あの頃の私たちは 4
「なんか、今と随分性格違うんだねー」
アランヤードからの昔話を聞き終え、マリンは思ったことを口にする。
「まあね。あの頃はまだ子供だったし、あまり自分の立場を理解していなかった。今から思うとどれだけ嫌な奴だよと自己嫌悪するよ」
「それも成長ってことなんだろうね? ダークネスドラグーンさん?」
「その名前で呼ぶのは本当に止めてくれないかな?」
悪戯っぽい笑みのマリンに本気で嫌そうな顔をする。彼としても昔痛かったのは重々承知であり、必死に忘れようと苦心しているのだ。ほじくり返さないでもらいたい。
「それにしても、あれだね。見事な変態だったね」
「ええ、こいつは間違うことなく変態よ」
「なるほど、変態なのか」
「えっと……」
「君たち……一体私のどこが変態だと言うんだい?」
女性ばかり四人がジト目でこちらを見て来るのは少々居心地が悪い。アランヤードの顔がますます疲れたものに変わっていく。
「いや、人間のことはよく分からないのだが……同性での恋愛はうちの里では変態扱いされるので。その辺りはどうなのだ?」
「んー、どうだろうね? お貴族様とかだと結構いるみたいだよ、男色の気がある人。流石にそれが王族ってのは対外的にどうなの、って感じだけど。まあ人間って須く変態だし別に変じゃないんじゃない? うちのマスターもあれだし」
「一応言っておくけど、人間全部が変態とかって訳じゃないわよ? むしろこいつらが変なだけだから。私は至ってノーマルだし」
マリンとユゥミィ、セイレーシアンが面白そうに喋っているのを見て嘆息する。女三人寄れば姦しいとはよく言うが、どうやら本当のようだ。チラともう一人の少女を見てみる。
「あの……。……ごめんなさい」
必死になにかを言おうとして結局諦めてしまった。若干距離を取られた気がしたが、気のせいだと信じよう。
「ま、まあとにかく。これが私と親友の馴れ初めって奴かな。満足したかな?」
コホン、と咳払いをして一言。マリンたちも談笑を一度止め、アランヤードに向き直る。
「ええ、とても。貴方たちにとって主殿がどのような方なのかを知れて満足です」
「はい……。ご主人さま、優しいです」
アランヤードやセイレーシアンにとってユクレステは恩人であった。自分の欠点を見抜き、それを補うための練習を共に積んでくれた。時には被害を被るような練習でさえ、自身に構わず手伝ってくれる。
そんな優しさに二人の魔物は微笑んでいた。
「……そうね。ユクレは優しい。それは確かなのよね」
だがそんな彼女たちの反応にセイレーシアンは苦笑を浮かべていた。
「例えユクレがどう思って私たちに手を貸してくれていたとしても、それで救われたのは確かだもの」
「えっと……どういうこと、ですか?」
なにか意味ありげな口調に、ミュウは首を傾げた。ユゥミィも同様の表情でクッキーをもさもさと食べている。
「そうだね、別に私たちが言ってもいいんだけど……せっかくだし、彼から直接聞いてはいかがかな?」
「直接、ですか?」
「そうさ。後でユクレの部屋に夕食を持っていくんだけど、その時にでも今の話を聞いてごらん。君たちがこれからも彼の仲間であるなら、昔話で交友を深めるのも必要だよ?」
優しげに言うアランヤードに、余計疑問が表情に出てしまう。
そこまで言うのならば、アランヤードの勧めに乗るべきなのだろうか。
「さて、それでは私たちも夕食にしようか。友人たちのためにご馳走を用意したからね、是非とも味わっていくといい」
背を押されるように食堂へと移動するミュウたち。頭上にある部屋には灯りが点き、今頃ユクレステが脇目も振らずに手記に目を通しているのだろう。
マリンはその様子を思い浮かべ、優しく口元を綻ばせるのだった。
アランヤードに用意された一室で、ユクレステは黙々と《聖霊使いの手記》の解読に勤しんでいた。見たことのない文字、文章体型、単語。それらを今まで学んできた聖霊言語を元に翻訳していく。かれこれ三時間ほど経ったくらいだが、未だに二ページ程度しか進めていない。
