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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
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望む願望

 砲身が光りを放ち、暗い穴から魔力が収束されて撃ち出される。魔力は一定の数式に従い、外部に放たれると同時に形を持ち始めた。無色の魔力球が断続的に射出され、ユクレステは足を止めずに避ける。

「ご主人さま!」

「おっと、こっから先は子供禁制だ」

 剣を構え突貫しようとしたミュウ。真次郎は彼女の足元に銃弾を撃ち込み、そこを中心に魔法術を発動させた。

「あぅ!」

「ミュウちゃん!」

 防護障壁が境界を作り、そこへゴン、と頭をぶつけてしまった。涙目になるミュウの額を撫でながら、叶はジロリと担任へ非難の視線を向ける。

「女の子に手を上げるなんてサイテー」

「おいおい、手なんて上げてないだろ? むしろ危険がないようにしてやったんだ、感謝しろよ」

 重々しい装備に身を包んだ真次郎はその重量を感じさせない動きでユクレステへと向き直り、気だるげに笑った。

 外骨格に身を包み、背には四角い箱のようなものが取り付けられている。両腕両脚には武装が取り付けられており、両手には銃身の長いライフルが装備されていた。

 ユクレステは息を整えながら真次郎を見る。

「……一応感謝しておくよ。叶とミュウの事もちゃんと考えてくれてるんだな。流石は聖職者」

「やめてくれよ。今さら先生だの言われても反応に困る」

「なら最初からこんな事しなけりゃ良いのに。さっさと捕まってくれれば俺も楽が出来るし」

「残念。そうは簡単にいかないのが人生ってもんだ。ダルい事にな」

 面倒そうに言う彼からはあまり説得力が感じられない。だが、面倒だと言うのには概ね賛成する。

「あんたのそれ、もしかして全部ひっくるめてMMCなのか?」

「へぇ、分かるのか」 

「まあ、MMCに基本的な形はないって話は聞いた事があったからな」

 MMCと言うのは魔力発動体のようなものである。従って、魔力媒体さえ用意出来れば形状などは比較的自由が効く。ユクレステ達のいた世界、ディエ・アースでも魔法を扱う媒体は杖の他に剣やナイフの形をした魔力発動体が存在していた。それを考えれば、目の前に現れたものも魔法を扱う身としてはあり得るものなのかもしれない。

「って言うか、これはあれか。進んだ文明のせいで武器の違いが如実に表れてるんだな。なんだよそれ」

 こちらの武器は様々なものが存在する。そのため、それらと魔法を組み合わせるのはむしろ自然な事だ。あちらの世界でも魔法剣などもあったりするのだし、二つの世界に大した違いはないのかもしれない。もし違いがあるとすれば、それはこちらの武器の方がよっぽど凶悪だと言う点だろう。

「俺も良く分からんけど、マジックアーマーとか呼んでたな。従来のMMCよりも高性能かつ高火力がどうのとか」

 うろ覚えの知識を披露している。もちろんそれを理解出来るはずもなく、考えるのを諦めた。

「どうせこの世界では見るもの知るもの、初めてなものばかりなんだ。分からなくても気にする必要ないか」

 彼の姿をまじまじと眺めながらそう結論付ける。

「にしても」

「あん?」

「あんたの目的って言ってたけど、それってなんなんだ? こんな事してまでする事なのか?」

「……」

 答えは無い。どこか悲壮さを感じさせる程の表情で微笑んでいるだけだ。

「ワシは分かるぞ? そいつの目的」

「えっ? 本当か、クキ」

 意外な場所から声が届き、ユクレステは思わずクキへと振り向いた。ニヤリと笑いながら鬼の少年は横目で真次郎を眺める。止めようにも手を出せない相手なため、彼は力無く首を振っていた。

「おいおい、勘弁してくれよ。プライバシーの侵害だぜ?」

「ハッ、不法侵入した奴がなにゆーとるんじゃ」

 至極最もである。

「んで、そいつの目的じゃが……そこに穴があるじゃろう?」

「ああ、さっきからなんかあるな。落とし穴?」

「んな物々しい落とし穴があるかい! そいつはのぉ、この閉じられた世界に唯一開いた穴じゃ。世界を超えられる可能性を持った場所。ワシらはこの穴から本来この世界にはない魔力を吸っとる」

