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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
114/132

水泡の願い

 十五年だ。

 なにが、と問われたらユクレステは苦笑しながらこう答えるだろう。

 秘匿大陸を目指してから、もう十五年なのだ。

 寝る前に母から何度も聞いた、伝説の聖霊使いが創り出した大陸の話。現実は少し違っていたが、ディエ・アースに住む者達にとって伝説の地であったのは確かだ。その話を聞いて育ったユクレステは、幼い頃から伝説に憧れを抱いていた。

 淡く夢見始めたのが彼が三歳の時。そして本格的に行動を起こし始めたのはもう少し後。当時秘匿大陸を調査していた母が永遠に戻らなくなってからだった。母が話してくれた夢物語を叶えたい。三つの時分に母と約束した、秘匿大陸へ行くという夢を叶えたい。

 そう思い、既に十五年。

 聖霊使いには未だになれていないが、一つの願いは叶った。秘匿大陸に行くという、母との夢。彼が秘匿大陸ここにいる事が、その証拠である。

 けれど、

 ――夢を叶える事が出来たと言う事は、叶えられなかった者もいるのである。



 ユクレステは連続で発射される魔力の砲撃を避けるのに必死だった。手に持つ杖を振るう暇もない程に魔力弾を放ち続けているマジック・アーマーを一瞥する。

 金属で出来た外骨格に支えられ、真次郎は苦も無くそれを操っている。魔力を伝導するためのコードは背面に設置された大きな魔力バッテリーに繋がっており、両腕両脚には補助用のMMCが備わっている。頭に嵌められたリングは僅かに光を漂わせていた。

「ストーム・ウォール!」

 試しに風の障壁を発動させる。だがそれも魔力砲の一撃で霧散する。そこへ畳みかけるように殺到する砲撃に、ユクレステは逃げるしか出来ないのだ。

 別段それは異常な威力と言う訳ではない。少なくとも、ユクレステにとってはかなり痛いで済む程度だ。風狼の咆哮よりも威力は低いだろう。ただ相性が悪い。単純にそれだけである。

「クッソ、なんだよこの魔法! 特性がないって……無属性魔法か!?」

「授業中のお喋りは厳禁だぜ?」

 ライフルからの射撃。弾が足下に撃ち込まれ、燃えあがるように炎が生み出された。

「これも破壊の特性が無い……って事はこいつも無属性魔法? あーくそ、良く分かんねえ……!」

 ユクレステの知る魔法には特性と言うものが深く関わっている。火属性ならば破壊の特性、水属性ならば癒しの特性などだ。しかし今まで見て来た魔法にはその特性が感じられない。今の火にしてもそうだし、先ほど孝明が使用していた水の魔法にしてもそうだった。

 ただ無機質な魔力は、彼の知る無属性魔法と同じものだ。

「いや、待てよ……確か無属性魔法って聖霊使いが創り出したって話だったな。って事は、元々はアサヒさんのオリジナル魔法……こっちで無属性魔法が浸透してても不思議ではない、か」

 後退しながら杖を突き出し、突風を生み出す。炎を散らし、真横に跳躍した。

「はっ、逃がすか!」

 それを追うように銃身をユクレステへと向ける。だがその時には既に杖が向けられていた――真次郎とは反対側に。

「っ!?」

「ストーム・カノン!!」

 吐き出された風の砲撃。踏ん張る事をせず、ただ魔法を放った際の反動を一身に受けて大きく前進する。

 急ぎ真次郎は突貫するユクレステへと魔力弾を撃ち出す。しかしそれを頬の皮一枚で受け、懐へと入り込んだ。

「ストーム・エッジ!」

 至近距離から放たれた風の剣撃。だが、

「悪ぃが、それじゃあ及第点はやれねぇな」

「なにっ!?」

 マジック・アーマーに身を包んだ真次郎は堪えた様子もなく立っていた。良く見れば彼の周囲には薄い壁のようなものが展開されていた。

「クッ」

「やらせるか、よ!」

 さらなる攻撃を加えようとした瞬間、装甲の一部がバネのように跳ねてユクレステを殴り飛ばした。魔力で強化された補助腕に吹き飛ばされ、体勢を立て直す暇さえなく眼前の銃口は火を噴いた。

