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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
109/132

前日準備

「ふぁ~あ。明日は以前から言ってたように、魔力生成工場の見学日になるからなー。いつも通りの時間に集まって、その後バスで移動。警備は厳重だから、余計な物を持ち込まないように。一応、MMCの携帯は許可されているが……間違っても起動はしないように。つまみ出されるからな~。……まあ、その方がオレはサボれるし……いや、待てよ? むしろ全員出禁になれば遠足潰れて楽が出来るんじゃなかろうか?」

 歴史教師である羽生真次郎がホームルームにやって来てそんな事をのたまった。本来は担任である女性教諭がいるのだが、少し前から産休に入ってしまい、人手が少ないと言う事もあって彼が1‐Cの臨時担任となっていた。

「そうなったら先生、責任問題で教師辞めさせられるんじゃないですか?」

「……冗談だ、冗談」

 真次郎が眠たそうにしながら言い、そのブツブツ声に委員長らしき少女が鋭いツッコミを入れる。残念そうな顔からはとても冗談には思えないが、そんなことよりも、と叶はため息を吐き出した。それと言うのも、

「で、で? あれからどうなったのです? ももも、もしや大人の階段なんかを……!」

「千佳野さん、近いさん。なんて、ははは……はぁ」

 先ほどからクラスメイトである加代がやけに興奮した様子で質問してくるのだ。少々耳年増の彼女がなにを考えているのか、あまり知りたくない。なんとなく、分かってはいるのだが。

 さらに悪い事に、彼女だけではなく他の女子達も興味津津の様子でこちらを見て来るのである。闖入者である謎の魔法使いの姿は多くの生徒に見られており、それに加えそんな彼を学園の若き理事長が連れて行ってしまった。妄想力豊かな女子高生がどう考えるか、明白である。

 こうして、昨日の今日で叶は学園新聞の見出しを飾ってしまったのだった。タイトルは『ローブの君、神秘的な理事長と一般生徒への甘い囁き!』。内容的には三角形のあれこれが書かれており、叶には堪ったものではない。劣等生と言うマイナスな方面でそこそこ有名な彼女にとって、これ以上余計な評価は勘弁してもらいたいのだ。

 さらにどこから流れて来るのか、明日の遠足でデートをするという噂が広まっていた。

 本当に、勘弁してくれと。

「そんな事より、千佳野さん。明日の事なんですけど……私たちって同じ班なんでしたっけ?」

「え? ええ、そうですわよ?」

 聞いたのは明日の遠足の話だ。てっきり自由行動だと思っていたのだが、聞いてみれば班別行動なのだとか。それまで班分けなんてした記憶の無いのだが、と叶は首を傾げた。

「その時天星さん、寝てましたから。羽生先生が面倒臭がって勝手に決めたのですわ」

「ああ……」

 そう言えばいつだかのホームルームに寝ていた時があった。どうやらその時に勝手に決められていたようだ。不満はあるが、寝ていた自分に非があるため教壇で眠たそうにしている教師を睨むだけに留めておく。

「あ、もちろん私たちは邪魔しませんから! どうぞ心行くまで逢瀬を楽しんで下さいな」

「いやだから違いますってば。忘れ物を届けに行くってだけで……聞いちゃいないなこのアマ」

 それから長い時間をかけて誤解を解こうとしたのだが、どうにも恋に恋する乙女は手強く、最後までこちらの話を理解してくれなかった。極度の面倒臭がりの叶にしては頑張った方だろう。


 そのまま昼になり、いつも通り一人で食堂へと向かう道すがら、叶は一人の女生徒に声をかけられた。

「こんにちはー、お姫様?」

「げっ」

「げっ、て酷くない? 私たち知らない仲じゃないんだからさー」

 つい先日、C判定の魔法を人に放った張本人、佐藤美子がニヤニヤと笑みを見せながら近付いて来たのだ。嫌そうな表情も当然だろう。

「出来れば知りたくないとは思ってましたよ」

「あはっ、きっついなーかなえっちは。ねっ、これからお昼ご飯一緒しない?」

 セミロングの茶髪を弄りながら、猫のような笑みでそう言った。なにを考えているのかと勘ぐるが、すぐに見透かされたかのように遮られる。

「ちょこっとキミに興味湧いただけだからさー。大丈夫、変な事はしないよ。今日はたかっちもいないみたいだし」

「美濃先輩、休みなんですか?」

「おっ? 気になる? これはたかっちにもチャンスが――」

「いえ、特に」

「……なさそうだね。たかっちかわいそ」


 素うどんをトレイに乗せ、窓際の席に座る。その隣には結局勝手についてきた美子がハンバーク定食を見せびらかす様に置いた。もちろんそんな気は毛頭なく、叶が勝手にそう思っているだけだ。なにしろ彼女の頼んだスペシャルハンバーグ定食は素うどんの五倍以上の値段がするのである。万年金欠の貧乏女子高生には少々眩し過ぎる。

