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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
105/132

羽乙女

「お、おまえ……! 許さないぞ、このハレンチマンめ!」

「ハレンチて……いや、落ち着け? 俺はただの旅人だから。ちょっと宿を探してて偶然会ったから泊めてもらっただけでハレンチな事はしてないぞ?」

 ユクレステのお泊り発言に驚いていた者達がようやく落ち着きを取り戻し、その中でも特にダメージを受けている孝明が怒りに染まった瞳をユクレステに向けている。そんな目で見られても、と思うユクレステだが、嫉妬に駆られた彼には関係ないようだ。

「黙れ! なんだ旅人って! 今日び、旅なんてするアホがどこにいる! 大体、初めてあって宿を貸すバカがいると思うか!?」

「あ、あほ……」

「バカ……うんまあ、自覚はしてますよ?」

 若干傷ついた二人。ユクレステはともかく、叶は一応自分がいかに大胆な事をしたのか理解しているため反論なんて出来ない。

 とにかく怒り心頭の彼を宥めようと叶が話しかける。

「落ち着いて下さい先輩、ホントにそう言った事はなかったんですって。大体先輩にはその子がいるじゃないですか。今さらあたしに付き纏わないで欲しいんですけど」

「ぐっ、それは、だな……」

 宥めているのか喧嘩を売っているのか分からない口調で言うと、孝明は言葉を詰まらせてチラリと美子を見た。その視線を受けて笑顔のままで彼女は言う。

「えっ? 別に私たかっちの恋人なんかじゃないよ? って言うかそれはちょっと勘弁かな? 友達としてならまだしも」

「ぐはっ!?」

「そ、そうなの……」

 ニッコリと笑顔でキツイ事を言ってのける美子。若干孝明へ同情の心が浮かんで来た。

 彼等のやり取りに参加していないユクレステは、もう一人の少女と言葉を交わしていた。

「で、で、本当の所はどうなんですの? 本当はもうその、あの……ぷしゅう」

「あのさ、恥ずかしいんなら言わなきゃいいんじゃないのか? 湯気でてるぞ?」

 見た目よりもずっと初心うぶな加代を呆れた視線で眺めながら、そう言えばと口にする。

「まあ、下着一枚で歩いてるとこは見たけど……」

「ちょっ!」

「な、なんだとぉおおお!?」

「おおっ、だいた~ん!」

 だれに言うでもない一言は見事に聞こえてしまったようで、孝明は顔を真っ赤にして激昂した。叶も別の意味で顔を真っ赤にして睨みつけて来る。

「せ、せっかく忘れようとしてたのになんで今そんなこと言うんですか!? そのせいでほら! 一人恥ずかしさの限界で気絶しちゃってますよ!?」

 もちろんそれは加代である。パタリと倒れる彼女の額にカラアゲが乗り、その様子をお付きの二人があわあわと眺めていた。

「いや、まさか聞こえるとは思わんかった。みんな耳いいな」

「うぅ~!?」

 羞恥に顔を赤くする叶。だが彼女よりも取り乱している人物が約一名。

「ゆ、ゆ、ゆ……許さんDeath そこに直れ! 貴様のハレンチ根性叩き直してやる!?」

「いやだから、あれは不可抗力でしかも勝手に見せて来ただけじゃん。ハレンチってんなら俺よりも叶だろ?」

「う~うぅ~!!」

 自分は無実だと言うユクレステをバシバシと叩いている叶。膨れっ面の彼女を宥めながら、杖を握り直す。

「ま、せっかくだ。ここの魔法使いの実力、見てやるよ!」

「きゃあ!?」

 グイと叶を抱き寄せ、一陣の水泡(ライン・アクレイン)を避ける。続けて放たれた同魔法を軽いステップで避け、加代を介抱していた二人組に叶を押し付けた。

「悪い、そいつ頼む! カラアゲ、おまえもな。じゃなきゃ晩飯は抜きだ!」

「ピィ……」

 仕方ないなと小さく鳴く鳥を見て、すぐに体勢を立て直す。

「ねえたかっち、私は~?」

「いらん! こんな奴、僕一人で十分だ!」

「ちぇ~、残念」

 肩を怒らせそう言い捨てる孝明につまらなそうに返事をする。

「大体、あんな古臭いMMCを使ってる奴に僕が負ける訳ないだろう!」

「古臭い……MMCってのは魔力媒体みたいなもんだよな。これ、古臭いのかー。リューナが聞いたらキレそうだな」

 ユクレステの扱うリューナの杖は、彼の師であり最初の仲間である流浪龍リューナ・ミソライが己の知識を総動員して作り上げたものだ。自信作でもあるそれを古臭いと言われては、恐らくあのリューナの事だ。笑顔でキレるだろう。

