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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
122/132

学校での噂

 ユクレステが美子を引き取った翌日。学校に着くなり、校内放送で理事長室へと呼び出されてしまった。呼び出された理由が分からないほど彼もバカではない。渋々ながら、急ぎ足で理事長であるシェルーリアの下へと向かった。

「……つまり、夜月の厄介事を自分から引き受けてしまったんですか?」

「ええまあ。そうですね、概ね理事長の仰る通りかと。えっと……ダメでした?」

 難しい顔で額に皺を寄せているのは朝陽の仲間であるシェルーリア。話の内容は予想していた通りのもので、美子を引き取った際に交わした約束の事だった。一応、今のユクレステはエレメント社の人間ではないが、それでも彼等の世話になったのは確かだ。それなのに恩を仇で返すような状況。内心ビクビクものである。

「ダメ、と言う訳ではないのですが……」

 困ったように頬に手を当てながらユクレステを見る。瞳には不安そうな感情が映し出されていた。

「今の夜月はなにを狙っているのか不透明なんです。神御子とも呼ばれる夜月在斗様が現れてからは本当になにも分からない状況ですし……。こちらでも探ってはいるのですが、情報は皆無。あまり危ない事に首を突っ込まないで欲しい、と言うのがワタシの本音です」

「う……ごめんなさい」

 そんなに心配されてはこちらとしても申し訳ない気持ちになってくる。確かに、事前に朝陽達と相談すれば良かったのかもしれない。だがそんな時間が無かったのも事実な訳で。

 親に怒られた子供のように上目遣いでシェルーリアを見る。ちゃんと反省していると判断したのか、彼女は優しげな微笑みを見せた。

「ですが、ユクレさんがやった事は決して間違った事では無いと思いますよ。少なくとも、そのおかげで一人の少女がこれまで通りの生活を続けられるのですから」

「……はい」

 ユクレステも間違った事をしたとは思っていなかったが、こうして他人から認められると気が楽になったように思える。肩の力を抜き、そう言えばと口にする。

「この事ってアサヒさん達にも伝わってるんですよね? なにか言ってませんでしたか?」

「え? えぇと……」

「シェルさん?」

 どこか言い辛そうに視線をさ迷わせるシェルーリア。首を傾げ、疑問の声を上げるユクレステへ観念したように告げた。

「アサヒ様とクキが、その……もっとやれ、と笑っていました……」

「あ、ああ、はい。なんかそんな気はしてました」

 恐らく、心配してくれているのはシェルーリアだけなのだろう。クキもアサヒも、こんな事で一々咎めるような性格ではないし、むしろもっと面白可笑しい事態を引き起こしてくれた方が、とか思っているに違いない。

 エレメント社の良心である彼女に同情の眼差しを向け、ユクレステはその場を後にした。



「セーンセ、どしたの? なんか朝から疲れた顔してるねー」

「ん? そうか? 普段通りだと思うけどな」

 朝のホームルームが終わると同時に美子が近寄って来た。熱は下がったのだがまだ風邪っぽいようでマスク着用中だ。今日は休ませようとしたのだが、本人の強い要望で登校してきている。

 マスクでくぐもった声だが、これだけ近付けば聞き取る事は容易である。なにせ、

「ちょ、ちょっと佐藤さん!? な、なにを……」

「ふふん、別になんて事無い挨拶よ。ほら、私昨日いなかったから」

 ユクレステの腕に抱き付いているのだから。

 驚いたような声を出したのは叶の隣の席にいる千佳野加代だった。叶をチラっチラと横目で盗み見ながら、何やら楽しそうに目を輝かせている。

「良いんですの!? あんな事いってますわよ!」

「いや、こっちに振られても……あたしにどうしろと……」

 加代のお付きである二人の少女もキラキラと目を輝かせて、三角関係がどうのと囁いていた。そんな事言われても叶としては困る。別に彼に対して特別な感情を持っている訳でもないのだし。

(や、夕ご飯代を出してくれるありがたいお隣さんではあるんだけど……ここで言ったらまた面倒になりそう。黙っとこ)

 叶が脳内で賢明な判断を下している事などつゆ知らず、ユクレステは美子を引き剥がそうと必死だった。

「あーもう、良いから大人しく席に着いてろ! 風邪っぴきなんだから!」

「えー、センセが一緒に寝てくれたら治るんだけどなー?」

 流し眼を送り、その余波を喰らった男子生徒が顔を赤くしている。だがユクレステは至って冷めた表情で美子にデコピンを喰らわせた。

「そーだな。風邪は人にうつすと治るって言うからな。いいから座ってろ、辛くなったらすぐに保健室に行く事。良いな?」

「あうぅ……地味に痛い」

 席へと戻し、ようやく体が軽くなった。


 逃げるように教室を抜け出す。扉を後ろ手に閉め、ふぅ、と疲れたように吐息した。

「あの、先生?」

「うぉおう!?」

 ちょうどそこへ声をかけられ、思わず驚きの声を上げてしまった。

「そ、そんなに驚かなくても……」

「あ、いやすまん。ちょっと気を抜いてたんだ。悪い悪い」

 少し落ち込んだ雰囲気の女子生徒に言い訳をしながら、彼女の名前を思い出す。

「それでどうしたんだイトウ? なんか用事でもあるのか?」

「あ、はい。皆さんのレポートを提出しようと思って」

 この真面目そうな少女はユクレステが受け持っているクラスの委員長で、伊藤遥という名前だったはずだ。彼女から紙の束を受け取り、パラパラと捲りながら、合点がいったように頷いた。

