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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
24/132

あの頃の私たちは 3

 五月期の半ば。

エンテリスタ魔術学園に未来ある若者たちが入学して一月が経った。この時期になってくると成績の上位にいるもの、いないものがハッキリと分かってくる頃である。

 つまり、落ち零れや勉強の出来ないものが明確に判断出来て来るのである。

 平民や下級貴族がその中に入っていればイジメに発展するのは世の常であるが、もしこれが上級貴族などだったらどうなるだろうか。複数人のグループとなり、権力を笠にした優等生への嫌がらせなどが始まるのかもしれない。

「アハハ、マジでー? ってもあんなの出来ない奴いんのかよー?」

「クスクス、バカ止めろって。相手はあの――」

 だが彼は少しばかり毛色が違った。

「え、へっ? ちょ、――」

「ち、ちがっ! あなたのことじゃ――」

 遠目でバカにしていた生徒に杖をかざし、魔力を込める。扱うのはただの破砕ブラストの魔法。ポツリと放つ言葉と同時に、空気を振動する音が――


『ギャアアアア――!!』


 訂正。凄まじい爆発音と、炸裂した魔力の奔流。そして後にはどこまでも吹き飛ばされた生徒とクレーターのような穴が空いたグラウンドが残されていた。


「ああ、悪かったね。ちょっと失敗してしまったようだ」

 澄ました顔で吐き捨て、取って返すように校舎へと入って行く金髪碧眼の少年。

 学園では札付きの不良ワルであり、学園でも有数の問題児。


 アランヤード・S・ルイーナ。


 落ちこぼれのレッテルを張られた少年であった。

 彼はルイーナ国の第一王位継承者であり、次期国王を約束された人物である。容姿端麗、頭脳明晰。魔力も歴代の王族の中でもトップクラス。神童と呼ばれ、皆の期待を一身に受けていた。

 それが反転したのはいつの頃からだったか。

 家庭教師からは匙を投げられ、宮廷魔術師には恐怖され、実の父からは失望の目で見られることが多くなった。理由は単純明快、魔力を制御できないため。

 それは、彼を落ちこぼれ足らしめるには十分だった。


 アランヤードは幼い頃より魔力制御に難のある子どもだった。火を出せばまるでキャンプファイアーのように燃え上がり、水を出せば津波の被害にあったかのような惨状となる。それでも、まだ良かったのだ。一応魔法は発動し、目指す属性を顕現出来ていたのだから。

 十を超えた辺りで彼の魔力はさらに巨大になった。今でさえ歴代最高の魔力を持っていた彼は、その時点で魔力だけを見ればだれも超えられない存在となっていた。

 しかし魔力量に比例して制御は困難になるのは当然のことであり、幼いアランヤードは彼の才能を発揮することができなくなっていた。以前は起こせていた火も、水も、今ではただの爆発としてしか魔力を放出できない。如何に魔力があろうと、制御できない力など危険物でしかないのだ。

 こうして、アランヤードは落ちこぼれとなるのだった。



 入学から一ヶ月が経過した。本日の授業は基礎魔法実習。エンテリスタ魔術学園の校庭に集まり、教師と共に課題の魔法を練習するのである。周りを見れば生徒たちが杖を振り、必死になって呪文を唱えている。しかしその中に一人、授業を受けずに抜け出している少年がいるのを彼らは気づいていなかった。否、正確には気づいているのかもしれないが敢えていないものとして扱っているのであろう。

 教師にとっても同様で、校庭に穴を空けられても困るのであえて静観していた。

 ではその一人の少年はどこにいるのかと言うと、

「……おい親父、それ二つくれ」

「へい毎度!」

 学園を抜け出し、屋台の揚げパンを頬張っていた。

 ここは魔術学園のある第七区画から歩いてすぐの、第六区画。通称商業区画だ。食品、生活用品、娯楽。様々な店が立ち並び、たくさんの人で賑わっていた。

 そんな大通りを不機嫌顔でアランヤードが歩いている。魔術学園の制服は目立つのか、チラチラと視線を感じる。しかも着ている本人が整った顔立ちをしていることから、余計に目立っているのだろう。

