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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
16/132

風狼

 コルオネイラで開かれている魔物専門の闘技大会。既に半分の工程は終わっていた。それも、昼前のこの時間で、だ。

 本来二日に分けて行われるはずだった闘技大会だが、思いのほか回転がよかったために考えられていた半分の時間で進んでいた。それもそのはず、一試合が終わるのがとても速く、大体一撃で勝敗が決まるのだ。その大部分が自滅だったり、自爆だったりするのだが、出場者の名誉のためここでは言わないでおこう。

 ともかくそんな見る方としても不完全燃焼間違いなしな試合でユクレステの仲間たちは順調に勝ち進んでいた。


 眼前にそびえる大蛇を前に少しだけ怯え、すぐさま剣を持ち直した。鉄塊と呼んでも差し障りないほどの巨体を楽々に担ぎ、横に一薙ぎ。

「いきます……!」

 口の中で力強く言葉を発し、キッと睨み付ける。轟、と剣風が十メートルはあるだろう大蛇に当たる。

だがあくまでこれをただの風圧。攻撃能力は皆無だ。本気を出すのは、ここから。

 グッと足に力を込め、地面を蹴る……よりも早く。

「わぁああ!」

 コロコロと大蛇が風に煽られ舞台から落ちて行った。呆気に取られるミュウをよそに、審判はめんどくさそうに勝敗を告げた。

『はい、勝者ミュウ選手。変化タヌキのシッポ君、残念ながら敗退でーす』

「く、くそー! 覚えてろやー!」

 大蛇が涙目でそう言い、白い煙と共に元の姿が晒される。そこには十メートルを超えた大蛇はおらず、五つ六つほどの男の子がいた。泣きながらマスターであろう女性に抱きつき、あっかんべーと舌を突き出している。

「え、えっと……」

 なんとなく決まりが悪い。今までで一番力を込めようとした矢先の出来事だっただけに、消化不良だ。

「お疲れさん。まあ、なんとなく言いたいことは分かるけど……楽に勝てたと思えば、な?」

「は、はぁ……」

 結局動いたのは剣を一度振っただけ。今までの戦闘もこんな感じだっただけに、もうなにを言っていいのやら。

『ではこの辺りで昼休憩の時間を取りたいと思います。次の試合は一時間後、それまでに選手の皆様は英気を養って下さい』

 事務的な言葉で締め、そそくさとステージ上から去っていく。

 その後ろ姿を見納め、ユクレステは息を吐いた。

「よし、じゃあ飯に行くとするか。ミュウもお腹空いただろ?」

「え、と……はい」

 特に動いた記憶はないが、腹は時間と共に減るものである。少し気恥ずかしく思いながらもコクリとうなずいた。

「主! 私もお腹空いたぞ! 昼にはパスタが食べたいな! 聞いてるのか主!? あーるーじー!」

 よほど耳が良いのだろう。離れた場所からユゥミィが手を振りなにかを言っていた。鎧着用中なため、少し動くとガッシャガッシャと喧しいので嫌でも目立ってしまう。

 大体、今の彼女の主はユーリィ・ダーゲンであってユクレステ・フォム・ダーゲシュテンではないはずだ。きっと彼女の頭には昼食のことでいっぱいなのだろう。もう少し考えてくれ、と思うユクレステであった。


 選手たちが昼食を取っていようと、本大会スタッフたちに休みはない。舞台上の欠損箇所の修繕、敗北した選手が無用な怪我を負っていないかの確認、そしてこの後のスケジュールの修正に大わらわだ。

 特に問題となったのはスケジュールだ。なにせ二日に分けてやるつもりがこのペースでは一日と掛からず終わってしまう。ここで一旦切って続きはまた明日にでもした方がいいのだろうが、そういうのは全て主催者の気まぐれで決定されるのがコルオネイラの闘技大会だ。