 もちろん長年愛用しているユクレステにも愉快な言葉ではない。

「古臭かろうと要は使い方だろ? 来いよ、戦い方ってのを教えてやる」

 若干苛立っていたのかいつもよりも挑発的な言葉を投げかけた。ユクレステの言い方が気に入らないのか、孝明は顔を赤くさせる。

「黙れ! それはこっちのセリフだ!」

 MMC起動、魔力バッテリーから魔力を供給。魔法術を選択、瞬時に発動。

「喰らえ!」

 魔力は周囲の空間にまで染み渡り、ユクレステの周囲に大渦が展開された。

「タイプC魔法術、大海の大渦(シードラゴン)。たかっちの最高魔法だよ。君は一体どうやって攻略するのかな?」

 美子はクスクスと笑ってユクレステを見つめている。

 水流がユクレステの足を止め、その身を引き裂かんばかりの勢いで回転する。そのただ中にいるユクレステは、驚きに立ちすくんでいた。

(凄いっ……! 水の無い陸地でここまで大がかりな水系統の魔法を使えるなんて! 水を召喚した訳でもないのになんでこんな事が……面白過ぎるだろ秘匿大陸の魔法!)

 もちろんそれは恐怖によるものではない、大気が水に変化し、そのただ中にいた所でユクレステに焦りはない。新しいものを見る純粋な喜びに打ち震え、魔法術を放った孝明に目もくれていない。だがこれは勝負だ。勝たなければ終わらない。色々と聞きたい事ばかりだが、とりあえず終わらせようと動き出す。

「ふん、その中でまともに動けるはずが……えっ?」

 勝ち誇った顔が一瞬にして切り変わった。大渦に飲み込まれているはずのユクレステが水滴を纏いながら飛び出して来たのだ。水の扱いに置いては某人魚姫に散々叩き込まれた過去があり、大渦の突破もそれこそ何度も体験した事がある。

 無理やり一直線に渦を抜け、硬直している孝明に、

「どっせーい!」

「へぶぅ!?」

 リューナの杖を力の限り叩きつけた。頭からの衝撃に堪らず膝をつく孝明。MMCを掴もうとするもその右手を杖先で押さえ込まれてしまう。

「ほれ、これで俺の勝ちだろ?」

 ニヤリと笑みを浮かべるユクレステ。だが孝明は納得していなかった。

「ふ、ふざけるな!? こんな魔法術も使わない試合などあるか! そのMMCは飾りか!?」

「飾りって……今それにぶん殴られて負けただろ? 魔法使いであろうと肉弾戦が出来ないひ弱な男になるなってのが俺の師の教えなんだよ。文句ならあっちにどーぞ」

「なに言って――!」

「はい、そこまでですよ」

 孝明の言葉が遮られ、女性の声がかけられる。苛立ちと共にそちらを睨みつけた。

「なんだと!?」

 彼の睨みなど物ともせず、現れた女性は柔和な笑みでこちらを……正しくはユクレステを見つめている。白い衣服に身を包んだ、全身が白一色の女性。裾の長い服装は少しだけシャロンを思い出させた。

 だれなのか分からないユクレステとは違い、この場にいる生徒達は全員驚いたようにその女性を見つめている。孝明などは顔を青くさせ、小さく震えていた。

「……知り合い?」

 叶に視線を送る。ローブを着たままの叶は、小さく頷くと女性の正体を告げた。

「うちの理事長さんです。あんまり人前に出たがらない人で、あたしも直接見たのは入学式以来かも……」

「へぇ、お偉いさんなのか」

 その割には若い。見た目二十代前半にしか見えないだろう。外にはねた白髪を揺らし、長いもみあげを弄りながら口を開いた。


「こんにちは、来訪者様。お待ちしておりました」

「その言葉っ!?」

 耳に触れたのは日本語ではなく、ユクレステの故郷であるセントルイナの言葉だった。今度こそユクレステが驚愕に表情を固めていると、彼女はニッコリと微笑んで優雅に頭を下げた。

