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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
128/132

ダンジョン――山の五層目

 辺り一面真っ暗闇の世界で、ユクレステは一人ポツンと立ちつくしていた。右を見ても左を見ても、下を向いても上を向いても変わらない光景。気味の悪さに少し上擦った声を上げる。

「おーい! だれかいないのかー!? ディーラ、ミュウ、美子ー!」

 何もない空間にユクレステの声だけが木霊する。一瞬静まり返った闇の中で、気を落ち着けるように深呼吸を行った。

「お、落ち着け俺。そもそも一体なにが起こったんだ? 俺は今まであの悪魔と戦っていたはず……」

 となると、これは悪魔ナイトメアによる精神攻撃かなにかではないかと予想する。

「ナイトメア……って事は、これって夢か何か……えっ?」

 思考に耽っているとその瞬間周囲の景色は一変した。どこを見ても闇しかなかった場所が唐突に姿を変え、草原のような場所に放り出される。そして、そこにいたのはユクレステだけではなかった。

「え、えぇええ――!?」

 剣を構えた剣士がいた。杖を持った魔法使いがいた。鎧に身を包んだ騎士、暗殺者風の男、他にも様々な人物が草原に立っていた。その誰もがユクレステに剣を向け、杖を向け、明確な敵意を宿して視線を向けている。

 こんな状況に陥った覚えはもちろん無く、一瞬頭の中が真っ白になった。

「ちょっ、これなに!?」

 叫んだところで説明がされるはずもなく。そうこうしている内に周りにいた者達が一斉に武器を振り上げた。

「ぎゃー!?」

 閃光が炸裂し、ユクレステは思わず防御態勢をとる。その時、

「へっ?」

 ユクレステの手に輝く剣が現れた。

 魔法の光は剣に吸収され、そよ風だけが頬を撫でる。

「って、次か!?」

 次に迫る兵士達の剣に向け、光り輝く剣で迎え撃った。剣と剣が交差する――そう思ったのも束の間、敵の剣をバターのようにあっさりと二分し、その勢いのまま剣圧だけで大地を割った。

「……はっ?」

 一瞬、自分がなにをしたのか理解出来ず目を瞬かせるも、すぐに我に返って剣を振るう。

「セッ!」

 すると先と同様に剣を振った軌跡に光の剣気が走り、軌道上にいた敵を薙ぎ倒していった。

「……え? なに、これどういう事?」

 訳が分からないとばかりに首を傾げるユクレステ。そしてなにを思ったのか、今度は指先を敵へと向けて魔法の詠唱を唱えた。

「風光明媚にして威なる風の精霊、気高き杯を満たす優しさの根源、全てを包み、今解き放て――シルフィード・バスター」

 大して魔力は込めていない。それでも出来ると、頭の中で何かが囁いたのだ。そしてそれは当然のように成功し、眼前の敵を吹き飛ばす。

「す、すげぇ威力……」

 その効果足るや、普段のユクレステからは想像も出来ない程の威力と範囲だった。もしかしたら、彼の太陽姫に匹敵するかもしれない。

「な、なにがなにやら? って、まだ来るのか!?」

 どこから現れるのか、先ほど倒した敵が再度現れて襲い掛かる。やられてなるものかとユクレステも迎え撃った。

 あり得ない程の剣技と、あり得ない程の魔法を使って、ユクレステは無双の活躍で敵達を薙ぎ倒していくのだった。




「シルフィード・ファランクス」

「っ!」

 抑揚の無いユクレステの声と同時に翠の巨槍が生み出される。魔力の集まりに眉をひそめながら、ディーラは魔晶石の短剣を振りかざした。

「ブレイズ・ランス」

 魔晶石によって強化された焔の槍が、さらに巨大な風の槍と衝突する。勝敗は明確だ。炎の残滓一つ残らず消え去った。

 それでも止まる様子のない巨槍を視界に捉え、ディーラは木を蹴るようにして跳躍する。

「チッ」

 飛ぼうとするが眼下でファランクスの魔法が解けられ、行き場を失った風が暴風となってディーラを襲う。まともに飛ぶ事も出来ず、手を着いて地面に着地した。

――そこへ飛来する氷の礫。

「ああもう、邪魔。ブレイズ・エッジ」

 氷の魔法術を炎の魔法で薙ぎ払い、距離を取る。その間にも注意深くユクレステを睨みつけ、警戒を怠らない。

「っとに、ご主人は上手うまいなぁ」

 魔力量や力で言えばユクレステはディーラよりも数段劣る程度しかない。これならば魔界で武者修行と称して戦ってきた悪魔や魔物達の方が強い力を宿していた。だが、魔界の悪魔達と比べて彼の魔法の扱いは桁外れに上手い。そして魔界で育ったディーラはそういった相手との戦闘経験が少なかった。それが今の状況を作り出している要因の一つなのだろう。