「終いだ。シュート!」

 魔力による砲撃がユクレステを襲う。咄嗟に展開した風の障壁を呆気なく貫通し、勢い良く吹き飛ばされる。工場内に張り巡らされたパイプの一つに衝突し、頑丈に作られたはずのそれをくの字に曲げてようやく停止した。

「が、はっ……!」

 叩きつけられた衝撃に息が止まる。手から杖が落ち、少し遅れてユクレステ自身もずり落ちた。五メートル程の高さから落下し、ドサ、と重たい音が聞こえた気がした。

 どこか他人事のような光景を徐々に認識し、ユクレステは苦しそうに息を吐き出しながら顔を上げる。

「おいおい、今のでまだ意識があるとはね。随分とまあ、頑丈だねぇ」

「……っ、まあ、ね。丈夫なのが自慢だから」

 よろりとふらつきながら立ち上がる。その様子を見て真次郎は面倒そうに息を吐いた。

「止めとけよ。そんだけ痛めつけられて、わざわざ立つなんてダルいだろ? 大人しく負けを認めてくれっての」

「……嫌、だね」

 ゲホっ、とせき込みながら小さく頭を振る。それから真次郎を視界に収め、先の攻防を思い出した。

 見た目からして、彼が装備しているマジック・アーマーは完成したものではない。言わば試作機だ。外観は無骨、ただ兵器としての最低限の要素を詰め込んだに過ぎない。武装に関しても極端で、ライフルなどの遠距離武装に偏っている。それらを見て、あれは単純な重遠距離タイプの装備なのだと判断した。そのため、近接戦に持ち込もうとしたのだ。

 ……だが結果は見ての通り。大ダメージを受けたのはユクレステの方だった。


「ほう、やるのぉ、あいつ」

 その様子を見ていたクキは感心したように吐息した。驚いた事は二つだ。真次郎の技量と、咄嗟の判断力。

 技量については事前に聞いていた。側にいる女子高生曰く、学園でも一、二を争う程の実力者であると。あれだけの銃撃を続けていた所を見るに、確かに彼の魔法術士としての技量は素晴らしいものがある。展開速度に、発生速度。どれをとっても一級品だ。魔力バッテリーと補助MMCによる援護はあるにしても、十分な腕を持っていると言えるだろう。

 さらに先ほどの攻防。接近戦を仕掛けたユクレステに対し、真次郎は補助腕で機先を制し、怯ませて追撃を躱した。

 マジック・アーマーに取り付けられた補助腕サブアーム。本来ならばMMC発動の補助や重武装の使用を助ける装備のはずだ。それを咄嗟に攻撃に転換してくるとは思わなかった。

「ただ武器をつこうとるだけとは違うようじゃな。中々に戦いを分かっとる」

 それに対し、どうするのだろうか。クキは主と同じ、聖霊使いを目指す者へと楽しげな視線を送るのだった。



「ストーム・バレット! ストーム・ランス!」

 絶える事のない攻撃の隙間に、強引に自らの魔法をねじ込んでいく。とは言えしょせんは詠唱破棄の魔法。風の槍は撃ち落とされ、風の銃弾は真次郎に触れる直前に弾かれる。

「さっきといい、今といい……防護障壁じゃないな!?」

「そーだよ。良く分かったじゃないか」

 防護障壁を発動している様子はないため、それが常時展開している簡易シールドのようなものだと当たりをつけていた。もっと威力のある魔法ならばそれも突破出来るのだろうが、如何せん今のユクレステにそれだけの魔法を扱う術がない。完全詠唱状態のストーム・カノンならばなんとかと言った所だろうか。今さらながら、精霊の力を借りた上級魔法が使えないのはかなりの痛手だ。

