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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
28/132

番外編 狼少年のおしごと 後編

 遺跡の内部に侵入したのだが、そこは遺跡と呼ぶには少々異質なものだった。どちらかと言えば迷いの森の延長、と言ったような場所だ。

 重なり合った木々が壁のような役割を果たし、脇道に逸れることが出来なくなっている。頭上には木の枝が絡み合い、アーチ状になっている。それがずっと先にまで伸びており、終わりは見えそうにない。ぼんやりと木の壁が光っており、森と言うよりはどこかの洞窟に迷い込んでしまったようだ。

「レンベルグの遺跡に似てるわね。この木に掛けられた照灯トーチとか、樹木で編み込んだ回廊とか。ウォルフはなにか感じない?」

 木の壁を撫でながら疑問する。それにウォルフは答えず、チラリとヒュウを見る。

「……遺跡の違いはよく分からないが、どうのもこの回廊の空気の臭いがレンベルグの遺跡と似ているらしい。同時期に作られたとかじゃないのか?」

 ヒュウの言葉を伝える。鼻の良い狼族だからこそ分かるのだろう。納得しかけるアミルだが、ユウトは首を振った。

「多分違うんじゃないかな?」

「違うとは、どういうことだ?」

「うん、詳しくは知らないんだけど、レンベルグの遺跡ってどのくらい前のものなの? 五百年前? 千年? もしかしたら二千年? あの遺跡のことは僕もいくつか知ってるんだけど、少なくともかなり昔の遺跡だったはずだよ」

 実際に入ったことはユウトにはもちろんない。しかし、その筋の情報はノリエの店でも買えた。リーンセラの考古学者が調べた結果、千年以上前の遺跡だと聞いている。しかし、

「この遺跡はかなり新しいんだ。百年以上二百年未満。レンベルグの遺跡を真似たっていうならともかく、同時期に作られたものじゃないのは確かだよ」

「なら、真似して作られたのかしら?」

「真似、か……。むしろこれは……」

 手帳を取り出して色々と書き込んで行くユウト。その表情は真剣そのもので、時折地面の土を撫でながらなにかを見ている。

「どれもがこの形に類似している……まるで完成形がを模倣したかのように……なら、その意味ってのは……」

 ブツブツと呟き考えに没頭する。冒険者たちは互いに目配せをした。

「どうする? なにか考え込んでるようだが」

「どうしようもないでしょ? 悪いけどあたしはあんまり頭良くないわよ。学者様の力になんかなれる訳ないわ」

「それはオレも同様だ。生憎こちとら学校とやらにも縁がなかった身だしな」

「……あ、すみません、お待たせして。先進みましょうか」

「いいのか?」

「ええ、こんなとこで考えてたって分かる訳ないですし。それならとっとと先を進んで新しい発見を見つけるべきです」

 にこやかに言ってのけるユウトに同意するように頷く。まだここは遺跡の入口に過ぎないのだ。考えるのは奥まで行ってからでいい。

 隊列を維持したままウォルフたちは先を進む。



「一体いつまで続くのよ、この道は……」

 辟易とした顔でアミルがそう零した。それもそうだろう。遺跡の探索を始め、かれこれ三時間が経過しようとしているのだ。時折休憩を挟みながらではあったが、それでもかなりの距離を歩いただろう。それでも景色は依然として変わらず、木々に覆われた回廊が続くのみであった。

「道は一本道のはずなんですけどね。ちなみにこの道、最低でも五周目に入ったみたいですよ」

 木に着いた四本の傷を眺め、小さなナイフでさらに一本線を入れる。

 そう、彼らの通る道は今までに何度も通った道なのだ。最初は少し変だな、くらいにしか思わなかったのだが、一時間歩き続けて変だと気付き、目印をつけ始めて既に五回目の通路となっている。

 これが迷いの森であればそれはまだあり得る話だ。魔法使いや風狼がいるとしても、ままある話である。しかしこの遺跡は一本道しかない。回り道も、脇道もないただの一直線。それなのに同じ場所に戻ってしまっている。

「なにか魔術的な物とかじゃないのか?」

「さあ、どうかしらね? 少なくとも、あたしの感覚には特になにかあるようには思えないんだけど。……あなた達はどう?」

「くぅ……」

「どうやら、臭いに可笑しな所はないそうだ。隠し扉の類はないと見て良いだろう」

 ヒュウの言葉を代弁し、ウォルフは木の壁を見る。いっそ切り崩していこうかと提案したが、それは危険過ぎるとユウトから却下されている。いかに見た目が森であろうと、ここはあくまで遺跡である。壁を破壊して遺跡自体が壊されては堪ったものではない。

