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聖霊使いへの道  作者: 雪月葉
秘匿大陸編
104/132

魔法術

 叶が学校へと行き、それを見送った後ユクレステ達は思い思いの体勢で体を休めていた。そこでふと、ディーラが荷物を見る。

「……?」

 がさごそとなにかが蠢く音が聞こえ、微かに食糧が入っている袋が揺れている。訝しみながら袋を持ち上げ、口を広げて中を見た。

「げっ……」

「どうしたー、ディーラ?」

「どうしたって言うか、んー。はい、これ」

「へっ?」

 寝転がって本を読んでいたユクレステが体を起こし、ディーラへと近付く。なんと言って良いのか考え、面倒臭くなったのか袋を寄越した。先ほど彼女がそうやっていたように、袋の中を覗き込む。するとそこには、

「ピッ」

 丸々とした羽毛の塊がそこにいた。

 一瞬それがなにか分からなかったユクレステだが、袋に入ったパンをついばむ姿を見てようやく再起動した。同時に、その物体の名を叫んだ。

「カ、カラアゲ!?」

 以前、地元のダーゲシュテンに現れた魔界に住まう鳥、魔刻鳥。退治して、なぜかディーラに懐いて飼う事になってしまった魔物だ。本来はもっと巨大な姿なのだが、大きさは割と自由なので屋敷では手乗りサイズの小さな姿で飼っていた。

 こちらにやって来る際、ダーゲシュテンに置いて来たはずなのだが、それがなぜ食糧袋の中にいるのだろうか。

「ちょ、おまえ取りあえず出て来い!」

「ピー」

 むんずと引っ掴み、ディーラへとパスをした。急ぎ食糧袋を覗き込み被害状況を確認する。

「あ、あーあー、見事に食い荒らされて……カラアゲ! なにしてくれてんだよ!?」

 乾パンや干し肉やらが綺麗に平らげられていた。怒声を上げるユクレステなど気にする事なく悠々と飛び回っている。

『あれ、カラアゲちゃん付いて来てたんだ?』

「みたい。食糧袋に入ってた」

「えっ? それじゃあ……」

 ミュウがそろそろとユクレステの手の中にある袋を覗き込んだ。見事に空となった中身を見て、苦笑い。

「あ、あはは……」

「見事に食い荒らされているな」

「このバカ鳥! 名前通りにして食ってやる!」

 ユゥミィの言葉通りに空の袋を投げ捨て、カラアゲに跳び付いた。だが寸での所で避け、ヒョロロと小馬鹿にしたように鳴いている。

「待ちやがれ! 元がデカイから百人分くらいは作れそうだなぁ!!」

 開け放たれた窓から外へと飛び出して行くからあげ。ユクレステも続く様に跳び下り、家には四人が残された。

 止める間もなく走り去って行くユクレステをベランダから見送り、四人は顔を合わせた。

『マスター、カラアゲちゃんに嫌われてるからなぁ」

「ど、どうしましょう?」

「や、ほっとけばいいんじゃない? ご主人もお腹が空けば帰ってくるよ」

「まるで主、犬猫みたいだな」

 どうせ今から追いかけても追いつけないし、なによりも面倒だし。

 そういう理由から放っておかれる事になったユクレステとからあげであった。




 二時間目の授業を終え、魔法学校一年C組、出席番号一番の天星叶は更衣室でロッカーに寄り掛かりながらMMCを操作していた。スマートフォンに似た形で、タッチパネルに指を滑らせる。魔力を操作し、処理速度を計測してため息を吐いた。

 計測時間、六秒〇三。遅過ぎる。昨日よりも倍近く遅くなっているではないか。

 処理速度や発動速度と言うのはその日の体調に左右されるものだが、だからと言って、この遅さは異常だ。いやまあ、異常の原因は分かっているのだが。

 星のカーテンの外から来たと言った少年たち。彼等の事が気になっているのだ。

 彼等の言っている事は本当なのか、星のカーテンの外は本当にファンタジー溢れる世界なのか、それならば元々の世界であった地球はどこに行ったのか。全てが謎のままだ。気になって仕方が無い。

 それになによりも……。

(見られた……見られた……)

