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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
126/132

ダンジョン――山の三層目

「わははは! 妖怪なんぞ何するものぞ! さあさあ出て来い悪妖ギツネめ! この私が成敗してくれるわー!」

 一行の先頭に立ち、大きな声で笑っているのはつい先程合流した黒子の人物である。あれほど恐がっていたくせに一転して強気になったのは、封印されていた妖怪がまだ子ギツネだと知ったからに他ならない。力の無い子ギツネならば自分でもどうにかなると思ったのだろう。

「な、情けない……」

 呆れた様子で意気揚々と先を進む彼に視線を向けるユクレステ。どうやらこの場にいる全員が同意見のようで、白けた眼差しが向けられていた。


 最初に封印が解かれた時、近くにいた夜月の者達は巨大なキツネの姿を見たのだと言う。それが段々と尾ひれがつき、結果として九尾の狐なのだと要斗に報告されたのだ。

 もちろん、その巨大なキツネというのが子ギツネの幻術によるもので、彼等はたった一匹の子ギツネに翻弄されていたのだった。

「しかーし! 相手が木端こっぱ妖怪ならば何も恐いものはありません! 皆さん、やっちゃって下さい!」

「結局俺達に丸投げかよ!? 余計カッコ悪い!」

 グッ、とサムズアップしている黒子にツッコミを入れ、ユクレステは大きく息を吐いた。

「……何にしても、だ。あの子が一体なんなのか。それが分かるまで退治する気はないからな?」

「えー、せっかく私の点数がー」

 ブーブーと文句を垂れているが、全て無視して仲間達に話しかける。

「そもそも、なんであいつ封印されてたんだ? 俺が見る限り大した力は無いぞ、あいつ」

「そうだねー。尻尾も二尾だったし、そんなに強力な妖怪じゃないのは確かかな?」

 基本的に妖狐の実力は尾の数が多ければ多いほど強いものとなる。だが子ギツネの尾は二本。それでも普通のキツネと比べれば妖力を宿している分力はあるのだが、九尾のものとは比べ物にならない。

 どう言う事なのかと黒子に視線を向ける。

「さあ? 伝承では一千年以上も前に現れて上皇に取り憑き、それがバレてこの地に封印されたとしか。いやはや、まさかただの子ギツネが封印されているとは、まさにキツネに化かされましたな!」

 ハッハッハッ、と笑う黒子にイラッとした。

「……ねむ」

 ディーラはもう興味が失せているのか、眠たげに欠伸をしている。

 小さな声でミュウが呟いた。

「でも……なんだか、少しかわいそうでした」

「かわいそう?」

「はい……。とても、寂しそうにしていたんです」

 目を伏せ、先ほどの姿を思い浮かべるように言う。そう言われ、ユクレステも思い返した。

 自分を強く見せ、虚勢を張り、目の前のものが全て敵だと思っているかのような攻撃性。そこにあったのは、封印された事による憎悪だけではなかった。ミュウの言う通り、どこか寂しさを含んでいたように思える。

「……しゃーない」

 ポツリと口にする。ミュウに笑いかけ、彼女に同意を求めるように手を伸ばしながら。

「それなら、ちゃんと話し合わないとな?」

「……っ、はい!」

 ユクレステの手を取りながら、ミュウは満面の笑みで答えた。

「むぅ……私としてはちゃんと退治して頂きたいのですが……」

「ま、ご主人とミュウが一緒だし。こうなりそうな予感はしてたよ」

「んふふ、それにどんな退治方法でも良いっていったのはそっちでしょ? 決定権は全てセンセにある訳だし。諦めなさーい」

「……そうでしたか。それなら、しょうがないですね」

 仕方ないと頷く黒子。

「……?」

 ディーラはどこか腑に落ちない表情を浮かべていた。



 魔物の群れを突破し、恐らく最深部であろう場所まで辿り着く事に成功した。目の前には見上げる程に巨大な岩の欠片があり、ユクレステ達はそれが内包する魔力量に驚きを隠せなかった。

「な、なんだこれ? まるで……魔石じゃないか!?」

 ディエ・アースでも珍しい魔力を内包した鉱石、それが魔石である。魔石の中でも優劣は存在するのだが、目の前にあるものはその中でも特に純度の高い代物だ。少なくとも、ユクレステはこれほど高純度の魔石と対面した事は未だかつてなかった。

