お隣さんは女子高生
とあるアパートの三階。そこが朝陽達の用意してくれたユクレステ達の新たな住居だった。
本来は一人暮らし用の物件なため五人で住むには手狭なのだが、二つの部屋の壁を取り払い無理やり一つの部屋に改装したため、今ではそれなりの広さとなっている。約一名は寝床を必要としないため、ユクレステ達からすれば中々の物件だろう。
「ただいまー、っと」
そんな新居に帰宅したのは七時を超えていた。美子の荷物を纏めるのに時間が掛かってしまったためだ。本人は今もユクレステの背中で寝息を立てており、正直荷物が重くて何度放り投げようと思った事か。とは言え、ミュウが気絶した時と比べればまだまだ軽いものなので耐え切ってみせたが。
別にミュウが重い訳ではないのだが、あの子が気を失うと持っている剣が大荷物となるのだ。五十キロの大荷物。それに比べれば高々数キロ、大した事では無い。……やせ我慢だが。
扉を開いた先からは喧騒がこぼれており、なんとも微笑ましい気分にさせてくれる。
「そっち行ったよ! 生かして帰すなー!」
「了解」
「ふはははー! 待て待てー!」
「あうぅ……」
「だ、だれか助けてー!」
まるで何かに追い立てられているような音が聞こえるが、きっと気のせいだろう。美子の靴を脱がせているとリビングの扉が開き、倒れるようにだれかが這い出して来た。
「あいたぁ!? ちょ、スカート脱げてる、脱げてるー!」
「ならばこちらの要求を受け入れるのだ! さもなくば放さない、絶対に!」
「分かった! 分かりましたから放して下さいってばー!?」
その人物はどうやら少女であった。銀髪で、どこかで見たような幸の薄そうな女子高生。どこかにぶつけた額を押さえながら顔を上げる。
「あれ? カナエ?」
「へっ? あ、ユクレステさん!? いつの間にあたしの部屋の隣に住み付いてたんですか!!」
「住みつくって……小動物みたいな言い方しないで欲しいんだけど」
その少女はユクレステが担当するクラスの生徒であり、さらに言えば彼等が住む事になったアパートのお隣さんでもあった。
なぜか怒り気味な叶だが、手続きは全て朝陽達が行っていたのでこちらに非はないはずである。
「そ、そんな事よりあの人達を何とかして欲しいんですけど!」
「あ」
「えっ?」
そんな間の抜けた声が二人の口からこぼれた。ユクレステの視線は彼女の腰の辺りに向けられ、叶は若干の涼しさに疑問の声を上げる。そのまま視線を下へとズラし、その惨状を認識した。
「あいたた……む? なんだこれは?」
叶同様に倒れていたユゥミィが体を起こし、手に持った布を持ち上げる。それは今も美子が身に付けている物と同じ、音葉高校制服のスカートだった。
どうやらスカートを掴んでいたユゥミィに気付かずに叶が立ち上がってしまったせいで脱げてしまったのだろう。ピンクの布がユクレステの視界に入り、気まずい空気が流れる。
「えーっと……」
そっと視線をズラした。
「……い」
ユクレステはそのまま靴を履き直さずに外へと避難する。
直後。
『イヤァアアアー!!』
『あいたー!?』
叶の叫び声と、ユゥミィの悲鳴が聞こえてきた。
「ぐすんぐすん……見られた……また、見られた……。もうお嫁にいけない……」
「ま、まあ落ち着くのだ。下着が見られたくらいそう気にするようなものでもないだろう?」
「気にするに決まってるでしょう!? あなた達は平気なんですか!?」
ユゥミィの下手な慰めの言葉は効果は無く、怒声が返って来るだけだ。ドン、とテーブルを叩きつけ、恨みがましく睨みつける。
そんな事言われても、とマリンが頬を掻いた。
「私は別に良いけどなー。むしろ全部見せたいくらい?」
「マリンは元から下着みたいなものだし。僕も別に構わないかな。……もっと恥ずかしい姿見られてるし」
「もっと!?」
さらにディーラからの衝撃の告白に驚愕する。