 アランヤードは鬱陶しそうに視線を振り払い、大通りから一本脇道にそれて店の看板の裏に隠れた。

 店の名前は《星々の館亭》。高過ぎず安過ぎず、それでいて料理は美味しい。中級層が多く利用する飲食店である。

 店内はなかなかに賑わっており、昼時だからということを差し引いてもそれなりに繁盛していた。窓から覗き見る形になったアランヤードは、とある場所で目を止めた。

 店の窓際、出入口の近くの二人席に座る人物たち。別に彼らが知り合いという訳ではないのだが、着ている服に反応したのだ。

「制服……?」

 アランヤードと同じ意匠の服装。それはエンテリスタ魔術学園の制服であった。サボりだろうか、と考え、今の授業のことを思い出す。

 基礎魔法実習。この授業の特徴としては、成績上位者ならばそれだけ早く授業を終えることが出来るということだ。監督役の教師に自身の魔法の出来栄えを見せ、合格すればそれで授業は終了。後の時間を自由にできるのだ。恐らく彼らはそういった理由で一足先の休み時間を満喫している最中なのだろう。


 カラン、と店の扉が開き、女性の集団が店の中から吐き出される。ざわざわとした店の喧騒が漏れ聞こえ、件の二人組の学生の声も聞こえてくる。

『美味しい! こんな美味しい料理初めてだ!』

『ふふ、そう? 私も結構ここに来るんだけど、そんなに喜んでもらえると嬉しいわ。あ、もっと食べる?』

『いいのか? でも奢ってもらう訳だし……』

『そんなこと気にしないの。この後私の用に付き合わせるんだから、このくらい出させなさいって。ほら、口元にソースが垂れてるわよ?』

『おっと、ありがと。でも悪いなぁ。杖買うの手伝うだけなのに』

『だけ、じゃないわよ。私に合った杖を探してくれるんでしょう? 魔法使いにとって重要なことなんだから、遠慮することなんてないわ』

『普通は家族に付き添ってもらうものだと思うんだけどね。いいの? 俺なんかで』

『貴方に選んで欲しいのよ。それに、うちの家族よりも貴方の方が私のことを理解してくれてるでしょ?』


 パタン。

 なんとも雰囲気を出した二人の姿をもう一度みる。自分と然して変わらない年頃の二人だった。つまりは、十代前半。

 爆発しろ、と胸中で吐き捨て、空になった袋をクシャクシャと丸め、屋台の店主に捨てるように頼んでおく。ポイ捨てしない辺り、真面目なのが分かる。

「ごちそうさま」

 腹は膨れた。さあどこに行こうか。

 アランヤードは先ほどの二人の会話を思い出しながらぶらぶらと徘徊するのだった。

「杖、か」



 魔法使いの杖は当然のことながら、大切なものである。武人にとっての剣、文人にとってのペンのようなもので、特に初めて購入する自分の杖は一生の宝物となることが多い。例え性能が悪い杖でも、自分の長所や短所を調べることにも使えるし、杖が得意な魔法というのもあるので使えない杖というのは存在しないだろう。

 ただ、使い辛い杖というのは存在する。例えば、使用者と魔力媒体には相性というものが存在し、それが合わなければ上手く運用することが出来ないこともある。ユクレステで言えば、相性の良い杖はドラゴン素材、悪い杖は不死鳥フェニックスの素材である。彼は昔から鳥に嫌われており、そこも起因するのかもしれない。

 閑話休題それはそれとして

 では、アランヤードの相性の良い杖はなんなのだろうか。

 いかにバカ魔力、制御できないと言っても、相性の良し悪しはあるのだからそれをきちんとすれば少しは改善するのではないだろうか。

 もちろん、そう考えたのは一人や二人ではない。当時の彼の家庭教師、宮廷魔術師は古今東西あらゆる魔力媒体の杖を探し当て、試した。結果は……現状を見て、理解していただこう。


 魔法具店に顔を出したアランヤードは先ほどからしきりに唸っていた。うーんうーんと難しい顔で杖を眺め、その真剣っぷりから年配の女性から気にされるほどだ。

 曰く、だいじょうぶ? 漏れそうなの? と。

 まったくの見当違いに怒鳴り返そうかと思ったが、ご老人に怒鳴るなど出来ず、ヒクついた笑みで大丈夫ですと返した。

 それからため息を吐き出した。

(ここにあるのは全部試したからなぁ)