 欠片一つで豪邸が立つと言われても頷いてしまいそうだ。

「ちょ、ちょっとだけ削っちゃダメかな?」

「やめて下さい!? それの所有権は夜月にあるんですから!」

「ちょこっと! ちょこっとだけだから!? 研究用に一欠片だけプリーズ!!」

 高純度の魔石を前に、ユクレステの魔法使いの部分がうずいたようだ。若干イッた目でユクレステがにじり寄っている。

「って言うか、あの子ギツネちゃんはどこにいるんだろ? どっかで見落とした?」

「でもここまで一本道でしたけど……」

 首を傾げる美子とミュウ。ユクレステはハッと我に返って、岩を見直した。

「ん?」

 よーく見ると岩の欠片と欠片の間に僅かな隙間が出来ている。もしかしたら、とその隙間に腕を突っ込んだ。

 次の瞬間、ガブリと手の平に激痛が走った。

「いってぇええー!?」

 慌てて腕を引き抜くと、手の平に噛まれたような跡ができている。

 ユクレステの犠牲のおかげでこの中に何かがいるのという事が分かった。あとはどのようにして引きずり出すか、だが……。

「……火あぶり?」

「水攻め」

「氷づけー」

「み、みなさん……」

 ディーラ、ユクレステ、美子の順に物騒な事を口にする。あわあわと視線をさ迷わせるミュウ。彼等の声が聞こえたのか、穴の中からビクリと震える音がした。

「こ、この人達本気だ……キツネさん、早いとこ出てきた方が良いですよー」

 黒子の訴えにチラリと顔が覗く。その視線の先には、手に炎を乗せたディーラがいた。その横にはせっせと枯れ木を拾うユクレステと美子が。

 どうやら彼等の中では火あぶりに決定したようだ。

「ヒィイイ!?」

 慌てて出てきた子ギツネは素早い動きでミュウの足元に隠れてしまった。困った顔で子ギツネを抱き上げ、ユクレステを見上げる。

「あの、あまり恐がらせるのは……」

「分かってるって、ちょっとした冗談だよ、悪かったって。……半分程度は、な」

 ポツリと呟かれた言葉は幸いミュウと子ギツネには聞こえなかったようだ。

「それって割と本気じゃない?」

「そりゃ、ご主人だし」

 ふぁ、と興味無さそうに欠伸をするディーラ。

 ミュウに抱き上げられようやく落ち着いたのか、子ギツネは虚勢を取り戻し胸を張った。

「ふ、ふん! ちゃんと謝罪するのなら妾とて許してやらん事もないぞ! 感謝せい!」

「ワーアリガトーゴザイマース」

「ふふん、かな、善き哉!」

 思いっ切りな棒読みも気付いていないのか、気を良くしたように子ギツネはコンコンと笑っている。

「で、おまえは一体何者なんだ? ここに封印されてたみたいだけど」

「ククク、それはもちろん、妾こそが皆に恐れられる大妖怪、玉藻の……」

「いや、そういうウソはどうでも良いので。出来れば本当の事を聞きたいんだけど」

「むぐぅ……」

 流石にこれ以上話が進まないのはノーサンキューである。ユクレステのジト目に見つめられ、ふい、と視線を泳がせる。堪らずミュウがそこへ声をかけた。

「あの……あなたは、どなたなのでしょうか? 教えて下さると、嬉しいんですけれど……」

「む、むむむ……」

 優しげなミュウの声に反応する。

「あなたがどなたか分からないと私共も対処のしようがないのですが……。本当の事を話して下されば便宜も図りますよ? この方達が」

「ああうん、基本全部俺達に丸投げだもんな。コノヤロウ」

 僅かの間呻き声を上げ、周りからの視線に晒されてついに観念したのか、子ギツネは尻尾で顔を隠しながら声をあげた。

「わ、妾こそは彼の大妖怪、玉藻前たまものまえ――の、力を受け継ぎし娘! 玉藻たまも紗希さきであるぞ!!」

 子ギツネの口から出てきたのはそんな言葉だった。

 その場にいた者達、特にこちらの世界の人間である美子と黒子はあんぐりと口を開けていた。

「た、玉藻の前の、娘ぇえええ!?」

「え、え、えぇ? そんなのいたの!? って言うか、マジで!?」

 木々を揺らす程の大声が響き渡り、ユクレステ達は迷惑そうに手で耳を覆っている。二人が声を失っている間に、ジッと子ギツネに視線を合わせた。

「じゃあ、さっきの幻は……」

「う、うむ。妾の記憶にある。母君の姿を真似たのじゃ! 母君は凄かったのじゃぞ!? まさしく妖怪の中の妖怪、大妖怪と呼ぶに相応しい方じゃった!」

 尊敬の眼差しを空へ向け、ほう、と熱に浮かされたように吐息する。それほどまでに憧れていたのだろう。微笑ましくて、クスリとミュウの口元が緩んだ。

「確かに、あれだけ立派な毛並みと美しさはこの世のものとは思えないくらいだったもんな」

「そう! そうなのだ! 母君は強いだけではなく凄く美しい方だったのだ! 人間、おまえ中々見所があるぞ!?」

 モンスターマニアであるユクレステには幻影で見た大妖怪の姿はドストライクだったようだ。先程までの敵対関係など無かったように、キラキラと輝いた目で子ギツネのサキと笑い合っている。