 裸を見られたというショックが処理速度を遅めている一番の原因なのだろう。

 いや、分かっている。あれは確かに叶が勝手に自爆したようなものだ。だがそれでも、異性に裸を見られるような経験は今までになかったのだ。動揺して魔力の操作が覚束なくなったとしても仕方ないだろう。

 必死に自分に言い訳して、次の授業のために立ちあがる。

「あーあ、こんなので大丈夫かなぁ」

 次の授業は魔法術の実技訓練だ。古風に模擬戦と言い換えても良いだろう。問題なのは、それが二年生との合同練習と言う点である。

 ただでさえ遅い叶が先輩たちと当たって練習になるのかすら疑問である。

「はぁ……」

 体操着にハーフパンツを着用し、ジャージを着こんで更衣室から出て行った。


「あ、羽生先生」

「んー? なんだ、天星か。どうかしたかー? 次は確か実技訓練だろう?」

 更衣室から出てしばらく校内をうろついていると歴史教師の羽生真次郎がいた。いつも通りにやる気のない表情で缶ジュースを啜っており、眠たげに欠伸をする。

 それほど面識はない彼だが、魔法学校で教鞭を執っているだけあって優秀なはずだ。……見た目はあれだが。

「あのー、ちょっと質問しても良いですか?」

「天星が? 珍しいな、授業なんて屁とも思ってないようなおまえが真面目に質問なんて」

「……あたしそこまで問題児でしたか? 割と真面目だと思うんですけど」

「ま、他のアホどもよりかはな。おまえの場合ちっと無気力過ぎんだよ。……で、質問ってのは? 面倒だけど答えてやるよ」

 教員の間ではそんな評価だったのだろうか。僅かに思い悩む叶だったが、時間もないことなので簡単に質問をする。

「えっとですね、星のカーテンの向こう側ってなにがあるんでしょう?」

 質問の内容は、今一番気になっている事だ。外から来たと言ったユクレステ達。けれど、星のカーテンに阻まれる前には彼女達の世界が広がっていた。どちらもが本当だと言うのならば、一体どちらが真実なのだろうか。

「なんだ? それが質問? 変な事を聞くな、おまえ。そりゃ、壁の向こうにはアジアや欧米諸国があるんじゃねーのか? それが俺たちのいた世界なんだから」

 叶の質問に真次郎は驚いたような顔をしている。

「いえ、その……もしかして、別の世界が広がってたり、しません?」

「別の世界だぁ?」

 心底不思議な表情の真次郎に、慌てて言葉を付け足した。

「だって外の様子なんて分からない訳だし、もしかしたら……えっと、ファンタジーな世界があるかも?」

 自分でも荒唐無稽な事を言っているのだとは理解している。だが、ユクレステ達の存在を認めるためにはそう言わなければ可笑しいのだ。もし壁の外が地球であるならば、一体彼等はどこからやって来たのか。

 んー、と唸る様にして考え込む真次郎。やがて、声をあげる。

「……天星、シュレディンガーの猫って知ってっか?」

「はい? 猫さんですか?」

「あ、その反応で分かった。知らないんだな。ま、俺も専門じゃねーんだけどな」

 愚痴りながらも話を続ける。

 今現在、星のカーテンの外側には無数の世界が重なっている。重なり合い不透明なこの状況から進展するには観測者が世界の様子を知る必要があり、それを行えば確かに世界は決定されるだろう。逆に言えば、観測さえしなければ世界の様子は多元的な解釈の世界があるのだ。

「……つまり?」

「観測者からすれば一つの様相がハッキリしたとしても、それは別の世界が生まれただけに過ぎない。世界は絶えず変動し、その度に分岐している。おまえの言うようにファンタジー世界が広がっているのがその分岐だとしても、また別の分岐によっては地球に繋がっているかもしれない」

「……要するに、分からないって事ですよね?」

「違う違う。外を観測しなければ無限の可能性が広がっていると言う事だ。観測者の……いや、さらに外側の存在に限って言えば、だがな。分かるか?」

「……さっぱりです」

「だよな?」

 俺も分からん、と苦笑する。ならなぜそんな話をしたのか。

「面白かったからさ。一つに固執しないおまえの考え方がな。この世界に生きる者にとってはそんな解釈は出来ない。外には歴史通りの世界が広がっていて、今も壁をどうにかしようとしている。そう考える奴が多数だ。そんな保証はどこにもないのにな」