元々、聖霊言語を読めるものは少ない。ルイーナ王国でも二、三名いるかいないか、それも少し単語の意味が分かる程度でしかないのだ。ユクレステのようにまともに翻訳できる人材は稀有なのである。
――コンコン。
「ん? はーい。……もう夕食かな?」
時間の感覚も忘れた頃、扉をノックする音が聞こえてきた。椅子を引き、扉を開けるために立ち上がる。
薄暗くなった部屋に照灯の魔法の光が現れる。光源の魔法具のスイッチを入れたのだ。
「あ、ご主人さま。お食事をお持ちしました」
「あれ? ミュウ?」
「主、私もいるぞ!」
「はは、分かってるよ、ユゥミィ」
扉を開けると夜の闇のように綺麗な黒髪のミュウと、森の葉の色の髪を持つユゥミィが両手に盆を持って立っていた。急いで二人を招き入れ、部屋の真ん中に置かれていた丸テーブルに料理の数々を乗せる。
「これはまた豪勢な……アランめ、奮発したな」
「うむ、どれもとても美味だった。アラン様は主がいなくて寂しそうだったぞ?」
「うーん、それは申し訳ないことをしたかな。いやでも早く読みたかったし……でもでも」
あの後、ユクレステの仲間なら私にとっても友人だ、ということでアランと呼ぶようになったユゥミィ達。酒が入って涙ながらに寂しい寂しい言っていた王子様に苦笑していたのはつい先ほどのことだ。
「あの、ご主人さま。お料理が冷めないうちにどうぞ……」
そうこうしているうちに食事の準備が出来たのか、ミュウにおずおずと示された美味しそうな品の数々を目に入れ、柔らかに笑うとユクレステは頷いた。
「そうだな。鉄は熱いうちに討て、飯も熱いうちに食えって言うしな。ちょうど休憩したかったところだし、ちょうど良いか」
イスに座って早速パンにかぶり付く。それから二人の様子が変なのに今更気付いた。
「そう言えば二人はどうしたんだ? わざわざ給仕役なんてやって」
座ってよ、と二人を自分の前に座らせ、首を傾げる。なにか言い辛いのか顔を見合わせた後ユゥミィが声をあげた。
「その、先ほどアラン様たちから聞いたのだが……」
そう言って先ほどの話を掻い摘んで説明した。
アランヤードとセイレーシアンとの出会いの話と、彼らが最後に言った言葉。それをユクレステに言うと、彼は気まずそうに苦笑した。
「なるほど、で、二人は俺の昔話を聞きたくてここに来た、と」
「は、はいっ……!」
ビク、と肩を震わせるミュウ。怒られると思ったのだろう。
その様相にさらに参ったと息を吐き出し、まずは宥めるために微笑んだ。
「そんなに怖がらないでいいよ。昔のことを聞きたくなるのは当然だし、それが仲間となればもっと当然だ」
「なら、教えてくれるのだろうか?」
どこかユゥミィもそわそわと落ち着かない様子だ。なんだかんだ言って彼女も気が小さいところがあるので、少し怯えていたのだろう。
「当たり前だろ? 俺はおまえ達のマスターだ。ちょっとした昔話くらい、休憩の合間には持って来いさ」
気楽に笑ったのが良かったのだろう。ミュウ達はホッと息を吐き出し、緊張の取れた表情となっている。
テーブルの脇に置かれた盆から二つのグラスを取り出し、ジュースを注ぐ。きっとこれも二人の友人がこの事態を見越して用意してくれたのだろう。流石は親友、よく分かっておられる。
「んー、なにを話そうかねぇ。確か二人は俺たちの出会いを話してくれたんだっけ?」
「はい、そうです。二人とも、ご主人さまを恩人だと仰っていました」
「あはは、なんかそう言われるとこそばゆいな……」
二人の前にジュースのグラスを置き、ついでにミュウの頭をなでる。最近になってミュウの口数も増え、ユクレステ相手ならばどもらずに言葉を出せるようになっていた。これも彼女の成長の証だろう。
「よーし、じゃあ俺が魔術学園に入学した頃の話でもしようか。二人と出会った時の話を、俺視点で聞かせてやろうじゃないか!」
おーパチパチ、と二人が乗ってくれたのが密かに嬉しかった。
それからふと、静かなことに気付いたユクレステは、今更ではあるがミュウ達に尋ねた。
「そういえば、マリンはいないのか? 随分静かだけど」
