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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
124/132

ダンジョン――山の一層目

 地図を見ながら寒空の下を歩く事四十分が経過した。周りにはどこまでも続く様な畑しか見当たらない。

「……寒い」

「んふふ~」

 寒いのが苦手なディーラはユクレステの腕にひし、と抱き付き、反対の腕には美子が嬉々として腕を絡めている。温かいのは認めるが、若干歩き辛そうだ。

「あ、ご主人さま」

「ん? ああ、あの山かな?」

 苦笑しながらその様子を眺めていたミュウが道の脇に立てられている看板を指差した。

 『夜月の私有地につき立ち入り厳禁!!』と書かれており、地図を見ると目的地はどうやらこの先のようだ。



「うわぁ」

 そうして入り込んだ目的の場所。小さな山となっているその場所を前に、一同は絶句していた。

「随分と厳重だね、ここ」

「厳重って言うか……これ、本当に入って大丈夫なのか?」

 美子の反応に応えながら、ユクレステは顔をヒクつかせながら再度確認する。

 恐らくこの山一つが夜月の私有地なのだろう。そこには有刺鉄線がグルリと張り巡らされており、黄色いテープで《KEEP OUT》という文字がベタベタと張り付けられていた。他にも、《ココ、マジデキケン》《地獄の一丁目?》《遺書の準備はオッケー?》、などなど。