ちなみにここで言う恥ずかしい姿、とはリーンセラに行った時に魔法薬を羽と尻尾に塗られた時の事だ。顔を蕩けさせて悶える姿は、いかにディーラとは言え恥ずかしかったようである。
「ちなみに私も下着姿なんて気にしないぞ!」
「ああ、うん。ユゥミィさんはそうかもね」
「ちなみにミュウちゃんは生まれたばかりの姿を見られた事があるんだよねー? それもマジマジと」
「あぅぅ……」
「え、なに? あの人ってそういう感じの人なの?」
「人聞きの悪い事を言うな!」
奥の部屋から戻って来たユクレステが否定した。こんな所でまで変態のレッテルを貼られて堪るかと必死である。
「じゃあミュウちゃんの裸を見たのってウソなんですか?」
「……え? いや、裸は見たけど?」
「おまわりさーん! この人ロリコンですよー!」
「わー!! ちょっと待って! 頼むから弁解させて!!」
その後十数分の時間をかけて叶に説明をして何とか納得してもらった。若干彼女の目が冷たいような気がするが。
「それで、なんでユクレステさん達がここにいるんですか? 先生ってどういう事なんですか? あと、なんでミコっち連れて来たんですか!?」
「質問多いなぁ」
コホン、と気を取り直して幾つかの質問を口にする叶。面倒そうに頬を掻きながら、ユクレステは何と答えようかと思案する。
「えーっと、取りあえず最初の質問から。何でここにいるかって言うと、アサヒさんが用意してくれたのがこの家だったからかな? で、次の質問。えっと……」
「……? どうしたんですか?」
言い辛そうに口ごもるユクレステ。首を傾げる叶の姿を視界に収め、意を決して口を開いた。
「……前の仕事、クビになりまして……」
「はっ?」
思いもしない言葉につい疑問の声が出る。うーん、と唸ってから再度ユクレステが言った。
「いや、だからクビ。なんか、ちょっと暴れ過ぎだって言われて……」
「えっ? でも羽生先生を倒したんだからちょっとくらいは……」
確かにエレメント社の魔力生成工場を襲撃した羽生真次郎との戦いで色々と破壊していたかもしれないが、それでも最低限の被害だったはずである。パイプを幾つかダメにして、社の壁を破壊したくらいだ。撃退したのがユクレステなのだから、そのくらいの被害は目を瞑ればいいのに。
そう考える叶に、ディーラがうんうんと同調する。
「そうそう。もう少し多めに見てくれてもいいのに」
「あはははは、ほとんどの原因はおまえだって分かってるよな? 工場の一区画を見事に燃焼させやがってコノヤロウ」
「……ナンノコト?」
「ディーラぁー?」
「痛い痛い。ゴメン、ご主人。謝るからその手を退けて」
視線を逸らしてしらばっくれるディーラのこめかみにぐりぐりと拳を押し付けた。かなり痛いのか、涙目だ。
「とまあ、そんな感じで皆そろってクビー。で、再就職先を探している所にカナエちゃんとこの理事長さんが進めてくれたんだよ。ちょうど先生が一人いなくなるからーって」
「理事長が?」
音葉高校の理事長であるシェルーリアはエレメント社の社長である朝陽の仲間だ。そちらからの繋がりで厄介になったのだとマリンは言う。
「元々マスター、人にもの教えるの得意だからって事もあってこうなったんだ。向こうでは子供相手に臨時で教師やってたりしたしね」
「なるほど」
ついでに言うと、ミュウ達に日本語を教えていたのもユクレステだ。根をつめた授業のおかげで彼女達も日常会話ならば問題無い程に上達していた。
「とまあ、そんな理由。納得してくれた?」
ディーラへのお仕置きを終え、若干スッキリ顔でユクレステが言った。
「まあ、そこら辺は。でもそう言う事ならもっと早くに言ってくれても良かったんじゃないですか? 引っ越して来たのだって昨日今日って訳じゃないんですし」
「いやまあ、そう言われるとそうなんだけど……ちょっと色々ありまして」