「あ、マリンさんは……」
「セレシア様とお話があるとかで、今日はいいやと言っていた。なんだかんだで仲が良くて羨ましい」
ユゥミィからしたら憧れの騎士様を取られた感覚なのだろうか。
しかしマリンとセイレーシアン。二人の仲を知る者としては、少々不安になる組み合わせだ。いや、仲が致命的に悪いとは言わないのだが、どうも馬が合わないのだろう。なぜそうなのかは知らないが。
「そっか、じゃあ……始めようか。昔話を」
とにかくこの場にマリンがいないということは分かったので、早速話を始めよう。
ユクレステは領主の息子である。とは言っても辺境で、なおかつ貧乏な領地ではあるのだが。
ダーゲシュテン領はセントルイナ大陸の南東に位置する場所にある。そこにはダーゲシュテンという港町があった。東には広大な海が、そして町を囲むように巨大な山々が連なっていた。
海と山の街、ダーゲシュテン。それが彼の生まれ故郷である。
そんな辺境の地から船が出て、少し陸沿いに海を走らせた先にある巨大な川を上った場所にルイーナ国の首都、王都ルイーナがある。二十年ほど前に王都の側を流れるルイゼス川の川幅を広げ、船を通せるようにしたのだが、そのお陰でダーゲシュテンからの特産品――主に魚介――を短時間で運べるようになった。それだけではなく、定期船としても運航されるようになるのだが、大体の目的は物資の流通が主である。時間的に見れば二、三日掛かってしまうが、今までを考えれば劇的に早くなったのだ。なにせ、ダーゲシュテンの街は山に囲まれており、王都まで歩いて行こうとすれば一週間二週間は軽く掛かってしまうのだから。
そんな国民の足となった定期船に乗っている人たちの中に、一際目立つ人物の姿があった。
背は低く、髪の色は朝陽に照らされて栗色に輝いており、無地のローブを着た少年。手には杖を持ち、船の柵から乗り出すようにして川の上流を見つめていた。
「……もう少しだ。もう少しで、王都に着くんだ」
楽しみで堪らない、といった表情を浮かべ、笑う少年。彼こそが、エンテリスタ魔術学園に入学を許されたダーゲシュテンの少年、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンその人である。
エンテリスタ魔術学園に入学するには厳正なる試験と、本人の資質が必要不可欠となる。そのどちらもを満たさなければ入学することが叶わない狭き門なのだ。最も、資質を見る場所が魔力量であることから少々変わった才能を持った人物たちが入学してくるのだが、今のユクレステには知る由もない。
さて、そんな狭き門を突破したとは言え、ユクレステにとって見れば魔術学園の入学も夢に向かっての第一歩でしかない。世界を見て回る上で魔術学園の卒業証明書はこの上ないアドバンテージになるのだ。それ目当ての入学と言っても過言ではないだろう。
「聖霊使い……そのためにはまずは……」
「ゆー。なんじゃ、ここにいたのか」
後ろから声をかけられ、思わず川に落ちそうになる。慌てて体を起こし、体重を後ろに移す。
「お、わっ、とっ……!」
そんなことをすればバランスを崩すのは当たり前で、コロコロと後ろに倒れてしまった。仰向けに倒れたユクレステが目を開くと、一人の女性が彼を見下ろしていた。
「なにをやっておるか……まったく、いつになってもドンクサイ奴じゃな。お前さんが一人でやっていけるのか、不安になってくるぞ?」
「なんだよー、まだ言ってるの? 平気だって言ってるじゃん。俺だってもう十二なんだから。一人でなんだって出来るんだよ?」
「本当かのう? ゆーは昔からとろい子じゃし、心配するなと言われてものう。大体初めて会った時だって……」
「ああもう! 全然大丈夫だから! だからほら、リューナも心配しないでってば!」
伸ばされた手を取り、立ち上がりながら目の前の女性と言葉を交わす。端正な顔立ちの女性は、子供を心配する親の顔でユクレステを見つめながら吐息した。
「はぁ……仕様のない子じゃ。ほれ、おいで?」