 確かに、その通りだろう。叶だってユクレステ達と出会わなければ外側にファンタジーが広がっている事など考えもしなかった。

「……先生はどう考えているんですか?」

 ふと気になって叶は疑問をぶつける。彼の言葉から、少なくとも叶達とは違う考えがあるのではと思ったからだ。

「俺か? 俺は、そうだな……パラレルワールド、かな」

「パラレル? それってどういう……」

 言葉の途中、三時間目の始まりのチャイムが響く。え、と時計を見て、すぐさま顔を青くした。

「やば、遅刻だ!?」

「おいおい、授業忘れるなよな。特におまえはヤバいんだから」

「せ、先生だって遅刻じゃないですか!?」

「残念、俺は次空いてるんでな。だからここでのんびりしてても大丈夫なんだよ。ほれ、行った行った」

 追い立てるようにシッシッ、と手を払う動作の真次郎。縋るような目で見上げて見る。

「先生! 口添えなどして頂きたいなぁ~、と……」

「やだ、メンドイ。そんなこと言ってる暇があったら走った方がいいぞ」

「わーん! ダメ教師ぃ~!」

 あっさりとダメ出しされてしまった。文句を言いながら走り去る叶の背を眺め、真次郎は面倒そうに呟いた。

「……さぁて、次の授業の準備をしますかね。あー、めんどくさい」




 魔法術の実技教員からお叱りを受けた叶は、うな垂れながらグラウンドへと向かった。普段は室内の実技訓練場を使うのだが、今日は人も多いためこちらでの授業となっている。

 着いた時には既に授業は始まっており、二人組になって簡単な準備運動を行っていた。

「ようやく来ましたわね? さあ天星さん、私と組みますわよ!!」

「げっ、痴漢さん……」

「千佳野ですわ!」

 簡単な挨拶を交わし、近付いてきた相手を見る。一年C組でも上位の実力者である千佳野加代がMMCを持って待っていた。緩やかな髪を後ろで縛り、ジャージを脱ぎ捨てて準備万端のようだ。

「……えっと、いつものお二人は?」

「あの子達はもう初めているはずですわよ。二人組なんですから当然でしょう?」

「いや、それでなんであなたがあたしとやるのかなぁ、と」

「それはもちろん、あなたを鍛えてあげるためですわ!」

 自身満々に胸を張り、ビシッと指を差す。その先にいる叶は困惑顔だ。

「いいですかしら? あなたはこのままでは退学の危機です。ならばそれを救って差し上げるのがクラスメイトである私の使命なのですわ!」

「うわーい、余計なお世話ー」

 その気遣いはありがたいのだが。暑苦しいのが苦手な叶は冷めた返しを呟いた。

 幸い気付いていなかったようで、ガッシリと腕を掴まれる。

「と言う訳でさあ練習ですわよ! 私が基礎から叩き込んで差し上げましてよー!」

 声高く笑い声をあげる加代。悪い子ではないのだが、正直鬱陶しいと思わなくもない。そうは言っても流されるままの叶はグラウンドの端へと連れて行かれてしまった。

「さて、それではやりますわよー! ではまずは簡単なところで撃ち合いをしましょうか。ちゃんと魔法弾マジックシュートの魔法術はインストールしてありますわよね?」」

「それはまあ……最初にインストール可能魔法だし」

「結構。では問題です。魔法をインストールするにはどのようにすれば良いでしょうか?」

「え、問題? だってこれ実技訓練……」

「お黙りなさい! 言ったでしょう? 基礎から叩き込んで差し上げると! さあ早く答えなさいな!」

 突然問題を出されたのには驚いたが、叶は座学の成績は悪くない。落ち着いて思い出し、答えた。

「えっと、まずはMMCのメモリがインストール魔法分容量があるのを確認して、学校、もしくは役所にインストールしたい魔法を申請する。オーケーが貰えればサーバーから魔法の術式プログラムをインストール出来る」

「その通りです。まあこのくらいは問題ないようですわね。ちなみに自作魔法を作るには膨大な知識が必要ですので私たち学生にはまず無理ですわね。たまにそういう事の出来る天才もいますが、作れたとしてもプロテクトも掛かっていますし、MMCに自作魔法を入れるのは不可能ですわ」