「でもどうして封印なんてされてたんだ? てっきり玉藻の前が封印されてるって思ってたみたいなんだけど」

「そ、それは……」

「……言いたくないなら別にいいけどさ」

 首を傾げ、問いかけるユクレステの言葉にサキはグ、と言葉を詰まらせた。フルフルと体を震わせ、ギュ、とミュウに抱き付く。そして、

「大体全部あの阿婆擦あばずれ女が悪い!」

 カッ、と目を見開き恨みの様なものを込めて吠えた。

「あ、阿婆擦れ?」

「そうじゃ! 美しさと強さは本当に、ホンットーに尊敬している母じゃがな! 男関係だけはダメじゃ、ダメダメな母じゃったのじゃ!」

 恨みでもあるのか、その声には若干の憎しみの感情が込められていた。先程まで褒め称えていたのに、今度は一転した感情の吐露。

 この母娘おやこに一体なにがあったのだろうか。



 事の発端は、大よそ千年ほど前にまで遡る。

 その日、長年の修行と睡眠と食事によりサキは二尾の妖狐に成長した。僅か十五年足らずで二尾になれたサキは、恐らく同世代の妖怪達の中でも力のある方だったのだろう。

『ふふん、これでまた一歩大妖怪に近付いたのじゃ!』

 意気揚々とねぐらに帰ったサキ。そんな彼女を待っていたのは、一つの人影だった。

 一体何者だろうか、と警戒しながら巣へと戻る。目の前には、とても美しい女性が立っていた。

『も、もしや母君か!?』

『あらぁ、やっと帰って来たのねぇ、さっちゃん?』

 それは直接顔を会わせた事など産まれてから数回しかない母親だった。自由奔放にあちこちを転々としているため、中々会う事は少ないのだ。

 人の姿をした母ギツネはサキの二尾に気付いたのか、妖艶に微笑み頭を撫でる。

『さっちゃんやるじゃなぁい。この短期間でもう二尾になってるなんて。流石妾の娘なだけあるわぁ』

『そ、そうだろうか? わーい、母君に褒められたー!』

 嬉しそうに前足を上げて喜びを表現するサキ。その姿を眺めながら、母ギツネはニコニコとしながら言った。

『ねえさっちゃん? 二尾になったという事はアナタ、幻術は習得しているのよねぇ? ちょっと妾に化けてくれないかしら?』

『母君に? うん、分かった!』

『うふふぅ、それじゃあちょっと外にでましょうか? ここだと少し狭いでしょうし、ね?』

 意味あり気な笑みに気付く事なく、サキは軽快な足取りで住処から外に出ると九尾の姿を取った。

 金毛白面九尾の狐。大妖怪と呼ばれる母の姿を。

『あらぁ、とっても上手よ、さっちゃん。まるで本当に妾がもう一人いるみたい』

『ふふん、幻術は得意中の得意なのじゃ! どうじゃ、母君? 自身満々じゃ!』

『ええ、ええ。と~っても、素晴らしいわぁ』

『えへへ、母君に褒められたのじゃー』

 その出来栄えに満足そうに頷く母ギツネ。そうして気を良くしたのか、サキは遠吠えをしてみせた。

『本当に妾そっくり……これなら問題なさそうねぇ』

『ん? どうしたのじゃ、母君?』

 ボソリと呟かれた言葉に首を傾げるサキ。そんな子ギツネに対し、母ギツネはニコリと良い笑顔で見つめ返し、

『ごめんねさっちゃん。ちょっと封印されてくれないかしら?』