「めんどくさ……。失礼します」

 鎧を着た審判はその姿のままコロッセオの最上段にある特別ルームへと足を踏み入れる。主催者や王族が使用する、いわゆるVIPルーム。そこにはカラス顔負けのキラキラとした調度品や、豪華な椅子、机が並べられていた。その机の上にはお高そうな料理が並べられ、優雅に食す人物が一人。

 ふくよかな腹部に、特徴的なお鼻。威厳ある髭、髪型は気品すら漂わせる長髪。

 全体的に好意的な解釈を脳内で述べた後、審判は死にたくなった。女性ならいざ知らず、中年の男を褒めるのにはかなり抵抗があったようだ。

 だが王族であるためか食事マナーは至って繊細。むしろ美しいと言えるものだった。

 スプーンを使い音を立てずに野菜のポタージュを飲み。優雅な所作でナイフとフォークを扱いイノシシ肉を柔らかく煮た料理を切り分け、口にする。

 美しくないのは本人だけである。

 そんな評価を終え、審判は一礼した。

「ロイヤード閣下、お食事中失礼致します。午後のスケジュールについてのご報告に参りました」

「うむ、よい。そのまま言うがよいぞ」

「はっ」

 一度畏まった態度を見せる。ロイヤードはそれだけで気分をよくしたようで、グラスに注がれたワインで喉を潤した。

「閣下の申された通り、本日中に全試合を終えることができそうです。選手たちもあまり疲労していないので、この後の試合に問題はないかと」

「うむ、うむ。ならば今日中に終わらせてしまえ。あまり留守にしていると兄上がうるさいからな。まったく、あの兄上めが。私の趣味にとやかく言いおって……」

 なにやら思うところでもあるのか、彼の口からはぶつぶつと文句が流れる。

「あの、閣下?」

「む? ああ、うむ。もうよいぞ、下がれ。おい」

 ロイヤードは傍に控えていた老人に声をかける。

「ご苦労さまです。どうぞこちらをお持ちください」

「はっ、これは誠にありがたく存じます」

 彼の執事は穏やかな笑みを見せながら小さな袋を審判に手渡した。恭しく受け取り、速やかに部屋を出た。

 扉から離れ、廊下で袋を開くと大銀貨が三枚入っていた。

「へぇ、やっぱり王族ってのは気前がいいな。とてもじゃないけど真似できないよ。ま、せっかくだしスタッフになにか買ってこうかな?」

 実際にはそんなことをする間もなく仕事に忙殺されるのだが。それは現段階では知り得ないのである。



 さて、食事も済み残りの試合運びとなった。次の試合はユーリィ・ダーゲンとしての対戦である。今までまともに戦闘をこなさず、大体を運と相手の自滅で勝利してきたユゥミィ・マクワイア。彼女の昼食後、最初の相手となるのは――

「……なんの真似だ、貴様」

「サー? ヒトチガイジャナイカナ? ユーリィアナタシラナイヨ?」

「アホみたいな仮面でバレないと思ったのか? 頭沸いてるんじゃないか? ユクレ……」

「あーあー! なんのことか分からないなー! なっ? ユゥミィ!」

「ももも、もちろんだ! 主は間違ってもユクレステ・フォム・ダーゲシュテンという人物ではないぞ!」

 呆れた表情のウォルフさん。彼とその仲間、風狼のヒュウが相手であった。

 だが卑怯なことに彼はユクレステの変装をバラし不戦勝を狙っているのである。なんと卑怯な!


『まー、二重登録してるマスターが言えるのかって話ではあるんだけどねー』

「マリンさん?」

『ん、なんでもないよー。気にしないで』


 いい加減バカらしくなったのか、ウォルフは審判を見た。

 その視線を受け、審判は力強く頷く。

『では東席、だれがどう見ても謎な仮面男、ユーリィ・ダーゲンがマスターのユゥミィ・マクワイア選手対、風狼のヒュウ選手の対戦です! それにしてもこの仮面、まるで謎すぎて正体が分からないぞー!』

