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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
125/132

ダンジョン――山の二層目

 満月のような金色の瞳が頭上から見下ろしている。

 ユクレステ達の目の前にはとてつもなく大きな獣が仁王立ちしていた。五メートルを優に超え、その巨体は知り合いの仲間である風狼の異常種(イレギュラー)よりも大きいだろう。

 瞳と同じ金色に輝く体毛、そしてとりわけ目を引くのが、獣の持つ九本の尾。一本一本が意思のあるかのようにユラユラと揺れていた。

「も、もしかして九尾の狐?」

 驚いたのは美子だ。この日本と言う国に住んでいる彼女には、九つの尾を持つ狐の見当がすぐについた。現代っ子であり、マンガやゲームで遊ぶ美子からすればそれは身近なものなのだ。

「知ってるのか?」

「え、えぇと、うんまあ。こっちの世界では割と有名どころの妖怪だから」

 九尾の狐と言えば、時の権力者に取り入り、堕落させる悪妖怪として描かれる事が多い。かつての近隣国であった中国では絶世の美女に化けて皇帝に近付き、国を破滅させたとも伝えられている。日本でも似たような話が語られていた。

「金毛白面九尾の狐って言ってね、日本三大妖怪にも数えられる玉藻前がこの九尾の狐なんだって」

「へー」

 美子の説明に頷き、じゃあ、と九尾を見上げる。

「この妖怪がその玉藻前、って事か?」

『ククク、その通りじゃ。わらわの事を良く知っているようじゃな、娘』

 ユクレステの当然の疑問に答えたのはニィ、と裂けた口から赤い舌を覗かせる九尾だった。金色の瞳が愉悦を帯び、甲高い声音が響き渡る。

「んー? 九尾って退治されたんじゃなかったっけ?」

『フン、封印されただけじゃ。妾を殺せる人間などおるはずがないであろう!』

 美子の笑いを鼻で笑い飛ばし、胸を張るように顔を上に向ける。そこへユクレステの呟きが飛んで来た。

「でも封印はされてるんだな。ぷーくすくす」

「ッ、こ、小僧ぉ!?」

「うわっ、怒った」

 カラカラとさらにおちょくったような笑い声。激昂する九尾の目は金から赤に変化している。

『これでもまだ笑うかぁ!!』

 狐が一吠えすると同時に空のあちらこちらに青白い炎が出現した。まるで太陽が幾つも出来上がったかのような情況に、美子は焦ってユクレステに耳打ちをする。

「ちょ、ちょっとセンセ? あんまり怒らせない方が良いんじゃない?」

「なぁに、どうせやり合うんだったら怒らせて相手の力を見れた方が後々有利になるだろ?」

「そ、そういうもの?」

 ニヤリと笑むユクレステの自身に気圧されるように、美子は一歩たじろいだ。見ればディーラやミュウは既に戦闘態勢に入っている。

 これが美子とユクレステ達の違いだろう。絶対的に地力の違う相手と対峙した時の覚悟の差。

 彼等は既に何度もそういった相手と戦いを繰り広げてきた。人や魔物、さらには悪魔よりも強大な力を持つ主精霊。最強という名に相応しい太陽姫。聖霊使いの仲間である鬼の異常種イレギュラー

「こいつがどれくらい強いのかは分からないけど、あそこまで異常だとは思わないしな。ただのバカでかい炎を吐く猛獣だと思えば、別に平気だろう?」

 イヤイヤイヤ。それは十分異常なのではないだろうか。

 そうは思うが既にやる気満々な彼等に水を差すというのも憚られる。美子は引きつった笑みを見せてカクカクと頷いた。

「デカイだけじゃないといいけどね」

「がんばります……!」

 ぺロ、と上唇を舐めるディーラ。ミュウは剣を抜き放ち、ズン、と地面に叩き付ける。土埃が舞い上がり、それを打ち払うように突風が生じた。

「ウルズの腕輪二回転、空砲エア・ショット!」

 魔力によって風を発生させ、撃ち出すだけの魔法術だ。ユクレステの得意とする風魔法にも似たような呪文はあるが、こちらはそれよりも少々威力が高く、さらには並列思考による同時射出が可能なのが利点だ。

