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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
17/132

決勝

 彼はそこにいた。風薫る草原のただ中にボロボロの身体を横たえ、透き通る空と、そのさらに上まで伸びる空気色の階段を眺めていた。

 ひゅう、と息を吐きながら必死に呼吸する。気管から空気が漏れるのか、その度にヒュウヒュウと音を奏でていた。それはまるで、この草原に吹く風のような音だった。

 なぜ彼がそんな場所にいるのか、そんなこと、まだ八つにも満たない少年には分かりはしない。ただ、分かるのは自分の傍にだれもいないということだけ。自分を庇護してくれるような、両親家族の姿が無い。それは即ち、力もなにも持たずして生まれた彼には、生き残る可能性が絶望的であるということだろう。

 天上への草原。セントルイナ大陸北東部、アークス国シンイスト領にある、超危険区域に指定されている場所だ。その名の通り、遥かな空へ昇ることが出来ると言われる場所で、同時に強力な魔物がひしめく地でもある。


 その恐ろしさは既に味わった。少年は今まで、見たこともない魔物たちから逃げるようにしてここまでたどり着いたのだ。訳も分からず放りこまれ、恐ろしい異形から逃げ、全身から血を流しながら。

 力なく倒れた時にはもう遅く、もう一度立ち上がるには不可能なほどに体力を消耗していた。このまま失血死か、それとも魔物のエサとなるのか。どちらにせよ、明るい未来は想像出来ない。

 そんな暗い未来を想像していると、背の高い草がガサリと揺れた。ただの風ではない。獣の臭いもする。どうやら、後者の未来が近付いてきたらしい。

「…………」

 だが、ただでは死んでやらない。足は動かず、腕も赤く染まってろくに拳も握れない。

 それでも、眼は死んでいない。口はまだ動く。喰われて殺される前に、眼で殺して逆に喉元を喰いちぎってやる。

 不思議と、そう思えば活力が湧いて来る。

 草をかき分け、その姿を視界に収めると同時に眼に力を込めた。


 そこにいたのは狼だった。銀とも白とも取れる美しい獣が三匹、こちらを覗いていた。

 喰われて堪るかと睨みつけ、犬歯を剥きだしにして威嚇する。対して三匹の狼は少しの怒りも見せず、ジッと彼を見つめていた。もしかしたら、憐れんでいたのかもしれない。

 獣とは思えないほどに穏やかな視線に、彼の瞳は迷いを生じた。

「なん、だ……? わっ」

 一匹の狼はそのまま彼に近づき、血に染まった顔を舐め始めた。他の狼も傷ついた彼の身体を舐めていく。

 獣型の魔物には自己の治癒力を向上させる物質が己の涎に付加されていることがある。この狼たちは少年の傷を舐め、傷を治そうとしているのだろう。

 だが、訳が分からなかった。狼たちからしたら小さな人間の子供など助ける価値などない。そのまま貪り喰ってしまえばいいだけの話だ。それなのに、狼たちは少年を必死に助けようとしている。

 他の魔物が側に寄ってくれば威嚇して追い返し、喉が乾けばどこから拾ってきたのか欠けたグラスに水を汲んでくる。腹が空けば小動物を狩ってきたり、噛むことが出来ない時には肉を咀嚼し柔らかくした上で飲ませて来たりと、まるで子供に対するような行為ばかりしていた。

 この辺りから、少年は狼が自分を助けようとしているのだと思い始めていた。それがなぜなのかは分からないが、それでも必死に生かそうとしていることだけは伝わっている。


 ならば生きようと、空を見上げながら思った。あの空と言う天井と、それへ至る階段を見上げながら。自分に擦り寄り、温めてくれている狼たちを見ながら。

 ウォルフと名を決めた少年はそう思った。



「……ん?」

 ウォルフは頬に掛かる生温かい感触で目が覚めた。眠気を飛ばし、瞳を開く。するとそこには一匹の狼が頬をペロペロと舐めていた。

 ヒュウと名付けられた風狼の頭を軽く撫で、伸びをしながら立ち上がる。床に敷き詰められた藁を踏み締め、ゆっくりと外へ出た。

 空には白い雲が青い空を三割ほど隠している。それでも晴れには違いなく、ふぅと息を吐いた。

 振り返ればそこにはおんぼろな馬小屋がある。おんぼろだが、この一週間ウォルフたちの活動拠点となっていたのでそう悪し様に言えない。なにせ、狼を受け入れる宿などそうそうあるはずもないのだから。