 へぇ、と補足情報に相槌を入れ、ようやくMMCを取り出す。

「それでは起動してくださいな。あなたのペースでやりますので、好きに撃って頂いて構いませんですわよ?」

 画面をタッチして魔法術、魔法弾マジックシュートの項目を呼び出す。腕を伸ばし、集中して発動を承認する。

「それじゃあ、遠慮なく――!」

 パリ、と目の前が僅かに揺れた。起動された魔法術は内部の魔力バッテリーから魔力を吸い出し、固定化した空間に設置される。そのまま払うようにMMCを横に振るった。

「いけっ!」

 現れた魔力はそのまま一気に射出される。親指ほどの魔力の塊が加代へと向かい、

「ふっ」

 相手が放った魔力弾マジックシュートとぶつかり相殺した。

 ただの撃ち合い。だがその過程を見ればどちらが優れているのかは一目瞭然だ。放つのに少しのタイムラグのない加代の魔法。それに比べ、叶は発動するのにも撃ち出すのにも時間がかかってしまっている。

「あーあ、なんだよその魔法。ださ過ぎて涙が出て来るぜ」

 と、突然背後からそんな声が届けられた。振りかえるとそこには昨日叶を水浸しにした先輩、美濃孝明が佐藤美子と共に立っていた。嫌らしい笑みでこちらを見下している。

 また面倒なのが、と内心で思いながら、必死に取り繕った笑顔で対応した。

「なにかご用ですか? 邪魔なんで向こう行っててもらえるとありがたいんですけど」

 精一杯の笑みも彼等からすれば小馬鹿にされたように感じたのだろう。ピクリと表情を歪め、MMCに手を伸ばす。

「なぁに、ちょっと先輩が見てやろうと思って――なっ!」

「きゃあ!」

 そうして払うように手を振るった。瞬時に形成された魔力が叶を襲い、吹き飛ばす。

「い、ったぁ……」

「まだまだ行くぞ!」

 尻もちをつく彼女に向かってさらに追撃を仕掛ける孝明。放たれた魔力の波動は叶に向かい、一瞬で弾けた。

「なにをなさっているのかしら!? 今彼女は私と練習中ですわ、横から入って来ないで頂けませんこと?」

 先ほどと同様に、魔法術でもって相手の魔法術を相殺した加代が怒りを隠そうともせずに睨みつけている。

 孝明はチッ、と舌打ちをすると、美子に声をかけた。

「おい、やっちまえ」

「ん、りょーかーい!」

 笑みを浮かべてMMCを取り出した美子は、すぐさま魔法を起動する。画面に触れた瞬間、その場の空気が文字通りに凍りついた。

「空間座標を零下へ移行――凍っちゃえー!」

「んなっ!? タイプCの広域魔法術!?」

 加代とその周囲の空気が急激に冷やされ、凍結していく。慌てて固定化の魔法術を発動し、冷え切った空気を元へと戻した。

 効果範囲が広いC判定の魔法は習得するのも難しい魔法だ。それと同時に、人に対して簡単に使っていいものではない。一体なにを考えているのかと睨みつける。

「あなた、こんな事をして良いと思っているのかしら? 下手をしたらあなたの彼氏さんまで氷漬けでしてよ?」

 C判定の魔法術の難点は制御が難しい事だ。近くにいれば等しく魔法の餌食になってしまう。

「あははは、別に大丈夫でしょ? こんなの防げない子なんて、あんまいないんじゃなーい?」

 チラリと意味あり気に視線を向ける。その意図に気付き、ハッと叶へと向き直った。

「さ、寒い……」

「天星さん!? くっ、魔法術の起動を! 固定化の魔法術を発動するのですわ!」

「な、な事言われても……手がかじかんで動かない……あ、ダメだ。段々と眠くなってグゥ」

「寝ちゃダメですわー! 寝たら死にますわよー!?」

 いくら冬場とは言え授業中に凍死とは勘弁である。だが既に腕が凍り付いている叶にはどうする事も出来ずにいた。加代の声も煩わしくなってくる。せめてと必死に声を紡いだ。

「あのー、先輩? なんで一々突っかかって来るんですか? やっぱりあれですか? 前に告白……」

「ごほんげふん! だ、黙れ! 僕はおまえみたいな落ちこぼれが嫌いなだけだ!」

「あー、そですか」

 美濃孝明をそれなりに見た顔だと言っていたかと思うが、実は叶はこの先輩に告白された事があったのだ。まだ魔法学校に入って間もない時期だったため、彼女のダウナーな性格は出ていなかった。整った容姿も相まって彼女は引く手数多だったのだ。彼はその時に告白してきた一人であり、丁重にお断りした一人でもあった。

