。バカみたいに後先考えずにいればいいんだ」

「主……それちょっとヒドイ……」

「酷くて結構、コケッコッコー。ま、ユゥミィが心配することないよ。俺が全部なんとかしてやる。少しはお前のご主人さまを信じろよ」

 ムッとした声が聞こえる。少しだけ調子が戻ってきた様子のユゥミィに笑みを浮かべ、心配させないように力強く言い切った。

「むぅ……それなら、信じる。だから、主。私を、見捨てないで……?」

「バーカ。見捨てる訳ないだろ、ユゥミィは俺の大切な仲間なんだからな」

「うん……」

 落ち着かせるように撫で、しばらくすると小さな寝息が聞こえてきた。どうやら緊張の糸が切れたのか眠ってしまったようだ。ユクレステは柔らかに微笑みながらローブを脱ぎ、寝ている彼女にかけてやった。

「相変わらず寝付きいいのな」

「心配、だったんだと思います。ご主人さまに、捨てられたらイヤだから……」

「むぅ。俺がそんなことする訳ないだろうに」

『それでも心配になるんだよ、私たち魔物ってさ』

「そうなのか?」

 首を傾げるユクレステに、ミュウとマリンは苦笑して言った。

『魔物は人間にとっては都合の良い戦力でしかないから。もしいらなくなって捨てられたら、きっと立ち直れなくなっちゃう。臆病者だからね、私たちは』

「はい……。わたしも、ご主人さまに捨てられたら……イヤ、です」

 過去に何度も捨てられた経験のあるミュウの瞳にジワ、と涙が浮かぶ。

『だから、ユゥミィちゃんも考えちゃったんだよ。マスターに捨てられるって。そんなこと、ある訳ないのにね?』

「……マリンも、か?」

『……あははー。ま、私の場合また違ったでしょ? ……でも、結局はみんな同じなのかもしれないね?』

 マリンの声にも少しの寂しさが含まれている。ユクレステにはなにも言えず、そっとミュウの手を取った。

「ご主人、さま……」

「放さないよ、俺はな」

 ユゥミィとミュウ、そしてマリンを見て言い切った。

 右手はミュウの手を握り、左手でユゥミィの頭を撫でながら、ユクレステは吐息する。

「さ、まだ時間は掛かりそうだし、寝ておきな。ミュウまで船酔いになったら大変だからな」

 からかうような笑みを浮かべ、ユクレステは目を閉じた。それからすぐに寝息が聞こえてくる。

『なんだ、マスターも寝るの早いじゃん』

「くすくす……。そう、ですね」

『……ま、ミュウちゃんもお休み。私も二度寝するからさ』

「……はい。おやすみなさい」

 ユクレステに握られた手の温もりを感じながら、ミュウは穏やかな気持ちで眠りにつくのだった。


『――間もなくダーゲシュテン、ダーゲシュテン。お降りのお客様は――』

「ん……。もう着く、のか?」

 船内アナウンスに起こされ、ユクレステは重たい目蓋を開く。外はまだ暗く、夜も明けきっていないのだろう。

「二日と少し、って所かな。……ミュウ、ユゥミィ、起きなよ。もうすぐ着くみたいだぞ」

 未だ眠るミュウとユゥミィに声をかけ、ローブを着直す。しょぼしょぼとした目で起き出した二人をよそに、荷物を纏めていく。

「ほれ、ついでにマリン。おまえも起きろ」

『うぅ……二度寝は起きるのが余計にダルい……』

 マリンの宝石をミュウに預け、準備を整えて二人を連れて船の出入り口へと向かった。


 ユゥミィの鎧やミュウの大剣など、ユクレステではどうしても持てないものをミュウに任せ、彼とユゥミィで残った荷物を持つ。鉄の板を踏み、ユクレステ一行はようやく港に辿り着いた。こちらの港は定期船や王都への荷物が多くを占めており、そのため現在港では明け方だと言うのに沢山の人たちが動き回っていた。

 流れて行く人たちについて町の入口まで行くとようやく一息いれることが出来た。

「あぁ……! 地面が、動いていない……素晴らしい!!」

「そこまでか?」

 涙を流して喜びを表現しているユゥミィに軽いツッコミを入れ、彼女の様子を観察する。まだ若干青い顔をしているが、それでも多少は良くなっただろう。まだ予断は許さなだろうが。