 何が言いたいのかと言えば、たった二文字で事足りるのだが。つまり、《危険》なのである。

 それにしては凄い念の入れようだ。少し不安になってくる。

「へぇ……面白そう」

 約一名、正反対の事を思い浮かべているようだが。

「えっと、本当にここ?」

「だと思うよ? 他に夜月の私有地って無いっぽいし」

「ですよね」

 地図と睨めっこしている美子。ここまでくればもう諦めてしまった方が良さそうである。

 気合を入れ直して顔を上げ、グッと前を見る。門まで進み、少し力を込めて押した。

「おっ? なんかすんなり……鍵とかかけなくて大丈夫なのか?」

「多分、結界が作動してるんじゃないかな? 中にいる対象だけに引っ掛かるような奴」

「へえ、そんな魔法あるのか?」

 障壁といった魔法ならば良く知っているが、美子の言う様なものにはあまり面識が無かった。

「あたしは良く知らないけどね。夜月は昔からそういう術式を受け継いでるんだってさ」

「昔から? え、魔法ってつい最近広まったんじゃないのか?」

 少なくとも、今流行っている魔法術は朝陽が五年前にもたらした技術のはずだ。しかし美子はフルフルと横に首を振る。

「なんか、極々限られた人達にしか伝わってないんだって。あたしも夜月に引き取られるまでは全然知らなかったし」

「そう言えばディーラも言ってな。変わった魔法を使うって。それか?」

 チラリとディーラへと視線をやる。

「多分、そう。加えて言うなら、随分と僕らに効果的な魔法だった」

「ディーラ達に効果的って言うと……悪魔に対してか?」

「そう。あれはヤバいね。こっちの事を良く分かってる。まともに食らうと僕でもキツイ」

 その割にはとても楽しそうである。要斗とバトルを繰り広げる妄想でもしているのだろう。

「ふーん。……つまり、こっちでは魔物は少ないけど悪魔は多いって事なのかな?」

「もしくは、悪魔と同等の高位の生命体がいるとか? ま、何にせよそういうのが俺達の相手って訳か。今まで以上に警戒を強めた方が良いのかもな」

 首を傾げる美子。頭に浮かんだ言葉をツラツラと言葉にし、ユクレステは門を見つめた。中は鬱蒼とした木々が生い茂っている。

 そこから流れ出て来るような嫌な気配に、ゾッと背を震わせた。

「……それじゃあちゃんと準備をしてから入ろう。なにがあるか分かったもんじゃないからな」

「ほーい」

「了解」

「は、はい……!」

 少女達の元気な声を聞きながら、ユクレステの眼差しは真っ直ぐと結界に囲まれた山を見続けていた。




 そうしてユクレステ達は準備を終え、山への一歩を踏み出した。と、同時に、彼等の口からは呆気に取られたような声が漏れる。

「えっ? あ、あの、ご主人さま……これって……」

「あ、あれれ? あたし達、山登りしようとしたんだよね? じゃあ、なに? これ」

 怯えの色を見せながらミュウが服の裾を握って来る。美子も混乱しているのか、周囲を忙しなく見渡していた。

 対してディーラは感心したような笑みを見せている。

「へぇ……これ、見事にダンジョン化してるね。よっぽど中にいる奴、強い力を持ってるんだ」

 側面には空まで届きそうな巨大な木々が隙間なく敷き詰められ、道のようなものが出来上がっている。

 ダンジョン化。簡単に言ってしまえば、力のある魔物やそれに類するモノが外敵から身を守るために作り上げる虚構の城の事である。

 精霊などが創り上げる神殿の簡易版と言ったものだろうか。それでも創る事が出来るのはかなり高位の魔物、もしくは精霊だ。

「マジかー……流石にこれは予想外だ。ディーラ、どう思う?」

「楽しそう」

「うん、おまえならそう言うと思ってたよ」

 満面の笑みの悪魔ッ子は置いておこう。これで少なくとも彼女のストレス発散には申し分ないようだし、ディーラに襲われる未来は無くなったと一安心。

「そう考えでもしないとやってらんないっての……」

「あの、ご主人さま……?」

 ため息をこぼすユクレステにミュウが声をかけた。

「ん? どした、ミュウ」

「えっと、ここ……なんだか変な感じがしませんか?」

「変?」

 ソワソワとした様子で疑問するミュウに、ユクレステは横目で木々を眺める。変と言うならば、この場所に立ちいった時点でその異常性は気付いていた。濃密な魔力に、方向感覚が狂ってしまいそうにもなる。ゼリアリス国にもあった迷いの森と似た特性を感じていた。

「まあ、そもそもダンジョンが出来ていること自体、変ではあるんだけど」

「えと、そうじゃなくて……」

 だがどうやらミュウの言いたい事はまた別のものなようだ。

「中心が違うと言うかその、ズレがある感じがして……ごめんなさい、上手く言葉に出来ません……」

「ズレ、か……ミュウのこの手の勘は信用出来るからな。ありがとな、教えてくれて。もうちょっと気にしてみるよ」

「あ、はい……」

 以前からミュウは魔力に関して敏感なところがあった。それに加え、彼女は一度《神殿》を創り上げた事もある。彼女の言葉は頭に入れておいた方が良いだろう。


「あ、ご主人。見て、入り口が無くなったみたい」

「えぇ!?」

「あ、ホントだ。ねえセンセ、これって閉じ込められたってやつ?」

 慌てて背後を見てみると、そこにはディーラの言う通り門が消え、前方と同じような景色が広がっていた。

「性格悪いな、ここの魔物。だれも逃げないってのに」

「とか言って。危なくなったらここまで避難しようって考えてた?」

「ハッハッハッ、何を言っているのやらディーラ君! 別に結界の外側から安全に攻撃しようなんて考えてもいなかったとも!」

 不自然な笑い声にやっぱり、と呟くディーラ。この主、小ズルイ戦法が大好きなのだ。

「ま、まあとにかく先を進もう。どうせこういうののお約束、倒せば帰れるだろ」

「お、RPGでもお約束だね。センセの世界でもそうなの?」

「基本的にはな。他にも魔法具アーティクションを壊したりする場合もあるけど。そっちにはあった事ないなぁ」

 ダンジョン化自体が珍しい事ではあるのだが、それでも冒険者達の話では割と語られるものだった。多分今回もそうではないかと思案する。

 何にしても動かなくては変わらない。美子を加えて初めてのパーティーは先に進むのだった。



 それから五分後。

「ディーラ、そっち行ったぞ。ストーム・ランス!」

「ん、了解」

 一行の前には三匹の魔物が立ちはだかっていた。鳥型の魔物が二匹と、ウルフの魔物が一匹。現れるのと同時にユクレステが風の槍で狼の動きを牽制する。空を飛ぶディーラに向かって鳥型の魔物が鋭いクチバシを向けるが、逆に悪魔の爪に引き裂かれ落下した。