ふっ、とどこか遠い場所へと視線を向けている。一体何があったのかと叶は首を傾けた。
「色々、ですか?」
「うん、色々。クソ長い身体測定もどきとか、新型MMCのモニターとか。軽くニ、三回は死にかけたね」
切っ掛けはユクレステが行ったMMCによる並列起動だった。それを見たセカンド・ファクトリーの研究員達に興味を持たれ、あれよこれよと彼等の研究所に連れて行かれ、様々な質問や身体検査が行われた。それが済むと今度はユクレステにあったMMCを開発したから、と様々なものをテストしていたのだ。その際上手く起動できず魔力の暴走によって爆発したり、術式がズレたせいで爆発したり、特に理由もなく爆発したりと、生傷が絶える事は無かった。
それに不満を言えば、爆発は研究者のロマン、と本気で言う始末。真次郎よりもこの人達を何とかした方が良いのでは、と思った程だ。
「じゃあ今日の授業の魔法術も?」
「そそ。こいつに手伝ってもらった」
左手を持ち上げ、手首に嵌められた腕輪を見せつける。嫌に機械的な腕輪だ。
「新型MMC、ウルズ。従来の物よりも仕込める魔法術はずっと少ないんだけど、起動式や再装填なんかにかかる負担はかなり減るんだ。まあ確かに使ってみてやり易くはあるな」
「そう? 僕は無理。なんかゴチャゴチャしてて頭痛くなる」
イヤイヤと頭を振るディーラ。再装填する際の術式や、それらを並行操作する事にも思考を割くため、必要とする思考能力はそれまでの物とは比べ物にならない。
「結構人を選ぶみたいでなぁ。しかもかなり魔力を食うから長時間の起動には向かないし。どっちにしろ、一長一短ある事には変わりないんだよ」
一般の魔法使いよりは魔力量があるにしても、それはあくまで人間にしてはそこそこ多い程度だ。全開で並列起動をすれば十分も撃ち続けてはいられない。しかもこの形状にしたため魔力バッテリーを取り付ける事が出来ず、自前の魔力が必要なのである。
とは言え、その辺りは普段からそういう風に魔法を使用しているディエ・アースの魔法使いなので問題はないのだが。
「そうなんですか……」
ユクレステの話に少し気落ちした様子で頷いた。落ちこぼれである叶でも、もしかしたら、と淡い期待を抱いていたのだ。しかし彼の話から自分なんかでは到底無理だろうと諦めの息を吐いた。
叶は落ち込みかけた気持ちを振り払うように一度首を横に振り、次の質問に移った。質問の内容は先程ユクレステが連れて来た美子の事だ。
「それで、なんでミコっちを連れて帰って来てるんですか? 確か家まで送りに行ったんですよね?」
「あー、まあそうなんだけどちょっと厄介事に巻き込まれまして……」
「厄介事? なになに? それってやっぱり面白い事?」
「あのな……」
楽しげなマリンの声に、ムッとした顔で返す。
「って言うか、また厄介事? これで何度目だっけ? よくよく面倒事に縁があるよね、ご主人って」
「そこはほら、主だから。おお、これだけでなぜか納得出来る不思議!!」
「えっと、あの……ごめんなさい……」
「おまえ達な……」
からかう様な悪魔とダークエルフ、ついでにフォローに回ろうとして諦めてしまったミュウに恨めしげな視線が向けられる。ユクレステだって自分が厄介事に好かれているのは分かっているため強くは言い返さないが、まるでこちらが悪いように言われるのは困る。
まあ、今回の件は思い切りこちらから踏み込んだので自業自得と言えなくもないのだが。
「ユクレステさん、今までなにがあったんですか」
呆れたような視線がとても痛い。
「ま、まあとにかくだ。お家騒動があってそこにちょっと出しゃばったってだけの話だよ。良くある話だろ?」
「いやいや、そんなの良くある訳ないじゃないですか。普通他人のお家騒動に首突っ込みませんよね?」
「む? そうなのか?」
「前に思いっ切り首突っ込んだからね、僕達」
