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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
27/132

番外編 狼少年のおしごと 中編

 迷いの森とは魔力によって方向感覚を狂わされ、一流の冒険者であっても迷ってしまうことがよくある場所であった。実際、ゼリアリスに長年住んでいる兵士であろうと魔法使い無しに迷いの森に入ろうなどと考える者はおらず、冒険者であっても事前にギルドから耳にタコが出来るくらい言われている。それでもたまに迷ってしまう人や子供がおり、そうなればもう朽ち果てるまで彷徨うことになる…………ことは、特になかった。

「んで、そう言った人は一週間くらいしたらいつの間にか森の入り口に倒れてるそうですよ? 特に大きな怪我もないようですし。ただ記憶が少々飛んでるくらいかな? 一説には迷いの森の木の精が助けてくれるからだそうです。もっとも、迷わせてるのもそいつらだから迷って怯えてるところをニヤニヤと眺めて、飽きたら返してやるとかそんな感じなんでしょうけど」

「随分と性格悪いな、木の精」

 ウォルフと並んで歩くユウトが楽しそうに笑いながら現地人にしか伝わらない話を披露していく。彼らの前にはアミルとヒュウ、フウが先導し、ロウは一番後ろから敵襲に警戒している。かれこれ一時間は歩き続けており、変わらない景色にいい加減気が滅入ってもいい頃だろう。

 それでも大して気疲れしないのはユウトの明るい話術によるところが大きいのかもしれない。もしこれがウォルフとアミルだけであったら、終始無言かつ無愛想な顔に十分もしないうちに気が滅入っていたことだろう。

「まったく、あいつら二人とも楽して……まあ依頼主は良いんだけどさ、あんたらの飼い主はどうなのよ?」

「くぅん……」

「あ、いや、ごめんごめん、言い過ぎたわ。人には向き不向きがあるものね。こういうのは魔法使いであるあたしの仕事よ、うん」

 申し訳なさそうに一鳴きするヒュウ。まるで弟の不出来を叱られたような顔に、アミルは慌てて首を振った。

 アミル・カートリッジ。だれにも言っていないが、実は犬派である。

「っていうか、本当にあたしのこと忘れてるってどうなのよ……」

「くぅん?」

「ん? ええ、会ったことあるのよ、あの一匹狼ロンリーウルフと。あんた達はいなかったけど」

 はあ、とため息を吐きながら魔力を辿る。流れる魔力が方角が間違っていないことを表し、安堵しながら歩を進めた。木々の間を潜り、草木を退けて広場のようなところに入り込む。

「えっ?」

 厳密には、そこは広場ではなかった。

「なんだ、これは?」

 その光景に、思わずウォルフも唸った。

 広場だと思ったそこは、焼け跡だったのだ。木々は倒され、焦げたもの、焼け落ちたものが緑一色の迷いの森にぽっかりと穴を空けていた。

 本来、迷いの森を焼こうとすれば一苦労なのだ。木自体が高い魔力で覆われており、火をつけようとしても無駄に終わる。それなのに、ここにある木々は見事に焼け落ちていた。

「ひどい有様ね……迷いの森の木を焼くなんて、あたしじゃ出来ない芸当よ。一体誰がこんなことしたのかしら?」

 焦げ跡を調べていたアミルがそう呟いた。それとは別に、ヒュウがなにかに気付いたように倒れた木に近づいていく。その気はスッパリと切られており、よほど鋭いもので切られたように見える。恐らく、風の魔法だろうか。

 木に残った僅かな魔力の残滓に鼻を近づけ、はて、と首を傾げる。

「……?」

 どこかで嗅いだことのある匂いだった。それがどこだったのかを必死に思い出そうとするが、どうにも出て来ない。ごく最近嗅いだ事があったような……。

 そうこうしている内にユウトが彼らの後ろから着いてきた。

「この迷いの森は以前、盗賊たちがねぐらにしていたそうです。その時に冒険者の方が盗賊たちと戦った場所がここだそうですよ。なんでも凄まじい炎を操る魔法使いが盗賊にいたそうで、これはその時の戦闘の名残なごりだそうです」