 それを言えば、人型の魔物を持っているあの男は羨ましい。

「……と、朝一番に気分が悪くなるな。ヒュウ」

「ワン!」

 ウォルフの一声に一匹の風狼が近寄って来る。行儀よくお座りの姿勢で瞳を向け、彼の言葉を待っている。

「フウとロウは?」

『――!』

 声と同時に後ろの林から二匹の風狼が姿を現した。二匹の口にはウサギが咥えられており、どうやらつい今しがた狩ってきた所なのだろう。

「ああ、朝飯を取ってきてくれたのか。ありがとう」

『わん!』

 自慢げに一つ吠え、気持よさそうにウォルフになでられる。普段からは信じられないほどに優しい笑みは、きっとユクレステが見れば驚きに変な悲鳴を上げるに違いない。

 まあ、そんなこと知ったことではないウォルフとその仲間、ヒュウ、フウ、ロウは少し早いが朝食を取ることにした。




 さて本日は大会二日目。昨日破壊されたステージはどこいった、とばかりに新品同様に修繕された舞台では今日も変わらず自爆率多めの戦いが繰り広げられていた。

 そんな中をミュウが突破することは比較的容易であり、寝不足で目の下に隈が出来た状態のユクレステと共に無事決勝まで駒を進めていた。

『おめでとう、ミュウちゃん! まあミュウちゃんなら楽勝だとは思ってたけどね!』

 ミュウの胸元からマリンの声が聞こえて来る。

「あ、ありがとうございます」

 少しぎこちない笑みでマリンに答え、選手控え室を後にする。ちなみに現在ユクレステは控え室でお休みの最中だ。徹夜の力仕事はかなり堪えたらしい。恐らくユゥミィも観客席で涎を垂らして寝ていることだろう。

 外の空気を、とミュウはマリンと一緒に廊下を歩いていた。

「あっ……」

「うん?」

 見知った顔の少年と目が合う。それだけでミュウの心は大きく鐘を打ったように揺れ動いた。

「貴様か……」

 ミュウを見ながら、ウォルフはつまらなそうに吐き捨てる。その表情が、かつて見た、自分を捨てた時の表情と同じだ。心底つまらない、期待外れだと言わんばかりの顔。

「あ……あの……」

「決勝にはいけたようだな? まずはおめでとうと言っておいてやる」

「えっ?」

 称賛の言葉に一瞬聞き間違えたのではないのかと顔を上げる。だが表情に変化はなく、冷たい視線がそこにはあった。

「だが勘違いするな? それだけで貴様が強いと言っている訳じゃない。むしろこの程度の大会で勝ち進めなければ強いの弱いの以前の問題だ」

「は、はい……」

「大会に出た奴らも雑魚ばかり。あんな奴らに時間を割いていたかと思うと反吐が出る」

 苛立ちの声を上げながらウォルフは舌打ちをする。強くもない相手との戦いほどつまらないものはない、そう言い捨てながら。

「いいか? 俺が貴様を捨てたのは弱かったからだ。弱ければ戦えない。戦えなければ、死ぬだけだ」

「ぅ……」

 いよいよ押し黙ってしまうミュウを見かねてマリンが宝石の中から声を上げた。

『ふーん、ねえ、質問してもいい?』

「っ!? なんだ、貴様?」

『あ、私? ミュウちゃんの同僚でユクレステをマスターに持つ魔物、人魚のマリンちゃんだよ。お見知りおきを、風に愛された子供』

「……なるほど、貴様が奴の人魚か。で、なんのようだ?」

 マリンの物言い一瞬小さく舌打ちし、虚空に響く声の主へと返事をする。

『うん、一つ気になってさ』

 宝石からの声は柔和で、優しげだ。それでも警戒を解くことはせずに耳を傾ける。

『なんでキミ、そんなに強さに拘るの? 確かに強さはあって困ることはないけど、普通に暮らす上での必須条件にはならないでしょ? ミュウちゃんみたいなミーナ族にとっては特にそう。それなのにミュウちゃんにまで強さを求めるのは、なんで?』

