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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
111/132

夜月の一員

見知らぬ人達の中に、見知った人物が一人。美濃孝明。叶の一つ上の学年で、魔法術における成績は上位に位置する少年だ。彼との出会いは、入学式の日。道に迷っていた叶に声をかけたのが切っ掛けであった。


『君は新入生だな? 講堂はあちらだぞ? 迷ってしまったのか?』

『……えっと、はい。すみません、慣れないもので。ありがとうございます、先輩』

『――っ!?』


 その透明な微笑みに胸を撃ち抜かれ恋をしてしまったのだと、自作のポエムノートに十数ページ渡って書かれていた。

 ――しかし、である。

 当時、叶は前日準備のために寝不足で、ボーっとしながら歩いていた。その時声をかけてくれた先輩の事など、入学式でひと眠りしたら綺麗さっぱり忘れてしまったらしい。そうとは知らずに後日声をかけた孝明は、今まで感じた事のない屈辱を与えられたのだそうだ。

 ちなみに入学式の日の微笑みは、眠たさの限界から来るものらしく、透明どころか濁り切っていた。恋は盲目とは、よく言ったものである。


「えーっと、先輩? 今日学校休みじゃないですよ? 二、三年は通常授業のはずなんですけど……」

「それがどうした! 俺はおまえを迎えに来たんだよ!」

「あ、そう言えば最近学校休んでたんでしたっけ? ダメですよーズル休みは」

「ふん! 今さら学校なんて必要ないんだよ!」

 ダメだ、話が通じていない。良い感じにテンションが上がり切っているのか、普段使わない様な一人称で捲し立てている。周りにいる男達も生温かい眼差しを向けていた。

 ちょっとしたアクシデントに呆然としていたが、耳を澄ませればなにかが争う音や爆発音まで聞こえて来る。そして目の前には見知らぬ一団。叶の額に冷たい汗が流れた。

「先輩、その人達は……?」

「ふふん、こいつらか? こいつらは俺の部下だ!」

(そうなんですか?)

 と視線で問うが、首を横に振っている。恐らく格好をつけたいだけなのだろう。

 後ろの男達に気付かずに孝明は胸を逸らした。

「天星、今謝れば許してやっても良いぞ? なにせ俺は、今や夜月の一員なのだからな!」

「はぁ!?」

 彼の自身に満ちた発言に叶は驚きの声をあげる。確かに後ろにいる男達は銃や刀で武装していて、とてもではないが堅気には見えない。そして孝明も同じようにしている事から、彼等の仲間であるのは本当なのだろう。

 しかしなぜ、突然に夜月の一員になっているのだろうか。つい先日までただの学生だったはずではないか。

「さあ天星! 俺と一緒に来い! そうすればこの国が俺たちのものになるんだぞ? なにせここはエレメント社の中核! ここを奪えば魔法技術は全て夜月の物になるんだからな!」