「なるほどな。その魔法使いも、それと対峙していた冒険者も、どちらもよほど腕が立つらしいな。機会があれば、是非とも手合せ願いたいものだ」

 凶暴な笑みを貼り付け、ウォルフは件の盗賊と冒険者に思いを馳せるのだった。



「ブル……! な、なんだ? なにか悪寒が……薬、貰っとこうかな……」


「ん? なにか心地良い殺気が来たような……気のせい?」


 どこかでだれかが反応したような気もするが、ウォルフに確認の術がないので置いておくとしよう。



 現在彼らは迷いの森、その最奥と言われている湖にまで到達していた。そこで彼らは思い思いに腰を下ろし、喉を潤していた。ここまで来るのに二時間ほど歩きづめだったので、ここらで一度休息を取ることにしたのだ。

「あー疲れた。久し振りに森を歩くと疲れるよなー。あ、飲みます?」

 湖に足を浸しながらユウトは茶色いドロリとした液体をアミルに差し出した。

「なに、これ?」

「ホットココアです」

「え、遠慮しとくわ」

「疲れた時は甘いものが一番なんだけどなぁ」

「歩いてカラカラの喉にココア……それもアイスじゃなくてホットって……」

 げんなりと息を吐き出しながら自分は水を飲む。ウォルフも飲んではいるが、それもやはり冷たい水だ。若干一匹、ココアを飲んでいる風狼がいるが。

 チビチビとココアを舐めていたユウトはそう言えば、とアミルたちに声をかけた。

「二人は知り合いみたいだったけどどういう関係なんですか? どうもお友達、って感じじゃないみたいですけど」

「オレは知らんぞ」

「なんですってぇ!?」

 素気無く首を横に振るウォルフに鋭い視線が突き刺さる。かなりの殺気も飛んでいるが、我関せずと受け流していた。一旦気を落ち着かせ、深呼吸してからアミルは釣り目を尖らせる。

「いいわよ教えてあげるわ! 三年前! レンベルグの遺跡でのことよ!」

「レンベルグ……確か北の大国リーンセラの領土、レンベルグ領のことでしたっけ?」

 頭の中の地図を開いて辺りをつける。ゼリアリスよりも遥か北にある大国を思い出し、そこの東草原地帯を治めている領地の名をあげた。

「そう、そこの北方諸島に遺跡があったのよ。冒険者ギルド、レンベルグ支部で大規模な遺跡探索のクエストが出たの。あたしはそれに参加していた」

 チラ、とウォルフに視線を向けるが本人は未だに首をひねっている。その行為が余計に彼女を苛立たせるのか、怒りの込められた言葉が続く。

「当時あたしは優秀なシーフだったわ。魔法はあくまで補助的な役割で、罠避けやカギ開け、魔物探知ではなくてはならない存在だった。若干十六にして天才と言わせしめていたものよ」

 シーフとは盗賊などの総称として取られることがあるが、それは間違いだ。大体のシーフは遺跡探索(トレジャーハント)を主に生計を立てている。遺跡の探索、罠避け、鍵開けなど、遺跡探索トレジャーハントの専門家だ。

 そう思えば彼女の格好にも納得できるものがあった。彼女はローブよりも軽く、動きやすいマントを身に着けている。腰のベルトには二本のダガーがぶら下がっており、シーフ時代の名残りなのかもしれない。

「その時もあたしは別のパーティーと一緒に遺跡に潜っていたわ。並み居る敵を倒し、お宝を手に入れる……バーティーのリーダーも格好良かったし、あの頃が一番輝いていた時期だったわ……グッバイ青春時代」

「三年前十六ってことはまだ十九じゃん。青春語るには早いんじゃ……」

 おい十代、と突っ込みを入れるが無視である。どこか納得いかないユウトは憮然として自分語りに熱の入ったアミルの話を聞く。

「でもね、それを壊したのが……」

 沸々と怒りが込み上げているのだろう。アミルは顔を真っ赤にし、目じりに涙を浮かべながらウォルフを指差した。

「この、一匹狼ロンリーウルフよ!」

「……オレが?」

「そうよ! レンベルグの遺跡探索の時、私たち以外にもパーティーはたくさんいたわ。でもね、その中でたった一人だけで遺跡に潜ったバカがいたのよ!」

「あー、それがウォルフさん、なわけですか」

「そうよ!」

 話の流れからそう結論づけ、ウォルフを見る。本人はまだ思い出せないようであるが、三匹の狼が気付いたような顔で見詰め合っている。

「まだ子供だったこいつが一人で入ろうとしてるから私たちパーティーは止めたのよ。一人じゃ危ないぞ、一緒に行かないかって。それなのにそいつはなんと言ったと思う?」

「な、なんて言ったんでしょう?」

 顔を間近に近づけ、ユウトの胸倉を掴む。

「こともあろうにそいつ、『弱い奴らと群れるとそれだけ取り分が減る。一人で行ったほうが貴様らの倍は儲けられる』って言って一人でさっさと潜って行ったのよ! 信じられる!? 見た目あたしより小さかったクソガキがそんなこと言うのよ!?」