『そう言えば船の中では聞かなかったけど、マスターになんとか出来るの?』

「んー、俺って言うか、なんとか出来そうな奴を知ってるって言うか……多分、もうすぐ会えると思うんだけど……」

 キョロキョロと辺りを見渡し、目的の人物を探す。辺りが暗いので遠くが見えず、中々見つからない。

 その時、

「遅かったのう」

 雑踏が割れるようにして、一人の女性が現れた。

 カランコロンと小気味の良い音が耳に届き、ユクレステにとって慣れ親しんだ声。そしてほのかな――――重圧。

 雑踏の人たちはわざわざ道を開けたのではない。()()()()()()()()、そう本能で悟って身を引いたのだ。

 それほどまでに、この女性は強力な存在感を放ってそこにいた。

「ひぅっ!?」

「む、むむぅ……? なにやら寒気が……まだ調子が悪いのか?」

『…………』

 そのプレッシャーを感じ、小さく悲鳴を上げるミュウ。彼女ほど強く感じないまでも、普段から鈍いユゥミィでさえ違和感を覚えている。

 そしてユクレステはと言うと……。

「……………………た、ただいま」

 脂汗をダラダラ流して震えていた。

「ただいま!? ただいまと言うたか! はははっ、面白いことを言うのう! 二年も生家に帰らぬ親不孝者が、卒業して時間が出来たはずなのに一度も実家に帰らぬ不出来者が、ただいま!?」

 その女性は確かに美しかった、のだが……それ以上に恐ろしかった。顔立ちは整い過ぎているほどに整い、少しの穢れのない玉の如く。それ故に、怒りに満ちたその人物は恐ろしい。具体的には、彼女の怒気を感じて卒倒する者が出るくらいに。

「あ、あの……リューナ、さん?」

「なんじゃな? 儂の可愛い可愛い……ゆー?」

 小動物のように縮こまって相手の出方を見るユクレステ。だが彼女の朗らかな笑みを見て、全てを諦めた。ふぅ、と息を吐き、キッと顔を上げて力強く言い放った。

「可愛いユー君からのお願い! どうか手加減をお願いしま――ぶっはぁ!?」

 言い切る前に吹き飛んでいた。女性はその場から動いていない。ただ、彼女の右手はユクレステを指差していた。それだけのはずなのに、彼は大きく吹き飛ばされて壁にめり込んでいる。

 意識を失う直前、その女性の声が耳へと入ってきた。

「手加減してやったぞ? なにせお主は可愛い可愛い、儂の主殿じゃからなぁ」

 あまり手加減しているように感じないのですが、それは気のせいなのでしょうか。――リューナ。





 洞穴の抜け穴の先に光が溢れていた。幼いユクレステは必死にそこへとたどり着き、息を整えるように顔を上げて深呼吸した。すり鉢状になったその場所は冬の太陽が陽の光を落としている。思わず目を閉じた目蓋を焼くように赤く染まった。

 だが、それでもなにかの存在を感じていた。ユクレステの幼い感性にヒシヒシと降り注ぐ存在感。目蓋の裏から見える巨大な影、それは動く気配がなく、死んでいるのでは、と思ってしまった。

  一体どうしてそんな風に思ってしまったのか、疑問に思う。

 なぜこんなにも命に溢れた存在を死んでいると思ったのか、これほどまでに強大な力を惜しげもなく晒しているモノを、どうして動かないと言えたのか。

 多分、あまりにも巨大過ぎてユクレステの思考が麻痺していたのだろう。そうとしか考えられない。

『なにかや?』

 ソレがうめいた。いや、うなったのかもしれない。どちらにしろ、ユクレステには到底理解出来ないでいた。

わらべ、か?』

 またも重音が鳴った。

『斯様な場所に人……それも童が来ようとはのう……。童よ、如何したかの?』

 それがユクレステに対して言っているのだと、痺れる思考で理解する。返事をしようとするが喉が張り付いたように声を出そうとしない。ならばと目を開こうと目蓋に力を入れるがそれも叶わない。

『目が開かんか? 否、開けまいとしておるのか……どちらにせよ、中々に聡い子じゃ』

「ぁ――なたは、だれ……ですか?」

『ほぉ、声を出せるか。この儂を前に、なおも正気でこうして言葉を交わすか。聡いだけではないの、馬鹿でもある』

 貶されたような気がした。一瞬ムッとするが、声は面白そうにカラカラと笑う。

『ああなに、気を悪くしたのならすまなんだな。面白い、と、そう言いたかっただけのことじゃ』

 あまり褒められた気はしないが、深く考えないようにする。そんなことより、ユクレステには聞きたいことがあった。

「ねえ、君は魔物なの!?」

 問うてはみたが、そんなもの聞かなくても答えは分かっていた。これだけの存在感を持つ人間などいるはずがないのだ。逸る気持ちを抑えつけ、声の主の返事を待つ。

『ふむ? まあ、魔物と言えば魔物じゃな。それもそんじょそこらの凡百な魔物ではないぞ?』

「魔物……」

 やっぱりだ!