『……へっ?』

 反応した時にはもう遅かった。ゴウ、と風が吹き、鎖のようにサキの体を幻術ごと縛り上げる。

『ちょっ、母君!? なにを――』

『ごめんなさい、さっちゃん! お母さん、好きな男性が出来たのぉ!』

『そ、それとこれとなんの関係が……わぁー! 沈む沈む!?』

 母が男に弱いのは良く知っていた。これまでにも何度か男関係で破滅したと聞いた事があったからだ。

 それはまあ、サキとしてはどうでも良いのだ。良い女に男がいい寄るのは当然の事だし、それを含めて尊敬している。

 だが、なぜそれで自分が封印されなければならないのか。恨みの込められた視線を投げ付ける。それに対し、母ギツネは悪びれもなく言う。

『ごめーんね? ちょっと正体バレちゃって、封印とかされないと収拾がつかなくなっちゃったのよぉ。あ、大丈夫よ? あのひとは妾の正体知っても別に構わないって言ってくれたから。むしろそれが良い、なーんて言ってくれちゃってぇ。それにぃ』

『その惚気話長くなりそうか!?』

『あらぁ、ごめんねぇ? まあそんな訳で、さっちゃん妾の身代わりになって封印されてね? お母さんからの、お・ね・が・い』

『なっ、なっ、なぁ……!?』

 イヤンイヤンと体をくねらせる母ギツネに割と本気の殺意を抱いた。何かを言おうにも上手く舌が回らず、そうこうしている内に段々と意識が暗くなっていく。

『大丈夫よ、さっちゃん。その内、気が向いたら封印を解きに来てあげるから! それまでゆっくりお休みなさい? その間に妾はあまぁ~いイチャラブ生活をあの人と過ごすわよー!』

 お~ほっほっほ、と甲高い笑い声を残し、サキから背を向ける母ギツネ。するとそこへ身なりの良い男性が現れ、人目もはばからず熱い接吻を交わしていた。

 母はキツネの耳と尻尾が出たままで、男は蕩けた様な表情をしている。そんな姿を視界に収め、我慢の限界がきたのかサキは最後の力を振り絞って天高く吠えた。

『この――ケモミミフェチ上皇とクソビッチギツネー!!』

 雲をも裂く程の雄叫びは、九尾を退治しようとやって来ていた者達を震え上がらせたとか何とか。結局その直後に意識を失った彼女には知る由もない話である。



「とまあ、そんな事があったのじゃよー」

「よしよし」

 大粒の涙を流しながらサキはミュウにヒシ、と抱き付き泣いている。

「なるほど、と言って良いのかな? これは」

「ど、どうだろう?」

 美子がチラリと視線をユクレステに向けた。話を聞いて哀れに思ったのか、彼女の瞳はどこか優しげだ。ユクレステとしても、果たしてどう反応して良いのか困惑している。取りあえず、彼女も傾国の美女の被害者であると言う事は理解したのだが。

「ひっどい母親もあったものだね」

 全くだ。ディーラの言葉に完全に同意である。

「んー、こうなるともう退治なんて出来ないよなぁ……」

 やる気が一気に失せてしまった。ディーラではないが、てっきり化け物(クラス)と戦うものだとばかり思っていたため、このような展開では今一つ真剣になれそうにない。そもそも、先ほどの話を聞いてなお退治出来るのかと聞かれれば、