「ワタシはシェルーリア。もう分かっているかと思いますが、アナタと同じ世界より来たモノです」

「同じ、世界? えっと、セントルイナからって事か?」

「……なるほど、まだアナタは詳しい所までは分かっていないと言う事ですね?」

 世界、と言う言い回しを使う白の人物、シェルーリア。どこか引っ掛かりを感じながら首を傾げると、考えるように瞑目した。

「ええ、もう色々とすみません……本当ならば昨晩にでもご招待出来たというのに……」

「昨晩?」

 昨晩と言えばユクレステがこの大陸に来た頃だろう。その後叶と出会ったり、少年に襲われたりしたのだが……。

 もしかして、と疑問を口にする。

「あの、昨日の子供ってあなたの……」

「はい……。恥ずかしながら同僚です。ちょっとおバカで考えるより先に手が出る子なんです。本当は危害を加えるなと言われていたのに……なんとお詫びしてよいやら」

 思った通り、どうやら昨日出会った少年はこの女性と知り合いだったらしい。思い出すだけで嫌な汗が滲み出るが、必死に問うた。

「えっと……もしかして俺たちなにかやらしました? いえ、あそこに出たのはホント偶然で、勝手に入ったのは謝りますのでどうか寛大な処置を!」

「いえいえいえ、それはこちらのセリフなのです! あのおバカが事態をややこしくしてしまい本当に……なんでしたら後で好きなだけ殴ってやって構いませんから、ええ!」

 土下座せんばかりに頭を下げるユクレステと、こちらも頭を下げるシェルーリア。

 傍から見れば異様な光景だ。言葉が通じていないのも一役買っていると思われる。

「そ、それで来訪者様方にはワタシの上司がお会いしたいと申していまして……どうでしょう? アナタ様方もこちらに来たばかりで右も左も分からないでしょうし、一度会って下さいませんでしょうか? なんでしたらお仕事もいくつかご紹介できますし」

「えっ? 良いんですか?」

 シェルーリアの申し出はユクレステにとっても渡りに船だった。元々昨日の少年に会いに行こうと思ってた矢先の出来事に、パッと顔を上げる。その様子にクスリと微笑み、彼女は優しく頷いた。

「もちろんですとも。……これだけの話だったのに、なぜ戦闘に入るのでしょうか、あの子は……」

 この人も苦労してるんだなぁと憐憫の瞳を向ける。

 フォローではないが、一応言っておこう。

「ですが彼のおかげでここで知り合いも出来ました。その点に関しては感謝していますよ?」

「そう言って頂けると助かります」

 チラリと叶に視線を送り、シェルーリアは苦笑しながら言った。

「それでは、あちらに車をご用意させていますので、まずはそちらに。お仲間の方も迎えに行きますので、ご安心下さい」

「おおっ、あれは昨日の変な馬車! 乗れるんですか!?」

「もちろんですとも。……あ、なんでしょう。彼の反応が懐かしい……」

 姿勢を正し、彼女はグラウンドの端に止まる車へとユクレステを案内する。嬉しそうに車へと向かおうとして、ふと後ろを振り向いた。

「……」

 そこでは叶が心配そうな顔をしている。少し考え、ユクレステは手を大きく振った。

「悪い! ちょっと行って来る、また今度おまえの部屋に行くから、待っててくれ!」

「え、えぇ!? あ、あのユクレステさん、このローブどうすれば……!?」

「持ってて。後で取りに行くから。カラアゲ、行くぞー」

「ピィ!!」

 それだけ言って高そうな車に乗り込むユクレステとカラアゲ。放心したような生徒たちを置き去りに、理事長であるシェルーリアも車の中に消えて行く。

 後に残されたのは、ポカンとしたままの叶と、

「いいい、今の聞きまして!? おまえの部屋に行く、ですって! それってもしかして――ぷしゅう」

「お姉さまー!?」

「しっかりなさって下さいー!?」

 いつの間にか起きていた加代が再び気絶し、それをまた介抱に移る取り巻きの少女二人。孝明はうな垂れたまま怒りに瞳を染め、美子は走り去る車を見送りながら艶めかしく唇を舌で湿らせる。

「ふーん、なるほどね。あの人がエレメントの……ま、どーでもいっかなー。楽しければ、ね」

 妖しく笑う彼女の姿に、気付く者はだれもいなかった。



「へー、中はこんな風になってるんだ。凄いな、今度うちの馬車も改装してみるかな」

 細長い車体の車に乗り込み、ふかふかのイスに腰掛けながらワクワクとした様子で車が発進するのを待つ。シェルーリアが向かいに座ると同時にエンジンが起動し、流れるように動き出した。

