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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
123/132

妖怪退治?

「ん……」

 ガタンゴトン、と揺れる音に目が覚めた。ボンヤリとした意識をゆっくりと覚醒させていく。窓際の座席に座り、向かいの席にはディーラがスヤスヤと寝息を立てていた。

 さて、ここはどこだろうかと辺りを見渡し、ようやく思い出す。

(そうだ、電車か……にしても、こんな箱が馬車より早く動くとはなぁ)

 これまでにも何度か思ってきた驚きの感情を垂れ流しながら、肩にかかる重みに苦笑した。そこにはユクレステの手を握ったままの格好でミュウが眠っており、向かいでは美子が大きな欠伸をしている。

 彼女たちとユクレステを加えた四人は朝もまばらな電車に乗りながら、夜月から指定された場所へと向かっているのだった。

 現在時刻は六時四十分。到着まで、まだまだ時間がかかりそうである。



 時間は遡って昨日の夜。ユクレステは要斗から聞いた仕事の話を住人達に説明していた。

「ダメだ主!」

「えっ? なにがダメなんだ?」

 話が終わるや否や、ユゥミィが慌てた様子で声を上げた。一体何事かと疑問の視線を向ける。

「だってその日は朝からお仕事があるんだ! ついていけないじゃないか!?」

「えっ? ユゥミィさん、バイトしてたんですか?」

 まさかユゥミィが仕事をしていた事実に驚き、叶がキッチンから顔を出した。彼女の問いかけに胸を張って答える。

「当然だ! 私はディーラとは違うからな! あるばいとの一つや二つ、楽勝なのだ!」

「む。そこで僕を引き合いに出さないでほしい」

 仏頂面のディーラを無視し、それよりもと話を戻した。

「と言う訳で主、別の日に出来ないのか? どこかへお出かけなら私も一緒に行きたい」

「って言ってもな。それ以外の日だと俺の予定が微妙だろうし、何よりそんな事言ったらどんな嫌味を言われるか」

「んー。となると、ユゥミィちゃんはお留守番するしかないのかな?」

 マリンが思案気に指を回している。その瞬間、ユゥミィが泣きそうに表情を歪めた。

「えー」

「まあまあ、そう泣きそうな声出さないで。なんだったら私も一緒にお留守番するからさ」

「……マリンが? なにか、狙ってる?」

 普段ならば一番に付いていこうとするマリンがそう名乗りを上げたのに不信感を抱いたのか、ディーラが首を傾げながら呟いた。

「あはは、別に今回はそういうのはないよー? なんというか、ほら。ユゥミィちゃん一人にするのはちょっと心配って言うかー」

「ま、それもそっか」

「どういう意味だディーラー!?」

 あっさりとマリンの言う事に同意し、テーブルの前に座り直す。食器を持ってきたミュウがそれらを並べ始めた。

「んー。ちょっと心配だけど、マリン、ユゥミィの事よろしくな?」

「がってんしょーち! なにかあったらカナエちゃんもいるし、一日くらいならなんとかなるでしょ?」

「心配って……うぅ、主までぇ」

 ご主人様にも心配され、ちょっと膨れっ面のユゥミィ。

「えっと、それでさっきからなんの話してるんですか?」

 会話の中に自分の名前が入っていたのが気になったのか、叶が煮物の入った器を持ったまま聞いて来た。辛うじて分かる内容として、ユクレステがどこかへ行くと言う事くらいだ。出張だろうか、と尋ねてみる。

「ああ、いや、ちょっと夜月からお仕事頼まれてさ。今週の土曜にちょっと遠出する事になったんだ。あ、そうだ。その間もユゥミィ達をちょっと気にかけてやってくれないか? カナエがいれば心強いし」