「この遺跡のことを教えてくれた人はなにか言ってなかったの?」

「……城の人も遺跡のことはあまり。ただ、噂で遺跡の調査が中断されたらしいとは言っていましたけど」

「探索が上手くいってなかったのかしらね? 現にあたし達もここで立ち止まってしまってる訳だし」

 まるでメビウスの輪を思い浮かべる状態の遺跡に、アミルも苛立ちを隠せないでいた。

「そういえば、あのカギはどうだ? この遺跡になんらかの関係があるならば、なにかに使えたりしないのか?」

 ふと思い出したようにウォルフが言った。

「そう言えば、そうですね。確かに遺跡を開くのに使ったカギがそれだけで終わるとは思えないか……ちょっと待ってて下さい」

 一旦荷物を下ろし、ユウトは先ほどのカギを取り出した。くすんだ灰色の宝石、それを手に持ち、僅かに掲げる。

「これでなにか変わるといいんですけど……でも城の調査隊もこのカギを持っていただろうしなぁ」

「なにもしない訳にはいかないだろう? とりあえずもう一周してダメだったら戻ればいい」

「そうですね。やれやれ、同じ景色ばっかりっていうのは精神的に堪えるんですけどねぇ」

 はぁ、と吐息して足を一歩踏み出す。重たい足取りで持ち上げられた右足は、

「――えっ?」

 地面に触れる瞬間、くうに投げ出されていた。

「ちょ、うわぁああああ!?」

「ユウト!?」

「ロウ!」

 まるで最初からそこになにもなかったように、地面には大きな穴が空いていた。落ちて行くユウトの声を聞き、ウォルフは側にいたロウに命令を下す。風のように駆けたロウは落ちるユウトの襟を咥え、ブレーキをかけた。ぐえ、とカエルを潰したような声が聞こえた。

「おい、生きてるか?」

「げっほげっほ! あ、あー。死ぬかと思った……ロウ、だっけ? ありがと」

「わんっ!」

 ウォルフに引き上げられたユウトは、首の辺りを擦りながらなんとか立ち上がる。若干ふらつくが、問題は無い。

「……本当になにか出てきたわね」

 出てきたというか穴が空いたというか。先ほどまでの進展のなさが僅か十秒で変化してしまった。これがカギの力なのだろうか。それにしては城の調査隊はそんなことを言っていなかった。

「うーん、試してなかったのかな? いやいや、あの伯父上に限ってそんな中途半端な仕事はしないと思うんだけどなぁ」

「おい」

「うん? あ、どうかしました?」

 ジト目でこちらを睨んでいるウォルフに慌てて言葉を返す。親指を穴の方へと向け、そこに掛けられたものを示す。

梯子はしご? あ、そんなものも掛かってたんですね」

 気付かずに踏み抜いてしまった身としては少しばかり恥ずかしい。既にアミルが先行しており、穴の下からは魔力の灯り(トーチ)が見える。

「特に問題はないようだ。先に進むぞ」

「了解です。気になるところはいくつもありますけど、今はとにかく先を目指さないとですからね」

 グルグルと回る疑問をとりあえず横に置いておく。ウォルフについて行くように梯子を下り、灯りに照らされた道を見る。

 先ほどまでは樹木で出来た壁だったが、この場所は石の壁が連なっている。木の根っこが纏わりついているが、石であるのには変わりは無い。恐らく地下の部分は一般的な遺跡と似た構造なのだろう。

「ようやく遺跡っぽくなってきたな。ヒュウ、この先はどうだ?」

「わんわん!!」

「……どうやら風の匂いがするらしい。この先に外へと抜ける道があると見るべきだろうな」

 クンクンと匂いを嗅ぐヒュウの言葉を皆に伝える。

 外へと出るというと、この先は迷いの森の最も深い部分に当たるのだろう。今まで迷いの森の最奥は湖のあったあの場所であり、その先はないとされてきた。もし調査隊がこの遺跡を突破出来ていないのならば、ウォルフたちは彼らより先んじて最深部へ到達したと言えるだろう。