「んふ、お昼のために退屈な授業を受けていたようなものよねー、ホント。そうそう、それでかなえっちにはちょっと聞きたい事があってね?」

 そう尋ねようと叶へと向き直ると、そこにはジー、と皿の上に置かれたハンバーグを凝視している叶がいた。

「……かなえっちってなんですか。止めて下さい」

 と、涎を垂らしながら。それは女性としてどうなんだと疑問してしまう顔のまま素っ気なく言っている。

「……ハンバーグ、ちょっとあげようか?」

「かなえっちでもかなっちでも好きに呼んで下さい佐藤美子様!」

「あ、うん……えっと、私は普通に美子でいいからね? あ、ポテトもいる?」

「はい! ミコっち!」

 驚くほどの変わり様に、初めは取り付く島もないと思っていた彼女の態度が音を立てて崩れ落ちていった。

 天星叶の評価を友人の美濃孝明から聞いていた美子である。それが多少脚色されているのは重々承知でそれを聞いていたのだが、曰く、クールビューティー。曰く、物事に関心がない。曰く、だからオレは決してフラれてなんかいない。

 最後が余計な情報ではあったが、たしかにクールな人物であるとは感じていた。それが食べ物でこうも簡単に崩れるとは。素知らぬ顔でうどんをすすっている彼女を見ると思わず苦笑が漏れる。そんな彼女は現在、七味唐辛子をかけて来なかった事を深く後悔していた。

 いや、表情が崩れたのは食べ物だけではなかったか。

「それでね、聞きたい事って言うのが……あのローブの君。本当にかなえっちの彼氏さんなの?」

「ブッ――!?」

 瞬間、彼女の表情がまたも崩れた。うどんが喉の詰まったのか、ドンドンと胸を叩いている。美子は水を差し出し、落ち着いた彼女からの言葉を待った。

「ゲホっ、ゴホッ! あ、あのですね、だから別にユクレステさんとはなんでもないんですって……。何回も言ってるでしょう?」

 苦しそうにしながらも否定の言葉を絞り出す叶。若干瞳が泳いでいる。

「ふぅん、ユクレステって言うんだ、彼。じゃあ、たかっちと付き合ってるの? 前にたかっち、自身満々に言ってたけど」

「それはないですね。大方見栄を張りたかったんじゃないですか?」

「えーっと、うん、そうなんじゃない?」

 今度は即座の否定。若干目が潤んでいるのは、うどんを喉に詰まらせたからだろう。瞳は真っ直ぐ向いている。

 この違いに、美子は再度可哀そうにと孝明に合掌した。動揺する程に反応したローブの君と比べ、孝明を否定したあの真っ直ぐな瞳。確認のためとは言え、少々酷な事をしてしまったかもしれない。それも数秒で忘れ、叶に質問する。

「それでさ、あの人って一体何者なの? 私の魔法をあんなに簡単に消しちゃって……あの人も魔法術士?」

 聞きたかったのは、彼との関係ではなくユクレステと言う人物が一体何者なのかと言う事。疼くのだ。彼女の猫のような好奇心が、未知の光景を作り出した人物に。

「え、えぇと……」

 そしてその人物が何者かを知っている叶はどうしたものかと頭を悩ませていた。

 彼は星のカーテンの外から来た魔法使いです、と果たしてそう言っていいものか。下手をすれば、先日見た映画のように解剖されるかもしれない。

「わ、私も詳しい事は知らないんだけど……ほら、夜月の人達に襲われてたのを助けて貰ったってだけで良くは……」

「……夜月の? それってどんな人?」

 美子が食いついて来た部分に疑問する。ユクレステを気になっていて、なぜ夜月の人の事を聞くのだろうかと。

「えっ? えーっと、なんか凄いリーゼントの……」

「小林達か……」

 ボソリと呟き、なにかを考えている。するとポケットからMMCとは別の携帯端末を取り出し、どこかへとメールを送った。すぐに携帯を仕舞い込み、さらなる情報収集を試みる。