「え? はあ、それくらいなら……って、ちょっと待って下さい。今夜月って言いました?」

 一瞬聞こえた単語に聞き捨てならない名前があった気がするのだが。気のせいだろうと思いながらも再度問う。

「ああ、言ったぞ。ちょっと夜月の人達と交流があってさ。お手伝いする事になったんだ」

 どうやら聞き間違いではないようだ。

「ちょっ、え? なにがあったんですか!?」

「あー、そういえばカナエっちにはまだ言ってなかったかも? 実はあたし、夜月の一族なんだよねー。パパンがそっちでさー」

「え、えぇえええ!?」

 唐突なカミングアウトに思わず絶叫。パクパクと口を動かしながらユクレステを見る。

「まあ、そんな感じ。ほら、お家騒動に首突っ込んだって言ったじゃん? あれ夜月」

「うぇええええ!?」

 二度目の絶叫。この後、呆然とする叶が意識を取り戻すのに数分の時間を要したとか。


 なんとか復活を果たした叶はお茶を飲みながら気を落ち着けていた。チラリと美子を眺め、てへ、と舌を出す仕草に若干イラッとした。

「えぇと、とにかく事情は理解しました。そう言う事なら、まあ、納得しておきます」

「ごめんねー、カナエっち。言おう言おうと思ってはいたんだけどすっかり忘れちゃっててさあ」

「もういいです。それよりユクレステさん。どうぞそちらの話を進めててください。あたしの事はいないものとして、是非」

「あ、ああ」

 これ以上変な場所に深入りして堪るか、とばかりに話題を変える。平平凡凡な生活を夢見る叶には、彼等の話は刺激が強過ぎるのだ。

「それで、だ。そのお仕事ってのが化け物退治だの妖怪退治らしいんだけど、そもそもヨウカイってなんだ?」

 美子へと視線を投げかけながら質問を口にする。言葉の意味はなんとなく分かる。化け物退治と同列にするのだから、それと似通っているものだろうと予想していた。

 果たして彼女の答えは予想を裏切らないものとなった。

「あれ? センセ知らない? 鬼とか天狗とか、人の理解をこえた不思議生物のこと」

「……ああ、だから化け物か。でも」

 チラリと周りの少女達を見る。

「この世界の人間からしたらこいつらも妖怪なのか?」

「マスターひどい! 私不思議生物じゃないよ!? ただのカワイイ人魚姫ちゃんじゃない!」

「そうだぞ主! ただのダークエルフだ!」

「悪魔」

「え、と……ミーナ族、です?」

「いやいや、こっちの人達からすれば十分不思議生物ですよね、あなた達」

 はーい、と手を上げて言う仲間達。後ろの方でボソリと叶が何かを言っているが、どうやらだれの耳にも入らなかったようだ。

「まあこっちの世界にはそういう生き物ってあんまりいないみたいなんだよね。だから伝説とか伝承の中にしかいないんだって」

「そう言えばこっちには全然魔物がいないもんな? って言うかそもそもこっちには魔物がいるのか? 今まで一度も見てないけど」

 もちろんクキ達は別だ。彼等は朝陽と共にディエ・アースからこちらの世界に来たのだから。

 それ以外の魔物を見かけた事は一度もなかった。

「大昔にはいたような話はあるよ。夜月は彼等とも交流があったみたいだし。でも近年になって彼等と接触したって話は聞かないね」

「ふむ……絶滅したか、それとも隠れ住んでいるのか……。どちらにしろ、この世界ではあまり魔物の数は多くないんだろうな」

 美子の説明を聞き、残念そうに呟いた。

 モンスターマニアであるユクレステには少々物足りない話である。

「でもそれを退治しろ、だなんて、どう言う事なんだろ? そう言うのって天然記念物的な感じに保護するんじゃないのかな?」

 マリンの呟く声が聞こえて来る。

「凶暴だからじゃない? で、手に余るから僕達に依頼……だと良いね」

 ニヤニヤと楽しそうな笑みでディーラが言う。その可能性はありそうだ。と言うか、荒事OKと言った手前、そういう仕事が入り込んで来るのは当然ではあるのだが。

 それにしても、この仕事は確かにユクレステ向きだ。と言うよりも、ディーラ向きと言った方がいいだろうか。るならば人間を相手にするよりも、同じ化け物であった方が彼女は喜ぶだろうし。