 瞬時に三つの魔法術が放たれ、九尾の顔面に衝突する。

「おおっ、まずは一発!?」

「……いや」

 衝突の際の煙が晴れるが、狐には少しもダメージを負った様子は無かった。

『クク、痒いのぉ、小僧』

「別に効くとは思ってないっての」

 緩慢な動作で前足が伸びる。鋭い爪がギラリと光り、ユクレステの立っていた位置に突き刺さった。

 それをバックステップで退避し、チラリとディーラと目配せする。

『落ちよ、狐火』

「はいガード、ブレイズ・ウォール」

 青い炎と赤い炎が重なり、眩い閃光が迸る。

『フン』

「……意外にセコい」

 目が眩んでいるユクレステ達へ向け巨木が薙ぎ倒された。

「させません!」

 ミュウが間に体を滑り込ませ、大剣で木を受け止める。そのままさしたる力も発揮せずに真横へ放り投げた。

 すぐに視線を戻すと、そこにはブワリと九本の尻尾を操る九尾の姿が。伸びた尻尾は槍のように鋭い形となり、次々に襲い掛かる。

「ミュウ、美子を頼む! 重圧なる風雲よ、眼前にそびえる高きものを暴力の嵐によって吹き飛ばせ――ストーム・カノン!」

 美子をミュウに任せ、後ろに跳躍を繰り返しながら呪文詠唱を完成させる。リューナの杖に魔力を通し、風の砲撃を撃ち放った。

「これもついで、スカーレット・ランス」

 同時にディーラが真紅の槍を投げ放った。着弾と同時に小型の火の粉が矢のように九尾へと突き刺さる。

 しかし、

『ク、ククク、中々粘るではないか。ちょっと熱かったが、しょせんその程度じゃ。人間とそれに従う式相手に九尾で玉藻の前である妾に勝てる道理などあるはずがない』

 金色の毛皮に外傷は少しも見当たらない。若干上擦った声を上げているが、その程度だ。

「……」

『フフフ、恐れて声も出ぬか? 虫けら如きが妾に歯向かうとどうなるか、その身をもって教えてくれようか!?』

「セ、センセ?」

 攻撃しても堂々と立ち塞がっている九尾を前に、美子は緊張した声を上げる。視線は押し黙るユクレステに向き、彼の次の言葉を待った。

「……なんか、変じゃね?」

「えっ?」

 ポツリと、首を傾げながらそう言った。

「さっきから攻撃が弱いって言うか、全然脅威を感じないんだよ。影を相手にしているような手応えの無さ、小手先の攻撃も」

「――ブレイズ・カノン」

「――リバーズ・ランス」

 ユクレステの言葉の途中、ディーラとミュウが無詠唱の魔法を放つ。二つの魔法が九尾に当たる瞬間、金色の体は霞のように姿を消し、少し離れた場所に再度出現した。

『ククク、いくらやろうとも無駄な事じゃ!』

 ハーハッハッハッ、と盛大な笑い声が大きな口から吐き出される。

「んー、確かにこれは……」

「なんだか、揺れてます?」

 それを生温かい眼差しで眺める二人。

「……取りあえず、ゴー」

 MMCを起動させ、魔法弾を数十個、九尾のいる方向へと放つ。満遍なく、丁寧に絨毯爆撃を仕掛けた。

『な、なにをしておるか! その程度の攻撃、妾には……キャウ!?」

 今までどれだけ攻撃してもダメージを負った様子の無かった九尾の巨体が、バシン、という音と共に揺れた。同時に巨体は呆気なく消え去ってしまう。

「よっし、手応えアリ」

 小さく呟き、ユクレステは先程まで九尾が座っていた場所に近付いた。慌てて制止しようと美子が声をかけた。

「ちょ、ちょっと待ってよセンセ! まだ何があるか分からないんだからそんな近付いたら……」

「お、発見」

「へっ?」

 ヒョイ、となにかを拾い上げる。それは片手で持ち上げられるくらいに小さな子ギツネだった。普通の狐と違うのは、尻尾が二本あると言う事だろうか。

「クッ、放せこの下郎!? 妾をダレと心得る! 傾国の美女、世に語られる大妖怪、玉藻の前であるぞ!」

 首の皮を持って吊るされている割には元気良く啖呵を切っている。その様子に流石の美子もポカンとした表情を浮かべていた。