 えっ、と再度穴を覗き込む。永遠に続くかのような闇に支配された巨大な穴。パイプが飛び出しているのは、この先から魔力を得ているのだろう。

「つまり、そいつは唯一開いたこの穴を使って外へと抜け出そうとしている訳じゃ」

「そ、そんな事が出来るの!?」

 疑問の声を上げたのは叶だ。この世界に住んでいる彼女にとっては寝耳に水な話に開いた口が塞がらない。

「出来る。この世界で最先端の技術力を持つファーストファクトリーお墨付きだ」

 クキを遮るように、真次郎が強い口調で断言した。だが鬼の少年は呆れた表情で首を横に振る。

「なにゆーとるんじゃ、おめぇ。いーか? 確かにここからこの世界を飛び出す事は出来るかも知れん。じゃがなぁ、それで外の世界に行けるかってのはまた別問題じゃ」

「どう言う事、なんですか?」

「よく考えれば分かるじゃろーが。こっちの扉が開いていたとしても、向こうの扉まで開いているとは限らん。そして一度出てしまえばこちらの扉には帰れず、延々と世界と世界の狭間で流れるだけ。つまり、ほぼ野垂れ死ぬ」

 死ぬと言う言葉に尋ねたミュウがビクリと肩を震わせる。

「ちょ、ちょっと先生! そんな事言ってるんですけど!?」

「ああ、知ってるよ。それを承知で来てるんだからな」

 慌てた叶の言葉にあっさりと頷き、相も変わらぬ表情で言葉を続けた。

「だって俺の目的はまさにそれだ。外の世界へ行く、なんて不可能な事に賭けてる訳じゃない。そんな面倒な事、いくら俺だってごめんだ。俺の目的はな、天星。ズレた狭間に行く事なんだよ」

「な、なに言って……死んじゃうんですよ!?」

 唾を飛ばして怒鳴る叶にため息を吐き、真次郎は宥めるような声音で語った。

「なあ、天星。前におまえと話した事、覚えてるか?」

「前に? 観測者がどうのってやつですか?」

「そう、それだ。あの時俺はパラレルワールドと答えた。それはな、俺の願望なんだよ」

「願望、ですか?」

 ああ、と一つ頷く。

「もしかしたら、外では俺とは違う俺が幸せに暮らしてるんじゃないのか。もしかしたら、だれも失わずに、大切な人と共に歩んでいられる世界があるんじゃないのか。そうバカみたいに妄想してたんだよ。初めっから答えなんて分かり切ってたのにな」

 諦観と寂しさが混ざり合った表情に、ユクレステは声を上げた。

「……だれか、大切な人を?」

「そんな体験した奴なんてこの世界に住んでりゃ沢山いるさ。けどな、それでも特に忘れられない奴がいるんだよ。あれから十五年も経つってのに」

 力無く笑み、言葉を続ける。

「……あの事件が起きた時、俺は学校へ行く所だった。幼馴染が一人いてな。そいつと一緒に、道を歩いていた。そんな時だった」

 十五年前。それは世界落ち(フォール・アウト)が起こった年だ。叶は生まれたばかりで、ユクレステに至ってはそれがどういった事態だったのかも正しく把握していない。しかし当時真次郎は十四歳だった。そして、それが起きた時に特に影響を受けた者の一人だ。

「突然目の前が歪んだと思ったら放り出された。どこにかは分からないが、体が浮いて引っ張られる感じだったな。俺は必死に腕を動かしてどうにか留まる事に成功した。で、気がつけば終わってたって訳だ」

 クク、と自嘲するように暗い笑みを見せる。そして、後悔と共に言葉を吐き出した。

「隣にいたはずのあいつがいなくなって、俺だけが無様に道の真ん中で気絶していた。その時になってようやく気付いたのさ。なんとか戻って来れた俺と違って、あいつは戻って来られなかったんだってな」

