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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
セントルイナ大陸編
11/132

ミュウ、ガンバル

 闘技の街コルオネイラ。ゼリアリスの街と変わらぬ大きさに、街の中心には巨大なコロッセオが建設されており、その姿を一目見ようと一年を通して観光客が多く訪れている。そんなコルオネイラは今まさに大量の熱気に包まれていた。

 観光客を飽きさせないために年中なにかの催し物を開催しているコルオネイラの街で、今回もまた一つの大会が開かれようとしていた。それは、魔物限定の大会。種族が人間以外を条件とした、闘技大会である。主催者はルイーナ国の王族であり、そんな彼が素晴らしい商品を出すということで様々な人が魔物を連れだってコルオネイラに訪れていた。

 そんな中、ユクレステたちも他から少し送れて到着していた。


「はい、はい。そうです、参加するのはあの子で、種族はミーナ族、名前はミュウです」

「はい、了承致しました。ミュウ様、ですね? では参加費用として一万エルをお納め下さい」

「えっ!? 参加費用、取られるんですか?」

 闘技場の受付で悪戦苦闘しているユクレステを眺め、ミュウは遠巻きでため息を吐いた。

『なんか変なことになってるみたいだね、ミュウちゃん』

「は、はい……」

 事のあらましは既にマスターから聞いているマリンだが、流石にミュウに同情してしまう。だからと言ってユクレステに進言したとしても聞き入れてはくれないだろうが。

『ま、大丈夫だって。流石にマスターでも勝算もなく挑んだりしないよ』

「本当、ですか?」

『あー、多分』

 正直な話自信はなかった。と言うか、あのマスターならなんの根拠もなく挑みかかって来そうとさえ思う。

「お待たせ、受付してきたぞ。試合は七日後、それまでの宿も見つけておいたし、後はその日まで調整しないとな」

 受付を終え、若干軽くなった財布を懐にしまいながらこちらへと歩いてきた。ユクレステは一先ず宿に向かおうと彼女たちの一歩先を歩いて行く。

「調整、ですか?」

 首を傾げるミュウに対して、ユクレステは頷きながら答えた。

「そそ。まあ、一言で行っちゃえば特訓、かな?」



 宿に荷物を置き、街から少し外れた場所にある川辺に訪れていた。街道から外れているため、この辺りに人が通ることは少ないため、丁度いい訓練場所なのだ。

「んじゃまあ、まずは剣から始めるか」

「は、はい……!」

 借りてきた木剣をミュウに渡し、自分も同じように手に持つ。

「マリンにとっては軽いかもしれないけど、今回は構えとかそういう基本的なことを教えるだけだから」

 ミュウの剣術は素人だ。盗賊たちを撃退できたのも、持ち前の怪力で倒したに過ぎない。まあ、剣術が使えなくても、数十キロもの鉄塊で殴れば大抵の人間には脅威だろう。

「ご主人さまは、剣を使えるのですか?」

「一応、少しだけな。昔無理やり教えられたんだ」

 ミュウが疑問を口にし、ユクレステはなにを思い出したのか渋い顔で答えた。

 苦い過去を振り切るように首を横に振り、ミュウの特訓が始まった。


 剣の構え方、間合いの取り方、足の動かし方、咄嗟の行動。ユクレステはそれらをミュウに説きながら、時には実際に剣を振りながら教えていった。ミュウの大振りの攻撃を最小の動きで避け、カウンターを見舞う。どれだけ早くても、ユクレステは半瞬先に動いて対応してしまう。基本の技しか使用していなのだが、剣術を知らないミュウにとってはどれも凄いと思えるものだった。

