表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
115/132

夜月の巫女

 グシャリと鉄のひしゃげる音がして、次いで社の一角が崩れ落ちる。ユクレステによって強かに殴り飛ばされた真次郎は、クキ達のいる社に突き刺さった。

 畳と床がグシャグシャで、テレビまで破壊された光景にクキは表情をヒクつかせていた。その両手にはゲーム機が抱えられており、真次郎に潰される前になんとか救助したのだろう。テレビは壊れてしまったが大切なゲームとセーブデータが無事で一安心である。二百時間オーバーのデータが破壊されていたらきっと彼は泣いていた。

「んの野郎、ちっとは加減せんか! ワシのゲームに傷がつくじゃろーが!!」

「そこなの!? って、これ大丈夫なの? 羽生先生、ピクリとも動かないんだけど……」

 一応彼女の教師だったため、若干ながらも心配の表情を見せる叶。呻いているので生きてはいるようだが。

「ご主人さま、大丈夫ですか!?」

 隣にいたミュウが社から飛び出し、一目散にユクレステへと駆け寄った。こちらは殴った時の姿勢で崩れ落ちており、荒い息を吐いている。

 ミュウに支えられて座り直すと、グッタリとした表情で呟いた。

「魔力……切れた……」

 あれだけの魔法術を自前の魔力で行っていたのだからそれも当然だろう。ユクレステの魔力量は決して多くは無いのだ。それでもこの世界で言えば十分過ぎる程なのだが。

 ヨロヨロと立ち上がり、社で倒れる真次郎へと近寄った。

「……悪いな。勝ちを譲ってやれなくて」

「ハッ……良く言う。元から負けるつまりなんて無かったくせによ」

「そりゃそうだ。俺だって十五年の意地があるんだから。あなたと同じでね」

「……ちっくしょう。俺とおまえ、なにが違ったんだろうな?」

 手の平で顔を覆いながら苦しそうに吐息した。

「明確な差なんてあるはずもないさ。ただちょっと、運が悪かっただけだよ」

「運、か……一番重要なもんじゃねえか……」

「はは、確かに」

 もはや笑うしかない。口の端をつり上げ、ユクレステを見上げる。

「ったく、おまえ一体なにもんだ? あんな怪我するのも構わず突っ込んできやがって」

「戦うんだから怪我するのは当然だろ? 少しの傷で倒せれば、結果として被害は少なく済むしな」

「……変な奴。それはもう魔法使いじゃないな。戦士とかバーサーカーとかの戦い方じゃねえか。俺の夢を返せ」

「んな無茶な」

「確かに……」

「叶、おまえもか」

 人知れず真次郎の言葉に同調する叶。ツッコミの視線を感じるが、先ほどの戦い方を見れば納得してしまうのは当然だろう。魔法使いと言えば後方からバンバンと高威力の魔法を使用するような存在だ。まさかそれが拳で決着をつけようなど思いもしなかった。

「カカッ、そうか? ワシはそっちのが分かり易くて好きじゃがなぁ」

「エレメントの鬼か……はぁ、負けちまったんなら仕方ないよな。素直に投降する。出来れば手心を加えてくれたりすると助かる」

「阿呆、そっちから仕掛けて来た奴に対してなに寝ぼけた事ゆーとるか」

 クキの素っ気ない言葉に真次郎は苦笑する。なにかを言いたそうにしているユクレステを遮り、言葉を続ける。

「……と、言いたい所じゃがのお。上ん奴がこう言った話には弱くてなぁ。ま、ちーとは軽くなるんじゃねーか?」

「それってアサヒさん?」

「ほうじゃ。このエレメント社の敷地内はエレメント社による治外法権じゃからな。裁量はアサヒ次第じゃ。あいつも似たような経験がある分、こいつの気持ちも汲んでくれるじゃろ」

「……」

 似たような経験、と言うと彼女にも真次郎のような出来事があったのだろうか。分からないが、とにかく彼に関しては朝陽に任せるのが良いと判断する。少しだけ気が楽になり、ゴロリと畳に寝転がった。