「……当時は良くあったそうです。すぐ隣にいた人がいつの間にか消えていたって話」

 叶は言うが、それはしょせん伝え聞いた話でしかない。実際にそのような目に合い、大切な友人を失くしてしまった者の気持ちは計り知れない。

 真次郎は深く息を吐き、気持ちを落ち着かせて顔をあげた。気だるげな表情の中に潜む、悲しげな瞳が印象的だった。

「ま、そんな訳だ。それから何年も俺なりに探して、でも無駄だった。この世界の外側に行ったんだと考えて色々やったが、しょせん人一人の力じゃなんにも出来なかったわけだ。それでもう、十五年だ」

「それで、今回実行に移したって事か?」

 表情を変えずに淡々と言葉を発するユクレステ。真次郎は首を縦に振って答えた。

「まあ運が良かったわな。二年前くらいだったか。ファーストの奴らが新型MMCのモニターだって頼まれて、今回の計画の事を知ったのさ。それで頭下げてまでここに来た。長かったなぁ。十五年、この日のためだけに俺は生きて来たんだから」

 だから――。

「それを邪魔するつもりなら、覚悟してもらうぞ?」

「……そっか」

 殺気の込められた瞳を真正面から見つめ、ユクレステの腹は決まった。

「ミュウ」

「は、はいっ!」

 ふう、と吐息して後ろにいるミュウへと声をかける。戦闘に呼ばれたと思い剣を手に取るミュウ。だが、ユクレステの指示は別のものだった。

「悪いんだけど叶と一緒に安全な場所に下がってて。そうだな、多分クキの所にいれば大丈夫だろ」

「えっ? 一人で戦うつもりなんですか?」

 心配そうな表情を見せるミュウにヒラヒラと手を振って答え、気負った様子もなく頷いて見せる。

「まーな」

「そ、それって大丈夫なんですか? 羽生先生は学校でも一、二を争う程の実力者ですよ!? しかもあのMMC、普通じゃないですし!」

「あー、それは重々承知してるよ。でもな、ミュウ、叶」

 グルグルと肩を回し、準備運動をしている。二人の少女に振り向くと、ユクレステは真剣な表情で言ってのけた。

「今回の事は、俺たちが……いや、俺が相手をするのが筋ってもんだ。あいつの、あの人の十五年を無駄にしてしまった俺がな」

「えっ?」

「それってどういう……」

 頭にハテナを浮かべている二人に笑いかけ、真次郎に向けて言葉を放つ。

「なあ、こんなのはどうだ? 俺があなたの相手をする。それで、俺に勝てたらあなたの好きなようにして構わない」

「……なに考えてるんだ?」

「別に大した事じゃないさ。単純に、あなたの十五年に敬意を表したくなっただけだ。……そう言う訳で、良いかな? クキ」

 一応この場の最高責任者であろうクキへと尋ねる。本気か、と顔を歪めているが、ユクレステの決意が固そうなのを見て仕方ないとため息を吐いた。

「まあ、どの道ワシにゃあどーする事もできんし、勝手にせぇ。ただし、そんな事許せばアサヒが怒り狂うから、精々気張りぃ」

「と、言う訳だ。どうだ?」

 提案するユクレステの言葉に真次郎は僅かに思考する。穴に入るためには多少の操作が必要になるだろう。その間に邪魔をされれば機会を失うことになる。それならば、勝って黙らせるのが最善か。

「……いいだろう。面倒だけど、その話乗ってやるよ。ただし、約束は守ってもらうぞ?」

「土壇場で約束破るような無粋な真似はしないよ。それに、勝てばいいだけの話だ。なにも心配する必要なんてないだろう?」

 挑戦的な笑みを見せるユクレステ。今さらあの程度の挑発に乗る真次郎ではないが、あえて乗ってやろう。

「そうかよ。がきんちょがどれだけやれるか、試してやるよ!」




 ミュウと叶はユクレステに言われた通りにクキのいる社へと退避する事にした。不機嫌な顔で二人を上がらせ、自分より少し後ろに座らせる。なにかあれば即座に動けるように考えての事だろう。なんだかんだ面倒見がいいのか、缶のお茶と未開封のチョコレートまで出してくれた。