「おおっ、全然揺れない! しかも静かだ!」

「ふふふ、どうやらこちらの世界はお気に召して頂けたようですね。えぇと……」

「と、失礼しました。私はユクレステ・フォム・ダーゲシュテン、しがない地方貴族です」

 名前を名乗っていない事に気づき気取った風に頭を下げる。仮にも貴族の子息であり、この程度の礼儀作法は習得しているのだ。正確にはアランヤードに色々な場所に連れて行かれていたので自然と覚えてしまっただけなのだが。

「まあ、ご丁寧にありがとうございます。ではもう一度。……ワタシはシェルーリア。家名はないので、気軽にシェルと及び下さい。ダーゲシュテン様」

「それならば私もユクレとでも。こちらはカラアゲ、どうぞよろしくお願いします」

「ピィ!」

「ええ、よろしくお願いします、カラアゲ様」

 ユクレステの礼にシェルーリアも返す。その様子をクスクスと笑い、チラリと窓の外を眺めた。

「もう少しで天星さんのアパートに着きますので、少々お待ちを。なにかお飲みになりますか? お酒も少ないながら用意してありますよ?」

「お気持ちだけで結構ですよ。それに飲むにしてもあの子達が来るまでに手をつける訳にはいきませんので」

「まあ、よほど仲間を大切にされているのですね」

「大切かどうかは分かりませんが、大事にしているとは思っていますよ。なにせ俺の仲間ですからね」

 言い切るユクレステに尊敬の色を込めた瞳を向ける。

「そう言える方は素敵だと思いますよ、ユクレ様」

「そうだと良いんですけれどね。……そう言えば、シェルさん。一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 首を傾げながらの疑問の声に、もちろんだと頷くシェルーリア。では、と柔らかな口調で問うた。

「不躾かとは思いますが……シェルさんはもしかして、魔物なのですか?」

「……」

 その質問に、一瞬だけ彼女表情が固まった。すぐに柔らかな笑みを取り戻したシェルーリアは、困ったように笑みながら尋ねる。

「……そんなに、分かり易かったでしょうか?」

「いえ、そんな事はないと思いますけど……パッと見れば分からないでしょうし」

「では、なぜ?」

 疑問するシェルーリアに、ユクレステはなんと言って良いものかと首を傾げる。

「なんて言いますか……匂いですかね?」

「え゛っ!?」

「あ、いやいや、別にあなたの匂いがどうとかじゃなくてですね……!」

 慌ててクンクンと匂いを嗅ぐ彼女を制止する。このままだとただの匂いフェチのレッテルを貼られてしまいそうなので必死である。

「人と魔物の、なんて言うかな……魔力的な匂いが分かる、んでしょうかね。多分」

 魔力に匂いがあるのかは知らないが、彼女からは魔物の魔力の匂いがするのだ。自分でも良く分からないと首を傾げ、曖昧な笑みを浮かべた。

「ま、まあ気にしないで下さい。要は勘ですから」

「……そうですか」

 どこかホッとしたように吐息して言った。

「これもなにかの縁でしょう。初めは伝える気はありませんでしたが……私を魔物だと言い当てた賞品として、私の正体を教えて差し上げます。……あ、学校の人達には内緒ですよ?」