「あ、ごめんねー。それで後さぁ、明日デートするって言うのはホントなの? 来るの? 工場に」

「デートは事実無根ですけどね。来るような事は言っていました」

「へーほーふーん」

 気になるような、そうでもないような曖昧な返事をして、美子はニヤニヤとした笑みを浮かべた。悪巧みをしてそうな表情で一しきり頷いてから、パッと立ち上がる。

「ごめん、用事出来ちゃったからもう帰るね」

「突然ですね? って言うか、まだ午後の授業が……」

「やだなー、そんなのサボるに決まってるじゃん。止めてくれるなおまいさん!」

 悪びれもなく言い切る美子。諦めたように視線を外した。

「まあ、別に止める気はさらさらないですけど……」

 瞳が向かう先は、手つかずの皿。その皿を叶へと押し出すとサッと身を翻す。

「それあげるー。じゃーねー」

「はい! さようならミコっち! またお会い出来るのを楽しみにしています!」

 後に残されたのは既に完食済みの素うどんと、高みに位置する存在のスペシャルハンバーク定食だ。

「……我が人生に、一片の悔いなし!」

 片手を頭上に突き上げた叶の姿は、生徒で賑う学食でとても目立っていた。



 学食から抜け出し、校門を潜った所で電話の呼び出し音が鳴り響いた。受け取ったのは美子であり、画面に表示された名を見てニヤリと表情を変えた。すぐにボタンを押し、電話に出る。

「もしもーし、美子ちゃんでーす。んふふー、私の連絡はすぐに出てくれないと困るんだけどなぁ? ねぇ、もしかして大事な用でもあったの?」

 甘ったるく、媚びた様な声が電話向こうの相手に届けられる。その甘く、それでいて背を震わせるような声に男が慌てて応えた。

『へ、へい! そうなんですよ! ちょっと今大事な取り引きが……』

「へぇ、そうなんだ。……美子ちゃんびっくり」

 必死の言葉に驚きの声を上げ、

「――アタシより大事な用事があるなんて……ねぇ、どう言う事? アタシより大事なモノって、ある訳ないよね? そうだよね? そうじゃないの? どうして? 君たちはアタシが好きなんだよね? 違うの? ……そんな訳、ないよね?」

 途端に冷たい声が漏れ出した。電話口の相手にもその異常は分かったようで、小さく悲鳴を上げている。

『ヒィッ!? も、もちろんですとも! あっしらみんな美子嬢の下僕ですとも! いつでもどこでも駆け付ける心づもりは出来ていますとも、はい!」

「…………」

『…………』

 静かな沈黙が恐怖を煽る。そして、

「……そっか、そうだよねー? 良かったね……指」

『ヒィッ!?』

 さらりと言った言葉に過剰に反応するのは、その業界の性だろうか。言った本人は気にせずにコロコロと笑っている。

「んふふ、もうビックリしたなぁ。小林が変な事、言うからさー」

「へ、へへへ……申し訳ねぇです。そ、それで一体どうしたってんですかい? 今は学校の方だと思うんですが?」

「あ、そうそう、忘れてた忘れてた。別に小林と話すために電話した訳じゃないのにね?」

 そんな事を言われても、軽く相槌を打つくらいしか反応は出来ないのだが。困惑しながらも話を進めて行く内に、気分が良さそうなのに気付いた。

「んふふ、ちょっと気になる事があってねー。ねぇ、小林。君さ、少し前にうちの学校の女の子を襲ったんだって?」

『へっ? な、なんでその事を?』

「それで、その時にたった一人の男の子にやられちゃったんでしょ?」

『そ、そんな事まで耳に!? も、申し訳ありやせん!』

 勝手な行動を取って怒られると思ったのか、小林と呼ばれた男は見えていないにも関わらず頭を下げた。

「別にそれを叱ろうとかは思ってないから、安心してよ。アタシが聞きたいのは別の事だから」

『べ、別の事?』

「そ。君たちをやっつけたナイト様、こっちでちょっと話題になっててね? 興味出てきちゃったの。だから、どんな人だったか教えて?」

『そ、それは構わねぇですけど……』

 一体どんな無茶振りをされるのか戦々恐々としていただけあって、ただ教えるだけだと分かり安堵と共に僅かな疑問が湧く。なぜそんな事を聞くのかだろうかと。

 とは言え、わざわざそんな事を口にして機嫌を損ねられても困るので、思い出すのはムカつくが彼の知る出来事をつぶさに応えるのだった。


『――で、まあそんな事があったんですよ。あんにゃろーに兄貴たちも皆のされちまったんですよ。夜月だって言っても分かんねぇみたいで……美子嬢は、あいつが一体なにもんか知ってるんですか?』