 魔力媒体別にざっと百種類。二年間で扱い、破壊した杖。もう少し多かったかもしれないが、結構レアな杖もあったのでこんな普通の魔法店にはないのだろう。

 他には魔法薬マジックポーション魔法具アーティクションを眺めていた。一通り目を通し、そろそろ帰るか、と思った、そんな時だった。

「こんにちはー」

 店の扉が開き、だれかが入店してきた。声の感じから少年だろう。そんな彼の後ろには赤い髪の少女もおり、制服を着ていることから魔術学園の生徒であることが分かる。というか、アランヤードはその声を聴いたことがあった。ほんの数十分ほど前に。

 ブラウンの髪の少年は一瞬こちらに顔を向け、ペコリと会釈して店のカウンターへと向かって行った。それに付いて行く形で、ツインテールの少女も店内へと入る。

 帰る機会を失ったアランヤードは店内をもう一巡することにした。

「すみません、杖を見せてもらってもよろしいですか?」

「おお、構わんよ。杖が必要なのは……そちらのお嬢さんかね?」

 チラリと少年の手にある杖に目を向けた店主は、もう一人の客に視線を向けた。

「ええ、そうです。火属性の魔力媒体、取り回しやすいショートワンドでいくつか見せて欲しいんです」

「ふむ、ショートでええのか? ロングワンドの方が便利だとは思うが……」

「大丈夫です、この子にはショートが合ってますから」

 店主が店の奥に引っ込み、その間に二人はなにかを話している。

「ねえ、ロングとショートってなにが違うの?」

「んー、大した違いはないよ? ロングの方が魔力を多く蓄えられるから威力が上がったり応用が利く。反対にショートだと素早く魔法を放てて取り回しが楽なんだ。セレシアの場合、威力は元々申し分ないからショートにしたんだ。これに慣れてけば杖なしでも魔法が行使できるかもしれないし」

「そうなんだ……やっぱりユクレに頼んで良かった。実家に聞いたらロングにしとけって言われたもの」


(そうだったのか……てっきり見栄えを意識してのことだと思っていた)

 長い短いの話は初耳であり、納得したように頷いている。

 聞いている限り、あの少女が杖を選ぶように頼んだのだろう。しかもあの赤髪、記憶が正しければオルバール家の人間だったはず。そんな彼女に頼られるとは、かなりの知識を持っていると見ていいだろう。

 それに、見た目も可愛いし。

(……よし)

 最後の思考に後押しされる形で気合を入れ、未だ待ち惚けている二人に近づいた。

 ドキドキと心臓が高鳴るのを感じながら、王族である自分を必死に演出する。不良だなんだと言われているが、初めの挨拶は重要だ。第一印象は大事である。

 ザっ、と彼らの前に仁王立ちする。疑問を顔に出している少年少女。

 アランヤードはそんな彼らに向かって声をかけた。


「おい貴様、私のために杖を選ぶ名誉をやろう。感謝してひれ伏せ、愚民」


 ふふん、と鼻を鳴らして胸を張る。やり切った感に満足し、表情は言ったったぞ、とばかりにドヤ顔だ。

 そんな突然の闖入者にまともな返事が返ってくるはずもなく、

「はぁ? なに言ってんの? 貴方頭のネジがどっか行ってるんじゃない? とっとと拾いにドブ川浚ってきなさいよ」

 少女の方から罵声が飛んできた。

 本人的にはかなり譲歩しての言葉だっただけに、ここまでバカにされるいわれはない……と思っている。アランヤードは顔を赤くして唾を飛ばした。

「き、貴様に言っているのではない! そのパッとしない男に命令してやっているのだ! 関係ない奴は黙っていろ!」

「関係ない? 今は私がユクレを独占してるの、見ず知らずのバカ男は引っ込みなさい! あとユクレはパッとしないけど素朴で可愛いんだから!」

「セレシア、セレシア。多分フォローしてくれてるんだと思うけど全然なってないから。むしろトドメだから」

 さて、こうなるともはや当初の予定は崩壊していた。アランヤードは穏便に、彼、ユクレステに頼んで(?)杖選びを手伝ってもらおうとしていたのだが、それを邪魔する少女ことセイレーシアンが現れたため下手(したて)(!?)に出ることを止めなければならないのだ。