「ご主人さまは、なぜ剣士にはならなかったのですか?」

 訓練の途中、そう尋ねた。その時には、はぐらかす様に笑ってこう答えた。

「俺にはそこまでの剣の才能がなかったからな」

 彼の友人に天才と呼ばれた騎士がいるらしく、その人物を見ていると如何に自分の才能がないか分かるのだそうだ。

 そういうものだろうか、と内心で考え事をしながら、本日の剣の修行は終わりを迎えた。

 そして次の修行へと移っていった。


 夜、宿の一室でミュウとユクレステは向かい合って座っていた。彼女の目の前には一冊の教本と腕輪が置かれていた。

 教本の方はユクレステが元々持っていた魔法の教本で、腕輪は以前ゼリアリスの街で購入した魔力媒体だ。

「魔物は元々、魔法を使うことに対して必ずしも杖や魔力媒体を使う必要はないんだ。この前会った悪魔族の子を覚えてるか? あいつも杖をなしで上級魔法を唱えていたし、マリンだって魔法を使うのに杖なんか用いない」

『まあ使う人はいるよ? 私のお婆さまは海王様の骨で作られた杖持ってるし』

「そっちの方が楽なんだよな、やっぱ。術の制御や、呪文詠唱の簡略化だってやり易いし。でもミュウの場合、剣を持ってるだろ? そうなると片手が空くってのは大事だと思うんだよ」

 そこで今回ご紹介するのはこの腕輪。これならば杖の代わりになり、さらに両手も空いて剣も持てる優れモノです。

 ミュウは恐る恐るといった感じで腕輪に触れ、促されるままに装着する。

「それじゃあ簡単に魔法について説明しようか。教科書の五ページを開いて」

 コクダンの杖を指し棒のようにしてミュウに指示を出す。言われた通り教本を開き、あ、と小さく声を上げた。

「あ、あの……」

「ん? なんか問題あった?」

「字が、読めません……」

「……ぁ」

 ミーナ族は基本的に森に住む種族であり、文字といったものに触れることが極端に少ないのである。自発的に街に出てきたミーナ族ならいざ知らず、ミュウは強制的に森から連れ出され、その後も学ぶようなことはなかった。だから彼女が字を読めないということは、想定して然るべきだったはずだ。

「そ、そうか。うん、それじゃあ仕方ないか……じゃあ、今からそっちの方も覚えて行こう。……いや流石にそれは……」

 剣と魔法、そのどちらも疎かに出来ない場面でさらに文字を学ぶというのも厳しいだろう。いくらミュウの体力が多いからといって、無理をさせる訳にはいかない。

 考えていたプランに穴が空き、頭を抱えるユクレステ。とにかく後一週間しかないのだし、この際文字の勉強は後回しにする方向で決めた。

 その代わり、後で彼女に一つ課題を出すことにした。


「じゃあまずは魔法について話そうか」

 ユクレステは字が読めないミュウのために、紙に絵を描いて教えることにした。

「そもそも魔法とは、大まかに分けて四つの属性から出来ている」

 席を変更し、二人は隣り合わせで机に向かう。

「火、水、土、風。この四種類を四属性と言って、今日でいう魔法を考える上で根底となるものだ」

 紙面上の四つの箇所に、一定の間隔を空けてペンで絵を描いて行く。上に火の絵。右に岩の絵、下に水滴の絵、そして左につむじ風の絵だ。

 お世辞にも上手とは言えない出来だが、字が読めないミュウでも分かるようにするためにはこれが一番いいと思ったのだろう。

 と、ここでミュウが疑問を口にした。

破砕ブラスト、でしたっけ? この前、わたしが、使った魔法。あれは、どれに入るの、ですか?」

「それは無属性魔法だな」

 先ほどの紙の、四つの絵が描かれた場所の、空いた真ん中にただの円を描く。これが無属性ということなのだろう。

「この無属性ってのはちょっと特殊な分類でな、どの属性にも入らない魔法なんだ。この四属性魔法で一番大事なのは属性って訳じゃないんだ。もっと言えば、地水火風の属性なんて忘れても良いくらいだ」

