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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
15/132

チキチキ魔物大戦ザベストオブファンタジー(夏)開催

八月期の一日。ゼリアリス国の闘技の街コルオネイラで一つの大会が行われようとしていた。観光客はそれを見るために街の中央に位置するコロッセオまで足を運び、出場者たちは早々に会場入りしている。今回は魔物が主役であることから選手控え室が混沌としていた。

「うわぁ……」

『これはまた……』

「ひぅ……」

 足元には足の踏み場がないほどにスライムが敷き詰められており、その上をトカゲがのしのしと歩き回り、グリフォンが近くにいたワーキャットにかじり付いている。主人と思しき連中が必死に声を張り上げて魔物たちを大人しくさせようとしているが、基本的に自由な彼らがその程度で止まるはずもない。阿鼻叫喚の図が目の前に広がっていた。

 この光景には流石のマリンですら冷や汗を垂らし、ミュウは怯えてユクレステの後ろに隠れてしまっている。

「素人連中が見栄を張るから……まったく」

 魔物使い歴ではこの中でも長い方であるユクレステはこの惨状にため息を吐き出し、再度見渡した。

 スライムトカゲワーキャット一角カエルグリフォンキマイラファイアスネーク。

 一度見まわしただけでも多種多様なモンスターがひしめいている。それが各々勝手に暴れているのだから埒が明かない。一度ユゥミィの所に顔を出したいのだが、こんな場所にミュウを置いていくのも気が引ける。

 仕方ない、と吐息して右手の杖を頭上に掲げた。

破砕(ブラスト)!」

 言葉と同時にパァン、となにかが爆ぜた音がした。実際には空気が振動し音が発生したに過ぎないのだが、周囲の目を一瞬こちらに向けさせるには十分だった。

 ジ、と何十もの視線が(一部の魔物には目はなかったが)ユクレステへと向けられる。

「全員、静かに!」

 そうして力強く声を吐き出し、近くでワーキャットをかじっていたグリフォンの嘴を掴んで無理やりこじ開ける。涎でべとべとになったワーキャットの少年をタオルで拭き、トカゲを後ろから抱き上げて棚の上に置く。破砕ブラストを何度か唱え、床のスライムを端に寄せてゴーレムに座らせて散らばらないように蓋をした。一通りを終え、ユクレステはうんと一つ頷いてミュウとマリンに声をかけた。

「俺ちょっとユゥミィのとこ行ってくる。マリン、なにかあったら任せたぞ」

『ん、りょーかい』

 テキパキと片づけを終えた彼を見送る。

「なんだ、あいつ……」

 ボソリと呟かれた言葉に、その場にいたほとんどの者が同じような感想を思ったことだろう。

「ご主人様、すごいですね」

『ま、そりゃー私たちのマスターだからね』

 マリンの言葉はどこか自慢げだった。



 コロッセオの東の選手控え室は先に述べたような状態だったが、その反対の西側控室はどうなっていたのか。ユクレステは若干心配になっていた。ユゥミィとは控え室が違い、そちらも心配である。先日のスライムにやられていたところを見るとそれも当然だろう。

 控え室の扉の前に来て、恐る恐ると開く。その中には、

「…………」

「…………」

「…………」

 まるでお通夜のように重たい空気が流れていた。

「え、えーっと」

「あ、主……」

 小さな声が部屋の隅から聞こえ、そちらに視線を向けると鎧姿のユゥミィが小さく手を挙げていた。なにやら、涙でも浮かべていそうな雰囲気だ。

 押し黙る人たちの脇を通り抜け、彼女の側へとたどり着く。開口一番で気になっていることを尋ねた。

「どうしたんだ、この空気?」

 チラリと他の選手たちを盗み見る。マスターも、その仲間であろう魔物たちも、一様に押し黙って緊張した面持ちをしている。いや、どちらかと言えば、恐がっているようにも見える。

「そ、それがその……」

 ユゥミィがなにかを言いかけ、それを掻き消すように扉が開く音が聞こえた。すると周りの緊張がさらに高まり、限界突破する。

 ユクレステがどうしたのかとそちらに視線を向ける。するとそこには、

「あ……」

「ふん、来ていたのか」

 白髪に鋭い瞳、その足元には三匹の――

「もふわんキター!」

「キャインキャイン!?」

「なっ、貴様! ヒュウに触るな!」

「もふもふだー! ふかふかだー! やーらかいなーかわいーぃーなー! こっちの二匹もかわいーぞー!」

「「キューン!?」」

「その手を離せー!」

 風狼が……。

 魔物使い、ウォルフと彼に付き従う三匹の魔物がいた、訳だが……。犬好きのユクレステはそんなライバル登場なんて一切意に反すことなく風狼を某ゴロウさんのように撫でまくっていた。