「今思うと私たちって結構色々やってたよねー。面白かったから良いんだけど」
手を振る叶の言葉に楽しそうな言葉を交わすマリン達。
「……ホントになにやらかしたんですか?」
「は、ははは……」
至極もっともな意見なのだが、ユクレステ達には前科がある分苦笑する事しか出来ない。ジト目で睨んでいる叶から視線を外し、コホンと咳払いで場を仕切り直す。
「そんな訳でサトウはちょっと家に居られなくなってさ。仕方ないから俺が面倒を見る事になったんだよ」
「はあ……それって親御さんは了承しているんですか?」
「あー、あいつの親父さんは……遠い所に旅立って行ったから」
「いや、意味分かりませんって」
実際言葉通りなのだから仕方がない。黒子に連行された夜月善十郎を思い出しながら答えた。
「そう言う訳だからさ。事後報告で悪いとは思うんだけど、良いかな?」
仲間達へと向き直りそう問うユクレステ。ミュウ達はクスリと微笑み、すぐに首肯した。
「はい、ご主人さまがお決めになった事ですから。わたしは、いいと思います」
「私も良いよん。なんかあの子とは仲良くなれそうな気がするしー」
「うんうん、主は色々と変なものを拾ってくるからな」
「その最たるものがユゥミィ、と」
……。
取っ組み合いをしている二人の間に割って入りながら、仲間の許可を得られた事に安堵する。
安心してようやく周りが見られるようになったのか、ユクレステは叶がいる事に改めて首を傾げた。
「そう言えばなんでカナエがうちに? なんか、さっき凄い暴れてたみたいだけど」
「あ、暴れていたのは主にこの人達のせいです!」
ビシリと指差されたのは、やはりと言うべきかマリン達だった。それだけでもう嫌な予感しかしない。と言うより、ほぼ確実に非があるのはこちらだろう。
「ごめんなさい」
何はともあれ謝っておいた。
「ちょっとマスター! なんで諦めたような目で私達を見るのさ! 別になんにもしてないよー、私達」
「そうそう。ちょっと拉致監禁しようとしただけ」
「そうだな。それで無理やり働かせようとしただけだぞ、主」
「なにそれ恐い。聞く限り立派な犯罪なんだけど。どういうこっちゃ?」
ニヤリと笑いだした三人から目を背け、叶とミュウに視線で問いかける。若干顔を青くしている叶と、申し訳なさそうに頭を下げているミュウ。
「わ、わたしが悪いんです……! だから、その……」
「いやいや、多分ミュウちゃんは悪くないと思いますよ? むしろ誰が悪いかって言うと……」
ジ、ジ、ジ、ジ、と四人分の視線がユクレステへと集められた。一人ミュウは顔を俯かせている。
「……えっ? 俺?」
無言の肯定に少し後ずさった。
改めて今日までの出来事を思い返してみる。叶が監禁されそうになったと言う事は彼女に関する事だろうか。もしくは、この世界に来てからか。しかしどちらにせよユクレステ自身には何かしでかした記憶は無い。
うーん、と唸りながら首を傾げた。
「なんかやったっけ?」
「んーとさ、マスター今日まで晩御飯用意してくれたりしたじゃん?」
「今日までって言うかこの三日くらいだな。それが?」
良く分からないマリンの質問に頷く。
「それが全て、かな」
ふぅ、とため息交じりにディーラが呟いた。
余計に分からない。一体なんの事だろうか。
「つまりね、マスター。もうマスターのご飯には、飽きたんだよ」
「な、なんだって!? ……って、はい?」
周りを見ればマリン以外からも似たような視線を感じる。一体なんの事だと昨日の夕食を振り返った。
朝食は買い置きのパンとジャム。昼食は各自で取っており、ミュウとマリンはユクレステと一緒に研究所で食事を頂いていた。夕食は家に帰ったユクレステが準備をした。献立は、確か鍋物だったはず。
「え? なにが飽きたんだ? パンか?」
「いや、それもあるけど、今はどっちかって言うと晩御飯の方」