「えっ……?」

 さらさらとペンが動き、一番上に描かれた火の絵に文字が書かれる。

「これは『破壊』っていう意味の字だ。火属性って言うのは、『破壊』という特性を持っている」

 よく分からないのか、ミュウが頭を傾げている。ユクレステは、同様に三つの絵にもペンを走らせた。

「水は『癒し』、風は『流動』、土は『停滞』。これらが四属性が持っている重要な特性、いわゆる『内包特性』だ。地水火風ってのはそれを覚えやすくしたってだけでな、本当に重要なのはこの内包特性の方なんだ。例えば、氷の魔法ってあるだろう?」

 ユクレステの問いかけに真面目に頷いた。

 他の魔法と比べても氷の魔法は一般的で、食べ物の保存のために使われるようなことが多い。もちろん攻撃用の魔法も存在する。

「氷の魔法は四属性魔法には入らない。なぜなら、特性が二種類あるからだ」

「二種類……?」

 一つ頷き、紙に描かれた二つの絵。水と土の間に氷の結晶の絵を描き入れた。

「氷の特性は癒しと停滞、つまり、土と水が持っている特性を同時に保有していることになる。同じように、雷の魔法は破壊と流動、火と風の特性だ。……まあ、ようは特性って言うのは四つあって、魔法を使う時にはこの内包特性が大事になってくるって話だな」

 そこで一度言葉を切り、チラリと隣を盗み見る。真剣な表情で紙を見つめ、必死に頭を働かせているのだろう。そんな彼女の態度にクスリと微笑む。なんに対しても一生懸命なのが彼女のいい所だ。

「それで最初の質問の話に戻るけど、この無属性魔法って言うのは例外中の例外だ。本来それがどんな魔法であれ、特性と言うものは出来上がる。火ならば破壊、氷なら癒しと停滞。けど、この無属性魔法にはその特性が存在しない。なにも特性がない属性、故に無属性の魔法という訳だ」

 本来あるはずのものがないという異常。だが、厳然としてそこに存在し、魔法使いの多くが使用している魔法だ。色の無い花がないように、どんな魔法にも特性は付与される。それなのに、この無属性魔法にはどの特性も存在しない。

「あの、ですがご主人さま……破砕ブラストは、破壊の特性ではないのですか?」

「んー、確かにあの魔法は爆発しているように見えるんだけど、厳密には違う。魔力と魔力が重なり合って起こる……そうだな、振動を発生させているに過ぎない。強いて言うなら流動の特性に似ている節があるんだが……」

 ミュウの質問にむぅ、と考え込む。風魔法を得意とするユクレステだから分かるのだが、流動の特性とは少々毛色が異なっているのだ。

「元々、この無属性魔法はセントルイナ大陸には存在していなかったらしいんだ」

「そう、なんですか?」

「ああ。この魔法が唱えられるようになったのは三百年くらい前、聖霊使いが伝えた魔法らしい」

 それ以前の書物には無属性魔法については一切触れられていないのだ。魔術学園の歴史書に書かれていただけに、信憑性は高いだろう。

「特徴としては、この魔法は他と比べて比較的簡単に習得出来るんだ。ミュウもこの前使えただろう?」

「は、はい……。あの時は、必死でしたから……」

「それでいいのさ。出来たっていう事実があれば習得は容易だ。だからまずは、簡単な無属性魔法を覚えていくことにしよう」

「よ、よろしくお願い、します」

 ペコリと頭を下げ、本格的な魔法修行が始まった。



 こうして始まったミュウの特訓。それと並行して、ユクレステはミュウに課題を出していたのだが、彼女はその課題を忠実にこなしていた。

 机の上に一冊の本がある。先日ユクレステが雑貨屋で買った日記帳だ。そう、課題とはまさにこれ、一日にあったことを日記に書くということだった。もちろんまだ一人では字が書けないため、マリンが教えながら日記を書いていた。