「このっ、いい加減に、しろ!」

「ギャン!?」

 ウォルフが鞘に入った刀でユクレステをぶん殴る。ゴツン、と重たい音が響き、彼の頭に大きなタンコブができた。

「よ、よおウォルフ、だっけ? 久しぶりだな……」

「……はぁ」

「あっれー? なんかため息吐かれたんだけど?」

「主、主! これを忘れているぞ!」

「そ、そうだったそうだった」

 ユゥミィから仮面を受け取り、装着する。ついでにちょっと魔法を使って風を起こしマントをはためかせてみる。

「久しぶりだな!」

「頼むから、話しかけないでくれるか?」

 哀れみの視線が痛かった。

 冗談が過ぎたのだろうか、と少し反省。仮面を取り、なんとかやり直そうとする。

「約束通り出場したんだな」

「ふん、貴様の弱さを証明するために仕方なくな。あれだけ大見栄を切ったからには少しは使えるようになったんだろうな?」

「使えるかどうかなんて分からないけど、前から言ってる通りあの子は……ミュウは強いぞ?」

 挑発を返し、にっと笑う。それが癪に障ったのか、聞こえるように舌打ちをした。

「まあどうだろうと構わん。俺の魔物の方が強いのは変わらんだろうからな」

「言ってろ。まあ、ミュウと戦うまでに負けないようにしろよ?」

「それはこっちのセリフ……と言いたいところだが」

 ふん、と鼻を鳴らし、周りの出場者たちに視線を向けた。その度にビクリと肩を震わせる。

「この程度の奴に負けるようでは強い弱い以前の話だがな」

 この恐がりよう、どうやらウォルフがなにかをやったのだろう。先ほどユクレステがやったようなことを、もっと過激に。なにをやったのかが鮮明に想像できる。

「ま、まあまあ。そんな過激なことを言うもんじゃあ……」

「至って普通のことだろう? 自身の魔物を抑えも出来ず、まともに従わせることすら叶わないザコ共。少なくとも、俺にとってはこんな奴らが相手であることそれ自体が恥だ。魔物使いをなめてるとしか思えない」