「……えっと、なにこのちんまくて可愛い子?」

「要はあれ。これが標的って事。……つまんな」

 ディーラが冷めた眼差しで子ギツネを見下ろしている。その氷のように冷たい視線に、子ギツネは、きゅん、と一鳴きした。

「……え、え? でも封印されてる、んだよね? 妖怪が」

「されてたんだろ? で、何が原因か分からないけど解けて、出て来たのを何とかしろってのが今回の依頼。な? 特になにも可笑しなところはないだろ?」

「えぇー」

 なんとも言えない結末に、美子の口からは思わず呆れた声がこぼれた。そのまま気が抜けたのかペタリと座り込んでしまう。

「なんかどっと疲れたんだけど」

 ハァ、とため息を吐き出した。

「で、ですが無事に終わって良かったです」

「あー、ここでもまた不完全燃焼……しかも期待してただけ余計に。これはもうご主人に……」

 苦笑するミュウと、ご機嫌斜めのディーラ。なにやら恐い事を呟いているのだが……。

「と、とーにーかーくー! 今までの姿は全部幻覚とかそういった力で見せてただけみたいだな。その証拠に、ほら」

 先程尻尾が突き刺さっていた場所を親指で示すと、そこには尖った木の棒が何本も突き刺さっていた。どうやらこれを尻尾に偽装して攻撃していたようだ。

「ええぃ! いつまで捕まえておるか! この手を放せ、妾をだれだと思うておる!! かの大妖怪、玉藻の前じゃぞー!?」

「はいはい、分かり切ったウソは別に良いから。こんなちみっ子が大妖怪な訳ないだろー」

「な、なにおぅ! 妾は本当に玉藻の……」

「そうですねー、凄いですねー、傾国の美女っぷりで目が痛いわー」

 食ってかかる子ギツネに対して、ユクレステは目線の高さまで持ち上げてニヤニヤとして笑みを向けている。じんわりと子ギツネの瞳に涙が滲んだ。

「だって……だって玉藻の前は強いんだぞ? だから、だから……うぅ~!」

「げっ、泣いた!?」

 ボロボロと大粒の涙があふれ出し、流石にこれにはユクレステも慌ててしまう。

「ご主人、弱いものイジメはどうかと思う」

「い、いやいや待って、別にイジメとかそういうのじゃなくて……」

「ご主人さま……」

「ミュウまで!? お、おーいキツネちゃんやーい。泣きやんでくれないかなー?」

 ミュウにまで非難の視線で見られては堪らない。摘まんだまま顔を近づけた。

「う、うるさーい!」

「ギャアー!?」

 そのままガブリとユクレステの鼻に噛み付いた。突然の激痛に思わず手を放し、ポテ、と地面に落ちた子ギツネは涙目のままユクレステ達を睨みつける。

「絶対に、絶対に許さないからな!? 覚えてろ人間ー!」

「あ、逃げてったね」

「ん。いつの間にか奥への道が出来てるし。不思議。ダンジョン作れるくらいには力があるのかな?」

 逃げ去る子ギツネの後ろ姿を眺めながら、美子とディーラはのんびりと呟いた。一方ユクレステは噛まれた鼻を押さえており、うずくまっている。

「ご、ご主人さま、大丈夫ですか?」

「は、鼻が痛い……あんにゃろぉ……」

 ミュウに手当てを受けながら、逃げ去った方向を睨みつけるのだった。



 例え封印されていたのがこれと言って害の無さそうな子ギツネが一匹。それでも依頼の内容は妖怪退治。放っておくことは出来ない。

 そのため、ユクレステ達は新たに出来た道を進んでいた。


「ふぅ、茶が美味い……」

「あー、うん。そだね。でもさ、センセ」

 形の良い岩に腰掛けながら水筒を傾けるユクレステ。その隣で美子が苦笑気味に視線を動かす。

「ほっといて良いの? あれ?」

「強い敵とはわなかったけどちょっとは暴れとこう。ほら、ミュウも一緒に」

「あ、はい。……ちょっと、スッキリします」

 その先にはディーラとミュウが己の得物を振り回しながら魔物の群れを蹴散らしている光景が見えた。大剣の一振り魔法の一つで随分と盛大に吹き飛んでいる。これは見ているだけでも気分爽快だ。