汚れたローブを払いながら、リューナと呼ばれた女性は彼の顔を真正面から見つめた。
ユクレステにとってリューナは姉のような存在だ。贔屓目なしにしても、彼女の容姿は特に優れたものだと胸を張って言える。人間離れした美貌に、一見すると青白いとすら思ってしまうほどの肌、髪と瞳は幻想的とも言える黒で、腰まである柔らかな髪は絹のように美しく光沢を放っている。そんな彼女はセントルイナでは珍しい、着物という服を身に纏っていた。東域国で主流のその服は彼女にとてもよく似合っており、ユクレステはその服を着たリューナが好きだった。桜色の布地に花びらの模様をあしらった着物はそんな彼が好きな柄の一つである。
なぜ彼女がそんな服を着ているかと言うと、元々彼女の生まれが東域国だからで、着物の方が着なれているから、らしい。
「まったく、見当たらぬと思えば一人でこんな所に出て。ほれ、寝癖が着いておる。せっかくの綺麗な御髪が台無しじゃ、ジッとしといで」
ユクレステを後ろに向かせ、手櫛で彼の髪を撫でていく。気恥ずかしいのか身じろぎするが、リューナが無理やり座らせた。
「お前さんも可愛い顔をしておるのじゃから、もう少しこういったことに気をつけい。ああ、心配じゃ。ゆーの事じゃから一人で顔を洗えるじゃろか?」
「流石に顔くらい洗えるよ」
「ほほう? なら寝癖は直せるかえ? 洗濯物をその辺にほかりっ放しにしないかえ? お菓子の食べカスはちゃんと屑入れに入れられるかえ?」
「うぐっ……だ、大丈夫だよ!」
「ああ心配じゃ。こうなれば誰ぞにゆーの世話を頼もうかのう。儂が一緒に居れれば良いのじゃが、街の童らの世話もせねばならん。ああもう、この身が一つしかないのが実に悔まれる。もう一人儂が居ればのう」
ユクレステからすれば大袈裟すぎるくらいの心配性を発揮するリューナに、内心でため息を吐いていた。子供じゃないのだし、とは思うが、それを言えばまた、そう言うことを言うのが子供の証じゃ、とやんわりと諭されるだろう。
その後も散々心配性を発揮するリューナから世話をされ、ルイーナに着く頃には既にグロッキーになっていたユクレステだった。
ちなみに、この時リューナが心配していたことは現実のものとなる。基本的にだらしない性格のユクレステは、部屋を汚く使い、友人たちによく怒られていた。その中でも特に彼を世話したのがセイレーシアンであり、今リューナがやっているような寝癖の世話ですら彼女の手によって正されていた。
後日、セイレーシアンと顔を合わせたリューナは、その甲斐甲斐しく世話をする姿に彼女にならユクレステを任せられると言い放ったそうだ。セイレーシアンがそれを受けて嬉しそうにしていたのは想像に難くないだろう。
そんなこんなで王都ルイーナでの新生活が始まった。学園が始まるとすぐにリューナはダーゲシュテンへと帰って行き、ユクレステは初めての一人暮らしに四苦八苦していた。とは言え、寮暮らしであるのに加え、大抵のことはミーナ族のお手伝いさんがやってくれるためそこまでの苦労はしないのだが。
寮にある食堂でユクレステは一人朝食を取っていた。既に周りに人はおらず、広々とした食堂を独占状態で少し気分が良い。
「昨日は夜中まで本読んでたからなぁ……。このままじゃ遅刻だよ、まったく」
そうは言ってもフォークを動かすことを止めない。既に朝のHRは始まっているだろうし、今から言っては朝一番の授業も遅れてしまうだろう。
「あ、すいません。おかわり下さい!」
それを理解したうえで、ユクレステは料理のおかわりを頼んでいた。
その後の顛末は大方の予想通りだろう。送れて出た授業でマイナス点を貰ってしまい、さらに魔法の演習で組んだ少女から凄い目で見られてしまった。確か相手は大貴族の子ではなかったか。一応貴族の端くれでもあるユクレステは頭を抱えていた。
しかしそれも、すぐに消し飛ぶことになったのだが。
「んー……はぁ」