「そう考えると燃えますよね! いっち番乗りだー!」

「子供か貴様は! ……ん?」

 はしゃぐユウトを叱りつけ、ウォルフは足に当たったなにかを拾い上げた。

「なんだ、これは? 石……いや、鉄か?」

 滑らかな肌触りのそれは、金属のようなものだった。先端が尖ったような形をしており、火薬の混ざったような臭いがする。

「それは……」

「なになに? お宝?」

「いや、ただのガラクタだな。ただの金属片だ。大したものじゃなさそうだ」

 詰め寄ってくるアミルに拾ったものを渡し、膝をついて付近を調べた。似たようなものがいくつも散らばっており、それだけで希少性は薄いのだろう。

 特に目ぼしい物は見当たらなかったので先に進むことにした。



 先ほどの場所から十分ほど進んだ所で、またもなにかを見つけたのかヒュウが唸る。警戒しながらそちらを睨みつけ、ユウトを下がらせた。

 見つけたのは、今度こそ鉄の塊だった。

「……なんだ、これは?」

 疑問。それが顔に出てしまうほど、それは異様なものだった。

 形状は……そう、卵だ。二メートルはあろうかという卵。それに獣のような四本の足がついた見た目をしていた。

「……なんか、ちょっと可愛いわね」

「……そうか」

 ずんぐりむっくりしたその姿がアミルの琴線に触れる物があるのか、ほんの少し頬を染めて見入っている。置物にしては巨大過ぎるので、欲しいとは思えないが。

「ふぅん……」

 ユウトは一人その鉄の塊に近寄った。

「おい、なにがあるか分からないんだ。勝手に近寄るな」

「大丈夫ですよ、これでもこういうのには慣れてますから」

 一応制止しておくが、気にせずペタペタと触っている。背中に視線をやって、一度動きを止めた。

「これは……ふむ、四本足かと思えばちゃんと腕も二本あるようですね」

「腕? どこにだ?」

「ほら、この背中のこの出っ張り。多分、ここに腕が収納されてるんですよ。珍しいな、こんなのがちゃんとした形で残ってるなんて……」

 感心したように漏らした吐息は熱を帯びたように聞こえる。なおも熱心に調べるその背中に、素朴な疑問を投げつけた。

「一体なんなんだ? これは」

 見た目的にはただの置物。それにしては嫌に存在感を放っているが。

「……聖具オリジナル・アイテムって、知ってますか?」

 背を向けたままユウトが問うた。

 知らない単語に首を傾げるウォルフとアミル。

「この世界では考えられない技術で作られたまったく未知なモノ。極稀に遺跡内部で見つかることもあるようで、そう言ったこの世界にないはずのモノを聖具オリジナル・アイテムと名付けているんです。例えば……そう、魔法の力を一切借りずに空を飛ぶ乗り物とか」

「……そんなものがあるのか?」

「まあ、僕もそこまで巨大な聖具オリジナル・アイテムはまだ見たことはありませんけどね」

 小さなモノならばこれまでにもいくつか出土していたりする。しかしそれらも大体が研究機関や城の宝物庫に入れられるため、一般人の眼に入ることは少ないのだろう。それは冒険者である二人においても同様なようで、珍しそうに鉄の塊を眺めている。

「見た感じ、これは機械人形のようですね」

 満足したのか一度離れ、全形を見る。

「機械人形? からくり人形のことか?」

「近いですね。それのずっとデカくて複雑なもの、と思って下さい」

「じゃあ、それ動くの?」

「動いたんでしょうね。ただ、ここに置かれて長い時間が経っているとは思いますから、もう壊れて動かないのかもしれません」

 ユウトは残念に思いながら、もう一度その機械人形を撫でた。鉄の質感と、冷たさが指に触れる。動いているところを見たかったのだが、流石にそれは我がままだろうか。

「……先に行きましょう。勿体ないですけど、これを担いで持って帰るのは少々骨が折れそうですから」

「それは助かる。流石のオレたちもそんなものを背負うのは勘弁だからな」

 ウォルフに続くようにアミルも首肯する。流石の冒険者とは言え、何百キロもする物体を持って帰るのは御免らしい。

 機械人形から目を放し、先に進もうとする一行。そこで、ふとユウトが口を開いた。

「あ、そうだ。せっかくだからあれの脚一本でも持って帰ろうかな」

「えっ?」

「ちょっと待ってて下さいねー」

「あ、ちょっ!」

 アミルの制止を聞かず、ユウトは小走りで機械人形に近づく。と、その時だった。

「あっ」

 足元の僅かな段差に躓いてしまったのだ。ビタンと倒れるユウト。放り出されたカバンとネックレスが弧を描いて飛んで行き、ボスンと機械人形にぶつかった。

「あいてて……あれ? どこ行った?」

「なにをやってるんだ貴様は……」

 呆れながらカバンを拾い、機械人形に背を向けてユウトにパスする。照れたように笑いながらそれを受け取り、足元に転がっていたネックレスを首に下げた。

「あはは、失敗失敗。さて、あの人形の足を……」

 そこまで言葉を言い、ピタリと動きが止まった。

「今度はなんだ?」

「え、えーっと……あの、アミルさん?」

「う、うん。多分、そうなんじゃないかしら?」

 目と目でなにか合図を出し合っている二人を訝しげに見ながら首を傾げる。二人の視線がちょうどウォルフの背後に注がれていることに気付き、なんの気なしに振りむいた。

「…………」

「――――」

 目が合った。

「……ふぅ、少し疲れているようだ」

 目蓋を押し、もう一度開いてそちらを見る。そこには先ほどと全く変わらず、機械人形が立ち上がっている姿が目視された。

 目のように穴の空いた部分がウォルフを見つめ、折りたたまれた四本の足が伸び、全長三メートルほどにまで成長していた。いや、ただ立ち上がっただけなのだろうが。

「……おい、これはなんだ? なぜこいつは動いてるんだ?」

「さ、さあ? 多分恐らくきっと、カバンが当たった衝撃で起動したとかそんな理由じゃないと、僕思うんだけどなー」

 いっそ清々しいまでの棒読みに自然と目つきが鋭くなる。そうこうしている間にも、背後では嫌な音が続いていた。

『――ドウ――――セー――ギショユウシャケ――――ウニン――ゲツノミ――』

 片言の起動音が次々に吐き出される。内容は少しも分からないが、漠然とした嫌な予感が背を駆けた。

「チッ、余計なことを!」

「うわーん! ごめんなさーい!」

 バッと振りかえり、バックステップで距離を取る。隣に立つユウトを叱り付け、機械人形の動きに注視する。なにをしてくるのかは分からないが、ウォルフの勘が警告音を鳴らしている。