 ついでに言えば、先ほどのダメージも抜け切っていないためか既にいくらかの被弾を許してしまっている。

「そこだ」

「っの――!」

 動きが鈍くなった所に銃弾が飛び、杖を弾き飛ばした。動きが硬直した所へ不可視の砲撃が直撃した。

「さて、もう終わりにしようや? おまえは武器を失って、既に満身創痍。それに対して俺はご覧の通りほぼ無傷だ」

 やれやれと肩を竦めながらユクレステに視線を向ける。ゼエ、と息を乱し膝をついている少年の姿がそこにはあった。

 そんな状態にも関わらず、瞳には未だに消えぬ闘志が宿っている。

「まったくもって分からないな。なんでそこまでエレメント社に義理立てしてるんだ? そんなボロボロになってまだ向かって来る。俺にはサッパリだ」

「……エレメント社って言うか、アサヒさん達には一宿一飯の恩もあるし、このくらいは力を貸すさ。当然だろ?」

 呼吸を正す様に胸元を握り締め、ユクレステはニヤリと不敵な笑みを見せた。だが直後、一転して済まなそうに顔を伏せた。

「と言っても、今回に関してはそれだけじゃないんだけどな」

「なら、なんでだ?」

 疑問する真次郎。顔を上げ、彼の顔を真っ直ぐに見詰めてユクレステは言葉を告げる。

「あなたに対する、謝罪」

「はっ? なんの事だ?」

 真次郎の記憶が正しければユクレステとは初対面のはずである。そしてそれは正しい。ユクレステがこの世界に来たのは僅か数日。顔を合わせたのは今日が初めて。

 それにも関わらず、ユクレステは言う。

「もっと言えば、あなたに謝らなきゃいけないのは俺の義務だ。逃げちゃいけないし、糾弾だって甘んじて受ける」

「……なに言ってるんだ?」

 分からない。義務だ謝罪だ、真次郎にとっては関係のない事ではないか。彼にとって必要なのは、この穴を通り世界の狭間へと落ちる事。それが十五年、思い、願い続けて来た事。

「十五年ってさ、長いよな?」

 これまでの事を考えていた真次郎へ投げかけられた言葉に、思わず心を読まれたのかとあり得ない想像をしてしまう。だがそうではない。ユクレステの紡ぎ出した十五年という言葉に、並々ならぬ思いが乗せられていた。それはただ人から聞いた事をオウム返しのように言っただけでは決して乗らない熱。

 長い年月、一つの事を目指し続けて来た者にしか口に出来ない言葉だ。

「おまえ……」

「俺の願いは秘匿大陸……この世界に来る事だった。そのために必死になって勉強して、修行して、努力に努力を重ねて、今ここにいる。十五年の積み重ねと、それ以上の想い。どれだけ辛いのかは分かってるつもりだ。だから」

 ――だから、その思いが叶わない時の絶望も想像出来る。

 静かに口にした言葉に真次郎は動きを止めた。

「な、にを……言ってんだ?」

 一瞬真っ白になった頭を無理やり働かせる。視線の先にいる人物は、憐みの込められた瞳を覗かせていた。

「……ゲートを固定化する際、あいつは時間の流れを直すと言った。時間とは空間、時間を正せば、同時に空間は固定化され移ろう狭間は消滅する」

 淡々と述べるユクレステの姿に、嫌な予感だけが募っていく。止めろと口に出来ない。ただ言葉だけが耳を撫でた。

「……つまり、なんだってんだ?」

 固い言葉に息を吐き、ユクレステは覚悟を決めた。

「簡潔に言おう。あなたが目指した場所はもう存在しない。世界と世界の狭間に出来た歪な世界は既に修正された。向こうの扉が自由に開かない以上、この穴から落ちた所で狭間には行けないし、他の世界にも行けない。ただ世界と世界の壁にぶつかってぺしゃんこになるだけだ」

 理解出来なかった。この少年は一体なにを言っていて、結局なにが言いたいのか。真次郎の心が、理解する事を拒絶していた。

「……なに、言って……」

「まだ分からないのか? ならもっと簡単に、一言で言ってやるよ。――あんたの十五年、つい数日前にムダになったんだよ」

「――っ!!」

 衝撃。頭を殴られたような、足元を破壊したような言葉。

「なにを言っているかと思えば……そんなもの、だれにも分からないだろうが! だれにも観測されていなければ、この先には無限の世界が続いている! そうだ、もしかしたらあいつだって生きた世界が――」