自室に戻っていたユクレステは、机の上に突っ伏しながら先ほど図書室で借りてきた本に目を通していた。内容は魔力による不具合のあれこれ。生まれながらの体質や病気で魔力の阻害される要因などが書かれた書物で、それを治す手段が記載されていないので対して重要視されていないものである。
ユクレステはそれを眺めながら、今朝のことを思い返していた。
「あれは明らかに魔力穴の欠乏だった……でも魔力量としては十分過ぎるし、上手くやれば長所になり得るんだよな」
オルバールの少女は授業の途中で早退していった。別に体が悪いとかではないのだろう。ただ居た堪れなくなっただけ。自分が落ちこぼれだと言われるのが嫌で、逃げたのだ。
このままいけば、彼女は遠からず潰れるだろう。家の期待と落胆、周囲の心ない言葉に耐えられるような子には見えなかった。流石にそれは忍びない。
「とは言っても、仲が良いって訳でもないし……まあしばらくは保留にしておこうかな」
ふわ、と大きな口を開けて欠伸をし、眠たげな眼差しをベッドに向けた。来ている服をポイポイと放り、ユクレステは眠りにつくのだった。
期せずして、その翌日に件の少女と出会うとも知らずに。
ユクレステ少年からすれば、その少女との出会いも治療もその場の空気に流されてやっただけである。ちょうどそこに被検体がいて、治療方法が脳内で確立していて、それを行っただけでしかない。
セイレーシアン・オルバールにとってはどうだか知らないが、ユクレステにとってみればその程度の認識でしかなかった。それは今回の、アランヤード・S・ルイーナのことでも同じである。
聞けばアランヤード王子は魔力制御がまったく出来ておらず、その練習法も魔法使いとして一人前のものがするようなものだった。ユクレステからすれば、それはまったくのナンセンスであり、歩き方も知らない乳幼児に世界陸上ばりの短距離走の練習をさせているようなものだ。だから本当に魔法を知らない相手に手ほどきするように教えたに過ぎず、彼が特別なことをしたという感覚はなかった。
それでも笑顔で感謝してくれるアランヤードにユクレステは居心地の悪さを感じていた。
結局、ユクレステは嫉妬していたのだ。自身よりも魔法の才を持つ友人に。剣の才を持つ友人に。
ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは至って平凡な人間なのだ。魔法にしても魔力量に関しては一般よりも少し上、魔法も小器用に扱えるから学園では一応上位に入っていたが、本当に一流の魔法使いと比べてしまうと力不足が露呈してしまう。
剣に関しては一流と呼ぶにはお粗末で、基本はなっているが実際に戦闘に使えるかと言えば首を捻る程度の出来。
そんなユクレステからすれば、魔法において無類の才能を持つアランヤードも、剣において負けなしであったセイレーシアンも、眩し過ぎて見ていられないほどだった。
一時など、あの時に彼らを助けなければよかったとさえ思った。
けれど。
醜い嫉妬の心を救ったのは、姉のような彼女の言葉。
『良いか、ゆー。お前さんは確かに同年代からすれば魔法に関しても剣に関しても中々の実力を持っていると思う。けれど、世界にはお前さんより強い者、才能ある者は多くおる。そんな相手を前にすれば、いくら優しいゆーでも心穏やかになれん時がくるかもしれない。分かるかえ?』
頭をなでながら優しげに言う彼女の言葉を必死に理解しようと頷いて見せる。彼女はそれに満足したのか、さらに言葉を続けた。
『けれどな、例えそうであったとしても、救いを求められたのであれば手を貸してやってほしい。それが偽善であっても良い、なにか腹に一物あるような考えがあったとしても構わない。それで友を救えるのなら安いものじゃ。
ゆー、優しくあれ。全てを受け入れるような優しさでなくとも、せめて友を得られるような優しさを持って欲しい。それが、これから儂らの元を離れ行くお前さんに送る切なる願いじゃ』
その言葉を最後まで理解出来たとは思えない。それでも、その言葉のおかげで友人を二人失わずに済んだのだろう。
「今思い出すとぶん殴ってやりたくなるよな、昔の自分」
あはは、と苦笑しながら過去の自分を思い出す。