「えっ……」

 てっきり注意なり失格なりしてくれると思っていたのだが、審判はこのまま続ける算段らしい。既に彼の手も頭上に上げられ、今にも戦闘が始まりそうだ。

『試合――開始!』

「本気か!?」

「はっはっはっ! チャンスだユゥミィ!」

 そして始まる風狼対ダークエルフ。どちらもがスピードを主力とした魔物であり、風狼は魔法のように風を操る術を生まれながらにして会得している。対してダークエルフは人型であり、魔法や弓を使用しての戦闘ともなればこちらの方に軍配が上がるだろう。

 なおかつ、今はウォルフもヒュウも驚き戸惑っている状態だ。この隙をつけば、勝利することが出来るかもしれない。

「くっ……」

 明らかなミスに苛立たしげに舌打ちをした。来たるべき衝撃に備え、ヒュウも体を強張らせて構えている。

「……ユゥミィさん?」

 だが一向に攻撃の気配は感じられない。ついでに言えば、ユゥミィの姿が舞台上から消えている。

『あ、あれ? ユゥミィ選手まだいなかったっけ? やべ、ミスった……』

「私はここにいるぞ!」

 声が響く。透き通るような声がコロッセオの空気を振動させ、一人の少女の姿を際立たせる。その人物はステージの四方に立った柱の一つから聞こえ、気持ち上から聞こえた気がした。

「い、嫌な予感……」

 予感というよりもむしろ確信。顔を下に向けていても想像できる、彼女のドヤ顔にイラついた。

「なんだ?」

 ウォルフの疑問に答えたくなかったので一層下を向いた。ユクレステが小石を数え始めた辺りでユゥミィの口上も再開される。

「例えどれだけの強敵と争おうとも私の正義の心が挫けることなどありはしない! 幾多もの戦いで得た力を胸に、私は戦い続けよう!」

「……おい、貴様。あの娘は貴様の仲間では……」

「三十一、三十二……え? なに? 俺今小石数えるので忙しくて聞いてなかったし見てもいなかったんだけど? なんか起こってる?」

「い、いや。なんでもない……」

 無視することに決めたユクレステは頑なに耳を閉じていた。その異様な光景になにも言えず、つい引き下がってしまう。

「さあ来い好敵手! 我が聖剣技にて引導を渡してくれる! とう!」

 一通り喋れて満足したようだ。掛け声一つジャンプをし、見事に着地。そのままポーズを決め、

変身チェンジ!」

 鎧を身に纏った。

「……なんだこれ?」

「六十三~六十四~……え? なんだって?

『えーっと、もういい?』

「うむ、満足だ。始めて構わないぞ」

『そ、そう。それじゃあ……」

 こほんと咳払いを一つして微妙になった空気を仕切りなおす。審判は手を頭上に上げ、

『試合、開始!」』

 開始の合図を告げた。


「よく分からんが……ヒュウ、いくらアレでも相手はダークエルフだ。油断せずに戦え!」

「――――!」

 風狼が唸りを上げる。まるで風が吹きすさんでいるような音に下を向いていたユクレステも身構えた。

「ユゥミィ、気をつけろよ! あの風狼、かなり強いぞ。咆哮には特に気をつけろ!」

「ふ、承知だ!」

 気合の入った声を発し、ユゥミィは背中の剣を引き抜いた。ボロボロの大剣で、明らかに不良品、しかし彼女が言うには名剣であるとか。

「いくぞ!」

 ユゥミィが剣を振り上げる。

 ――そこでピタ、と動きが止まった。

「……? なんだ、なにを狙っている?」

 彼女の異様な雰囲気に目つきを鋭くさせ観察する。一見すると隙だらけ。だからと言って軽視するのはあまりに危険だ。

「……あの、ユゥミィさん?」

 しばらくの均衡状態の末、おずおずとユクレステが声を上げる。相手との距離は優に五メートルはある。この状態で振ったとして当たるはずもないだろう。ならば近づくなり一度剣を下せばいいようなものだが……。