「ご主人」

「ん?」

 ディーラはジッとユクレステを見て、

「大好き」

「……ひぃ!?」

 満面の笑みで抱き付いて来た。よほど溜まっていたのだろう。戦えると思っただけで体が勝手に動いてしまったようだ。

 普段は半目で眠たそうにしているディーラが笑っている。そんな彼女の姿は確かに可愛らしいのだが、その姿に胸を熱くする前に思いっ切り肝が冷えた。

 ユクレステからすれば、ディーラの笑顔は色々とトラウマを刺激されるのだ。初めての出会いの時とか。

「……! ……っ!?」

 逃げ出そうとするが意外にもガッチリと掴まれているため引き剥がす事が出来ない。悪魔の腕力に勝てるはずもなく、必死な視線をマリンへと向ける。

「えー、まあそういう訳なんで、ディーラちゃんにミュウちゃん、それから美子ちゃんの三人はマスターのお手伝い役としてお願いね? 私とユゥミィちゃん、カナエちゃんはお留守番だから」

 そんな訳でマリンが司会を引き継ぎ、皆に声をかけた。

「はい……! 足手まといにならないように、頑張ります……!」

「ふふふー、センセとお出かけかー。これってデートって事かな?」

「さっきの話が本当なら随分と血生臭いデートになりそうですよ、ミコっち」

「うぅ~、私も一緒に行きたかったのにぃ!」

 抱きしめられているユクレステは置いておいて、その日の話し合いは終わりを告げた。



 そして翌日。朝早くに起きたユクレステ達は、寝ぼけまなこで見送るユゥミィ達に手を振って出発した、という訳である。

 音葉駅に到着すると見知らぬ人物に切符を渡され、言われた通りの電車に乗り込んだ。

 その人物は黒い布を被った黒子の姿だったため、駅を利用する会社員達から忌諱の視線を向けられていたが。


「んー! やっと着いたー!」

 そんなこんなで現在時刻は十一時半。三時間を電車で揺られ、その後バスで二時間半である。さらにこの後に徒歩で数十分の距離を歩かなくてはならず、現地に行くまでが一苦労だ。

 一緒に付いて来た三人もげんなりとした表情になっている。

「つ、疲れた……流石に遠過ぎでしょ、あのちんちくりん巫女めぇ……!」

 若干一名、怨嗟の声を出しているようだが、今はその気持ちも良く分かる。ユクレステも人の目が無ければ大声で叫んでいたことだろう。

「ようこそおいで下さいました。あなた方がお嬢の言っていた助っ人ですね?」

「え、ええ、まあ」

「それは良かった。あ、すみません、ちょっと待って下さいね、今ちょうど早弁してまして。全部食べちゃいますんで」

 今ユクレステの眼前には一人の人物がいる。彼もまた先の人物同様に黒子の姿をしており、バス停の前に設置されたベンチに腰を下ろしてお弁当を食べていた。箸を器用に布の隙間に滑り込ませて食事を執っている姿は、不気味なものがある。突っ込んでいけないと思いながらも、結局は抗えず言ってしまった。

「あの、食事する時くらい布取ったらどうですか?」

「――ッ!?!? と、取れと? わ、私にこの黒子衣装を脱げというのですか?」

「えっ? あ、あの?」

 ブルブルと大きく震え、箸を取り落としてしまっている。そして音も無く詰め寄り、肩を掴んでガックンガックンとユクレステの体を揺すった。

「ととと、取れば良いんですか? それであなたは満足するんですか? それならば取りましょう、ええ、私の一世一代の大勝負をこんな辺鄙な田舎で披露する事になろうとは!? お嬢、申し訳ありません! さぁああああ! とくとご覧あれぇえええ!!」