「へぇ、スゴイわぁ。まるで正義の味方みたい……んふ、でも夜月を知らないなんて一体どこから来たのかな? 少なくとも県外……ううん、もっと言えば関東よりも外……もしかして――」

『え、えーと?』

 問うても返事は返って来ず、ブツブツと恍惚とした表情でなにかを呟いている。こう言った状況の彼女には触らぬが吉だと言う事はこれまでに何度も経験しているため、向こうから声がかけられるまで待つ事にした。それから十秒程経ち、唐突に美子が小林に向けて声を放った。

「小林、車で迎えに来て。五分以内で」

『えっ!? い、いやちょっと待って下せえ、ここから美子嬢の学校までは……』

「あれ? 聞き間違い? アタシの言う事、聞けない子がうちにはいるんだ?」

『滅相もございません! 今から向かいますので少々お待ちをっ!!』

 電話を切り、ポケットにしまい込む。それと同時に、今度は流れる動作でMMCを取り出した。

「で、どうしたのかな? 私になにか用事?」

「ええ、ちょこっと、忠告しておこうかと思って、ねっ――!」

 刹那、白い雷が連続して襲いかかった。

 美子は画面に指を滑らせ、魔法術を展開する。放つ魔法は一般的な防護障壁だ。透明な壁が目の前に現れ、白い火花が花開く。次いでガシャンと音が鳴り、銃声が鳴り響いた。

「んふ、相変わらず恐いんだからー」

「チッ、あんたも相変わらずみたいね、そのムカつく態度とか。変えた方が可愛げがあるわよ?」

 サブマシンガンを片手に、突如現れた人物が吐き捨てるようにそう言った。黒髪をツインテールにしたその少女は、美子に対して射抜くような視線を送る。

「佐藤……だったわね? あんた、いつまで入り浸ってるつもり? 若い奴らを取りこんでるとも聞くし、これ以上はあたし達にも考えがあるわよ?」

「そんなの君に言われる筋合いはないつもりだけど? それに、今さら君たちなんかを恐がると思ってる?」

 ハッ、とバカにするように笑った。

「今までと同じだと思ってると余計な怪我を増やすわよ? いつまでもお姫様気分でいられると思わない事ね」

「それはこっちのセリフだよ――お偉い気分でアタシに挑むな、喰い殺すぞ?」

「やってみろ、その時はだれに止められても全力であんたのたまぁ引っこ抜いてやる」

 MMCを少女に向け、銃口がこちらを向く。一触即発な情況であるにも関わらず、美子の心は冷めていた。目の前の少女とは今までにも幾度となく反発しあって来た。その度に心は激情に燃え、敵意を向けて来たのだ。しかし、不思議と今はそんな気持ちにはなれない。

 ふい、とMMCを下ろし、ポシェットに収納する。その様子に呆気に取られ、ツインテールの少女は訝しげな視線を向けた。

「なんか企んでるの? あんたがそんな物分かり言いとは思わなかったんだけど?」

 サブマシンガンをカバンに仕舞い込みながらの疑問。心の中で確かに、と同調しながら美子は笑う。

「今日はそんな気分じゃないの。お子ちゃまな君には、未来永劫分からないだろうけどねー。あ、ごめんごめん、別に幼児体型を責めてる訳じゃないから、そんなに落ち込まない――あ、うん。本当にごめんね」

「んなっ!? あんた今どこ見て言ったぁ! ぶっ殺すわよゴラァ!?」

 クスクス笑いながら少女の行動を観察する。どうやら今回は最初の言葉通り、忠告に来ただけなのだろう。武装も少ないし、ちょっとした戯れで済んだのが良い証拠だ。薄い胸から視線を外さずに、からかいの口調で問う。