「あり得ない」

「な、なに?」

 縋る様な言葉も即座に否定される。ユクレステは悲しそうな瞳のまま首を横に振った。

「この世界に俺がいる。それだけで十分なんだよ。既に俺がこの世界に来て、だれかしらと接触した時点でここと向こうの世界は観測されてしまった。観測された以上、他の選択肢なんて皆消滅してるんだよ!」

 強いその口調に、真次郎は知らずのうちに納得していた。そもそも自分で言ったではないか。観測されないのだから世界は無限であり、観測されてはもはや残された選択はないのだと。

「そ、んなバカな事があるか!」

 けれど、だからと言って素直に頷けるはずがない。

「なら俺の今まではどうなる! この十五年の努力は! 俺はまだ、なにも出来ていないんだぞ!?」

 十五年の思いはそんな簡単に捨てられるはずがない。ただ一人、友を救いたいがために血反吐を吐いてここまで来た。後少しでスタートラインに立てると思ったのに。

「そんなバカな話、あって堪るか!?」

 認められない。その気持ちは、ユクレステにも分かる。どんなに無茶だ無理だと言われても夢を目指し続けてきたユクレステにとって、彼の気持ちは良く分かった。

(もしかしたら、俺はあなたになっていたのかもしれない)

 秘匿大陸へ行く事を諦め、ただ友を亡くした悲しみに歩みを止めていたならば、あの場にいるのはユクレステだったのかもしれない。そう思うと、とてもではないが他人事には思えない。

 成功したユクレステ(自分)と、失敗した真次郎(相手)

 だからこそ、十五年分の思いを受け止めるにはユクレステしか為し得ない。

「……それが事実だ。そしてそのバカな現実を作り出したのは、間違いなく俺だよ」

「――あ?」

 絶望の表情に別の感情が浮かぶ。

「俺がこの世界に来たから、世界は繋がった。繋がってしまった。間違いなく、間違えるはずもなく……この現状は俺がもたらしたものだ」

「……つまりは、なにか? 俺の目的をぶち壊してくれたのは……なんだ。おまえだって事か?」

 色の無い瞳がユクレステに向けられている。感情の一切が見られない。けれどそれが嵐の前の静けさである事は十分に理解していた。

 それを踏まえた上で、

「――ああ、そうだ。あなたの十五年、斬り捨てたのは俺だ。俺の願いを叶えるために、ただそれだけのためにな」

 ユクレステは端的に、当然とばかりに頷いた。

「そ、うか……そうかよ。なるほどなー。ハハ」

 届いた言葉をよく噛み締め、ククッ、と喉を鳴らす。可笑しくもないのに、笑えてくる。

「ハハハ、そうかよ! ハハハハハ、ハハハハハハハハハ!!」

「よーく分かるよ。ここまで来るともう笑うしかないって事はさ」

「ハハッ! 良く分かってんじゃねぇかよ! なら今から俺がやる事は分かってんだろーなぁ?」

「じゃなきゃ元からあなたとタイマンでやろうなんて言わないよ」

「そーか、ならまぁ……」

 マジック・アーマーが起動する。両腕につけられた機械からモニターが青く光り、なにもせずとも真次郎の意思通りに動いた。砲身がさらに増え、両腕両脚から突き出した銃口に光が宿る。

「粉微塵にぶっ潰してやるよ!!」

「っ!?」

 全身が砲台になった真次郎から放たれた魔法術は先ほどとは比べ物にならないものだった。砲撃の威力も、銃弾の貫通力も、まさに兵器と呼ぶに相応しいものだ。高出力の魔力砲に加え、断続的に吐き出される魔力弾の嵐。しかも明確な殺意を帯びて蹂躙しようと空間を満たす。