 さらに悪くなる室内の空気。ユクレステも少しは思っていたことだけに、対して反論も出来ない。

「とにかく、だ。貴様もこんな奴らに後れを取るようだったら許さんぞ? 貴様もだ、分かったな?」

 そう言って三白眼をさらに鋭くし、人を殺せそう視線で睨み付ける。

 ユゥミィを。

「えっ? えぇっと?」

「ぶっ……!」

 だれのことか分からずキョロキョロと辺りを見回すユゥミィと吹き出すのを堪えるユクレステ。

「ふん、大層な鎧を着込んで強くなったとでも思ったか? 浅はかだな、貴様も」

「え、あの、ちょ……」

「ぷ……くく……」

 必死に笑うのを耐える。顔を背けているからかウォルフからは見えないのが幸いだった。

「どれだけ必死になろうと強さなどそうそう簡単に変わるようなものではない。まして貴様のように戦う覚悟もない者などに――」

「あ、あのー」

 ウォルフの言葉を途中で遮り、彼の目の前にいた少女は片手を上げる。それから兜に手をかけ、ビクつきながら囁いた。

「ひ、人違いではないだろうか?」

 兜の下から緑色の髪の少女が現れた。若干涙目なのは、彼の剣幕が恐かったからだろう。

 想像していた人物でないことに言葉を失い、ハッとなってユクレステに向き直る。

「ぷぷぷ……あはははは! も、もうダメだ! あははは、間違えてやんの!」

「っ! だ、黙れ!」

 我慢できずに笑い出すユクレステ。対してウォルフは顔を真っ赤にして睨んだ。

「誰かと間違えて忠告なんかしてんですけどこの人ー! ぷふー、かっこ悪ーい」

「きっ、こっ、ころっ――!」

 羞恥のあまり呂律が回らず、意味のない言葉が口をついて吐き出される。

「ふ、ふん! 精々無様に負けないようにするがいい! あいつにもそう言っておけ!」

「はいはい。元主様が魔物間違いしてかっこつけようとして失敗しましたってことまでしっかりと報告しておきますとも」

「くっ――! 決着は大会でつけてやる!」

 なにかを言い返そうと口ごもるが、周りの生温かい視線に耐えかねて控え室から飛び出して行った。

 先ほどまでのピリピリとした空気が今のやり取りで霧散し、どこか穏やかなものに変わった気がした。

「あははは、ちょっとイジリ過ぎたかな?」

 そんな中でニヤニヤと笑いながらユクレステが扉の方に視線を向け呟く。

「……主。少し人が悪いぞ」

「ま、ね。俺の知り合いが曲者ぞろいだから少しくらい人が悪くなきゃやってらんないんだよ。マリン然り、おまえ然り、な」

 その言葉にユゥミィはムッと顔を不満げに歪ませて一言。

「私のどこが曲者なのだ。私ほど純粋かつ正直な者はそうそういないぞ」

「あー、まあ否定はしないけどな」

 ここ数日で学んだのだが、世の中真っ直ぐ過ぎてもいけないらしい。胸を張ってドヤ顔の少女を見ながら、ユクレステは苦笑した。



 既に大会の説明は事前に発表されていたため、控え室での説明は聞き流す形で大会役員の姿を眺めていた。今は東側控え室でミュウと一緒にいる。ユゥミィの方は、多分大丈夫だろう。本来ならば魔物とそのマスターが一緒にいないとマズイのだろうが、あっちでは全身甲冑の鎧と仮面を着けたユゥミィがいるはずだ。魔物役を鎧で隠し、仮面と魔法使いの格好をしたユゥミィで欺こうというのである。

 よく見ればすぐにでも分かりそうなものだが、どうもこの大会の役員はやる気がないのか大したチェックもしていないようだ。あちらからの救援要請は今のところはまだない。

「……と、ここまでが大会における規約になります。それでは第一試合の方、魔物を連れて舞台までお越し下さい」

 口頭で場所の説明を終えた係員はさっさとこの場を去ってしまった。

『……なーんか、やな感じ』

「そう、ですか?」

『うん。適当にあしらわれてるって言うか、おざなりって言うか』

 扱いの悪さについムッとした声が出てしまう。マリンは、不機嫌そうに宝石の中で髪を弄りながら扉を睨んでいた。

「ま、あんまり深く考えなくていいさ。やることはやったし、今のミュウなら楽勝だ」

『それは心配してないけどさ』

 ぐるりと見渡してみて、ミュウほどの強さを持った魔物はそう多くなかった。数匹の魔物が目に止まったくらいだが、それでも今のミュウならば善戦できるだろう。勝てるかどうか分からない相手は今のところ一組だけだ。

「勝ち上がれば当たるのは決勝。なかなかいいカードに恵まれたっぽいな」

 対戦表からウォルフという名を見つけ出したユクレステは、子供のようにニッと笑みを深めた。

「さて、それじゃあ行こうか。ミュウ」

「は、はい……!」

 第一試合。そう書かれた箇所に書かれた少女の名前。それを読み上げ、立ち上がる。隣の彼女に手を差し出し、元気づけるように笑いかけた。



『あーつまり、この私の考える偉大かつ素晴らしい名前と言うのは――』

 コロッセオの真ん中にある四角い舞台。それを見下ろせるような場所に身なりのいい男が座っていた。でっぷりとした腹と、偉そうな髭の男性だ。赤いガウンを着こみ、指には高価そうな指輪がいくつもはめられている。まんじゅうのような鼻をふごふごと動かし、口元には嫌らしい笑みが貼り付いていた。

 ロイヤード・アレイシャークティアラ・モーディナリディアナ・ルイーナ十二世。自らをそう名乗っている、王族の一人だ。彼は偉そうに胸を張りながら、マイクを片手に延々と話を続けていた。自身の声が数倍に膨れ上がる魔法道具アーティクションを片手に、いかに自分が偉大で金持ちでネーミングセンスが抜群かを語っているようだが、観客たちは辟易とした表情でそれを右から左に聞き流している。

「あのおっさん……言うことが昔から変わらねーのな」

「変な人、ですね」

『まあ面白いかなとは思うけどねー』

 魔物の感性は今一よく分からないが、相手さんの魔物は楽しそうにロイヤードの演説を聞いている。以外にも魔物に好かれるのかもしれない。

 だが少なくとも、ユクレステにとっては非常にどうでもいい人物であることに変わりはない。今頭の中にあるのは、この次に控えるミュウの試合だけだ。

「ミュウ、ガンバって来い」

 長ったらしい話しが終わる。鎧を着込んだ審判らしき人物が舞台上に上がり、マイクを口元に持っていく。ユゥミィが持っている鎧のようにも見えるが、こちらの方がずっとスリムなデザインだ。あの子もこれくらいの鎧にすればいいのに、と内心思う。あんな重騎士が着るような鎧、まともに戦闘も出来ないくせに。