 そうと分かれば、後はもう抑える気持ちなんてありはしない。声はなにかを言っているが、焦ったユクレステの声が響いた。

『くく、どうしたかの? 儂が魔物と知って恐くなったか――』

「――じゃあさ! ぼくの仲間になってよ!」

『……は?』

 そのあまりと言えばあまりの言葉に声の主は呆気に取られる。聞き返す様に声を出し、再度確認して思考する。

『ああ、なるほど。馬鹿ではなく大馬鹿の方だったか』

 結論としてはそうなった。まあ、普通に考えればそうだろう。己よりも強大な存在を前に、恐怖する訳でもなく仲間になれときたのだ。これを愚かと言わずなんというか。

 だが――。

『……童、名は何と言う?』

「ユクレ……ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン!」

『では、ゆー。お主は何故儂を求める? 恐くないのかえ?』

 若干の期待を乗せた問いかけ。相手は年端もいかないただの少年だ。他より魔法の上手い、ただそれだけの子供。その子供が一体どういう答えを返すのか、声の主はわくわくと胸を躍らせていた。

 その主に対し、ユクレステは言った。普段から言って憚らない、彼の目指すべき道を。

「聖霊使いになるためだよ!」

『聖霊……使い?』

「うん!」

 聞いたことはあった。まだ若い部類に入る声の主でもその伝説の存在を。

『では、お主は聖霊使いを目指しているのかえ? なぜ?』

 疑問する存在。人と比べれば遥かに強大なソレは、知らずの内にユクレステに興味を持っていた。人と会話をする、という行為自体が中々ないため、興が乗ったのもあるのかもしれない。

 少年はようやく開くようになった瞳を開き、目の前の存在を見上げながら高らかに言い放った。

「秘匿大陸に行くんだ! 聖霊使いにしか行けない場所だから、ぼくは聖霊使いになって秘匿大陸に行く! だから、仲間になってよ!」

 開いた瞳は真っ直ぐだった。まっさらな無垢な心に宿る真っ直ぐな強い意志。

 主はその姿を捉え、笑う。

『くく、くははは! なるほど、なるほど! 聖霊使い、そして秘匿大陸か! そこを目指すと言うのか、童! いや、ゆー! この儂ですら近づく事が叶わない、あの土地を目指すか!? その幼い身で、その小さき力で!』

 笑い声に呼応して風が荒れ狂う。空には一瞬にして雲が現れ、雪が吹雪く。それでもユクレステの頬は興奮に紅潮しており、熱くなった頭には丁度いい熱冷ましだ。

『面白い、面白い! ならば――結んでやろう! その、契約とやらを!』

「本当!?」

『ああ、ああ。本当だとも。儂も魔物の中では気高き存在。この口から出た言葉はたがえんと約束しよう!』

 身を起こした巨体は自らの頭をユクレステの眼前に落とす。頭を垂れたような状況に、驚いたようにパチクリと目を瞬かせる。

『ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン! 今日この時よりお主は儂の主殿じゃ! この魂に、そう刻み込もう! お主も刻むと良い、この儂を! 儂の姿を!』

 ヘビのように長く、黒曜石と見紛うばかりの漆黒の鱗に覆われた体を持ち、ユクレステなど一飲みに出来るであろう巨体。クリスタルのような二本の角が頭から伸び、神々しいまでの存在感を放っている。そんな存在が、ユクレステに頭を垂れている。

『舞えば雨風を降らせ、一度示せば地脈すら操る龍種! 若輩とは言え、龍の原種たる儂の姿! どうじゃ? 刻んだか? ならば名乗ろう、我が主殿! 儂は――』

 首をもたげ、空を示す様に吠える。それだけで雲は去り、太陽の光が落ちてくる。


『世界全ての空を旅する、流浪の龍! 龍無(リューナ)御徂徠(ミソライ)!』


 視線をユクレステに向ける。逸らすでも怯えるでもなく、楽しげに見つめ返すその姿に、リューナは柄にも無く笑っていた。ただの人間に、笑みを向けていた。

『よろしく頼むぞ、我が主殿よ!』

 本当なら昨日更新出来たのですが、間違ってブラウザを閉じてしまったせいで書き直しに……。小まめに保存しておかないと大変な目に合います。皆さんも気をつけましょう! ハァ……新年から不幸でした……。


 あけましておめでとうございます。新年も本作品をよろしくお願い致します。

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