 こうなる事も分かっていた。怒りの矛先が必要なのだ。ただ絶望に沈まずに、虚無感に蝕まれないための八つ当たり出来る相手が。

 だからこそユクレステは名乗り出た。彼と同じ、十五年の願いを果たしてしまった彼にこそ、この役目は相応しい。

 だが、だからと言ってただやられるだけというのは趣味じゃない。

「ご主人さま!」

「ユクレステさん!?」

「ま、見守ってくれてる子もいる事だしな」

 ボソリと呟き、ユクレステは今まで握っていた手を開き、その中にある物に指を這わせた。

「MMC起動……選択魔法術を連続オートスタート。効果時間は、魔力が切れるまで」

 リューナの杖は先ほど手放した。コクダンの杖の魔法ではあの物量は防げない。だからこそユクレステは残った選択肢。――この世界の魔法に頼る事にした。

 MMC。この世界の魔法、魔法術を展開する補助具であり、杖と同じく魔力媒体。違う所があるとすれば、MMCには既にいくつかの魔法術が内蔵されており、容易に魔法術を起動できるという点。

「さあて、まずはちっこいのから撃ち落とす!」

 起動する魔法は学生も容易に展開出来る魔法弾マジックシュート。真次郎が撃っている魔力弾より威力は劣るものの、相手の攻撃を無力化するくらいならば造作もない。

 とは言え、それは一つならばという条件がつく。今の真次郎は我武者羅に撃ちまくっている状態だ。これに対し一つの魔法では防ぐ事も難しい。

「ハッ、そんな魔法術一つで――えっ?」

 その光景を見て、真次郎は目を疑った。

 銃弾が撃ち落とされた。魔法弾と衝突した魔力弾は減速し、消滅する。消滅しないまでも、威力を殺されては威力は見込めないだろう。だがそれも予想の範囲内だ。

 ――それが一つならば。

「ほぉ」

「わぁ……」

「え、えぇええええ!?」

 観戦状態のクキ達から口々に驚きの声が漏れた。

 クキは単純に感心して。ミュウは目の前の光景が綺麗だったから。そして叶は、あり得ない状況に対して。

「……おいおい、マジかよ……」

 怒りも忘れ、真次郎はポカンと口を開けている。何故なら、今彼の目の前には、

「魔法術並列起動50~99までを展開、終了。再装填、1~49、50~99をループ起動。ついでだ、こいつも起動させとこう」

 何十という魔法術を同時に起動している人物がいた。

「クッ! マジか!?」

 再度驚愕の言葉を口にする。魔法術を教える学校で教鞭を取っているだけあって、真次郎は目の前で起きている事がどれだけあり得ないか理解していた。

 本来魔法術とは一つの魔法術を起動すれば次の術に移行するために少しの休息時間が必要だ。確かに連続魔法と言ってMMCに内蔵された魔法術を設定順通りに起動する機能はある。だが、それはあくまで連続だ。一つの術を行い、少しの間を置いて再度起動する。それが本来の連続魔法術だ。

 だが今目の前で展開されている事はまったく別のものだった。一つの魔法術が発動し、それと同時に魔法術が起動する。いや、正確には()()同時だ。実際には目に見えない程の極々僅かなラグが生じていた。

「なんだ? どう言う事だこれはぁ!?」

 堪らず叫ぶ真次郎。それでも銃弾を吐き出すのを止めないのは、ここで止めれば何十何百という魔法弾が殺到するからだ。ついでと言われて放たれた魔力による衝撃波にふらつきながらこの状況を為している者を睨みつける。

 その様子に余裕をもってユクレステが答えた。

「別にどうって事はないだろ? ただ同じ事の繰り返しなんだからそれを最適化して並列で魔力を分配してこいつに起動させればいい。特に今回のは簡単な魔法だからな。十や二十は楽勝だ」

 さらに言えば指を動かすだけの一動作シングルアクションで魔法が起動出来ると言うのは思いのほか楽だった。普段ならば詠唱破棄とは言えキチンと術式を思い浮かべ意味まで理解していなければならないのだ。それに比べれば随分と簡単な動作である。

「そ、それだけでこんな事が出来るはずがないだろ!? おまえ一体頭ん中どうなってる!?」

「ひっどい言われようだな。別に普通だろ? 今はあなたと話してるのに加えて五十ほど同一行程を繰り返してるだけだし。まあ、さっき別魔法を使ってたからもうちょっと増やせるんだけど、こいつの限界が大体五十みたいなんだよな」

 残念、と言いながら苦笑してみせる。だが真次郎にとってはそれどころではなかった。

(バカ言ってんじゃねえよ! 普通そんな並列思考なんて不可能だっての! 大体並列起動ったって多くて三つ四つだぞ? しかもこんな超高速で魔法術起動なんてあり得ねぇ!?)