 そんな仲間達をチラリと一瞥し、あー、と呻いてから一言。

「混ざりたい?」

「んーん」

 ユクレステは戦闘狂バトルジャンキーではないのだ。自分からわざわざ疲労する事はしたくない性分なのである。美子もどちらかと言えばユクレステと同じようなタイプであるため、ふるふると首を横に振った。

 楽を出来るのならばそれで良いじゃないか、と。ディーラ達も気持ち良さそうだし、良い事尽くめ(win‐win)である。

「逃がさない。ブレイズ・カノン」

 苛烈な攻撃から何とか抜け出した一匹の魔物に向かって、ディーラの無慈悲な砲撃が放たれた。着弾し、爆炎が巻き起こるのと同時に、

「ギャー!?」

「ブッ!? な、なんだぁ?」

 誰かの悲鳴が聞こえてきた。

 思わず口に含んでいたお茶を噴き出してしまう。

「やーん、センセ、手に掛かったぁ~」

「ご、ごめん! って、そうじゃなくて!?」

 噴出したお茶が美子の手にベッタリと掛かってしまった。何故かそれを恍惚とした表情で舐め取っているのだが、幸いユクレステの視線は悲鳴が聞こえてきた方向を向いていたため見られてはいないようだ。

 ディーラの攻撃によってブスブスと地面が焼けており、その近くに黒い人影が倒れ伏していた。

「あれ? さっきの黒人間」

「う、うぅーん……一体なにが……」

 パタパタと羽を動かして近付き、半目でその人物を確認する。着ている服装のせいで同一人物かは分からないが、バス停前で出会った黒子だった。元が全身真っ黒なため焦げている部分が目立たずに済んだのは幸いだろうか。

 そもそも流れ魔法に当たる程度には運が悪いとも言えるが。

「……これ、大丈夫なのか?」

「生きてるし、問題ないんじゃない?」

 手に掛かったお茶を舐め終わり、満足そうな表情で美子が言った。

「そ、そういうものなんでしょうか……?」

「いたたた……なんなんですかもう」

「あ、起きた」

 心配しているミュウをよそに、のそりと体を起こす黒子。直撃していないとは言えディーラの魔法を受けてあっさり立ち上がる所を見ると、意外にこの黒子も油断のならない相手なのかもしれない。

「まー、前からしぶとい奴らだったのは確かかな? ほら、要斗のお付きだから何度かやり合う機会があったの」

「へぇ」

 ギラリとディーラの目が輝いた気がした。

「まあそれはさておいて……。なんであなたがここにいるんですか? 拠点で待ってるって話では?」

「あ、どもども。いや~、それが上司が皆さんを気にしてまして……本当にちゃんと退治してくれるのか、と。逃げ帰られると困るから、なんて言って私に様子を見て来るように言われたんですよ。嫌だって言っても聞いてもらえず……」

 ハァ、と心底嫌そうなため息を吐き出す。

「それでちょっと足を踏み入れたらなんと! 出口が消えてるじゃないですか!?」

「……ウザい」

 全身で嫌な事を表現する黒子の姿をディーラは面倒臭そうに眺めていた。ユクレステも彼女に同意見だ。一々、バッ、とか、ガッ、とか効果音が出そうな動きは見ていて鬱陶しい。

「それで、わざわざこんな奥地にまで来たんですか。魔物とか結構出るのに、良く来れましたね」

「逃げ脚には自身がありますので」

 確かに、逃げるように去って行った彼の健脚には目を見張るものがあった。あの脚力なら獣型の魔物であろうとそう易々と捕まる事は無いだろう。

 一瞬、無数の黒子が凄まじい速さで走る姿を想像してしまった。どこぞの害虫大行進みたいである。

「とにかくですね、早いとこ退治して私をここから出して下さいよ!」

「退治って言われてもなぁ……そもそも、なんであんな子ギツネをそんなに恐がってるのかが理解出来ないんだけど? 幻術は確かに凄いかもしれないけど、そこまで強力って訳でもないんだしさ」

 見て、戦って、それで得た感想はそれだった。大して強くもない魔物、要斗でなくても、学生レベルでどうにか出来るだろう。銃を持った人間数人いれば事足りそうだ。それなのにユクレステに依頼するとは、不思議でならなかった。

 疑問の視線を投げかけ、答えを待つ。

「へっ? 子ギツネ?」

「へっ?」

 返事は、不思議そうな声と首を傾げる黒子の姿だった。

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