『カンリョ――シンニュウ――――ハイジョ――ニミコ――ウセン』

「と、止まった?」

 音が止まり、同時に機械人形が沈黙する。

「ん?」

 と、本体にあった腕の格納場所場所から機械の腕が伸びる。計十本の指がうねうねと動き、やがてピタリとウォルフたちに向く。

「ん? あれは……」

「マズイ! 伏せて下さい!」

 指の先には穴が空いており、それがなにかを思案するより早くユウトの叫び声が上がった。

 瞬間的に危険と判断したのか、ヒュウたちは前に出て風の壁を展開する。それと同時に炸裂音が響いた。

「キャー!? なになに!!」

「クッ! ヒュウ!?」

 五秒ほどその音が続いただろうか。見れば指からは煙が上がり、彼らの周りには何かが撃ちこまれた跡が残っていた。幸い風の壁が向きを逸らしてくれたために無傷だが、壁や床を削るその威力に、当たればただでは済まなかっただろう。

「ウソっ!? マシンガン搭載の機械人形!? そんな極悪機械がなんでこんなとこに……って、侵入者対策って言ってたんだっけ」

 一番驚いているのはユウトだった。顔を青ざめ、意味の分からないことを口にしている。

「なんだあの攻撃は! あれも聖具オリジナル・アイテムとやらの力か!」

「ウォルフさん! 今はとにかく逃げましょう! こんな狭い所であの機械人形とやり合おうなんて無茶が過ぎます!」

「チッ、分かった! アミル! ユウトと先行しろ!」

「りょ、了解!」

「ヒュウ達はあの攻撃に備えて壁を作り続けろ!」

 矢継ぎ早に指示を出し、即座に反転して駆けだす。それを追うように機械人形は四本の足を動かして追跡する。

「あーもう! なんでこんな事にぃいい!?」

「大体貴様のせいだろうが!」

「冒険者に戻って早速こんな変な事態に……あーん! あたしってなんでこう不幸なのぉおおー!」

 追われながらもウォルフたちは出口らしき場所を超え、迷いの森の最深部へと到達していた。しかしそんな偉業を喜ぶ暇もなく、ただ森の道を真っ直ぐ駆けるしかない。後ろには機械の人形がこちらに狙いを定めており、銃撃は止んだようだがその速度は人が走る速さとそう変わらない。

 石畳を走りながら、彼らは叫んだ。


「ちょちょちょぉおおおお!? 助けて! 助けて! ヘルプミー!?」

「黙っていろ! こっちだって必死なんだ! 大体貴様が余計な真似をしなければ……!!」

「お願いだから喧嘩は後にしてぇええ! あたしまだ死にたくないんだよぉおお!?」


 逃げてばかりいる彼らだが、今は先ほどまでとは違う点がある。狭い遺跡内部だった先ほどと比べ、今では広さに余裕がある。ある程度ならば避けるのも可能だろう。これ以上逃げても止まりそうもないし、その分体力を減らすのも愚策だろう。ならば、ここは討って出るべきだ。