「ちょっ、苦しい苦しい! 首絞めないで!?」

 ガクンガクン揺さぶるアミルにユウトは堪らず非難の声を上げる。それを気にもせず、ウォルフはポンと手を打った。

「ああ、あの時か」

「思い出すの遅すぎでしょう!?」

 ユウトを放してウォルフを睨む。その足元では風狼たちが済まなそうにしていた。

「オレがまだ十四の時だったか。確かにそんな依頼を受けたことあったな」

「ケホッ、そんな頃から冒険者やってたんですか……。ていうか、一人で?」

「いや、正確にはヒュウたちと潜っていた。他の奴らに絡まれると面倒だったから遺跡内で待ち合わせてたんだ。確かその時に可笑しな一団に話しかけられた気はしたが……いたか?」

「いたわよ!」

 依頼のことまでは思い出したがアミルのことまでは思い出せないでいるようだ。恐らく、あまりにもどうでもよかったため記憶に保存されなかったのだろう。

「しかもそれだけじゃないわ! こいつ、遺跡探索し終わった後わざわざあたし達の所に来て収穫物見せながら言ったのよ!」

「な、なんて?」

「『貴様らのちょうど三倍だ。済まないな、どうやら貴様らのことを見誤っていたようだ。これほど差がつくとは思わなかった』って!」

「そ、それは確かにひどいような……」

「……覚えてないな」

 微妙に目が泳いでいる。

「そのせいでリーダーがやる気なくしちゃって帰って実家の畑を継ぐって言い出して、しかもそれに続くようにパーティーの皆が冒険者家業から足を洗っちゃったのよ! あたしより六つ上のお姉さんなんて出家しちゃったのよ! 汝、髪を剃って神に仕えよ、って啓示を受けたとかで! なによそれ! ただのダジャレじゃない!」

 少し面白かったと思ったのはユウトの心の中だけに留めておこう。

「ちょっといいなって思ってた剣士の仲間はなぜかニューハーフになってレンベルグのバーでママやってるし! 返してよあたしの初恋!! 守ってもらう度にドキドキしてたあたしの純粋ピュアな心を返してよぉ!!」

「知るかそんなもん。――おい、掴むな! 鼻水つけるな!」

 泣きながらウォルフに掴みかかるアミルに少し同情する。彼もそれを思ってか手荒な扱いはしていないようにも見えた。

 仕方なくハンカチを渡すウォルフ。チーンと鼻をかんでしゃくりを上げる。

「それで実家に帰ったら両親から冒険者なんか辞めなさいって言われるし、箔をつけるためだからってルイーナの魔術学園に入学されるし……でも結局合わなくて辞めちゃって、卒業してないから大したとこ勤められなくて結局また冒険者に戻ってきた……なによこれ! あたしの人生滅茶苦茶じゃない!」

「そ、そうか。その、ガンバレ」

「がんばってるわよ! がんばって……がんばっ、たんだよぉ……なのにぃ……!」

 マジ泣きである。色々堪っていたものもあり、しかもその元凶を目の前にタガが外れたのだろう。びえーん、と子供のように泣きじゃくっている。

 あまりこういった事に慣れていないのか、そんな彼女を見下ろすようにオロオロとしているウォルフ。自分から話を振っただけに、ユウトとしても若干の心苦しさがある。

「はぁ、仕方ないですねぇ。ウォルフさんウォルフさん」

「な、なんだ?」

 チョイチョイと手招きをしてウォルフを呼び寄せる。耳を貸せとジェスチャーするユウトに従いしゃがみこんだ。

「ごにょごーにょ、ごにょ、ごにょりーた」

「なっ!? オレにそれをしろと!?」

「ごーにょごにょごにょ、ごにょーん」

「い、いや確かにオレが悪かった気もするが……だがその後の人生は関係ないだろう……!」

「ご、ごにょごーにょごにょ。ごにょ、ごごーにょ」

「くっ、だが……むぅ……そう、なのか?」

「ごにょごーにょ。にょにょにょ、ごー」

「チッ、分かった。それをすればいいんだろう!」

「にょごにょご――。そうです、言う通りにすれば全てが丸く収まります。僕を信じれば全部上手くいく、これ余の理……もとい、世の理です」

 なにを言われたのか風狼の耳ですら捉えきれなかったが、なにかごにょごにょしていた気がする。立ち上がったウォルフは若干目の光が消えており、ふらふらとアミルの傍まで近寄ってきた。危険な感じはないが、明らかに可笑しい自分たちの主に訝しげな視線を向けている。