 姿の見えない相手だが、彼の眼にはマリンがどんな顔をしているのかが想像できた。それでも冷静にいられたのは風狼たちが心配そうに見上げているからだろうか。

 ウォルフは一度瞑目し、不機嫌そうな声で答えた。

「強さを求めることに理由などない。それ以外に貴様に言う言葉は持ちあわせていない」

『……そう、分かった。じゃあごめんね。試合前にお邪魔して悪かったよ。次ガンバってねー』


 無言で去っていくウォルフの背中が視界に移る。ミュウは胸元の宝石に尋ねた。

「あの……よかったんですか?」

『まあねー。明確な答えは得られなかったけど、大体分かったから』

「分かった?」

 小首を傾げるミュウ。マリンは小さく微笑みながら、こう言った。

『きっと彼の人生にとって強さが全てだったんだろうね。今までも、そしてこれからも』

「強さが全て……?」

『ああなるほど、だからミュウちゃんは捨てたのか。ふーん、一応少しは考えてくれてたのかな? んー、でもそれじゃあ正直逆効果。特にあの頃のミュウちゃんにとってはねー』

「え、えと……」

 一人で納得しているマリンに声をかけるが思考に耽っているのか聞こえていないようだ。彼女の言っていることもよく分からない。

 けれど、最後の言葉はなぜか耳に残っていた。

『人間生きても精々百年。あの子はその五分の一も経ってない。それなのに力に逃げるくらい、辛い生き方をしてきたのかな?』



 コルオネイラ闘技大会決勝戦。昼を間近に控えたこの瞬間、コロッセオは大きな熱気に包まれていた。

 片や圧倒的な実力で他を寄せ付けない力を見せる風狼。

 片や可憐さとその正反対な力強さを見せるメイド少女。

 どちらもが一級品の実力であり、決勝にまで残ったのは必然とも言えるだろう。そんな彼らの試合を一目見ようと、コルオネイラ中の人がコロッセオに集っていた――。

『……多少の脚色注意! 沢山の人がここ、コルオネイラ闘技場に集まってくれています! 司会兼審判として私、ひじょーに喜ばしい限りです!』

 マイク片手に声を張り上げる審判の少年。本日も鎧に身を包み顔は見えない。

『昨日はちょっと予定外なイベントがありましたが、ご覧の通り問題なく試合を行えることに感謝しましょう。これも一重にユーリィ・ダーゲン選手が徹夜で修繕工事に手を貸してくれたからに他なりません! 今もどこかで試合を見ているであろう仮面の魔物使いに、皆さま拍手で感謝の意を捧げましょう!』

「あの性悪審判……」

 闘技場中に響く拍手の音に耳を塞ぎながら悪態を吐く。だがユクレステ・フォム・ダーゲシュテンはなんら関わり合いがないので文句の一つも言えずにいた。

 ため息を吐きながらチラリとミュウを見る。ガチガチに緊張している……かと思いきや、今の彼女は活力に満ちてやる気十分だ。

「なんかあったのか?」

『んー、ちょっとねー。なんというか、ミュウちゃんのやる気スイッチを押してもらったというか……』

 ユクレステは自身の胸元にある宝石に問いかけるが、はぐらかすような言葉しか返ってこない。

「ふーん。まあいいや。ミュウ」

「あ、なんでしょうか?」

「決勝戦、がんばろうな。ミュウなら絶対勝てるよ」

「は、はい! がんばり、ます……!」

 頷くミュウの背中を軽く叩いた。

 視線の先にはかつての主の姿がある。彼がミュウを仲間にした時、自分は全てを諦めていた。だから戦いも、生きるという意思も見失って彼について行った。

 そんな自分を、果たして仲間として受け入れるだろうか。

 捨てられたことは悔しく思う。けれど、そんなものは当然だ。無気力で、何にも絶望していたミュウを仲間にしようなど普通は思わない。むしろ彼にそんな選択を取らせてしまった自分にこそ非があるのではないだろうか。