「魔法だけじゃない。戦い方も、最初に会った頃と比べて随分と嫌らしいと言うか……僕の癖を良く理解してると言うか……」

 ディーラの呟きは、事実その通りだった。彼女と出会い、それから共に過ごす様になって既に数カ月が経っている。その間にもディーラの性格、癖、戦い方は肌で感じて来た。それを元に、ユクレステは彼女との戦い方をシミュレートしてきたのだろう。

「……一度の戦闘も無駄にしない、か。悪魔向きな性格なのかもね。意外に」

 などと評してくれてはいるが、実際は別にそう言ったものではない。対ディーラ対策にしても、もし彼女が我慢の限界がきて襲われた時に何とか対抗出来るようにという後ろ向きな理由からだった訳なのだし。

 そんな事を知らないディーラは眠たげな瞳を妖しく輝かせた。

「ま、こっちは大きなハンデ喰らってるけど、それはそれで趣があって良し。ご主人ならよっぽどが無い限り死にはしないだろうし……殺す気で行くからね? ご主人」

「……!?」

 ニッコリと見惚れる程の笑顔に、意識の無いはずのユクレステは背筋を震わせるのだった。




「う、うはははー! なんか今背筋に悪寒が走った気がしたけどきっと気のせいだよねー! だってほら、俺ってばこんなに強いし!!」

 一方で夢の中、ユクレステはと言えば光り輝く剣を片手に戦場を縦横無尽に駆け巡っていた。先ほどまでは草原のような場所だったはずだが、今は荒野地帯で山賊の様な相手と戦っている。獣の毛皮から作られた服に、無骨な斧を持った見るからに山賊スタイルの男達だ。顔は暗くてよく見えないが、そんな些細な事今のユクレステには関係なかった。何故ならば、

「とりゃー!」

 剣を一振り。数十人が空を舞う。

「そりゃー!」

 風の魔法。百人近くが吹き飛ぶ。

「どっせーい!」

 普段ならば使えないはずの極大呪文によって砦が一瞬で消え去る。

 最強。無敵。無双。

 そんな言葉がハイになった思考に現れていた。

「むっ!」

 そこへ振り下ろされる戦斧が一つ。一歩下がりながら巨大な武器を振り回している相手を睨む。筋骨隆々の巨体、その人物をユクレステは知っていた。勇将と名高いライゼス・ドルク、その人だ。彼は現在山賊のような格好でユクレステと対峙している。

 さらに彼の後ろにはミュウが縄で縛られ、捕らえられていた。

「きゃー、助けてくださいー」

「ミュウ!? 今助けるぞ!」

 どこか悲壮感を漂わせる悲鳴を聞き、当然の事のようにライゼスへと剣を振り下ろす。彼はその剣を辛うじて防ぎ、鬼の形相で戦斧を振り回した。

「ハッ、そんなもの! 俺に通じるとおもうなよー!」

 ――現在、ユクレステ。捕らえられた仲間を助けるために奮闘する……という、夢を見させられている。




「いくよ、ミュウっち!」

「はい! 突進せよ清廉なる水、その清き切っ先にて敵を貫け――リバーズ・ランス」

 美子の掛け声に合わせるように、ミュウは魔力を練り上げる。現れた水の槍を大きく振りかぶり、力の限り投擲した。

「せーので、ポン!」

 ペシンと二つの尻尾を合わせ、サキは前方に幻術を発動させた。対象は美子が放った氷のつぶて。それら全てがミュウのほうった水の槍と同じ姿になって悪魔を狙う。

「へーへー。こいつは恐いねぇ」

 そうは言いながらもニマニマとした笑みのまま槍を弾いていき、その一つにだけ黒い魔力の刃で斬り払った。するとミュウの作り出した水の槍はクルクルと飛んで行き、地面に突き刺さる。