「いや、いやいや。先輩、なに拗らせてるのか知りませんけど、現実見て下さいよ。そんなの無理に決まってるじゃないですか。ここには相当数の警備が……」

 そこまで言ってこの状況に疑問を感じた。ここは既に最重要施設の手前だ。ならばなぜ、彼等は辿り着いているのか。

 エレメント社が抱える中で特に重要な施設である工場には何百人と言う警備員が目を光らせているはずだ。それなのに彼等は既にここにおり、大して苦労した様子はない。

「ククク、我ら夜月にとってこの程度造作もないのだ! 協力者もいてな、ここまで来るのは随分と楽だったよ」

「それって……」

 だれかが手引きをした、そう言う事だろう。外側でのドンパチは囮で、彼等はその隙を縫ってここまで来た。

 不味いと感じた叶は一歩後ずさる。

「おっと、動くなよ、天星」

「きゃあっ!」

 だがその瞬間、彼女の頭上に網が落とされ見動きを封じられた。持っていた網を魔法術で飛ばして来たのだ。

「ふ、ふははは! 安心しろ天星、今は大人しくしているがいい! 後でたっぷりと、それはもう色々としてやるからな!?」

「ちょ、先輩流石にそれはキモイです! 最低です! 後ろの人達も絶対そう思ってますよ!?」

「えっ? そ、そんなにキモかったか?」

 少し心配になったのか孝明は男達の反応を伺っている。なんとも言えない表情で頷く男達。ショックを受けながらもなんとか立ち直り、コホンと咳払いをした。

「と、とにかくだ! ならばまずはお話から……いや、今はそんな事より中央部の制圧が先だ。全員、天星を担いで先に進むぞ!」

『えぇ~』

「文句を言うな! 早くしろ!」

 自分たちよりも年下の少年に怒鳴られながらも渋々と網に絡まった叶を持ち上げる。

「ったく、なんだってあんなガキの言う事聞かなきゃならねーんだよ」

「シッ! 聞こえるぞ。仕方ねぇだろ、美子嬢の言いつけなんだ、後で不興買って殺されるよりマシだろ?」

 彼等としても孝明に従うのは不本意なようだ。だれかに命じられているようだが……なんとなく、知り合いの名前が聞こえた気がしたが。気のせいと言う事にする叶である。

「あーあ、どうせならもっとバインボインな子が良かったんだけどなー。こんな貧相なガキじゃあ気分がなぁ……よいしょ、っと。あー重い」

「おいコラ、だれが貧相だ。あと乙女に対して重いとか言うな」

 仮にも性別乙女、職業女子高生の叶には男の不満の声が許せなかったようだ。網の中からもの凄い形相で睨みつけている。

(あーもう、こうなったらどうにでもなれ、だ! MMC、起動)

 ポーチに入れていたMMCを気付かれないように取り出し、起動する。とは言え、落ちこぼれの叶が魔法術を使えた所でなにが出来る訳でもないのだが。一矢報いたとしても孝明に押さえられて終わりだろう。それでも、なにもせずに捕らわれのお姫様をやっているだけなのはしょうに合わない。

(お姫様って柄じゃないしね)

 大体、私がお姫様ならば王子様はだれなのかと。

 だれに言うでもなく独りごち、簡単な魔法術を発動させる。

「げっふぅううー!?」

 その刹那、叶を抱えていた男が真横に吹き飛んだ。

「え、えぇええー!?」

 投げ出され、そのまま落下を開始する。文字通り手も足も出ない彼女には受け身を取る事も出来ないだろう。固く目を瞑り、衝撃に備える。

「――――?」

 だが一向にその衝撃はやって来ず、それどころか、ふわりと温かな温もりが叶を包んだ。

 一体なんなのかと薄く右目を開く。

「よっ、二日ぶりだな、叶。お怪我はないか、お姫様?」

 そこには、優しげに微笑みを見せる少年がいた。

 ローブ姿ではなく、ここの警備員と同じ制服を身に纏っているが、ブラウンの髪と温かな瞳は見間違えるはずがない。呆気に取られていた叶は、慌てて視線をずらして自分の状態を確認する。

「ちょっ!?」

「っと、どした? 急に暴れんなって」

 お姫様抱っこで抱えられていると気付いた叶は思わず身動みじろぎしてしまうが、意外にも力強く持ち直され余計に彼の温もりを感じてしまう。

 顔が真っ赤になるのが分かる。自分でも、キャラじゃないとは思う。それでも、

「ユ、ユクレステさん?」

 この魔法使いの少年をどうしても直視できないでいた。


「ウインド・ソード」

 地面にリューナの杖を突き刺し、腕に叶を抱えていたユクレステはコクダンの杖を取り出してポツリと魔法を唱える。小さな風の刃が網を切り裂き、パラパラと落ちた。

「よし、と。これで大丈夫だろ。立てるか?」

「あ、はい。怪我とかは、ないので」

 若干頬を朱に染めた叶は二本の足で地面に立ち、チラリと横を見る。先ほど叶を運んでいた男は壁にめり込んでおり、一体何が起きたのだろうと思案する。

「カナエさん、大丈夫ですか?」

「ミュウちゃん? う、うん。平気、だけど」

「そうですか。良かった、です……」

 ホッと一息ついているミュウに驚きの視線を向ける。流暢に日本語を話しているのもそうだが、それ以上に彼女の手の中にある物体に目が行っているのだ。

 巨大で無骨な大剣。出会った時に持たせてもらったが支えるだけで精いっぱいだったものを、彼女は片手で持っているのだ。一体、この華奢な体のどこにそんな力があるのだろうか。