 開けっ放しの窓から風が入り込み、日記帳のページがハラリと捲れる。几帳面に書かれた字が一ページにズラリと敷き詰められていた。


 《ミュウの日記より》

 一日目。七月期の二十と三日

 ご主人さまが書けと仰られたので、今日から日記を書くことになりました。一人では不安なので、マリンさんが手伝ってくれるそうです。

 今日は朝から剣の稽古をしました。ご主人さまから剣の扱い方と、心構えというものを教わりました。剣の扱いは分かったのですが、心構えの方はまだ難しいです。わたしに出来るのか、とても不安になりました。その後で実際に剣を振り、最後にはご主人さまと打ち合いもしました。ご主人さまは魔法使いなのですが、剣もお上手で凄いです。たくさん振ったのに掠りもしませんでした。体力には自信があったのですが、終わる頃にはヘトヘトになってしまいました。集中してたからだとご主人さまが嬉しそうに笑って仰っていました。(真面目に取り組むと疲れも早く来るからな。正直教えがいがあって、こっちも嬉しいよ。昔教えた奴は無駄に才能あってすぐ抜かされて逆にボッコボコにされて……byユクレステ)

 午後からは魔法の訓練です。簡単な魔法は昨夜教えて頂いたので、今日はそれの復習をしました。教わったのは以前と同じ破砕ブラスト。それから探査サーチ照灯トーチの魔法です。三つとも無属性魔法らしく、ちょっと練習したら出来るようになりました。特に照灯トーチの魔法がお気に入りです。火とも違う白い光がとても綺麗で、何度も唱えてしまいました。そうしたら少し頭がふらふらしてきました。魔力酔いというものらしく、魔法をあまり使っていなかった人(魔物?)が急にたくさん使うとこうなることがあるそうです。何度も使って慣れるしかないみたいで、明日からもたくさん魔法を教えて下さるそうです。

 夜はマリンさんと字のお勉強です。マリンさんはとっても優しくて、色々なことを教えて下さります。字だけじゃなく、数字や歌のことも教えて下さりました。なんだか、お姉ちゃんみたいな人だと思いました。(あっはっはっ、どうしよう私。今多分顔真っ赤なんですけど。byマリン)


 三日目。七月期の二十と五日。

 今朝の訓練はちょっと変わったことをやりました。わたしの剣を使ってご主人さまと戦うのです。マリンさんが言うには、わたしの剣は少し重いようなので心配でしたが、ご主人さまは全然気にせず打ちあって下さいました。最後にはわたしの一撃を真正面から受けても微動だにせず、ビックリしました。ご主人さまが言うに、剣技と呼ばれるものを使えばだれでも出来るとのことです。今日からはそれを教えて下さるそうで、少し楽しみです。結果は、まだ上手く出来ませんでしたが、明日もがんばりたいと思います。(や、あれ結構内心ビクビクものだったから。ちょっとでも気を抜けば簡単に吹き飛ばされそうだったから。byユクレステ)

 魔法の訓練は、昨日教えて頂いた破砕ブラストの上位魔法、振動インパクトを練習しました。呪文を唱えるだけかと思っていたのですが、その魔法の明確なイメージを汲み上げないと上手く発動せず、破砕ブラストよりも小さな爆発が起こるだけでした。最初はみんな詠唱で躓くから、と慰めて頂きましたけれど、今日こそはちゃんと成功させたいのでがんばりました。結果は、大成功です! ご主人さまもたくさん褒めて下さり、頭も撫でて下さいました。明日からは属性魔法を教えて下さるそうで、とても楽しみです。(実際こんなに早く出来るとは思わなかったんだよな。学園でもひと月かけて覚える内容だし。byユクレステ)(やっぱりこの子才能あるんだよねー。マスター、ホントにちゃんと教えてあげなよー? byマリン)