「うぅ、妾の幻術がこうも容易く……」

「ケヒヒ、軽い軽い~。オイラだって幻術は得意分野だしぃ~?」

「だったら!」

 笑うナイトメアに苛立ちながら、美子は地面を蹴った。同時に、ミュウも。

「魔法術にはこういうのもある! 身体能力制御!」

 MMCを操作。内蔵された魔法術のうちの一つを発動させる。瞬間、彼女の姿を見失った。

「およよ?」

 消えた訳ではない。ただ想定していた以上の動きに一瞬視界から外れたのだ。

 魔力によって身体能力を増加させる魔法術。近接戦において有用な魔法術ではあるのだが、これを覚えている学生は少ない。増幅された身体能力を理解するための高い思考能力を同時に必要とするためである。

「せい!」

 魔法術によって元の能力よりもざっと二倍の身体能力を得た美子。その一撃は決して軽いものではない。不意を打たれた形でナイトメアは蹴り飛ばされた。

「やぁああ――!!」

「おぉ?」

 追撃とばかりに二人のミュウが前後から同時に襲い掛かる。困惑し、動きを止めてしまった所へ巨大な剣が後頭部を打ち据えた。

「ぷげら」

 変な悲鳴をあげて地面にめり込むナイトメア。二人のミュウのうちの一人が消え、そこにはサキがチョコンと座っている。どうやら、彼女が幻術によってミュウの姿をとっていたのだろう。

 小さなクレーターが出来上がり、悪魔はその中心で倒れ伏している。

「さぁて、そろそろ覚悟してもらおっか? さっさとセンセを元に戻しなさい。さもないと、指を一本一本切り刻んで口に突っ込むわよ?」

「わぁ~お。このお嬢ちゃんめっちゃこわぁ~い。……ジョーク?」

「あはっ♪ 本気マジ

 どこからともなくナイフを取り出す美子。迫力のある笑みにミュウとサキはプルプルと震えている。

 沈んだ体を引っこ抜きながら、ケラケラと笑いながらナイトメアは言う。

「ん~、と言ってもねぇ~? 別に起こしてあげる必要なんしぃ~」

「……」

「ちょわぁ!? 無言で振り下ろすなんてとってもデンジャーガール!」

「チッ、逃げたか」

 顔面に向けてナイフを振り下ろすが、機敏な動きで後退する。尻もちをついたままの移動のため、少々情けない姿だ。

「生憎とあんたのふざけた茶番に付き合う気はないの。さっさとしてくんない?」

「ニコニコしようぜ、ガール&ガール? それに、だ。オイラ、悪い事なんにもしてないんだぜぇ~?」

「……」

「はいストーップ! その殺意の籠もったナイフを下ろそうガール?」

 無表情に戻った美子の姿へ制止の声をかける。

「ほ~ら、さっきも言ったじゃん? いい夢を見させてやってんだって。感謝、して欲しいくらいなんだからさぁ~?」

「いい夢ねぇ。そもそもナイトメアって悪夢を見せる悪魔なんじゃないの? その時点で信憑性は地平線の彼方まで吹っ飛んでるんだよね」

「悪夢を……」

 チラリとユクレステへと視線を向けるミュウ。変化の無い彼の表情からは内面は読み取れない。

「よく分からんのじゃが……」

「それはキツネッ子の観察眼が足りてないのだよん? 何たって今の魔法使いクンが見ている夢は、彼が渇望していたものなんだから」

「ご主人さまが、望んでいたもの……」

 ユクレステの望み、と言われて一番に思い浮かべるのは聖霊使いだろうか。秘匿大陸へ来た以上、彼が目指すものはその一点であるはずだ。

 では今彼が夢見ているのは、聖霊使いになった時の事なのだろうか。

「ちぃ~がうんだなぁ~」

「っ!?」

 心の中を読んだかのように、悪魔はブー、と赤い舌を出しながら言う。

「もっとも~っと単純で、男の子ならダレもが思う様な夢さぁ~。つ・ま・り~」

「つまり?」

 ニィ、と三日月のような口が開かれた。

 ――最強になる夢さ。



 その夢の中で、ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンは最強の騎士であり、魔法使いであった。並み居る敵はユクレステにとって自身を引き立てる有象無象でしかなく、強者達を一蹴する力は誰からも羨望の眼差しを向けられている。