「ユクレステさん!?」

「ご主人さま!」

 慌てて駆け寄る二人に視線を合わせ、心配させないようにと微笑む。

「あー、ちょっと疲れた。少し寝る。お休みー」

「えっ、ちょ……」

「ぐぅ……」

 そのまま目を閉じ、数秒後には静かな寝息を立て始めた。

「寝るの早っ!?」

「あー、魔力使い切ってたみたいじゃしなぁ。ま、しばらくすれば起きるじゃろう」

「そうなのか?」

「こいつぁ丈夫じゃけえ、生半可な攻撃ならすぐに治る。むしろおめぇの方が重症っぽいぞ? 見た目的にはのお」

 一応心配しているのか真次郎が聞いて来る。クキは頷き、それより、と工場の外へと視線を向けた。

「こっちは片付いたけぇ後は外なんじゃが……どうしたもんかのお」

 今もまだ夜月の者達が暴れている事だろう。彼らを収めるためにはクキが出ていけば早いのだが、この場から動けないためそれは出来ない。シェルーリアは学生のお守。となれば残るは……と珍しく頭を働かせていると、ポケットに突っこんでいた携帯電話が震えた。

「おう、ワシじゃ」

『あ、クキー? お疲れ。そっちはどんな感じ? 襲われてるんでしょ?』

「ああ、アサヒか。こっちはもう鎮圧したぞ。噂の新人が気張ってくれたけぇのお」

『ユクレステ君が? へー、それはそれは。お礼言いたいんだけど代わってもらえない?』

「あー、そりゃ無理じゃな。今へばって寝とる。叩き起こせってんならそうするが……」

『あ、そなの? じゃあゆっくり休ませてあげて。多分、大変だったんでしょ?』

「ほーじゃな。その方がええじゃろ。ワシも恨まれたくはないし」

 チラリと見ればジトーっとした表情でミュウと叶が睨んでいる。恐らく叩き起こすと言う言葉に反応したのだろう。視線をそらしつつ、電話の相手へと意識を戻した。

「ほいで、一体なんの用じゃ? ここを離れてええんか?」

『そうそう、その件だった。クキはその場で待機してていいわよ。侵入者さんも今から連行しに行くから、取りあえず逃げ出さないようにだけ見張ってれば良し』

「はっ? なんじゃ、もう終わったんか?」

 せっかく暴れられると思ったのに、と不満そうな表情のクキ。まるで電話越しの相手が見えているように、朝陽は宥めるような声音で言った。

『まあまあ。なんか向こうからの申し出でね。回収してくれるそうなのよ。ムダな労力使いたくないし、合意しといた』

「回収? 合意? いや、意味が分からん」

『別にクキは分からなくても良いわよ。取りあえずそう言う事だから。よろしくー』

「お、おいアサヒ!?」

 ブツリ、と一方的に電話が切られ、唖然としながらポケットに戻した。良く分からない状況だが、取りあえず。

「……暇じゃし、ゲームでもやるか?」

 奥から呼びのテレビを引っ張り出し、誘ってみるクキであった。




 工場の外側、加工部で火柱が上がっていた。

「ひ、ひぃいいー!? な、なんだあいつ、だれか助けてくれぇええ!」

「う、撃て撃て撃てー! チクショウ! なんで止まらねぇんだよクソがぁ!!」

「お、応援を! 応援を呼べぇえ!」

「おかあちゃぁあーん!!」

 逃げ惑い、泣き叫び、命乞いをしている。

 阿鼻叫喚に死屍累々、まさに地獄絵図。この光景を作っているのが悪魔だけに、正しく地獄にいるようである。そんな彼女はと言うと、

「ふぁ……眠い。なんか、こうも簡単だと眠くなる……」

「人の体を盾にしてよくそんな言葉が出るな、ディーラ。まあ、私も些か手緩いと言うかなんと言うか……だが騎士として悪漢は見過ごせないからな、うん!」

『それにしたってねー。っと、マスターの方は大丈夫っぽいね。なんかカナエちゃんも一緒にいるけど……あれ、これってフラグが立ってる?』

 三人、目の前の修羅場とは反対にダラけていた。爆撃にも耐える鎧で進軍し、逃げ出すより先に炎が侵入者を飲み込む。たまに接近戦をしかける者もいるが、ディーラが容易く地に沈めた。

 元々人間よりも高スペックの肉体を持つディーラとユゥミィには銃を持っただけの人間程度では止められなかったようだ。既に外周部まで押し返しており、次々に現れる援軍も焼け石に水だ。

「大丈夫か! 助けに来たブギャン!」

 駆け寄って来た男に魔力の槍をぶん投げる。呆気なく気絶した姿を見て、ハァ、とため息を漏らした。

「あれだけで気を失うなんて……ご主人なら半泣きで済むのに」

『まー、マスターも大概丈夫だし』

 マリンの言葉にそれもそうか、と頷く。大して戦闘訓練をしていない者ならばこの程度だ。なまじ武装が良いためか彼等個人の力はそう高い物ではない。良くてその辺を歩いているチンピラ程度。これならば山賊の方が強いだろう。