「あー、あれか。この前の遠足のレポート。あんな事あったってのに良く書かせるよな……。でも確かミコの奴がまだだったんだっけ?」

「はい。ちょうど休んでいたので。それで、彼女のプリントを頂けたらな、と」

「そんな事なら後で俺から渡しておくけど?」

「いえ、委員長としての仕事ですから。気にしないで下さい」

 ニコリと笑みを見せる遥。真面目だなぁ、と感心したように眺める。

「そっか。ならちょっと準備室まで来てくれるか? 確かそこにあったはずだから」

「分かりました」

 一時間目が始まるまでまだ時間があるとは言え、ユクレステに与えられている部屋は少々距離がある。生徒を遅刻させる訳にもいかないので、すぐに移動を開始した。

「……あの、ところで先生。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

「ん? なんだ?」

 ユクレステの隣を歩きながら、チラチラと彼の顔を見ながら緊張した様子で遥が尋ねて来る。

「か、叶さんとお付き合いしているって噂は本当なんですか!?」

「イトウ……おまえもか」

 真面目とは言え彼女も一人の女の子だ。クラスメイトの恋バナは気になるのだろうか。もはや聞かれ慣れた質問に若干うんざりとしながら、ユクレステは苦笑する。

「何度も言ってるけど、そういう関係は一切無いよ。ほら、前も言った通りあの子とは道端で遭遇して世話になったってだけの話だから。チカノが言う様なラヴでロマンスはありません」

「で、ですよね! いえ、分かっていましたけど周りの人達が囃し立てるのでちょっと気になってしまって」

「あはは、確かになんかスゴイ勢いで喰い付かれたんだよな。ここも学校なんだから恋愛話なんてそこら中に転がってるだろ?」

 ユクレステの通っていたエンテリスタ魔術学園でもカップルは多くいた。校庭の隅や空き教室で愛を語り合うような輩もおり、一時期は恋愛禁止を言い渡された時期もあったほどだ。それと比べても遜色無い程度にはこちらにも付き合っている少年少女達で溢れていた。手を繋ぎ合ってるのを見ると、何となく気恥ずかい。

 遥は困ったように目線を泳がせた。

「えっと、多分先生は色々とミステリアスだからかと。それに教師と生徒だって事もありますし」

「ミステリアス~? そんな事言われたの初めてだぞ」

 いやまあ、本人は気にしていないかもしれないが、ユクレステの実力や雰囲気、なによりも初めて姿を現した時の格好は不思議だった事だろう。なにせ見た目はローブを着たあからさまな魔法使い。こちらの世界ではあまり見ない格好だ。

 さらにはあまり顔を出さない理事長とも仲が良く、突然担任を任された。

 実は今現在、ユクレステはこの学校で注目の的なのだ。

「って言うか、教師と生徒が恋愛関係になるのってそんなにマズイ事なのか?」

「えっと、あんまり推奨はされませんね」

 そこがまたユクレステにとって不思議である。

 別にお互いが想い合っているのならば良いんじゃないのか、と。もしこれが年齢差と言う点であっても、貴族社会に生きていた彼にはこれまた理解不能であった。十歳差二十歳差ならばマシな方で、五十を超える男性に十の子が嫁ぐ事もままあったからだ。