 夢では彼の仲間達、ミュウ、マリン、ディーラ、ユゥミィが敵に捕まっていた。ライゼス・ドルクに始まり、風の主精霊シルフィード、風狼を従える剣士ウォルフ。彼等を倒し、さながらお姫様を救出する王子様のように颯爽と駆け付ける。

 そして今、ユクレステの目の前には最強の名を冠する一人の女性が立っていた。

「さあ、勝負だ太陽姫。今度は俺が勝たせてもらうぞ?」

 太陽姫、マイリエル・サン・ゼリアリス。剣技も魔法も、ユクレステの知る限りで最強の二文字が相応しい人物。普段は清楚なバトルドレスに身を包んだ彼女は、何故か露出の激しい黒鎧を着用していた。戦悪魔ヴァルキリーの名が示す通りである。

「助けてーユクレー」

「助けてッスー」

 彼女の後ろにはセイレーシアン・オルバールとシャシャ・フォア・ジルオーズが腕を縛られて助けを求めている。先ほどの夢でのミュウと同じ姿だ。

 彼女達からの声援を受け、ユクレステは光り輝く長剣を油断なく構えた。同時に、マイリエルも黒く輝く剣を構える。

 一瞬の静寂。それもすぐに消え去る。

「ハァアア!」

 力強く地面を蹴り、一瞬のうちにマイリエルへと肉薄する。消えたとしか思えない程の速度。しかしそれをマイリエルは的確に迎え撃った。

「ハッ、セイ!」

 上下左右、あまりの速さにほぼ同時にしか感じられない四連激がマイリエルから繰り出され、ユクレステは咄嗟の判断で後方へと退避。剣を持たない左腕を突き出し、魔力を開放する。

「シルフィード・バスター!」

「ディアシャーレス・バスター!」

 高密度の魔力がぶつかり合い、余波だけで地面が崩壊する。巻き上がる地面を蹴り飛ばしながら跳躍し、力の限り剣を振り下ろした。剣の軌跡からは魔力が溢れ出し、眼下の太陽姫へと強襲する。

「オォオオオ――!」

「ハァアアア――!」

 それで終わるマイリエルでは無い。迎え撃つかのように逆袈裟に切り上げ、剣気が光となって空へと穿つ。

 拮抗したのも一瞬、ユクレステの剣気がマイリエルの力を切り裂いた。

「ディアシャーレス・ルーク」

 光の防御障壁に防がれはしたものの、ユクレステの有利に違いは無い。確かな手応えに自然と笑みがこぼれた。

「ハッ、ハハッ! 太陽姫も超えられるのか! 最っ高に楽しいな!!」

 クスクスと妖しげな笑みを披露するユクレステである。

 彼は別段、弱い人間ではない。むしろ、一般人からすれば十分に強者と呼ばれるであろう魔法使いだ。それほどの才能を有しているし、経験だって積んで来た。それでも、彼自身は己を最強だと思った事は一度として無かった。当然だ。剣技においてはセイレーシアンがいたし、魔法にはアランヤードがいた。逆立ちしたって勝てないような才能の塊がすぐ隣にいたのだ。そんな自惚れ、抱けるはずがない。

 けれども、そんな彼にも思春期の頃はあった。そんな時分に彼はとある事を妄想した事があったのだ。アランヤードよりも魔法に秀でる自分。セイレーシアンをも軽く倒せる剣の腕を持った自分の事を。また、つい最近もチラと思った。最強と名高いマイリエルよりも上にいけたらなぁ、と。

 つまりこの夢は、自分が最強になるという、誰もが夢見る当然の幻想である。

「ふはははー! 強いぞー! 負けないぞー!」

 ややハイになったテンションで剣を振り回しながら、今までにない程の魔力を迸らせながら突貫した。




 夢の中でユクレステが凄まじい魔力を操るのと同時に、現実のユクレステにも変化が生じた。

「ッ、ォオオオ!」

 夢であっても現実に影響を与える。それがナイトメアの悪夢だ。今夢の中のユクレステは現実ではあり得ない程の魔力を垂れ流している状態であり、それに引っ張られるように現実のユクレステも魔力を捻り出していた。