 思っていたよりも退屈な情況に、ディーラは少々飽きて来ていた。

 強くなるために様々な場所を巡っている彼女には、この世界はやや退屈そうである。これはもう、帰ってからクキにでも喧嘩を売ろう。そう考えていた。

「うん?」

 その時だった。

「…………」

「ん? どうした、ディーラ」

「……変な、魔力」

 ユゥミィの声にも気付かず、ディーラは無意識に呟く。――瞬間、

「ぎゃあああ! なんだこりゃああああ!!」

「っ!?」

 地面が盛り上がり、巨大な檻となって侵入者達を捕らえ出した。それはディーラにやられて気絶していた者も含め、その場にいた者全てを。僅かに残った男達はうろたえ、右往左往している。そこへ届く声。

「総員構え! ――撃てぇ!」

 声と同時に轟音が響き渡った。先ほどまで聞いていた銃撃音。その何倍もの数が銃声を吐き出していた。

 見上げれば、そこにはライフルを手に持った何かがズラリと並んでいる。

「な、なんだあれ?」

 一応銃弾が当たったのだろうが少しも堪えていないユゥミィ。その後ろに避難していたディーラは、逆光に照らされた者達を視界に収めた。

「……?」

 そこには黒い布で顔を隠している人達がいた。可笑しな格好に首を傾げ、撃たれた侵入者達を盗み見る。死んではおらず、どうやら眠っているらしい。麻酔弾を使用したのだろう。

 視線を黒子達に戻すと、一人だけ違う服装の人物がいた。

「これで全部よね?」

「はい。別働隊がいたようですが、なぜか全員既に縛られていましたのでこちらで運んでおきました。残りはあそこにいるのだけです」

「あっそ。じゃあ残りは全部しまっちゃいますか」

 艶やかな黒髪をツインテールにし、巫女装束に身を包んだ少女。千早をがふわりと風になびき、彼女は胸元から一枚の紙を取り出した。

「地神招来、悪鬼討縛」

「また……!」

 魔力のようなものが少女から紙に移され、それを放る。すると寝ている男達の地面が動き出し、檻に捕らえるとそのまま地面に引き込まれて行った。先ほど捕まった者達も同様で、その場に残ったのはディーラ達だけである。

「はー、これでお終いよね?」

「はい。そのようです」

「っとに、やる気出したのはいいけど最初の仕事がこいつらの後始末だもんね。本当にやんなるわ。お姉さまも面倒な事を……」

 黒子の一人に話しかけ、肩を揉みながら愚痴をこぼした。と、そこでようやくディーラ達と目が合う。

「……えっと」

「……ブレイズ・ランス」

 取りあえず投げてみた。

「わきゃあ! ちょっ、いきなりなにすんのよあんた!」

「おおっ、避けた避けた」

 先ほどまでいた奴らは簡単に当たっていただけに、簡単に避けた少女に素直な賛辞を贈る。せっかくだからともう一つ。二つ。三つ。

「ブレイズ・ランス。ブレイズ・ランス。ブレイズ・ランス」

「わっ、たっ、とぉ! って、ほんっとになにすんのよ!!」

 流石にいきなりの攻撃に腹が立ったのか、少女は先ほどと同じように細長い紙を取り出した。

「雷神招来、悪鬼討滅!」

「――!?」

「へっ?」

 青白い雷が紙から漏れ出し、ゾクリと嫌な気配を感じたディーラは咄嗟にユゥミィを押し出した。

「ぴぎゃー!?」

「あ、ごめんユゥミィ。平気?」

「へ、へいき……な訳ないだろう! しびしびするよ!?」

 悲鳴を上げるユゥミィに軽い謝罪の言葉をかけ、気にせず彼女の様子を観察する。

「ふぅん、鎧装着のユゥミィにダメージを、か。なんか嫌な感じもしたし、変わった魔法を使うんだ」

「あ、あんた……一応お仲間でしょ? 盾にして放置って……可愛いのに悪魔みたいな子ね」

『実際悪魔だしねー? そんな事より、君は一体だれなのかな?』

「なっ、どこから声が!?」

 宝石の中からマリンが尋ねた。三人目の声にキョロキョロと当たりを見渡している。

「あー、あんまり気にしないで良いよ。で、どちら様? さっきの奴ら、僕らの獲物だったんだけど」

「あ、聞いてない? あいつらの回収にやってきたのよ、あたし達。一応あんた達の上司である月見里朝陽からも了承を得ているわ。後で確認したらどう?」

「ふーん」

 自身満々に言っている所を見るとウソでは無いのだろう。争う音も止まっており、他の場所も既に回収済みだと思われる。

 ……そんなこと彼女ディーラには関係ないのだが。

『あ、これヤバいかも』

「まあ、そういうのはどうでも良いよ」

 真っ先に気付いたマリンは若干の冷や汗を擬似的な海に溶かしていた。今のディーラは不完全燃焼であり、そこへそれなりにやりそうな相手が現れた。となれば、彼女の行動はすぐに予想がつく。