「ミュウ、ラスト」

「は、い……!」

 一気に肉薄したミュウがその巨大な剣を振り抜き、ギャン、と甲高い声をあげて吹き飛ばされる。

「うわっ、ミュウっち容赦ない……可愛い顔して意外にやるねー」

 その様子を見ていた美子はヒュウ、と口笛を吹きながら大剣を背負い直すミュウを見た。ミュウは少し照れたように頬を染める。

 そこへユクレステの声が飛んだ。

「っと、追加だ! 美子、気をつけろよ!」

「もー、心配のし過ぎだよ、センセ」

 ウィンクをしながらユクレステへと流し眼を送り、腰につけたポーチからMMCを取り出す。指を滑らせ、背後から迫るウルフへと向けた。

「残念だけど、あたしの体はお触り厳禁よ」

「ギャン!?」

 跳びかかるウルフが透明な壁にぶつかり、転がり落ちる。防護障壁によって護られた美子はすぐさま次の魔法術を発動させた。

「はい、おしまい」

 魔物の頭上に分厚い氷の板が現れ、自然落下する。氷の塊に潰され、身動きの取れなくなったウルフを氷の上から踏みつけ、良い笑みでユクレステへと振り返った。

「ふふん、どう? どう? センセ、あたしの実力ー」

「はいはい、凄い凄い。って言うか最後の踏みつけいらなくないか?」

「だってスッキリするじゃん?」

 サディスティックな笑みを披露する美子。若干薄ら寒いものを感じたユクレステである。

 突如エンカウントした魔物達を倒し終え、チラリと見渡す。

「やっぱりか」

「ん? なにが?」

 首を傾げる美子の言葉に、ユクレステは戦いの後を指差しながら答えた。

「いや、さっきの魔物達。いつの間にかいなくなってるだろ?」

「あれ? ホントだ。消えてる?」

 ユクレステに言われ確認してみるが、先程まで戦っていた魔物達の姿がどこにも見当たらない。それは美子が氷で押しつぶしたウルフも同じで、透明な氷の下には名も知れない花が押し花状態になっていた。

 不思議に思う彼女に、ユクレステは続ける。

「さっきから気になってたんだけど、なんか魔物っぽくないんだよな、ここに出て来る奴ら。生きてる感じがしないっていうか、感触が違うって言うか……」

「それ、僕も思った。偽物っぽいんだよね」

 同調するようにディーラもうんうんと頷いた。よく分かっていないミュウと美子は相変わらず首を傾げているが、言葉にするなら簡単な事だ。

 要するに、

「変なんだよ。ここの魔物」

 叩けば痛がるし斬られれば血が出る。けれど、ユクレステ達にはどうにもその姿がウソ臭く見えるのだ。

 それこそ、美子の言うゲームのように。

「ま、考えてもしょうがないな。美子、平気か? こっちの世界だと戦闘ってあんまりないみたいだけど」

 頭に浮かんだ考えを一旦保留にし、魔物相手の戦闘が初めてであろう美子に話を振る。とは言え、あれだけスムーズに魔法術を発動出来ていた事を考えればそれほど気にする必要もないかもしれないが。

「あは、センセ、心配してくれたの? うっれしいー!」

 両手を頬に当ててブンブンと頭を振っている。

 ユクレステは知らない事だが、魔物との戦闘こそ初めてだが、魔法術を使用した争いはこれまでにも何度か経験していた。数カ月前までは夜月要斗、並びに彼女の配下の者達を毎週のように相手取っていたのだ。対人戦闘スキルは音葉高校でも随一だろう。

「ああうん、全然大丈夫そうだな。良かった良かった」

「あん、待ってよセンセー」

 呆れた表情で置いていこうとするユクレステに引っ付く美子。ズルズルと引きずられる形で歩を進めていた。



「……あ、ご主人。新手」

「またかよ!? 一体なんなんだこの遭遇率!!」

 最初の戦闘から数十分が経ち、既に戦闘回数は二桁を超えていた。十メートル進まない内に現れる魔物達に苛立ち交じりの視線を向けるのは仕方の無い事だろう。悪い時など一歩踏み出したらやってくるのだ。それもどこからともなく。