 恋愛観のすれ違いにお互い首を傾げながら歩いていると、下駄箱近くの掲示板に目がいった。

「ん?」

 画鋲がびょうで貼り付けているのは一枚の校内新聞。大きな写真が一面を飾っており、横には太い字で題名が書かれている。

『噂の新任教師、熱愛発覚! お相手は生徒KAさん!?』

「ブッ!?」

 写真にはいつの間に撮っていたのか、叶を抱きしめるユクレステの姿があった。

 それは昨日、授業が終わった後に叶がMMCを誤操作してしまった時の写真だ。とっさに彼女を抱き寄せ庇った所を写真に収めたのだろう。

「な、なんだこれー!?」

「あ、先生今気付いたんですか? これ、今朝早くから貼ってあったんですよ?」

「け、今朝から!? じゃ、じゃあなんか今日は人の視線を感じるなーって思ってたのって……」

「多分、これを見た人かと。私もこれを見て気になった口ですし」

 なるほど。だから余計に叶との関係を聞いて来る者達が多かったのか。

 などと、納得している場合では無い。

「な、なあイトウ? この世界だと教師と生徒の恋愛はご法度なのか?」

 ダラダラと汗を滝のように流しながら、ユクレステは遥へと疑問する。

「え? ええ、そうですね。一部だと捕まる事もあるみたいですし」

「つ、捕まる……」

 サー、と顔色が青くなる。その様子に首を傾げる遥は、どうしたのかと声をかけようとした。と、スピーカーから聞き慣れた声が聞こえてきた。

『ダーゲシュテン先生、至急理事長室へお越し下さい。繰り返します、ダーゲシュテン先生、至急理事長室へお越し下さい』

 声の主はシェルーリアだろう。理事長である彼女とは朝に一度あっているのだが、恐らく今回の呼び出しはまた違う要件だと思われる。

「……すまん、イトウ。プリントは後で俺が持ってっとくよ。なんか、呼ばれてるから……」

「あ、はい。その、元気出して下さい」

 コクリと頷き、ユクレステはうな垂れたまま速足で去って行く。向かう先はもちろん理事長室だろう。そんな彼の背中を見送り、遥はホッと吐息をこぼした。

「……そっか、別に付き合ってる訳じゃないんだ」

 そう呟き、彼女は次の授業に遅れないようにその場を後にした。




 放課後になってようやく一息ついたユクレステは、深々とため息を吐き出した。あの後シェルーリアから注意を受けたのだが、それはまあ良い。彼女もそれほど本気にしてはいなかったようで、どこか同情の眼差しを浮かべていた。だが、同僚である教師達や生徒達からの好奇の視線に晒され続け、若干気が滅入てしまった。

 なんにしても、今日はこれでようやく帰れるのだとホッと一息。

「あ、いた! ちょっとあんた!」

「へ?」

 安心し切っていたところに突然刺々しい声が聞こえてくる。訝しげにそちらへと視線を向けると、ツインテールの少女がキツイ目をして近寄って来た。

「ユクレステ・フォム・ダーゲシュテン……って名前長いわよ、あんた!」

「えー、いきなりなんだよその言い掛かり……」

 少女の名は夜月要斗。本日は学校指定の制服に身を包んでおり、真面目に授業を受けた後のようだ。

「って、そんな事はどうでもいいのよ! あんた、早速仕事よ」

「仕事って……なんの?」

 首を傾げるユクレステに、要斗はムッとしながら吐き捨てる。

夜月あたしたちの仕事よ! あんた昨日言ってたでしょ? 荒事大歓迎って」

「……あー、はい。その事ね。うん、確かに言った言った」

 少しの。で、ようやく思い出した。

 忘れていた、なんて言える雰囲気でも無いので、話を合わせる意味で頷いておく。

「って、仕事って今から? 明日も学校あるからお手柔らかにお願いしたいんだけど」

「ふん、安心しなさい。姉様もちゃんとその辺りの事は考慮して下さってるんだから」

「そうなのか? そいつはありがたい」

 まだ学校生活に慣れていないユクレステとしては、その配慮は素直にありがたかった。まだ見ぬ夜月の当主に感謝しつつ、仕事の内容について要斗に質問する。

「それで、仕事っていうのは? なにをやれば良いんだ?」

「簡単な話よ。って言うか、あんた達が適任なんじゃない? あんな悪魔手懐けてるくらいだし」

「悪魔って、ディーラ?」

 なぜそこで彼女の名が出るのかと疑問する。要斗はディーラの名前に一瞬嫌そうな顔をすると、フルフルと頭を振って頭に浮かんだ悪魔の姿を追いだした。

「つまり、あんた達にやってもらうのは化け物退治って訳。妖怪退治でも可だけどね」

「ヨウカイ? なんだそれ?」

「はあ? そんな事も知らないの? 妖怪ってのは――」

「こら夜月さん! どこに行ったのかと思えば! これから補習授業があるんですから帰らないで下さい!!」

「って、ヤバ!?」

 ユクレステに説明しようとするが、遠くから女性教師が大声を上げて要斗を指差している。

 半年以上学校を休んでいた要斗は本来ならば留年ものなのだが、補習のフルコースを受ければ進級が可能となっているようだ。シェルーリアからそんな提案があったらしい。

「へぇ、なんか意外だな。そういうのあんまり気にしないと思ってたのに」

「仕方ないでしょ。姉様が言ったんだもの、せめて卒業して欲しいって。姉様に頼まれたら嫌とは言えないでしょ」

 そしてその提案を受け入れたのは彼女の姉、夜月在斗なのだとか。感謝で頭を下げた姉の面子を潰す訳にもいかず、渋々ながら要斗は律儀に従っているのだ。

 面倒臭い、と表情にありありと浮かんでいる。クルリと後ろを向きながら、おざなりに彼女は言葉を残した。

「とにかく今週の土曜、朝の六時半に音葉駅に集合。そこでお仕事の内容が渡されるは。なにか分かんない事があったら美子にでも聞いたら?」

「おまえは来ないのか?」

 純粋な疑問の言葉に、要斗青筋を立てながら笑顔で言い放った。

「補習」

「あ、うん。お疲れ様です」

 一言ながら、それだけで十分に理解出来た。

 夜月の巫女。どうやら彼女に休日は無いようである。

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