「これ、結構ヤバい?」

 風に翻弄されながらディーラの頭に危険信号が灯る。別段それはディーラが危険と言う訳ではない。確かに押されはしているが、このままならば勝つのは間違いなく彼女だろう。何故なら、これほど無茶な魔力の放出をしている以上、ユクレステが魔力を枯渇させるのは時間の問題だからだ。

 いくら夢の中では最強であろうと、現実では違う。魔力には底があり、放出量にも制限がある。今は一時的にそれらの鎖が外れた状態なのである。いわゆる、火事場の馬鹿力だ。そう長い時間続くものではない。遠からず、ユクレステは限界を超えて倒れる事だろう。最悪、命の危険だってありえる。

「さっさと、決めないと……」

 主の命の危機に一層気を引き締めるディーラだが、どうにも攻め手が無い。限界以上の魔力で上級魔法を乱発しているユクレステを相手に、中級魔法と小手先だけの魔法術では相手にもならない。さらに戦い方はユクレステの記憶と経験によってあちらの方が上だ。

「ああ、もう」

 ――これだから悪魔って奴は。

 自分の存在の事を棚に上げ、ディーラは歯がみする。一応、彼女の言い分としては力に固執するディーラ達ロード種と、ナイトメア達精神を追い詰める悪魔とではまた考え方も違うらしいのだが。

「……仕方無い。ちょっと無理するか」

 ふぅ、と吐息してディーラは視線をユクレステへと向けた。普段以上の魔力が風の壁を作り出し、その奥にいる主の姿を隠している。だが、幸い攻撃の手は緩んでいる。きっと、今がチャンスなのだろう。

 口元に手首を近づけ、鋭い犬歯で裂く。口の中に鉄の味が広がった。

「悪魔の力、試してみる?」

 ピッ、と腕を横に振るい、赤い雫が広がる。空中に真一文字の赤が描かれ、光を放つ。

「契約は、己に――」

 一言発すると同時に血は魔力を外へ外へと追い立てる。溢れる魔力はゆっくりと空間へと広がっていった。

「己は、焔――」

 魔法陣が眼前に現れる。それは、今までディーラが扱っていたものとは違う様相をしていた。そこへ、魔晶石を刺し入れる。

「焔は、力に――浸透しろ。魔の暴力に。……いくよ、ご主人!」

 思いついたのはつい先ほど。同じ悪魔であるナイトメアが山を一つダンジョン化し、領域を展開した時だった。元来、悪魔は魔物よりも精霊に近い存在なのだ。上級魔法は精霊の力を借りた魔法。それならば、悪魔個人の力でも上級魔法と同様の力を振るえるのではないのか、と。

 そう思ってからは簡単だった。自身を一つの魔力生命体と考え、触媒である魔晶石を活用する。それだけで、新たな魔法が生み出された。

「災厄生み出せし紅き焔、その力ある形を具現し、全ての炎を示せ――アポカリプス・ファランクスノヴァ」

 瞬間――ゴウ、と熱風が木々を焼いた。

 ディーラの手には禍々しい程に黒い炎が波打っている。それをジ、と眺め、彼女にしては珍しく冷や汗を流していた。

「あ、これはマズイ」

 ポソリと呟かれた言葉はどこまで聞こえたのか。とにかく、他人事のようにディーラはこの魔法を眺めていた。

 少し、失敗だったかもしれない。思いつきで、さらに出来そうだと思った新魔法。だがどうにもこれ、思ったよりもずっと危険な魔法だったらしい。

 今にも爆発しそうな炎の槍を凝視し、どうしようかと逡巡。

「ま、いっか。取りあえず、試してみよう」

 丁度ユクレステが上級魔法の詠唱を終えており、風の砲撃がこちらを狙っている。どれだけの威力があるのかは分からないが、あの主の事だ。しぶとく生き残るだろうと考えて少しの迷いを即座に断つ。

「……シルフィード・バスター」

「ごめんご主人、後でいっぱい謝るから。い、け――」

 砲撃に合わせるように、黒炎の巨槍を投げ放った。

「……!?」

 ぶつかり合う二つの魔法。だが拮抗したのは僅かな間だけだった。炎は風を押さえつける――否、貪り喰らい、膨れ上がる。槍だった姿からは掛け離れ、巨大な猛獣が一飲みにしようとしているようにしか見えない。