 両脇が樹の壁で塞がれているため、出現するのは背後か前方かしかないはずなのだが、どれだけ目を凝らしても出現の場所が分からない。驚いた事に、本当に何もない空間から現れるのだ。

「酷い鬼エンカ。クソゲー待ったなしだね」

「クソゲーってのが何か知らないけど何となく分かった。確かに、コレハヒドイ」

 角の生えた巨大なウサギを杖で撲殺しながら、ユクレステはチラリとディーラを見る。その意図を察したのか、コクリと頷き魔晶石の短剣を取り出した。

「刀身熱き炎の刃、焔の如く切り裂き燃えろ――ブレイズ・エッジ」

「全員、一気に駆け抜けるぞ。こんなの一々相手にしてられるか」

「は、はい……!」

「どうするの? ……って、聞くのも野暮ってもんか。りょーかい、センセ」

 魔晶石の短剣からゴウゴウと立ち昇る炎の剣を横目で眺め、美子は楽しそうに頷く。

「それじゃあレディー――ゴー!」

「ハッ」

 ユクレステの合図と共にディーラが魔晶石によって強化された炎の剣を一閃する。ジュッ、という音と共に地面を焦がし、両脇に飛び退いた魔物達に目もくれず一向はディーラを先頭に駆け出した。

「ウルズの腕輪、起動――魔法弾マジック・シュート断続発射」

 後ろから追って来る魔物に対し、ユクレステの魔法術が雨のように降り注ぐ。いかに低ランクの魔法術とは言え、流石に五十もの数をその身に受ければ前進する事も難しい。段々と距離は離されていく。

 前を飛ぶディーラは炎剣を振り回しながら的確に障害を排除していた。

「あ、見て見て! なんか門みたいのがある!」

 美子の指の先には木の枝がアーチ状に絡まり、分厚い扉の様なものがあった。

「ゴール? と、魔法の効果が切れそう。ミュウ」

「はい……!」

 門の前に現れた木製人形ウッド・パペット。門番だとでも言いたいのか、その盾のような物を構えている。炎の剣が消え、変わりにミュウが一歩前へと躍り出る。ふわふわとした黒髪が舞い、クルリと身を捻り、遠心力を加えた力強い剣撃を放つ。

「剣気――空波!」

「――――」

 ドン、とけたたましい音が響き、盾でガードしたにも関わらず人形は吹き飛ばされた。扉にぶつかり、それでも勢いは止まらないのか盛大にぶち破って消えて行く。

 そのまま木のアーチを駆け抜けた。

「んー、ゴール!! へーい二人とも! へーい!」

「へ、へーい、です」

「……へーい」

 美子の勢いに乗せられてハイタッチを交わすミュウとディーラ。少し遅れて入って来たユクレステも、何が何だか分からないうちにハイタッチ。

「センセ、へーい!」

「はい? へーい。って、なんじゃそりゃ」

「ご主人、敵は?」

「この部屋に入ったらいなくなったぞ」

 ユクレステの言う通り、後ろを見ても魔物の姿はどこにもない。続いて今いる部屋を見渡す。

「で、ここは何の部屋だと思う?」

「そりゃー、お約束(RPG)だとこういうのは大抵……」

『誰じゃ――』

 美子の言葉を遮るように、重厚な声が部屋の空気を揺らした。

「……えっと、美子。続きをどうぞ」

 一瞬嫌な顔をしたユクレステが引きつった笑みで促す。渇いた笑みのまま美子は口を開いた。

「……大抵、ボス部屋なんじゃない、かな?」

『我が領域に足を踏み入れる愚か者は!』

 美子。大当たり。

 彼女の前には周りの木々よりも大きな巨体がユクレステ達を見下ろしていた。

次回から更新がちょっと遅くなるやもしれません。どうか長い目でお待ち下さい。

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