 お互いの視線が交差し、その激しさから火花が飛んでいる。そんな中、ユクレステは。

「ほい、とりあえず今あるのはこんなもんじゃな。……どうしたんだい、あの子たちは?」

「さあ? ちょっと遊んでるだけじゃないですかねぇ。とりあえず少し見せてもらいますね」

 後ろの惨状なんか無視して店主が持ってきた杖をマジマジと見つめていた。

 先ほどユクレステが言っていた通りに短いタイプの杖で、魔力媒体には火を主に扱う魔物の素材が使われている。彼にとっては苦手属性ではあるが、問題なく使用しながら状態を確認していた。

「ふーん、これなんかいいですね」

「おお、お主いい目をしておるのう。そいつは不死鳥フェニックスの尾羽が使われておる。火属性といえば不死鳥フェニックスは外せんからの」

「んー、でもセレシアにはちょっと難しいかも……おっ、これは……」

 手に持っていた杖を置き、別の杖を持ち上げた。

火の鳥(フレイム・バード)。不死鳥ほどの力はないけど火属性の代表的な魔物だな。魔力の伝導率が少々弱く、魔力媒体として使われるのは珍しい。……うん、おじさん、これどうかな?」

「んむ? ほう、また珍しい物を選ぶのう。そればらば不死鳥フェニックスでもよいのではないか?」

「まだ彼女は未熟ですから。あんまり強力な杖だと暴発する可能性がありますからね」

 ユクレステは目当ての物を探し当てたことに満足し、振り向いた。

「ぁあ?」

「ぉお?」

 なんかメンチ切っていた。

「ちょちょ、セレシア落ちついて! 杖決まったからさ」

 慌てて二人の間に入って選んだ杖をセイレーシアンに手渡した。

「あ、ごめんなさい……貴方一人に任せちゃって」

「あはは……。それより、ほら。これはどうかな? 一応、セレシアに合いそうなのを探してみたんだけど」

 セイレーシアンは杖を手渡され、左手でヒョイと振ってみる。傍目には特になにか起きた訳ではないのだが、彼女はそれに満足したのかう頷いた。

「……いいわね、これ。ユクレ、ありがとう。ピッタシよ」

「そっか、良かった」

 ユクレステは店主に支払いを頼み、セイレーシアンに後を任せる。そして、一人ポツンと置いてけぼりにされている少年に向き直ると、

「さて、じゃあ次は君の番だったね」

 瞬間、セイレーシアンの三白眼がアランヤードを貫いた。



 アランヤードは歩いていた。足取りはいつもより軽く、こんな気持ちじゃ初めてな気がしてきた。護衛に黙って寮を抜け出したため後でこってりと絞られるだろうが、そんなことではこのウキウキ気分は壊せない。もうなにも怖くないのだ。

 彼が向かっているのは学園の端にある公園だ。まだ陽も昇りきっていないが、昨日出会った少年たちが毎朝そこで練習しているそうで、今日はお呼ばれした次第である。無論、呼んだのはユクレステであり、もう一人の少女は終始視線だけで来んなと訴えていた。

 結局、昨日杖を買うことはなかった。ユクレステと話をして、その際に魔力制御のことを話したら考え込んでしまった。それから明日のこの時間、来れないかと言われたのだ。

 本来王族であるアランヤードを呼び出すなど考えられないことだが、真剣な表情が可愛かったので全て許した。それを変と思わない辺り、彼は少々おかしいのかもしれない。


 そうして着きました公園。そこにいたのは、

「…………」

 ヒュンヒュン。

「チッ、貴様か」

「本当に来たんだ。貴方、空気読めないってよく言われるでしょう?」

 ヒュンヒュン。

 なぜか木製の剣を振り回しているセイレーシアンだった。なぜ剣を、とか思うことは色々あったが、ユクレステがいないのでついムッと表情を歪めてしまった。

「あいつはどこだ?」

「ユクレは一旦戻ったわ。一回来たんだけど、忘れ物したとかでね」

「…………そうか」

 その時のことを妄想してアランヤードは顔を赤らめて横を向いた。その仕草に最近になって発達してきた危機感知能力によってなにかを感じたセイレーシアンは、思わず手を滑らせてしまった。