『それではー! ただいまより、記念すべき第一回! チキチキ魔物大戦ザベストオブファンタジー(夏)を開催します!』

 わー、と観客の声援。だが待って欲しい、だれかツッコミを入れる人はいないのだろうか。

 ……どうやらいないようだ。周りは既にテンションが最高潮に達しているのか声を張り上げまくっている。

 ならばと、ユクレステは深く息を吸い込んだ。

「なにその変な名前ぇえええー!!」

 ちなみに命名ロイヤード閣下。歓声によって掻き消されたツッコミはだれにも聞かれることがなかった。

『では選手入場と行きましょう! 無駄に参加人数だけは立派な大会なんでさっさと終わらせたいので。はい、東席、ミーナ族のミュウ選手ー!』

「は、はい……!」

 紹介と共にどこからか花火が打ち上げられる。まだ空も明るいため、白い煙が残るだけだが、それでも演出過剰過ぎである。

「ってか今すごいこと言ったぞこの審判」

 やはりやる気のなさが前面に押し出されているのだが。

 見れば舞台に上がったミュウがペコリとお辞儀をしている所だった。

『おーっと! 魔物の大会ってことであまり期待していなかったがかなり可愛い子が初っ端登場ー! 今大会の癒し系担当はこの子かー!?』

 審判の声と同調して観客席からも盛大な歓声。

『なんかもーこの子が優勝でいんじゃね? って気になりますが……そうも言えないのが上級審判の悲しい所です。では続きまして、西席から、アックスベアのべアックス選手ー!』

「って、アックスベア!?」

 巨腕熊族のアックスベア種。その名の通り、巨大なクマ型の魔物だ。三メートルを超える体躯に太い腕が特徴である巨腕熊族、その中でアックスベア種は腕がまるで斧のような形になっている。その破壊力は凄まじく、例え強固な鉄の扉であったとしても彼らを止めることが出来ないだろう。魔物としての強さも上位であり、そうそう簡単に仲間にできるような魔物ではない。

 そんな強敵が相手では、いかにミュウであろうと……

「みゃーみゃー」

「あ、あの……えっと……」

 ぺしぺし。

「うー、きゃー」

「あ、あうぅ……」

 たしたし。

「ご、ごめんなさい」

「きゅー」

 足元に擦り寄っていたアックスベアをヒョイと抱き上げ、舞台の端に移動。優しくゆっくりと場外へと置いた。

『おっとなんということだー! これは大番狂わせだぞ! ミーナ族の少女があのアックスベアを無傷で突破だー!』

「そらそうだろうよ!?」

 全長五十センチくらい。体重四~五キロ。腕はまだ成長しきっていないためか柔らかで、愛くるしい姿であった。

 つまりはまあ、アックスベアの子供が相手であった訳なのだ。

『数多の攻撃を掻い潜り、お互いが傷つかないようなベストな勝利だー!』

「あ、えと……これで、いいのでしょうか?」

『あー、いいんじゃない? 勝ちは勝ちだし』

「みゃーみゃー」


 種族   ミーナ族。

 マスター ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン。

 名前   ミュウ


 一回戦、突破。




 その後も、パッと見る限り似たような光景がコロッセオの舞台で見受けられていた。ようするに、まともに試合と呼べるものが少なく、これなら子供のお遊戯の方がまだ見ていて楽しいのではないだろうか。

 スライムが勝手に液状化してリングアウト。キマイラがマスターを噛みついて病院行き。グリフォンが脱走して不戦敗。なおこのグリフォンのマスターが脱走兵とかで少し大変なことになっていたらしい。

 大よそ、大会とは別なところで修羅場が発生していたようだ。

 そんなこんなで第十四試合目。ユクレステは今度は西側の舞台で仮面を着けて参加していた。

「はぁ……なんか、すごくやる気が……」

「ふ、ふふん、どうした主。ききき、緊張しているのか?」

「この状況でどうやって緊張できるのか、是非とも教えて欲しいんだけどな。とりあえずユゥミィ、落ち着け」

 全身甲冑に身を包み、ユゥミィが震える声を出している。どうやら緊張しているようだ。今までの試合からどうやって緊張できるのかは謎だが、とりあえず落ち着かせることが先決だろうと兜を引っぺがした。