「ヒュウ、フウ、ロウ!」

『わん!』

 振り返りながら腰に下げた鞘から刀を抜刀する。同時に三匹の風狼が首を振って風の刃を薙ぐ。

『――ショウホゴ――セーフティー――――ユウセン――』

「なにを言っているのか分からんが、貴様を壊させてもらう!」

 三つの風の刃が機械人形と衝突する。だがそれは僅かに動きを止めるに終わり、目立った外傷は見受けられない。そこに追撃するようにウォルフの刀が振るわれる。

「クッ!」

 卵頭の一部に触れ、甲高い音が響く。だが少しの傷もないその姿に舌打ちを漏らし、即座に離脱した。

「結局は鉄の塊ですから普通の打撃じゃあんまり効果無いみたいですね」

「落ち着いて分析してる場合じゃないでしょ! こうなったらあたしだって!」

 遠くから観察しているユウトを押し退け、アミルが杖を取り出して呪文を形作る。

「炎熱せし朱の弾丸――バレット・ブレイズ!」

 火の中級魔法を展開し、彼女の周りに四つの赤い弾丸が作られる。そのまま狙いを定め、心の中の引き金を引いた。

 炎の弾丸は寸分違わず機械人形に衝突する。しかし、

「ダメージは……ないっぽいですね。火にいくらか耐性があるんでしょう。もっとこう、本体に衝撃を与えられる魔法とかないんですか?」

「魔術学園中退を舐めるな! そんなもん出来たら苦労しないわよ!」

 なぜか胸を張るアミル。ウォルフはその声を拾って舌打ちをする。

 チッ、使えん。

 もちろん言葉には出さないが。

 だが幸いにして動きはそこまで早い訳ではない。どうした訳か先ほどの銃撃をしてこないため、時間は掛かるが殴って黙らせよう。そう決め、ウォルフは刀を握り締める。

「ん?」

 すると機械人形が腕を体の内部へと収納してしまった。。まだ警戒態勢を解いてはいないのに、唯一の攻撃手段を引っ込ませた。

「なにを狙っているのかしらんが……ヒュウ!」

「ウォオオオ!」

 ウォルフの言葉に応えるように、ヒュウは素早い動きで肉薄する。風を纏った体当たりを機械人形に見舞おうと地面を蹴った。

『――スタイル――キンセ――モードニ――コウ。タイショウ――イジョ――イカイ』

「ッ!?」

 だがヒュウはそれを無理やり止めた。横っ跳びで逃れるようにその場を退避、瞬間、先ほどまでヒュウのいた場所に剣のようなものが突き刺さっていた。

「今度はなに!?」

 アミルの悲鳴のような声が聞こえるが、ウォルフはあえてそれを無視した。今目の前にあるのは先ほどの機械人形が新しく腕を出したその姿。そしてその両手には分厚い鉄の棒が装備されている。所々に丸い穴が空き、シュウシュウと音を上げている。

 機械人形がそれを大きく振り上げ、斬りかかってきた。

「チィッ!」

 交差する互いの武器、だがぶつかり合った瞬間、ウォルフの持つ刀が赤熱した。慌てて距離を取り、それを助けるように風狼たちの咆哮が木霊する。


「ふん、熱で焼き切るつもりか」

 ぶつかり合った瞬間に感じた熱風。空気を焼くような音。あの鉄の棒は高温に熱されたはんだごてのようなものなのだろう。

 だがそうなると切り結ぶのは危険だ。幸い動きは鈍いので避ける分には問題ないのだが、いつまでも責めることが出来ないのでは意味はない。

「ウォルフさん!」

 そう考えているとユウトが声を上げて手招きをしている。

「なにか考えでもあるのか? ……ヒュウ、あまり無理をしない程度で構わん。足止めを頼んだ」

「ワン!」

 三匹にその場を任せ、一旦後方へと下がる。側に寄るのを確認して、ユウトはアミルに視線を向けた。

「ウォルフ、ちょっとその剣貸して!」

「はっ? 一体なにを……」

「いいから!」

 アミルがウォルフの刀を奪い取り、刀身に薬品をぶちまける。なにをする、と非難の眼を向けるが、彼女の眼には刀しか映っていない。

「……魔の力宿りし水よ、彼の力示せ。破壊の火を宿せ――オーバーレイ・ブレイズ」

 呪文を完成させるのと同時に刀は赤く燃えあがり、炎の剣に変化した。その変化に驚きの表情を浮かべる。

「はい、これで火には強い武器になったはずよ」

「今のは……魔法薬か?」

「ええ、それもとっておきの装甲魔法の効果を付与したやつよ。さっきあの店で買わされたのがまさか役に立つなんてね」

 財布には大打撃だったけど、と苦笑交じりの笑み。魔法薬と言えばかなりお高い印象の代物だ。それをこうも簡単に他人に使うことが出来るとは。

「ま、これから一緒に稼いでくれればチャラにしてあげるわよ」

「……ふん、ちゃっかりしている」

 刀を受け取り、一度振るう。赤い軌跡が空を切り、燃える刀身が彼の気を表すかのように猛っている。

「まあいい。とにかくあれを倒してとっとと依頼を終わらせる。それでいいな?」

「まあここまで追いかけられちゃあこっちとしても頭に来ましたからね。思いっきり、やっちゃって下さい」

 ニッ、と白い歯を見せて笑うユウト。ウォルフは彼らの笑みを眺めながら自らの敵へと振り返った。三匹の狼たちが必死に機械人形を押し留めている。

 そんな状態を見てウォルフは笑い、駆けた。


 魔物使いとしての戦い方は、様々だ。ユクレステのように後方でサポートをしながら指示を出す戦い方もあれば、

「ヒュウ、フウ、行くぞ。ロウは下がったらサポートだ」

『ワン!』

 今のウォルフのように、共に前線に立ち彼らと一体となって戦う戦い方もある。どちらにも長所短所があり、主の性格に合った戦い方を彼らは選んでいた。

 特にウォルフは戦うことを楽しめる性格であるため、進んで前に出る癖があった。それを観察し、護るようにサポートするのがヒュウたち風狼の仕事でもある。

 どちらが魔物だよ、と突っ込んではいけない。大分前から思っていることなのだから。

「ハァアア!」

 高温の鉄棒に己の刀を叩きつけ、その衝撃で風が舞う。熱風が頬を掠め、地を蹴り跳躍する。機械人形がウォルフにターゲットを絞るのを見てヒュウとフウは挟みこむように体当たりを仕掛けた。