 グルグルと頭の中が思考でいっぱいになる。審判がなにかを話しているが、混乱した頭ではそれを理解することができずにただ流れて行く。

「ミュウ」

 そんな時に、主の声がそれらを吹き飛ばした。

「そうやって悩めるってのはミュウが優しいからなんだろうけどさ、今は悩むより先にやることがあるだろ?」

「えっ?」

 ポンポンと頭をなでられ、思わず上目づかいでユクレステを見上げる。真剣な眼差しをミュウに向け、次いでウォルフ達を見た。

「あいつは結構単純な奴だからさ、自分のせいだなんだってごちゃごちゃ考えるよりも自分がこれだけ強くなったって示した方が分かってくれると思うぞ。そんで、こう思わせてやればいい」

 ニッと楽しそうに笑いながら、対照的に苛立った表情のウォルフと対峙する。

「あの時見捨てなきゃよかった、ってさ」

 背を押す。同時に、彼の足元にいる風狼もステージへと上った。

「行って来い、ミュウ」

「――はい!」

 ユクレステの言葉に力強く頷いた。ステージの中心に歩みを進め、白い毛皮の風狼と対峙する。

『それではそろそろ待ちきれない人も出てきているでしょうから、始めましょうか! まずは東席、マスターはユクレステ・フォム・ダーゲシュテン! 小柄な体型、しかし手にする剣はでっかいぞ! ミーナ族のミュウ選手ー!?』

「……っ!」

 背負った大剣を抜き、油断なく構える。この一週間、ユクレステから剣の手ほどきを得たミュウは一端の剣士に見えるだろう。

『西席、マスターは謎の魔物使いウォルフ選手! 白い毛並みはもふもふ、今大会抱きたい選手ナンバー1! ウルフ族風狼種、ヒュウ選手ー!』

「なんだそのふざけた選手紹介は!?」

 吠えるウォルフと困った顔のヒュウ。その表情も愛らしく犬派のユクレステに人知れず大ダメージを与えていた。もし試合中じゃなければその毛をもふもふしに行っただろう。

『マースタ、ちゃんと試合に集中してよ? せっかくミュウちゃんがガンバルんだから』

「わ、分かってるよ」

『あの気弱なミュウちゃんが、自分一人で戦いたいなんて言ったんだから。ちゃんと見届けてあげなきゃね』


『コルオネイラ闘技大会魔物の部、決勝試合!』

 すぅ、と兜越しに審判の息を吸う音が聞こえる。その音に合わせ、ミュウとヒュウは全身に力を巡らせた。

『――始めぇ!!」

 試合開始を告げる言葉と同時に慌ててステージを下りる。と同時に、ミュウのいた場所に風が集まった。

「あっ――!」

「グル……」

 風が中心に流れ、そこには既に爪と剣が交差していた。ミュウの大剣が爪を防ぎ、先に攻撃を加えようとしていたヒュウが鋭く視線を交わす。

 力では勝てない。そう悟ったヒュウは一度後方へと跳躍し、地面に足が着くと同時にトップスピードで前へと踏み出した。

「っ、この……!」

 その圧倒的な素早さと、獣であるが故の打点の低さに悪戦苦闘しながらも爪を掻い潜る。

 身を捩りながらも大きく大剣を横に振るう。

「ガルル……アォオーン!!」

「あっ……! アクア・シールド!」

 ユゥミィの時に見た風の咆哮だ。

 ミュウは詠唱破棄で水の防御壁を展開し、即座にその場を離れた。風の雄叫びと水の障壁がぶつかり合い、ほんの数秒だけ拮抗する。しかし威力は風に軍配が上がったのか、障壁を破壊してしまった。