「ふぅん、数は十ニ。魔法術士はうち一人。他にも侵入者はいそうだけど……とりあえずは、ここだな」

 停止しかけた頭で必死に考えを巡らせている叶をよそに、ユクレステは鋭く視線を走らせていた。

 夜月の人員は十二名、そのどれもが武器を所持しており、サブマシンガンも装備済みだ。こちらにはミュウがいるとは言え、叶が後ろにいるためそう動き回るのは危険だ。

 そう判断したユクレステは、小さく息を吐くと夜月の者達に杖を向けた。

「忠告だ。武装を解除して大人しく掴まれ、そうすれば余計な怪我をしないで済むぞ?」

「な、なんだとぉ?」

 バカにしたように言うユクレステの言葉に、苛立ちを隠さない男達。一人孝明が口をパクパクと開閉している。どうやら叶をお姫様抱っこしている事にショックを受けているのだろう。

「クソガキが! やっちまえ!」

 もし彼が機能を停止しておらず、正常まともな判断を下せたならば、少なくともこの段階で詰むと言う事は無かっただろう。今さらではあるのだが。

 男の号令と共に銃口がユクレステ達を向き、叶は思わずユクレステの後ろに隠れる。その間に詠唱を終えていたユクレステは、リューナの杖を引き抜き前方に向け、

「撃てぇ!!」

「――ストーム・ウォール!」

 風の障壁を作り出した。銃声に顔をしかめ、それでも生み出した風の障壁はユクレステと叶を守る壁となる。鉛玉は風によってあらぬ方向へと飛んで行き、彼等の背後の地面を削った。

「チィ! 一旦止め――」

「ギャア!」

「なにっ!?」

 銃撃が無効化されている事に気付くが、その時にはもう遅い。

「ごめんな、さいっ――!」

 巨大な鉄塊が男たちを纏めて薙ぎ払い、吹き飛ばした。一振りで三人が壁に叩きつけられ、最初の男のようにめり込む。夜月の男達は最初、ユクレステが吹き飛ばしたのだと考えていた。だからこそミュウに意識を向けずにいたのだ。そうなると後は簡単だ。彼等の意識の外にいたミュウは横から回り込む形で接近し、難なく男達を吹き飛ばすことに成功する。

 ミュウの持つアダマン鉱石の大剣は重さと頑丈さには定評があるが、その半面、切れ味に至ってはなまくらもいい所だ。しかしそれでも五十キロの鉄塊に殴られれば普通の人間ならばタダでは済まない。悶絶している男達は呼吸するのも必死であり、立つことすらままならない。

「ミュウ、一応武器も壊しておいて」

「はい、ご主人さま」

 落ちていたサブマシンガンに剣を振り下ろすミュウ。一通り終わった所で障壁を解除し、ユクレステは一歩前に出た。

「さて、と。それで、おまえはどうする?」

「クソがぁ!」

 投降か、抵抗か。ユクレステの鋭い視線が孝明を貫いた。



 さて、どう出るか。ユクレステは油断なく目の前の少年へと視線を向ける。以前杖でぶん殴った少年が夜月の一員となって敵対するのは当然のことながら予想外の出来事だった。夜月の話は先日叶から聞いていたのだが、まさか侵入者が彼等とは。世間は狭いなと思ったり。

「って言うか、夜月ってそんなに簡単に入れたりするのか?」

「どうでしょう? でも魔法術が使えるってだけで勧誘をするくらいだし、そういうものなんじゃないですか?」

 叶も以前に勧誘されていたのを思い出していた。

 確かに、魔法術は使い様によっては近代兵器を上回る点もある。夜月のように暴力団系統の人員として重宝するという事はあり得るのだろう。

 だが今回に限っては、あまりに唐突過ぎる。加えて言えば、入ったばかりで上に立っていると言うのも可笑しな話だ。

「……だれかが手引きしたとか、そんな感じなんだろうな」

「MMC起動、潰れろ!」

 思考していた所へ孝明が即座に魔法術を放ってきた。流れるような動作に、無駄のない展開。そうして放たれた魔法はユクレステの真上に大量の水を掻き集める。詠唱が間に合わず、さらに真上からの攻撃では完全に防ぐ事は難しいと判断したユクレステはリューナの杖を手放し叶を脇に抱えて飛び退いた。