「アミル」

「ぐず……あによぅ! ――きゃ!?」

 と、突然ウォルフは鼻を鳴らすアミルを抱き締めた。突然の出来事に三匹の魔物は石のように体を硬直させ、ユウトはケラケラと笑っている。そんな視線を集める中で、ウォルフは真剣な口調で語りかけた。

「アミル……すまなかった」

 この言葉にヒュウたちはさらに驚愕した。例え自分が悪いとしても余程のことがなければそれを認めない超が付くほどの頑固者の主が、素直に。それも女性を抱きしめながら謝罪したのだ。彼らの中には驚きと羨望と、それらを超えてあまりあるほどの気持ち悪さが現れていた。

「にゃっ!? な、にゃに、おぅ……?」

 こちらも驚きに戸惑っているようだ。呂律が回らず、顔をこれ以上ないくらいに真っ赤にしてウォルフの胸に顔を埋めていた。

「すまない、アミル……オレのあずかり知らぬ――そう、まったくオレが関係ないところでの解散でこちらに責務はまったくなかったとしても! オレがお前を傷つけてしまったのは確かなようだ。すまない」

 あ、全然悪かったとは思ってない。むしろこれが我らの主だ。

「許して欲しいとは言わない……それでも、こうしてまた会えた。そのことを感謝してもいいだろうか?」

「か、かんにゃ? にゃにが!?」

「お前のように美しい女性を、こうして胸に抱くことが出来た事に」

「……………………」

 ズイ、と顔の間近にウォルフの顔が接近する。人一番乙女なアミルの部分が爆発する。もうなにを言っても反応しないんじゃないかってくらいにショートしていた。

「アミル?」

「ふぁい!?」

 ウォルフの息が耳に触れる。ビクンと体を強張らせ、視界いっぱいの白い髪に意識が持って行かれそうになった。

 それを見て、止めとばかりに()()()()()を浮かべる。

 こんな表情の主見たことねえ、とは三匹の感想である。

「お前が良ければ、オレとパーティーを組んでくれないか?」

「な……ぁ……」

 もう限界が来たのだろう。真っ白になる頭で、必死に言葉を作る。口はなんとか動き、彼女の意思を吐き出す――

「は……ぃ……」

『ウォオオオン!!』

「ぐはぁ!?」

 瞬間、三匹の獣が叫びを上げ、凄まじい突風が器用にウォルフだけを吹き飛ばした。大きく弧を描いて飛んで行った彼は、水しぶきを上げて頭から湖に着水した。

 なぜこんなことを。そう尋ねれば、三匹が三匹ともこう答えるだろう。

 ――だって気持ち悪いんだもん、と。


「あっはっはっはっ! ひーひー! は、腹が痛い……!」

 けしかけた当人は実に愉快そうに笑っていた。



 湖に頭からダイブしたウォルフは髪から滴り落ちる水滴を忌々しげに睨んでいた。

「いやー、ウォルフさん流石ッス! マジリスペクトッス! MH5ッス」

「黙れ……なにがMH5だ、狩るならまずは貴様の皮を剥ぎ取ってやるぞ?」

「あはは、そういう意味じゃないですよ、モンスター()ハンター()マジで()惚れる()五秒前()……や、とっくにこれはホの字ですかなぁ? げっへっへっ」

 親父みたいな笑い方をしてチラリと後ろのアミルを見る。少しは収まったとは言え、未だ赤い頬を押さえてこちらを見つめていた。

 正確には、ウォルフを。熱い視線で。

「あ、あの……あんた……じゃなくて、ウォル……フ? ハンカチ、使う? あ、別に返さなくていいから!!」

「そうだな、これは元々オレのものだし貴様の鼻水が付いた布で頭を拭けと? 喧嘩を売っていると判断するぞ?」

「いやぁ、愛には色んな形があるんだな。僕キューピッドになって良かったよ」

「黙れ貴様ヒュウたちの餌にするぞ?」

 食べない食べない、と首を振っている風狼。

 ウォルフはハンカチを受け取り、そのまま荷物の奥底に封印した。それからギロリとユウトを睨み付ける。

「もう休憩はいいだろう? 先に進むぞ。いつまでもこんな所で遊んでいたら契約時間内に終わらなくなる」