「剣気一刀――刺撃」

 機械人形がバランスを崩し、その頭上から剣気を乗せた刀の突きが落ちて来る。耳障りな音が聞こえ、僅かに傷ついたボディにさらに炎の魔力が注がれる。

「ロウ!」

「アォオオオン!!」

 人形の背を踏み台にさらに飛び上がり、そのタイミングでロウが風の咆撃を行った。衝撃が機械人形を吹き飛ばそうとする。対してそうはさせじと四本の足が踏ん張る。

『グルルル!!』

 そこへ風のような一撃……いや、ニ撃が叩きこまれた。

『――ギ――キケン、キケン――フティーカイ――』

 これ以上は危険と判断したのか、機械人形は鉄棒を引っ込め、先ほどの腕を伸ばしてきた。ちょうど着地した瞬間を狙い、指の先から鉛玉が吐き出される。

「フウ!」

「グルル!」

 だが一早く彼の元に駆けよっていたフウが風の壁を展開。弾はあらぬ方向に飛ばされる。その間にさらにウォルフはヒュウに指示を出す。

「ヒュウ、頼むぞ!」

「ワン!!」

 声に応えるようにヒュウが一鳴き。するとウォルフの持つ刀の周りに旋風つむじかぜが巻き起こった。

「……行くぞ!」

 気合一つ、ウォルフは横合いからフウの展開した風の壁を乗り越える。

『――――』

 即座に反応し、機械人形の銃口は一直線にこちらに向かってくるウォルフへと向く。断続的に放たれる銃弾を、風の刃の一閃で切り開いた。

「まずはその足をもらう。依頼主クライアントの頼みでな」

 体を低くし刀を握る。真横に向いた刀に剣気を込め、鋭い斬激を見舞った。

 鉄と鉄が交差し、音が響く。だがそれも一瞬、ただでさえ鋭いウォルフの一撃に加え、刀の周囲に渦巻くカマイタチ、熱を帯びた刀身によって機械人形の足は切断される。返す刀でさらに一本を破壊する。

『――――――!?』

 バランスを崩した機械人形は発砲を止め、その手を伸ばしてバランスを保とうとする。だがその瞬間、今まで目の前にいたウォルフは既に背後を取っていた。

「ハッ!!」

 そのまま先ほどと同じ要領で残った二本の足を切り取り、後は卵のような本体が残るだけ。

「これで、仕舞いだ!」

 体を捻る。力を溜める。同時に、剣気によって刀が淡く輝いた。

 炎、風、そして己の剣気。その全てを力に込め、ウォルフはあらん限りの力で解き放つ。


「剣気一刀――断撃!」


 弓のように引き絞られたその体から、全てを貫けとばかりに光が煌めく。振り下ろした刀は滑るように機械人形の体を通過し、一瞬遅れて縦に分断された。

 中には無数の小さな機械が詰め込まれており、どういったものかを読み解くことは出来ない。ジジ、と異音を発したと思うと、次の瞬間大きな音を上げて爆発した。

「……ふう、終わりか」

「わんわん!」

「ん? いや、フウじゃなくてだな……」

 じゃれてくる狼を撫で、微笑を浮かべて待っているであろうユウトたちを見る。

「…………あ?」

 低い声が漏れた。

 本来いるべき場所に、ユウトはおらず、オロオロと困った様子のアミルがいるだけだった。

「あー、ウォルフ? その、ユウトなんだけど……」

「いい、分かっている」

 さらに低い声にアミルが一瞬怯える。見た所ロウもいないので護衛として着いて行ったのだろう。それでも置いてけぼりにされたのは事実なようで……。

「……追いかけるぞ。依頼主になにかあれば事だ。ロウがいる以上心配はないだろうが、それでも万が一がある」

「う、うん。分かった。……えっと、一応あたしは止めたのよ?」

「……分かっている。あれの性格は短いながらもある程度理解してるからな。どうせ、オレなら大丈夫そうだから先に行ってよう、とか言ったんだろ?」

「あはは、一言一句間違わずに正解」

 呆れた表情の二人と二匹。追いつくのは、然程時間は掛からなかった。



 ユウト・ルナリスはそこにいた。迷いの森に敷かれた石畳の道を進み切った場所にある、迷いの森の最深部。彼はそこで立ち尽くしていた。どこか寂しさを覗かせる表情が、普段のにこやかな彼の笑みとは致命的なまでに違っていた。

 そのせいだろうか。追いついたらイの一番に拳骨を叩きこんでやろうと思っていたウォルフは、自分とは思えない優しげな声を出してしまっていた。

「おい、ユウト。勝手に先に行くな。なにかあったらどうする」

 ぶっきら棒な言葉ではあるが、どこか気遣ったような言葉。ユウトはそれに気付き、頭を掻いて苦笑した。

「あははー。ごめんなさい、ちょっと先が気になっちゃって。でも見て下さいよ! 凄いですよ!」

 取り繕った笑みを浮かべ、ユウトは目の前にあるものを指差した。


 森の奥に位置するその場所には、小高いステージが作り上げられていた。石で出来たステージに、そこに上るための白い階段。ステージの奥にはアーチが作られており、なにかが書かれている。