 マジック・アーマーに搭載された複数のMMCと電子頭脳によって大量の魔力弾を吐き出している真次郎にとって、それはあり得ない事だったのかもしれない。しかしユクレステにしてみれば普通の事でしかなかった。

 ディエ・アースにいた頃から戦いにおいては常に思考を割いていたし、特に魔法を発動する際にはより複雑な段階を踏んでいた。魔力を分け、詠唱をし、術式を理解し、発動する。さらにジッと止まっている事も出来ない場合には動きまわる動作も加わる。そういった戦い方を今までに繰り返していたユクレステにとって、ただ発動するだけの思考ならば簡単に振り分けられる。

 ユクレステは魔法の威力は強力ではない。だが驚異的なのは並列思考に加え、魔法を操る事にかけての器用さ。魔法術に対して理解し、一番適した戦い方を披露出来る点だ。

 そしてこの戦い方はユクレステの特性と合致している。

 要するに、彼はこちらの世界の魔法術と途轍もなく相性が良いのだ。

「このままじゃあ千日手。魔力が切れた時点で俺の負けになっちまう。今もこうして魔力を垂れ流してる状態だからな。そう長い事この状態は維持できない。なら、やる事は簡単だろ?」

「っ!?」

 ニッ、と不敵な笑みを浮かべるとユクレステは体を倒し、一気に駆けた。彼の眼前からは止め処なく魔法弾が放たれており、それを迎撃するために動く事が出来ないでいる。

「だが! その程度の魔法、防護障壁で――なっ!?」

 補助MMCに指示を出そうとして動きが止まる。ユクレステがその手に持ったMMCを放り投げたからだ。

「なにを――」

「残念な事に魔力切れだ。最後は、こいつでいかせてもらうぞ。オーバーレイ・ストーム!」

 魔法弾が晴れた先に、装甲魔法を腕に纏わせたユクレステがいた。固く握られた拳が真次郎に強襲する。防護障壁を展開する時間もない。物理的な力にはシールドの効果も見込めない。

「喰らえ!」

「チィ!!」

 振り切られた拳は、真次郎の交差した腕を叩きつけていた。咄嗟にガードをしたのが功を奏したようで、両腕に取り付けられた補助MMCは破壊されてしまったが直接的なダメージは無い。ならばと即座にライフルを向ける。

「こいつで――!」

「終わりだ――!」

 銃口が目の前に現れてもユクレステは退かない。さらに固く拳を握り締め、薄れゆく装甲魔法のままさらに一歩を踏み込んだ。

 銃身に光が宿る。ついに放たれる――瞬間。

「えっ?」

 ライフルの光が唐突に掻き消えた。なにが起こったのか分からず、全身を再確認する。ほんの僅かな確認で発見できた。背面に設置された魔力バッテリーから伸びるコードが千切れていたのだ。

「まさか!? 捨てたMMCで――!?」

 足元に落ちている既存のMMC。今は魔力も尽きてただの薄い箱になっているが、投げ捨てた時にはまだ魔力が残っていた。その魔力を使って魔力を各部位に届けるコードを引き千切ったのだ。

 魔力を失えばマジック・アーマーもただの重りだ。腕をあげた状態のまま、動けずにユクレステを睨みつける事しか出来ない。

「クソッたれがー!!」

「オォオオッ――!!」

 吠える真次郎に向けて、ユクレステは力の限り拳を叩き込んだ。


ようやくユクレステも強キャラになれる可能性が出てきました。それでもまだまだ最強には程遠い訳ですが。彼が最強キャラになれる日は来るのでしょうか? 他の子達がいる以上それはないっぽいですけどねーw

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