「……無理、だよなぁ」

 ミュウに引っ付いている子ギツネの姿を見て危険だとは思えないだろう。それにミュウは疎か美子やディーラからも敵意はすっかり消え、同情心が見て取れる。

 一つ吐息し、子ギツネと視線を合わせるために少し屈んだ。

「あのさ、おまえ、俺の仲間にならないか?」

「な、仲間?」

 サキは涙で潤んだ瞳のまま首を傾げた。

「そ。今はサキがいた時代よりもずっと後の時代だ。妖怪達もほとんどいなくなってるみたいだし、そうすると一人で暮らしていかないといけなくなるだろ? そうなるとちょっと心配なんだよ」

 うんうん、とユクレステの言葉に頷いているミュウ。彼女の反応も見て、サキは恐る恐るといった様子で口を開く。

「だ、だが、妾は妖怪で、それにそんなに力も強くないし……」

「そんなの別に関係ないよ。要は、おまえが俺達と一緒にいたいか、いたくないか。ただそれだけの話なんだから。簡単だろ?」

 言葉の途中で遮り、ユクレステはニヤリと笑ってサキの頭を強く撫でた。

 わぷ、と一瞬驚いたようだったが、すぐに気を取り直してジ、とユクレステと見つめ合う。

「わ、妾はそう容易く使役出来ると思わぬ事だぞ!」

「使役なんてする気はないって。ただ心配だから一緒にいる。それだけなんだから」

「む、むぐぅ……」

 キッパリと言い切られ、サキは気恥ずかしさから尻尾で顔を隠してしまった。

 しばらくその状態が続き、やがて小さく首が動いた。その向きは、もちろん縦に。

「わ、妾の好物は油揚げじゃ! 忘れるでないぞ!?」

「油揚げ……うん、分かった。今度カナエに頼んどくよ」

「おっ、キツネのお約束じゃん。何はともあれ、やったねセンセ。これでお仕事完遂、かな?」

 サキからの了承も得、ホッと一安心である。軽く肩を叩いて来た美子に反応するため振り返る――

「――ッ! チィ!?」

「あぅ」

 瞬間、ユクレステは反射的にミュウとサキを突き飛ばしていた。

「ガッ――!?」

 直後、肩に激痛が走った。何が起きたのか分からない。ただ、背後から何かで肩を貫かれたという事だけが思考を埋める。

「あぐぅ……!」

「セ、センセぇ!?」

 見れば肩からは闇色の槍が生えていた。そう知覚した瞬間、ディーラの声が響き渡った。

「ブレイズ・ランス!」

 真紅の槍が大気を燃やし、もの凄い速さで駆けて行く。その対象とは、彼等の後ろで成り行きを見守っていたはずの――。

「おやおや、これは困った困った。悪魔の槍なんてとてもとても……まあ、どうとでもなるんですけどねぇ?」

 黒子の人物。

 否。服装は先ほどとは打って変わり、漆黒のマントに鎧に似た鋼の服。同じように黒いブーツを履き、顔を覆っていた黒い布は剥がれ、歪な赤い双眼が覗いている。

 真紅の槍を片手で弾き、鋸のような歯の間から長い舌をベロリと見せた。

「ああ恐い恐い。キツネの妖怪に、悪魔なんて。おいらには本当、どうして良いのか悪いのか……ねぇ? 悪魔さん?」

 声はディーラに向けられていた。自身の魔法を容易く防いだその敵に苛立ちの視線を向け、凶悪そうな笑みを浮かべ吐き捨てた。

「ハッ、良く回る口だね。同じ存在モノとして不快だよ。黙れ」

「おな、じ……?」

 美子に介抱されていたユクレステが痛みに呻きながらも顔を上げる。一先ず無事な事を確認し、ホッとしながらディーラはコクリと頷いた。

「うん。多分、さっきまでずっと隠してたんだろうけど、ここまでハッキリとされれば良く分かるよ」

 眠たげな半目をキツくつり上げ、殺意の込められた視線を惜しげもなく黒子へと向ける。濃密な殺気を一身に受けるも、全く動じた様子もない。ただニヤニヤと笑んでいるだけだ。

 それに苛立つのはユクレステだけでは無い。ディーラも同じように不機嫌さを露わにしている。

「――こいつ、悪魔だ」

 その言葉に、黒子は一層深い笑みを歪めてみせた。

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