 それがなんなのか、ウォルフとアミルは読めなかった。少なくとも彼らが常日頃から使っている言語とはまったく違っていた。

「可笑しな文字だな。見たこともない」

「そう? あたしはどこかーで見たような気が……どこだったかしら」

 んー、と頭を捻っているアミル。

 ユウトは階段に少し上り、アーチに書かれた文字を睨みつける。

『私は行く。聖なる地、我らが夢見る楽園へ。共に行こう、この世と異なりし、秘匿されし大地へ』

「ユウト?」

 ポツリポツリと呟かれた言葉。それはウォルフにはさっぱり分からない言語で、意味を理解することも出来ない。ユウトは言葉を口にし、静かに瞳を閉じていた。

「…………さて、帰りましょうか」

 やがて目を開いたユウトはにこやかに笑ってそう言って見せた。先ほどまでの危うい感じは鳴りを潜め、見知った笑みが目の前にある。

「もういいのか? せっかくここまで来たんだから調べたらどうだ?」

「いえ……大体調べましたし、これ以上いると時間までに帰れそうにありませんから。それにこれ以上お二人をつき合わせるのも申し訳ないですし」

「そう言うなら勝手な行動は止めて欲しいものだがな」

「うぅ、ごめんなさい……」

 しょんぼりと顔を伏せ、平謝り。だがこれ以上なにも言おうとしないユウトに、仕方なくウォルフは頷いた。

「なら帰るとしよう。さっきのようなことがないとは言えないからな。帰る時もちゃんと警戒していくぞ」

「おお、あれですね! 遠足は家に帰るまでが遠足っていうあれ! 流石はウォルフ先輩! マジパネーっす!」

「喧しい!」

 ギャンギャン騒ぎ立てるユウトを殴りつけることが出来た。なんとなく、これが今までの報酬に含まれるなら中々楽しい依頼だったと思うウォルフがいた。



 ユウトの依頼通りに朝になる前にゼリアリスに帰ってきたウォルフたち一行は、挨拶もそこそこにユウトと別れた。報酬の百九十万エルを受け取り、あっさりし過ぎな感はあるが帰って行った。どこか慌てたような感じだったのは、もう少しで指定の時間になるところだったからだろうか。

 とにかく一仕事を終えたウォルフは、少し早い朝食を食べながらこれからのことを考えていた。差し当たっての問題は、目の前で美味しそうにハチミツトーストを頬張るこの女性。

「本当にオレと来るつもりか? 言っておくが、楽な仕事は受ける気はないんだぞ? オレの目的は強くなることだからな」

「んー、良いわよ別に。どうせこれからどうしようか考えていたとこだし、パーティーを見つけるのも面倒だし。それに、魔法使い兼シーフはいると結構便利なんだから」

 ね? とウィンクをするアミルを前に、ウォルフはため息を吐く。いくらユウトにそそのかされたとは言え、この口から出た言葉を再度飲み込むのには抵抗がある。旅に魔法使いがいれば便利なのは間違っていないのだし、まあ良いかと納得しておくとしよう。

「……分かった。しばらくの間は頼むとしよう。……嫌になったらその辺に捨てて行けばいいだけだしな」

「ちょっと! ボソッと不吉なこと言わない!」

 流石はシーフ、かなり小さな声で言ったにも関わらずちゃんと拾っている。単に地獄耳というだけなのかもしれないが。

「……はあ。とにかく色々と決めるのは後にしよう。オレは眠いから昼まで一眠りさせてもらうぞ?」

「了解~。あたしたちもご飯食べ終わったら寝に行くわ」

「……たち?」

 チラリと足元を見るとロウがハチミツトーストにかじりついていた。どうもユウトにエサをもらったせいで悪食が身に付いてしまったようだ。再度ため息し、もういいやと席を立つ。

「あ、思いだした!」

「……なにがだ?」

 と、そこへ思い出したようにアミルが声を上げた。

「あのアーチに書かれた言葉よ!」

「なに?」

 一度立った席に座り直し、アミルを真剣な表情で見つめる。その視線に照れているのか、ちょっと赤く染まった頬を掻きながら言う。

「あれ、多分聖霊言語よ。学生時代、聖霊言語について論文発表した子がいたのよ。その時にチラッとみたのが、あの字にそっくりだったわ」

 聖霊言語。それは聖霊使いが扱っていたとされる伝説の言語だ。それで書かれた本は少なく、かなりの稀少なものとなっている。

 それ故に、ウォルフもそういうものがあるということくらいは知っていた。

 では、なぜそれがあの遺跡に書かれていたのか。

「聖霊使いに関係がある遺跡だった、ということか?」

「分からないけど、そうなんじゃないかしら?」

 それだけを言って紅茶を啜るアミル。彼女にとっては聖霊使いなどは特に興味がないのだろう。

 ウォルフの場合も彼女同様、そこまで聖霊使いに執着している訳ではない。彼が気にしているのは、また別のことだ。

(あいつはあの時聖霊言語を読んでいたのか? 専門の学者ですら読み解くのが苦労するという代物を、ああも容易く? あいつは一体、何者なんだ……?)