「うぉおお!?」

 木で出来た剣はアランヤードの足元に突き刺さった。

「あ、ごめん。手が滑ったわ」

 淡々と謝罪し、投げ捨てた木剣を地面から引き抜く。かなりの力を込めて引き抜いているのを見ると、本気で殺しに来ているのではないかと疑ってしまう。

 事実その通りなのだが。

「き、貴様ぁ――!」

「あ、もう来てた。おーい、遅れてごめーん!」

「いや、全然待ってないぞ!」

 怒りの顔も一転、朗らかな笑みに変わる。その変わり身の早さにセイレーシアンは呆れ顔だ。

「貴方……気持ち悪いわよ?」

「ふん、黙っていろ!」

 小声での応酬に気が付くはずもなく、ユクレステは気にせず腕に抱えたものを地面に置いた。

「ところでユクレ、なにを持ってきたの?」

「あ、これ? まあ大したものじゃないんだけどさー」

 抱える程度の木箱から棒状のものを取り出し、二人に見せる。

「これは……杖?」

「それもこんなにたくさん。どうしたの?」

 箱の中には二十本以上の杖がごろごろと入っていた。いかに杖の値段はピンキリと言えど、こんなにたくさんの杖に触れたことのないセイレーシアンは驚いた表情をしている。

「ほら、昨日約束しただろ? ルイーナ様の杖を……」

「アランでいい」

「えっ?」

 真剣にユクレステを見つめながらアランヤードが言う。

「い、いやいや。それはちょっと……」

「いいと言っているのだ。貴様、私の言葉にケチを付ける気か!」

「んな無茶苦茶な!?」

 流石に相手は一国の王子様。呼び捨てでなど呼べるはずもない。しかしそれでも引き下がらない彼の姿勢を見て、セイレーシアンは仕方なく助け船を出すことにした。

「ユクレ、本人が良いって言ってるんだからいいじゃない。それに、こんなバカ王子に敬語を使うってこと事態反吐が出るわ」

「そう、かなぁ?」

「貴様は少し弁えろ!」

 とりあえずその件は後回しにするとして、ユクレステは杖の一つをアランヤードに手渡した。

「それじゃあちょっとこれで魔法を撃ってみてくれる?」

「……? これを壊せばいいのか?」

「いやいやいや、魔法を使うだけだって。出来れば持続性の分かる……照灯トーチの魔法でいいからさ」

 物騒なことを言ってのけるアランヤードに待ったを掛ける。本人は至って普通のことを言っただけのようで、疑問の表情を浮かべていた。

「そうは言ってもな。私が魔法を使った場合高確率で暴走して、弱い杖ならば一発で破壊することができるのだぞ。杖の良し悪しには詳しくはないが、これだって大した物ではないだろう?」

「そうねぇ。なんかちょっと外装部もくたびれてるし、魔力媒体も貧弱そうだし……」

「あ、うん。それはごめん。これ作ったの俺だからさ。外装部は安く買ったズギの樹木を削って杖の形にして、魔力媒体も魔法使いの血……まあつまり俺のなんだけど……だから杖として見れば多分最低ランクの代物だと思うし」

 魔力媒体と言えば魔物の肉体の一部であることが多いのだが、とある条件下で言えば魔法使いの肉体でも魔力媒体の代わりになることがある。長年魔力に浸っていた肉体であることと、それをさらに凝縮しさえすれば、弱いながらも魔力媒体としての役割を全うできるのだ。