「突進せよ清廉なる水、その清き切っ先にて敵を貫け――リバーズ・ランス」

 だがその時には既に真横に離脱していたミュウは新たに魔法を紡ぐ。掲げた左手の先に現れた水の槍。グッと力を込め、風狼へと投擲した。

「――!」

 首を振り風の刃にて一閃、同時に右後方へと跳んで避ける。地面に着弾し、ステージの真ん中に水の槍が突き刺さる。

 だが水の魔法はこれでは終わらない。

「清浄なる蒼の弾丸――バレット・リバーズ!」

 呪文を口にし、同時に片方の魔法解かれて槍が形を崩した。

 本来ならば魔法によって作られた水は溶けて消える。しかし間髪いれずに唱えられた魔法によって槍の水は親指大の弾丸へと変化する。

「やあ!」

 人差し指を伸ばし風狼へと向ける。それだけで無数の水の弾丸はヒュウに向かって射出された。

「――っ!」

 着弾と共にガリガリと地面が削れていくのを尻目に、ヒュウは左右に避けながら残る水の弾丸を見る。あの巨大な槍全てが水の弾丸になったのだとすればそれこそ無数とも呼べる数だったのだろうが、今見れば残る弾数十程度。どうやら全てを制御出来ているという訳ではないらしい。

 ならば、とヒュウが喉を鳴らし大気に満ちる魔力に命令を下した。

「ガウ!」


 人型の魔物と獣型の魔物。そのどちらにも一長があり一短がある。例えば、人型の魔物の大きな優位性の一つには剣や槍、また杖といった武器を装備することが出来るという点が挙げられる。また、人間の魔法詠唱を行えることもそうだろう。

 では獣型の魔物との優位性とはなにか。

 幾つもの弾丸を避け続ける俊敏性、それを維持し続ける体力。確かにそれもあるだろう。だが最も大きな優位性と言えば、

 クルリとその場を一回転。すると魔力は暴風という自然現象となり水の弾丸を吹き飛ばした。

「きゃっ――!」

 その余波を受け、思わずたじろいでしまう。その隙をついてヒュウの牙がミュウを襲った。

 獣型の魔物。その中でも各属性に属している魔物は、魔力を使って現象を引き起こすことが出来るのだ。今のような暴風、発火、地震。それは魔法に似通ったものではあるが、全てが無詠唱であるということ、そして魔力の込められていない現象は時として魔法よりも恐ろしく映ることもある。

「くぅ……」

「ウゥウウ!」

 首を振り風の刃が巻き起こった。逃げるミュウを追い縋るように流れる風の刃。ミュウはそれに対して轟と剣を振るった。

 二つの風がぶつかり合い、散り散りになる。瞬間、ヒュウは跳んでいた。

「――――!」

 クルクルと回転しながら遠心力を高め、尻尾に風を溜めている。ミュウは急ぎ息を整え、そちらに向かう。

「……いき、ます!」

 大剣を低く構え、呼吸と共に力を乗せる。僅かに光を帯びた大剣を視界に収め、覚悟と共に――

「やぁああああ!!」

 振り抜いた。

 剣技の一つであり、己の剣気を剣に上乗せして威力を倍加する技法。ユクレステから学んだそれを風狼に叩きつけ、ヒュウの尻尾が剣と交差する。風によって鋭いカミソリのようになった彼の尻尾も重さに重点を置いた彼女の剣戟は文字通り軽くはなかった。勢いのままに弾き飛ばされ、爪でステージを抉りながらもなんとか停止する。

「グルル……」

「ヒュウ、無事か?」

「ワン!」

 ウォルフが声をかける。だがその声には少しの心配もしておらず、まだやれるということを分かった上での言葉なのだろう。

『お、お、おーっと! これは凄まじい攻防! 今までの戦いがまるで子供だましだー!』

 白熱するステージにクギ付けになった観客の耳に審判の声が聞こえる。確かに、この戦いを見れば今までの試合がどれだけレベルの低いのか分かる。それくらいに激しい攻防を繰り広げていた。