「あ、主……どうしよう、このまま振っていいのかな? よく考えたら剣って使い方よく分からないんだけど……」

「今更!?」

 テンパっていた。どうしたらいいのか分からず、今剣を下していいのかすら分かっていない様子。とりあえずそのままではただの的にされるだろうからと剣を下させた。

「……ヒュウ」

「――ォオオン!!」

 ウォルフの指示に従い風狼が動いた。

「わっ!」

 素早い動きで彼女の近くにまで肉薄し、首を大きく振りながら風のカマイタチを生み出す。慌てて避けようとしたユゥミィは足が絡まって倒れこんでしまった。結果として、それがカマイタチを避ける助けとなったようだが。

「え、えーっと……そうだ! 私には聖剣技が……」

 剣を持ち直し、既に離脱している風狼を目で追った。目まぐるしく動いてはいるが、ダークエルフの目ならば捉えることは難しくはない。そのまま剣を振るい……振るい……。

 そこでふと、思い出した。

「あ、主……私はとんでもないことを思い出したぞ」

「なんか嫌な予感しかしないんだけど……言ってみ?」

 嫌そうな顔の主を横目に、泣きたい衝動に駆られながら剣を縦に振りおろした。

「私は! 剣なんて使ったことがなかった!!」

「んなもんとっくに知ってるわぁああ!?」

 もちろんそんな剣に当たるはずもなく、ヒュウは軽やかに回避。その体勢で首を軽く振り、カマイタチを巻き起こした。

 キン、と甲高い音が聞こえ、次いで剣の先が地面を転がる。風の刃が、なまくら剣を易々と切り裂いたのだ。

「あ、あー! 私の名剣エクス(仮)バーンが!?」

 だから名剣ではないと。

 とは言え、鉄であることに変わりはない。それを容易く切り裂いたのを見てゾッとした。

「ユゥミィ、剣は後だ! 今は相手を見ろ! 次の一撃が来るぞ!?」

「えっ? うわわっ!?」

 眼前を覆う風の流れ。それが刃と変わるのに一秒も必要なかった。迫りくる風の刃をほぼ条件反射で避け、安堵するより先に警報が頭の中で大音量をならす。

「くっ、この――!?」

 だが頭で反応できても体がついていかない。鎧が邪魔をして、ダークエルフの得意な速さを生かせないでいた。

「あーもう! こうなったら鎧を脱げ! それがなきゃもうちょっとはマシにやれるはずだ!」

 勝ち方を頭の中で必死に探り、結果そんな言葉を放つ。それでもユゥミィは頑として頷かない。

「イヤだ! それだけは、絶対に!」

 転ばされ、無様に逃げ回りながらも叫ぶ。

「勝ちたくないんならそれでもいい! でもおまえは勝ちたいんだろ!?」

 騎士になるために、今は勝ちたい。大会の前にそう言った。そう言ってもなお、鎧は外さない。

「剣を投げてもいい、弓を折ったって構わない! でも私は騎士だ! 鎧を着て、仲間を守るための騎士! そんな私が鎧を脱ぎ捨てていい訳ないんだ!」

 ガンと衝撃が走った。風の速さを纏った突進に押し倒され、獣の瞳は無表情に振るわれる。

「……それが、それが私の、夢だから!」

 しかし次の瞬間その瞳は驚愕に染まる。風の刃は確かに鎧の胴へと突き立てられた。だがその直前に霧散していたのだ。

「なにっ?」

「うそっ!?」

 マスター二人の驚きの声が上がる。確かな質量をもって放たれた風の刃が鎧に傷をつける前に散らされたのだ。そこにあるのは傷つける刃ではなく、頬をなでるそよ風。驚きにだれもが固まる中、ユクレステは急ぎ声を張り上げる。