 今日のお勉強は歴史のお勉強でした。人魚と人間の歴史を教わったのですが、その……今日寝られるか心配です。マリンさんにお願いしたら一緒に寝てくれないでしょうか? (マリン、ミュウに変なこと教えんな。ってかあんなドロドロした歴史、ミュウにはまだ早いbyユクレステ)(ちょっ、由緒ある人魚の歴史をドロドロってヒドイ! ……まあ、実際お子様に聞かせられない恋ばなとかあるんだけど……聞く? byマリン)(止めろ! byユクレステ)


 五日目。七月期、二十と七日。

 今日は剣技について教わりました。昨日は基礎を教わったので、今日は以前盗賊の人がやっていたような、衝撃波を放つ技を覚えました。一度見ていたので、一回で成功しました。ご主人さまが唖然としていましたが、どうしたのでしょうか? (……ぶっちゃけ俺もう教えることないんだけど。元々剣は得意じゃないし、このくらいが限界かなー。byユクレステ)(かもねー。剣捌きも鋭くなってきたし。経験で勝ってるようなものだし、そろそろ厳しいんじゃない? byマリン)

 昨日四属性魔法を教わり、わたしが一番得意な系統を教わったので今日はそれの練習です。わたしの得意な特性は癒しと、流動だそうです。なのでまずはマリンさんに水の魔法を教わりました。腕輪のおかげで上手く扱えることができ、水の初級魔法ならなんとか使えるようになりました。改めて思ったのですが、マリンさんはとても上手に魔法を使います。もしかしたらご主人さまよりもお上手なのかもしれません。(ま、とーぜんだよね。byマリン)(でも陸じゃあ役に立たないけどな。byユクレステ)

 そう言えば最近、ご主人さまが剣の稽古を終えてどこかに行ってしまいます。どうされたのでしょうか? 少し、心配です。(心配するだけ無駄だと思うよー。マスターってば人に心配させるのが趣味みたいなもんだから。byマリン)



 七月期、二十と九日。闘技大会が明日へと迫る中、ユクレステは朝からミュウを連れて森へと出かけていた。

「あの、ご主人さま。どちらへ行かれるのですか?」

 ユクレステから一歩下がった位置でそう尋ね、彼の背中を見つめる。その言葉に振りかえることをせず、声だけをミュウへと返す。

「ちょっとお仕事をね。ついでにミュウがどれだけ強くなったかも見たかったし」

「は、はぁ」

 分かったような分からないような。とにかく彼女には後ろを付いて行くことしか出来ないので、不安になりながらも脚は止めなかった。

『…………やれやれ』

 なにが起こるのか分かっているのか、マリンは一人息を吐く。こういう時に宝石に入れるのは便利だ。聞かれないよう声を隠すのが楽で助かった。

 しばらく黙って歩いていると、ユクレステの足が止まった。少しだけ後ろを向き、人差し指を立ててシ―、と声を潜めた。

「ご主人さま?」

 小さな声で聞く。ユクレステは手招きをしてすぐ側にミュウを近寄らせ、木々の間から森の奥へと視線を向けさせる。

『……! ……』

『っ! ……?』

 そこには数匹のなにかが蠢いていた。周りの草木に溶け込むような緑色の肌、人の子供くらいの身長で、手には血の付いた斧や剣を持っている。

「ゴブリンだ。ギルドの仕事でな。どうも近くの村を襲って、既に人を殺したらしい」

「……!?」

 数は目算で十匹はいるだろう。ユクレステの探査サーチでは十一匹で、どこかにもう一匹隠れているようだ。

 ゴブリン一匹一匹の力は弱いが、彼らは基本的に群れる生き物だ。数匹から十数匹単位で行動し、森の奥で暮らしている。しかしたまにある欲を覚えたゴブリンが、人を襲うことがある。そうなった場合、もはや殺すしか道はなくなる。