「はぁ、はぁ……」

「いよっし、まずは一撃だ。焦らずいこう、戦局はこっちが有利だ」

「は、はい!」

 微笑みかけるユクレステに視線を送り、気合を入れ直す。

 速さが武器の風狼だが、ミュウを相手にするには少しばかり軽いのだ。パワーファイターのミュウ相手ではどれだけ力を込めようと容易く押し返される。

 ミュウは若干スピードに翻弄されがちだが、近寄ってくるのならば真正面から受け止めることが出来る。


「……なるほど、確かに、不利はこっちか」

 ポツリとウォルフが言葉を発する。

「……どんなもんだい、うちのミュウは! おまえが言うほど弱くなんかないだろ!」

 ステージを挟んで向かい側からユクレステが声を張り上げる。少々うっとうしく思いながらも、彼の言葉には頷かざるを得ないだろう。

「そうだな。ああ認めよう。貴様の言うとおり、そいつは驚くべき潜在能力を持っていたようだ。それを見極められなかった俺のミスは認めよう」

 クツクツと低く笑う。

 出会った時のことを思い出し、余計に笑いが込み上げて来る。

 あの時は異常種イレギュラーということに驚き仲間にした。後に強くならないだろうと切り捨て、捨てた。けれどそれは、決して間違った選択ではなかったはずだ。あのままウォルフの魔物であった所でミュウが強さを得られたとは限らない。それ以前に、あの絶望した表情を変えられたとは思えない。

 自分でも理解しているが、ウォルフは強さに執着している。弱きを助けることなど考えられず、戦えないものを、一々諭すようなことをする人間ではない。

「だからこそ、とも言えるか」

 だからこそ、ミュウはユクレステと出会えた。ウォルフとは正反対とも言える人間に。

 だからこそ、ミュウは驚くほどの強さを得た。

 それは決して悲観することではなく、むしろ一つの強者が生まれたことを考えれば喜ぶべきことだ。それが自身の元にいないというだけの話。

『クゥーン』

「……ああ、分かっている」

 心配そうに擦り寄って来る二匹の風狼。彼らの考えを即座に読み取り、頷いた。

「おい、ユクレステ」

「うん? なんだ?」

「以前言った言葉を取り消してやろう。貴様は大した奴だよ。あれだけ戦う覚悟のなかったミュウをそこまで鍛え上げられたんだ、称賛に値するよ」

「へえ、そりゃどうも。でももっと褒める相手は他にもいるだろ?」

 ユクレステの言いたいことは分かる。けれどそれをするには、少しばかり早すぎる。

「……そうだな、だがその前にまだやることがあるだろう? 試合はまだ、終わってない」

 ウォルフが片手を上げる。それを合図に、二匹の風狼がステージへと駆け上った。

『あっ! ウォルフ選手、登録してある魔物以外がステージに上るのは反則ですよ!』

「ふん、別にルール違反にはならないぞ」

『へっ?』

 間の抜けた声の審判を無視し、ウォルフは再度口を開く。

「俺が登録したのは風狼、そして名前はヒュウ。ヒュウ、フウ、ロウというのはあだ名みたいなものでな。本来の名前は――」

 三匹の狼を中心に風が逆巻く。暴風、轟風が幾重にも折り重なり、彼らを打つ。しかしそれによるダメージはあるはずもない。

 竜巻によって姿が隠され、その中から聞こえるのは狼の遠吠え。


「ォオオオ――!!」


 一層強い雄叫びと同時に風は晴れ、狼の姿がその場に晒される。

風狼牙ふうろうが・ヒュウ」 

 狼の唸り声が三つ、ステージを踏み締める四肢は一匹の獣。

「貴様のミュウと同様、俺のヒュウは風狼の異常種イレギュラーだ」

 そこには巨大な三つ首の風狼が立っていた。

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