「魔法だ! 騎士でも魔法を使う奴は多くいる! それならおまえの言う騎士に反しないだろ!?」

「えっ……あ、ああ! 地を育む聖樹、かの地を守りし大いなるさざ波により満たせ――」

「させるな! ヒュウ!」

 とっさに反応し一つの魔法を練るユゥミィ。それを阻もうとヒュウが連続でカマイタチを放つ。だがそれも、

「くっ、無傷だと――!?」

 無駄に終わった。その間に既に魔法を完成する。

「命生まれし聖地よ――ユグディア・ブレイク!!」

 完成と同時に発動する彼女の放つ、精霊上級魔法。

 もともと上級魔法の威力は中級魔法と比べてずっと高い。その中でも木属性の魔法とは地域制圧能力に優れた、なおかつ地形ダメージが最も大きい魔法である。

 それは、今現在ステージが粉々に砕かれ、地面から突き出した巨大な木の根を見れば分かるだろう。

「う、うわぁ……」

 するどく尖った木の根がまるで生き物のようにうねり、ステージを蹂躙していった。それを間近で見ていたユクレステは顔を青ざめ、若干引く。

「ふ、ふふふ! これで私の勝ち――」

「やれ、ヒュウ」

 勝利宣言を遮るようにウォルフが呟く。その言葉にハッと舞台上に視線を移すと、木々に埋もれたその場所に彼はいた。風が渦巻き、その中心で鋭く瞳を輝かせた一匹の野生。

「────ッ」

 オオカミの遠吠えがコロッセオに響いた。鋭く尖った木の根に立ち、顔を空へと向けて身ぶるいするような音を発している。その瞬間、風はまるで大砲のようにユゥミィを撃った。

「あっ!!」

 風だけではなく、木々も巻き込んだ砲撃。これにはいかなる鎧を着ていたとしても完全に威力を殺しきることは出来ない。大きく吹き飛ばされたユゥミィは木々に押し潰される形で舞台上から姿を消した。

「ユゥミィ!?」

 空から降ってきた木々を避け、ユクレステは彼女の元に駆け寄った。野太い木の根を退かし、急いで兜を引っこ抜く。

「う、うぅ……」

「大丈夫か、しっかりしろ!?」

 呻き声を上げ、僅かに目を開ける。目の前の人物を確認し、ホッと息を吐いた。

「自分の魔法でやられるなんて……ダークエルフ失格だ……」

「……まったくだ。最後に気を抜いたからだぞ?」

「フラグなんてへし折ってみせたかったんだよぅ」

 意外に元気そうだ。傍目から見てかなりのダメージを喰らってそうだったが、本人に大した傷はない。これもあの鎧のおかげなのだろう。

 ユクレステは立ち上がり、対戦相手に笑いかけた。

「はは、今のは完全に決まったと思ったんだけど……やるな」

「当然だ。俺の魔物がそう簡単にやられる訳ないだろう?」

 ウォルフの側には既にヒュウが待機している。その姿はまさに忠犬と言ったところか。番犬と言い換えてもいい。

 なんにせよ、この試合の勝敗は決まっただろう。残念にも思うが、それでもユゥミィは健闘した方だろう。それだけあの風狼は強いのだ。弓があったらまた違っていたのだろうが。