「な、なにをするのだ! こ、こんな時に兜を取られたら私は……や、やめろよーぅ! 兜返してー!」

「はいはい、分かった。とりあえず、とりゃ!」

「あいたっ!」

 ガシャンガシャン鎧がうるさい。涙目の碧い瞳を見ながら、良い笑顔ででこピン一発。

「ガンバって来い。未来の騎士様」

「あぅ、主……はう!」

「ほら、行って来い」

 兜を被せ、ニヤリと笑って送り出す。

「わ、分かった、任せておけ! この私ならば普段の通りに勝ってみせるとも!」

「ああ、その意気だ!」

 まあ、普段がどうかなんてのをよく知らないユクレステ。というか、今までに勝ったところは見たことがないのだが。スライムにも負けていたし。

 そんな彼の心情を理解出来るはずもなく、ユゥミィは舞台に上がって行く。

『はーあっち……おっと、では次の、えーっと……なん試合目だっけ? 十二? あ、十四ね。十四試合目を行います!』

 審判も相当ダレてきているようだ。まあ、この暑い中全身鎧を着込んでいれば弱音の一つも吐き出したくなるだろう。

『東席、小人族のチンケ選手! 西席、ダークエルフ族……? え、ダークエルフ? 無金族とかデュラハン種とかじゃなくて、ダークエルフ? ……こ、こほん! ダークエルフ族のユゥミィ選手です!』

 一般的に見ればダークエルフがあんな甲冑に身を包むとは思わないだろう。審判さん、あなたの気持は理解できます。

 対する相手は、子供と同程度の背丈しかない種族、小人族の少年だ。可愛い顔をしており、その筋のお姉さんが見ればお持ち帰りをしたくなるだろう。手に持っているのはナイフ。パッと見でそれなりの業物だろうと判断できる。

『個人的には鎧仲間のユゥミィさんを応援していますが、それですと観客のお姉さまに睨まれそうなので公平なジャッジを心掛けることにしますよ、ええ。ちなみにこのチンケ選手。実年齢は(ピー)歳ですので悪しからず』

「うぉ!?」

 観客席から凄まじい叫びが聞こえてきた。残念なことに年齢の方は聞き逃してしまった。

『世の淑女の皆さまの心を汚したところで早速始めましょう。第……十、三? いや十四試合、始め!』

 審判の手が上げられるのと同時にチンケが即座に動いた。その速さはミュウと比べても遜色がないほどのスピードだ。今までが今までだっただけにこの展開は予想出来ず、ユクレステは声を上げることも出来ない。

 同様に、ユゥミィの狭い視界では彼を補足することも出来ず、すぐに見失ってしまった。見つけようにも上手く視界から外れるように移動するチンケを視界にいれるのは難しい。

「っ、ユゥミィ! 後ろだ!」

「な、なにっ!?」

 ようやく声を出す。だがその時には既に鋭いナイフが迫っていた。ついぞ忘れていた。これは大会、勝ち負けを競う祭典なのだ。決して大道芸を行う場所ではない。それを忘れていた、そのせいで戦闘が後手に回ってしまう。

 振りむこうと躍起になるユゥミィ。だが思うように身体を動かせず、その無防備の背中に刃が届く、


 ――パキン。


「えっ?」

「お、おぉ?」

 軽い音と共にチンケの持っていたナイフが見事に折れた。対して鎧には少しの傷もついていない。そしてその際の衝撃でバランスを崩し、

「――うげっ!?」

 小人族は鎧の下敷きとなってしまった。

「あ、す、すまん! 今退く!」

 よ、ほっ、あれ? うまく立てな……、ごりごり。

 ユゥミィが動く度に耳を塞ぎたくなるような異音が聞こえ、チンケの手足がバタつく。やがて力なく彼の身体が動かなくなり……

「ふう、ようやく立てた。すまなかった。では続きといこうか! ……おや?」

『こ、これは……た、担架ー! 急いで担架持って来てー! 首が変な方向に曲がってるー!』

 すぐにスタッフが慌ただしく入り乱れていた。

『あ、勝者ユゥミィ選手ね。――バカ野郎! 変な持ち方するな! 顔が青くなってきたじゃねーか!』 

 …………。

「ふ、ふむ。計算通り!」

「え、えげつねぇ……」

 過程はともかく、結果。


 種族   ダークエルフ

 マスター ユーリィ・ダーゲン

 名前   ユゥミィ・マクワイア


 一回戦、突破。

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