「ん。前にも言われてたけど、お湯に肉と野菜ぶっ込んで塩かけて食べるのは料理とは言えないから」
ディーラの不満の声に、はて、と首を傾げる。
「いやでも、乾燥野菜と干し肉のよりは美味しいじゃん」
それはディエ・アースでは旅の最中に良く作った思い出の品である。しかも今回はちゃんとした生肉と生野菜を投入しているため、味はこちらの方がずっと美味だった。
「そうじゃなくって」
だがマリンは呆れたように首をすくめた。
「三日もそれが続けばいくらなんでも嫌になるでしょ、って」
「……そうか?」
チラリと視線を向ければ、全員が首を縦に振っている。いや、確かに三日も同じ物を出されればだれだって飽きるものだ。それを当然と思っていないユクレステは首を傾げる事しか出来なかった。
「そんな訳で今日はご飯を作ろうと思ったんだよ、私達」
そう意気込んでキッチンに立とうとして、陸上を動くのに多大な労力を使い果たしその時点でマリンが使いものにならなくなった。その後ディーラが赴き、おもむろに火を付けようとして――ミュウに止められた。直接魔法で火を起こそうとしたためだ。
ディーラ曰く、『だって火の付け方なんて知らないし。こっちの方が早いし』なのだとか。
では残る二人はどうなのかと言えば、そもそもユゥミィには最初から期待していなかった。逆にミュウはお菓子を作る事が出来るようになったため、マリン達は期待の眼差しで眺めていた。だが、結果は見るも無残な結果となってしまった。
「うんまあ、ちょっと見た目が悪いだけなんだよ」
「うぅ……」
皿の上には真っ黒焦げになった何かが乗せられている。恐らく魚か何かだろう。グチャリと潰れている所を見ると、相も変わらず素手で魚を解体したのだろう。そして力加減を誤った、と。
ミュウは刃物を持つと力の加減が出来ないのだ。
「で、そこにちょうど良くカモが来たって訳なんだよ。だれとは言わないけどねー」
「ひょっとしなくてもカモって私ですよね?」
以前叶の家に泊まった時に彼女の料理の腕を見ていたマリン達は、これ幸いとばかりに部屋に招き入れ、油断している彼女を捕獲しようとしたのだ。不穏な空気を察して逃げようと試みた叶だが、結果は先の通りである。心に余計な傷を増やすだけで終わった。
思い出すだけで赤面してしまう。
「まー、災難だったね。でもほら、考え方を変えてみよう? パンツごと下げられなくて良かったって」
「そんな事になったらこの場で舌を噛み切っていましたけどね」
どんよりと暗い表情で呟く叶の姿に、のんきなマリンも流石に口を噤んだ。
「とりあえず、うん。うちの食事事情に不満があるのは分かった。でも実際問題、俺達って家事スキル皆無だからなぁ」
「あたしもそんなに料理が得意って訳じゃないですし、五人も六人も面倒見切れませんよ?」
「だよなぁ」
出来ない事も無いのだが、面倒臭いからヤダ、と言う本音がそれを拒否していた。苦学生でアルバイトもしている叶には五人分の食事の準備などやりたくないのである。
「最悪材料費はこっちで負担して、カナエの分も一緒に、って思ったけど……流石に無理かぁ」
その瞬間、叶の瞳はキラリと輝いた。
「やります、やらせて下さい!」
「……はい?」
ガッシリと手を握り締めて来る叶。突然の事にパチクリと目を瞬かせ、声が漏れた。
「いえ、お話を聞いてユクレステさん達の力になりたいと思っただけですよ? 決して、そう、決して食事代が浮くぞヒャッホー、なんて考えてませんからね?」
「は、はい」
有無を言わせぬ迫力にユクレステはガクガクと頷いた。
「なるほど。そう言えばよかったんだ。チョロイ」
ディーラのポツリとした呟きなど既に叶の耳には入っていない。少しでも食費が浮くのならば、そんな事は些細な事だからだ。
しかし毎日と言う訳にもいかないため、週に三日と言う協定が取り組まれる事になるのだった。