「ちょっとだけ、遊ぼうか。い、け――!」

 ニィ、と口角をつり上げ、楽しげな声を震わせた。手には魔晶石の短剣が握られ、そこからは炎が回っている。

 即座に対応するために少女は言霊を紡いだ。

「ちっ!? 水神、炎を散らせ!」

 漫然と放たれた炎を掻き消し、少女は人差し指と中指を伸ばして剣を形作る。

「放て、刃衝!」

「ブレイズ・エッジ!」

 魔力の剣が飛び、ディーラはそれを迎え撃つ。互いの魔力が消失し、ディーラは地を蹴った。その様子に黒子達がざわめいた。

「やっぱり、やるね。こっちの人間は弱いと思ってたけど、キミみたいのもいるんだ」

「あんた……なるほど、本物の悪魔って奴な訳ね。本物は初めて見たわ」

 バサリと空気を揺らして翼をはためかせ、ディーラは漆黒の翼を誇示するように大きく開く。その姿に見惚れながら、少女はニヤリと笑ってみせた。

「一つ言っといてあげる。あたし達は元より悪鬼調伏こそが本懐。ただの弱い人間と思ってたら、火傷するわよ?」

 濃密な殺気を向ける少女に、ディーラは自然と笑みが浮かぶ。先ほどのわざからも分かる。あれは、鬼を相手取るための魔法だ。ディーラにとってみれば天敵のような業。だが、それを知ってなお、心は喜びに打ち震えていた。

「火傷なら別に構わない。熱いのには慣れてるし」

 人間がどのようにして悪魔を屠るか、この目で見てみたい。その感情が湧き上がる。

 睨みあう事数秒、最初に視線を切ったのは少女の方だった。

「ま、そうは言っても今日は無理。こっちにだってお仕事があるんだから、いつまでもふらふらと遊んではいられないのよねー。悪魔退治にはとっても興味あるんだけど」

 ニッコリと微笑みを一つ、少女は黒子から差し出された携帯電話を耳に当てた。

「こっちは完了したわよ。そっちは? ん、オッケーね? じゃあこれから帰れば良いんでしょ? 分かってると思うけど、お姉さまをしっかり守りなさいよねー」

 そのまま電話を切り、ポイと投げ渡す。そのままクルリとディーラへと向き直った。

「名前を聞いてもいいかしら? 悪魔さん?」

 人懐っこい笑みに僅かに眉を潜め、素っ気ない言葉で返す。

「ディーラ。ディーラ・ノヴァ・アポカリプス。キミは?」

「ディーラ……ふぅん、いい名前ね。あたしは要斗いと夜月やげつ要斗いとよ。またどこかで会う事もあるでしょうし、その時には楽しみましょう? 少なくとも、あんたがエレメントに付く限り、こっちとしては暴れられる訳だからね」

「……? それってどういう……」

 どう言う事? 尋ねようとするが、それを遮るように黒子達と共に撤退を開始した。一瞬追おうかとも考えたが、朝陽の名を出された以上これ以上の追跡はムダだと判断する。諦め、小さく吐息しながら地面に降り立った。

「……なんか、また面倒な予感がするんだけど」

『同感。でも良いんじゃない、それで。なにもないよりそっちの方が楽しめてさ』

「それにいつもの事だからな!」

「……それもそっか」

 首から提げた宝石に頷き返し、ディーラは彼女達が去って行った方へと視線を向けるのだった。




 エレメント社の敷地から離れた場所に可笑しな物が生えて来た。タケノコのようににょきりと土で出来た檻が現れ、中には酸欠となって青い顔をしている男達がいる。

「えっと、これで全員よね? 一応確認して、それから手当てくらいしてやんなさい。夜月の面汚しとは言え、一応はうちの関係者なんだから」

「はい、お嬢」

「了解です、お嬢」

「それにしてもさっきの悪魔っ子、萌えましたね、お嬢」

「あ、でも安心して下さい! つるペタ枠ではまだまだ負けてませんよ、お嬢」

「バカな事言ってないでさっさと仕事しろ!」

 ふざけた事を言っている黒子を蹴り飛ばし、疲れたようにため息を吐く。

 大体、なぜ自分がこんな事をしているのかと。

 やんごとない血脈である夜月。その中でも直系たる少女、夜月要斗。そんな彼女の今日のお仕事は、一言で言ってしまえば後始末である。暴走した夜月の者達を回収し、そのために姉はエレメント社社長に頭を下げなければならなかった。