昔のユクレステは嫉妬深く、他人に心を許せるような子供ではなかった。セイレーシアンが世話をしてくれても、どこかで彼女を疑っていたくらいだ。どれだけ性格ひん曲がっているのか。
戸惑いの表情を浮かべる二人に向かってため息交じりの言葉を放つ。
「俺は別に優しくなんかないんだよ。打算的で、二人が思っている以上に嫌な奴。幻滅しただろ?」
自嘲的な笑みを浮かべ、脳裏に親友二人の姿が映る。
「なんだ、そうだったのか。――よかった」
「へっ?」
そんなユクレステに、ユゥミィはなぜか喜色の笑みで答えた。
「いや、私の主が完璧超人だったら私の活躍の場面が少なくなるじゃないか! チートなマスターでは私たちの影が薄くなるし、今くらいがちょうどいい!」
彼女の言葉はあまりに予想外な言葉で、ポカンと口を開け放してしまう。
続いてミュウも表情を和らげて言う。
「その、分かってましたよ? ご主人さまが色々と考えて下さっていた事は」
これまたビックリな言葉だ。
「その通りだ。大体、主は気付いていないかもしれないが、考えていることがすぐに顔に出ているのだぞ?」
「ご主人さまのは、打算じゃないです。最後にはわたしたちに一番いい答えを出して下さるじゃないですか。きっとアラン様もセレシア様も、分かっていらっしゃると思います」
そうなのだろうか。確かにこのことを話した時二人は苦笑気味に許してくれたのだが。
「ご主人さまはやっぱりお優しいです。たくさんたくさん考えて、わたしたちが一緒にいられる理由を作って下さいました。わたしはそんなご主人さまを、その……」
ミュウが顔を赤く染め、恥ずかしそうに下を向く。チラチラと上目づかいでこちらを盗み見、小さな声で囁いた。
「お、お慕いして、います……」
「えっ? 今なんて?」
「な、なんでもありません!」
小さな声であまり聞こえなかったが。
「ふむ、主の子供の頃の話も聞けたし、私は満足だ。ふふん、安心するといい! 最強の騎士である私がいればどんな相手だろうとちょちょいのチョイ、だ! だから主!」
腕まくりをしてその細い腕を見せながら、ユゥミィはニコ、と笑う。
「主は今のまま、優しい主でいてほしいぞ?」
「わたしも、今のご主人さまが……その、好き、です」
ユゥミィたちの言葉にユクレステは少し俯いた。涙が出た訳ではないが、なんとなく今は顔を見られたくなかったからだ。気恥ずかしい、という言葉がちょうど今の心境を表しているだろうか。
「うん、そっか。ありがとう」
二人の仲間がこうして言ってくれているのだ。親友たちも許してくれた。ついでに、考え過ぎだとも言われた。
今更性格を矯正しようなどとは思わないが、もう少し肩の力を抜いてもいいのかもしれない。最近は新しい仲間が出来て少々緊張していたのもある。そのためのルイーナでの休憩でもあったのだから。
「そういうことなら、俺ももうちょっと皆を頼りにさせてもらおうかな。弱い俺だけど、これからもよろしくお願いします」
なにせ相手はダークエルフと風狼と互角に戦えるミーナ族の異常種。単純な力比べでは既に彼女たちとは比べられないだろう。
「はいっ、お任せ下さい、ご主人さま……!」
「ふはははは! この私がいるのだから大船に乗ったつもりで任せるといい! なんたって私は聖霊使いの騎士だからな!」
「あ、ユゥミィにはあんまり期待してないから。せめてまともに剣を触れるようになってから言ってね」
「ななっ!? なんだか主、少し性格悪くなった?」
「いんや、むしろこっちが素かな。こうして腹を割って話したんだから、これからは俺も本性さらけ出そうかと」
「……主、私はだれにでも優しい主が好きだなー、なんて……」
「うん、やだ。やっぱ人間欠点があった方が可愛げあるよなー。あ、ユゥミィは欠点たくさんあるけどね。ユゥミィ超可愛い。ダメ可愛い」
「ミュウ! この主はダメだ! 私たちをイジメまくる気しかしないぞ!」
「え、えっと……」
魔法の光で染まる一室にて、魔物使いとその仲間達による楽しげな宴が続くのだった。