「範囲広っ――!? ミュウ、パス!」

「はい!」

「へっ?」

 唐突な浮遊感、と言うよりはぶん投げられたようで風が痛い。乙女のように抱きかかえられるのは良いとしても、荷物のように扱われるのは勘弁である。

「大丈夫ですか?」

「えっと、うん。でもちょっと情けないような申し訳ないような、そんな気持ちが……」

 ミュウは勢い良く投げられた叶をお姫様抱っこで受け止める。自分よりもずっと小さな女の子にされるのはユクレステにされる以上に抵抗があった。

 しかしそんな感情もすぐに消え去った。

「って、ユクレステさんは!?」

 ドドド、と滝のような音を立てて勢いよく水が地面を叩く。重量を上乗せされた水は正しく凶器であり、ハンマーで殴られた以上のダメージが全身にかかる。

 押し潰(クラッシュ)す水重(・アクレイン)の魔法術を展開した孝明は勝ち誇った表情で擬似的な滝を見ていた。以前のような手緩い魔法ではなく、B判定魔法術。通称、致死性魔法術に巻き込まれたのだ。もはや立ち向かってなど来れまい。

「あ、ユクレステさん……」

「は、ははは! どうだ! 僕の……俺の勝ちだぞ!? 今度こそ、勝ったんだ! これで、これで――」

「いっつぅ……今のは、効いたぞ。中々やるじゃんか」

「って、ぇええ!」?

 びしょ濡れになりながらも五体満足で姿を現したユクレステに、思わず声を上げてしまった。肩に手を当ててはいるが、対してダメージはなさそうだ。

「な、なぜ無傷なんだ!? 一トン超の水の鉄鎚、防ぎ切れるはずがないだろう!」

「いや、無傷じゃないし。これでもかなり痛いっての。いくら頑丈さには自信があってもそのまま喰らえばキツイ。こいつがなかったらちょっと危なかったかな」

 首から下げたものを見せながら、ぶるぶると顔を振って水気を飛ばす。

「え、MMCだと? お、おまえいつの間にそんなものを……」

 防水性抜群、頑丈さも一級品。エレメント社謹製の投影魔術呼応機(MMC)。開いているのは防護障壁の魔法術だ。

「いやー、タッチ操作って言うんだってな、これ。上手く出来なくてちょっと間に合わなかったけど、それでも詠唱いらずでこの展開速度は凄いぞ。下手な魔法障壁よりよっぽど使い勝手が良い。この世界の魔法ってかなり面白いのな」

 好奇心に溢れた瞳で笑いながら、恐る恐る画面をなぞっている。その動作は老人に携帯端末を操作させているような危なっかしさはあるが、先ほど展開した魔法術は見事なものだった。

「ウソ……防護障壁って複雑で展開に時間が掛かるはず。それなのにあの一瞬で?」

 魔法術には当然の事ながら種類があり、種類ごとに展開への処理速度は違ってくる。その中でも防護魔法術の展開は複雑で、処理速度も他よりもかかるものだ。しかしユクレステはそんな事を感じさせない程の速度で魔法を展開してみせた。

 叶から驚きと羨望の視線がユクレステに向く。

「クッ、それなら――」

「ガン・ウィンド。――ウィンド・スピア」

 再度攻撃を仕掛けようとした孝明に向け、コクダンの杖から小さな風弾が放たれる。風弾は彼の手に当たり、思わず握っていたMMCを取り落としてしまった。その機を逃さずにリューナの杖を拾い上げ、即座に風の槍を放つ。

 MMCに直撃し、跳ねるようにして孝明の範囲外へと投げ出された。

「あ、あ」

「はい、終了」

 取り落としたMMCを拾おうと手を伸ばすが、それより早く杖の先が彼の手を押し止める。奇しくもそれは、以前と同じ形での決着だ。

「カナエー」

「えっ? わ、と」

 孝明のMMCを拾い上げ、叶へと放る。

「さて、と。ミュウあそこで伸びてる奴らをグルグル巻きにしてきて。簡単に抜け出せないようにキツめにな?」

「わかりました」

 ミュウが縄を取り出し作業に取り掛かるのを眺め、ユクレステは孝明に向き直った。戦意は既に失せており、恨みがましく睨んでいるだけだ。どうしたものかと思考し、ため息と共に声をかける。

「えーっと、ミノウタカアキ、だったな。どうやら夜月の者らしいけど、これからちょっと取り調べさせてもらうぞ?」

「はっ、だれがおまえなんかに」

「出来れば素直に吐いてくれると助かるけどな。エレメント社の敷地内ではエレメント社社長、月見里朝陽が法であり、最高権力者だ。つまり、人権とかそう言ったものがある程度無視出来るそうだ」