「今日の修行はあれを殺すことだ。剣でも、魔法でもなんでもいい。とにかく、全員倒せ」

 無情に言い放つユクレステ。しかしミュウは未だ生き物を殺すということを肯定出来ずにいる。

「そ、んな……わたしには、できない、です……」

 あれは魔物だ。そう、自分と同じ魔物なのだ。種族も見た目も違うが、人以外という点では一致している。それを殺すことになるとは、考えてもいなかった。

 だから、否定する。次の言葉を聞くまでは。

「あれを殺さないと、また人が殺される」

「えっ?」

「さっき言っただろ? ある欲を抑えきれなかったゴブリンが人を襲うって。その欲っていうのはな……食欲だ」

「っ!?」

 魔物の中でも人食いの魔物は多くいる。そのどれもに共通しているのは、まるでなにかに命令されたように人を襲うというものだ。まだ耐えているうちはいい。生まれてから人間を食わなければ、自ら進んで食おうとはすまい。けれど、一度なにかの弾みで口にするとその魔物は我慢が出来なくなる。血の一滴、肉の一欠片が人食いの血を目覚めさせてしまうのだ。一度目覚めれば後は人間しか口に出来なくなる。いくら耐えようと、本能レベルで人の肉を欲するのだ。

 だから、そういった人食いの魔物が現れた時、食われる前に殺すしか方法はない。

「酷い有様だったそうだ。父親と子供が二人。男の子と女の子だ。骨まで食われて、服の破片と血だまりしか残らなかった。依頼者はその子たちの母親だそうでな、仇を討って欲しいんだと」

「ぁ……ぇ……」

「ミュウ。悪いとは、思わない。やらなきゃ殺される。覚悟を身に着けなければ、戦いなんて出来やしない。それをおまえに教えるためなら、俺はあいつらだって犠牲にしてやる」

 声が掠れ、喉がカラカラになっている。視線は虚ろで、でもユクレステだけはしっかりと見つめていた。

 悲しそうな笑みをしていた。

「俺はおまえのマスターだ。それは変わらない。一生、変わらない。だからミュウ。一緒に、強くなろう?」

 手を差し伸べられた。一度取った手だ。優しく強い手。それはきっと今も変わらないのだろう。変わったのは、むしろ自分。

「……はい」

 力が欲しいと思った。そうでなければ自らの主の助けにならないから。もう捨てられたくないから。その結果、他の命を消し去ったとしても。

「……」

 手を取った。彼の手は、以前と変わらず、温かかった。

「……いきます」

「……ああ、ガンバレ」

 手を放し、そう言って顔を引き締めた。ホッとしたように笑みを作り、ユクレステはポンとミュウの背中を叩く。

「フォローはするから、思い切って行ってこい」

「はい!」

 同時に、剣を抜いた。大剣を止めていたベルトがパチンと音を立てて外れ、一気に加速をつけて飛び出した。気付いていなかったゴブリンの群れは、その奇襲に対して反応が遅れてしまう。臨戦態勢を取るより先に、ミュウの大剣が地を割った。

「やぁあああー!」

 地面が陥没し、叩き潰された一匹のゴブリンがひしゃげて血反吐を吐き出す。斬ると言うよりも叩き潰す。それが彼女の持つ大剣だ。その死に様に一瞬ミュウの表情が歪み、動きが止まる。その隙を狙って弓を持ったゴブリンが矢をつがえた。

「――ガァ!」

破砕ブラスト!」

 即座にその場から離れ、弓を持つゴブリンを睨みつける。矢が射出された直後、その矢を弾くようにミュウの魔法が発動した。目を丸くするゴブリンに向かって今度は左腕を向けて魔法を放つ。

「アクア・スピア!」

 一本の細い水の槍がゴブリン目掛けて飛んで行き、見事に喉元を直撃した。血を撒き散らせ倒れるゴブリンを無視し、急ぎ詰め寄った。

「はぁああ!」

 横に一閃。広い攻撃範囲の大剣が振るわれ、二匹のゴブリンが飛ぶ。さらに一匹を巻き込み、岩を破壊してようやく止まった。腕や身体が可笑しな方向を向いており、血の泡を吐いて絶命していた。