「えっ? 良いんですか?」

「もちろんです。魔物だと分かっている方にわざわざ取り繕う必要もありませんからね」

 クスクスと口元に袖を当て微笑んだ。

 一しきり笑った後、シェルーリアはスッと腕を伸ばす。すると、白の袖だと思われたそれが、花開く様に広がった。

「羽?」

 それは純白の羽だった。本来人の手がある位置には美しい羽が存在し、バサリと波打った。思わず見惚れてしまったユクレステは、呆然としながら彼女の正体を口にする。

「もしかして、鳥人ハルピュイア?」

「ふふ、正解です」

 窮屈だった羽を思い切り開放し、んー、と伸ばす。

「ワタシの種族は鳥魔種の鳥人ハルピュイア族。ふふ、驚かれたみたいですね」

「そりゃまあ……と言うか、綺麗な羽ですね。純白の羽毛を持った鳥人ハルピュイアなんて見た事ないですよ」

「えっと、それはその……少し珍しい羽毛の色なんですよ、ワタシって」

 少し焦ったような口調で言い、話を逸らす様に窓の外へと視線を向けた。

「あ、見えてきましたね。それでは少々お待ちを。お仲間をご招待してきますので」

 羽を袖に戻し、運転手が開いたドアから出て行ってしまった。その様子に違和感を覚えながら、ふとカラアゲに視線を向けて呟いた。

「……俺、鳥には例外なく嫌われてると思ったんだけどな」

「ピィ?」



「おぉ! これは良いな! 馬車より揺れないから私でもだいじょうぶぅう~」

『あ、これはダメダメだね。マスター、ユゥミィちゃんギブアップだってー』

「結構速度出るね。……ねえ、ちょっと競争してきちゃダメ?」

「ディ、ディーラさん待って下さい……! 勝手にドア開けようとしちゃダメですよぅ」

「なんか、すみません。騒がしくしちゃって……」

「お気になさらないで下さい。……この感じ。ワタシ達の時を思い出しますねぇ」

 中が俄かに騒がしくなったのは、当然の事なのだろう。初めて乗る乗り物に興奮冷めやらぬユクレステ一行。思わず頭を下げてしまった。運転手の人もなにかを言いたそうにしているが、シェルーリアがいるために無言を貫いている。

「あ、主ぃ……ぎぼぢばぶい……」

「はいはい、こっちで横になって」

「なにか冷たいものをご用意しましょうか?」

「すみません、お願いします」


 いつも通りにユゥミィを膝枕して介抱していると、マリン達がシェルーリアと話を始めた。

『ねえねえ、シェルさんって元々はセントルイナから来たんでしょ? やっぱりビックリしてた?』

「ええ、それはもう。ワタシとクキ……先日アナタ方に襲い掛かった子は毎日驚いてばかりいましたよ。最近はようやく慣れてきて、こちらの文化に没頭していますけれど」

「へぇ、あいつクキって言うんだ……。今度はいつ戦えるの?」

「え、えぇと……あまり派手な戦いは勘弁して頂きたいのですが……後で殴って構いませんので」

「あ、あの………………ごめんなさい」

「なにがですか!? あ、もしかしてあの子なにかしました? なにかしましたよね!? 大丈夫ですからね? お姉さんが後で思いっ切り叱っておきますからそんな泣きそうな顔しないで下さい!?」

 中々に打ち解けてきたのではないだろうか。少々クキ少年の未来が心配になってくるが、殴られた事は忘れていないユクレステである。ざまぁみろと思わなくもない。

 それから一時間程、車は目的地へ向けて走り続けた。


 そうして辿り着いたのは、昨日遠くから見た四角い建物の一つ。ビルと呼ばれた建物の前に車は止まり、下ろされたユクレステ達はポカンと口を開けながら上を見上げていた。

「で、でっかいなぁ……」

『空まで届きそうだねー』

「すごい、です……」

 ミュウとマリンがため息を吐く。ディーラとユゥミィも同じようで、その様子を見ていたシェルーリアがクスクスと笑いながら先を促した。

「どうぞこちらへ。社長がお待ちです」

「しゃ、社長!?」

 上司だと言う話は聞いていたが、それが社長とは思ってもみなかった。ユクレステを今さらながらに緊張が襲った。。


「さあ、こちらですよ」

 自動ドアに驚き、内装に驚き、エレベーターに驚きと、もう今日だけでどれだけ驚いただろうか。そろそろ驚くのにも疲れて来た。目の前がとても立派な扉であることも、もはや感心するだけだ。

 カチャリと扉を開けた先には、これまた立派なソファにテーブル、その奥には何台もの機械が取り付けられた机があり、椅子に座る人物がいる。ガラス張りの大きな窓から外を見ているのか、こちらに背を向けており顔は見えない。長く艶やかな黒髪と、着ている服から女性だろうとは予想がつく。