「クキさん、ありがとうございます」

「ハン、別に礼なんていらん」

 なんとなくミュウに対するクキの対応が優しい感じだが、二人とも同じ異常種イレギュラーと言う事で仲間意識が芽生えたのかもしれない。異常種イレギュラーは総じて仲間意識が高いのだ。

 そんな二人を眺め、叶は改めて現在戦闘を繰り広げているユクレステ達へと視線を移す。

魔力弾を撃ち出すパワードスーツを装着した真次郎と、それらを紙一重で避け続けているユクレステ。未だに攻勢に出ていないのは、苛烈な攻撃に反撃の隙が見当たらないからだろう。

「だ、大丈夫なの、ユクレステさん」

 見た目ちびっ子の少年に目をやる。額に角が生えているようだが、既にディーラ達を見ているため驚きは少なかったようだ。

「なんじゃい、おめぇは。あいつの知り合いなんは分かるが……まあええ。大丈夫か? んなもん、見た通りじゃ」

 チラリと目を向け、ため息を吐く。どう言う意味なのか、その表情から理解して硬直する。

「あいつは単体だとあんま強ぉないからのぉ。こっちの世界の魔法術士に比べれば魔法は上手いし、いくらかの修羅場は潜っとるじゃろーな。じゃけど、それを覆すのが兵器ゆーもんじゃろう?」

「兵器……」

「今あの兄ちゃんが使ってるもんは、確かにMMCではある。じゃけど最早別もんじゃ。ワシらが世に出しているMMCとは比べもんにならん程の攻撃力、防御力、全てにおいて格上のもんになっとる」

「な、なんでそんなものを先生が持ってるの? MMCってエレメント社しか作れないはずじゃ……」

 叶の問いに頷き、苛立ったように口を開いた。

「それを出来るのがファーストの奴らじゃ。なんせあいつらは元々エレメント社が所有していた工房だったんじゃからな!」

 当初、MMCの開発は第一魔力道具製作所、通称ファーストファクトリーが担っていた。他にも魔力を用いた車などもファーストが、そしてその他家電製品等をセカンドファクトリーが担当していたのだ。

 初めは新たなエネルギーである魔力を扱えるという事で満足していた彼等も、いつしかもっと強力なものを作ってみたいと考え始めた。それに待ったをかけたのが朝陽であり、暴走しかけたファーストファクトリーを力づくで押さえたのが彼女の下にいる仲間たちであった。

 だがしばらくしたある日、ファーストファクトリーは突然消えてしまった。彼らが研究所にしていた工房ももぬけの殻となり、彼等の行方は綺麗さっぱり分からなくなっていたのだ。

「それが大体三年前。ンの野郎どもがぁ……! 今になって出て来るたぁ、いい度胸じゃのぉ」

 血走った眼で虚空を睨みつけるクキに、少女二人は若干距離を取る。まるで鬼のような形相をしていてあまり近付きたくないようだ。

 事実鬼ではあるのだが。

「そ、それじゃああのMMCも?」

「あ? ほーじゃな。あれもファーストの奴らの作品じゃろーよ。あいつらぁ昔っから構想を練っとったはずじゃし」

「構想、ですか?」

 首を傾げ尋ねるミュウ。

「ああ。兵器型MMC。戦争にすら使用できる本物の兵器の開発じゃ」

 クキは言いながらも、一体どこと戦争するのか、と呆れの息を吐く。

 今やこの世界に国は一つ、少しでも仲違いを起こせばその時点でこの世界は終わってしまうのだ。危うい綱渡りの上で生きているこの世界の人間にしては、周りが見えていなさ過ぎる。

 彼の言いたい事に叶も同意した。

「まあなんにしても、ここでユクレのヤローが勝てば背後にいるファーストの奴らの所在も少しは知れるかもしれんしな。ワシとしては是が非でも勝ってもらいたいんじゃが……」

「グッ――!?」

「ご主人さま!?」

「ユクレステさん!?」

 瞬間、ドン、と音と共にユクレステの体が吹き飛ばされた。パイプの一つにぶつかり、ベコリと折れ曲がる。

「やっぱキツイじゃろーなぁ」

 ハァ、と手に顎を乗せる。視線の先には、倒れ伏すユクレステがいた。


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