「っ、そっか。……って、ヤバい! ご主人!?」

 珍しく切羽詰まったようなディーラの悲鳴。腕を伸ばすがそれももう遅い。巨大なアギトは既にユクレステに牙を突き立てようと迫っていた。




 夢の戦いは佳境を迎えていた。太陽姫とユクレステはお互いに一進一退で少しも譲らず、剣戟の音が響いている。

「でぇえい!」

「っ!?」

 渾身の力で振り切った剣は太陽姫の長剣を弾き飛ばした。そちらへと思考を向けるマイリエル。だがその隙を逃さず、ユクレステは彼女の首元に剣を突き付けた。

「これで俺の勝ち、だな?」

 ニヤリと笑みを浮かべ、肺に溜まった空気を吐き出す。マイリエルが観念したように顔を伏せると、彼女の体はスゥ、と消えて行った。

「……はは、本当に勝てたんだ……」

 最強を下し、自分でも信じられないと苦笑する。そうして、いつものように振り返った。

「やったな、みんな! って、あ……」

 だが当然の事ながらそこには誰もいない。

「……そっか。戦ってたのって俺一人だったっけ」

 いつもならば、隣には常に誰かがいた。そしてユクレステはそれを当然の事と思っていた。けれど……。

「…………」

 夢の中のユクレステは最強だった。敵など歯牙にもかけず、ただ淡々とその力を見せつける。それだけでどんな敵でも倒して来たのだ。

 気分は良かった。実に爽快な時間だった。けれど……やっぱり、ユクレステの戦い方とは違うのだ。

「はぁ……そうだった。ナイトメアの悪夢……いや、確かに良い夢だったのかもしれないけどさ」

 顔を上げ、今まで進んで来た道を振り返る。ずっと向こうに仲間達の姿があり、視線はどこか遠くを見ていた。

「それでも、これはやっぱり悪夢だよ。俺しかいない、みんなと一緒にいない俺なんて、俺じゃないんだから」

 空間が移り変わるようにして変化していき、辺りには再度無数の敵が現れている。彼等を見渡しながら、ユクレステは再度口元を緩ませた。

「さっきまでなら喜んで突撃してきたけど……違うよな、それ。だって俺の戦いって――」

 苦笑を浮かべながら一歩後退する。剣をポーンと放り捨てた。

 その剣を受け取る者達がいた。

「――こうして仲間とじゃなきゃ、俺らしくないよな?」

 ミュウ、マリン、ディーラ、ユゥミィ。四人がユクレステを護るように前へと進み出てくる。それを満足そうに眺めながら、頷いた。

「そうそう、これだよこれ。俺ってんならこうじゃないとな。さっきのも、たまに見る夢としては最高かもしれないけど、やっぱり俺にはこっちの現実のが合ってるよ」

 いつの間にかユクレステの手にはリューナの杖が握られており、杖の先で地面を軽く叩く。――瞬間、世界に亀裂が走った。

「良い悪夢をありがとう、クソッたれな悪魔さん。そろそろ、目を覚ます時間だよ。いつまでも寝てたら皆に怒られちまうからな」

 そうだよな、と夢の中の仲間たちと視線を交わす。にこやかに微笑む彼女達の姿を見て、ユクレステは夢の世界より覚醒を果たした。



 現実のユクレステの瞳に光が戻り、意識も覚醒した。先ほどまでの事をすぐに思い出し、対処するために目を見開く。

「へっ?」

 ――その眼前には黒い炎が迫っていた訳だが……。

 何やらディーラの悲鳴も聞こえ、この状況がマズイ事だけは瞬間的に理解した。

「……ちょちょお!? ス、ストーム・ウォール×2」

 咄嗟にコクダンの杖を取り出し、同列キャンセル魔法を展開する。ユクレステに襲い掛かっていた黒い炎は霧散したが、熱風の勢いだけは殺しきれず、

「うわぁああー!?」

「ご主人ー!」

 高々と空へ舞い上げられてしまうのだった。

最近、更新ペースが遅くなって申し訳ありません。次回も少々お時間を頂くかもしれません。どうかご了承ください。

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