 良く分からんけど、と呟くが孝明の耳には入っていない。青い顔をして後ろにいる叶になにかを訴えている。

「え? いや、私関係ないので」

 すぐに顔を逸らされたが。

 とは言え、ああは言ったがユクレステも乱暴な手段を取る気はサラサラなかった。彼の行動から見るに、今回の襲撃について詳しく知っているとはとてもではないが思えないからだ。精々が鉄砲玉ヒットマンと言った立ち位置でしかないのだろう。ならば、ここで尋問してもムダで終わる可能性が高い。

「……取りあえず、ふん縛っておくか」

「なっ、ちょっと待て! 僕をこのままにしておくつもりか! っていつの間にか縛られてる!?」

「いやだって、解放する義理もないし。どれだけの人数が入り込んでるのか分からないけど、ただの捨て駒にこれ以上時間をかけるのもねぇ?」

「いや、こっちに同意を求められても……。結構容赦ないですよね、ユクレステさんって」

 追い打ちをかけないだけ十分に優しいつもりなのだが。

 ジト目の叶に苦笑で返し、テキパキと縛り終えたユクレステは意識を別の場所へと集中させる。

「ん、向こうは向こうでドンパチ中か。応援にでも行くべきか……?」

「クッ、放せバカ野郎! このまま中央に行かなければならないのに――」

「あ、ちょっと待って下さい!」

 孝明の声を無視して移動しようとした時、叶が待ったをかけた。

「カナエ?」

「先輩、中央部に行くって言ってましたけど、あそこはそう簡単には行けないはずでは?」

「あ、天星……い、いや、それはその……」

 叶に話しかけられたからか、それとも不味い事を口走ってしまったからか、しどろもどろになりながら視線を泳がせる。

「そう言えばさっき協力者がいるって言ってましたよね? それってだれなんですか?」

「さ、さあ。流石の僕にも聞かされていなかったし……」

 本当にそうなのだろう。顔を真っ赤にして詰め寄って来た叶の瞳から逃れようと身動ぎを一つ。

「協力者、か。それが本当なら向こうのは囮……いや、もしかしたら」

 今のこの状況そのものが誘導されたものなのかもしれない。思考しながらチラリと中央部の高い壁を見る。かなり頑丈で、爆弾やミュウの一撃でも破壊する事は難しい。中に入るためには北か南のゲートからの侵入が必須なのだ。

「北か、南か。こうなったらもう片方は他に任せるか……どこも手一杯っぽいんだけど」

 ディーラ達も現在交戦中なため、難しいだろう。無理をすれば不可能とは言えないが。

「せめてどっちに行ったかだけでも分かれば良いんだけど……」

 呟き、頭をガリガリと掻く。協力者、と言うからに内部犯か。だがこの工場で働いている以上朝陽による身元確認はしっかりと為されているはずだ。

「なにかないか? 可笑しな行動を取っていたような人物は……」

「可笑しな、行動……?」

 ユクレステの呟きに叶はふと首を傾げた。可笑しな行動ではないが、少し他とは違う動きをしていた人物がいなかっただろうか。

「……もしかして。いや、でも……」

 気付き、声をあげた。

「……ユクレステさん。どっちから侵入しようとしたのか、分かりました」

 違っていて欲しいような、複雑な気持ちのまま。

「……よし、分かった。じゃあそっち行こう。ミュウ、移動するぞ」

「は、はい!」

 杖を持ち直し、ミュウを呼び戻す。叶がポカンと口を開けているとすぐにそちらへと視線を向けた。

「ほれ、ボケっとしてない。今はこの事態をどうにかするのが先決。な?」

「あ……」

 ポン、と頭に手を乗せて掛けられた言葉はすぐに叶の胸に浸透する。離れた手を残念に思いながら、視界の端に移ったものに意識を向ける。

「あちゃー、さっきので水浸しに……まあ、すぐに乾くか」

 せっかく洗濯して持ってきたのにびしょ濡れになってしまった。ローブを手に持ち、どことなく嬉しそうなユクレステはバサッと翻しながら袖を通す。

「ん、やっぱこっちのがしっくり来るな。よしっ、気合充填完了! これ持って来てくれてサンキューな、カナエ」

「……っ、はい!」

 白いローブに身を包んだ魔法使い。彼の姿を改めて視界に入れ、叶の頬には自然と熱が昇っていた。

なんとPVが40万を突破しました! ありがたい限りです!

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