「まあ、最後の魔法には驚いたぞ。なかなか骨のある戦いができた。感謝してやる」

「……ああ、サンキュ。実際俺も驚いたよ」

 魔法を使えるとは聞いていたが、これだけの魔法を使えるとは思ってもみなかった。辺り一面破壊された舞台を見て、苦笑が零れる。

 と、そこへ、

「お、おーいだれか~! ヘルプミー!」

「うん?」

 男の悲痛な叫びが聞こえてきた。

 ユクレステではない。もちろんウォルフでもない。この場にいるもう一人の男性と言えば……

「早くここから出してくれ~! ってかあんたら審判殺す気ですかよ!?」

「あ……」

「む……」

 試合を見守っていた審判さん。地面から生えた木の檻に潰された形で発見された。舞台のすぐ近くにいたので巻き添えをくってしまったようだ。

「ゆ、ユゥミィ、今すぐこれをどうにかしてくれ。流石にこれじゃあ次の試合にも支障が出るし」

「……えっ!?」

「え?」

 タラリと一筋の汗を垂らし、ユクレステの言葉に驚きの表情を見せる。

 少し考えるように首を傾げ、乾いた笑いを浮かべながら無情に告げた。

「うん無理。ほら、えっと……ごめんね?」

 可愛らしく舌を出して謝るユゥミィ。唖然としたまま固まるユクレステ。我関せずと愛犬を撫で回すウォルフ。

「ちょっ、いいから助けてくれませんかねぇ!?」

 そして今にも潰されそうになっている審判さん。彼の声がこの試合の終わりを告げる鐘の音となったのだった。



 結局あの後、ミュウやウォルフの三匹のお供たちのおかげで審判の救出には成功した。その時にウォルフの勝利を宣言した、のだが……その後、破壊されたステージや突き立った木の根を見て試合の続投は不可能と判断。結果、当初の予定通り二日に分けることとなった。


 うん、そこまではいいだろう。

「ほらほら! いつまでも休んでんじゃないぞ少年! まだステージの復旧は半分も出来てないんだからな!」

「は、はいー! ……クソッ、なんで俺がこんな……」

「坊主! くっちゃべってる暇があるんならこっち来てこの木ぃなんとかしてくんな! 邪魔過ぎて仕事にならねぇよ!」

「は、はいただいまー!」

 ではなぜユクレステはステージの復旧という力仕事を任されているのだろうか。

 まあ当然と言えば当然だが、これを行った当事者たちのへの罰である。もちろん、ウォルフや彼の仲間たちは無罪だ。彼がやった訳ではないし、まだ明日の試合も残っているのだから。だがユクレステは、いや、ユーリィ・ダーゲンは今日の試合で敗退した。明日に試合が残っている訳でもないので、心おきなく強制労働に勤しめるのだ。

 ちなみに、ユゥミィもあちらでひーこら働いている。

「やっほー君たち、元気に労働してるかい? 夜食を持ってきたぞー」

 そこへ鎧姿の審判が袋を提げてやってきた。顔色は分からないが、恐らく楽しんでいるのだろう。声が弾んでいる。

「こんなことして元気なわけないでしょう?」

「はっはっ、まあ若いんだから大丈夫だって。それにほら」

 コツン、とユクレステの仮面を軽く叩き、笑いながら言う。

「明日の試合、なくなったら嫌だろう? として、ね」

「……おまえ」

 彼の頭が警戒の色を濃くする。

 知っているのだ。ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンとユーリィ・ダーゲンの関係を。それを知っていてなお、なぜか黙っている。

「試合って言うのはさ」

 怪しさ全開の鎧の審判はクツクツと笑いを堪えながら兜に手をやる。そしてグイと兜を脱ぎ、月明かりの下素顔が露わになった。

「言ってみれば祭りだろ? 祭りってのはだれもが予想し得ないサプライズがなきゃなーんにも面白くないんだよ。だから、ちょっとのルール違反イレギュラーくらい目を瞑ろうよ」

 夜空と同じく漆黒の髪に琥珀色の瞳が眼前に晒される。どこにでもいるような、しかし端正な顔立ちをした少年の姿だ。年のころはユクレステと同じか、少し下辺りだろう。

 持ってきていたパンを一つ取り出し、口に運ぶ。残りのパンと袋をユクレステに渡し、楽しそうに笑いながら指差した。

「それ、皆に渡しておいて。ほら、自分はこれから面倒な書類仕事があるんだよ。じゃ、よろしく~」

「あ、ちょ……」

 ヒラヒラと手を振りながら去っていく少年を見送り、袋の中身を覗いた。

「……うわ」

 中には焼きたてのパンと、その上にこれでもかと掛けられたシロップ、そして埋もれる程の砂糖を振りかけた見るだけで口の中が甘ったるくなりそうな代物がそこにあった。

 これを美味しそうに食べるとは、どれだけ甘党なのだろうか。どちらかと言えば辛党のユクレステは身震い一つして仕事に取りかかった。

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