 これで五匹。ようやくそこで彼女を危険と判断したのか、ゴブリン達は広がって態勢を整える。ボロボロの剣や斧だが、それでも凶器には変わらない。ミュウは先ほどよりも慎重に視線を巡らせた。

 ゴブリンが一斉に飛び掛かって来る。それを見越し、バックステップで後方に一時退避して大剣を大上段に振りかぶる。

「え、い――!」

 上段から剣を思い切り地面へと叩きつけ、気合の声と共に大地を踏み締めた。

 瞬間、剣の衝撃がその場で炸裂した。

「ギャア!?」

 衝撃波が二匹のゴブリンを呑み込み、卒倒する。それを見終わる前に眼前に剣を構え直す。

「ぅ――!」

 キン、と甲高い音が聞こえ、次いで腕に掛かる重圧が増した。一匹のゴブリンの斧を防御し、左右から迫る敵を見た。

「あぁああ!」

 力強く前へと押し、ミュウの怪力に堪らず尻もちをつく。すぐさま身体を回転させ、自身からの360°を振り払った。

「ギッ!」

咄嗟に持っていた皮の盾でそれを防ぐが、あまりの勢いに盾がひしゃげ、ゴブリン自身も吹き飛ばされ、木々にぶち当たる。

 すぐには反撃出来ないことを確認すると左腕に着けられた腕輪に目を落とす。そして、口から零れる朗々とした言の葉。

「刀身流れる水の刃、勢いのままに斬り伏せよ。――リバーズ・エッジ!」

 今、彼女の手には二振りの剣が握られている。一本は無骨な、全てを叩き潰せそうな大剣。そしてもう一本は、清流のような、煌めく細身の水の長剣。その長さは決して普通の剣では表されないであろう、十メートルもの長さだ。彼女はそれを一度軽く振るい、腕にグッと力を込める。

「いき、ます……!」

 よろよろと立ち上がって来るゴブリン達を見つめ、口の中で小さく言う。

「や……あぁあああ――!」

 力強く、横に振った水の長剣。それは彼女の周囲に存在していたゴブリン達全てを真っ二つにして消える。返り血で刃が濡れるより先に朝露へと変貌した。

 最初の奇襲で五匹。その後でさらに五匹。都合十匹を見事に倒し、ホッと息を吐く。

「ギィ!」

「え……?」

 だが実はまだいたのだ。そのゴブリンは木の上にいたお陰でミュウに見つかることがなく、こうして生き延びることが出来た。そして、ミュウは今、致命的な隙を見せてしまった。

 手に持っていたのは弓。矢はつがえられ、その鋭い矢じりがミュウを狙っている。

「――ウィンド・ショット」

 だがそれは放たれることがなかった。既にその存在に気付いていたユクレステが、風の魔弾を用いてゴブリンが持った弓の弦を切り裂いたのだ。

「――っ!」

 一瞬無防備になっていたミュウだが、素早い動きで動きを再開し、跳躍。木の上に陣取るゴブリンよりも高くジャンプし、大剣を振り下ろした。鈍い音と共に、ゴブリンの視界は闇に染まった。

「御苦労さま。ゴブリン十一匹、討伐完了だ。これで果たして仇になるのかは分からないけど……」

 杖を片手にユクレステが近寄って来る。ポンと頭を撫で、最後に倒したゴブリンの近くでしゃがみこんだ。ゴブリンの腕からなにかを取り外し、ポケットに押し込む。

「うん、これだけ出来れば上出来……いや、こういう言い方はよくないか。とにかく、お疲れ様、ミュウ。たった一週間で、よくここまで強くなったな」

「ぁ、ご主人、さま……」

 ユクレステは、そう笑って言った。けれど、今のミュウにそれを笑顔で返す余裕はなかった。

 剣を取り落とし、今まさに自分が行った現場を再度確認する。ゴブリンの死体が十一体、転がっている。真っ二つにされたもの、叩き潰されたもの、喉を穿たれたもの。全て、彼女が行ったのだ。