「ふむ、それもそうですね。それじゃあ遺跡、行きますか。アミルさんもわんこ達も、準備はいいですか?」

 全員の目が一瞬で冒険者のそれに変わったところを見て一つ頷き、森の奥へと視線を向ける。太い幹がビッシリと並び立ち、天まで届くほどの高さの木が視界にある。ユウトはそれらの前に立ち、カバンの底から一つのネックレスを取り出した。

「それが、ある物、か?」

「ええ。城の宝物庫からパク……城の知り合いから借りてきたもので、明確な名前は無いんだそうです。ただ、王はこれをカギと呼んでいたみたいです」

 ウォルフはマジマジとその鍵を見つめる。鍵と言う割には名前のような形はしておらず、宝石の原型のような形をしている。大きさは親指大程度で、くすんだ灰色をしていた。ともすれば、みすぼらしい石ころにしか見えない。

 ユウトはそれを大仰に木々たちに向けた。

 十秒ほどその状態が続き、痺れを切らしたのかアミルがポツリと呟いた。

「……なにも、起きない?」

「……担がれたんじゃないのか?」

 特になにも起きないこの状況に不信感を見せる二人の冒険者。しかしユウトは逆に、満面の笑みを浮かべている。

「いいや、これでいいのさ。だってほら」

 瞬間。徐々にだが木々が動きを見せた。

「な、なに!?」

「木が……動く?」

『グルルル……』

 ピッタリと重なった木々たち。彼らは振動と共に少しずつ距離を開いて行く。木自体が動くように、ゆっくりと、しっかりとした動きで道が完成していく。

「扉は、開かれるんだから!」

 動いた木はまるで門のように口を開け、木のアーチが来る者を歓迎するかのように両手を上げている。そんな遺跡の入口を前に、ユウトは大きく手を広げて好奇心に満ちた表情で振り返った。

「さあ、進もう! ここからは僕らが今まで見たことのない世界が広がっている! 期待しているよ冒険者諸君、過去の叡智を輝かせんために、是非ともご一緒していただこう!」

 どこか芝居がかった口調で語りかけて来るユウト。先ほどとは全然違う表情に、ウォルフは内心驚愕していた。

(それが、貴様の本性か? 面白い……)

 先ほどまでのユウトは年相応の少年だった。むしろ幼い感じもした。けれど今の彼はそんな表情はなりを潜め、まるで違うものになっている。それが大人っぽい、という感じではない。子供は、子供だ。しかし、その無邪気さがただのなにも知らない子供とはかけ離れていた。

 考古学者だと少年は言った。なるほど、学者の顔というのはああいうのを言うのだろう。大人でありながら子供のように無邪気で、知識に貪欲な人種。目の前の少年、ユウト・ルナリスは正しく学者に似通った笑みでそこにいる。

「ふふふ、さあ行きましょう! どんなものが見れるのか、楽しみ過ぎてハゲちゃいそうですよ!」

「って、おい待て! 貴様が先に進むなバカ者! なんのために冒険者を雇ったんだ!」

「そうよ! 素人が遺跡に勝手に入って罠にでもかかったらどうするのよ! 私たちの依頼料がなくなっちゃうじゃない!」

「うぉおおおー! 止められるものなら止めてみろー!」


 とは言えただの子供であることは変わらないのかもしれない。勝手に先行しようとするユウトを引っ掴み、元シーフであるアミルと匂いに敏感なヒュウを先頭に隊列を組み直す。なにかあればすぐに守れるように、ユウトの隣にはウォルフが陣取る。

 そうして準備を整え、ようやく木のアーチを潜るのだった。

……おかしいな? ラブコメ前の気晴らしに戦闘回を書こうと思ってたのに、なにが起きたのでしょう? っていうか戦闘してないし。

長くなりそうなのでさらに分割。多分次回にはこの番外編も終わると思います。……多分。

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