 シェル―リアが頭を下げながら女性へと声をかけた。

「社長、来訪者様がお越しになりました」

「そう、ご苦労さま」

 凛とした女性の声に、思わず背筋を伸ばしてしまう。それだけ彼女の言葉に力が感じられるのだ。

 椅子がクルリとこちらを向く。

「よくいらっしゃいました、異世界、ディエ・アースよりお越しの精霊使い様。エレメント社代表取締役、月見里やまなし朝陽あさひが歓迎させて頂きます」

 切れ長の瞳には力強い光が宿っており、薄く紅を引いた唇が蠱惑的に形を作っている。

 まるで見えない圧力に押し潰されそうになりながら、ユクレステは気圧されないように目に力を込めて女性を見つめた。

「こちらこそ、お招きいただき感謝致します。私はユクレステ・フォム・ダーゲシュテン。こちらは私の大切な仲間たちです」

「ふふ、ようこそ」

 後ろのミュウ達にもお辞儀をし、そのまま真っ直ぐに彼女達を見回した。

「とても素晴らしいご友人がいるのですね、ダーゲシュテン様は」

「ええ、私にはもったいないくらいの仲間たちです」

「まあ、素敵ですわ!」

 それだけは自身を持って言える。力強く頷くユクレステを見つめ、堂々とした様子で答え、

「………………ぷふぅ!?」

 我慢の限界とばかりに噴き出した。

「ふふふ、もうよろしいでしょう? これ以上我慢できませんよ、ワタシは」

 それはシェルーリアも同様のようで、ふふふ、と腹を押さえて笑っている。

「あははは! ごめんごめん、シェル。後、君たちも。ちょっとだけ頑張ってみたけど、どうにもダメね。どうしても笑っちゃうもん」

「え、えぇと……」

「まったく……アサヒ様、もう戯れはよろしいでしょう? 皆困ってらっしゃいますよ?」

 先ほどとはうって変わってフレンドリーな様子で話しかけて来る社長様。どう言う事だと尋ねようとすると、後ろの扉から新しく入って来た人物が呆れた様子で言う。いや、正確には人ではなく……。

「ダーク、エルフ……?」

 美しいサラサラとした緑髪を一つに編み込み、現れたのは褐色の肌の男性。耳はユゥミィ同様に長く、優しげな相貌で朝陽を見ている。

「あはは、だってせっかくの第一印象だよ? もっとこう、威厳たっぷりにしたいじゃん? ねえ?」

「だからと言ってお客様をこのように放っておくものではございません。申し訳ありません、皆さま。我が主は少々悪戯好きでして……」

「……うん、それは良いんだけど」

 朝陽を諌めながら頭を下げるダークエルフの青年。そんな彼に、ディーラは首を傾げながら声をかける。

「ま、まさかあなたは……!」

 だがそれも、ユゥミィによって遮られた。

「おや? あなた様もダークエルフなのですか。同族同士、仲良くさせて――」

「兄さま!?」

「……へっ? な、なんの事でしょう?」

 優しげな表情が一瞬で崩れ、少しだけ情けない表情になった。そんな青年の疑問の声を無視し、ユゥミィはブツブツと呟いている。

「そうだ、なぜ気付かなかった……クキも、シェルーリアも、この名前は……」

「ど、どうしたんだユゥミィ? 突然大声出して」

 今まで静かだった彼女の突然の言葉に首を傾げながら尋ねる。その問いに、バッと顔を上げて興奮したように詰め寄った。

「ミデュア様なんだよ、主!」

「は、はぁ? なにが……って、苦しい苦しい! 締まってるから放して!?」

 いつも以上に頬を上気させ、ユクレステの胸倉を掴みながら矢継ぎ早に声をあげる。

「騎士王ミデュア、それに聖歌姫シェルーリア、蛮虐王クキ、そしてまだ出てきていないが悪夢王ナハト! これ全部、聖霊使いの仲間の名前なんだよ!?」

「………………ハァ!?」

 いや、なにを言っているのだこのダークエルフ。確かに聞いた名前が多数を占めているが、それではまるで、彼が主と言ったそこの女性こそが……。

「ま、まさか本当に……」


 ――聖霊使い?


 ユクレステの掠れた言葉に、アサヒ()ヤマナシ()と名乗った女性はニンマリと子供のような笑みを作る。

 そして鷹揚に頷き、絶対の自信をもって声を張り上げた。


「いかにも。良く分かったね、褒めてあげるよ。私こそがディエ・アースで聖霊と契約し、聖霊使いと呼ばれるに至った超絶キュートな美少女勇者――月見里朝陽とは私のことだよ!!」


 ムダに二度目の自己紹介となってしまったが、そこへツッコミを入れる余裕などありはしない。ユクレステもミュウも、ディーラにユゥミィ、マリンでさえもが驚きに顔を引きつらせ、


『えぇええええええええええええ――!?』


 本日……いや、人生でも最大級の驚愕と共に、五重の叫びを上げるのだった。


ようやく話も進みました。まぁ、次回も恐らく説明回になりそうですが。

やったねユゥミィ、家族が(ry


次回は少し遅れると思います。申し訳ありません。

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