 これも全て頭の固い老人が悪いと結論付け、要斗は顔を上げる。すると、トボトボと何者かがこちらに歩いて来ていた。

「……なにやってんの、あいつ」

 それが一般人であったり、エレメントの人間であったのならば見て見ぬ振りをしただろう。だがボーっとした足取りをしているのは見知った顔。流石に見過ごせない。黒子達に指示を出し、嫌々ながらその人物に近寄った。

「ちょっと美子! こんな所でなにやってんのよ!」

「ん、んー?」

 声をかけるが、その少女は夢見心地の表情で足を止める。友人、とは言い難い人物である佐藤美子。否、要斗の従姉妹である夜月美子は熱を帯びた瞳で目の前の少女を視界に収めた。

「あ、あれ? いとっち? なんでこんなとこいんの?」

「それはこっちの言葉よ。あんたまだ遠足の途中でしょ? 勝手に帰っちゃマズイんじゃないの?」

「え? あー、そー言えばそーかもー」

 にへら~、と赤い顔のまま表情を崩す美子。彼女の性格を良く知る要斗はその様子にゾワリと体を震わせた。

「あ、あんたほんっとーに大丈夫? 風邪ひいた? 薬持ってこさせようか?」

「どしたのいとっち? なんか今日は優しくて変よー?」

「変なのはあんたよ!!」

 いつものような気味の悪い覇気がない。流石に普段敵視している要斗でも心配になってくる。

「もしかしてあんたを擁護してたジジイを粛清したのが原因? もしかしてなんか言われた?」

「ジジイー? ああ、あれいとっち達がやったんだ。凄いねー、一網打尽にされちゃってもうアタシの復権なんてあり得なくなっちゃったもん。まあ、あの人が本気になったら太刀打ちできないのは分かってたんだし、それを分かった上で攻め滅ぼせなかった時点でこっちの負けだよね。流石は神御子様。腑抜けてなければご覧の通り、かー」

 少しだけ元に戻っていたが、すぐにポーっとした表情に戻ってしまった。

「ね、ねえ大丈夫? なにかあったんなら相談に乗るわよ?」

「相談ー? あ、じゃあ少しだけ話聞いてもらおっかな」

「う、うん! 任せて! ほら話しなさい!」

 つい先日まで敵対していたとは思えない程にフレンドリーな声を上げる美子。いや、現在も彼女とは敵同士なはずだ。それなのに彼女は気にせず言って来る。

「アタシさぁ、本気で恋しちゃったかも……」

「………………ハァ?」

 今何と言ったのだろうか。恋がどうのと聞こえた気がした。それも、顔を赤らめくねくねと体を動かしながら。

「え、えっと……ごめん、聞こえなかった。もう一回聞いていい? なんだって?」

「だーかーらー、マジで人を好きになったんだってば! もう、何回も言わせないでってばー!」

「……あ、ごめん」

 耳まで赤くしてイヤンと肩を叩かれる。その変わり様に、要斗は思考が止まった。

 この少女、好きだ嫌いだとは良く言っていた。自分の事を好きな者しかいないと考える性格破綻者で、嫌いと言えば理不尽な暴力を振るわれる。それも箍が外れたように、強烈な暴力を。

 一度彼女に好きではないと言った夜月の人間が翌日、全身の骨を砕かれているのを発見した事がある。それ以降も何度か同じ事をやっており、それが彼女を嫌う要因になっていた。

 だがそんな彼女は、人に好意を寄せた事は無かった。人からの好意を受けるだけで満足し、他人に好意を向けるのを面倒だと思ったのかもしれない。

「えっと……恋? それはまた、なんで?」

「なんでって意地悪な質問だね。理由なんてあんまりないよ? ただあの人の戦う姿、思いの強さがかっこ良かったから、かな? ああ、どうしよう……こんな気持ち、初めて……」

 ほう、と熱い吐息で唇を震わせる。同性の要斗が見ても照れてしまいそうな表情に、ちょっとだけ引いた。

「えっと……どうしよう、これ……」

「あのー、お嬢? 権兵衛様からお電話ですけど……」

「な、ナイスタイミング! あんた、美子の話でも聞いときなさい!」

「えっ!?」

 哀れな生け贄を一人残し、要斗は慌ててその場から逃げるのだった。

 あの場にいたらこっちが変な気分になりそうだったので。



面倒な相手に好かれるのが主人公の特権です! それによって被害を受けるのも……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