「いいい、いいです! やっぱりその姿のままでいいですから放して下さい!?」

「あ、そですか。それなら良かった」

 なにかにとり憑かれたような叫びに身の危険を感じ、すぐに先ほどの言葉を撤回する。すると今までの態度がウソのように落ち着きを取り戻し、食事を再開した。

「な、なんなんだこの人……」

「こ、恐いです……」

 距離を取って珍獣を見る様な眼で黒子の人物を見つめる。ミュウも恐かったのか、ユクレステの背中に隠れてしまった。

「センセ、だいじょーぶ? こいつらは要斗の子飼いの連中なの。なんでか知らないけど皆この格好なんだよねー。なんで?」

「ははは、それは当然ですとも。神聖なお嬢の前に私のような不浄の姿を見せる訳にはいかないじゃないですか」

 よく分からない事が胸を張って言われている。さっぱりなユクレステ達の中で、一人ディーラがポンと手を叩いた。

「それって顔が汚いって事?」

「ぐはぁ!?」

 なにやら大ダメージを喰らっていた。



 早弁を待つと言うのも可笑しな話である。なので彼の食事を強制的に止め、まずは仕事の話を促した。

「それでは今回の仕事の内容についてですね。まずはこのまま現地に向かって貰います」

「はい」

「そしたらあなた達が対象と遭遇します」

「はい」

「倒します」

「はい」

「…………。以上です」

「はい?」

 いや、待って欲しい。事前情報がまったく更新されないのだが。

 ユクレステの視線を受け、黒子の人物はテヘ、と舌を出した……らしい。

「あの、そもそも俺達はなにをすればいいのかすら聞かされてないんですけど。ただ化け物退治だなんて言われても困ります」

「いやぁ、実際その通りなんですけどね。ただ対象をどうにかしてくれればそれで。倒すも良し、捕らえるも良し、封印しても良し。まあそんな感じで、初めは当たって後は流れでお願いします。あ、これ地図です」

「えぇー」

 この辺りの地図が描かれた紙を受け取り、本当にそれだけの説明に思わず呆れた声を上げてしまう。

「そう言う訳でよろしくお願いしますね。討伐を完了したり、なにかありましたら地図に書かれています私共の拠点までどうぞ」

「あの、色々言いたい事があるんですけど」

「いやぁあっはっは、すみませんねどうも。実はこれもお嬢の言い付けでして、最低限の情報だけで良いと言われまして」

 つまりこれは、夜月要斗の試練と言うやつなのだろう。確かに、実力の知れない相手をすぐに信用出来ない事は理解出来る。

「あはは、あのクソガキ調子乗ってるー」

 ウケル~、と美子が笑っている。その笑顔に空恐ろしいものを感じ、ツイ、と視線を外した。外した先にはディーラがキラキラと目を輝かせて手を上げている。

「質問。そいつは強いの?」

 実に彼女らしい質問である。黒子はその質問にキラリと目を輝かせた……らしい。

「ふふふ、それはもう。古の時代からこの地に住まう大妖怪、ですからねぇ」

「へぇ……それは楽しみ、かも」

 こちらも負けず劣らず目がギラギラと輝いている。苦笑するユクレステに向け、黒子の声が届けられた。

「あ、ちなみに言っておきますが、もし命を落としたとしても当方は一切の責任をおいませんので、悪しからず」

「えっ? ちょ――」

 顔を上げると既に黒子は距離を取っており、五十メートル先で頭を下げている。

「それではよろしくお願いしまーす!!」

 言うが早いか、パッと身を翻して全速力で去って行った。突然の事に呆気に取られるユクレステ。ミュウが心配そうに見上げて来る。

「あの、ご主人さま……大丈夫なんでしょうか?」

「う、うぅん……多分平気、だと思うんだけど。ちょっと自信が……」

 ああも素晴らしい健脚で逃げられると不安しかない。ミュウと視線を合わせ、苦笑する。

 それにしても、

「まあ、なんにせよ頑張りましょ、センセ」

「うんうん、いっぱい暴れようね、ご主人」

 この二人といると、心強い限りである。

今回で今年最後の更新となりそうです。

本作品を読んで下さった皆さま。今年一年、本当にありがとうございました。また来年もよろしくお願い致します!

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