 ウォルフの思考はそれから彼が眠りに着くまで続くのだった。



 彼らが宿でそんな話をしている頃、噂の人物、ユウト・ルナリスは城の一室で寝転がっていた。そこは彼の部屋であり、ゼリアリス国の王子である者の部屋だ。

 つまり、彼、ユウト・ルナリスはユリトエス・ルナ・ゼリアリスだったのだ!


 時間外れのラッパの音に耳を傾け、起き上がる。これはこの国の王女、マイリエル・サン・ゼリアリスが帰ってきたことを知らせるためのラッパの音だろう。

 のろのろと体を動かし、筋肉痛で痛む体を引きずりながら廊下に出る。赤い絨毯が敷かれた城の廊下を歩き、一階のホールに辿り着くとすぐに手を上げた。

「やあマイリ、お帰り。随分とお早いお帰りだね? 確かレイサス王とお出かけしてきたんだろう? もう少しゆっくりしてくればよかったのに」

「生憎とアーリッシュでなにか厄介事が起きたそうですよ。もっと長く私といたいと、残念そうに仰って下さいました」

 金髪の美少女はユリトエスの嫌味に笑顔でカウンターを返した。剣や荷物を従者たちに預け、彼女は軽くなった体で目の前の王子に近寄った。

「なにか可笑しなことはしなかったでしょうね?」

「あはは、そんなに僕ってば信用ないかなぁ? これでも品行方正質実剛健を目指してるのに」

「……僕?」

「あ、やべ……」

 いつもと違う一人称に訝しげに首を捻るマイリエル。

「なにを企んでいるのか知りませんが、面倒事だけは止めて下さいよ? 今は忙しい時期なんですから」

「まるで余が常から悪だくみをしているようなその物言い。ちょっと失礼じゃない?」

「事実でしょう?」

 キッパリハッキリ言われ、若干傷つくユリトエス。まあ事実なだけになにも言えないのだけど。

「と、それはそうと伯父上は? 一緒だったんじゃなかったっけ?」

 キョロキョロと辺りを見渡し、目当ての人物がいないのを確認する。

「お父様はレイサス様と共にアーリッシュに行っていますよ。力を借りたいそうです」

「ははぁ、そうなんだ。伯父上の力が必要ってことは、大分厄介そうだね、あっちも」

「全くです」

「こんなことが続くとマイリも全然レイサス様と接吻も出来ないし、カワイソウにねぇ」

「まったくで……って、なにを言うんですか貴方は!」

「おっと、まだ朝も早いし余はもうちょっと二度寝しよう! じゃあマイリ、君も睡眠は大事にね? 玉のお肌に染みなんか作っちゃあレイサス様がカワイソウだよ?」

「ユ、ユリト!」

 からかい口調で言ってのけ、すぐさま退避する。長い階段を一足飛びで駆けあがり、ニヤリと笑みを浮かべてマイリエルに向く。思った通り、彼女は顔を真っ赤にしてこちらを睨んでいる。

 部屋に引っ込もうとして、そう言えばとユリトエスはマイリに言葉を放った。

「ねえマイリ、最近余って魚にハマってるんだけどさ」

「なんですか突然!」

 帰ってくるのは怒声ばかり。これはマズイと急ぎ用件だけを口にする。

「究極の魚料理が食べたいから港町に行きたいんだ、伯父上に行っておいてくれる?」

「なっ、ちょっ――!?」

「あ、行き先はダーゲシュテンで良いから。一度あそこの魚料理食べてみたかったんだよねー。じゃ、後よろしくねー」

 言うだけ言ってユリトエスはさっさと引っ込んでしまった。ワナワナと拳を震わせ、マイリエルは力の限り吠えた。

「……ユリトー!!」

 この日、ゼリアリス城に可憐な少女の怒声が響き渡ったそうだ。



「はは、マイリ怒ってら……ま、これからもっと怒るかもしれないし、少しは我慢しないとね」

 自室に戻ったユリトエスは囁くように声を発し、ベッドに倒れ込んだ。もう限界なのか、上目蓋と下目蓋がくっつきそうだ。むにゃむにゃとなにかを口にし、最後にもう一度言葉をだす。


『私は行く。聖なる地、我らが夢見る楽園へ。共に行こう、この世と異なりし、秘匿されし大地へ』


 それはあのアーチに書かれた言葉。それを言葉として口に出し、口元を歪めて笑みを作った。


 彼の夢は、一体どれだけの悪夢となっているのだろうか。

お、終わった……結局結構な長さとなってしまいました。しかしこれでようやく主人公サイドに戻れる! 最近影の薄い主人公、待っててねー!

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