 どうにもそれ以来ちょっかいをかけられているのだが……。つまりあれだ。好きな子にちょっかいをかけたくなると言う、思春期な男子にありがちな一般的な行動なのである。少々度が過ぎていると思わなくもないが。

「な、情けない……」

「う、うるさいうるさい!」

 側で聞いていた加代がジト目で孝明を見る。彼女からすれば振られた相手にいつまでも女々しくちょっかいをかける男は無しのようだ。一人美子だけが楽しそうに笑っているが。

 そんな事より助けて欲しいなぁと思う叶。そろそろ感覚がなくなりかけており、本格的に不味い。落ちる意識を感じながら、目を閉じ――

「うわぁあああー!?」

 ――ようとして、なにかが頭上から降って来た。

「……へっ?」

 白い服がまず目に止まり、その手には毛玉のような丸いなにかを掴んだ人物。髪の色はブラウンで、もう片方の手には杖を握っている。

 昨日知り合ったばかりの人物がそこにいた。

「ってぇ……うぉ、寒っ!? ってかここどこだ!? ……あれ? カナエ?」

「ゆ、ユクレステさん?」

 学校側からすれば不審者待ったなしの格好で現れたのは、昨晩も助けてくれた魔法使い。ユクレステ・フォム・ダーゲシュテンだった。

 なぜこんな所に、と訝しむ。その理由は単純明快だった。


 時刻は少し遡る。魔刻鳥のカラアゲを追って叶の部屋を飛び出したユクレステは、頭上を見上げながら全力疾走していた。

「待て鳥肉ー! 今止まれば手羽先だけで勘弁してやるぞ!!」

 そう言われて止まる鳥はいない。なおも逃げ続けるカラアゲに苛立ち、それならばと杖を取り出す。簡易的な身体強化と、足元に風を纏わせ跳躍力を強化する。そうして全力で追いかけるユクレステ。

 ちなみに、それを見ていた一般人はさっと目を逸らすようにしたとかなんとか。

 とにかく空を飛ぶカラアゲに対して地面を走っているだけではダメだと考えたユクレステは、一気に跳躍して木の枝に掴まる。そのまま逆上がりの要領でクルリと枝に着地し、枝から枝を伝って追い掛けた。

「ははは! 年貢の納め時だぞクソ鳥!」

「ピィ!?」

「なにを言おうがムダだ! とりゃああー!」

 果たしてなにを言おうとしたのか。それは彼等にしか分からない事だが、うろたえるカラアゲにチャンスと見たのかさらに高く跳躍。空中で毛玉をキャッチした。

「良しっ、捕まえたぞ!」

「ピッ、ピィ!?」

 は、放せ、とでも言っているのかもがくカラアゲ。だがしっかりと手の中に収めたユクレステはそれだけでは放さない。このままお仕置きを敢行しようとする、が……。

「おっ?」

「ピ?」

「うわぁあああー!?」

 飛べる訳ではないユクレステはあえなく落下を開始したのだった。


 魔法学校に降り立ったユクレステはパッと立ち上がり、周囲を確認する。辺りに満ちる濃密な魔力の残滓に、ここがどこなのかをようやく理解した。

「あ、もしかしてここがカナエの通ってる学校か? へぇ、随分立派なんだな。趣は違うけどエンテリスタと同じくらいデカイ」

「ゆ、ユクレステさん……なんで?」

「あー、ちょっとムカつく毛玉を追っかけててな。っていたっ!? そうだよおまえの事だよ!」

「ピー! ピピィー!?」

 掴まれているのが嫌なのか、ユクレステの手をクチバシで突いて逃げようとしている。そうはさせじと暴れるカラアゲを締めあげた。

「な、なんだおまえ!?」

「うん? そう言えばなんか寒いな。ここら辺だけ冷たいけど……もしかして魔法か?」

 孝明が声を上げているが気にすることなく周囲の冷気に異常を感じる。彼自身は耐寒の魔法が施されているローブのおかげで寒さは和らいでいるのだが、叶は絶賛凍結中だ。流石に不味いと思ったのか、ユクレステはカラアゲを放しコクダンの杖を取り出した。