灯りの点いた窓を見上げながら、騎士甲冑を身に着けた少女が一人立ち尽くしている。赤い髪にツインテール、切れ長の瞳はプールサイドを向いた。
「なんというか、利用していただけのマスターを本気で好きになる、これも人間で言えば変態になるんじゃないのかな?」
「失礼ね。言ったでしょう? 私は至ってノーマルだって。大体、別にユクレのことは好きとかそういうのじゃ……」
「今さらツンデられてもねー。気付いてないのなんてマスターくらいなもんだよ? いつまで今のままでいるつもりさ」
水辺の音と共に可憐な歌姫の声が響く。歌うように奏でられた旋律は騎士の心に侵入していく。
少しの静寂の後、再度人魚が口を開いた。
「……多分、今回が最大のチャンスだと思うよ? 聖霊使いの手記を翻訳し終えたら、ルイーナに長く留まるようなことは無くなるだろうし。告白なり既成事実作るなら今だと思うんだけどなぁ」
「言ってなさい下品人魚」
騎士姿のセイレーシアンは足元の小石を蹴り飛ばし、プールにいたマリンに攻撃する。しかしあっさりと避けられ、つまらなそうに舌打ちした。
「大体、なんで貴方にそんなこと言われなきゃならないのよ。言ってみれば敵でしょ、私たち」
「あー、それって恋敵ってこと? まあそれはそうなんだけどさー。私はほら、マスターがだれを好きでもずっと側にいられればそれだけで満足だし、多分ミュウちゃんもそうだと思う。ほら、私たちって魔物だし、どうも一匹のオスを一匹だけで縛るのって感覚的にないんだよね」
自然界では強いオスに何匹ものメスが寄ってくるのは当然であり、魔物であるマリンにとってもそれは当然の理だった。人間のようにわざわざ一人を独占するなど、彼女たちの感覚からしたら無駄であり、勿体ないと思えるほどだ。
その様子にセイレーシアンはさらに舌打ちをして、三白眼で睨みつけた。
「つまり、私もその中のメスの一匹になれってこと? 御免被るわよ。私はまだ獣に落ちる気はないもの」
言い捨て、去ろうと背を向ける。だがそれより早くマリンが声を上げた。
「でもね、多分マスターはどちらかと言うとこっち側だよ? ほら、知ってるでしょ? マスターってああ見えてかなり嫉妬深いって。加えて独占欲も強いと思うんだよね。一度懐にいれたモノは絶対に手放そうとしないくらいに」
ピタリと動きが止まる。ユクレステの性格を知る身からすれば、マリンの言葉はあながち見当外れでもなんでもないのだ。
「だからここはセレシアちゃんの選択次第。キッパリスッキリ六年間の思いを断ち切ってマスターから離れるか、それともマスターに自分の気持ちをさらけ出して守ってもらうか。それを決められるのは、キミだけだよ」
言葉が出せない。これまでのことを思い出して、その感情も汲み取って、それでも答えを出せない。心に従えばマリンの誘惑はとても魅力的なものだ。けれど、それで本当にいいのかと別の心が自問する。
「まあ、一週間はマスター外出ないだろうし、それまで考えてみればいいんじゃないかな? 私的には是非ともマスターとくっついて欲しいけどね」
「……うるさいわよ」
力なく吐き出した言葉は、マリンに届く前に霧散する。それでも彼女の心境を理解したのか、人魚姫はパシャンと水面を叩いた。
「あ、そだ。これからちょっと海行ってくるから、マスターに言っといてくれるかな? なんかお婆さまが呼んでるっぽいんだよねー」
あとよろしくー、と軽い言葉を発して水中に消えていく。このプール、海まで繋がっていたのかと少しの衝撃を受けた。
セレシアはマリンがいなくなったのを確認し、重たい息を吐き出した。
「まったく、あの性悪人魚……余計なことして……」
身を翻して屋敷へと戻って行く。その途中で放たれた言の葉は、
「そんなこと、分かってるわよ……」
空に浮かぶ星達だけが知っていた。
とりあえず回想編はこれでラストになります。次回はセイレーシアンとのラブコメデート……の前に一回番外編を挟みます。ちょっと戦闘話し作って気分をリフレッシュしないとラブコメなんて書けそうにないんで。
リア充爆発……