「それでー? 君はなにを忠告してくれるのかな? 場合によっては聞いてあげなくもないけど?」

「チッ、相変わらずふざけて……。いい!? 明日、変な事するんじゃないわよ!?」

「ああ、それが忠告? 心配しなくても、アタシは今回なにもする気はないわよ。明日は、だけど」

「ええそうよね、あんたがそう簡単に人の言う事を聞くはずが……えっ?」

 てっきり素気無くあしらわれると思っていたのだが、素直に頷く美子に変な顔を向ける少女。美子はその様子を可笑しそうに眺めていた。

「んふ、だって明日は待ちに待った遠足でしょ? そんな遠足を邪魔するような事、学校大好きな私がする訳ないじゃん。まあ、半年近くも学校を休んでるだれかさんに言っても仕方ないことかもしれないけどねー」

「あ、あんたがそれ言う!? だれのせいでこんな――」

「まあまあ、過ぎ去った日は返って来ないんだから、明日を生きないと。ね?」

 輝く笑顔に気圧され、二、三回深呼吸をして気を落ち着かせる。

「――チッ! ああもう、ホントあんたどうしたのよ? ちょっとどころじゃないくらいに変よ?」

「そうかな? まあ、そうなんだろうけど……んふふ、仕方ないじゃない。だって、アタシは見つけちゃったんだもの。アタシの、王子様!」

 その表情はまさに恋する乙女だ。だがその蕩けた顔はどこか寒気を感じさせるものだった。

「ああ早く会いたい早く見たい、あの人の顔、力、全て! アタシのモノにしたい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい欲しい! 手に入ったらどうしよう、剥いて食べるか剥かれて食べられるか、あぁ……迷う……。ああでもかなえっちが最初に見つけた訳だから放っておくのは可哀そうね、それなら一緒に食べちゃう? 食べられちゃう? あ、理事長も三角関係なんだっけ? それならやっぱり一度決めるためにぶちのめす……んん、あの人が暴力嫌いだったら嫌われちゃうかもしれないし……嫌われる? あはっ、そんな事ない。あるはずないんだ。そんな事になったら、バラバラにしてアタシだけのモノにしちゃおうか。そうだ、それが良いんだ。ふ、ふふ、ふふふふふふふ。あぁ……こんな気持ち、初めて……」

「なにコイツ……? 病気? ちょっと、起きなさいよクソビッチ」

 恋の病、と言うのは聞いた事があったのだが、どうやらそれとはまた別のもののように感じる。

 少女の呆れた眼差しに気付く事なく暴走する美子。彼女が落ち着くのには、数分の時間を要したのだとか。


 美子がトリップしていると、黒塗りの高級車が到着した。バタンと慌ただしく運転席の扉が開き、気合の入ったリーゼントの男が現れる。

「も、申し訳ない! 美子嬢ちょっと遅れまし……た?」

「うへへー……あれ? 小林? もう来たんだ、早かったね。褒めたげる」

「へっ? え、はあ、どうもっす。って、あれ?」

 トリップしている間の記憶はないのか、上機嫌で車に乗り込む美子。それを呆れた表情で眺めていた少女へと視線が行き、小林の動きが止まる。

「あんた、どっかで見た事があるような……」

「随分面白い頭してるわね、あんた」

「あん? おうおう嬢ちゃん、このオレっちに舐めた口を聞くたぁいい度胸……」

「小林ー、早く出してくれない? アタシのお願い、聞けないの?」

「ははぁ! 今すぐに!?」

 言いかけた言葉を引っ込め、小林は慌てて運転席へと戻って行った。窓から顔を出し、美子は少女へと手を振る。

「それじゃあまたね、さっきも言ったように、今回は手を出すつもりないから。君と遊べないのは残念だけどね」

「あっそ。それなら別にいいわ。さよなら、()()美子」

「……」

 名字を強調するような言葉に、一瞬不快そうに顔を歪める。だが車はすぐに発進し、少女の顔は視界から消え去っていた。

 美子は、ふん、と鼻を鳴らすとシートに身を沈め、だれにともなく呟いた。

「……約束通り私()手を出さないよ。小林、ちょっと行って欲しい場所があるんだけど――」

 昼過ぎ、黒塗りの車は住宅街へと消えて行くのだった。

次回は少し遅くなると思います。お待ち頂いている方々には申し訳ありません!

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