 ただ、ユクレステは未だに未熟な魔法使いであるため、その効果はそこらのスライムよりも弱いだろうが。

 そんなものを杖として送られれば、普通ならば怒って当然である。しかし、

「へえ、これをユクレが……。そうよね、なんだか温かみがあって素敵だと思うわ! ねえ、ユクレ。私にも一つくれないかしら?」

「えっ? いや、セレシアには昨日の杖もあるんじゃ……」

「お願い! いいでしょ?」

「ま、まあこんなものでよければ幾らでもあげるけど……」

「ありがとう! 貴方だと思って大切にするわ!」

 しげしげと眺めていた杖を大事そうに胸に抱くセイレーシアン。今ユクレステの目がなければ頬ずりでもしそうである。

 対してアランヤードは一歩出遅れ、チラチラと杖を盗み見ている。

「そ、それで。これを使えばいいのだな?」

「うん、そう」

 ユクレステが試しに一本杖を持ち上げ、流れるような動作で照灯トーチの魔法を灯す。普段よりもずっと小さな光が杖の先に現れた。

「見てもらった通り、俺の血程度じゃあ上手く魔法が発動しないんだ。必要なのは魔力を制御する術。それをアランには学んでもらいたいんだ」

「……しかし、私はその魔力制御が出来ないから落ちこぼれな訳で……」

「まあ、一回やってみれば分かるよ。はい、どうぞ?」

「う、うむ」

 促されるままに杖を手に取り、彼の言う通りに照灯トーチの魔法を発動する。

「グッ――!?」」

 いや、発動させようとした。しかしその瞬間、凄まじい熱が彼の全身を駆け巡った。

「カッ、ハッ――!!」

 まるで爆発しそうな魔力。全身の血管が沸騰しそうなほどに膨張し、慌てて逃げ道を開く。寸前、

「落ち着いて」

「あっ……」

 自身の右手にユクレステの左手が添えられた。緊張してるのか僅かに震えた彼の左手、そこから探るように魔力が伝っていく。

「今逃げようとしている魔力の道。そこをしっかりと感じるんだ。そしてゆっくりと少しずつ逃がしていけばいい」

 スゥ、と深呼吸を繰り返しながらその膨大な魔力に指示を飛ばしてす。

「アランは魔力の多さから杖も最上のものを用意されていたんだってね? でもそれじゃあ魔力の制御なんて出来っこないんだ。最初に制御を学ぶのなら魔力の伝導率が低い杖を使った方が見えやすいし、理解しやすい。ほら、分かるだろ?」

 杖の先に見える光の道。恐らくこれが魔力を通す道なのだろ。とても細く、小さいそれは今までのような無意識に出る魔力ではとてもではないが通せるはずがない。伝わせるためには辿らなければならないのだ。針に糸を通すような慎重さで、少しずつ少しずつ。

「……っ!?」

 だが少し意識がズレた瞬間、道は途切れ発揮されない魔力は二人の全身に熱となって降りかかった。

「っ、ちょ、ちょっと集中が途切れちゃったみただね。今のは悪い例ってことで、もう一回いってみよう」

 そう言ってアランヤードが持っていた杖を別の杖に取り替える。見れば、その杖は縦にヒビが入っていてもう使えそうにない。ユクレステの持ってきた杖は安物であり、アランヤードの魔力では一度失敗すれば壊れてしまうのだ。

「っと……」

 ユクレステが杖を渡そうとして、手に力が入らないのか取り落としてしまった。

「お、おい大丈夫か?」

 よく見れば彼の額には大量の汗が流れていた。セイレーシアンに拭いてもらいながら、力なく笑っている。

「大丈夫大丈夫。思ったより魔力多くてビックリしちゃっただけだから」

 魔力の制御を失敗すれば、一緒に杖を持つユクレステにも反動が来るのだ。アランヤードは元々魔力の器が多いため少し熱い程度で済んでいるが、ユクレステはそうではない。確かに魔法使いとしては多い方ではあるが、それでも一般レベルだ。規格外のアランヤードの魔力を受け止めるには少々力不足なのである。

「だ、だがっ!」

「アラン、俺を心配してくれるんなら、がんばって制御してみよう? そうすればなんともなくなるんだから」

 疲労の色濃い笑みを向けられ、アランヤードは口を閉ざす。昨日知り合ったばかりの他人に対して、どうしてここまで出来るのか、彼にはさっぱり分からない。

「バカ王子。ユクレがこうなったら私じゃ止められないから止めないけど、だがらってあんまりにも負担をかけたら貴方をぶっ飛ばしてでも中止させるからね」

 ジロリと睨みつけ、剣の素振りに戻るセイレーシアン。

「チッ、仕方ない」

 なぜこうも他人のためになれるのかが理解出来ない。アランヤードにとって、ユクレステは本当に訳の分からない少年だった。

 だからだろうか。

「……惚れた」

 そこがまたいい、という謎の結論に至ってしまったのは。


 結局この日、アランヤードは六本目の杖を破壊する前に魔力の制御をある程度こなせるようにまで進化していた。後に、その時の話を聞くと彼はこう答えた。


 ――――愛の力です、と。


 

この小説は至ってノーマルです。ハーレムだって全員普通に女の子です。そこのところをご理解いただければ幸いです。

王子様のこれはあくまでキャラ付けってことで一つ。

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