「守り手は暴風、緩やかにあれ――ストーム・ウォール×2」

 同属同種の魔法を並行に発動する。その瞬間、魔力は霧散しユクレステとその側にいた叶の周りの空気は元の気温を取り戻した。

「あ、あれ? 寒くない……?」

「ふむ、面白い魔法だな。魔法で冷気を作り出している訳じゃなく、温度を下げるために魔力を用いてる……魔力そのものを使った魔法、か。面白いな」

 ニッと楽しそうにほくそ笑むと、ユクレステは着ていたローブを脱いで叶に手渡した。

「それ着てな。一応耐寒魔法が刻まれてるから、温かいぞ」

「えっ? でもユクレステさんは……」

「平気平気、慣れてるから」

 氷の主精霊に氷漬けにされた彼からすれば、この程度の寒さなど楽なものだ。心まで凍らせにかかるあの精霊の少女を思い出し苦笑した。

「えっと、じゃあ失礼します。……あ、あったかい」

 ユクレステの言う通りにローブを羽織る。冷たい空気が遮断されるような感覚と、今まで着ていたユクレステの温もりにようやく落ち着きを取り戻した。

「おいおまえ! 聞いているのか!?」

 無視をされて業を煮やしたのか、孝明が叫んだ。

「あ、俺に言ってたのか? 悪い、ちょっと聞いてなかった。で、なんだ?」

 本人からすれば現地人から呼ばれた事もあってわくわくとした雰囲気だったのだろうが、それをバカにされたと思ったのかさらに顔を怒りで赤くしてMMCを起動した。

「ふざけるな!!」

 魔法術を起動し、眼前に水を圧縮。即座に放った。一陣の水泡(ライン・アクレイン)と呼ばれる魔法術はビームのように一直線にユクレステへ向かう。

「ストーム・ウォール!」

 それを無詠唱の風の障壁で逸らし、驚いた顔で問う。

「あっぶな……なにすんだよいきなり!」

「ピー、ピイー!」

 逸らした所にカラアゲがいたため、ずぶ濡れになって抗議の鳴き声をあげている。そちらは無視して、孝明は舌打ちをしてユクレステを睨みつけた。

「分かったぞ、おまえ天星の男だな? 大方、僕に仕返しをしようと連れて来たんだろう?」

「……はっ? いやいや、なに言ってんですか先輩! ユクレステさんはそんなんじゃなくて……」

「そうなのですの!? 天星さん、何時の間に彼氏なんて……羨ましい!」

「いやいやいや、千佳野さんも間に受けないでって。彼は……」

 異世界から来た魔法使いで魔物使いです。とは、流石に言えないだろう。言った所で信じてもらえるとは思えないし。

「……彼は、その、昨日危ない所を助けてもらったんですよ。ええ、ただそれだけです。ねっ?」

 目配せしてなにかを訴えて来る叶。それに気付き、ユクレステは慌てて頷いた。

「あ、ああそうだぞ。昨日一晩泊めてくれたんだ」

「あ……」

 一瞬、時が止まった気がした。次の瞬間、

「な、なんだとぉおお!?」

「おおお、お泊りですってぇえ!? それはあれですの? その、あの……」

「昨夜はお楽しみでしたね、的なやつ~?」

 孝明達が驚愕の表情を浮かべていた。美子はなぜか楽しそうな顔をしていたが。

「あれ? 俺ちょっと間違えたか?」

「……もうどうでも良いです」

 ああやってしまったと顔を覆い、少し恨めしそうにユクレステを睨む。だが彼の言っている事もあながち間違いではないので責める訳にもいかず……。とにかくこの自体が早く収集してくれる事を願うばかりである。


からあげ→カラアゲ に変更しました。


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