 強くなる覚悟はしていた。それでも、こうしてなにかを傷つけることでそれを確認したのだとすると――押し潰されそうだ。

「ふ、ぅ……」

 剣を手放し、重たい音が聞こえる。だがそれ以上に、自分の動悸で耳が痛い。知らずのうちに涙が溢れ、でも汚れた手では拭うに拭えない。

 だからこうして顔を伏せ、嗚咽を漏らすことしか出来なかった。

「……そっか。ごめんな」

 ユクレステが声を上げた。そちらを見ようとして、押し止められる。

「恐かっただろ? でも、こうしておまえは覚悟を得た。本当は謝りたいけど、それはしない。そんなことしたら、おまえの覚悟に泥を塗っちまうからな」

 ふわりと優しい匂いがミュウを包んでいた。彼女の肩を抱き寄せ、彼の胸の内にいる。頭には手が置かれ、もう片方の手で汚れた手を繋いでくれる。

「ホントにそうだよ、マスター」

 その手に、もう一つの温もりが重なった。人魚の少女が、彼らの手に自身の手を重ねているのだ。

「お疲れ様、ミュウちゃん。よくガンバったね。偉い偉い」

 そうして彼女もまた、ミュウを撫でていた。

 ユクレステは一度クスリと微笑み、優しげな表情のままで言った。

「強くなるためにおまえが傷ついたとしても、それをおまえが望むなら俺はなんだってしてやるつもりだ。俺はおまえの主人で、おまえは俺の仲間だ。仲間の望みはなにがなんでも叶えてやる。それでだれかを傷つけることがあってもだ」

 チラリと覗くのは先ほどのゴブリン達。ミュウの覚悟を決めるために犠牲になった魔物たちだ。

「だから、俺に言えることはあんまりないけど――ありがとな?」

「ぁ、ぁ……ぅあ、あ……!」

 何に対しての感謝なのか、よく分からなかった。けれど、ミュウは彼の言葉に涙した。仲間であることを望まれたからか、強く思われたから。とにかく、今のミュウが縋るには当然だった。

「あぁあぁあああ――!」

 側にいてくれる人がいるだけで、その涙ですら心地よかった。




 ここからは蛇足的な内容だが、この後、ミュウは疲れのせいか意識を手放してしまった。そうなればもちろん、だれかが担ぐなりして連れ帰らなければならない。そしてそれは、人魚のマリンでは不可能なので、実質可能なのはユクレステだけとなる。つまり、

「お、重たいぃいいー!」

『マスター、女の子に対してそういうこと言うのマナー違反だよ。まったく、これだから女心が分からない男子ってやーねー』

「なんだよそのちょっとウザい感じの女子みたいな発言……。って、そうじゃない! 別に重たいのがミュウって言ってる訳じゃないんだって! むしろこの子は軽いよ、少なくともマリンよりもずっと」

『へえ言っちゃう? それ言っちゃうの? キュンキュンな女の子である私に重たいとか、言っちゃう訳? 海の藻屑にしちゃうぞ☆』

「恐いですよマリンさん? ちょっとした冗談じゃないですかー。で、重たいのは、むしろこっち」

 腰に下げたひと振りの大剣を視線で指しながら、深く嘆息する。ズルズルと引きずっているが、それでも重たいものには変わらない。数十キロはある大剣が重くないはずがないのだ。

『あ、そっちか。うん、そっちならいいや』

「ちっとも良くないんですが……」

 ミュウが眠っているため、そちらの方も運ばなければならない。ユクレステは、再び息を吐くのだった。

ミュウちゃんはもう一人の主人公です。

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